2015/05/01 - 2015/05/01
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prinprinさん
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旅行の4か月前、夜行寝台でプラハからブダペストに移動しようとチェコ国鉄CDのサイトを試してみると、Sleeperの2ndクラスは男女別で、1stはなぜだか選択できなかった。
eチケットを持っていても当日追加料金を請求された、という旅行記もありました。
先輩トラベラーさんに尋ねたり、拙い英語でCDの Customer Support に問い合わせてみると、“2人用コンパートメント(1st)は駅でしか買えない。3人用コンパートメント(2nd)を3人分買っても1つのコンパートメントにできない。” と返事が届き、困ってしまった。
私たちが乗るのは3連休の前夜なのに、予約なしに行くのはヤバイでしょ!
夫が“相部屋は嫌だ”と言うので、チェスキー・クルムロフに荷物を持って移動し、シャトル・カーでオーストリア国鉄?BBの駅へ出て、ウイーン経由でブダペストに移動することにしました。
ところが、発売開始日近くになって、もう1度CDのHPを見てみると、1stクラスが選択できるようになっていた。 (@_@;)?
移動に1日使うより、やはり夜行寝台にしようと、1stクラスSleeper のチケットを購入しました。 (現在は、3berth、double、single から選べます。 https://www.cd.cz/eshop/ )
1人 962 CZKと、結構安かったので、“当日追加料金が必要か?” とCDに問い合わせたら、“3442CZK 必要だ” と返事が来た。 エ~ 合計2人で4万円以上!
そして乗車当日。 駅のチケット売り場に行ってプリントしたeチケットを見せたら、“追加料金は必要ない”と言われ、結局クレジットカード決済した2人分84ユーロ(11,500円)だけでした。 (*^▽^*)☆
- 同行者
- カップル・夫婦
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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夜行寝台 EN477 メトロポール号。
ドイツからの列車に連結する寝台車両がなかなか入線せず、プラハ駅のホームで30分以上待たされ、寝たのは1時過ぎだった。
なのに早起きしてしまう。(笑) -
コンパートメント内に、洗面台とミネラルウォーターがあります。
鏡に映っているのは、2階のベッドと安全ベルト。
2人用と3人用のコンパートメントは同じ広さで、座席高の寝台の上に1台設置するか2台設置するかの違いのようでした。 -
扇面台形のテーブルを壁に引っ掛けるように取り付けます。
コーヒーとクロワッサンを持ってきてくれるので、カレル通りのベーカリーKRUSTAで買っておいたパンと一緒に朝ごはん。飲み物も買っておけばよかった。 -
8:30 ブダペスト東駅に到着
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地下に下りようとしたら、エスカレーターが無かった。 スーツケースを持って階段を下り、右側前方の切符売り場で72時間の公共交通共通切符を買って、M2号線へ。
ブダペスト東駅 (ケレティ パーイアウドゥヴァル) 駅
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デアーク・フェレンツ広場駅で降り、ホテルへ。
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ホテルに荷物を預けて、聖イシュトヴァ―ン大聖堂まで徒歩10分。
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10:00 ブダペスト最大の教会、聖イシュトバーン大聖堂。
1851年に新古典主義で建築を開始したものの、建設中に壁にひびが入りドームは崩壊して、ネオ・ルネサンスに改築。 50年以上かかって1906年完成。 正面ファサードは当初の計画を引き継いでいる。 -
正面入口の上部は、キリスト復活のフレスコ画、その下に聖イシュトヴァ―ン(独:シュテファン)、扉に12使徒のレリーフ。
入口辺りで大聖堂のコンサートチケットを売っていました。 www.concertsinbudapest.com -
内部はとても広く、薄暗い中に重厚に光って荘厳な雰囲気です。
聖イシュトヴァーン大聖堂 寺院・教会
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ドームを支える太い柱。 主祭壇まで遠い!
