旅行記グループ
1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行
全10冊
1991/01/20 - 1992/01/27
- ダブリン
- エジンバラ
- カーディフ
- ナイロビ
- マサイマラ国立保護区周辺
- ザンジバル
- アムステルダム
- ブルージュ
- ルクセンブルク
- トレド
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行で欧州、東アフリカへ①(アイルランド&北アイルランド)
1991/01/20~
ダブリン(アイルランド)
1月半ばにゼミが終われば、3月中旬の内定先の研修までの約50日間を旅に充てることができる。さて行き先は? 社会人になったら長期の旅はなかなかできない。学生最後の旅、卒業...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行②(スコットランド駆け足でを)
1991/01/25~
エジンバラ(イギリス)
北アイルランドからフェリーでスコットランドへ。イングランドに対抗し続けた「国」。子供の頃、ネッシーが棲息してるという話をきき、俄然興味を持ったネス湖やマクベスの舞台とな...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中、卒業旅行③(ロンドンでチケット探し、ウエールズで友人に会って頼み事)
1991/01/28~
カーディフ(イギリス)
エディンバラから夜行バスでロンドンへ。バスにはスペインやイタリアのラテン系の乗客が多かったせいか、やたら騒がしい。しかもロンドンには予定より早く5時30分着。眠い目をこ...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行④(混沌のナイロビ、日本人BPの集まるイクバルホテル)
1991/02/03~
ナイロビ(ケニア)
アイルランド、英国の4地域を巡ったら湾岸戦争渦中のエジプト航空に乗ってケニアへ。東アフリカの玄関口、ナイロビには日本人の長期旅行者が集まる場所。日本人宿には、ひと味違っ...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行⑤(マサイマラで初のサファリ)
1991/02/08~
マサイマラ国立保護区周辺(ケニア)
子どもの頃に観たTV番組「野生の王国」などの影響もあって、アフリカというとベタですがサバンナを駆け巡る動物たちの群れが頭に浮かびます。アフリカまで足を伸ばしたら、やはり...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行⑥(長閑なザンジバルからケニアの沿岸都市モンバサへ)
1991/02/12~
ザンジバル(タンザニア)
タンザニアのザンジバル島。ここはナイロビのIqbalに集まる日本人旅行者の間ではとても評判の良かったところ。殺伐とした大都会のナイロビと違い、長閑な南の島で海が青く、素...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行⑦(アフリカ旅行を終え、運河の国オランダへ)
1991/02/18~
アムステルダム(オランダ)
2週間ほどのケニア、タンザニア(ザンジバル)の旅を終えて、再びロンドンへ。アフリカ滞在中は宿にはテレビもなく、今のようにスマホでニュースを手に入れられるような環境もなし...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行⑧(アントワープで定番の名画を見てブルージュへ)
1991/02/24~
ブルージュ(ベルギー)
アフリカの旅を終え、オランダを駆け足で巡って始まった卒業旅行の終盤戦。スピードを緩めることなく続きます。ロッテルダムを巡った後で向かうのはベルギーのアントワープ。幼い頃...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行⑨(ルクセンブルクからスイスへ、気がつけば戦争は終わってた)
1991/02/26~
ルクセンブルク
2ヶ月弱の卒業旅行も5分の4が経過して終盤戦。ベルギーからルクセンブルク、フランスのストラスブールを経てスイスに向かいます。とりあえず、ベネルクス3国を制覇しようと思っ...
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1991年、湾岸戦争の真っ只中に卒業旅行⑩(最後はスペインの古都を巡って帰国です)
1991/03/03~
トレド(スペイン)
50日に及ぶ卒業旅行も残りわずか。最後はジュネーブからスペインに向かいます。翌年にバルセロナ五輪、セビリア万博を控えていたスペインはある意味、バブルの真っ最中で活気に溢...