2017/04/28 - 2017/05/07
556位(同エリア6991件中)
マリアンヌさん
- マリアンヌさんTOP
- 旅行記378冊
- クチコミ25件
- Q&A回答1件
- 358,329アクセス
- フォロワー141人
今回は4トラで知り合った友人宅にお世話になった。はじめに以前から行きたかったアブルッツォ州へ1泊旅行へ。
その後はウンブリアの小さな村などに車で日帰り旅行に連れて行っていただいた。
4/29 ロショーロ、スカンノ、ヴィッララーゴ、アンヴェルサ・デッリ・アブルッツィ、スルモナ、パチェントロ
4/30 サン・トマソ、サン・クレメンテ・ア・カザウリア、サント・ステファノ・ディ・セッサーニオ
5/1 エトルスキのネクロポリ、トルジャーノ、ベットーナ、デルータ
5/2 シュケジーノ、フェレンティッロ、スポレート、クリトゥンノ
5/3 ペルージャ散策
5/4 チッタ・デッラ・ピエ―ヴェ、パニカーレ、パチャーノ
5/5,6 ローマ散策
vol.1ロショーロ http://4travel.jp/travelogue/11241765
vol.2スカンノ http://4travel.jp/travelogue/11241991
vol.3パチェントロ http://4travel.jp/travelogue/11243172
vol.4カザウリア http://4travel.jp/travelogue/11244937
vol.5トルジャーノ http://4travel.jp/travelogue/11245845
vol.6フェレンティッロ http://4travel.jp/travelogue/11248545
vol.7ペルージャ http://4travel.jp/travelogue/11249847
vol.8チッタ・デッラ・ピエ―ヴェ http://4travel.jp/travelogue/11251374
vol.10 ローマ2 http://4travel.jp/travelogue/11253608
- 旅行の満足度
- 5.0
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sulgaバスでペルージャ発9:03 ローマ着(ティブルティーナ)11:30
乗換が大変だし、タクシーでトラステヴェレ地区へ。 -
今宵の宿 Sonninoへ。
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こんなお部屋。
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シャンデリア素敵だけど飾りのよう。電気はつかなかった。
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窓からの景色。
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荷物を預けて、半日だけどローマそぞろ歩き。
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まず、向かいにあるサン・クリソゴノへ。
4Cアクィレイアで殉教した聖クリソゴーノに捧げられた教会。5Cティトゥーリ(初期キリスト教時代の礼拝所として使われた個人の家)だったクリソゴーノの家が起源だそう。
ロマネスクの鐘楼は12Cのもので、17C修復時、枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼがスポンサーだったため、ファサード上部にボルゲーゼ家の紋章であるワシが飾られているそう。 -
内部は三廊式(12C)
列柱は、ローマの遺跡から再利用されたものだそう。 -
床はコズマーティ様式。
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天井も豪華な金箔。
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綺麗なマドンナ。
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サン・クリソゴノともう一人の聖人?と聖母子。
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そう、ここは地下に入れるの。
5Cのアプシス(後陣)が見える。 -
ローマ時代の石棺でしょうか。
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そもそもテヴェレ川が氾濫を繰り返し、この地区は水に浸かってしまい、古い教会の上部に新しく教会が建てられたそう。
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タイムスリップしたみたい。
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結構、暗くて一人で歩いてるとちょっと怖い。
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壁にフレスコ画が残る。
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メダイオの中に聖人?法王?
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色彩、結構残ってる。
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幔幕のような?
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さすがローマの地下、何処にも古代が眠ってるのね。
さあ、地上へ。 -
トラステヴェレでプランツォ(昼食)にしよう。
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蔦がいい感じ。
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ちょっと絵になるラガッツォ。
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サンタ・マリア・イン・トラステヴェレ広場を通り抜け…
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緑が建物によく似合う。
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教会の奥まで来た。
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撮っちゃいけないけど…
昨今のヨーロッパ、警備に目が光る。 -
いい街角ね。
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結局、ピザにしよう。
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とても美味しかった!
