2026/02/28 - 2026/03/02
2010位(同エリア2018件中)
キートンさん
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当初はインドとフィリピンの2カ国の旅として計画していたものの、諸般の事情で旅程を短縮せざるを得なくなった今回の旅。
インドからフィリピン・マニラまでは当初計画通り、マニラは1泊のみで日本に帰国することになりました。
せっかくの初フィリピンということで、せめてマニラだけでも少し観光できるようにと、マニラを夜発のフライトにして1日弱のマニラ観光としました。
治安が良くないイメージのあるマニラの観光は、どれほど楽しめるのでしょうか。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 3.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エアインディア キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2月28日は1日かけてインドのアウランガーバードからフィリピンのマニラまでの移動日。
6:30頃にホテル・グリーン・オリーブをチェックアウトし、7時前にアウランガーバードの空港に到着。
ホテルから空港への送迎は500Rsだった。チカルサーナ空港 (IXU) 空港
-
朝食前にホテル・グリーン・オリーブをチェックアウトしたので、朝食をテイクアウトできるようにしてくれた。
ボリュームはもの足りなさを感じるものの、こういうサービスがあることはありがたい。 -
アウランガーバードからフィリピンのマニラへはデリー経由になる。
なので、8:40発AI1836便でインディラ・ガンディー国際空港へと向かう。
2時間弱のフライトながら、やや軽めの機内食があった。 -
インディラ・ガンディー国際空港では、AI1836便が到着したインディラ・ガンディー国際空港のターミナル2からマニラ行きAI2362便が出発するターミナル3へは、距離は数百mだったものの、案内表示不足でわかりにくかった。
インディラ ガンディー国際空港 (DEL) 空港
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エアインディアAI1836便の搭乗口は、国際線の割には待合室が狭くしかも沖止めだった。
-
AI1836便は7時間近くの長距離フライトにしては、3-3列とやや小型の機体だった。
インド~フィリピン間はあまりメジャーな路線ではないのかな? -
インドのフラッグ・キャリアとあって、モニターは日本語の選択が可能で、映画は邦画もあった。
ただし、作品数は数作ほど。 -
その中から、「でっちあげ~殺人教師と呼ばれた男」と「知らないカノジョ」を鑑賞。
後者は暇つぶしには適当なファンタジーだったが、前者はインパクトの強い作品だった。
モンスターペアレントの虚言を信じたマスコミの偏向報道とそれによってつくりあげられた世論の恐ろしさ、そしてそれが実際に起こった出来事だったことは衝撃だった。
なお、「知らないカノジョ」のキャストが風吹ジュン、桐谷健太となっているが、主演は中島健人とmiletである。 -
エアインディアの機内食は総じて美味いとは言い難かった。
と思いながらも残さず食べた。 -
23時過ぎ、マニラのニノイ・アキノ国際空港に到着。
入国審査はeTravelの登録確認は特に行われず、問題なく通過できた。
旅券番号で登録済かどうかわかるのかもしれない。
フィリピンペソの現金は出発前に日本で入手済だったので、両替の必要はなかった。
治安が良くないといわれるマニラでしかも深夜ということで、ホテルまでは割高でも事前に料金がわかるクーポンタクシーを利用することにした。
窓口で料金確認すると440ペソで降車時にドライバーに支払うということだった。
その場で停まったタクシーに乗ると、しばらく走った料金所のところでツーリストは45ペソ払わないといけなかった。
しかも、タクシー料金は450ペソではチップが足りないとしつこく言われたので、結局500ペソ支払うことになった。
ぼったくりとまではいえないかもしれないが、最も安心なタクシーを利用したはずが、100ペソ近くも余計にかかったことで気分は良くなかった。 -
マニラの宿は、LRTのレデンプトリスト駅近くのレッドプラネット・アシアナ・マニラ。
ブッキングコムで予約し、1泊2,224ペソ(約6,100円)だった。レッド プラネット マニラ アシアナ シティ ホテル
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部屋はほとんどビジネスホテル。
テレビ、エアコンの設備はあるものの、冷蔵庫、ポット、ミネラルウォーターなどはなかった。 -
洗面・トイレは広めで、清潔感あり。
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シャワーのお湯は問題なし。
アメニティは無いに等しい。
夜も遅いので、シャワーの後すぐ寝ることにしたが、エアコンの温度設定が24度より上げることができなかったせいか、翌朝起きてみると喉に痛みを感じていがらっぽくなっていた。 -
翌日3月1日、持参の食料で軽い朝食を摂って、8時過ぎに荷物を預かってもらいチェックアウト。
ホテルの1階ロビーにはセキュリティーボックス(左)とウォーターサーバー(右)があったので、水筒に飲料水を補充して出発。 -
