2015/05/02 - 2015/05/02
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prinprinさん
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(メモ:ハンガリーとカール4世の息子)
紀元前50年頃この辺りにはケルト人が住み、1世紀頃ローマ帝国、5世紀フン族、その後ゴート人等がこの辺りを通過していった。
ロシアのウラル山脈南の平原に住んでいた遊牧民マジャル人は、紀元前10世紀頃以降、徐々に西へ移動を繰り返し、955年ドイツ王オットー1世に敗れてから、パンノニア平原(現在のハンガリー)に退いて定住する。
イシュトヴァ―ン1世(在位:997~1038。1000年から国王)がブダの高台に簡素な王城を造り、住民を誘致。
1241年モンゴルが襲来、ブダもペストも灰燼に帰した。
エステルゴムから逃れてきたベーラ4世(在位:1235~70)が、その経験から本格的な王城と高台の全周をめぐる城郭を築いたのがブダ城の起源。聖母教会(マーチャーシュ教会)も建設される。
西ヨーロッパが、英仏抗争(1339~1453年 百年戦争)黒死病(1346~53年)など“14世紀の危機”の最中、ラヨシュ1世(在位:1342~82年)は対外的に拡大。 ハンガリー王国の最大版図となるが、国内の発展は停滞し、同時代のプラハ(神聖ローマ皇帝カール4世)等と大きな差がつく。
ラヨシュ1世には息子が無く、娘と結婚したジギスムント(カール4世の息子。1387~1437年。神聖ローマ皇帝:1410年~)がハンガリー王位を継承するも凡庸だった。
異母兄のボヘミア王ヴァーツラフ4世(ヴェンツェル)の死後ボヘミア王を兼ねるが、キリスト教改革派ヤン・フスを処刑したため、フス戦争が起こる。
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- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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くさり橋のそばにある Magyar Tudomanyos Akademia (ハンガリー科学アカデミー) の前のバス停にいると、王宮の丘へ行く16番バスはすぐ来ました。
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10:40 マーチャーシュ教会
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主祭壇
マーチャーシュ教会 寺院・教会
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主祭壇周辺
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側面
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ズームアップ。 柔らかな画風の壁画は、アールヌーボーのミュシャの影響でしょうか。
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左上にパイプオルガンが見えています。
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(メモ:ハプスブルク家の支配下へ)
国外系の国王が続いた後、マーチャーシュ1世(在位:1458〜90年)は、150年ぶりにハンガリー内部(現ルーマニア)から国王となった。彼のもと、王宮にはイタリア等から職人や芸術家が集まり、ハンガリーは中欧のルネッサンス中心地として栄華を誇った。
1490年マーチャーシュが亡くなると、ボヘミア王ヴワディスワフがハンガリー王ラヨシュ2世となって即位したが、1526年“モハーチの戦い”でトルコ軍に惨敗し命を落とす。
ラヨシュ2世に嗣子が無かったため、姉アンナの夫で、王妃マリアの兄でもあったフェルディナント大公(神聖ローマ皇帝スペイン王カール5世の弟。後の神聖ローマ皇帝フェルディナント1世)がボヘミア王位とともに継承することになった。これにより、両王位は以後ハプスブルク家の世襲となる。 -
(メモ:トルコの支配下へ)
1541年再び襲来したトルコ軍がそのままハンガリー中部・南部に居座った為、ハンガリーは3つ (トルコ占領地。北部・西部のハプスブルク家支配のハンガリー王国。後にトランシルヴァニア公国となる東部のオスマン帝国保護領) に分割されてしまう。
国境線をめぐる戦国時代を迎えるが、この間スルタンに年貢を納めることによって何とか独立を保つことができたトランシルバニア(現ルーマニア)のみがハンガリー文化の伝統を守ることができた。 -
アールヌーボーは自然の草花や生物をモチーフにしていることが多いですが、ハンガリーは民族衣装の柄などがモチーフになっています。
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右側少し高いところにある扉は、たぶん正面入口
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礼拝堂
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ステンドグラスいろいろ
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12世紀の国王ベーラ3世と妻の 大理石の棺
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礼拝堂
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礼拝堂
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聖なる王冠のレプリカ。 〜初代国王イシュトヴァーンの王冠として崇められてきたが、当時の王冠は失われて残っていない。この王冠は上下ふたつの部分からなり、ゲーザ1世が1075年にビザンチン帝国から授かった下部(ギリシア王冠)に、12世紀末になって上部(ラテン王冠)が付け加えられたもの。上部は10世紀のイタリアで作られた物らしいが、異なる時代、異なる場所で作られた2つの王冠がいつどのような理由でひとつに合体したのかは不明。
聖冠の十字架が曲がっているのは、箱にしまう際にぶつけた、ローマから初代国王のもとに運ぶ道中に傷んだなど諸説ある。 -
聖体顕示台?