カメラを向けるとおどけてくれた(笑) -
サンタ・マリア・イン・トラステヴェリ聖堂。(12C)
入れない時間だと思ったら開いてる。
ファサードは修復中だったけど、ラッキー☆ -
ファサードのモザイクが見れなかったのは残念だけど、中へ。
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4Cユリウス1世によって建てられたローマで最初の公式教会堂。
その後、12Cイノケンテウス2世によって建て直された。
三廊式、床はコズマーティ様式。 -
天井に「聖母被昇天」ドメニキーノ作。
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素晴らしいアプシス、8年ぶりの再会。
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アプシスには「聖母の戴冠」キリストとマリアが結婚式の新郎新婦のよう。玉座に寄り添うように座り、はにかむ笑みを浮かべたキリストは優しくマリアの肩を抱き寄せている。頭上の神の手に握られた祝福の月桂冠が差し出されてるのでより結婚式をイメージしてしまう。
慈愛に満ちた母性に救済を求めるマリア信仰の他、旧約聖書の「雅歌」に由来する別のマリア信仰があるという。「雅歌」とは実は宮廷とは関係のない若い男女の相聞歌で赤裸々な愛を歌っているため、何度か聖典目録から排除されそうになった。
が結局、相愛の二人を神とイスラエル、神と人間に喩えた表現として許容され、「キリストと霊魂の神秘的婚姻」を象徴する表現として聖母の祝日やマグダラのマリアの祝日に引用されているそう。 -
マリアが手にする巻物の金文字で書かれているのは「彼の左腕は、私の頭の下、そして右腕で私を抱いている」(雅歌2:6)「彼の左腕は私の頭を支え、その右腕で私を抱く」(雅歌8:3)の一節だそう。
マリア信仰の神秘に驚くばかり… -
右には聖人ピエトロ、コルネリオ、ジュリオ、カレポディオ。
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左に聖人カリストとロレンツォ、聖堂をもっているのは再建したイノケンティウス2世。
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半円形の左に預言者イザヤ。
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半円形の右にエウレミア。
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もう少しトラステヴェリをお散歩。
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ブーゲンビリアかな。
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オレンジの壁がローマの下町っぽくていいね。
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素敵な街角。
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では、次の目的地へ。
バス等乗り継いでも徒歩とあまりかわらないようなので歩いて行こう。 -
ガリバルディ橋を渡って川沿いを行く。
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お花屋さん。
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少しフォロが見える。
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テヴェレ川の方を見ると…
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ティヴェリーナ島にかかるファブリチオ橋。
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結構な水量。
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フォルトゥーナの神殿を後ろから。
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Casa dei Crescenzi。
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ジャーノ門(4C)。
ジャーノは古代ローマのヤヌス神のこと。 -
ヴェスタの神殿。
勝利者ヘラクレスに捧げられた神殿。ローマに残る大理石の神殿としては最も古く、紀元前2世紀の建築。 -
真実の口広場の噴水越しにサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。
修復中だった。有名な「真実の口」のところに長蛇の列だった。 -
チルコマッシモ。
古代円形競技場跡。日蔭が無くて暑いよぉ。 -
ドムス・アウグスターナを見ながら歩く。目的地まで迂回路なんで遠いなぁ。