レッドプラネット・アシアナ・マニラの外観。
本日のマニラの空模様は良さそうである。 -
レデンプトリストからLRTでカリエドへ移動。
料金は30ペソ。
レデンプトリスト駅のプラットホームからは、レッドプラネット・アシアナ・マニラが見えるほどの至近距離。 -
LRTで約25分、8:40頃カリエドに到着。
カリエド駅の西側にはサンタ・クルス教会。
フィリピンは国民の9割以上がキリスト教で、そのほとんどがカトリックだという。 -
カリエド駅の西側一帯はチャイナタウンとなっている。
日曜日の朝は交通量が少なく静かである。 -
カリエド駅から徒歩約15分でビノンド教会に到着。
歴史を感じさせる重厚な外観ながら、朱色が印象的な教会である。 -
ビノンド教会を入った拝廊には、土産なども売っている売店がある。
観光客も多く訪れるのかもしれない。 -
ビノンド教会の内部はピンクを基調とした壁が印象的だが、何といっても天井画に引きつけられる。
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明るく派手めな祭壇と、その上部の天井画。
キリスト教教会に漢字があるのがミスマッチっぽくて面白い。 -
イチオシ
日曜日の午前中、地元の人々も多く入っている。
ある意味社交場になっているのかも。ビノンド教会 寺院・教会
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イエス・キリストの受難を描いた天井画。
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キリストの降誕(イエスの誕生)などを描いた天井画。
側廊の天井画の上下を合わせて撮ると、空間の上下が麻痺してくる。 -
身廊の天井画は、真下から見るとひし形だが、角度がつくとゲイラカイトのような形になる。
今の時代、ゲイラカイトで通じるのかは疑問だが・・・ -
ビノンド教会から南に歩いてパシッグ川を渡る時、ジプニーと呼ばれる乗り合いバスを見かけた。
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パシッグ川を渡り、川の左岸を西へ歩く。
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パシッグ川に架かるビノンドーイントラムロス橋と右岸の高層ビル群。
2022年に完成した比較的新しい橋である。 -
橋のたもとで二股に分かれているのがユニーク。
ただ、中国の協力で造りましたアピールがくどい。 -
10:30前、サンチャゴ要塞に到着。
入場料は75ペソ(約200円)。 -
アメリカ軍兵舎跡。
1941年12月8日の太平洋戦争勃発とともに日本軍はフィリピンの連合国軍と戦闘を開始、1942年6月9日までに一部の部隊を除き連合国軍の全部隊が降伏して戦闘は終了した。
その時に兵舎が破壊されたのかもしれない。 -
てっきりサンチャゴ要塞の内部に入っていると思っていたが、このゲートから先がサンチャゴ要塞らしい。
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ゲートをくぐると、芝生の広場にホセ・リサールの像が立っている。
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広場の右側(北東側)には、ラジャ・スレイマン・シアターと呼ばれる遺構。
18世紀に兵舎および士官学校として建設され、ホセ・リサールが1896年12月30日の処刑前夜を過ごした礼拝堂の跡地だという。
その後の第二次世界大戦中に破壊された。 -
芝生の広場の北西に地下牢への入口がある。
入口は腰をかがめないと入れないほど狭い。 -
サンチャゴ要塞の地下牢の見取図。
1号から6号まで6つの房と3つの通気口があるようだ。
太平洋戦争の初期に日本軍占領下となり、反日活動していたフィリピン人ゲリラの取り調べや抑留が行われたという。 -
2号房の展示。
抑留された捕虜の人形、映像、写真などで当時の状況を説明されている。 -
4号房の展示。
捕虜は抑留され拷問を受けたとされる。
太平洋戦争終盤の1945年のマニラ解放後、米軍によりここで約600人のフィリピン人やアメリカ人の遺体が発見された。
死因は主に飢餓や熱中症だったようである。
満潮時に水没することで水牢となり捕虜が水死したとの説もあるが、実際は満潮時でも海面より上で、信憑性は疑われているらしい。 -
サンチャゴ要塞の1935年の航空写真と1824年の地図。
地下牢はもともと1599年に要塞の火薬庫として建設されたが、湿気のために不適とされ、火薬庫は西側のサンタバーバラという建屋に移された。
スペイン植民地時代から監獄や政治犯の収容所として使用されていた。 -
地下牢から出るとパシッグ川に面した場所で、地下牢の通気口らしき竪穴があった。
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サンタバーバラと呼ばれるかつての火薬庫の外側に上部への階段があるので上ってみる。
サンチャゴ要塞 建造物
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サンチャゴ要塞は北側がパシッグ川に面している。
