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さて、忙しい旅です。半日島原を散策した後、乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎの果てに目指す唐津に辿り着きました。

未訪問県を訪れる旅 島原から唐津へ

7いいね!

2026/08/14 - 2026/08/14

226位(同エリア334件中)

旅行記グループ 日本の旅2

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さっくん

さっくんさん

さて、忙しい旅です。半日島原を散策した後、乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎの果てに目指す唐津に辿り着きました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
同行者
一人旅
交通手段
ジェットスター
  •    おはようございます。最高の目覚めです。最高の眺めです。天気も頑張ってくれています。

    イチオシ

    おはようございます。最高の目覚めです。最高の眺めです。天気も頑張ってくれています。

  •    残念ながら、お城の開城時間は何処だって朝9時からなのです。もっと早いと捗るのに…。でも天気は待ってくれないのは、富士山で散々経験しているので、真っ先に自分のイチオシスポットへ向かいました。

    イチオシ

    残念ながら、お城の開城時間は何処だって朝9時からなのです。もっと早いと捗るのに…。でも天気は待ってくれないのは、富士山で散々経験しているので、真っ先に自分のイチオシスポットへ向かいました。

  •    天守閣単体より、櫓や城壁を前に控えさせる事で、天守閣の美しさが更に引き立つ気がします。そして、ついお城の美しさに目奪われがちですが石垣も見てください。屏風の様に屈曲しています。これは鉄砲が主流になった戦闘に於いて死角を無くす工夫であると共に、本丸からの土圧、堀からの水の浸透等、土木面でのアドバンテージを保つ工夫でもあるのです。

    天守閣単体より、櫓や城壁を前に控えさせる事で、天守閣の美しさが更に引き立つ気がします。そして、ついお城の美しさに目奪われがちですが石垣も見てください。屏風の様に屈曲しています。これは鉄砲が主流になった戦闘に於いて死角を無くす工夫であると共に、本丸からの土圧、堀からの水の浸透等、土木面でのアドバンテージを保つ工夫でもあるのです。

  • 今度は巽櫓を主人公に据えて。

    今度は巽櫓を主人公に据えて。

  •    雲仙が、俺も写せと言っています。

    雲仙が、俺も写せと言っています。

  •    本当、絵になる城です。

    本当、絵になる城です。

  •     この時間は、登城口から登ると、逆光になってしまいます。

    この時間は、登城口から登ると、逆光になってしまいます。

  •  東側に回り、順光、単体で島原城を撮影しました。城全部を写すには、東側はちょっと手狭です。

    東側に回り、順光、単体で島原城を撮影しました。城全部を写すには、東側はちょっと手狭です。

  •    丑寅櫓方面にズレて(北東)島原城を見上げました。

    丑寅櫓方面にズレて(北東)島原城を見上げました。

  •    西から退城し、雲仙を拝みながら、武家屋敷を目指します。

    西から退城し、雲仙を拝みながら、武家屋敷を目指します。

  •    お城の周りを早朝歩けば、地元の方々がお城の周りをランニングに励んでおられました。息を切らせ走っているにも関わらず、私に朝の挨拶を交わして頂けました。一人じゃなく全員です。私なんてカメラ構えた怪しい観光客に過ぎません。だのに、暖かいです。島原の人々。本当素敵な街です。<br /><br /> 一方皇居では、ランナーが邪魔な歩行者に舌打ちしたり、危険走行したり、ランニング禁止の要望が出る様な有様です。都会の人がダメ人間ばかりとは思えませんが、人の多さに、思いやりと言う言葉が擦り減らざるを得ない現状なのだと思います。<br /><br /> 此処島原は小さな町ですが、日々忘れかけていた、大切なものを教えて頂けた気分です。ありがとうございました。

    お城の周りを早朝歩けば、地元の方々がお城の周りをランニングに励んでおられました。息を切らせ走っているにも関わらず、私に朝の挨拶を交わして頂けました。一人じゃなく全員です。私なんてカメラ構えた怪しい観光客に過ぎません。だのに、暖かいです。島原の人々。本当素敵な街です。

     一方皇居では、ランナーが邪魔な歩行者に舌打ちしたり、危険走行したり、ランニング禁止の要望が出る様な有様です。都会の人がダメ人間ばかりとは思えませんが、人の多さに、思いやりと言う言葉が擦り減らざるを得ない現状なのだと思います。

     此処島原は小さな町ですが、日々忘れかけていた、大切なものを教えて頂けた気分です。ありがとうございました。

  •   人々だけでは無く、猫様も人懐っこいです。時に猫パンチかますヤンチャ坊主もいますが、お尻ポンポンで、ヘソ天かます程人馴れしていて、如何にこの街の人々が猫を愛しているかが伝わってきます。イスラーム圏を思い出します。人懐っこい猫がいる街にハズレはありません。野良猫は、その街の人の心を映します。

    人々だけでは無く、猫様も人懐っこいです。時に猫パンチかますヤンチャ坊主もいますが、お尻ポンポンで、ヘソ天かます程人馴れしていて、如何にこの街の人々が猫を愛しているかが伝わってきます。イスラーム圏を思い出します。人懐っこい猫がいる街にハズレはありません。野良猫は、その街の人の心を映します。

  •   未だ9時には早いので、外観だけでも拝んで戻ろうかと思っていたのですが、なんとオープンしているではありませんか!有難い事です。

    未だ9時には早いので、外観だけでも拝んで戻ろうかと思っていたのですが、なんとオープンしているではありませんか!有難い事です。

  •  先ずは山本邸をお尋ねしました。初代山本佐五左衛門は松平氏が三河時代から仕えた家臣で、松平家と共に随行して島原に赴任しました。

     先ずは山本邸をお尋ねしました。初代山本佐五左衛門は松平氏が三河時代から仕えた家臣で、松平家と共に随行して島原に赴任しました。

  •  代々砲術師範として藩の重職を歴任、幕末まで13代の城主に使えました。(吉田松陰が会ったのは別の砲術家)

     代々砲術師範として藩の重職を歴任、幕末まで13代の城主に使えました。(吉田松陰が会ったのは別の砲術家)

  •  この家の門構えは下級武士の家としては珍しいもので、藩主から特別に許されていたそうです。

     この家の門構えは下級武士の家としては珍しいもので、藩主から特別に許されていたそうです。

  •  続いて篠塚さんのお宅にお邪魔します。こんにちは~!

     続いて篠塚さんのお宅にお邪魔します。こんにちは~!