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コンスティアヌスの凱旋門。
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この乗り物、最近は日本でも見かけるね。
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表面の装飾は、トラヤヌス、ハドリアヌス、マルクス・アウレリウスなどの建てた建造物から持ってこられたものも多いそう。
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レリーフが素晴らしい。
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コロッセオ。中国人観光客で溢れていた。
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目的地の教会まであと少し…
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やっと着いた!サン・クレメンテ教会。
残念ながら撮影禁止。
以下絵葉書から。
9C半ば、ビザンチン帝国皇帝のミカエル3世の命によりテッサロニケ生まれの兄弟・聖キュリロス(「キリル文字」をつくりスラヴ語訳の聖書の普及に貢献)と聖メトデイウスがスラヴ各地で宣教をした。
この2人がスラブ諸国の宣教中に、黒海付近で聖クレメンテの遺骸を発見し、867年にローマへと運び、聖遺物はサン・クレメンテ教会に埋葬された。 -
サンタ・カテリーナ礼拝堂に描かれたマゾリーノ・ダ・パニカーレの壁画(15C初め)
パニカーレに行って来たから、何だか親近感を感じるね。
上に受胎告知。正面に磔刑。
マザッチョも手伝ったと伝わるが、実はマザッチョは1428年に突然亡くなっており、毒殺の可能性も高いとされ、その死はいまだに謎だという。 -
教会の最深部、地下3階部分は紀元64年のネロ皇帝時代のローマの大火で焼失した建物、ミトラ教の神殿。
地下2階にフラヴィア・クレメンテという一族の所有していた館の跡。
4世紀創建の最初の教会は、1084年にノルマン人によるローマの略奪の時に破壊され、その旧教会の上に1108年に現在見られる新教会が建てられた。
床のコズマーティ模様がよくわかるね。 -
ドーム型の下側には12使徒の羊。
その下には、フレスコ画の12使徒。 -
このアプシスを見たかった!美しいモザイクにしばし見とれる。
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ドーム全体は「エデンの園」を象徴しているそう(12C)
十字架の下からはピション、ギボン、チグリス、ユーフラテスの4つの川が流れ出て世界を潤している。 -
十字架の上に「神の手」。
渦巻状の葡萄の枝葉は「生命の木」をあらわしている。
枝葉の間には、聖アウグスティヌス、聖ヒエロニムス、聖グレゴリウス、聖アンブロシウスや動物たちが描かれている。
十字架には12羽の鳩、使徒。 -
キリストの両脇には聖母とサン・ジョバンニ(ヨハネ)。
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そして入場料を払って地下へ。
前時代の教会の跡などがあり、フレスコ画が一部残っている。
聖アレッシオ(乞食の守護世聖人)のエピソードを描いた11Cフレスコ画。 -
11Cのフレスコ画「ミサ」。
貴族のシシニウスはキリスト教徒になった妻のテオドラがクレメンテのミサに参加しているのを快く思わなかったが、クレメンテとテオドラの祈りによりキリスト教に改宗し、最終的には信仰のために殉教した。
中央がミサを立てる聖クレメンテ、右側にはシシニウスやテオドラ、左側にはフレスコ画を寄贈したラピッツァ家の人々が描かれている。 -
地下3階、2世紀末ごろに建造されたミトラ神殿の跡。
ミトラ神は、この世に救い(命、豊穣)をもたらすために太陽神アポロンの命を受けて岩から生まれた神とされている。
ミトラ教の儀式については、文献が残っていないため、謎に包まれている。(女性は信仰不可だった)
というのもキリスト教が公認になってミトラ教を破壊してしまったので。
ミトラ教が誕生したのは、オリエント、キリスト教が生まれるはるか昔で、どうやら、キリスト教がミトラ教をパクった部分が多いよう。
たとえば、ミトラ神の誕生日は12月25日で、史実としてキリストが12月25日に生まれたという記録はどこにもないので…
ミトラ教、異端カタリ派とか心魅かれる~☆
そしてこの階には、ローマ時代の水道がこんこんと流れていた。 -
サン・クレメンテ教会は、4トラでjunamayさんの旅行記が素晴らしかったので、是非!と訪れた。
http://4travel.jp/travelogue/11036968 -
サンティ・クワットロ・コロナ―ティー教会。
古代ローマ時代の神殿の後、シーザーの義理の母の館が建ち、9Cにほぼ今の形の聖堂が建てられたが、異民族の侵入により何度も破壊され、修復された。
聖堂の名前の由来は、3世紀末のディオクレティアヌス帝の時代に殉教した4人の彫刻家聖人とのこと。(ローマの神を彫るのを拒否し)
