1. ホーム
  2. 国内旅行
  3. 関東地方
  4. 東京
  5. 浅草
  6. 浅草 観光
  7. 浅草寺
浅草×
旅行ガイド
観光
グルメ
ショッピング
交通
ホテル
旅行記
Q&A

浅草寺

寺・神社・教会

浅草寺 クチコミ・アクセス・周辺情報

浅草 観光 満足度ランキング 2位

クリップを編集する

ラベルを選ぶ

  • ラベルはまだありません

公開設定

都内最古の寺で、本尊は聖観音菩薩です。元は天台宗に属していましたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山となりました。観音菩薩を本尊とすることから「浅草観音」や「浅草の観音様」の呼び名で、あらゆる階層から広く親しまれ、年間約三千万人もの参詣者が訪れて民衆信仰の中心地となっています。雷門の大提灯、仲見世が江戸情緒を伝えています。浅草名所七福神(大黒天)

ピックアップ クチコミ

  • 満足度の高いクチコミ

    凄い人混み

    4.5

    • 旅行時期 2026/01
    • by Teruさん

    浅草雷門から仲見世通りを抜けて行くと、浅草寺があります。 平日にもかかわらず、凄い人混みでした。 外国人の方も多く...  続きを読む、参拝に来ていました。 御朱印は、お参りを済ませ、左側の階段を下りるとありました。 順番待ちで、番号札で呼ばれました。 外国人の方も御朱印をいただいていました。   閉じる

クチコミ・評判 74ページ目

1461~1480件(全3845件中)

  • 仏教をお守りくださる

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺境内の影向堂の南側にある小さなお堂になります。案内板によりますと、龍神様は仏教をお守りし、雨を操り、五穀宝珠を授...  続きを読むけてくださる存在だそうです。こちらの九頭龍権現は長野県戸隠山の地主神で、昭和33年の本堂再建にあたってその成就を祈るべく勧請されたとありました。こちらの龍神様のおかげで無事に浅草寺も再建され、現在があると考えると大変にありがたい存在であると感じました。   閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 素敵な形のお堂です

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺境内の影向堂のすぐ南にある小さなお堂です。お堂前にある案内板によりますと、「浅草寺ご本尊観音さまのご示現にあたり、天...  続きを読むより百尺ばかりの金龍が舞い降りて、その功徳を讃え観音さまをお守りしたとされることから、浅草寺の山号を「金龍山」という。これにより奉安されたのが、この「金龍権現」である」とありました。ちょっと説明文を読んでもよくわからず、モヤモヤした感じでしたが、お堂自体はとても素敵な形状のお堂であり見ごたえがあって良かったです。  閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 美しいお堂

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺境内の影向堂のすぐ近くにあります。現在の建物は1649年に三代将軍徳川家光によって造られたそうで、浅草寺境内の中でも...  続きを読むかなり古い建物になるそうです。当初は浅草寺本堂の北にあったそうですが、家光によって本堂の北西に移され、さらには1994年に現在の位置に移転したそうです。同じ境内をなんども移転してきた歴史があるのですね。非常に美しい朱色のお堂で、多くの人が足を止めて写真を撮っていました。  閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 願い事を一つだけ

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺境内の影向堂の南西にある薬師堂のすぐそばにある小さなお堂です。お堂の中ははっきりとは見えませんでしたが、不動明王様が...  続きを読む祀られているようです。不動明王様はそのお姿をして教化し難い者を導き、その力でわれわれの迷いの心を打ち切ってくださる仏様だそうです。こちらの一言不動様は、何か願い事を一つだけに絞って祈願するとその願いがかなうとされ、古来より霊験が著しいといわれているようです。小さなお堂でしたが、参拝客の方がけっこう足を止めていらっしゃったのにはそういった理由があったのですね。私も願い事を一つだけお願いさせていただきました。訪問してよかったです。  閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 宗派を超えて

