2026/07/06 - 2026/07/06
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kojikojiさん
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この旅行記スケジュールを元に
「グロスターホテル済州」での一夜が明けて、午前8時に集合になります。15分くらい前に1階に降りるとガイドさんが「もうバスが来て皆さん乗ってらっしゃいます。」とのこと。また座席は1人参加の人に抑えられて、最後尾の片側だけが空いていました。バスは市内を抜けて朝ご飯を食べるために海岸沿いの「ヘウォン」というレストランに向かいました。ここでアワビ粥の朝ご飯でしたが、ちょっとがっかりでした。店の写真には肝の入って緑色のお粥にアワビの切れ身が並べられていますが、出てきたのは少し茶色い普通のお粥で味も薄いです。副材のパンチャンのキムチを入れないと味もしないほどでした。釜山の「済州家」という店で食べたアワビ粥が美味しかったので本場の済州島のものはと期待していたのですが。店の前にある海岸の「龍頭岩」と空港に着陸する飛行機を眺めた後はバスに乗り込みます。ここから「サングムブリ(緑の噴火口)」までは30分ほどの移動です。「サングムブリ」は島の東部の平地にある大型オルムで、韓国で唯一のマール型噴火口として知られています。直径約650メートル、深さ100~146メートル、周囲約2,070メートルに達し、天然記念物に指定されています。噴火口内部には日照量の違いによって温帯と暖帯の植物が共存し、約450種の動植物が生息する貴重な生態系が形成されているそうです。ここに来て済州島には漢拏山(ハルラサン)という韓国で一番高い山があることや周囲の大小の丘「オルム」について知ることになりました。これは漢拏山が噴火したあとの余熱による小規模の噴火が繰り返されてできた小火山のことでその数は島内に368個もあるそうです。再びバスに乗り「城邑民俗村」の散策に移ります。15世紀から約500年にわたり地域の中心地として栄え、現在も茅葺き屋根の民家や黒い玄武岩の石垣、強い風を防ぐために曲がりくねった路地など済州島の昔ながらの村並みが残されています。村全体が国の重要民俗文化財に指定され、現在も住民が暮らしながら伝統文化を受け継いでいるそうです。その中の1軒のお宅に立ち寄って見学させてもらいますが、最初のうちは苦しい生活の話しから始まり、最後はお土産売り場で五味子茶や健康食品のセールスが始まるとちょっとがっかりでした。その後は村の中を散策してレストランで昼食になるのですが、車内でガイドさんの行程を聞いていない人がバスに戻ってしまったり…。村内の「オラバン食堂」でアマダイ定食のランチはプルコギも付いていましたが、同席になったおじさんたちがみんな食べてしまおうとするのにも参ってしまいます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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2日目の夜明けは前日の小雨と曇天と違い一転して旅行日和になりました。この後は帰国まで天気の心配をすることはありませんでした。
グロスター ホテル チェジュ ホテル
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残念ながら部屋からはシティービューでしたが、反対側からも海はほとんど見えないようでした。時折空港へ着陸する機体が見えました。
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今回のツアーではホテルで朝食は摂らないのも選んだ理由の1つでした。午前8時にホテルを出発して朝ご飯を食べに行きます。
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15分前にロニーに降りましたが、すでに我々以外がバスに乗り込んでいて、何とか最後尾に2人並んで座れました。横には2席分確保して内側に座っている1人参加の男性がいたので窓側に移ってもらい窮屈感は無くなりました。
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旧済州市内の「五賢壇(オヒョンダン)」や「済州城の石垣」に隣接する通り沿いにある 済州島独特の玄武岩(黒い火山岩)で築かれた古い石垣の上に、済州の伝統的な茅葺き屋根(チプ)が覆い被さるように保存されています。
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30分ほど走った海岸沿いの「ヘウォン」という海鮮レストランで朝食になりました。
ダンキン ドーナツ (済州 龍頭岩) カフェ
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リーチインの冷蔵庫に行って飲み物を物色しますが、今まで飲んだことのないKloudというビールにしてみました。ロッテ七星飲料のブランドで、商品名は韓国のKと泡を連想させるCloudを組み合わせた名前だそうです。100パーセント麦芽使用と発酵後の原液に水を加えない製法を打ち出しているのが大きな特徴で、コクがありなめらかで飲みやすく美味しいビールです。
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副菜のパンチャンは白菜キムチとモヤシナムル、イカキムチと黒豆の醬油煮のコンチャバン、小魚の醤油炒めのミョルチボクムと普通の定食屋に比べると豪華な内容です。
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まずはビールで乾杯です。韓国のツアーでは朝昼晩とアルコールは必要です。大抵の店はほぼ同じ料金ですが、この店でもビールは5,000Wでした。多分焼酎もマッコリも同じ値段だと思います。