が、同時代に殉教した古代ローマの兵士4人と聖セバスティアヌスの遺体がこの近くに埋められたなどはっきりわかっていないそう。 -
要塞になっていた時代を思わせる。
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中庭、駐車場になってるのかな。
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奥にまた中庭。期待が高まる。
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4聖人でしょうか。
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ローマの柱、再利用ね。
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三廊式。後陣は17Cのフレスコ画。意外と新しい。
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扉は閉まってるけどノックをすると、回廊に入れてくれる。
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キオストロ(12C)
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美しい☆
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1120から1160年にフランスからイタリアに派遣された修道士によって建設された「回廊空間の現存するシトー会修道院10ヶ所」の中にヴェネトのフォリーナがあり、そこの円柱もこの形態なのでサンティ・クアットロ・コロナ―ティの回廊構成も同じフランス・ロマネスクのデザイン形態によって同時期に設計されていたことが判るそう。
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以前、サン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラの回廊も美しいと思ったが、比べるとより静謐な感じを受ける。
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涙マークのような図柄、面白い。
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均等に並んだ美しいアーチ。
噴水に顔が付いてる。 -
庇のところも模様が違う。
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サンタ・バルバラ礼拝堂。
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9世紀のビザンチン様式の聖母子像のフレスコ画。
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キオストロって修道士や修道女が瞑想するだけあって、心落ち着く空間。
好きだなぁ。 -
観光客もほとんどいなくて独り占め。
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サン・シルヴェストロの礼拝堂。
1246年頃にサンタ・マリア・イン・トラステヴェレ教会の名義枢機卿であったステファノによって建てられたこの小さな礼拝堂。
小さな窓にみえるシスターに入場料を支払い、入れて頂く。
コンスタンティヌスと聖シルヴェストロの物語が描かれている。 -
疫病を患ったコンスタンティヌスの夢に聖ペテロと聖パウロが現れ、教皇シルヴェストロ1世によって病を癒されるだろうとのお告げを受ける。
帝は当時モンテ・ソラッテの山中で隠者として暮らしていた教皇を探し出し、ローマに呼んだという。
右側:教皇シルヴェストロ1世がコンスタンティヌスに聖ペテロと聖パウロの肖像画を見せている場面。 -
左側:教皇シルヴェストロ1世により洗礼を受けるコンスタンティヌス。伝説によれば、コンスタンティヌスは洗礼を受けると同時に疫病も治ったという。古い時代の浴槽型洗礼。
右側:皇帝コンスタンティヌスがひざまずいて教皇シルヴェストロ1世に冠と儀式用の傘を捧げる場面。
ローマ帝国皇帝が世俗権力もすべて教皇庁(キリスト教)に捧げたという意。 -
右側:教皇シルヴェストロ1世がコンスタンティヌスから奉献された冠をかぶり、儀式用の傘を掲げられながらコンスタンティヌスをお供に進む騎馬姿。
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左側:シルヴェストロがユダヤ教の生け贄として殺された牡牛を生き返らせるという奇跡をおこしている場面。
右側:コンスタンティヌスの母ヘレナが、キリストが磔になった十字架を発見する場面。
絵の上の丸模様の中の穴は、礼拝堂内の様子が階上の修道院の部屋にも聞こえるように空けたもので、いわゆる「拡声器」の役割を果たしていたそう。 -
聖母マリアと洗礼者聖ヨハネ、12使徒。
