2025/07/19 - 2025/07/19
72位(同エリア441件中)
さっくんさん
ごめんなさい。この旅行記はタイトル詐欺です。真光寺川とは東京西部を流れる、先に紹介した鶴見川の支流にあたり、あっという間に上流端に到達してしまいます。「あっと言う間じゃねぇか!」とお叱りの声が聞こえてきそうですが、その過程に昭和の時代の負の遺産?若しくは最凶の心霊スポット?と騒がれた跡地があったり、実は本来真光寺川は鶴見川の支流では無く、鶴見川の支流である麻生川の支流であり、その痕跡も残る事を知って、旅行記のネタくらいにはなると思い散策して見ました。天気が良ければ、良い散歩コースくらいにはなりますが、よっぽどご近所さんでもない限り、高い交通費と労力を払って訪れるべき場所でもありません。でも、近所を流れる何の変哲も無い川も、その経緯を辿ってみると、結構面白いと思いました。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
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鶴見川と真光寺川の合流地点です。小田急小田原線鶴川駅の南口沿いを流れる鶴見川を柿生方面に約1キロ下った辺りに位地します。手前から左に曲がっているのが鶴見川。右手に曲がるのが真光寺川です。
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角度を変えて。手前が鶴見川。奥に真光寺川。
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合流地帯は親水公園になっていて、穏やかな流れの日には鶴見川を飛び石を伝って対岸に渡る事が出来ます。
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カメラ構えながらだと足元が危なっかしい。歳をとったものだとつくづく感じる今日此の頃。
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転ばない様に渡りましょう。
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此方は鶴見川鶴川駅方面(上流)
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此方は下流及び真光寺川との合流地点。
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合流地点の中州に到達しました。右手から鶴見川が、左手に真光寺川が合わさり、鶴見川となって流れていきます。
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親水公園を出て、真光寺川を遡っていく事にします。
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真光寺川は何処にでもある支流って感じの川です。少し歩けば小田急小田原線が走っているので、その下を潜り、並走している芝溝街道渡ります。
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もう一度合流地点を振り返りました。実はこの部分、つまり真光寺川の鶴見川との合流部分。ちょっとした曰くがあるのです。それは旅行記最期に解き明かしたいと思います。
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明らかに人為的に直線化されたと解る自然ではあり得ない直線的な川の流れです。
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現在の川の水量からは想像し難いですが、真光寺川は鶴見川同様暴れ川でもあった様で、50mm以上の降雨で過去何回も水害を起こした経緯がある様です。河川改修の際、暗渠化する案もあった様ですが、地元の人の熱望で、現在の形に落ち着いた様です。
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川の両岸はサイクリングロードとして整備され、鶴見川合流地点から上流端まで快適な散歩道となっています。
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途中には川面に近づける親水公園も整備されています。
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バイク等の侵入を防ぐバリケードには雀のオブジェが添えられています。
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あり得ない程真っ直ぐな道は自転車には良くとも、歩くと疲れます。見るのは、もっと退屈な事でしょう。でも、脇にネタにはもってこいな物件があるんです。ネタと言ってもイスラエルの殺人鬼の話ではありません。碌なもんじゃ無いのは同じですが(笑)
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途中、川から離れて、通称「お化けマンション」町田きっての心霊スポットとして全国的に悪名を馳せた曰くつきの廃墟があった跡地、能ヶ谷きつねくぼ緑地を訪れました。
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今となっては単なる緑地に過ぎませんが、嘗て此処には100戸規模のマンションが建てられ、建設途上で許可を得ないままの造成が発覚、所有権を巡って裁判となり、その途上で重大な建築基準法の違反も発覚。工事の再開は不可能になり、とは言え裁判の結審迄解体も出来ない状態となり、廃墟のままの状態が長く続きました。
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このままなら単なる良くある廃墟なのですが、此処が廃墟である事を良い事に、テレビ局が特撮シリーズの撮影に無断でこの廃墟で撮影が行われました。その中でも有名なのが仮面ライダーシリーズ。劇場版撮影に至っては、「仮面ライダーVS地獄大使」に於いて廃墟にヘリコプターを着陸させると言う暴挙に出て、あわや廃墟が倒壊するのでは?と言う事にもなった様です。当時のテレビ局の予算の多さにも驚きますが、近所のヤンキーならいざ知らず、天下のテレビ局が無断で廃墟でやりたい放題とは、時代のせいだけで済まされる問題では無いかと思います。
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地獄大使は私も大好きだったので、当然見ていた筈ですが、まさかこんな違法な状態で撮影されていたとは知りませんでしたのでショックです。テレビ局がこんな状態なので、その他だってやりたい放題です。いかがわしいビデオの撮影から、近所のヤンキー。心霊スポットマニア迄。当時は今ほど人口が無かったとは言え、近所迷惑半端無かった事は簡単に想像できます。