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ツアーの売りはアワビ粥でしたが、こちらはちょっとがっかりでした。アワビの肝の濃厚さは感じられず、アワビらしきものも中に入っているのか見えません。
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味付けも薄いのでキムチとイカキムチを入れて調整しました。釜山の「済州屋」で食べたアワビ粥が懐かしいです。
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店の横には「龍頭巌(ヨンドゥアム)」という名所もあったのでちょっと歩いてみます。
龍頭岩 自然・景勝地
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済州島(チェジュド)を代表する奇岩のひとつで、長い年月をかけて火山岩が波や風に削られてできたものです。海面から見える部分は高さ約10メートルで、龍が海から頭をもたげ、天へ昇ろうとしているように見えることから名付けられました。
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すぐ西側には昨夜到着したチェジュ空港があるので着陸する航空機がひっきりなしに着陸態勢に入ります。
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海岸線はごつごつした岩で覆われていますが、改めて火山島だということを思い出させました。
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朝食を食べた後はバスに乗って30分ほど移動して、「山君不離(サングムブリ)」へ移動しました。
サングムブリ 自然・景勝地
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「山君不離(サングムブリ)」は済州島東部の平地にある大型オルムで、韓国で唯一のマール型噴火口として知られています。直径約650メートル、深さ100から146メートル、周囲約2,070メートルに達し、天然記念物第に指定されています。
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オルムは済州島の方言で小さな火山丘を指します。日本語では寄生火山や火山丘に近い意味で、済州島には漢拏山のまわりに360以上のオルムがあると言われます。
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入口にはトルハルバンが出迎えるように建っています。「石(トル)のおじいさん(ハルバン)」という意味を持ちます。丸いキノコのような帽子に飛び出た大きな目、大きな鼻、そしてお腹の前で手を組む姿が特徴的です。もともとは村や地域の入口に置かれ、魔除けや守護神としての役割を果たしていました。現在は済州島を代表する観光シンボルになっています。
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右手が左手より上の文臣像(右手で筆をとる姿を象徴)、左手が右手より上の武臣像(左手に剣をさげる姿を象徴)の二種類があります。
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入口から園内に入るとこのような穴の開いた岩がいくつも置かれています。これは溶岩樹型といい、流れてきた溶岩が立木を包み、あとで木が燃えたり腐ったりして、木の形だけが岩の中に空洞や型として残る現象です。日本では富士山周辺に多く残され、「胎内樹型」と呼ばれるものは人間が中に入れるほど巨大なものが残されています。
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当時は河口の周辺にあったこのような木々が呑み込まれて岩の中の穴として残されたのでしょう。苔生した木々を眺めていると済州島の降水量の多さも感じてきます。
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朝鮮半島は地質学的には大部分が「安定陸塊」に属しており、火山がほとんどありません。しかしその中にあって済州島だけは日本列島と同じく今もなお活発に活動を続ける「変動帯」にあり、その中央に位置する「漢拏山(ハルラサン)」は朝鮮半島南半部唯一の活火山とされています。
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標高1,947メートルの「漢拏山(ハルラサン)」は韓国の最高峰の山だということは今回初めて知りました。その火山の噴火活動で周囲に360にもわたる小さな火山のオルムがあり、この「サングムブリ」もその1つだと理解しました。
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周辺にはススキやコスモス畑が広がり、特に秋は美しい景観を目当てに多くの観光客が訪れるそうですが、真夏にススキ野原を歩くことはありませんでした。
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遠くに「漢拏山(ハルラサン)」が見えましたが、もっと晴れていると東海岸の「城山日出峰」まで見えるそうです。「済州島」には様々なタイプの石垣があり、「ジプダム(家の石垣)」は家の境界を決め、「パッタム(畑の石垣)」は畑の境界を定めました。
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「サンダム」は放牧される家畜からお墓を守るためにお墓の周りに建てられました。済州島の石垣の大部分は石を1つずつ丁寧に積み上げて作られています。岩と岩の間にぽっかりあいた穴や隙間があり、一列に並べて建造されているので今にも倒れそうに見えますが、この石垣が倒壊することはほとんどありません。石垣が完成した後に熟練した職人が石垣を揺さぶります。その衝撃で石垣が全体的に動けばその弾力性は石垣が正しく建造された証拠となり、強風の圧力にも倒壊しないそうです。