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    「仏頂尊勝陀羅尼」とはお経の一文であり、この言葉を唱えることで息災延命などのご利益を授けるとされているそうで、古くから信奉...  続きを読むされてきたそうです。造立は1864年といまから150年ほど前の江戸時代後期で、海如と呼ばれる真言宗の僧侶によって奉納されたものだそうです。当時は浅草寺は天台宗であり、そこに真言宗の僧侶が碑を奉納したというのは、当時から浅草寺は影響力があり、宗派を超えて信仰されていた証拠であると案内板には書かれていました。ところどころ破損が目立つ碑ですが、浅草寺境内にある石碑の中ではかなり大きい方で、見ごたえがあってよかったです。浅草寺の影向堂のすぐ目の前にあるのでわかりやすいと思います。  閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 1994年に再建

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草の浅草寺境内にあるお堂です。かつては浅草寺本堂の南東にあったそうですが、1994年に浅草寺中興開山慈覚大師円仁様の生誕...  続きを読む1200年を記念して現在の場所に再建されたそうです。現在は浅草寺本堂のすぐ西側にあり、影向堂の周辺にはたくさんの石碑など史跡が多く置かれており、絶好の散策スポットとして多くの観光客でにぎわっていました。朱色の見た目にも美しい建物で良かったです。  閉じる

    投稿日:2018/04/07

  • 3体の仏様のお名前

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺本堂の西側、影向堂のすぐ目の前にある石碑になります。この石碑には正面、左面、右面と異なる言葉が彫られており、正面...  続きを読むには「南無阿弥陀仏」、左面には「大勢至菩薩」、右面には「観世音菩薩」と3体の仏様の名前が彫られています。このことから「三尊名号供養塔」と名付けられたようです。この石碑は1827年に鹿島屋弥兵衛という者によって造られたものだそうです。3体もの仏様の名前をひとつの石碑に彫りこむ信心深さに驚かされました。影向堂の前にはたくさんの石碑が置かれており、それぞれの歴史などもしっかりと案内板に書かれていますのでとても見ごたえがあって良かったです。  閉じる

    投稿日:2018/04/06

  • 歴史の勉強になります

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺本堂の西側、影向堂のすぐ目の前にある石碑になります。この石碑を作成した西仏という人物については詳細はわかっていな...  続きを読むいとのことですが、この石碑は西仏が妻子の後世安楽を願って作製したもので、鎌倉時代末期~室町時代のものだそうです。自らの妻子の後世安楽を願ってこういった石碑を作製するという宗教観といいますか、そういったものが学べて興味深かったです。  閉じる

    投稿日:2018/04/06

  • 小さい橋です

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺本堂の西側、影向堂の目の前にあります。非常に小さな石橋で現在は人が通ることはできません。都内に現存する石橋として...  続きを読むは最古のものだそうで、1618年(元和4年)に造られたものとのことです。参拝するための通り道としての橋とのことですが、非常に幅が狭く、人一人通るのがやっとの幅なので実用的だったのか疑問が残りました。  閉じる

    投稿日:2018/04/06

  • 常に多くの参拝客がいました。

    • 4.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 5

    浅草に観光したときに浅草寺に行きました。この日行ったときは土曜日のお昼頃だったため、仲見世通りの前から多くの観光客や参拝客...  続きを読むがいました。そのため、仲見世通りを通り抜けるのに少し時間が掛かってしまいましたが、そこをくぐり抜けると浅草寺がありました。浅草寺も多くの参拝客がいて行列ができるほどでした。また、浅草寺からは東京スカイツリーも見えました。  閉じる

    投稿日:2018/02/28

  • 立派な塔です

    • 4.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺本堂の左手にある石造りの塔です。宝篋印塔は「宝篋印陀羅尼経」という経典に基づいて造立された塔とのことで、江戸時代中期...  続きを読む以降に流行した、屋根型の笠をもつ宝篋印塔だそうです。浅草寺境内には様々な石碑や塔が立っていますが、その中でもこの宝篋印塔はとても立派な塔で見ごたえがありました。  閉じる