左下:コンスタンティヌス帝が重い病気にかかり(顔に水ぼうそうがある)途方にくれた皇帝にローマ市民が「純粋無垢な子どもの血を飲むか、その血で満たしたお風呂に入ると治癒します」と、子どもたちを差し出すが、皇帝は「そんなことはできない」と拒否して病は益々ひどくなっていくという場面。 -
こちらはもう少し後の時代ね。
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床はコズマーティ様式。
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そして次はチェリオの丘へ。
サン・ステファノ・ロトンド教会に着いた。 -
ローマで最も古い教会のひとつ。
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キリスト教における最初の殉教者・聖ステファノに捧げられた教会で、5世紀後半シンプリキウス教皇によって建立された。
エルサレムのサン・セポルクロ(キリストの墓の上に建立された聖墳墓聖堂)教会を真似て作られたそう。 -
磔刑図連作。
この教会は、1579年教皇グレゴリウス13世によってコレギウム・ウングリクム(ハンガリー人修練士の修練所)に委ねられるが、翌年には経済的事情からコレギウム・ゲルマニクム(ドイツ人修練士の修練所)と合体して、反宗教改革の牙城となったそう。 -
コレギウム・ゲルマニクムは、イエズス会所属の国別組織でイエズス会は、プロテスタントに対抗するカトリックの宣教プロパガンダとして、聖母子、奇蹟、悲惨な殉教を絵画において表現した。
また、宣教師として辺境の地で行う海外布教活動において、来るべき苦難や殉教者になることを修練士に覚悟させるために、初期キリスト教時代の殉教聖人たちを描いた絵を見せながら修行をさせていたという。 -
聖プリモと聖フェリチアーノ礼拝堂。
7Cローマの殉教聖人、聖プリモと聖フェリチアーノの聖遺骸がノメンターナにあったカタコンベよりこちらに移されたそう。
7Cモザイクは、左が聖プリモ、右は聖フェリチアーノ。 -
実は、地下に17Cに発見された古代遺跡「カストロ・ペレグリーナ」があるそう(未公開)。
この聖堂は、古代ローマ帝国時代の補助部隊兵の兵舎の上に建てられていて、2、3世紀にはミトラ教の集会場となっていたと言う。
見てみたいね☆ -
人も少なくてゆっくり見れたなぁ。
次に行こう。 -
サン・ジョヴァンニ・エ・パオロ教会。
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残念ながら開いてなかった。
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獅子とモザイク。
リベンジでしょうか? -
重なるアーチはゴート族が侵攻した時のものだという。
アーチの下をくぐる通りはパラティーノの丘とチェリオの丘をつなぐ「スカウルスの小さな丘」という名前の古代から残る道。 -
サン・グレゴリオ・マーニョ教会に入ろうと思ったら個展会場となっていた。残念。
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このあたりの雰囲気は古代を感じられて、またゆっくり来たいなぁ。
ローマはホント奥深くって、見きれない。 -
チェリオの丘からチルコ・マッシモ沿いを下りてきた。
真実の口は閉館時間となっていた。柵の間からパチリ。
かく言う私も2度、口に手をいれたことがる。 -
かなり深いテヴェレ川。
壊れた橋。 -
パラティーノ橋を渡りながらファブリチオ橋を眺める。
-
右はティベリーナ島。
チェスティオ橋。 -
サン・フランチェスコ・ア・リーパ教会。
アッシジの聖フランチェスコが1219年にローマを訪れた際に寄宿していたところから、ここに教会が建立された。
初めミサの最中で、あきらめかけていたらタイミングよくミサが終わった。 -
中はシンプルなバロック。
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バロックの傑作の一つ、ベルニーニの「福者ルドヴィーカ・アルベルトーニ」に再会。クレメンス10世教皇の実家アルティエーリ家と姻戚関係にあリ、教皇が最も頼りにしていたパルッツィ・デルリ・アルベルトーニ枢機卿か自家が生んだ福者を記念すべく、自家の礼拝堂の祭壇装飾をべルニーニに依頼したもの。
美しき彫像、見惚れるね。 -
福者ルドヴィーカは、1473年に生まれ20歳の時にトラステヴェレ地区の貴族と結婚するが、13年の結婚生活の後に夫を失い、苦労しながら3人の子供を育て上げた後、宗教生活に入り、貧者に対する献身で人々に福者として崇められた女性である。彼女は1533年に亡くなったが、その時作られた墓碑にはすでに福者ルドヴィーカと記されている。が、教皇庁がこの民間信仰を正式に認めて福者に列したのは、1671年1月つまりクレメンス10世の時代になってからだそう。
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さてもうすぐ19時なのだが、もう1つ入れるかしら?
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風情のある建物発見。リストランテだった。
いい雰囲気♪ -
サンタ・チェチリア・イン・トラステヴェレ教会に着いた!
