2026/07/08 - 2026/07/08
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「ピカソ没後50周年記念の特別展」を基にした国際巡回展に行ってきました。
「パリ国立ピカソ美術館」が所蔵するパブロ・ピカソ(1881-1973)と「ひろしま美術館」「東京ステーションギャラリー」の日本にある2点の作品にインスピレーションを得て、英国人デザイナーのポール・スミスが各展示室をアート・ディレクションした遊び心いっぱい色鮮やかな素敵な展覧会でした。
展示作品数80点を「00~15のテーマ」に分けられ時系列で紹介され、あっという間に見終わってしまいました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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「新国立美術館」
千代田線乃木坂駅からそのまま行けるので便利です。 -
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00「トロンプ・レスプリ(精神を欺くもの)」 展示品「雄牛の頭部」
1942年にパブロ・ピカソがゴミ捨て場でみつけた、サドルとハンドルを組み合わせて制作されたアッサンブラージュ(立体的なコラージュの事)。 -
これは、ピカソの本作に着想を得たポール・スミスが幾つもの自転車のサドルを用いて今回の展示部屋のレイアウトをしたもの。
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01「ヴォーグ(流行」の中の芸術家
ピカソは子供の頃から書物に絵をじかに書き込むこようになりました。
1951年の雑誌「ヴォーグ・パリ5月号」の数ページに、簡単に言ってしまえばイタズラ書きしたもの、ピカソだから芸術になるのか、75年前の雑誌が残っているのもすごい! -
ポール・スミスの演出がヴォーグ誌の表紙を壁一面にプリントになっているのが素敵
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02「青の憂鬱」 題名は「男の肖像」
1901年~1904年にかけて、色数をほとんど青に絞った表現編み出したそうです。それは親友のカサジェマスの死がきっかけといわれています。貧しい生活のなかで夜間にランプの下で制作された作品は、憂鬱な雰囲気を醸し出すようになった時代です。 -
03「アヴォニョンの娘たち」への前奏曲 題名「女あるいは水夫の胸像]
((アヴォニョンの娘たち))ための習作
1906年~1908年にかけて、ピカソは形態と空間の簡素化を追求に、キュビズムの基礎を築きました。イベリア美術やアフリカ彫刻に着想を得て、バラ色を基調とし描く対象をほぼ完全に女性の身体に絞りこんだ。 -
題名「女の胸像]
((アヴォニョンの娘たち))ための習作 -
04「キュビズムの実験室」 題名「ボート」
1909年~1911年、キュビズム初期は絵に使う色を減らし、グレーとベージュの様々な階調だけに限定しているあらたな表現にとりくみました。 -
題名「サクレ=クール寺院」
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ポール・スミスの空間の使い方が秀逸
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05「アッサンブラージュとコラージュ」 題名「妊婦」
最初の部屋の「雄牛の頭部」に代表される大量生産品や日用品を用いたコーラジュを、三次元に移し替えたのがアッサンブラージュ技法というだそう。 -
題名「帽子の男」 東京ステーションギャラリー蔵
ポール・スミスによる、この展示部屋は色柄の壁紙を縦に何種類もかさねたアレンジは、より作品を際だたせて素敵でした。 -
題名「ギター」
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06「古典主義の画家」
題名「シスレー家、オーギュスト・ルノワールの(婚約者たち)に基づく
第一世界大戦は深い傷を残し、芸術は以前の「秩序の回避」を体現することで、戦後の復興に際しての参照点になることを期待された時代。ピカソは古典主義的な方法で、人物像と油彩とデッサンに書いてます。ロシア出身のダンサーであったオルガ・コクローヴァや、息子パウロなどがモデルになりました。 -
題名「ベットに横たわる裸婦」
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題名「握り合う二つ手」
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題名「布を纏った浴女」
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07「子供時代」 題名「初聖体拝領者たち」
ピカソはスペインでの幼少期に親しんだ闘牛やフラメンコ、サーカスの鑑賞体験を通じて、生涯にわたり舞台芸術に深い関心を持ち続けました。
*初聖体拝領者とは、カトリック教会において。洗礼を受けた者が初めて「聖体」(キリストの体とされるパン)を受ける儀式のこと。主に7~8歳頃の子供が、自らの意志で信仰の道を選んだことを示す大切な通過儀礼とされます。 -
題名「トラックの玩具で遊ぶ子供」
ポール・スミスは絵の中に描かれた柄を壁紙にアレンジしてます。 -
題名「アルルカンに扮したパウロ」 *アルルカンとはピエロのこと
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題名「人形を抱くマヤ」
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08「闘牛」
ピカソは生涯を通じて闘牛を重要なテーマとして描きました。 -
題名「牝牛の頭部」
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題名「コリーダ:闘牛士の死」
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09「ストライプ」 題名「腕を重ねて座る女」
1930年代にピカソはストライプ模様を実験的に用いて、愛する女性たちの肖像を描きました。 -
題名「帽子をかぶった女」
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題名「読書」
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題名「ストライプの帽子をかぶった女の胸像」
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10「戦時中」 題名「座る女」
ピカソはスペイン内戦から第二次世界大戦にかけて、ファシズムや抑圧への抵抗を続けました。1937年に描かれた代表作「ゲルニカ」は戦争の蛮行に対する告発の象徴です。 -
題名「帽子をかぶった女の胸像」
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題名「室内のふくろう」
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題名「ロブスターを持つ少年」
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11「一点もの」
ピカソは1940年代後半、南仏のヴァロリスに定住し、主にマドゥラ工房で制作された作品は数千点に及びます。 -
題名「イワシのある長方形の登記の皿」
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題名「ナイフ、フォーク、半分に切ったリンゴと皮が乗った皿」
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題名「甲冑を着た騎士を描いた馬上槍試合の場面が装飾された皿」
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題名「甲冑を着た騎士を描いた馬上槍試合の場面が装飾された皿」
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12「草上の昼食」 題名「草上の昼食」マネに基づく
1950年代、ピカソは巨匠エドゥアール・マネの絵画「草上の昼食」の再解釈に取り組みました。 -
題名「マネの(草上の昼食)の変奏
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題名「草上の昼食」マネに基づく
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13「ピカソのボーダーシャツ」
ピカソの服装は、キュビズム時代の青のオーバーオールから1950年代や60年代のトレードマークとなったボーダーシャツに至るまで、一貫して労働者の仕事着を選んで身につけたそうです。 -
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14「晩年:1969-1972」 題名「座る老いた男」
ピカソは最晩年の並外れた創造性、人物像を好んで主題に取り上げました。これらの絵画は新世代の画家たちにも大きな影響を与えました。 -
題名「家族」
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題名「女の半身像」 ひろしま美術館蔵
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15「展覧会のピカソ」
1901年のパリでの初個展から、晩年の1970年のアヴィニョンでの大規模な個展に至るまでの展覧会ポスターに着想を得たスミスは、ピカソの膨大なエネルギーを象徴する展示空間を創出しました。 -
題名「女の頭部 No.3 ドラ・マールの肖像」
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題名「クラーナハ(子)に基づく若い女の肖像 Ⅱ」
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題名「ポンポン帽子と柄ブラウスを着た女の肖像」
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さすがにピカソの展示会のポスターもそれぞれが素晴らしかった!
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アート・ディレクションした遊び心いっぱい色鮮やかな素敵な展示空間で、こんなにも「絵画を見る時間が変わる」のかと思った楽しい展示会でした。
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