  •  山本さんと一緒で、篠塚順右衛門も松平氏三河時代からの家臣で、松平氏と共に島原にやってきました。<br />

     山本さんと一緒で、篠塚順右衛門も松平氏三河時代からの家臣で、松平氏と共に島原にやってきました。

  •  明治時代まで11代続き、書記や代官を務めていました。

     明治時代まで11代続き、書記や代官を務めていました。

  •  最後に訪れたのは島田さん家です。山本さん、篠塚さんと同様、松平家草創以来の古い家柄で、様々な重職を務めてきました。

     最後に訪れたのは島田さん家です。山本さん、篠塚さんと同様、松平家草創以来の古い家柄で、様々な重職を務めてきました。

  •  もう、狭苦しい現代的なアパートの暮らしの方が圧倒的に過ごした時間が長いのですが、この踏みしめた畳の感触、長い月日を経た木の質感。何故か懐かしさを感じるのはどうしてでしょう?記憶と言うより、私の日本人としてのDNAが呼び起こすのでしょうか?

     もう、狭苦しい現代的なアパートの暮らしの方が圧倒的に過ごした時間が長いのですが、この踏みしめた畳の感触、長い月日を経た木の質感。何故か懐かしさを感じるのはどうしてでしょう?記憶と言うより、私の日本人としてのDNAが呼び起こすのでしょうか?

  •  時間の関係で、とてもゆっくりとはいきませんでしたが、心はとても落ち着けました。素敵な時間を頂きました。

     時間の関係で、とてもゆっくりとはいきませんでしたが、心はとても落ち着けました。素敵な時間を頂きました。

  •  一旦ホテルに引き返します。途中必ずイチオシポイントを通り過ぎます。振り返らずにはいられません。

    イチオシ

     一旦ホテルに引き返します。途中必ずイチオシポイントを通り過ぎます。振り返らずにはいられません。

  •  此方がお世話になった島原ステーションホテルさん。外観こそちょっと疲れていますが、ビジネスホテルとして価格以上。そしてキャッスルビューは感動ものです。

     此方がお世話になった島原ステーションホテルさん。外観こそちょっと疲れていますが、ビジネスホテルとして価格以上。そしてキャッスルビューは感動ものです。

  •  自室に戻り仕切り直します。珈琲を沸かしてついつい見惚れます。

     自室に戻り仕切り直します。珈琲を沸かしてついつい見惚れます。

  •  アーケード商店街を抜けます。この鼠はきちんと許可取ってるのかな?

     アーケード商店街を抜けます。この鼠はきちんと許可取ってるのかな?

  •  昨夜お食事を頂いたほうじゅうさんです。具雑煮、河豚の押し寿司、かんざらしと島原名物三点セットを頂けます。

     昨夜お食事を頂いたほうじゅうさんです。具雑煮、河豚の押し寿司、かんざらしと島原名物三点セットを頂けます。

  •  ほうじゅうさんの脇には、鯉が回遊するコーナーアラウンドが。

     ほうじゅうさんの脇には、鯉が回遊するコーナーアラウンドが。

  •  色とりどりの鯉が悠々と泳いでいます。一緒に泳ぎたくなる暑さです。

     色とりどりの鯉が悠々と泳いでいます。一緒に泳ぎたくなる暑さです。

  •  島原には猫チャマが多いですが、鯉に悪さはしないのでしょうか?

     島原には猫チャマが多いですが、鯉に悪さはしないのでしょうか?

  •  酔っ払いと歩きスマホは厳禁です。

     酔っ払いと歩きスマホは厳禁です。

  •  1792年、地震とそれが引き起こした山体崩壊により、引き起こされた大災害は、湧き水と言う恵みを島原に齎しました。

     1792年、地震とそれが引き起こした山体崩壊により、引き起こされた大災害は、湧き水と言う恵みを島原に齎しました。

  •  長崎の平和記念像を手掛けた北村西望氏の出身地でもある島原の橋には幾つもの像が飾られています。

     長崎の平和記念像を手掛けた北村西望氏の出身地でもある島原の橋には幾つもの像が飾られています。

  •  9時になったので、清流亭を訪れ島原めぐりんチケットを購入しました。島原城と四明荘の共通入場券及び、様々なお得が詰まったチケットです。

     9時になったので、清流亭を訪れ島原めぐりんチケットを購入しました。島原城と四明荘の共通入場券及び、様々なお得が詰まったチケットです。

  •  朝9時の開場時間を迎え、私が真っ先に向かったのは島原城では無く四明荘です。何故なら、お城は大きいですが、四明荘は元々個人宅。静寂と癒しのスペースです。しかし今はお盆。様々なガイドブック等で紹介されているので、大勢の観光客が訪れてしまうと雰囲気が崩れてしまいます。

     朝9時の開場時間を迎え、私が真っ先に向かったのは島原城では無く四明荘です。何故なら、お城は大きいですが、四明荘は元々個人宅。静寂と癒しのスペースです。しかし今はお盆。様々なガイドブック等で紹介されているので、大勢の観光客が訪れてしまうと雰囲気が崩れてしまいます。

  •  四明荘に到着しました。先客が一人いましたが、私と同じぐらいの男性客。おかげで落ち着いたひと時を過ごせました。やはり早起きは三文の得です。

     四明荘に到着しました。先客が一人いましたが、私と同じぐらいの男性客。おかげで落ち着いたひと時を過ごせました。やはり早起きは三文の得です。

  •  早起きの得はもうひとつあります。この時間に訪れると、庭の池に反射した光が室内上部の障子にユラユラ映って独特の文様を編み出します。写真では表現出来ないのが残念です。

     早起きの得はもうひとつあります。この時間に訪れると、庭の池に反射した光が室内上部の障子にユラユラ映って独特の文様を編み出します。写真では表現出来ないのが残念です。

  •  軒先は湧水の池となっており、沢山の鯉が泳いでいます。ただ美しいだけでは無く、この季節、冷たい湧水を吹き抜けた風が、自然のクーラーとなるのです。

    イチオシ

     軒先は湧水の池となっており、沢山の鯉が泳いでいます。ただ美しいだけでは無く、この季節、冷たい湧水を吹き抜けた風が、自然のクーラーとなるのです。

  •  四明荘は近所に暮らすお医者様の別邸として使われていた家屋で、当時は四方の展望に優れていた事から四明荘と呼ばれました。

     四明荘は近所に暮らすお医者様の別邸として使われていた家屋で、当時は四方の展望に優れていた事から四明荘と呼ばれました。

  •  湧水に悠々と泳ぐ鯉と共に、涼しげな朝のひと時を過ごせました。

    イチオシ

     湧水に悠々と泳ぐ鯉と共に、涼しげな朝のひと時を過ごせました。

  •  滾々と沸く湧水を眺めながら、こんな部屋で暮らしたら、頭の中に色んなものが沸いて来そうです。across the universeを聞きたいなぁ。<br /><br />https://youtu.be/90M60PzmxEE?si=HnsoW4anTa0kYJHm