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聖女チェチリアは3C、教皇ウルバヌス1世の頃にこの地に住んでいた裕福な貴族の娘だった。ともにキリスト教徒であった夫ヴァレリアヌスと一緒に捕らえられて殉教した。初め蒸気による蒸し焼きで処刑されそうになったが、奇跡的に死ななかったため、斬首されたという。(230年11月22日)
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遺体はカタコンベに葬られたが長い間忘れ去られていた。9C前半に聖女の遺体を発見した教皇パスカリス1世は、すでに5Cからこの地に建っていた教会を建て直し、改めて聖女を地下礼拝堂に夫ヴァレリアヌスの遺体とともに埋葬したという。
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ちょうどミサの最中でシスターたちが歌っていた。
1599年の修復の時に聖女の墓を開けたところ、遺体はパスカリス1世が再発見したときと全く同じ姿で横たわっていた。すなわち、金で縁取られた純白の衣装を身につけ、体を右に傾け、顔は布で覆われており、そして首筋には殉教したときの刀の傷がはっきりと見えるほどだったという。
このことを奇跡だとして聖年である翌1600年にステファノ・マデルノが聖女の遺体そのままのポーズを写した彫刻を作った。
残念ながらミサ中で祭壇中央に近づけなかった。 -
望遠で1枚失礼。
後陣のモザイク(9C)。キリストの右に聖ペテロ、聖ヴァレリアヌス、聖女チェチリア。左に聖パウロ、聖女アガタ、そして教皇パスカリス。
教会の模型を手にしたパスカリスの四角く青い後輪は、当時まだ生存していたことを示している。 -
薔薇の前庭にたたずむシスター。
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一度、ホテルで休んでから夕食へ。
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昼と同じ道を通りトラステヴェレへ行こう。
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広場では火のパフォーマンス。
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さあ、何処に入ろうかな?
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一人だと入りやすい店を探してしまう。
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結局、このお店へ。戸外の席で。
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生ハムとメロン。
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トラステヴェレ風ニョッキ。美味しかったよ。
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前にプロシュート&ワインのお店があっていい雰囲気。
飲めればこんなお店にはいりたいんだけどね。 -
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散歩しながらホテルへ。
今日は、半日だけどずい分歩きまわっちゃった。 -
部屋の窓から。
さあ、明日、最後半日ローマを楽しもう。
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この旅行記へのコメント (8)
-
- Keiさん 2017/10/01 15:30:56
- ローマ
- マリアンヌさん、こんにちは
半日でも効率よく沢山の見どころに行かれてますね、流石です。
バジリカ・サン・クリソゴノはその昔オヤジが初めてローマに来た時に、恥ずかしながらサンタ・マリア・イン・トラステヴェレと間違えて入った教会で、(笑)クリプタ懐かしかったです。
サン・クレメンテ教会も良いですよね、そこから程近いサンティ・クァットロ・コロナーティ教会は確かさびれた道の坂の途中にあったと記憶してますが、折角行ったのに開いてなく、マリアンヌさんの紹介が参考になります。
今度リベンジしなくては。
ローマは本当に回りきれませんよね、これからもイタリア通い続けないといけません。
Kei
- マリアンヌさん からの返信 2017/10/01 16:49:44
- RE: ローマ
- keiさん、こんにちは
ご訪問ありがとうございます。
バジリカ・サン・クリソゴノに入ってしまうなんてスゴイです。私はそのクリプト目指して今回やっとです。。
