2026/01/08 - 2026/01/08
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kasekunさん
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あーあ、、、来年の夏はイラクにイラン、、、そしてアフガニスタン、、、なんて計画だったのに、アメリカ・イスラエルによるイランへの軍事攻撃、そしてパキスタンとアフガニスタンの戦争勃発!なんていうタイミングの悪さ、、、。いったい世界はどうなっちゃうんだろう?第3次世界大戦へと向かっていくのだろうか?
行ける時に行かないといつもこうなってしまう。(でもイラン、アフガニスタンの冬は寒そうだから、やはりリビアを選ぶしかなかった、、、)
旅行計画の見直し、検討しなければ、、、。
※今年度転勤しまして、引っ越しで忙しく、旅行記滞ってしまいました。
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今日は本当ならガダメスに行くはずだったが、1日遅れとなってしまったので、予定変更、、、。
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ティータイム!
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ミントかピーナッツ、2種類用意されている。これがリビアンティーの飲み方らしい。
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こんな荒野を走る、、、。
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途中にあったモスク!
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※この画像は、広大な砂漠の風景です。サハラ砂漠などのアフリカ大陸やアラビア半島の乾燥地帯に見られる典型的な景観です。
地平線まで続く乾燥した土壌とまばらな植生が見られます。
背景には荒涼とした岩山や丘陵地帯が広がっています。
中央右側には小さな建物があり、この地域にインフラや居住地が存在することを示唆しています。 -
ここら辺の山はこんな感じ、、、。
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乾燥地帯、、、。
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なにもない荒野、、、。
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んー、残念ながら、この日はガダメスには行けないので、あまり乗り気ではない、、、。
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で、到着したみたい、、、。
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※この画像は、北アフリカ、特にチュニジアやリビアに見られる伝統的な集落の風景に非常によく似ています。
特に、チュニジア南部のガベス県にあるベルベル人の村、タメズレット(Tamezret)の景観と多くの共通点があります。
主な特徴
建築様式: 砂漠の乾燥した大地に溶け込むような、土色の石や日干しレンガを用いた平屋建ての住宅が特徴です。
地理的背景: この地域は小高い丘の上に家々が立ち並ぶことが多く、周辺の乾燥した広大な大地を見渡せる場所によく建設されています。
文化: これらの集落は、古くからこの地に住むベルベル人の伝統的な生活様式を今に伝えており、一部は現在も居住区や観光スポットとして活用されています。
また、リビアのガリヤンにある岩窟住居群や、エジプトのルクソール近郊にある無人の村クルナ(Kurna)とも視覚的な類似点が見られます。
正解! -
この画像は、チュニジア南部のタタウイン県にあるベルベル人の村、クサール・シェニニ(Ksar Chenini)です。
歴史: 12世紀頃に築かれた、敵から身を守るための要塞化された村です。
構造: 岩山の頂上に位置し、居住区や穀物倉庫(ゴルファ)が岩肌に掘り込まれています。
映画の舞台: この地域は映画『スター・ウォーズ』の惑星タトゥイーンのロケ地として有名であり、シェニニもそのインスピレーションの源の一つとされています。
現状: 現在はほとんどが廃墟となっていますが、観光地として整備されており、一部は宿泊施設にもなっています。
残念、違います! -
※この画像に写っている場所は、リビアにあるカサル・アル・ハジ(Qasr Kabaw)、またはチュニジアのシェニニ(Chenini)などのベルベル人の古代都市や共同食料庫(クサール)の遺跡である可能性が非常に高いです。
遺跡の特徴
これらの建造物は、北アフリカの先住民族であるベルベル人によって築かれました。
用途: 主に共同の食料倉庫として使われ、小麦やオリーブオイルなどを保管していました。また、敵の攻撃から身を守るための要塞としての役割も持っていました。
構造: 岩山に横穴を掘ったり、石を積み上げたりして作られた独特の建築様式が特徴です。内部には多数の小部屋(ゴルファ)が並んでいます。
歴史: 多くの遺跡は700年以上前、あるいは900年以上前から存在しているとされています。 -
ここはKabawでした。
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「カバウ、カバオまたはカバオは、リビア北西部のナルート地区にある町です。ガリヤン-ナルート道路からわずか9キロメートル(6マイル)離れた場所にあり、ジャドゥの西約70キロメートル(43マイル)に位置し、ナフサ山脈のトリポリタニア高原の北端にあります。
歴史的に、カバウはガダメス行政区にあるベルベル人の町でした。第二次世界大戦後、フランス軍に占領され、チュニジアから統治されました。カバウは、数千年にわたりアマジグ(ベルベル人)が居住してきたジェベル・ナフサ地域の多くの町の1つです。この町は、リビアが様々な外国勢力に支配されていた時代にも、アマジグ語、伝統、建築様式の保存において重要な役割を果たしてきました。
オスマン帝国とイタリアの支配
オスマン帝国時代(1551年~1911年)には、カバウは他の多くのナフサの町と同様に、トリポリタニアの広範な行政の一部でした。防御用の要塞と独特の共同穀物倉庫で知られていました。イタリアの植民地時代(1911年~1943年)には、カバウと他のアマジグの町はイタリアの支配に抵抗し、多くの地元住民がオマル・ムフタールなどのリビア民族主義者とともに蜂起に参加しました。1951年にリビアの支配下に戻されました。」ウィキより -
※画像は、北アフリカのチュニジアに見られるベルベル人の伝統的な村の風景です。
この地域では、丘の上に石や日干しレンガで造られた住居が密集しており、砂漠の過酷な気候や外敵から身を守るための独特な建築様式が特徴です。 -
※この画像に写っているのは、チュニジア南部のタタウイン県にある、ベルベル人の要塞化された貯蔵庫遺跡「クサール・ベニ・バルカ(Ksar Beni Barka)」です。 ❌
→違いますが、、、ベルベル人の村であることは間違いない。
この遺跡には、以下のような歴史的・建築的な特徴があります。
歴史と役割
起源: 15世紀頃、北アフリカのベルベル人コミュニティによって建設されました。
主な目的: 主にベドウィン部族などの外部の攻撃から身を守り、穀物、乾燥イチジク、デーツ、オリーブオイルなどの貴重な食料を保管するための「共同穀物貯蔵庫」として機能していました。
要塞としての立地: 防衛上の理由から、標高500mを超えるアビアド山の頂上付近に位置しており、周囲の谷を一望できる難攻不落の場所として選ばれました。
建築の特徴
ゴルファ(Ghorfa): 画像に見られるドーム状の小部屋は「ゴルファ」と呼ばれ、これらが3~4階建ての高さに積み重なって構成されています。部屋数は、かつては400~750室ほどあったと推測されています。
構造: 石、石膏、石灰、泥レンガを使用して造られており、周囲の景観に溶け込むような色合いをしています。
施設: 貯蔵庫だけでなく、モスク、油搾り所、さらにはユダヤ教の礼拝所とみられる場所もあり、多様なコミュニティが存在していたことを示唆しています。 -
※特に注目すべきは天井の構造で、太い木の幹を梁として渡し、その上に細い枝や植物の繊維を敷き詰めた伝統的な建築様式が確認できます。
主な特徴と場所の可能性
建築様式: 未加工の石を積み上げた壁と、木の幹をそのまま利用した堅牢な天井構造が特徴です。これは乾燥した山岳地帯で、現地の素材を最大限に活用した伝統的な手法です。 -
クサールとは?