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ドームは明るくて装飾がよく見えます。スタッコ(大理石に似た表面仕上げの塗り壁)で仕上げられています。
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主祭壇にはキリスト像ではなく、キリスト教を国教に定めマジャルの民をキリスト教へと導いた 聖イシュトヴァ―ン(初代国王イシュトヴァ―ン1世)。
〜キリスト教に改宗し、ローマ法王から授かった(と言われる)冠で西暦1000年クリスマスの日にエステルゴムで戴冠式を行った。 -
1038年にイシュトヴァーンが亡くなると、王位継承をめぐって国の政治は混迷した。
祭壇の横の絵は、世継ぎと定めた息子が若くして夭折し、悲しみと共に聖なる王冠と王国の未来をだれに委ねるべきか、迷える心情を聖母マリアに打ち明ける場面。 -
ケースの右辺から見ると、右手のミイラが見えました。
ステンドグラスが映り込んでいますが、コインを持ってなかったので、他の人がコインを入れて照明がついた時にちゃっかり撮影。聖なる右手の礼拝堂 寺院・教会
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礼拝堂内の展示資料。 聖イシュトヴァ―ンの右手、こんなふうに入っています。
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エレベーター(有料)を乗り継いで展望台へ。
郵便貯金局の特徴的なジョナイル・タイルの屋根は、近づくと見えないらしい。 -
大聖堂前の広場にいる人が、米粒のようです。
遠方左に王宮、右にマーチャーシュ教会が見えています。 -
王宮(国立美術館や歴史博物館)をズームアップ。
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マーチャーシュ教会やヒルトンホテル
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国会議事堂へ行く途中の郵便貯金局。
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緑色の屋根は全然見えません。 付け柱に、貯金・蓄積のシンボルの“蜂”が登って行きます。
緑色の特徴ある屋根は、道路から見えません。 by prinprinさん郵便貯金局 現代・近代建築
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聖イシュトバーン大聖堂から国会議事堂まで歩き、けっこう遠かったです。
インターネットでガイドツアーのチケットを買った時、5月1日は売ってなかったので、“メーデーなので お休み”と思い、2日のチケットを選びました。 ところが出発が近くなってもう1度購入サイトを覗いたら、5月1日もガイドツアーが設定されていたので取り換えました。
http://www.jegymester.hu/eng/PlaceInfo/480000/Hungarian-Parliament-Building
http://www.parlament.hu/en/web/latogatokozpont (国会議事堂ビジターセンター) -
11:40 見学ツアーの入口がわからず、不愛想な警察官に尋ねたら、「今日は NOT OPENだ」と言われた。
国会議事堂 (ブダペスト) 現代・近代建築
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掃除のおじさんに尋ねて、指差したほう(北)に行ったら、地下に下る新しい階段があって、見学ツアーの集合場所 (Visitor Centre) でした。
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英語のガイドさんと一緒に地下道を通り、まずは階段を上がって行く。
これって貴族趣味? 成金趣味? -
ゆっくり歩きたいけど、置いて行かれたら迷子になってしまう〜
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教会のような、
300年間にわたり各国の支配を受けてきたハンガリーは、1867年オーストリア・ハンガリー二重帝国となったことにより、形式的に独立を認められ、自治権が大幅に認められた。 -
歌劇場のような、宮殿のような。
二重帝国の誕生は、民族の自信と誇りを復活させる出来事だった。ウィーンより立派な国会議事堂を造ろうと、1985~1902年、国の威信をかけて国会議事堂を建設。慎重派の首相でさえ予算に制限をつけなかった。
しかし石材の質が悪かったために、完成の20年後には修復が必要となり、作業は現在も続いている。 -
ズームアップ。
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柱には、ハンガリーのために尽くしたと言われる16人の像。その中でただ1人の女性は、女帝マリアテレジア(1717~80年)。
第2次世界大戦終了まぢかにアメリカ軍に持ち出された王冠が返還されたのは、1978年カーター大統領の時代。ハンガリー建国千年祭の2000年に、中央ホールに帰って来た。 -
イシュトヴァ―ンの王冠が撮れないのは残念ですが、王冠を守る衛兵が、銃剣をガチャッと握ってショーアップしてくれます。
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初代国王イシュトヴァ―ンの死後およそ500年後、王冠はハプスブルク家が有することになる。
1526年ハンガリーはスレイマン大帝率いるオスマントルコに敗れ(モハーチの戦い)、国王ラヨシュ2世が落命。この時、国王に後継者がいなかったため王妃マリアの出身であるハプスブルク家がハンガリーの王権を握った。(フェルディナンド1世:ローマ皇帝マクシミリアン1世の長男フィリップ美公とカスティーリャ女王フアナの間の次男で、皇帝カール5世(スペイン王カルロス1世)の弟。スペインで生まれ育った。両親が1515年ウィーン二重結婚)
以来、ブダペストを含めた中部と南部はオスマントルコの領土となり、北西部がハプスブルク家の統治となる。それから150年間ハンガリーは国土の2/3をオスマントルコに支配された。 -
議事堂。
議員席の足元に、夏は氷で冷やした冷風、冬は薪で温めた温風を送って、眠くならないように20度を保っていた。
神聖ローマ帝国とオーストリア帝国を継承した女帝マリアテレジア(1717〜80年)〜皇帝カール6世が男子継承者不在のまま1740年急死。長女の彼女が相続すると、ここぞとばかりフランス、プロイセンなど隣国が異を唱え、戦いを挑んできた(1740〜48年オーストリア継承戦争)。 -
1526年に外戚のハプスブルク家に王の座を譲り渡して、良い感情を持ってなかったハンガリー貴族たちが多い中、窮地に陥った彼女は生まれたばかりの長男を抱いて、ハンガリー王国議院(現スロバキアの首都ブラチスラバ、現在は大学図書館)に救援を求めに行った。 背後にオスマントルコの脅威のあるハンガリーは、女帝を助けることが優遇措置に繋がると考え、命と血潮を王妃に捧げると約束する。議事堂右側が、その時の様子を描いた絵。