サン・クレメンテ教会やサンティ・クァットロ・コロナーティ教会も4トラの方の旅行記を見て俄然、行かねばと…
確かにさびれた道の坂の途中にありましたよ。開いてなかったとは残念です。キオストロの入り口はノックなどすれば開けてくれると思います。
(イタリアって一見閉まっていても声をかけると開けてもらえることって多いですよね。日本人は生真面目だから閉まってたら無理と思っちゃいますけど)
ローマは本当に回りきれません。っていうか私の場合、すぐ田舎に行っちゃいますからね。
通いですかね(笑)
マリアンヌ
-
- ヴェラnonnaさん 2017/06/29 23:14:11
- 一気に 回られましたね〜〜
- マリアンヌさん
こんばんは。
一日で トラステヴェレ界隈から サン・クレメンテ教会〜 サンティ・クアットロ・コロナ―ティ教会〜 そして また トラステヴェレ・・・
良く歩かれましたね〜〜
そして 良く 勉強されていますね〜〜
私も この辺りには 2008年、2009年と 訪問しました。
その時に ミトラ神なるものに 興味が湧き
別のサイトに 旅行記を まとめていました・・・・
現在のイランの辺りで信仰されていた太陽神ミトラ。
ヘレニズム期後の 紀元後2〜3世紀頃、
ローマ帝国時代には、ローマ神話の神々に対する信仰は薄れ、
ミトラ信仰はピークを迎えた。
ミトラは国教にも採用され、五賢帝を含む多くの歴代の皇帝達が
入信。
西洋ではキリスト教に抹殺されたミトラ教ですが、
キリスト教に多大なる影響も残しました。
ミトラ神の誕生日であった12月25日、処女懐胎、12人の使徒、
救世主の話や、死後の復活などが キリスト教でも
採用されました。
キリスト教、ユダヤ教とイスラム教が
お互いに持っている共通点も、その根底に流れているのが、
ミトラ教の思想。だそうです。
ミトラ神は、西方だけでなく、ユーラシア大陸も横断、
東方にも信仰が広まり、
インドで生まれた仏教でも採用され
マイトレーヤと呼ばれるミトラ信仰は、中国を
通じて日本にも「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」として伝播した。
未熟な 文面で 恐縮です。
イタリアは 様々な 文化が混沌としていて 実に 面白いですね!!
- マリアンヌさん からの返信 2017/07/01 22:24:03
- RE: 一気に 回られましたね〜〜
- ヴェラnonnaさん、こんばんわ。
はい、ずいぶん歩いちゃいました。
初めの目的地サンクレメンテまではバスの乗り継ぎで結構時間がかかるからと歩き始めてしまいました。ちょうどフォロの端とかコロッセオを迂回しなくちゃならなくて…
チルコマッシモを駆けてしまいそうでした(笑)
ミトラ神、神秘的ですよね。
国教にも採用され、五賢帝を含む多くの歴代の皇帝達が入信したのですか?
そこまで普及してたとは。
☆キリスト教、ユダヤ教とイスラム教がお互いに持っている共通点も、その根底に流れているのが、ミトラ教の思想。だそうです。
ミトラ神は、西方だけでなく、ユーラシア大陸も横断、 東方にも信仰が広まり、 インドで生まれた仏教でも採用されマイトレーヤと呼ばれるミトラ信仰は、中国を通じて日本にも「弥勒菩薩(みろくぼさつ)」として伝播した。
★わぁ〜そこまで伝播してたんですね。
とても興味深いお話、教えていただきありがとうございます。
そもそもキリスト教には、バチカンに秘された発祥のこと、異端のことなど興味深い話があるのでしょうね。
死海文書、コプト文字etc. 惹かれます。
マリアンヌ
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- るなさん 2017/06/22 15:13:44
- 愛しのローマ
- マリアンヌさん、ぼんじょるの。
今日はまた暑いこと...ぐでぇ〜
トラステヴェレ、好きだなぁ♪特に夕暮れ時がMi piaceよ。この辺りって何とも妖艶な雰囲気がしませんこと?(笑)
カメラを向けるとポージングしたり、おちゃめな反応してくれるイタリアーノは最高よね。
街を歩けば古代ローマにぶつかる。地下にもゴロゴロと想像以上な世界が広がっているんでしょうねぇ〜
セグウェイはこのところ色んな国でお散歩してる姿を見かけるね。楽ちんそうだけど、停めてあちこち行くのも盗まれそうで怖い。
やっと着いたサン・クレメンテ教会、撮影禁止か...残念。
肉眼に焼きつけておこうなんて思っても、すぐに忘れちゃうからやっぱり写真には残しておきたいよね。
ホント、イタリアってば無料でがんがん芸術的な物が見られて改めてすごい国だって思う。
またまた歴女の素晴らしさも発揮出来ましたねっ!
私、こういう物見ても「すご〜い、綺麗〜」で終わっちゃうからね。あかん、訪れる者のスキルも考えなくちゃだね。
あぁローマ行きたい。来年のエアはローマ往復だけど、stay出来るかどうか?