     滾々と沸く湧水を眺めながら、こんな部屋で暮らしたら、頭の中に色んなものが沸いて来そうです。across the universeを聞きたいなぁ。

    https://youtu.be/90M60PzmxEE?si=HnsoW4anTa0kYJHm

  •  こんな素敵な場所なのですから、ゆったり座って静寂の時を過ごすべきなのに、ついウロチョロしていろんな所から眺めてしまいます。

     こんな素敵な場所なのですから、ゆったり座って静寂の時を過ごすべきなのに、ついウロチョロしていろんな所から眺めてしまいます。

  •  鯉になって此処で暮らしたいなぁ…。でも鯉になっても群れから離れてはぐれ鯉になってそう(笑)

     鯉になって此処で暮らしたいなぁ…。でも鯉になっても群れから離れてはぐれ鯉になってそう(笑)

  •  私としては、有難い事ではありますが、しかし朝一とは言ってもお盆のこの季節に、男の一人旅二名はちょっと少なくも感じます。日中の市内も、お盆と言う季節を鑑みれば、観光地の観光シーズン独特の猥雑さは感じません。

     私としては、有難い事ではありますが、しかし朝一とは言ってもお盆のこの季節に、男の一人旅二名はちょっと少なくも感じます。日中の市内も、お盆と言う季節を鑑みれば、観光地の観光シーズン独特の猥雑さは感じません。

  •  それは島原のアクセスの悪さから来るものでは無いでしょうか?島原へは陸路で訪れると、諫早から島原鉄道で1時間以上かかります。その諫早にも博多から、リレーかもめと新幹線を乗り換えて向かう必要があります。他には熊本方面から船で訪れる事になります。周辺の地域を訪れても、ぶらっと立ち寄ろうと言う距離感では無いと思います。

     それは島原のアクセスの悪さから来るものでは無いでしょうか?島原へは陸路で訪れると、諫早から島原鉄道で1時間以上かかります。その諫早にも博多から、リレーかもめと新幹線を乗り換えて向かう必要があります。他には熊本方面から船で訪れる事になります。周辺の地域を訪れても、ぶらっと立ち寄ろうと言う距離感では無いと思います。

  •  でも、だからこそ、島原に本当に訪れたいと思った人だけが此処に来る。だからこそ、この落ち着いた風情が残されているのではないかなとも思いました。勿論大都会の人が荒んでいるとは言いませんが、そうしても大勢が行き交う都会では、人の良さが掻き消されてしまいがちです。

     でも、だからこそ、島原に本当に訪れたいと思った人だけが此処に来る。だからこそ、この落ち着いた風情が残されているのではないかなとも思いました。勿論大都会の人が荒んでいるとは言いませんが、そうしても大勢が行き交う都会では、人の良さが掻き消されてしまいがちです。

  •  心が洗われるとはこの事だなぁ…。

     心が洗われるとはこの事だなぁ…。

  •  素敵なひと時をありがとうございました。

     素敵なひと時をありがとうございました。

  •  そして今度こそ、島原城に入場します。本当美しい城です。松倉重政が見栄を張って、島原の民衆が耐えられない程年貢を徴収し建てた城です。ある意味罪深い城でもあります。

     そして今度こそ、島原城に入場します。本当美しい城です。松倉重政が見栄を張って、島原の民衆が耐えられない程年貢を徴収し建てた城です。ある意味罪深い城でもあります。

  •  島原城だけあって、キリスト教関連の資料は充実しています。島原の乱は幕府の運営に大きな衝撃を与え、その後の運営に大きな影響を与えました。ポルトガルは国交を断絶、オランダとの通商は長崎出島に限定され、鎖国が完成します。キリスト教は厳しく禁じられ、キリシタンは潜伏を強いられる事となりました。

     島原城だけあって、キリスト教関連の資料は充実しています。島原の乱は幕府の運営に大きな衝撃を与え、その後の運営に大きな影響を与えました。ポルトガルは国交を断絶、オランダとの通商は長崎出島に限定され、鎖国が完成します。キリスト教は厳しく禁じられ、キリシタンは潜伏を強いられる事となりました。

  •  今日でも愚かなとある国では、厳しい宗教弾圧が続いています。然し私は思います。国と言うレベルでは宗教を滅ぼす事は不可能です。どんな暴力を奮おうが、核兵器を使おうが、宗教を完全に撲滅する事は出来ないでしょう。宗教は人々の心の中に生きるものだからです。<br /><br /> 暴力を奮い、外面の行動を制御する事は出来るかもしれません。でも、暴力では、決して心の奥底を変える事は出来ないのです。暴力とは虚しいものです。暴力では宗教を絶やす事は出来ないのです。出来ると思っているのは、単なる幻想に過ぎません。それに抗おうとしても、その国が先に滅びる事になりましょう。歴史がそれを証明しています。キリシタンを弾圧した江戸幕府も、もう遥か昔に消え去りました。<br /><br />Prayer will never die.

     今日でも愚かなとある国では、厳しい宗教弾圧が続いています。然し私は思います。国と言うレベルでは宗教を滅ぼす事は不可能です。どんな暴力を奮おうが、核兵器を使おうが、宗教を完全に撲滅する事は出来ないでしょう。宗教は人々の心の中に生きるものだからです。

     暴力を奮い、外面の行動を制御する事は出来るかもしれません。でも、暴力では、決して心の奥底を変える事は出来ないのです。暴力とは虚しいものです。暴力では宗教を絶やす事は出来ないのです。出来ると思っているのは、単なる幻想に過ぎません。それに抗おうとしても、その国が先に滅びる事になりましょう。歴史がそれを証明しています。キリシタンを弾圧した江戸幕府も、もう遥か昔に消え去りました。

    Prayer will never die.

  •  そしてキリスト教は、今もこの地に根付いています。形を変え、その土地と融合しながらも、その神髄は変わる事無く、あらゆる暴力にも揺らぐ事無く、人々の心の中で伝わっていきます。それに比べ、政治なんてものは、時代と共に移ろうものです。需要が無くなれば、それでお終い、脆いものなのです。

     そしてキリスト教は、今もこの地に根付いています。形を変え、その土地と融合しながらも、その神髄は変わる事無く、あらゆる暴力にも揺らぐ事無く、人々の心の中で伝わっていきます。それに比べ、政治なんてものは、時代と共に移ろうものです。需要が無くなれば、それでお終い、脆いものなのです。

  •  私は、宗教を利用して日本を征服しようとした欧州の国や、寺社仏閣を破壊したキリシタン大名、そしてキリシタンを利用して島原の乱を引き起こした連中に、ひとひらの憐憫も感じませんが、一方純粋にキリスト教を信仰した民衆の信仰は尊いものと考えています。組織が利用したそれと、一般民衆の純粋な信仰は、全くの別物です。

     私は、宗教を利用して日本を征服しようとした欧州の国や、寺社仏閣を破壊したキリシタン大名、そしてキリシタンを利用して島原の乱を引き起こした連中に、ひとひらの憐憫も感じませんが、一方純粋にキリスト教を信仰した民衆の信仰は尊いものと考えています。組織が利用したそれと、一般民衆の純粋な信仰は、全くの別物です。