インストラムロスの北西端に位置し、スペイン統治時代から戦略上最も重要な場所としての役割を果たしていた。 -
パシッグ川の対岸(右岸)には高層ビルが林立する一方で、その下流にはバラックが立ち並ぶ。
その向こうにはフェリーも見えるが、その近辺はスラム街として知られるトンド地区が広がっている。 -
火薬庫・貯蔵庫として使用されていたサンタバーバラの内部は、主にマニラの建築物の模型が展示されている。
ただ、ほとんどがレゴブロックで作られていたので、正直拍子抜けした。 -
サンチャゴ要塞にはホセ・リサールが処刑前まで暮らしていたというリサール記念館がある。
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たびたび登場してきたホセ・リサールは、19世紀後半のフィリピンの革命家、医師、著作家、画家、学者で、フィリピン独立運動に取り組んだことから国民的英雄とされる人物である。
1861年にルソン島で生まれ、マニラのアテネオ学院で農業・測量を学びサント・トマス大学で医学を修了、21歳でマドリード大学医学部と哲文学部、24歳で哲文学博士・医学学士、その後パリ大学で仏語と眼科を修め26歳からハイデルベグル大学、ライプチヒ大学、ベルリン大学で医学と社会学を学ぶ。
英・仏・独・西・蘭・葡・露・中国などなど22カ国語を習得したともいわれる、たぐいまれなる天才であった。 -
ホセ・リサールが処刑前に軍事裁判にかけられた様子が再現されている。
1892年6月15日にフィリピンに帰国したホセ・リサールは、ラ・リガ・フィリピナ(フィリピン同盟)を組織すべく活動した。
ラ・リガ・フィリピナの思想的立場は急進的な革命を望むものではなく、スペイン治下のまま暴力を用いずに穏健な改革を望むものであったが、この方針をも危険視した植民地政府当局によってリサールは逮捕され、同年7月7日にミンダナオ島のダピタンへ流刑された。
1896年7月に流刑を終えた後、かねてから伝えていた軍医志望の旨が総督のラモン・ブランコに許可されたため、リサールはスペイン海軍の巡洋艦カスティリア号に乗り込み、任地のスペイン領キューバへと旅立った。
しかし、船が地中海に入ったところで秘密結社カティプナンが独立闘争(1896年革命)を開始すると、上陸地のバルセロナで以前からリサールに目をつけていたスペイン官憲に逮捕された。
スペインからフィリピンの首都マニラに送致された後、軍法会議にかけられ、同年12月26日に銃殺刑が宣告された。
4日後の12月30日、銃殺刑により35年の短い一生を終えた。 -
ホセ・リサールが残した遺品の展示。
彼の多才ぶりがうかがえる。リサール記念館 博物館・美術館・ギャラリー
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リサール記念館の2階から城壁上を歩いて行くと、サンチャゴ要塞の入口とその前の堀を見渡せる場所に出た。
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サンチャゴ要塞から南東に少し歩くと、マニラ大聖堂がある。
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マニラ大聖堂は、スペイン統治時代の1571年に創建されたカトリック教会である。
第二次世界大戦で破壊されたが、1958年にネオロマネスク様式で再建された。
再建時には日本で行われたアジア善隣国民運動の募金により、6万袋のセメントが寄贈、使用されたという。マニラ大聖堂 寺院・教会
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ステンドグラスはフィリピン人アーティストによってデザインされた。
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祭壇は煌びやかという感じではなく、意外と地味。
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バラ窓の側にあるパイプオルガンは、アジア最大級の大きさであるという。
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マニラ大聖堂は側廊の外側にも小部屋が並んでいて、様々な展示物やステンドブラスが見られる。
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イチオシ
こちらの小部屋のステンドグラスは、司教と思われる人物がリアリティに描かれている。
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マニラ大聖堂からルナ通りを南東に少し歩くと、メモリアル・マニラ1945という記念碑があった。
1945年2月3日から3月3日にかけてのマニラで行われた日本軍と連合軍の市街戦で、約10万人の一般市民が巻き添えで命を落とした。。
日本軍は敗れ、3年間に及んだ日本のフィリピン支配は幕を閉じた。
ちなみに、日本軍の戦死者は約12,000人、アメリカ軍は戦死者1,020人と負傷者約5,600人であった。
日本軍によって抗日ゲリラと疑われた現地市民、あるいは単にゲリラの可能性があるといったことでほとんど無差別に、多数の市民が虐殺されたとされ、責任を問われた山下奉文がマニラ軍事裁判で裁かれ、絞首刑となった。