「要塞として、それは常に壮大な場所に位置しており、険しい岬の岩壁に張り付くように建っていたり、オアシスを見下ろすようにそびえ立っていたりする。
クサールは通常、穀物倉庫と住居を兼ねており、遊牧民の攻撃から身を守るために、オアシスの近くの丘陵地帯によく見られる。
クサールは、ゴルファ(アラビア語で「部屋」)と呼ばれる細胞で構成されており、数年間続く干ばつに備えて食料を貯蔵するために使用されます。
ティスルガテのクサール(モロッコ、ザゴラ)のように、入り口が1つしかないクサールもあり、出入りを監視したり、夜間にクサールを閉鎖したりすることができる。
語源
ksarという単語はアラビア語の qasr(「城」、「要塞化された村」)から借用されたもので、これはラテン語の castrum(「砦」または「要塞」)に由来する。」だそうです。
ウィキより -
※この画像は、リビアのサハラ砂漠にあるオアシス都市、ガダメス(ガダーミス)の旧市街の内部を描いていると考えられます。
→❌違うけど、興味深いですね、、、。行けなかったがだめす、、、。
ガダメス旧市街の特徴
ガダメスは「砂漠の真珠」と称され、1986年にユネスコの世界遺産に登録されました。画像に見られるような独特な構造には、過酷な砂漠の環境で暮らすための知恵が詰まっています。
立体的な街の造り: 街は機能ごとに垂直に分かれています。1階(地上階)は主に食料の貯蔵庫や、男性が通行する日陰の通りとして使われ、2階が家族の居住スペースになっています。
⭐天然のエアコン: 住宅は日干しレンガ、石灰、ナツメヤシの木で作られています。厚い壁と迷路のように入り組んだ狭い通り(屋根で覆われている場所も多い)が、外気が40度を超えても内部を20度前後の快適な温度に保ちます。
女性専用の屋上通路: 住宅の屋上は互いにつながっており、かつて女性たちは男性の目に触れることなく屋上を通って隣家へ移動したり、社交を楽しんだりしていました。
⭐光の取り入れ方: 天窓や狭い開口部から差し込む光を、屋内の壁に掛けられた鏡で反射させて部屋を明るくする工夫がなされています。
現在、住民の多くは政府が建設した新市街に住んでいますが、夏の厳しい暑さを避けるために、今でもこの涼しい旧市街の家に戻って過ごす人々がいます。
なるほど、砂漠の中で暮らす工夫が施されてるようです。 -
ツーリストポリスのバシールさんも一緒に観光です。
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※この画像は、リビア北西部のナフーサ山地に位置するカバウ(Kabaw)という町にある、ベルベル人(アマズィグ)の歴史的な共同食料貯蔵庫(カスル / Qasr Kabaw)を写したものです。
特徴と歴史
この建物は「砂漠の貯蔵庫」や「フードバンク」とも呼ばれ、約700~900年前(11~12世紀頃)に建設されたと推定されています。
構造: 蜂の巣のような形をした「ゴルファ(ghorfa)」と呼ばれる小部屋が積み重なっており、高さは5~6階建て、部屋数は約360室に及びます。
用途: かつては各家庭が収穫した小麦、大麦、デーツ(ナツメヤシ)、オリーブオイルなどを保管するために使用していました。また、侵略者から食料を守るための要塞としての役割も果たしていました。
建築素材: 現地の石、石膏、赤土、そしてナツメヤシの幹やオリーブの枝など、周囲の自然環境に適応した素材で作られています。
現在の姿
現在は食料貯蔵庫としては使用されていませんが、ベルベル文化の象徴的な遺跡として残されています。毎年4月には「カスル・フェスティバル(Qasr Festival)」が開催され、伝統工芸の展示や結婚式などの行事が行われる文化的な拠点となっています。 -
※この画像は、日本各地に残る戦争遺跡(地下壕や陣地壕)に見られる、コンクリートによる補強がない「素掘り」のトンネルのような構造を映しています。
❌
たしかに、ラバウルで見てきた日本軍の陣地壕のようにも見えますが、これはゴルファ(部屋)の中です。 -
※この画像に写っている場所は、リビアのナフーサ山地にあるカバウ(Kabaw)という村のクサール(貯蔵庫)です。
この場所の特徴と背景
ベルベル人の伝統的な建築: 北アフリカの先住民であるベルベル人によって建設されました。
共同貯蔵庫(クサール): クサール(Ksar)は、穀物、オリーブオイル、貴重品などを外敵や熱から守るために作られた、蜂の巣のような構造を持つ要塞化された共同貯蔵庫です。
映画の舞台にも: チュニジアなどにある同様のクサール(クサール・ウレド・スルタンなど)は、映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』でアナキン・スカイウォーカーの故郷タトゥイーンのロケ地として使用されたことでも有名です。 -
palace of Kabao!
なんとなく、マリにあるジェンネの大モスクみたい!
※この画像に写っている場所は、リビアのナフーサ山地にあるカバウ(Kabaw)という村のクサール(貯蔵庫)です。
この場所の特徴と背景
ベルベル人の伝統的な建築: 北アフリカの先住民であるベルベル人によって建設されました。
共同貯蔵庫(クサール): クサール(Ksar)は、穀物、オリーブオイル、貴重品などを外敵や熱から守るために作られた、蜂の巣のような構造を持つ要塞化された共同貯蔵庫です。
映画の舞台にも: チュニジアなどにある同様のクサール(クサール・ウレド・スルタンなど)は、映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』でアナキン・スカイウォーカーの故郷タトゥイーンのロケ地として使用されたことでも有名です。 -
ゴルファ!
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※この画像は、チュニジア南部タタウィーン近郊にあるクサール・ウレド・ソルタン(Ksar Ouled Soltane)という、ベルベル人によって建設された伝統的な要塞化された穀物倉庫(クサール)です。 ❌
建物の特徴と歴史
構造: 「ゴルファ」と呼ばれる小さな部屋が幾何学的に積み重なった構造をしており、2層から4層にわたって連なっています。
用途: かつて半遊牧生活を送っていたベルベル人が、穀物や貴重品を外敵や砂漠の厳しい環境から守るための貯蔵庫として使用していました。
映画のロケ地: その独特でエキゾチックな景観から、映画『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』でアナキン・スカイウォーカーの故郷、惑星タトゥイーンの奴隷宿舎のロケ地として使用されたことでも有名です。
観光情報
タタウィーン周辺で最も保存状態が良く、美しいクサールの一つとされています。現在でも観光スポットとして人気があり、多くの旅行者が訪れます。
→チュニジアにもあり、リビアにもある、、、。そういえば、ヨルダンのペトラ遺跡とサウジアラビアのヘグラ(マダイン・サーレハ)遺跡も同じようなものだった。 -
※この画像は、チュニジア南部の砂漠地帯に位置するタメルザ(Tamerza)、シェビカ(Chebika)、あるいはシェニニ(Chenini)といったベルベル人の古い集落や廃村の風景である可能性が高いです。
主な特徴と背景
場所の特定: チュニジア南部のタタウイヌ県やトズール近郊には、このような乾燥した岩山に溶け込むような日干し煉瓦の建物群が多く見られます。
歴史的背景: これらの村々の多くは、1969年の大洪水によって大きな被害を受け、その後人々が新しい村へ移住したため、古い集落は「廃村」として残されています。
クサール(Ksar): ベルベル人の伝統的な建築様式で、城砦や共同の穀物倉庫として機能していました。
→バシールさんに聞いたら、たしかに今は人は住んでないと言ってた。大洪水が原因だったんですね。 -
※伝統的な建築: 山の斜面に沿って、伝統的な石造りの家々が並んでいます。
歴史的背景: ベルベル人は、アラブ人の侵攻から逃れるために、このような人里離れた山の斜面に集落(クサール)を築きました。
村の様子: 伝統的な住居が密集するエリアと、近代的な建材を使った新しい建物が混在しています。一部は廃墟となっていますが、今も人々が暮らし、家畜の小屋として使われている場所もあります。
向こうに新市街がある、、、。 -
あ、そうそう、ここに到着したら地元のポリスマンがすぐやってきた。どうやら旅行日程が書かれた許可証によって行動してるみたい。
自由にプラっと来ることはできないようです。 -
お天気は最高でした、、、
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それにしてもベルベルの人たち、こんな所によく村を作ったものです。アルジェリアのムザブの谷のように、アラブ人の迫害から逃れたんですね。
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※この画像に写っているものは、石臼(いしうす)、または手回しの粉挽き器であるクエルン(Quern-stone)です。
主な特徴と用途
構造: 上下の2つの円盤状の石を重ねた構造をしています。上の石の中央にある穴から材料(穀物など)を投入し、取っ手を付けて回すことで、石と石の間で材料をすり潰して粉にします。
用途: 歴史的に、小麦やソバ、大豆などの穀物を挽くために広く使われてきました。また、地域や形状によっては、オリーブの実を砕くための圧搾機の一部として使用されていた例もあります。
歴史的背景: このような石臼は、ローマ時代の遺跡(チュニジアのスフェチュラ遺跡など)やエジプト、ギリシャなどの古代遺跡でも多く発見されており、古くから人々の生活を支えてきた道具です。
現在でもアンティークや庭園のオブジェとして、あるいは実際にコーヒー豆などを挽くための道具として親しまれています。 -
バシールさんとバドゥルさん、、、
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※この画像は、歴史的なオリーブ油圧搾所(オリーブプレス)の内部の様子です。
用途: 古代から中東や地中海地域で、オリーブから油を絞り出すために使われていた伝統的な装置です。
構造: 中央の石臼(粉砕機)でオリーブの実を砕き、その後、別の機械で圧力をかけて油を抽出していました。
場所: 画像の雰囲気は、イスラエルのベト・グヴリン国立公園にあるような古代の洞窟遺跡、あるいはチュニジアの伝統的な農村の遺跡 に似ています。
歴史的背景: こうした場所は、迫害から逃れた人々が住居や倉庫として利用していたこともありました。 -
?
