2025/10/05 - 2025/10/05
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zenkyou01さん
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鎌倉街道下道(1)鎌倉・金沢八景 神奈川県鎌倉市・横浜市 全行程 4時間2分
十二所バス停~(4分)光触寺・大江稲荷社(12分)~(5分)十二所神社 (3分) ~(11分)(山道・大刀洗水・朝比奈切通入口) (6分)~(31分)熊野神社への分岐 (41分)~(朝比奈切通核心部)(17分)朝比奈切通横浜側出口 (12分)上総の介塔・鼻欠け地蔵 (27分)光伝寺(34分)~(5分)長生寺・上行寺 (10分) ~(11分)泥牛庵(8分)~(20分)山道金沢八景駅前 タリーズコーヒー
「日時」2025年10月5日 「アクセス」横須賀線鎌倉駅より京急バス金沢八景駅または鎌倉霊園行き、十二所バス停下車(所要
「参考案内書」ブログ
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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十二所バス停 鎌倉駅から瑞泉寺・報国寺・浄妙寺あたりまでのスポットには何度も訪れているので、今回は、鎌倉駅から鎌倉霊園行または金沢八景行きバスで、十二所バス停で下車して、光触寺からスタートする。所要15分
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光触寺本堂 時宗の一寺、1278年創建、開基は一遍上人、開山は作阿、本尊は阿弥陀三尊像です。文化財は国重文 木造阿弥陀如来及両脇侍立像三体、紙本淡彩頬焼阿弥陀縁起等を有する。鎌倉33観音霊場第七番札所。山門を潜り、両脇に墓がある参道の先に本堂、そこから右へ行くと、庭園と宗祖一遍上人の像、塩嘗め地蔵があります
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光触寺塩嘗地蔵 商売繁盛を祈って塩を初穂に納め、帰りには塩がなくなっていて、お地蔵様が嘗めたのだろうという塩嘗め地蔵があります
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大江稲荷社 十二所の明石橋付近に住居を構えていた、鎌倉幕府政所別当の大江広元を祀る神社で、赤い鳥居と小さな社殿があります
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十二所神社本殿 伝1278年創建、祭神は天神七柱、地神五柱。古くは光触寺の境内にあったが、江戸時代後期に現在地に再建。石段を登り、鳥居を潜ると正面に拝殿、右手に小さなやぐらと山の神という祠がありました。拝殿軒下には、ウサギの彫刻が見られます
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梶原大刀洗水 十二所神社から5分程東に行った所にある湧き水です。平安時代末、源頼朝の家来梶原景時が同じく頼朝の家来上総広常を討った後に、血の付いた太刀を洗った湧き水です。竹筒から水が流れ出ています。鎌倉五名水の一つです
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朝比奈切通(鎌倉側入口) 朝夷奈切通は鎌倉七切通の一つで、鎌倉と横浜の六浦とを結ぶ経済的および防衛上の防御施設として重要な道路でした。古道の雰囲気をよく残している切通です
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三郎の滝 朝比奈切通し鎌倉側入口にある滝で、朝比奈の滝ともいわれています。鎌倉殿13人の一人、和田義盛の息子で朝比奈切通しを切り開いたといわれる朝比奈三郎義秀に因んで名づけられた滝です
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朝比奈切通碑 鎌倉町青年団が大正から昭和初期かけて、鎌倉市内約80ケ所に建てた史跡・旧跡碑です
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朝比奈切通しの濡れた状態の石道を緩やかに登ります
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ツリフネソウ 葉は楕円形から広披針、鋸葉。花は赤紫色で3~4cmの横長の花が釣り下がるように付く、3個の唇弁で距が長い、距の先端が渦巻く
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割と急な登り 切通し道最高点に近づくにつれ、緩やかに登る道が少し急な登りになります
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迫った岩壁に摩崖仏が彫られていました
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熊野神社への分岐です。本日、熊野神社はスキップします。熊野神社の創建は鎌倉時代、御祭神は速玉男命、伊邪那岐命、伊邪那美命です。源頼朝が幕府を開くと同時に朝夷奈切通の開墾の際に守護神として熊野三社大明神を勧請したのが始まりです。手すりのある急石段を登り、鳥居を潜ると正面に拝殿、もう一石段上に本殿があります。本殿は昭和時代の建物です。新しいせいか綺麗な本殿です
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急下り 熊野神社への分岐から急な下りが始まります
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朝比奈切通しの核心部で、一番切通らしいところに来ました。核心部が4分ほど続きます
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石仏群 切通し終了付近にある石仏群で、三猿の上に乗る青面金剛像も見られます
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朝比奈切通の横浜側の入口です
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朝比奈切通し説明版 横浜側入口に建っています。以下のことが記述されています。
「鎌倉幕府は1240年、六浦津との重要交通路として、路改修を議定、翌年4月から工事にかかりました。執権北条泰時自らが監督し、自分の乗馬に石を運ばせ、公示を急がせたといいます。当時の六浦は、塩の産地であり、安房、上総、下総等の関東地方をはじめ、海外(唐)からの物資集散港でした。船で運ばれた各地の物資は、この切通しを越えて、鎌倉に入り、六浦港の政治的・経済的価値は倍増しました。また鎌倉防衛上必要な防御施設として、路の左右に平場や切岸の跡とみられるようなものが残されています。鎌倉七口の中、最も高く、険阻な道です」 -
上総の介塔 切通し出口を出て、県道23号線に合流し、県道を20M程進と見られます。上総(平)広常の供養塔です。広常は平安時代末の武将で、源頼朝挙兵に呼応して平家と戦う。広常の鎌倉での館は鎌倉中心部と六浦を結ぶ朝比奈切通沿いにあったとされています
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鼻欠け地蔵 県道23号線大道中学校の傍にある高さ4Mの摩崖仏です。いつごろ彫られたかはわかりません。鼻が欠けているところからこのように呼ばれています。今は全身がかなり風化しているのでお地蔵様とは判断しにくい状態です
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宝樹院 真言宗御室派の一寺で、創建年は不詳、中興年は1650年、本尊は大日如来像です
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小泉又次郎誕生地碑 明治・大正・昭和時代の政治家、衆議院議員で、第87~89代内閣総理大臣小泉純一郎の祖父です
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光伝寺本堂 浄土宗の一寺、創建年は1573年、開基は長野六右衛門、開山は忍誉霊伝和尚、本尊は阿弥陀如来像です。山門を潜ると本堂と鐘楼があります
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長生寺本堂 浄土真宗本願寺派の一寺、創建年は不詳、十五世紀末に浄土真宗に改宗、本尊は阿弥陀如来像です。山門を通ると本堂があります
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日蓮上人舟繋ぎの松 日蓮上人が乗ってきた舟を繋いだという樹齢千年といわれた松があったといわれているが、昭和22年に枯れ、今は二代目です
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上行寺本堂 日蓮宗の一寺、創建年は不詳、1368~1375年、開基は六浦妙法、開山は日祐和尚です。山門を潜ると日蓮上人舟繋ぎの松、鐘楼、本堂、横浜市名木古木のカヤノキ、日荷上人の墓があります
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泥牛庵本堂 日蓮宗の一寺、創建年は不詳、1368~1375年、開基は六浦妙法、開山は日祐和尚です。山門の手前に、十八世紀に据えられた庚申塔等があり、山門を潜ると本堂があります
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