  •  こうした庶民が作っただろう、造詣の雑な作品の方が、返ってグサッと心に残るものを感じます。当時の人々が平穏を祈った、切ない祈りがリアルに伝わってくる気がします。儚くも、決して揺るがない、強さを感じます。

     こうした庶民が作っただろう、造詣の雑な作品の方が、返ってグサッと心に残るものを感じます。当時の人々が平穏を祈った、切ない祈りがリアルに伝わってくる気がします。儚くも、決して揺るがない、強さを感じます。

  •  これは、知恵伊豆の企みにより、原城をオランダ船が囲み、艦砲射撃をしたシーンでしょう。一揆軍はポルトガルの援軍を最後の頼みとしており、最初はオランダ軍をポルトガルの援軍が来たと思い歓喜するも、艦砲射撃を受け、一瞬にして心を打ち砕かれました。

     これは、知恵伊豆の企みにより、原城をオランダ船が囲み、艦砲射撃をしたシーンでしょう。一揆軍はポルトガルの援軍を最後の頼みとしており、最初はオランダ軍をポルトガルの援軍が来たと思い歓喜するも、艦砲射撃を受け、一瞬にして心を打ち砕かれました。

  •  最上階に到達しました。写真中央の白い建物が、宿泊している島原ステーションホテルさんです。昨日からずっとあそこから、此処を眺めていたのです。

     最上階に到達しました。写真中央の白い建物が、宿泊している島原ステーションホテルさんです。昨日からずっとあそこから、此処を眺めていたのです。

  •  此方は丑寅(北東)の方向です。有明海が見えます。

     此方は丑寅(北東)の方向です。有明海が見えます。

  •  此方も丑寅、眼下に丑寅櫓を見下ろします。

     此方も丑寅、眼下に丑寅櫓を見下ろします。

  •  背後の西側には雲仙の山々が見えます。

     背後の西側には雲仙の山々が見えます。

  •  此方は島原港方面。今度は船に乗って島原に来るのも良いかもしれません。

     此方は島原港方面。今度は船に乗って島原に来るのも良いかもしれません。

  •  過去に数々の噴火を繰り返し、島原に大災害を齎した雲仙の山、先日の熊本地震でも崩壊が進んだとの事です。ズームすれば不自然なえぐれが観察出来ました。

     過去に数々の噴火を繰り返し、島原に大災害を齎した雲仙の山、先日の熊本地震でも崩壊が進んだとの事です。ズームすれば不自然なえぐれが観察出来ました。

  •  天守閣から降りてきました。先に見えるのは巽櫓です。

     天守閣から降りてきました。先に見えるのは巽櫓です。

  •  これが島原めぐりんチケットです。島原城と四明荘を見るなら絶対買いです。清流亭や島原駅などで購入できます。私はこう言う企画にあまり参加しません。スタンプラリーとかあっても貯まる事が無いからです。でも、このチケットは敷居が低く、あっという間に最初のレベルに到達し、島原名物のつぶ飲料と小さな缶バッジを頂けました。

     これが島原めぐりんチケットです。島原城と四明荘を見るなら絶対買いです。清流亭や島原駅などで購入できます。私はこう言う企画にあまり参加しません。スタンプラリーとかあっても貯まる事が無いからです。でも、このチケットは敷居が低く、あっという間に最初のレベルに到達し、島原名物のつぶ飲料と小さな缶バッジを頂けました。

  •  島原城を眺めながら島原城を後にします。お盆なのに落ち着いた風情の島原ですが、観光にも力は入れており、歓迎してくれている事が犇々と伝わってきてとても嬉しく思い、楽しく観光出来ました。とってもとっても印象の良い街でした。感謝しています。今度はもっとめぐりんチケットを活用するぞ!

     島原城を眺めながら島原城を後にします。お盆なのに落ち着いた風情の島原ですが、観光にも力は入れており、歓迎してくれている事が犇々と伝わってきてとても嬉しく思い、楽しく観光出来ました。とってもとっても印象の良い街でした。感謝しています。今度はもっとめぐりんチケットを活用するぞ!

  •  イチオシスポットを再び通り越します。これが最後となると思います。いや、きっといつの日か再び眺めに参ります。それまでサヨウナラ。そしてありがとう!

     イチオシスポットを再び通り越します。これが最後となると思います。いや、きっといつの日か再び眺めに参ります。それまでサヨウナラ。そしてありがとう!

  •  島原鉄道の発車時刻まで、あと少しあったので、四明荘に程近い、島原湧水館を訪れました。めぐりんチケットを提示すると、島原名物かんざらしが1,5倍増量して貰えるのだそうです。

     島原鉄道の発車時刻まで、あと少しあったので、四明荘に程近い、島原湧水館を訪れました。めぐりんチケットを提示すると、島原名物かんざらしが1,5倍増量して貰えるのだそうです。

  •  夏らしい風景に出逢えました。

     夏らしい風景に出逢えました。

  •  狭いながら落ち着いた風情の庭園を眺めらる和室なのですが、残念ながらお客様を配慮したのか、テーブル席となっています。私としては胡坐をかいて座りたかったです。

     狭いながら落ち着いた風情の庭園を眺めらる和室なのですが、残念ながらお客様を配慮したのか、テーブル席となっています。私としては胡坐をかいて座りたかったです。

  •  そしてかんざらしとアイスコーヒーのセットを頂きました。

     そしてかんざらしとアイスコーヒーのセットを頂きました。

  •  暑い夏の日と疲れた体にかんざらしはとても合います。白玉のお団子を蜜に浮かべたものなのですが、その蜜が想像以上に上品なのです。甘過ぎず大人の味です。1.5倍、堪能させて頂きました。

     暑い夏の日と疲れた体にかんざらしはとても合います。白玉のお団子を蜜に浮かべたものなのですが、その蜜が想像以上に上品なのです。甘過ぎず大人の味です。1.5倍、堪能させて頂きました。

  •  また橋を渡れば北村西望さんの作品に出くわしました。こんにちは!そしてさようなら!

     また橋を渡れば北村西望さんの作品に出くわしました。こんにちは!そしてさようなら!