※この画像は、歴史的な遺跡または古い地下構造物の一部である可能性が高いです。
遺跡の雰囲気: 洞窟のような場所に、石で組まれた構造や、丸い石(石臼のようにも見える)が配置されています。
用途の可能性: かつての貯蔵庫、防空壕、または採掘場のような場所である可能性が考えられます。
状態: 長い年月を経た石造りの空間であり、歴史的な背景を持つ場所である可能性があります。 -
※この画像に写っているのは、伝統的な手法でオリーブオイルを抽出するためのアンティークなオリーブオイル搾油機です。
この装置について、いくつかの重要な特徴と場所をまとめました。
装置の仕組み
伝統的な搾油機: 石の台(ベース)の上で巨大な石の車輪を回転させ、オリーブの実をすり潰してペースト状にします。
動力: かつてはロバなどの動物がこの石の車輪を引いて回していました。
主な場所と背景
このような歴史的な搾油機は、地中海沿岸の国々でよく見られます。
チュニジア: ジェルバ島のゲララ美術館や、クサール(城塞)の中に展示されていることが多いです。
リビア: カバウ(Kabaw)やナルート(Nalut)などの地域にある伝統的なベルベル人の住居やクサールにも残されています。
イタリア: 南イタリアのガッリーポリやスペッキアなど、地下に搾油所がある地域でも見ることができます。 -
※この画像に写っているのは、チュニジアなどのベルベル人の村で見られる、石で作られた伝統的なオリーブオイルの圧搾機(インドゥール)です。
石材、石膏、ナツメヤシの幹、枝など、現地の自然素材のみを使って手作りされています。
オリーブを粉砕して油を絞り出すために使われていました。
現在では、歴史的な遺跡や観光名所として保存されています。
→インドゥールと言うんですね。 -
さて、カバウ観光終わり、次に向かいます。途中で水分補給!
※ご提示いただいた画像の商品は、リビア産の炭酸飲料「コーサル(Kawthar / Kanthar)」のゼロカロリー版、「Kawthar Zero」です。
商品の詳細
ブランド名: コーサル(Kawthar / Kanthar / كوثر)
タイプ: 炭酸飲料(ソフトドリンク)
特徴:
この缶は「ZERO」タイプで、250mlサイズです。
リビア国内で広く親しまれているブランドで、ショッピングモールなどで販売されています。
価格の目安として、リビア国内では1缶あたり約1.00ディナール程度で販売されている例があります。
この飲み物はリビアの地元ブランドとして知られており、爽やかな味わいが特徴です。 -
※この画像は、エジプトやリビア、ヨルダンなどの中東・北アフリカ地域に位置する乾燥した気候の町を映している可能性が高いです。
推測される地域の特徴
検索結果からは、以下のような場所が候補として挙げられます。
エジプト: シワ・オアシスやマルサ・マトルーフ近郊の、砂漠と住宅地が混在するエリア。
リビア: トブルク周辺など、未舗装の道路や独特の建築様式が見られる地域。
ヨルダン: アカバやエリコ周辺の、ヤシの木が点在する乾燥した都市部。
画像には、強い日差しの下で未舗装の地面、点在するヤシの木、そして平屋や数階建ての箱型の建物が並ぶ、この地域特有の風景が広がっています。 -
※ご提示いただいた画像は、エジプトのシワ・オアシスやチュニジアのタメズレットなど、北アフリカや中東の乾燥地帯にある街の風景と非常に似通った特徴を持っています。
画像には、この地域に特有の以下の要素が含まれています:
ヤシの木の群生: オアシス都市に多く見られる光景です。
砂漠地帯の建物: 日干し煉瓦の色合いをした建物が並んでいます。
未舗装の道路と乾いた地面: 非常に乾燥した気候であることを示唆しています。
具体的な場所の候補としては、エジプト西部のシワ・オアシス や、チュニジア南部のベルベル人の村タメズレット、あるいはモーリタニアのヌアディブ周辺 などの風景が視覚的に一致しています。 -
で、到着!