戦後しばらくは、戦争犯罪が一方的に敗戦国の日本に押し付けられることとなったが、日本軍に殺害された市民よりアメリカ軍の砲火にやられた市民の方が遥かに多いと、近年ではフィリピン人の命よりもアメリカ兵の命を優先させたことが批判的に言及されるようになっているともいわれる。 -
ルナ通りをさらに進むと、左にスペイン統治時代の特権階級の暮らしが再現されたカーサ マニラ博物館がある。
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その向かいには、世界文化遺産にも登録されているサン・オーガスチン教会。
入場料は200ペソ(約500円)。 -
サン・オーガスチン教会は1607年に完成したカトリック教会で、国内で最も古い石造教会である。
中庭を囲む回廊とその周りの部屋はもともと修道院だった部分で、その北東部に隣接して教会が建っている。 -
回廊の四隅のうちの一か所にある石造りの階段を上ってみる。
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階段の吹き抜けの壁には絵画が展示されている。
ただ、その絵画は結構おぞましいシーンが描かれている。 -
修道院だった部分は現在ミュージアムとして主に展示室となっている。
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図書室のような部屋はガラス張りで立ち入りできなかった。
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2階の回廊から見た中庭。
サンアグスチン博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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1990年代に修道院敷地内で発掘された漳州窯の陶磁器。
漳州窯は中国福建省漳州一帯で焼かれた輸出向けの陶磁器である。 -
サン・オーガスチン修道院の展示品はかなり多く博物館並で見ごたえがある。
展示の種類は多岐にわたるが、やはり宗教画などの絵画や聖人などの彫刻が多い。 -
中庭の噴水。
サン・オーガスチン教会は、イントラムロスの7つの教会のうち、1945年のアメリカとフィリピンの地上軍による連合軍による壊滅を生き延びた唯一生き残った教会だった。
隣接する修道院は完全に破壊されたが、1970年代に建築家アンヘル・ナクピルの設計のもと、修道院が博物館として再建された。 -
1階の展示室のひとつ。
ここにはどこかで見たことあるような美術品が展示されている。 -
ミケランジェロ・ブオナローティの「アダムの創造」を模した浮き彫り作品。
オリジナルはヴァチカンのシスティーナ礼拝堂の天井に描いたフレスコ画で1511年頃に描かれたもの。 -
言わずと知れた、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の模写。
オリジナルは、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれたもので、1498年に完成した420×91cmの巨大な作品である。
絵画の前のテーブルに晩餐の食品が置かれているという凝った演出。 -
イチオシ
修道院に隣接したサン・オーガスチン教会の身廊から祭壇。
16世紀初頭に再建されて以来、戦災、火災、7度にわたる大地震に耐え、部分的な損傷があったものの、当時の姿が残っているという。サンアグスチン教会 (マニラ) 寺院・教会
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内部はバロック風のインテリアで、パリから取り寄せたシャンデリア、壁画や祭壇はイタリア人アーティストによるものだという。
特にアーチ状の天井のモノトーンで繊細なデザインが重厚感を感じさせる。 -
教会内では婚礼か何かの催し物の準備が進められていた。
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イントラムロスから出て、東に周り込むと国立美術館がある。
入場料は無料。 -
「ブスタマンテ総督の殺害」(1904年)フェリックス・レシュレクシオン・イダルゴ
1719年にマニラで起きた、当時のフィリピン総督フェルナンド・マヌエル・デ・ブスタマンテ・イ・ルエダが暴徒化した聖職者たちに殺害される歴史的な瞬間が描かれている。 -
「スポリアリウム」(1884年)フアン・ルナ
ローマの闘技場(コロッセオ)の地下室で、闘いに敗れて死亡した剣闘士たちが引きずられていく場面が描かれている。
約7m×約4mという大作である。
フアン・ルナは、1857年生まれのフィリピンの画家で、フィリピン独立革命期の政治運動家でもあった。 -
「Men at Work」(1979年)アング・キウコック
フィリピンの労働者の強さと回復力を象徴した、油彩によるモノクロの作品。 -
「パリの生活」(1892年)フアン・ルナ
フランスのカフェでくつろぐ女性が描かれた、印象派っぽい作品。 -
「無題(フィリピンの風景 1)」(1961年)ホセ・P・アルカンタラ
フィリピンの歴史と文化をパノラマのように描いた木彫りの作品。
もともとはマニラのエスコンタにあるフィラム・ライフ・オーディトリアムを飾るために制作された作品である。 -
「Filipino Struggles Through History」(1964年)ボトン・フランシスコ