聖なる王冠は、ハンガリー王権の象徴として争奪の対象となった。
1458年マーチャーシュ(17歳)が国王に選出された時、神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世の手に渡っていたため、戴冠式ではなく即位式を行う。
1463年大金を払って王冠を取り戻し、翌年戴冠式を行ったが、 この時、マーチャーシュ王は皇帝フリードリヒの養子ということになり、
これが原因でハンガリー王権が1526年ハプスブルクの手に入ることになる。
王冠は数奇な運命をたどり、現在は国会議事堂で公開されている。(図説ブダペスト都市物語他) -
エルジェーベト(愛称:シシィ)像。
皇帝フランツ・ヨーゼフ18歳が即位した6年後の1854年、バイエルン王家の皇女エリザベート16歳と結婚。(母同士が姉妹のいとこ)
1867年オーストリア・ハンガリー二重帝国が誕生し、この教会でハンガリー王の戴冠式が行われた。 この日のためにリストが戴冠ミサ曲を作曲し、自ら指揮をとった。 -
上階テラスから
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上階テラスから
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壁を修復中
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聖イシュトヴァーンの騎馬像 モニュメント・記念碑
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くさり橋とエルジェーベト橋
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漁夫の砦 建造物
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マルギット橋
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漁夫の砦 建造物
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13:15 ハンガリー・テイストのフランス料理という感じ。 フォアグラはほとんど生で抜群。
とても美味しかったですが、ガッツリ系の人は量が足りないかも。カフェ ピエロ 地元の料理
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旧市庁舎と、18世紀ペストの終焉を記念した三位一体の像
三位一体広場 広場・公園
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お土産屋さん
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刺繍のお土産屋さんがたくさん
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王宮のほうへ
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ハンガリーの伝統楽器“テケルー”
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昔の王宮跡を発掘?
1686年、ブダはオーストリア軍とトルコ軍の間で争奪の的になり、トルコは敗退するが、ブダ城は壊滅。 もはや中世の城を造る時代ではなく、再建されなかった。 -
大統領官邸
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16:00 ちょうど衛兵交代が始まりました。
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17世紀ハプスブルク家によってオスマン帝国から解放されると、バロック宮殿が新築され、
18世紀マリア・テレジアの時代、増改築が行われた。
19世紀ブダペストの街は大発展を遂げ、
19世紀半ば、大火災で焼失したのを機に壮大な宮殿ができた。
現在は国立美術館や博物館になっていますが、中には入りませんでした。ブダ城 (ブダ王宮) 城・宮殿
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ケーブルカー駅
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ケーブルカー乗り場のあるクラーク・アーダーム広場は、ハンガリ全土の起点0m地点
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くさり橋の延長として王宮の丘の下を東西に貫くトンネル。
ブダ唯一のトンネルなので名前が無く、みんな、ただ “トンネル” と呼ぶのだそう。 -
ドナウ川沿いのトラムに乗って、ゲッレールト温泉へ。
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エルジェーベト橋 建造物
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自由橋 建造物
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16:30 ゲッレールト温泉は、ホテルの右側を行った所に専用入口があります。
ダヌビアス ホテル ジェラート ホテル
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“キャビン”という1畳ほどの個室(着替え&荷物置き)込みの料金を払い、リストバンドの鍵を受け取ります。
ゲッレールト温泉 温泉
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ぬるい湯の“プール”と、温かい湯の“バス”があり、“プール”はスイムキャップ着用になっています。
男女別だった浴室が混浴になったので、有名なジョルナイ・タイルの浴室の両方入れます。(水着着用)
キャビンへカメラを取りに行きたかったのですが、浴室はサウナの奥にあって、迷って戻って来れなくなりそうで行けませんでした。 -
帰るとき、リストバンドを箱の中に落として返却します。
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19:00 予約しておいたので、スタッフが “良いテーブルが空きましたよ” と案内された2階の席は、店内を見渡せて本当にいい席でした。
夢のような世界です。 宮殿のように豪華で、ここが共産圏だっただなんて想像できません。ニューヨーク カフェ カフェ
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お味も良く、このくらいで約1万2千円でした。
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ピアノの生演奏もありました。
昨日 聖イシュトヴァーン大聖堂に行った時、コンサートのチラシをもらっていたので、行ってもいいなと思っていたのですが、すっかり忘れていました。 -
明日は、オペラ座のボックス席でフィガロの結婚を見るんだ~
( u _ u ) クゥゥゥ。o◯
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