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ここはカスル・ナルート。
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「ナルトは、リビア北西部のナルト地区の首都である。ナルトは、トリポリタニア地方のナフサ山脈沿岸部の西端に位置し、トリポリとガダメスのほぼ中間地点にある。
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「ナールートという名前とその別名であるラルートは、異教のベルベル人の泉の女神タラに由来する可能性がある。ナルートはチュニジア国境からわずか60kmの距離にあり、いくつかのオアシスにも近いため、キャラバン貿易において重要な役割を果たした。」
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「ナールートにはカスル・ナルトという穀物倉庫があり、これはクスール(城)で要塞化されている。この施設は放棄されているが、観光地となっている。この要塞は、紛争時に地元の家族が穀物を貯蔵できる共同の建物だった。
ナールートで最も古いモスクであるアララ・モスクは、西暦1312年に再建された。」 -
んー、なんかさっきの遺跡と同じような、、、。
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※画像に描かれているのは、北アフリカのチュニジア南部などで見られるクサール(Ksar)と呼ばれる伝統的な要塞型穀物倉庫の内部であると考えられます。
特徴と背景
用途: 主に穀物の貯蔵と、外敵の侵入から食料を守るための防御拠点として築かれました。
構造: 石や土を積み上げた堅固な造りで、迷路のような内部構造を持つものもあります。画像に見える横たわった太い木のような構造物は、上層階へのアクセスや構造の補強、あるいは荷物の吊り上げに使われた可能性があります。
歴史的価値: 一部のクサールは現在も使われていますが、多くは観光地や、中には「スター・ウォーズ」の撮影地(アナキン・スカイウォーカーの家など)として有名な場所もあります。
類似の遺跡
このような洞窟状、あるいは岩を削った建築物は、他の地域でも見られます。
カッパドキア(トルコ): 軟らかい岩を削って作られた洞窟住居や、2万人を収容できたと言われる巨大な地下都市(デリンクユなど)が有名です。
ガダメス(リビア): 砂漠の真珠と称される古い街で、ここにも伝統的な穀物貯蔵庫が存在します。 -
※この画像は、オリーブの油を絞るための古代のオリーブオイルプレスです。
石製の大きな臼とローラーを使ってオリーブの実を砕き、その後圧搾して油を抽出します。
このような伝統的な方法は、イタリア、ギリシャ、トルコなどの地中海沿岸地域で歴史的に使われてきました。
現在でも、特に品質にこだわったエキストラバージンオリーブオイルの製造において、伝統的な製法が再評価されています。
この場所は、歴史的な遺跡や観光スポットとして保存されている可能性があります。
→さっき見たやつと同じやないかい! -
※この画像は、リビアにある古代のオアシス都市、ガダメスの伝統的な泥の建築物です。
地域: サハラ砂漠の南西部に位置し、何世紀にもわたって貿易の拠点として機能してきました。
建築材: 現地で入手可能な泥、石、石灰、ヤシの木などが建築に使用されています。
特徴: 暑い砂漠気候に適応するために、厚い泥壁を使用して室温を安定させ、直射日光を避ける構造になっています。 -
※床に見える円形の穴や、奥にある積み上げられた石の構造には、当時の高度な生活の知恵が反映されています。
画像に見られる主な特徴と役割
床の円形の穴: これらは、床下の巨大な貯水槽(シスラン)へ水を導くための取水口、あるいは貯蔵用の瓶(アンフォラ)を安定して置くための穴と考えられます。このような乾燥地帯では、雨水を効率よく地下に貯めるシステムが不可欠でした。
積み上げられた平らな石: 壁際に整然と重ねられた石板は、棚やベンチとして利用されていた、あるいは食料や物資を保管する際の土台として使われていた可能性があります。
洞窟のような構造: このような地下室や岩を掘った空間は、外気の影響を受けにくいため、穀物、油、ワインなどの保存食を涼しく保つための倉庫としても理想的でした。 -
※この画像に写っているものは、オリーブオイルなどを生産するために使用された古代のオリーブ搾油機です。
役割: オリーブの果実を押し潰し、油を絞り出すために使用されました。
構造: 重い石の台座(臼)の上で、木製の部品を使って石を回転させたり圧力をかけたりする仕組みです。
時代背景: 古代ローマ時代を中心に、地中海地域で広く普及していた技術です。
用途: 主に食用や照明用、または薬用としてのオリーブオイルの製造に不可欠な道具でした。 -
※この画像は、リビアのナルートにあるナルート・グランド・モスクの内部です。この場所に関する詳細は以下の通りです。
歴史的な礼拝所: このモスクは岩を削って造られた構造が特徴で、地域における歴史的なイスラム教の礼拝所です。
構造: 画像に見られるような独特のアーチ型の柱や洞窟のような空間は、その建築様式の一部です。
場所: リビアのトリポリタニア地方にあるナルート市に位置しています。
観光: このエリアは、その歴史的・建築的重要性から観光スポットとしても知られています。 -
※この画像は、リビア北西部のナールート(Nalut)にあるアル・アラー・モスク(Al-Al'a Mosque)の内部を映したものです。
このモスクは、ナールートで最も古く、かつては「地下モスク」のような造りであったことで知られています。
アル・アラー・モスクの特徴
歴史: ナールート旧市街に位置する歴史的なモスクで、アラビア語の碑文によると、西暦1312年に再建されたという記録が残っています。
建築: 周辺地域の伝統的なベルベル建築(土着の建築様式)を反映しており、岩を削り取ったような、あるいは地下に潜るような重厚な石灰岩や泥レンガのアーチ構造が特徴です。
場所: ナールートは、伝統的な穀物倉庫(クサル)で有名なベルベル人の町で、このモスクも古い村の遺跡の中にあります。
ナールートの旧市街には、他にも保存状態の良いクサル(要塞化された倉庫)や古いオリーブ絞り機などが残されており、かつてのキャラバン貿易の拠点としての歴史を今に伝えています。 -
人が住んでたということは、水があったはず、、、ここもオアシスなんですね。
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※この画像は、チュニジア南部やリビアに見られるクサール(Ksar)と呼ばれる伝統的なベルベル人の要塞化された穀物倉庫、またはその一部である可能性が高いです。
クサール(Ksar)の特徴
用途: 本来はアラビア語で「城」を意味しますが、チュニジア南部では外敵の侵略から収穫物を守るための穀物倉庫として機能してきました。
構造: 石造りの通路やドーム状の部屋(ゴルファ)が重なり合うように建てられており、迷路のような外観を呈しています。
歴史: 10世紀前後から造られ始め、古いものでは700~800年以上の歴史を持つものもあります。
関連する場所
視覚的に類似した場所として、以下のスポットが挙げられます:
Ksar Mrabtine(クサール・ムラブティン): 南チュニジアにある、観光地化されていない「本物」のクサールとして知られる秘境です。
Ksar Hadada(クサール・ハッダダ): 映画『スター・ウォーズ』のロケ地としても有名な、チュニジア南部のクサールです。
Ksar mgebla: タタウィン近郊にある遺跡の一つです。
⭐Nalut(ナルート): リビアのナフサ山地にある、ベルベル人の古いクサールが残る地域です。
→正解!⭕ -
んー、ほんとなら、ガダメスに向かってたのに、、、。仕方ない、、、。
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※この場所は、エジプトのバフレイヤ・オアシス(Bahariya Oasis)にあるアイン・エル・ムフテラ神殿(Ain El Muftella Temple)です。
❌違います!
→次、エジプト行ったらオアシスに行こうと思ってたんですが、こんな感じなんですね、、、 -
、、、日本では、見られない風景、、、
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?これはベルベル人の文字か?