  •  島原城の大手門をモチーフとした島原駅に戻りました。大好きな街になりました。遠いけれど、また来たいなぁ。今度はからゆきさんの天如塔に手を合わせたいと思います。

     島原城の大手門をモチーフとした島原駅に戻りました。大好きな街になりました。遠いけれど、また来たいなぁ。今度はからゆきさんの天如塔に手を合わせたいと思います。

  •  大三東駅に到着しました。幸せの黄色いハンカチが数多く飾られています。

     大三東駅に到着しました。幸せの黄色いハンカチが数多く飾られています。

  •  ホームの上には小さな待合室と

     ホームの上には小さな待合室と

  •  駅名表だけ。後は穏やかな有明海がひろがるばかりです。

    イチオシ

     駅名表だけ。後は穏やかな有明海がひろがるばかりです。

  •  からゆきさんが描かれた、島原鉄道の見送りを受けて、諫早駅まで戻りました。からゆきさん、ありがとう!島原が大好きになりました。

     からゆきさんが描かれた、島原鉄道の見送りを受けて、諫早駅まで戻りました。からゆきさん、ありがとう!島原が大好きになりました。

  •  諫早から唐津に向かう為新幹線カモメに乗り込みますが、これが問題です。新幹線は長崎から武雄温泉までしか走っておらず、その先はリレーカモメに乗り換える必要があるのです。これは佐賀県が新幹線の導入を拒否している為です。東京から長崎方面に新幹線で向かおうとすると、博多でリレーカモメに乗り換え、更に武雄温泉でカモメに乗り換える必要があります。時間と労力と値段がかかるなら、それじゃ飛行機にしようと思ってしまいます。

     諫早から唐津に向かう為新幹線カモメに乗り込みますが、これが問題です。新幹線は長崎から武雄温泉までしか走っておらず、その先はリレーカモメに乗り換える必要があるのです。これは佐賀県が新幹線の導入を拒否している為です。東京から長崎方面に新幹線で向かおうとすると、博多でリレーカモメに乗り換え、更に武雄温泉でカモメに乗り換える必要があります。時間と労力と値段がかかるなら、それじゃ飛行機にしようと思ってしまいます。

  •  但し反対している佐賀県の気持ちも解ります。これは佐賀だけでは無く、北陸新幹線に於ける滋賀県も同様ですが、中心から遠い県が新幹線を熱望するのは当然ですが、中心地の近県となる地域はメリットよりもデメリットが多くなるシステムだからです。この不平等なシステムが新幹線の普及の障害となっていると思います。

     但し反対している佐賀県の気持ちも解ります。これは佐賀だけでは無く、北陸新幹線に於ける滋賀県も同様ですが、中心から遠い県が新幹線を熱望するのは当然ですが、中心地の近県となる地域はメリットよりもデメリットが多くなるシステムだからです。この不平等なシステムが新幹線の普及の障害となっていると思います。

  •  そんなシステム障害の末、それじゃなくても多い乗り換えが、更に一つ付け加えらえてしまった気分です。諫早からカモメに乗って二駅、リレーカモメを使って一駅乗って下車します。

     そんなシステム障害の末、それじゃなくても多い乗り換えが、更に一つ付け加えらえてしまった気分です。諫早からカモメに乗って二駅、リレーカモメを使って一駅乗って下車します。

  •  こちらがリレーカモメです。長崎迄の距離ならこれで十分な気がします。新幹線料金だけぼったくられた気がします。たった二駅では時短効果はありません。でも新幹線以外選択肢もありません。う~ん。

     こちらがリレーカモメです。長崎迄の距離ならこれで十分な気がします。新幹線料金だけぼったくられた気がします。たった二駅では時短効果はありません。でも新幹線以外選択肢もありません。う~ん。

  •  長崎本線のローカル列車に乗り換えて、さらに二駅。

     長崎本線のローカル列車に乗り換えて、さらに二駅。

  •  久保田と言う駅で更に唐津線に乗り換えます。

     久保田と言う駅で更に唐津線に乗り換えます。

  •  暑さと乗り換えの面倒臭さをツブオレンジが癒してくれます。めぐりんチケットの景品として頂きました。ありがたいです。美味しかったぁ!

     暑さと乗り換えの面倒臭さをツブオレンジが癒してくれます。めぐりんチケットの景品として頂きました。ありがたいです。美味しかったぁ!

  •  やっと、やっと唐津に行ける電車が到着しました。細切れに何度も何度も乗り換えさせられました。

     やっと、やっと唐津に行ける電車が到着しました。細切れに何度も何度も乗り換えさせられました。

  •  なんと!ロマンシング佐賀とは!噴き出してしまいました!知らない人もいると思いますがロマンシングサガとは、スクエアエニックスの大人気のRPGゲームのシリーズです。それを佐賀とダジャレてしまうとは…。

     なんと!ロマンシング佐賀とは!噴き出してしまいました!知らない人もいると思いますがロマンシングサガとは、スクエアエニックスの大人気のRPGゲームのシリーズです。それを佐賀とダジャレてしまうとは…。

  •  実は、私が知らなかっただけで、スクエアエニックス公認なのは勿論の事、佐賀県知事もノリノリの県ぐるみで盛り上がっており、イベントも数回行われ、ロマンシングサガ、ファンが佐賀に結集するのだそうです。やるじゃないか!佐賀!

     実は、私が知らなかっただけで、スクエアエニックス公認なのは勿論の事、佐賀県知事もノリノリの県ぐるみで盛り上がっており、イベントも数回行われ、ロマンシングサガ、ファンが佐賀に結集するのだそうです。やるじゃないか!佐賀!

  •  そして漸く唐津に到着。此処でもロマンシング佐賀のロゴが光っています。

     そして漸く唐津に到着。此処でもロマンシング佐賀のロゴが光っています。

  •  唐津城に到着しました。連郭式の縄張りを持つ平山城で、本丸は松浦川が曲がり込み海に注ぐ、三方を川と海に囲まれた自然の要衝に位置します。

     唐津城に到着しました。連郭式の縄張りを持つ平山城で、本丸は松浦川が曲がり込み海に注ぐ、三方を川と海に囲まれた自然の要衝に位置します。

  •  唐津城は、豊臣秀吉が朝鮮の役で使用した名護屋城の建材を利用して建てられたとする説が一般的ですが、異説も存在します。天守閣も同様で、天守閣は無かったとの見解が優勢で、その為、現在ある天守閣は想像の下造られたものである事から模擬天守閣と言うカテゴリーに属します。

    イチオシ

     唐津城は、豊臣秀吉が朝鮮の役で使用した名護屋城の建材を利用して建てられたとする説が一般的ですが、異説も存在します。天守閣も同様で、天守閣は無かったとの見解が優勢で、その為、現在ある天守閣は想像の下造られたものである事から模擬天守閣と言うカテゴリーに属します。

  •  築城主は寺沢広高。寺沢氏は唐津と共に天草も飛び地として領有していましたが、広高の子、堅高の代に島原の乱が勃発、天草でも一揆が起こり島原の一揆軍と合流、幕府から、一揆を起こした不始末として天草の領土は没収されました。斬首となった島原藩の松倉勝家と比べれば、余りにも軽い罰則とも考えられますが、ある意味生殺しの様な扱いでもあり、その後堅高は江戸の邸宅で自害。寺沢藩はお家断絶となっています。