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分かりにくいですがこのすり鉢状の周囲が直径約650メートル、深さ100から146メートル、周囲約2,070メートルの噴火口の大型オルムです。
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噴火口内部には日照量の違いによって温帯と暖帯の植物が共存し、約450種の動植物が生息する貴重な生態系が形成されているとガイドさんの説明がありました。
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「漢拏山(ハルラサン)」の上空には雲がかかっていましたが、午後にはどんどん天気が良くなりました。
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石碑には赤い文字で縦に「山君不離(サングムブリ)」と書かれてあります。
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韓国の観光地はどこもきれいに整備されていて、歩いていても気持ち良いです。
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施設の屋根の上を覆っている地衣類はウメノキゴケの一種で珍しいものだそうです。
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済州島の在来馬として知られる済州馬は、もともとの島の馬に13世紀後半のモンゴル支配期に持ち込まれたモンゴル系の馬の影響が強く加わってできたと考えられているそうです。
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再びバスで30分ほど移動して「城邑民俗村(ソンウッ・ミンソッチョン)」の見学になります。
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15世紀から約500年にわたり地域の中心地として栄え、現在も茅葺き屋根の民家や黒い玄武岩の石垣、強い風を防ぐために曲がりくねった路地など、済州島の昔ながらの村並みが残されています。村全体が国の重要民俗文化財に指定され、現在も住民が暮らしながら伝統文化を受け継いでいるのが特徴です。
城邑民俗村 観光名所
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済州島の家の入口にある3本の丸太は留守の度合いを知らせる目印です。これは「チョンナン」と呼ばれる済州の伝統的な門です。1本も無い場合は在宅中で入ってよい、1本の場合はすぐ戻る短い外出、2本はしばらく外出中で3本は長めの留守や遠出中という意味だそうです。
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「宮廷女官チャングムの誓い「」」というドラマの主だったロケ地はソウル郊外にあるテーマパークでしたが、幼少時代や女官時代に島流しにされて医術を学ぶシーンなどはこの地で撮影されています。
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「宮廷女官チャングムの誓い」の主演だったイ・ヨンエは大好きな俳優だったので懐かしく思いました。NHKで放送されてからもう20年以上経っているのにもびっくり。
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済州島の茅葺屋根は、強い風が吹く島の環境に適応し、屋根の勾配を抑え、強風を受けにくい形にしています。茅を葺いた上から太い縄を格子状・碁盤目状に掛けてしっかり結びます。これは屋根が風でめくれたり飛ばされたりするのを防ぐためです。
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壁や外周には島で採れる黒い火山岩を使います。石垣は防風の役割も果たし、茅葺き屋根とともに島の気候に対応していました。済州島の民家は居間を中心に内側の建物と外側の建物を分ける配置が特徴です。家族の生活空間や用途を分ける役割がありました。
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この家に住む女性が済州島の生活について詳しく教えてくれました。男性は基本的に何も働かず、できたのは子作りだけだそうです。この石像のように甕を背負って水汲みに出たそうです。これは結婚前の子供の頃からの役目でもあったそうです。
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済州島では本土のように長男を中心とした大家族だけでなく、夫婦を単位とする家族が比較的重視されまたようです。親子が同じ敷地内に住んでも棟や生活を分け、経済的にも別世帯とする「分家」に近い住まい方が確認されています。これは一夫多妻とは別の、済州島独自の家族・居住慣行です。
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済州島では女性が農業や海女の仕事などを担い、家計や財産形成で重要な役割を持つことがありました。父系的な仕組みと女性・母系側を重視する要素が併存した社会があったようで、この家でも第3夫人は子供が成人したある日忽然といなくなってしまったそうです。
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流ちょうな日本語で説明してくれたおばさんも農業と海女の仕事で子供を育て上げ、独学で日本語を覚えてガイドの仕事をしているということでした。