※ベルベル人の文字はティフィナグ文字(Tifinagh)と呼ばれ、北アフリカのベルベル人が古くから使用してきた独自の文字体系です。幾何学的な形が特徴で、「宇宙人の文字」のように見えると評されることもあります。
ベルベル文字(ティフィナグ)の主な特徴
歴史的背景: 古代のリビア文字(ヌミディア文字)を起源とし、長い歴史を持っています。伝統的にはトゥアレグ族などの一部で使われてきましたが、一時期は公的な使用が制限されていた時期もありました。
現代の役割: 現在はモロッコなどで公用語の一部として教育に取り入れられたり、アイデンティティの象徴として政治的・文化的な文脈で使用されたりしています。
見た目: 円、直線、点などを組み合わせた記号のような形をしており、アラビア文字やラテン文字とは大きく異なる独特の視覚的特徴を持っています。
地域差: 伝統的なトゥアレグの文字に加え、モロッコなどで教育用に整備された「新ティフィナグ文字」も存在します。
モロッコなどの北アフリカを旅行する際、看板や標識でこの文字を見かけることがあります。 -
※この画像は、リビアのナルートにある古代の要塞化された穀物庫「クサル・ナルート」です。
歴史: クサル・ナルートは11世紀頃、ベルベル人によって建設されました。
目的: この施設は、紛争時に穀物、オリーブオイル、ナツメヤシなどの食料や物資を保管するための共同穀物庫として使用されていました。
構造: 襲撃者から保護するために丘の頂上に位置しており、現在は観光地となっています。
現状: 1960年代から使用されておらず、廃墟となっています。 -
※この画像に写っている場所は、リビア北西部のナールート(Nalut)にある歴史的なクサール・ナールート(Ksar Nalut)です。
クサール・ナールートの概要
クサールとは、北アフリカのベルベル人(アマズィグ)のコミュニティによって作られた要塞化された穀物倉庫(貯蔵庫)のことです。
目的: もともとは食料や貴重品(穀物、オリーブオイル、日付など)を略奪者や厳しい気候から守るために建設されました。各家庭がそれぞれ自分の貯蔵室を持っており、いわば「古代の共同銀行」のような役割を果たしていました。
歴史: 正確な建設時期については諸説ありますが、一般的には11世紀頃に建設されたと考えられています。地元では2000年以上の歴史があるという伝承もあります。
構造: 険しい丘の上に建てられ、約400もの小さな部屋が蜂の巣のように重なり合っています。日干しレンガや石、ヤシの木の幹など現地にある素材で作られており、砂漠の熱を遮断する知恵が詰まっています。
現在の状況
このクサールは1960年代に放棄されましたが、現在はナールートの重要な観光スポットとなっており、ベルベル人の豊かな文化遺産を今に伝えています。 -
壁に階段がある!ここを伝って登ったんでしょうね。
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※この画像は、リビア北西部のナフサ山地にある、ベルベル人の古い都市ナールート(Nalut)の遺跡です。
ナールートの旧市街
この場所の最大の特徴は、カスルと呼ばれる日干し煉瓦で造られた要塞のような建築物です。
用途: 「砦」を意味する名前ですが、実際には共同の穀物倉庫として使われていました。侵略者から貴重な食料や家財を守るために設計されています。
構造: 壁面には多くの小さな部屋が縦横に並んでおり、高い場所にある倉庫には、壁から突き出した石や木の足場、あるいは梯子を使って登る仕組みになっていました。
ナールートはチュニジア国境から約20kmの場所に位置し、周辺のカサル・アル・ハジやカバウといった都市とともに、ベルベル人の歴史的な居住地や食料庫が残る地域として知られています。 -
※この画像は、洞窟や地下の遺跡に保管されている古代の壺や甕(かめ)のようです。
遺跡の貯蔵庫: トルコの地下都市遺跡(カッパドキアなど)や、トルクメニスタンのエケデシク洞窟地帯で見られるような、食料やワインの貯蔵に使用された空間と考えられます。
経塚(きょうづか): 日本の archaeological 遺跡において、経典を埋納した穴の中に壺や甕が納められている事例もあります。
用途: 一般的に、穀物、オリーブオイル、ワインなどを貯蔵するための大型の容器(アンフォラや甕)として使われていました。 -
※画像は、リビア北西部のナフサ山地にあるナールート(Nalut)という町の「旧市街」および、そこにあるベルベル人の共同穀物倉庫「クサール・ナールート」(Ksar Nalut)の内部です。
この場所の特徴について以下の通りまとめました。
クサール・ナールートの概要
歴史と目的: 11世紀頃に、この地域の先住民族であるベルベル人(アマズィグ)によって建設されました。元々は要塞化された共同倉庫(クサール)であり、家族ごとに割り当てられた部屋に、貴重な穀物やオリーブオイル、日付(ナツメヤシの実)などを貯蔵し、略奪者の攻撃から守るための「古代の銀行」のような役割を果たしていました。
建築の特徴:
ハニカム構造: 泥レンガ、岩、石膏を用いて作られた部屋が、迷路のように数層(最大3~4階建て)に重なり合っています。
自然な温度調整: 厚い壁と日干しレンガの構造により、砂漠の厳しい熱から貯蔵品を守る天然の保冷機能を持っていました。
アクセス: 上層階へは、壁から突き出た石の足場や木製のはしごを使って登っていました。
現代の状況
この倉庫群は1960年代頃まで実際に使用されていましたが、現在は無人となっており、歴史的な遺跡・観光地として保存されています。ナールートはチュニジアとの国境に近く、古くからキャラバン貿易の重要な拠点でもありました。 -
内部、、、
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しつこいですが、、、
※この画像に写っている場所は、リビア北西部のナールート(Nalut)にある「カスル・ナールート(Ksar Nalut)」と呼ばれる歴史的な建築物です。
特徴と歴史
建築の目的: 11世紀頃にベルベル人(アマズィグ)によって建設された、要塞化された穀物倉庫(クスール)です。
構造: 日干し煉瓦や石で作られており、外敵の襲撃から食料を守るために丘の上に建てられました。内部には「ゴルファ(ghorfas)」と呼ばれる積み重なった小部屋があり、そこで小麦、大麦、オリーブオイルなどを保管していました。
現状: 1960年代以降は倉庫としての役目を終えて放棄されていますが、現在はその独特な景観から観光名所となっています。
この場所は、イランの古代村カンドヴァンやトルコのカッパドキアに見られるような、岩をくり抜いて作られた洞窟住居とも視覚的に似ていますが、カスル・ナールートは主に貯蔵用の構造物として発展した建築物です。 -
※この画像は、リビアやチュニジアの砂漠地帯で見られるベルベル人の伝統的な建築様式、クサール(Ksar)の一部を写したものです。
特徴と背景
構造: この独特な建物はゴルファ(Ghorfa)と呼ばれ、元々はベルベル人が敵の襲撃から守るために築いた要塞化された穀物倉庫です。日干し煉瓦や石、泥を用いて作られています。
用途: 倉庫としてだけでなく、住居や集会場など共同生活の拠点としても利用されていました。
場所:
リビア: 北西部のナールート(Nalut)旧市街には、この種の歴史的なカスル(砦)が名物として残っています。
チュニジア: 南部のタタウィン周辺に多く点在しており、特に「クサール・ウレド・スルタン」などは、映画『スター・ウォーズ』の惑星タトゥイーンのロケ地としても有名です。
これらの遺跡は、乾燥した過酷な環境で生き抜くための古代の知恵を今に伝える貴重な歴史遺産です。 -
バドゥルさんもしげしげと、、、。
※この画像に写っている場所は、リビア北西部のナールート地方にある「クサール・ナールート(Ksar Nalut)」、または「ナールート城」として知られる歴史的な遺跡です。
この遺跡には、以下のような特徴があります。
クサール・ナールートの概要
用途: 11世紀頃に、北アフリカの先住民族であるベルベル人(アマジグ)によって建設された要塞化された共同穀物倉庫(クサール)です。
構造: 迷路のような狭い通路の両側に、穀物やオリーブオイル、貴重品などを保管するための小さな部屋(ゴルファ)が積み重なるように並んでいます。全部で約400もの保管室があると言われています。
目的: 侵略者から食料を守るため、見晴らしの良い丘の上に建てられました。かつて地元の人々は、収穫期や紛争時にここに食料を預け、安全を確保していました。
現状: 1960年代に放棄されましたが、現在はリビアの貴重な文化的遺産として観光地になっています。
建築の特徴
この建築様式は、日干しレンガや石、ヤシの木の幹など地元の素材を使用しており、サハラ砂漠の過酷な熱から食料を守るための知恵が詰まっています。蜂の巣のように密集した独特な景観は、隣国チュニジアのタタウイン周辺にある遺跡とも共通しており、映画『スター・ウォーズ』の惑星タトゥイーンのロケ地のインスピレーションにもなりました。 -
※この画像に写っている壺は、古代ギリシャやローマ時代にワインやオリーブオイル、穀物などの輸送・保管に使われたアンフォラ(Amphora)と呼ばれる陶器の一種です。
これらの遺物は、歴史的な発掘現場でよく見られます。
発掘事例と歴史的背景
ポンペイ遺跡: イタリアのポンペイでは、西暦79年のヴェスヴィオ山の噴火によって埋もれた生活用品として、多くのワインの壺や水瓶が発見されています。
古代エジプト: エジプトのアビドスでは、5,000年前のワインの壺が大量に、かつ良好な保存状態で発見された例があります。
イスラエルの洞窟: 地中海沿岸のパルマヒム・ビーチ国立公園では、3,300年前のラムセス2世時代の遺物が納められた、封印された埋葬用洞窟と陶器類が発掘されています。
アンフォラの特徴
構造: 運搬しやすいように両側に持ち手が付いているのが一般的で、語源もラテン語の「両側(amphi)」「運ぶ(pherein)」に由来します。
用途: 液体(ワイン、油)だけでなく、乾燥した食品の保存にも使われました。装飾が施されたものは儀礼用としても利用されました。 -
そもそも、ここに住んでたベルベル人とは?