     築城主は寺沢広高。寺沢氏は唐津と共に天草も飛び地として領有していましたが、広高の子、堅高の代に島原の乱が勃発、天草でも一揆が起こり島原の一揆軍と合流、幕府から、一揆を起こした不始末として天草の領土は没収されました。斬首となった島原藩の松倉勝家と比べれば、余りにも軽い罰則とも考えられますが、ある意味生殺しの様な扱いでもあり、その後堅高は江戸の邸宅で自害。寺沢藩はお家断絶となっています。

  •  その後、天草は天領となり、島原には松平家が、此処唐津城も、大久保氏、土井氏、水野氏、小笠原氏と代々譜代大名が務め、島原の乱が勃発したこの地域を如何に幕府が慎重に運営したかが解ります。

     その後、天草は天領となり、島原には松平家が、此処唐津城も、大久保氏、土井氏、水野氏、小笠原氏と代々譜代大名が務め、島原の乱が勃発したこの地域を如何に幕府が慎重に運営したかが解ります。

  •  唐津城は平山城なので、キツイ階段を上る必要があります。今では有料のエレベーターがある様ですが、登らにゃ損!損!です。

     唐津城は平山城なので、キツイ階段を上る必要があります。今では有料のエレベーターがある様ですが、登らにゃ損!損!です。

  •  石垣と藤棚?を潜って、あと一息です。

     石垣と藤棚?を潜って、あと一息です。

  •  城内の視界が開けたところで一服を入れます。あの港の向こうには虹ノ松原と言う松原があり、日本三大松原と言われます。島原の乱の責任を問われ、結果お家断絶となってしまった寺沢家ですが、広高は治水工事に長けており、松浦川の流路を変えたり、虹ノ松原を整備したり、功績を残しています。

    イチオシ

     城内の視界が開けたところで一服を入れます。あの港の向こうには虹ノ松原と言う松原があり、日本三大松原と言われます。島原の乱の責任を問われ、結果お家断絶となってしまった寺沢家ですが、広高は治水工事に長けており、松浦川の流路を変えたり、虹ノ松原を整備したり、功績を残しています。

  •  天守閣のある本丸に到達しました。唐津城の天守閣は残念ながら模擬天守。幾つかカテゴリーのある中で、一番信憑性に乏しいカテゴリーです。天守閣のカテゴリーは<br /><br />1現存天守閣。建築当時のオリジナルの天守閣。丸岡城は福井大震災で倒壊しましたが、ほぼオリジナルの建材で、正確に再建されたので現存天守閣と見做されます。<br /><br />2復興天守閣。比較的新しい時代に失われ、写真、図面、屏風等が残されていた事により、ほぼ史実に沿った復元が叶った天守閣。外観だけのものと、内部も木造で復元された2パターンがありますが、ほとんどの場合は前者になります。<br /><br />3模擬天守閣。ほぼ推測で建てられたイメージ象に過ぎないもの、天守閣の有無が不確かな場所に建てられたもの等、史実との信憑性が乏しい天守閣。昭和の時代に観光目的や、地域のシンボルとして乱造されてしまいました。

     天守閣のある本丸に到達しました。唐津城の天守閣は残念ながら模擬天守。幾つかカテゴリーのある中で、一番信憑性に乏しいカテゴリーです。天守閣のカテゴリーは

    1現存天守閣。建築当時のオリジナルの天守閣。丸岡城は福井大震災で倒壊しましたが、ほぼオリジナルの建材で、正確に再建されたので現存天守閣と見做されます。

    2復興天守閣。比較的新しい時代に失われ、写真、図面、屏風等が残されていた事により、ほぼ史実に沿った復元が叶った天守閣。外観だけのものと、内部も木造で復元された2パターンがありますが、ほとんどの場合は前者になります。

    3模擬天守閣。ほぼ推測で建てられたイメージ象に過ぎないもの、天守閣の有無が不確かな場所に建てられたもの等、史実との信憑性が乏しい天守閣。昭和の時代に観光目的や、地域のシンボルとして乱造されてしまいました。

  •  只、私は例え模擬天守閣であったとしても、建ってしまった天守閣は大切にするべきだと感じています。一般の人にとって、やはり天守閣があれば、お城を見学する強い動機となります。子供を連れて見学し、やがてその子が歴史に興味を抱いてくれたなら、模擬天守閣であろうと、それは十分役目を果たしたと言えるのでは無いでしょうか?私の場合も同じ様なきっかけでお城が好きになったと思います。<br /><br /> 例えれば、私にとって模擬天守閣とはテーマパークの様なものです。鼠公園とか世には奇妙なテーマパークが乱立していますが、テーマパークとは言っちゃ悪いですが、紛い物に過ぎません。(私にとって)勿論紛い物は決して本物には敵いませんが、それでも十分夢は与えられます。楽しめます。模擬天守閣は私にとって歴史テーマパークです。

     只、私は例え模擬天守閣であったとしても、建ってしまった天守閣は大切にするべきだと感じています。一般の人にとって、やはり天守閣があれば、お城を見学する強い動機となります。子供を連れて見学し、やがてその子が歴史に興味を抱いてくれたなら、模擬天守閣であろうと、それは十分役目を果たしたと言えるのでは無いでしょうか?私の場合も同じ様なきっかけでお城が好きになったと思います。

     例えれば、私にとって模擬天守閣とはテーマパークの様なものです。鼠公園とか世には奇妙なテーマパークが乱立していますが、テーマパークとは言っちゃ悪いですが、紛い物に過ぎません。(私にとって)勿論紛い物は決して本物には敵いませんが、それでも十分夢は与えられます。楽しめます。模擬天守閣は私にとって歴史テーマパークです。