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この場所は建物の外にあったトイレで、大きな岩が2枚渡してあり、その隙間で用を足したそうです。脇には豚を飼っている石垣があり、現在は黒い豚の形をした陶器が置かれてありました。
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女性の際は問題ありませんが、男性の場合は棒を持って用を足さないと大事な所を豚に噛まれる恐れがあるので追い払うために使ったそうです。
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現在はちゃんとsたトイレが造られていますが、やはり建物の外に造るという習慣は現在も残っているようです。
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これは子供を寝かしておく揺り籠のようなもので、お漏らしなどをしても大丈夫なように二重底になっていたそうです。
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済州島で水汲みに使われた甕は、韓国語で「ホボク」、または「ムルホボク」と呼ばれます。かつての済州島では女性たちが共同の水汲み場や泉から水を汲み、ホボクを背負い籠に入れて運びました。済州島は風が強く、火山岩で足場も不安定だったため、頭上ではなく背負って運ぶ形が発達したそうです。ホボクは口が狭く胴がふくらんだ形で、歩いて運ぶ際に水がこぼれにくい工夫がありました。
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済州島で馬を使って回す石臼は、「ヨンジャバンア」 と呼ばれます。済州島では牛よりも馬の飼育が盛んだったため、馬を動力に利用する形が発達しました。石臼には2頭の馬を使うのだそうですが、その場合は雌の馬を前に歩かせると後ろの雄馬は追いかけるように歩くそうです。
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土間に並んだ竈は本土の韓屋と昨日は一緒でもかなりシンプルな造りです。沖縄の琉球村のような保存住宅で見るようなものに似ているような気がしました。
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現在の台所は近代的な造りに変わっていました。
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撥ね上げ扉は韓国語では一般に「トゥルムン」「ドゥルムン)」と呼ばれます。韓屋にも見られる機能ですが、済州島では雨除けにも役立ち、風が強い場合はつっかえ棒を外すと簡単に閉めることが出来ました。
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「チャムハン」という雨水採取装置の仕組みについての説明もありました。常緑樹などの木の幹に麦わらや稲わらを編んだ太い縄状の構造物を巻きつけ、その下に大きな水甕を配置します。 雨が降ると木を伝って流れてくる雨水がこのわらを伝い、まるで天然のフィルターを通るようにして、効率よく下の水瓶へと導かれ蓄えられます。
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済州島は火山島であり雨が多く降るにもかかわらず、地表が玄武岩でできているため水がすぐに地下へ染み込んでしまいます。そのため川や井戸が非常に少なく、かつて中山間地域に住む人々にとって、この方法で集める雨水は生きるために不可欠な非常に貴重な生活用水でした。昔は雨水をためた水甕に生きたカエルを入れ、水が腐らないようにしたという民間伝承があります。
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おばさんの大変な話しの後は「五味子茶(オミジャチャ)」の話しへと移っていきます。赤い実の「五味子」を使った韓国の伝統茶で、甘味・酸味・苦味・辛味・塩味の5つの味を感じることからこの名前があります。
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「五味子茶」は美味しかったので買おうかなと思ったのですが、濃縮したものが6,000円くらいで、さらに高い健康食品は数万円の値段でした。その話を聞いていたら済州島の大変な生活の話しもどこかに飛んでしまい何も買いませんでした。
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「オルレ」は済州島の方言で、大通りから家の門まで続く細い路地を意味します。済州島は強風が多く、石垣の間にすき間を残して積むことで風の勢いを和らげていました。曲がりくねった路地も風と外からの視線を家の正面へ直接通さない工夫だったと考えられています。
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「城邑民俗村」は観光用に新しく造られた施設というより、歴史的な集落の景観と生活文化を保存している場所のようで、住宅を見学した後の周辺の集落を散策しても同じような建物が点在しています。
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伝統的な韓屋も美しいですが、済州島の半島とは違った文化にも魅了されます。
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「城邑民俗村」は15世紀の済州島の旌義県の城があったために行政や軍政の中心地としてとして栄えていました。城の規模は東西160メートル、南北140メートル、周囲1,200メートルで高さ約3メートルの城壁に囲まれ、東・西・南に門が設けられています。
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色域の中に官庁の建物をはじめとして、「客舎」や「旌義都校(チョンイヒャンギョ)」、ケヤキとエノキの古木が残され、石像のトルハルバンなどその保存状態が良好で、済州道の民俗文化を研究する上で貴重な資料となっています。