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こうした経緯はあるものの、これらに依って死傷者が出たと言う記録は調べた範囲内では存在せず、こうした迷惑行為が有名になり、その外観も相まって心霊スポットとして、尾ひれはひれが加わっていったものと思われます。
幽霊より、違法に土地を使い、違法な建築物を作り、その違法建築物を違法に使用し撮影を行う…何もかも違法だらけのやりたい放題な生きている人間の方が、よっぽど「お化け」を感じる、とんでもない廃墟跡が鶴川の「お化けマンション」の真実です。 -
是迄酷い荒らされ方をした廃墟は私は他に知りませんが、大なり小なり、心霊スポットとして有名になったり、浮浪者が住み着いたり、街に廃墟が残るのは、治安状宜しくありません。
現在、バブル時代に規模を拡大し過ぎて、時代についていけず、倒産した巨大温泉旅館が次々と廃墟化し、各地で問題となっています。でも、問題は温泉地だけでしょうか?形あるものは必ずや壊れます。コンクリートには耐用年数があります。定期的な修繕も必須です。ビルがある処、廃墟が生まれる可能性は何処でもあるのです。 -
建築業界は建物を建てなければ食っていけません。売る側はリスクなんて流暢に話しません。建てた建物を建て直したり、取り壊すのは、建てた人物の子や孫の世代です。その時日本は…?
何世紀か後に
「古い時代の人は…無計画によう建物建てたものよのう!」
なぁんて、遺跡化した建物群を未来の人々が呆れ顔で見上げているかもしれません。 -
再び真光寺川に戻り遡上を続けます。ここら辺は昔は殆ど農地でしたが、現在では新興住宅地が広がります。
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農地も残されていますが、ほんの一画に過ぎません。
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此処だけ取り残されたか?意図的に残されたか?不自然に一角だけ残る農地。ガンバッ!
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そして、あっという間に真光寺川は(一般的な川として)ラストスパートに入ります。
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真光寺川の上を道路が跨ります。明らかに他の橋とは様相が異なります。
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橋の下と言うよりは、殆ど暗渠の内部と言って良いでしょう。
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その暗渠の先は広袴公園となっており、真光寺川は大きな溜池になっていました。
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真光寺川上流端の看板もありました。
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バードウォッチング等によく使われる湖にせり出した展望台もありました。
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展望台にはコイツラがいました。コイツラなら何も展望台じゃなくても…。
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「おい、コラ!なんか言ったか?」
聞かれてしまったか?ガンつけられました。
「すみませんでした…。」 -
溜池の奥の部分は水深が浅く、殆どが水草で覆われています。
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鯉がいっぱい集まって来ます。地元の人が餌をあげているのでしょう。
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珍しい鳥を発見しました。調べて見ると、どうやらバンと言う鳥の様です。湖沼、水田、湿地に暮らし、大きな声で鳴く事から、水田を守る番をしているかの様に映った為、バンなのだそうです。江戸時代には三鳥二魚と呼ばれる5大珍味(鶴、雲雀、バン、鯛、アンコウ)のひとつに数えられ、水戸藩から郷土料理として皇室に献上された事もあるのだそうです。残念ながら現在では狩猟対象鳥獣では無くなってしまった事。絶滅危惧の経度懸念の対象となっている事から、食べる事は不可能に近いと思われます。嗚呼捕まえておけば…。
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鴨が日向ぼっこしています。熱中症には気を付けてくださいね。
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池の上流部には、再び暗渠の入り口が口を開けています。此処が上流端じゃなかったのかよ?じゃあ、もう少し後を追ってみましょう。
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階段を登ったところから広袴公園を見下ろしました。最早池の大部分を水草だけでは無く木々も生い茂っています。
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その先はほんの浅く小さな水路が緑道と共にその先に延びていました。
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暗渠の上にせせらぎと緑道と言う二重構造になっている可能性もあると思います。
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なんとか名残りだけは残してやったぞ!的な流れです。
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最早川幅は靴のサイズもありません。
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緑道は途切れ、せせらぎ程度の小川の流れも、此処から先、掴め無くなってしまいました。真光寺川と言う名称で、真光寺町は目と鼻の先にあるので、其処まで暗渠で繋がっているのかもしれません。何処が暗渠なのか発見出来なかったし、暗渠では歩く意味も無いと思うので、此処で打ち止めにしたいと思います。
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もしかして、未だ宅地造成されていないあの丘の上に水源池があるのでしょうか?