  •  天守閣に登りました。寺沢広高の治水工事により、本丸は松浦川と玄界灘に三方を囲まれ、天守閣からの眺めはすこぶる絶景です。此方は東側、虹ノ松原方面です。

     天守閣に登りました。寺沢広高の治水工事により、本丸は松浦川と玄界灘に三方を囲まれ、天守閣からの眺めはすこぶる絶景です。此方は東側、虹ノ松原方面です。

  •  此処からの二枚は西側です。小さな島が点在し、美しい海岸線の風景が続きます。

     此処からの二枚は西側です。小さな島が点在し、美しい海岸線の風景が続きます。

  •  島原から眺める有明海も素晴らしかったですが、玄界灘も負けていません。

     島原から眺める有明海も素晴らしかったですが、玄界灘も負けていません。

  •  此方は南東の長めです。松浦川とむ一つの小さな河川が合流し、橋を潜って玄界灘に注ぎます。

     此方は南東の長めです。松浦川とむ一つの小さな河川が合流し、橋を潜って玄界灘に注ぎます。

  •  此方は唐津駅方面の長めです。昔此処から眺めている殆どの部分が唐津城の城内になります。

     此方は唐津駅方面の長めです。昔此処から眺めている殆どの部分が唐津城の城内になります。

  •  唐津城天守閣からの展望を堪能しました。唐津城の模擬天守閣は、肥前名護屋城図屏風に描かれた天守閣をモチーフとして建てられています。

     唐津城天守閣からの展望を堪能しました。唐津城の模擬天守閣は、肥前名護屋城図屏風に描かれた天守閣をモチーフとして建てられています。

  •  模擬天守閣としての構造は、複合式望楼型五重五階の天守閣です。

     模擬天守閣としての構造は、複合式望楼型五重五階の天守閣です。

  •  明日、モチーフとなった名護屋城を訪れます。名護屋城は城跡のみで、天守閣は再現されていません。屏風の絵のみでは、史実に忠実に再現するのは難しいですから、そのままの姿で正解だと思います。街に存在し、観光客にとってアクセスの良い唐津城に、観光色の強い模擬天守を作るのは、バランスの良い手法とも思えます。つまり、ライトユーザーには唐津城、通好みの名護屋と言う配分です。

     明日、モチーフとなった名護屋城を訪れます。名護屋城は城跡のみで、天守閣は再現されていません。屏風の絵のみでは、史実に忠実に再現するのは難しいですから、そのままの姿で正解だと思います。街に存在し、観光客にとってアクセスの良い唐津城に、観光色の強い模擬天守を作るのは、バランスの良い手法とも思えます。つまり、ライトユーザーには唐津城、通好みの名護屋と言う配分です。

  •  この城は、唐津城ですが、名護屋城をモチーフとしているので、この姿を脳裏に焼き付けて、明日名護屋城にて、この天守閣を脳裏で当て嵌めようと思います。

     この城は、唐津城ですが、名護屋城をモチーフとしているので、この姿を脳裏に焼き付けて、明日名護屋城にて、この天守閣を脳裏で当て嵌めようと思います。

  •  石畳の階段を下ります。今朝島原城を登城して、夕刻唐津城を登城しました。なんとかキチキチのスケジュールを無事完了出来ました。地図で見るとそれ程の距離では無い様に見えますが、頼りの新幹線も途中止まり。そのため細かい乗り換えの連続で予想以上に移動に時間がかかります。

     石畳の階段を下ります。今朝島原城を登城して、夕刻唐津城を登城しました。なんとかキチキチのスケジュールを無事完了出来ました。地図で見るとそれ程の距離では無い様に見えますが、頼りの新幹線も途中止まり。そのため細かい乗り換えの連続で予想以上に移動に時間がかかります。

  •  達成感と共に退城します。天守閣からの眺めは絶景でした。

     達成感と共に退城します。天守閣からの眺めは絶景でした。

  •  歴代城主の名が刻まれています。松倉家亡き後は、松平家がどっしりと守った島原に対し、唐津は譜代大名がローテーションして守った様な形となります。

     歴代城主の名が刻まれています。松倉家亡き後は、松平家がどっしりと守った島原に対し、唐津は譜代大名がローテーションして守った様な形となります。

  •  舞鶴橋を渡って、虹ノ松原方面に向かいます。

     舞鶴橋を渡って、虹ノ松原方面に向かいます。

  •  立派な橋です。東京なら車道が片側二車線になって、歩道はキツキツで歩行者は肩身狭く歩いていそうですが、此処は車道は片側一車線。歩道はゆったり保たれています。素敵です。

     立派な橋です。東京なら車道が片側二車線になって、歩道はキツキツで歩行者は肩身狭く歩いていそうですが、此処は車道は片側一車線。歩道はゆったり保たれています。素敵です。

  •  橋を渡って唐津城を振り返れば、川と海に挟まれて、唐津城は小島の上に建てられた様に映ります。

     橋を渡って唐津城を振り返れば、川と海に挟まれて、唐津城は小島の上に建てられた様に映ります。

  •  画面左に浮かぶ島は高島と言い、宝当神社があります。全国の宝くじファンが集まるそうです。

     画面左に浮かぶ島は高島と言い、宝当神社があります。全国の宝くじファンが集まるそうです。

  •  唐津城は石垣が直接海に面している部分もある事から、海城のカテゴリーにも含まれます。

     唐津城は石垣が直接海に面している部分もある事から、海城のカテゴリーにも含まれます。

  •  橋を渡り切りました。此処が松浦川の河口となります。此処から続く海岸線を辿り半島の先に、秀吉が朝鮮の役の為に築いた名護屋城があります。

     橋を渡り切りました。此処が松浦川の河口となります。此処から続く海岸線を辿り半島の先に、秀吉が朝鮮の役の為に築いた名護屋城があります。

  •  橋の向こうに拡がるビーチは、とんでもなく遠浅の砂浜です。遥か彼方まで遠浅です。

     橋の向こうに拡がるビーチは、とんでもなく遠浅の砂浜です。遥か彼方まで遠浅です。

  •  其処から寺沢広高が整備した虹ノ松原が始まります。

     其処から寺沢広高が整備した虹ノ松原が始まります。

  •  松原が遥か彼方迄続いています。鉄道で3駅分くらい続きます。

     松原が遥か彼方迄続いています。鉄道で3駅分くらい続きます。

  •  とんでもない遠浅で穏やかな玄界灘。松原が鏡面反射さえしています。こんな波打ち際から進んでも、靴のソールが沈みません。普通に靴を履いて歩けます。

    イチオシ

     とんでもない遠浅で穏やかな玄界灘。松原が鏡面反射さえしています。こんな波打ち際から進んでも、靴のソールが沈みません。普通に靴を履いて歩けます。

  •  太陽が西に傾いていきます。

     太陽が西に傾いていきます。

  •  ビーチから唐津城を眺めます。

    イチオシ

     ビーチから唐津城を眺めます。

  •  さて、もう此方から唐津城はド逆光です。一旦ホテルに戻って夜景を眺めに訪れましょう。

     さて、もう此方から唐津城はド逆光です。一旦ホテルに戻って夜景を眺めに訪れましょう。

  •  お城を通り越してホテルに戻ります。やっぱりお城の麓に学校がありました。お城ある所に学校ありです。羨ましいな。

     お城を通り越してホテルに戻ります。やっぱりお城の麓に学校がありました。お城ある所に学校ありです。羨ましいな。

  •  此方が今晩お世話になるアスカホテルさん。最初、外観からヤバいホテルかと思ってしまいました。小さな窓から、休憩ですか?お泊りですか?まさか一人ですか?とか言われたらどうしよう?おろおろしましたが、全然普通の素敵なホテルでした。

     此方が今晩お世話になるアスカホテルさん。最初、外観からヤバいホテルかと思ってしまいました。小さな窓から、休憩ですか?お泊りですか?まさか一人ですか?とか言われたらどうしよう?おろおろしましたが、全然普通の素敵なホテルでした。