※ベルベル人(自称:アマーズィーグ/自由な人)は、北アフリカのマグリブ地域(モロッコ、アルジェリア、チュニジアなど)に4000年以上前から居住する先住民族。コーカソイド系で独自のベルベル語と文化を持ち、7世紀以降のイスラム化・アラブ化を経ても、独自のアイデンティティを保ちながら主に農耕や遊牧、伝統的な洞窟住居などで生活している。
主な特徴と概要:
自称と意味: 彼らは自分たちを「アマーズィーグ(単数)/イマジゲン(複数)」と呼び、これは「自由な人」「高貴な人々」を意味する。
呼称の由来: 「ベルベル」は古代ギリシャ語の「バルバロイ(異国人、わけのわからない言葉を話す者)」がラテン語を経由して広まったもので、元はローマ人が呼んだ蔑称とされる。
居住地域: 主にモロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアに分布しており、特にモロッコに多く住んでいる。
文化・生活: トゥアレグ族などの遊牧民や、アトラス山脈や砂漠周辺で農業・伝統的暮らしを営むグループがある。伝統的には洞窟住居(穴居)で知られ、夏の暑さや冬の寒さを凌ぐ構造となっている。
言語: アフロ・アジア語族の「ベルベル諸語」を使用する。
宗教: 7世紀のイスラム征服以降、ほとんどがイスラム教を信仰している。
現在はアラブ文化との同化が進んでいるが、モロッコなどでは現在も数百万人が独自の言語と文化を守り、民族的な独自性を主張する活動も存在する。 -
ベルベル人の有名な方では、サッカー選手のジダン選手。
「兄5人と姉1人と、ジダンの7人兄姉弟の末っ子としてフランスマルセイユで生まれた。両親は、アルジェリア独立戦争が起きる少し前の1953年にフランス領アルジェリアからパリに移住してきた少数民族ベルベル人で、一家は1968年から港町マルセイユ北部の北アフリカ移民が集まって住む一角で暮らし始め、やがて1972年にジダンが生まれた。」ウィキより
んー、日本人にはフランス人と見分けがつかないかな?、、、あ、アルジェリア人とチュニジア人、昨年旅行してなんか違うなあと感じた訳がやっとわかりました。アルジェリア人はアラブ系が約74-80%とベルベル系が約19-25%、、、対しチュニジア人はアラブ系が98%以上だそうです。見た目、アルジェリア人はフランス人の血が流れてるのかなと思ってましたが、それはベルベル系が理由だったようです。 -
※この画像は、リビアのナールートにある歴史的なベルベル人の要塞化された穀物貯蔵庫「クサール・ナールート(Ksar Nalut)」です。
構造: 11世紀頃に築かれ、食料や貴重品を保管するために設計された建物です。
建築: ネフサ山脈の丘の上に位置し、以前の世紀では略奪者から守る役割を果たしていました。
現状: 1960年代から放棄されていますが、現在は観光地となっています。
特徴: 岩の表面に彫られた部屋や、穀物や油を貯蔵するための地下室が特徴です。 -
ちなみにリビア人は、主にアラブ人およびベルベル人系の混血で構成される北アフリカの国民(約95%以上)だそうです。
やはり、チュニジア人とは少し見た目が違うなあと思ってました。 -
スター・ウォーズでチュニジアがロケ地に選ばれたのはなぜ?、、、AIに聞いてみました。
※スター・ウォーズでチュニジアがロケ地に選ばれた主な理由は、物語の舞台である「タトゥイーン星」のイメージに完璧に合致する、異世界的で乾燥した砂漠の風景が広がっていたからです。
具体的には以下の要素が重要視されました。
唯一無二の風景: チュニジア南部のサハラ砂漠に近いエリアには、巨大な塩湖(ショット・エル・ジェリド)や、穴居住宅(マトマタのベルベル人住居など)があり、地球上とは思えない独特の景観が「別惑星」としての説得力を与えました。
地名の由来: 実際に「タタウィーヌ(Tataouine)」という地名が存在し、そこから「タトゥイーン(Tatooine)」という惑星名が生まれたほど、その土地の雰囲気が物語と深く結びついていました。
既存の建物活用: 特殊なセットを一から作るだけでなく、現地の伝統的な建築物がそのまま撮影に使用でき、リアリティを高めることができました。
このように、チュニジアは単なる撮影場所ではなく、スター・ウォーズの世界観を構築する上で不可欠な要素となっていたのです。
なるほど、、、今度チュニジア行く機会があったら、訪れてみよう! -
んー、そう言われれば、たしかに異世界を感じる、、、
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※この画像は、リビアのナールートにある古代のベルベル人の集落または要塞化された穀倉地帯(クサル)の一部である可能性があります。
遺跡の場所: リビアのナールート(Nalut)の可能性があります。
歴史的背景: この地域には、紀元前後に遡る古い村や集落の遺跡が多く残っています。
特徴: このような構造は、紛争時に地元家族が穀物を貯蔵するために使用された、堅固な穀倉地帯の一部であることが一般的です。
古代の機能: 貯蔵のための特別な壺や部屋が、当時の caravan 貿易の拠点として機能していた場所で見つかることがあります。 -
※この画像は、チュニジア南部のベルベル人の伝統的な穴居住宅(洞窟住居)か、クサール(穀物倉庫などの要塞)の内部の様子です。
穴居住宅: ベルベル人は厳しい暑さを避けるため、地面を深く掘り下げて中庭を作り、その周囲に部屋を設ける形の住宅に住んでいました。
クサール: ベルベル人の村で、穀物や貴重品を保管するために作られた要塞化された建物です。
特徴: 岩を削って作られた部屋や、食品を貯蔵するための大きな陶器の壺が見られます。
スター・ウォーズ: このような場所は『スター・ウォーズ』のロケ地としても有名です。 -
やはり、見ただけではわからないことが多いですね。さっき見たカバウと同じじゃないか!と思ってましたが、今、調べて少し違いも見つけられました。
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が、バドゥルさんも見飽きた感じ、、、
※この画像は、リビアにあるベルベル人の古代都市、または共同食料庫(クサール)の内部です。
700年以上前のものを含む、古代の建築様式を見ることができます。
砂漠地帯で、食料や水を涼しく安全に保つために工夫された構造です。
リビアの観光名所の一つであり、独特な建築技術が残されています。 -
※この画像は、アルジェリアまたはチュニジアの乾燥した砂漠地帯にあるベルベル人の村や遺跡からの眺めである可能性が高いです。
場所: アルジェリアの砂漠地帯、あるいはチュニジアのチェネニのようなベルベル人の村の遺跡と考えられます。
特徴: 岩を彫って作られた住居や要塞のような場所から、眼下に広がる広大な乾燥風景を見下ろしています。
雰囲気: 歴史的な遺跡であり、古くからその土地に根付いた文化を感じさせる風景です。
観光: これらの地域は、そのユニークな地形と歴史的背景から、砂漠ツアーなどの観光地として知られています。 -
※地理: リビアとの国境近くに位置し、ダハール山脈に囲まれた荒野の絶景が広がっています,。
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※歴史と文化
年代: 正確な建設時期については諸説ありますが、多くの歴史家は11世紀頃に建てられたと考えています。地元では2000年以上前のものだという伝承もあります。
ベルベル文化: ナルートはリビアにおけるベルベル文化の重要な拠点のひとつです。毎年春には「ナルート春祭り」が開催され、伝統的な音楽やダンス、工芸品などが披露されます。