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場面は大きく戻って、スタート地点より下流に100m少し進んだところ。即ち殆ど振出しに戻ったところ迄戻って来ました。此処に今となっては小さな小さな支流に思える分岐があります。
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実はこの分岐、支流では無く真光寺川の本来の流れの名残りなのです。つまり現在この地点から鶴見川に合流する迄の部分は河川改修により新しく増設された所謂運河。即ち真光寺川は本来鶴見川に合流していなかった事になります。
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これはちょとした驚きでした。ではいったい真光寺川は何処に繋がっているのでしょう?今となっては、か細い流れに過ぎないこの川を下ってみます。
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このか細い流れは、実は東京都町田市と神奈川県川崎市麻生区を分ける県境になっています。都の外れだからか、人が余り通らないからか、荒れ放題の道です。
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上流端から鶴見川まで、殆ど一直線に近い形で改修された真光寺川とは対照的に、本来の流れは目まぐるしく蛇行を続けています。真光寺川も改修前はかなり蛇行した川で、それ故水量が少ないにも関わらず氾濫を繰り返していたのかもしれません。
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もう川と言うより排水路に近い存在なので、鶴見川や真光寺川と違い川沿いに歩道が整備されている事は無く、所々迂回しつつ水路を追います。川自体蛇行を繰り返すので、後追いするのが大変です。
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しかしこの街に暮らし始めて、もう30年以上経ちますが、真光寺川は鶴見川に合流するものだと、常に眺め続けた日常が、こうも否定されると心の整理がつきません。これが、本来の真光寺川?
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しかし、折角水路を新設し、鶴見川に合流させたにも関わらず、水路として蛇行状態のまま残されていると言う事は、水路として未だ必要とされているのでしょう。
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嘗て、ヴェネツィアの運河が、何故あれ程滅茶苦茶な水路図なのか不思議に思い、調べ、そして驚きました。その昔、ヴェネツィアの人々はトルッチェロ島と言う島に暮らしていました。が、潟の水が滞留し蚊が発生し、疫病が流行、壊滅的被害を受けました。
そうして移住した現在のヴェネツィア。ヴェネツィアの人々は水の滞留を防ぐ為、潟の深い処は掘り下げ、浅い処は埋め立て、決して自然に逆らわず、本来の水の通り道に沿って運河を形成したのです。つまり、ヴェネツィアの運河を造ったのは、間違い無くヴェネツィア人ですが、設計は大自然と言う事になります。 -
大自然の作り出したものに、逆らうのでは無く、寄り添う事が自然災害から身を守る最良の手法なのかもしれません。
ヴェネツィアの運河の形成について
https://4travel.jp/travelogue/11414499 -
人は兎角自分の目にしたものこそ真実だと思い込んでしまうものです。ちょっと調べれば、紆余曲折の経緯があった等つゆ知らずに…。
ご近所にある何気ない小さな支流。そんな認識でちょっと突いてみたら、興味深いこの街の歴史が出てきました。不思議なものです。 -
麻生川に合流直前、ちょっと目が届かない隙に、どう増えたのか?先程の水路の倍の規模となって麻生川に流れ込みます。その麻生川も、その先1キロも満たない場所で鶴見川と合流します。まさか真光寺川が、鶴見川と目と鼻の先で、まるで合流を拒否るかの様に流れを変えて、麻生川に流れ込んでいたとは思いもしませんでした。
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そこら辺にある排水路をちょっと立派にした様な排出口にて真光寺川は麻生川に合流し、その使命を終えました。これにて本日の散策終了です。余りにローカルなネタで、何の参考にもならないネタで申し訳ありません。
最期迄ご覧になって頂きありがとうございました。
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