  •  ビジネスホテルとして十分な設備です。シャワーのみはちょっと残念。でも手頃な値段なのでしょうがないです。大丈夫です。ベッドは回転したり、水が入っていたりしません。普通の快適なベッドです。

     ビジネスホテルとして十分な設備です。シャワーのみはちょっと残念。でも手頃な値段なのでしょうがないです。大丈夫です。ベッドは回転したり、水が入っていたりしません。普通の快適なベッドです。

  •  窓からの風景は市庁舎ビューです。全国の市庁舎ファンの皆様にとっては涎ものでしょう。(そんな人いるのか?)因みに、お城と市役所は併設されている事も多く(唐津は離れています。)市役所の最上階から、お城の絶景が眺められる市役所も多いので(唐津も眺められます。)お城巡りの時は、その市役所に訪れて見るのもアリです。

     窓からの風景は市庁舎ビューです。全国の市庁舎ファンの皆様にとっては涎ものでしょう。(そんな人いるのか?)因みに、お城と市役所は併設されている事も多く(唐津は離れています。)市役所の最上階から、お城の絶景が眺められる市役所も多いので(唐津も眺められます。)お城巡りの時は、その市役所に訪れて見るのもアリです。

  •  白い鳥居が目印の唐津神社が近くにあります。実は当時はホテルも神社も唐津城の三の丸でした。そう考えると唐津城はとても広大な縄張りを持っていた事になります。

     白い鳥居が目印の唐津神社が近くにあります。実は当時はホテルも神社も唐津城の三の丸でした。そう考えると唐津城はとても広大な縄張りを持っていた事になります。

  •  先程ホテル迄向かう為通った道を引き返して、再び舞鶴橋を目指しました。

     先程ホテル迄向かう為通った道を引き返して、再び舞鶴橋を目指しました。

  •  舞鶴橋の向こうから眺める唐津城。それが私の唐津城のイチオシスポット。

     舞鶴橋の向こうから眺める唐津城。それが私の唐津城のイチオシスポット。

  •  舞鶴橋は唐津城の東。だから明日晴れれば、早起きして名護屋城に向かう前に、順光で唐津城を眺められるでしょう。

     舞鶴橋は唐津城の東。だから明日晴れれば、早起きして名護屋城に向かう前に、順光で唐津城を眺められるでしょう。

  •  さて、もうそろそろライトアップが始まる筈です。まだかな?まだかな?

     さて、もうそろそろライトアップが始まる筈です。まだかな?まだかな?

  •  あ!電気が燈りました。ケーキに1本、蝋燭が燈った様な感じです。

     あ!電気が燈りました。ケーキに1本、蝋燭が燈った様な感じです。

  •  空がゆっくり暗くなっていき、唐津城が白く浮かび上がります。

     空がゆっくり暗くなっていき、唐津城が白く浮かび上がります。

  •  白い城は徳川の城、黒い城は豊臣の城と良く言われます。確かに此処唐津城も、先に訪れた島原城も、関ヶ原の合戦後に築かれた徳川政権になってから築かれた城です。この様な傾向は当時の大名も当然解っていたでしょうから、徳川に忠誠を見せん為、白い城を築いた大名もいたかもしれません。

     白い城は徳川の城、黒い城は豊臣の城と良く言われます。確かに此処唐津城も、先に訪れた島原城も、関ヶ原の合戦後に築かれた徳川政権になってから築かれた城です。この様な傾向は当時の大名も当然解っていたでしょうから、徳川に忠誠を見せん為、白い城を築いた大名もいたかもしれません。

  •  ただ、鶏が先か?卵が先か?つまり大名が意識して白黒を使い分けたのか?それとも、結果論として白黒なのか?私は後者と考えています。

     ただ、鶏が先か?卵が先か?つまり大名が意識して白黒を使い分けたのか?それとも、結果論として白黒なのか?私は後者と考えています。

  •  日本の建築は木材が使用されますから、防水、防火対策が最大の課題となります。織田、豊臣、つまり安土桃山時代はそれを漆等を塗る事で対策していた。だから所謂豊臣の城は茶系や黒系の渋い色合いの城が多いのに対して、徳川時代になると白漆喰がそれにとって変わったので徳川の城は白くなったと言う訳です。

     日本の建築は木材が使用されますから、防水、防火対策が最大の課題となります。織田、豊臣、つまり安土桃山時代はそれを漆等を塗る事で対策していた。だから所謂豊臣の城は茶系や黒系の渋い色合いの城が多いのに対して、徳川時代になると白漆喰がそれにとって変わったので徳川の城は白くなったと言う訳です。

  •  最初は望楼型で建てられ、漆でコーティングされた城郭が、やがて層塔型で建てられ白い漆喰で塗り固められる様になる。建築の進歩や、時の流行などにより城建築も変化していったのだと思います。それが時の流れとして、豊臣から徳川へと移ろっていった権力の変遷に被ったと言うのが本当のところでは無いでしょうか?

     最初は望楼型で建てられ、漆でコーティングされた城郭が、やがて層塔型で建てられ白い漆喰で塗り固められる様になる。建築の進歩や、時の流行などにより城建築も変化していったのだと思います。それが時の流れとして、豊臣から徳川へと移ろっていった権力の変遷に被ったと言うのが本当のところでは無いでしょうか?

  •  舞鶴橋から、今度は唐津城を最初に眺めた城内橋に移動してきました。唐津城を真正面に見る事が出来る人道橋で、唐津城のビューポイントとして定番中の定番でしょう。

     舞鶴橋から、今度は唐津城を最初に眺めた城内橋に移動してきました。唐津城を真正面に見る事が出来る人道橋で、唐津城のビューポイントとして定番中の定番でしょう。

  •  城内橋の袂から、唐津城の石碑と城内橋をセットに唐津城を写せます。

     城内橋の袂から、唐津城の石碑と城内橋をセットに唐津城を写せます。

  •  此処からが私のいけないところ、この後チェックしておいた夕食を摂るべく訪れた食堂が、まさかまさかのお盆休みで休業中。私の唐津名物を食べようと思う電池が切れてしまいました。そして結局、吉野家…物凄い敗北感と共に吉野家へ入る私。また、何処でも食べられるものに逃げてしまった…。

     此処からが私のいけないところ、この後チェックしておいた夕食を摂るべく訪れた食堂が、まさかまさかのお盆休みで休業中。私の唐津名物を食べようと思う電池が切れてしまいました。そして結局、吉野家…物凄い敗北感と共に吉野家へ入る私。また、何処でも食べられるものに逃げてしまった…。

  •  川面に移る唐津城の夜景を眺めつつホテルに戻ります。<br /><br />最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。<br /><br />

     川面に移る唐津城の夜景を眺めつつホテルに戻ります。

    最後までご覧になって下さり、ありがとうございました。

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