現状: 1960年代以降、住民が新しい家へ移住したため旧市街は放棄されましたが、現在はリビアの貴重な観光資源や歴史遺産として保存されています。 -
※建築スタイル: 石と泥、ヤシの木の幹など地元の素材を使用しており、周囲の風景に溶け込むような独特の外観が特徴です。
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※この写真はリビアにあるカスル・アル=ハッジ(Gasr Al-Hajj)と呼ばれる、伝統的な要塞化された穀物庫です。
歴史と背景
建設時期: 12世紀から13世紀にかけて、アブダラ・アブ・ジャトラ(Abdallah Abu Jatla)によって建設されました。
名前の由来: 「ハッジ」はイスラム教のメッカ巡礼を意味し、この場所が沿岸部へ向かう巡礼者たちの休息所や集合場所として使われていたことからその名がつきました。
建築: 日干しレンガ(アドベ)や石、石膏など現地の材料で造られた円形の構造物で、ベルベル文化の独創的な建築様式を示しています。
主な用途と機能
この建物は「城(カスル)」という名が付いていますが、主に防衛用ではなく、共同の貯蔵施設として機能していました。
食料貯蔵: 周辺の半定住・定住民が収穫した大麦、小麦、オリーブオイルなどを保管するために使用されました。
1階は主にオリーブオイルの保管、上階は穀物の保管に使われていました。
初期の銀行システム: 各家族には専用の保管室(個室)が割り当てられており、貴重品を安全に預ける現代の銀行の金庫(貸金庫)のような役割を果たしていました。
部屋の数: 当初は114室ありましたが、これはコーランの章の数(114)を象徴しているという説があります。現在は相続などによる分割を経て、119室になっています。
1960年代後半まで実際に使用されており、現在も一部の家族によって管理されています。 -
日陰に入ると涼しい!
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※この画像に写っているのは、リビアのナルートにある古い要塞または穀倉(クサール)の遺跡です。
遺跡の概要: ナルートの町にある古代の遺跡群の一部で、紀元前2000年以上前から存在すると言われています。
構造: この建物は、かつて穀物や油などの生活必需品を貯蔵するために使われていた堅牢な穀倉(クサル)です。
見どころ: 内部には約400もの部屋があり、ナルートの考古学的なハイライトの1つです。
周囲の環境: abandoned village(廃村)の近くの斜面に位置しており、周囲には探索されていない多くの古代遺跡が点在しています。 -
※この画像は、リビアの山岳地帯にあるベルベル人の町、ナルート(Nalut)の風景です。
この場所の特徴
歴史的集落: ナルートはリビア北西部のナフサ山地に位置し、伝統的なベルベル人の村として知られています。
クサール: この地域には「クサール」と呼ばれる、ベルベル人がアラブ人の侵攻から逃れるために山の上に築いた要塞化された共同穀物倉庫(砦)が点在しています。
景観: 岩山の斜面に沿って建物が立ち並び、谷を見下ろす劇的な景観が特徴です。
ヨルダンのカラク城などの風景とも似ていますが、道路の形状や建物の配置からリビアのナルートである可能性が非常に高いです。 -
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こんな道を男4人で歩き回ってます。
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※この画像は、リビアのナルトにある「ナルトの城(Ksar Nalut)」、またはチュニジアのタタウィン県にある「クサール・ベニ・バルカ(Ksar Beni Barka)」の遺跡です。
クサールとは: アラビア語で「城」や「要塞」を意味し、主に北アフリカのベルベル人が建設した穀物倉庫や住居として機能していた集落の形態です。
構造: 地元の石材や伝統的な泥レンガ技術を使用し、地形に合わせて積み上げられた複数の部屋で構成されています。
歴史: このような要塞は、10世紀から15世紀頃にかけて、異民族の侵入から身を守り、穀物を保存するために建設されました。
世界遺産: 多くのクサールがその歴史的価値から世界遺産候補地としてリストに登録されています。
→ここもいずれ世界遺産に登録される? -
中はこんな感じ。人は住んでません。
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※この画像に写っているのは、チュニジアやリビアなどの北アフリカ地域に見られる、ベルベル人の伝統的な建築物「クサール(Ksar)」の廃墟であると考えられます。
場所と建築の特徴
クサールの役割: アラビア語で「城」や「要塞」を意味しますが、チュニジア南部などでは主に穀物倉庫として使われていました。外敵や略奪から大切な食料を守るために、山頂や斜面などの険しい場所に建設されることが多いのが特徴です。
主な所在地:
チュニジア: タタウイン近郊のドゥイレット(Douiret)、シェニニ(Chenini)、クサール・ハダダ(Ksar Hadada)などが有名です。
リビア: ナルート(Nalut)などにも、同様の古いクサールの遺跡が残っています。
観光と歴史
これらの村の多くは1970年代頃に放棄され、現在は廃墟となっているか、ごく一部の家族が住むのみとなっています。その独特な景観から、映画『スター・ウォーズ』のロケ地(惑星タトゥイーンのモデル)としても知られ、現在は人気の観光スポットとなっています。 -
※画像に写っているのは、中東や北アフリカで見られる、伝統的な泥レンガ(日干しレンガ)で造られた建物や村の遺跡である可能性が高いです。
具体的にどの場所かについては、視覚的に類似した場所がいくつかあります。
可能性のある場所
オマーン: オマーンには、アル・ハムラ(Al Hamra)の旧市街や、タヌーフ(Tanuf)の遺跡など、泥レンガ造りの伝統的な集落が多く残っています。
サウジアラビア: リヤド近郊のQusur al-Muqbilにある廃屋や、アル・ウラ(AlUla)周辺の遺跡に、このようなアラビアの伝統建築様式が見られます。
エジプト: リビアとの国境近くにあるシワ・オアシス(Siwa Oasis)には、「シャーリー」と呼ばれる泥レンガ造りの古代要塞の廃墟があります。
リビアやチュニジア: リビアのナールートにあるクサール(Ksar)と呼ばれる要塞化した村や、チュニジア南部の村々でも、同様の円形やドーム状の開口部を持つ建物が見られます。
これらの場所は、いずれも過酷な砂漠の気候に対応するために、断熱性の高い泥レンガを使用しているのが特徴です。 -
※この画像に写っているのは、伝統的なオリーブ油の搾油機(オリーブプレス)です。
大きな円筒形の石(石臼)を回転させてオリーブの実を潰し、ペースト状にするための装置です。かつては木の棒にロバなどの家畜を繋ぎ、ぐるぐると回らせて石を動かしていました。
このような古い搾油機は、地中海沿岸の国々で歴史的な展示物としてよく見られます:
リビア: ナルート(Nalut)などの地域に、同様の伝統的な搾油所が残っています。
チュニジア: ジェルバ島のゲララ美術館や、シェニニ、ドゥイレットなどの古い村で見ることができます。
イスラエル: 「ナザレ・ビレッジ」などの歴史再現施設に展示されています。
イタリア: 南イタリアのサレント半島(スペッキアやガッリーポリなど)にある地下搾油所(Frantoi Ipogei)にも同様の設備があります。
→カバウ同様、、、 -
もういいかな?