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葉巻置き場。 葉巻を1本吸う間に話をまとめることが、優秀な議員の証しだとか。
彼女はこの時の支援を終生忘れず、ハプスブルク家とハンガリーとの不和を解決するため、ハンガリー貴族に自治の特権を認め、人民に対しても教育制度の改善(6歳から12歳までの学校教育を義務化)や農奴に対する規制緩和など人道主義的な改革を行った。
彼女は跡を継いだ長男ヨーゼフ2世と共に改革を推し進め、拷問や死刑の廃止など、啓蒙専制君主として神聖ローマ帝国を中世国家から近代国家へと導く。
さらに、彼女が16人の子供を産み有力諸侯に嫁いでいったことで、ハプスブルク家廃絶の危機から一転して新たな繁栄を迎える。(四女マリア・クリスティーナはザクセンのアルベルト公と結婚し、ハンガリー副王として首都ブラチスラバ城に居城。十女マリア・カロリーナはナポリ王国。末娘マリー・アントワネットはルイ16世に嫁ぐ) -
英国ウエストミンスター宮殿(英国議会)をモデルにして建設。
13:00 夜行寝台の中で朝食のパンを食べただけなので、お腹がへりました。 -
アンドラーシ通り
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リスト広場に到着
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夜はウェディング・パーティーで貸し切りだったので、お昼を予約しました。
軽い食事をされている方もいましたが、リスト広場に面した店内テーブルで、ワインと一緒にしっかり頂きました。 評判が良いだけあって、美味しかったです。(o^-')b
http://www.menzaetterem.hu/english.phpリスト広場に面した 人気のカフェ・レストラン by prinprinさんメンザ カフェ
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地下鉄で、ヴルシュマルティ広場 Vorosmarty ter駅へ。 天井すれすれに電車が通っています。
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ヴルシュマルティ広場 広場・公園
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ヴルシュマルティ広場 広場・公園
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ヴァーツィ通りのアール・ヌーボー建築
ダグラス (ヴァーツィ通り店) ショッピングセンター
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15:10 ヴァーツィ通りから脇に入った Régi posta通りにあるお土産物屋さん、フォルクアート・ケーズヴェシュハーズ Folkart kézművesház。
開いてなかった。祭日も15時までなのかな? -
ヴァーツィ通りのアール・ヌーボー建築
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エルジェーベト橋につながる コシュート Kossuth 通りには、立派な建物が並んでいました。
右の建物の中が、ほとんど無人のアーケード(パッサージュ)。 -
パッサージュ・パーリジ・ウドヴァル
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パッサージュ・パーリジ・ウドヴァル
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トイレに行きたくなったので、
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カフェで一服
ツェントラール カーヴェーハーズ カフェ
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コシュート Kossuth 通りをエルジェーベト橋まで歩きます。
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ゲッレールトの丘。
1854年ハプスブルク家がハンガリー独立運動(フランスの二月革命が波及)を鎮圧し、ブダペストを監視する為に建てた要塞(ツィタデッラ)が見えます。
その横は、ナチスと戦ったソ連兵の慰霊碑として1947年に建てられた女性像。
第2次世界大戦敗戦後、オーストリアは永世中立国として独立したが、ハンガリーやチェコはソ連の共産圏に組み込まれる。エルジェーベト橋 建造物
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17:05 トラムに乗って景色を見ながらホテルに帰ろう。
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トラムの停留所の場所を聞いたら、“トラムはストップだよ”と言われた。 (〃´o`)=3 アラ〜 故障なの? メーデーだから?
くさり橋近くのホテルまで歩いて帰ります。エルジェーベト橋 建造物
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向こう岸の道路で、カーレースをやっているらしく、エンジンの爆音が聞こえます。
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朝預けた荷物と部屋の鍵を受け取り、バスタブ付きの部屋をリクエストしていたので、確認したら、“Yes.” とニッコリ。 一番狭い40㎡スイートを予約しましたが、お部屋に行ったら (^▽^) 広い!
部屋の設備が使いやすく、CP良いホテル。 by prinprinさんスターライト スイーテン ホテル メルレグ ホテル
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20:00 ブダイ・ヴィガドーの公演がないので、ドゥナ・パロタの民族舞踊ショーにしたら、ホテルのちょうど裏でした。
ドゥナ パロタ 劇場・ホール・ショー
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ツィンバロンとソプラノクラリネット?の音が、トルコや中東の雰囲気を感じます。
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ワインボトルをのせて踊っています。 男性の騎馬民族の衣装が独特で面白かった。
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22:00 海のない国でシーフードが食べたくなったらイタリアン~♪ トラットリア・ポモドーロは 雰囲気もよく、本格的な味で美味しかったです。 日本並みのお値段ですが、お奨め。
歩いて帰るとき、聖イシュトバーン大聖堂が見えました。ポモ ドーロ イタリアン
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