    投稿日:2018/02/24

  • ちょっと見た目が不気味です

    • 2.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺境内の本堂の西側、五重塔の北側に大きな通りがあるのですが、その中央の木々に囲まれた場所になんとも不思議な(言い方...  続きを読むは悪いのですがちょっと不気味に見えました)銅像が置かれています。見た目は小さな猿がいっぱい固まって五重塔の方向を向いているようなイメージです。近くの石碑には、朝倉文夫作「慈雲の泉」とったので、芸術作品ということでしょうか。それにしても浅草寺という寺院にこの芸術作品がふさわしいかどうかというのは私には判断できかねるのですが、ずっと見ていたいと思えるような作品ではないと感じました。  閉じる

    投稿日:2018/02/17

  • 見どころいっぱい

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 1

    東京に観光で来たのであればここ浅草寺は絶対に来ないと行けない場所なのでしょうか、とにかく凄まじい数の人でした。雷門から仲見...  続きを読む世通りを通って浅草寺に向かう通りはどこ向いても人だらけ。真っすぐ歩くのが困難な程です。また本堂や手水舎周りにも凄い人です。国指定重要文化財があったり、たくさんのお堂があったり、見どころはたくさんあるので、時間に余裕を持って訪問することをお勧めします。浅草寺境内だけなら2時間もあれば十分かと思いますが、仲見世通りなどの周辺も合わせて観光や食事を楽しみたいのであれば半日コースは必要かと思います。  閉じる

    投稿日:2018/02/17

  • 不思議な石碑

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺境内の五重塔のすぐそばにある石碑になります。石碑には「正観世音菩薩碑」と書かれており、すぐそばに設置された案内板にも...  続きを読むこの石碑にかんする情報は書かれていましたが、肝心の「正観世音菩薩」に関する情報は一切書かれておらず、また近くにそのような像も見当たらず、なんとも不思議な石碑でした。大きくて見ごたえはあるだけに残念な感じを受けました。  閉じる

    投稿日:2018/02/17

  • 江戸情緒を満喫

    • 4.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 1

    浅草寺までの参道の両側には、所狭しとお土産物屋が並び、見ているだけでも面白かったです。老舗の甘味どころもあり、疲れた時に休...  続きを読むめたのも良かったです。伝統の和菓子を今風にアレンジしたスイーツ類も充実していたので、またゆっくり見にきたいと思います。  閉じる

    投稿日:2018/02/16

  • 完全な姿を見たかった

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺本堂のすぐ近く、五重塔との間にります。ここに置かれているのは石燈籠の一部であり、なんとなくこの石が灯籠の一部であ...  続きを読むることはわかりました。この石灯籠は意外と歴史が新しく、明治25年に酒井亀泉によって奉納されたものだそうで、2004年までは石灯籠として本堂前に安置されていたそうで、経年劣化で倒壊の恐れがあったために分解され、一部がこちらに残されているそうです。ごく一部だけですが、とても大きいことがわかります。2004年よりも前に来たら完全な姿を見れたのですね。とても残念です。さぞかし立派な石灯籠だったことでしょう。  閉じる

    投稿日:2018/02/12

  • 鳩のレリーフが可愛い

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺の本堂と五重塔の間付近の広場付近にありました。当初は浅草寺と「鳩ぽっぽ」の歌の関係性がわからず、どうしてここに「...  続きを読む鳩ぽっぽ」の碑があるのかよくわかりませんでしたが、どうやら「鳩ぽっぽ」の作詞家である東くめさんが、浅草寺境内で鳩と遊ぶ子供たちを見て書いた歌詞だそうで、納得しました。そう言われてみれば確かに浅草寺には鳩がたくさんいたような気がします。結構大きな碑なので浅草寺本堂前に行けばあっさりと見つけられると思います。鳩が何羽もレリーフとして飾られており、可愛らしい碑でした。  閉じる