でも、帰りの飛行機が遅めだから少しは歩けるかなぁ〜
るな
- マリアンヌさん からの返信 2017/06/24 03:07:00
- RE: 愛しのローマ
- Ciao♪ るなさん
やっぱりトラステヴェレ、好き?いいよね〜雰囲気が。そうそう夕暮れ時はより艶っぽい感じよね。ホントはもっと街を歩き回りたかったしジャニコロの丘の方まで行きたかったんだけど時間が足りなかった(いつもだけどね)
☆カメラを向けるとポージングしたり、おちゃめな反応してくれるイタリアーノは最高よね。
★そう、さすがラテン。ちょっと大阪と似てる?(笑)
☆街を歩けば古代ローマにぶつかる。地下にもゴロゴロと想像以上な世界が広がっているんでしょうねぇ〜
★そりゃ掘れば出るよね。1層目、2層め、3層目と…
キリスト教に潰されちゃったミトラ教なんていうと興味津々で。
☆セグウェイはこのところ色んな国でお散歩してる姿を見かけるね。楽ちんそうだけど、停めてあちこち行くのも盗まれそうで怖い。
★確かに〜 初めてフィレンツェで見た時は、なんじゃこれ?と思ったけど。
ローマは撮影禁止の教会は多くはないと思うんだけど...残念。
撮っても減らないと思うんだけどね。
そして日本と違って無料で教会とかいろいろ見れるよね。京都で寺まわりすると拝観料バカにならないもんね。
きゃあ、歴女は恥ずかしい(ポッ)
ウンチク、うるさいよね〜。調べたいのは自己満足だからとばしてね〜
るなさんの再びのローマ、楽しみだね♪
また下調べがスゴイんだろうな。
今から楽しみだヨ〜ン。
マリアンヌ
-
- めておら☆さん 2017/06/22 12:28:04
- トラステヴェレの夜
- マリアンヌさん、こんにちは〜
またまた仕事中のランチタイムで楽しませていただきました♪
トラステヴェレ、いいよね〜!私も大好き、あの雰囲気。すばらしい教会ばかりだし。
でも、まだ夜を過ごしたことが無いので、次回は是非トラステヴェレに1泊したいと思ってました。
やっぱり夜は楽しそう♪賑わってたでしょう?
サント・ステファノ・ロトンド教会はまだ行ったことないけど、是非行ってみたいです。サンティ・クワットロ・コロナ―ティー教会のキオストロもだけど、円柱の並ぶ風景って、すごーく惹かれるよね。
それにしても、この日の移動距離はすごいね!ずっと徒歩でしょう??
普段はそんなに歩けないはずなのに、イタリアに行くと火事場の馬鹿力みたいに歩けちゃうよね、不思議なもので。
いやいや、お疲れ様でした〜
次回は最後になっちゃうの??
また楽しみにしてます♪
めておら☆
- マリアンヌさん からの返信 2017/06/24 02:43:43
- RE: トラステヴェレの夜
- Ciao☆ めておらさん
いつもありがとう。
トラステヴェレ、庶民っぽいっていうか飾り気無くっていいよね〜!
そう古い教会もたくさんあるし…
夜は灯りの雰囲気もいいし、リストランテも満席で賑わってたよ。
是非、トラステヴェレに1泊してね!
今回は、初期キリスト教の教会が1つのテーマだったので、ペルージャのサンタンジェロ聖堂に続き、サント・ステファノ・ロトンド教会を訪れました。次回紹介しますがサンタコスタンツァ聖堂にも行ったの。古い教会って心に響くものがあるよね。お勧めです♪
サンティ・クワットロ・コロナ―ティー教会のキオストロもだけど、円柱の並ぶ風景って、すごーく惹かれるよね。
→うんうん、惹かれる。雰囲気がとても好き。
それにしても、この日の移動距離はすごいね!ずっと徒歩でしょう??
→そうなのよ!バスを乗り継いでも迂回路で結構な時間がかかるので歩いちゃったんだけどずい分歩いちゃった。フ〜。体力あるのは、日頃のテニス等の成果かな…ハハ
あと1つなので、よろしくお付き合い下さい。
めておらさんのプーリア楽しみにしています。
マリアンヌ
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