フィリピンの歴史の選ばれた出来事を描いた一連の絵画で、高さ2.7m、幅79.4mの合計10枚のキャンバスパネルで構成されている。
国の文化財に指定されている作品。フィリピン国立美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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「Bondage」(1993年)パポ・デ・アシス
マルコス独裁政権下のフィリピンにおける人権侵害や社会的不公正を風刺した作品。
壁に埋め込まれた人物は独裁政治によって権力を奪われた人々を象徴し、その上部の鷲は国家権力を表しているという。 -
「ミュージシャン」(1961年)ビセンテ・マナンサラ
キュービズムスタイルで、幾何学的な形と重なり合う平面を用いて音楽のエネルギーを表現してる。 -
「Ang Patuloy na Pag-usad ng Lipunang May Sayad」(2017年)Sangviaje
巨大な乾燥した土地の上に、入り組んだ都市が浮かんでいるような、シュールレアリスム的な描写が特徴。
ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」を思い起こすような奇妙な生物や人々に見入ってしまいそうな作品である。 -
イチオシ
「The Three Wells」(2016年)マルセル・アントニオ
池から頭半分出している海坊主にも似た視線が強烈なインパクトを与える作品。
マルセル・アントニオは、フィリピンの現代アートシーンにおいて非常に有望な若手才能の1人である。 -
「Haydee Yarac」(2023年)Abi Dionisio
Haydee Yaracとは1941年生まれのフィリピンの法学教授、政治家だった人物らしい。
ワイヤーや糸などの素材を使用して作られた肖像アート作品である。 -
イチオシ
最上階から見た「Filipino Struggles Through History」。
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最上階から見下ろした変形のらせん階段。
左右対称で対になるようにもう1箇所設置されている。 -
約1時間ほど国立美術館で美術鑑賞した後、リサール公園を通ってユナイテッド・ネーションズ駅へと向かった。
LRTでレデンプトリスト駅に戻り、レッドプラネット・アシアナ・マニラに15:30頃到着。 -
レッドプラネット・アシアナ・マニラで預けていた荷物を回収し、レセプションで空港送迎を依頼するとグラブタクシーを呼んでくれた。
タクシー料金はニノイ・アキノ国際空港ターミナル3まで300ペソしなかったので、チップを含めて300ペソ渡した。 -
マニラから関空まではキャセイパシフィック航空なので、香港経由となり、香港まではCX902便で19:45発だった。
搭乗まで2時間以上あったので、プライオリティパスで利用できるAラウンジで夕食を摂ることにした。
ラウンジ前に来た時に前に6~7人待っていたが、退出する客が恐ろしく少なく、入場するのに1時間近くかかった。
入場してみると、ラウンジ内の3割以上の席が予約済席になっていた。
予約した乗り継ぎの団体客が遅延で遅れているのかもしれないが、こういうのってどうにかならないものか・・・A Lounge(ニノイ アキノ国際空港ターミナル3) 空港ラウンジ
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Aラウンジはあまり広くなく、料理の種類も豊富とはいえなかった。
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本日の夕食。
料理はともかく、オレンジジュースか何かフルーツのジュースが欲しかったが、その類の飲み物がなかったのが残念だった。 -
キャセイパシフィック航空を利用したのは初めてのような気がする。
機内食は可もなく不可もなくといった感じ。
エアインディアの機内食よりは日本人の口に合うと思った。 -
キャセイパシフィックのエンタメは、日本映画が10作品弱あった。
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女性登山家の田部井淳子をモデルとした「てっぺんの向こうにあなたがいる」も捨てがたかったが、かねてから見たいと思っていた「ブラック・ショーマン」を見た。
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最後のフライトは、香港国際空港1:50発CX566便。
関空まで3:30のフライトだが、軽めの機内食が出た。 -
3月2日の早朝、無事関西国際空港に到着。
8年前のエジプトでの経験を踏まえてある程度警戒していたこともあるが、今回のインドの旅ではウザいと感じることはそれほど多くはなかった。
旅の主目的だったエローラとアジャンタの石窟群は期待以上に見ごたえがあったほか、訪れた唯一の自然遺産であるケオラデオ国立公園が普通のインド旅行とは一味違うインドの一面を見れて印象に残った。
フィリピンはマニラに立ち寄り程度の観光に終わったので、またの機会に期待である。関西国際空港 空港
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