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地方の政庁として使用されていた「近民軒(クンミンヒョン)」の見学に向かいます。
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客舎は地方行政官が定期的にそこに安置されている国王の肖像画に敬意を表する場所でした。また中央政府から派遣された役人の宿泊施設としても機能し、さらに宴会の会場としても使用されました。全国の地方自治体の客舎はほぼ同じ形状をしています。一般的に政庁3間を置き、左右に並べて配置した屋根は政庁より一段低くしました。
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雨上がりの古い集落は思いのほか風情が感じられました。現在も住宅として機能しているので、中には近代的なサッシュに取り換えられている家屋もありますが、多くは昔のままの姿を残しています。
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家屋などについては島という特性も考慮して沖縄の離島の伝統に似通ったものがあると感じられました。
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この郷校は太祖8年の1408年に西洞に最初創建された後、世宗2年の1420年に城山邑の古城里に移されました。世宗5年の1423年に現城邑里が普舎里の西城外に建立されましたが、志宗15年の1849年に現在の位置に移され、1967年に補修され今日に至っています。
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大部分の郷校の建物が南向きですがこの郷校は東向きで、大成殿と学問空間である明倫堂が左右に並んで配置されています。
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この旌義郷校には現在「殿牌」が保管されていますが、元来殿牌は地方各郡客舎内に祭った 「殿」という文字が書かれた木の枠で、これは「大殿」即ち王を象徴する位牌でした。
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「城邑民俗村南門」は朝鮮半島の都市建設に用いられる整然と切り出された花崗岩とは異なり、黒玄武岩を不規則に積み上げて造られています。隙間には接着剤は一切使われていないにもかかわらず、石同士の強固な結合力は何世紀にもわたる強風に耐えてきました。
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朝鮮王朝の歴史書「潭羅記」によると、済州島に最初に石像が建てられたのは英祖王30年の1754年で、当時の済州知事だった金夢奎が済州島特有の玄武岩を用いて制作を命じました。これらの石像は済州島の三大行政区(済州県庁、清義郡、大田郡)の城門に設置されました。
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この石像は韓国の先住民族の信仰における「長城」(村の守護神)と同様に、疫病、悪霊、災害が都市に侵入するのを防ぐ役割を担っていました。これらの石像は行政中心地の境界を明確に示し、その威厳ある存在感によって統治権力も誇示しました。すべての石像は腹部に手を当てていますが、「左手が上」と「右手が上」という区別があります。伝統的に右手が上は「文官」、左手が上は「武官」を表し、通常は城門の両側に左右対称に配置されていました。
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村の観光はここまででお昼になりますが、バスの中でガイドさんの話を聞いていなかった数人がどこか行方不明になってしまいました。1人旅で他の人と仲良くなるのは良いのですが、最低限のルールは守ってもらいたいものです。
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「オラバン食堂」というレストランで昼食をいただきます。
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ツアーの案内では済州島の名物である甘鯛の干物です。小ぶりですが濃厚な美味しさは京都で食べる「ぐじ」を思い出させます。日本では高級魚ですが、韓国ではポピュラーな魚のようです。
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それ以外にも済州島特産の黒豚のプルコギまで用意されていました。
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この店では伝統的な薬缶でマッコリが出されました。ここ数回の韓国の旅でマッコリには地方特産のものがたくさんあるのでビールではなくこちらをメインに飲むようにしています。
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お店のおばちゃんがプルコギを仕上げてくれます。
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ツアーに参加している1人参加のおばさんたちはみんな仲良しになって騒がしいので近づかないようにしていました。鍋などは4人前なので必然的に1人参加のおじさんたちと一緒になるのですが、我々の分まで食べてしまおうとするのには呆れました。
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ツアー2日目にしてこのツアーから抜け出したくなってきましたが、旅はまだまだ続きます。
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