    投稿日:2018/02/12

  • 尋ね人

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺迷子しらせ石は浅草浅草寺本堂のすぐ目の前にあります。かつて迷子が出たときはこの石碑でそれを知らせていたそうです。片方...  続きを読むの面が「知らせる方」、反対の面が「たずねる方」とし、それぞれに要件を記した紙を貼ることで情報を交換していたそうです。情報未発達の時代には重宝され、江戸市内の繁華街などに置かれていたそうです。浅草寺境内の迷子知らせ石は1860年に仁王門前に作られましたが、太平洋戦争中の空襲によって倒壊してしまったため、戦後昭和32年に再建されたものだそうです。江戸時代によく工夫されたものを作ったものだととても感心しました。  閉じる

    投稿日:2018/02/12

  • 圧巻の本堂

    • 3.0
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草寺の歴史はとても古く、創建は645年ということで大化の改新と同じ年に最初の本堂は造られているそうです。江戸時代までの歴...  続きを読む史についてはわかりませんでしたが、旧本堂は徳川家光公によって五重塔や仁王門と同時に建立されており、国宝に指定されていましたが、太平洋戦争中の東京大空襲によって五重塔などと共に焼失、現在の本堂は戦後昭和33年に再建されたものとの事です。非常に立派な本堂で、国宝と言われてもまったく不思議に感じません。ものすごい参拝客の数で人でごった返していました。  閉じる

    投稿日:2018/02/12

  • 立派な手水舎

    • 3.5
    • 旅行時期:2018/01(約8年前)
    • 0

    浅草浅草寺本堂の目の前にある手水舎になります。これまでにいくつか神社仏閣めぐりを行い、様々な場所に行っていますが、これだけ...  続きを読む凝った手水舎は初めて見ました。中央には龍神像がどっしりと構えており、その下の龍の口から水が出ています。あまりたくさんの人が一斉に手を清めることは想定していない構造で、多くの人が詰めかけておりなかなか水に近づくことができませんでした。お水舎自体は戦後昭和39年に造られたものとのことですが、中心の龍神像は明治36年に造られたものだそうです。ものすごく見ごたえのある手水舎で良かったです。  閉じる

    投稿日:2018/02/12

1461件目~1480件目を表示(全3845件中)

  1. 1
  2. 72
  3. 73
  4. 74
  5. 75
  6. 76
  7. 193
クチコミを投稿する

投稿写真

写真をもっと見る(5,781枚)

基本情報(地図・住所・アクセス)

施設名
浅草寺
住所
  • 東京都台東区浅草2-3-1
電話番号
03-3842-0181
アクセス
浅草駅から徒歩で5分
その他
創建年代: 645年
バリアフリー設備: 車椅子対応EV ○
バリアフリー設備: オムツ交換台 ○
公式ページ
詳細情報
カテゴリ
  1. 観光・遊ぶ
  2. 寺・神社・教会
  1. 観光・遊ぶ
  2. 花見

※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性があります。

このスポットに関するQ&A(0件)

浅草寺について質問してみよう!

浅草に行ったことがあるトラベラーのみなさんに、いっせいに質問できます。

  • shota1979さん

    shota1979さん

  • Teruさん

    Teruさん

  • Gonkoさん

    Gonkoさん

  • pisiriさん

    pisiriさん

  • マイラーさん

    マイラーさん

  • Emi さん

    Emi さん

  • …他

このスポットで旅の計画を作ってみませんか?

行きたいスポットを追加して、しおりのように自分だけの「旅の計画」が作れます。
クリップ したスポットから、まとめて登録も!

周辺スポット

周辺のおすすめホテル

浅草 ホテルランキングを見る

東京 ホテルランキングを見る

PAGE TOP