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※この画像は、リビアのナルートにある「クサール・ナルート(Ksar Nalut)」と呼ばれる古代の要塞化された穀倉地帯です。
歴史的建造物: 11世紀に建設された、ベルベル人コミュニティによる伝統的な建築物です。
構造: 石と土レンガで作られており、穀物を貯蔵・保護するための約400の部屋(グルファ)で構成されています。
立地: 襲撃から守るため、ナルートの丘の上に位置しています。
現状: 1960年代以降は放棄されていますが、現在は観光地となっています。 -
ここも、カバウと同じ。到着したら、地元のポリスマンがすぐ来て、一緒に、、、。たしか最後に写真を撮られたはず?
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ということで、ナールート観光終了!
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途中、こんな光景が、、、。
※この画像に写っているのは、崩れかけた壁の上に放置された戦車の残骸です。
リビアやイラクなどの紛争地では、過去の戦闘で破壊された戦車(T-72など)がこのように市街地に残されている光景がよく見られます。
画像の詳細
戦車: 砲塔部分が露出しており、主砲が上を向いた状態で壁の向こう側にあります。
壁: 塗装が剥がれ落ちたピンク色の古い壁で、戦闘の痕跡や経年劣化が感じられます。
周囲の状況: 手前には標識などの支柱のような金属ポールが立っています。
このような戦車の残骸は、イラク戦争やリビア動乱などの戦場で多く確認されており、一部では劣化ウラン弾による破壊の痕跡や、それに伴う放射性物質の放置が問題視されています。 -
※この画像に写っているのは、ソビエト連邦が開発した中戦車T-54またはT-55、あるいはその派生型(中国の59式戦車など)です。
戦車の特徴と背景
モデル: T-54とT-55は非常に外観が似ており、世界で最も多く生産された戦車シリーズの一つとして知られています。
武装: 主砲には100mmライフル砲を搭載しており、砲塔には7.62mm同軸機銃や12.7mm対空機銃が装備されることが一般的です。
場所: 写真の背景や車両の状態から、中東地域の紛争に関連する展示物や遺棄車両である可能性が高いです。類似の車両は、クウェートやイラク、リビアなどの戦跡や記念碑として各地で見ることができます。 -
※この画像は、リビアで撮影された記念碑的な戦車、あるいは紛争の残骸として展示されている戦車です。この車両の特徴は以下の通りです。
車両の分類: 画像の形状から、旧ソ連設計のT-54またはT-55戦車、あるいはそれらの中国輸出モデルである69式戦車である可能性が高いです。
歴史的背景: リビア内戦期(2011年または2014年-2020年)において、様々な派閥がこのような戦車を使用しました。
用途: 現在は、紛争の記憶を留める場所やモニュメントとして屋外に展示されている車両です。 -
旧日本軍の戦車ではないけど、記念に一枚!
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バシールさんとも記念に一枚!
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シャッターおしちゃった?
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リビア動乱の記憶として残してるのかな?
※現状: 開発から80年以上経過していますが、一部の地域や軍事衝突では現在も使用されています。 -
戦車と砂漠とナツメヤシ、、、
※この画像は、砂漠の地域にある村の風景と、手前にある軍用車両(戦車)を撮影したものです。
場所の雰囲気: 乾いた土地、ヤシの木、白い建物が見え、中東や北アフリカのような地域を連想させます。
軍用車両: 画像右側には大きな戦車の側面が写っており、地域的な緊張や紛争の歴史を示唆している可能性があります。
詳細: 空は青く晴れ渡っており、車両は展示されているか、あるいは放置されている状態に見えます。 -
バドゥルさんが登った!
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※画像は、北アフリカのリビアにあるセブハ(Sabha)の風景、またはその周辺で撮影されたものと一致します。→セブハではないような、、、
画像の前景にはT-55戦車の一部(転輪や履帯、主砲など)が写っており、背後にはヤシの木、そして奥には砂漠地帯特有の古い街並みや要塞のような遺跡が見えます。
画像の詳細と背景
場所: リビアのセブハ(Sabha)は、サハラ砂漠の要衝であり、歴史的な遺跡や軍事的な遺構が点在しています。
戦車: 写っているのはソビエト連邦製のT-55戦車です。リビア内戦を含め、中東やアフリカの紛争地域で広く運用されてきました。
現状: 2025年後半から2026年現在にかけて、リビアを訪れる一部の旅行者がこのような軍事遺構を記録しています。ただし、現地の治安状況は依然として注意が必要であり、ガイドの同伴や特別な許可が求められる場合が多いようです。 -
※画像に写っているのは、中東や北アフリカで見られる紛争の残骸、あるいは記念碑の一部と思われる戦車です。特にリビアやイラクなどの紛争地域では、このように破壊された戦車や装甲車両がそのまま残されている光景がよく見られます。
画像の詳細と背景
戦車の残骸: 手前に写っているのは、キャタピラ(履帯)や転輪、そして天を向いた主砲の一部です。このような戦車の残骸は、湾岸戦争やリビア動乱などの戦闘の結果として各地に残っています。
周囲の風景: 背景には、白い石造りや泥レンガ造りの建物が並ぶ集落と、青い空、そしてナツメヤシの木が見えます。これは中東や北アフリカの乾燥した地域の典型的な景観です。
歴史的・政治的文脈: こうした場所は、過去の戦争の記憶を留める場所として、また時には軍事的な成果を誇示する展示物として存在している場合があります。例えば、レバノンにはヒズボラが運営する、イスラエル軍から奪った車両を展示する博物館などが存在します。 -
ありゃりゃ、バドゥルさん、バシールさん、いい大人が子供のようにはしゃいでる!自分も誘われたけど、、、
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ボーズも決めて、、、パチリ!
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で、腹減ったので昼飯!ただし、ここら辺には軽食屋さんしかないようで、ハンバーガー2つ、、、。
※画像にあるお店は、「Al Eslah Cafe(アル・イスラ・カフェ)」という、スポーツ・文化・社会交流を目的としたクラブに併設されたカフェのようです。
看板の記載内容
アラビア語の部分には、以下のように書かれています。
مقهى نادي الإصلاح (Al Eslah Club Cafe): イスラ・クラブ・カフェ
الرياضي الثقافي الاجتماعي: スポーツ・文化・社会(クラブの性質を表しています)
特徴
メニュー: 看板のイラストから、コーヒー(エスプレッソマシンが見えます)、お茶、ソフトドリンク(ペプシやセブンアップなど)を提供していることがわかります。
シンボル: 看板の左上にあるロゴは、北アフリカの先住民族ベルベル人(アマジグ)の旗や文化に関連するシンボル(ヤズ:ⵣ)を含んでおり、モロッコなどのマグリブ諸国に関連があるお店である可能性が高いです。
一息ついたり、地元の人々が交流したりするための地域に根ざした喫茶店のようです。 -
さて、あとは帰るだけ?
※この画像は、乾燥した地域における砂漠とオアシスの景色です。
オアシスの特徴: 地下水が湧き出る場所に形成され、ナツメヤシなどの植物が育つ緑豊かな場所です。
砂漠の風景: 乾燥した土色の大地と広大な空が特徴です。
地域性: このような景色は、サハラ砂漠などの乾燥地帯で見られます。 -
、、、帰るだけかと思ってたら、、、ガリヤンに!
※この画像は、チュニジア南部にあるベルベル人の伝統的な建築様式「クサール(Ksar)」や穴居住居を思わせる光景です。
この場所の特徴と背景
クサールと穴居住居: ベルベル人が外敵から逃れるために山の上や地下に築いたもので、穀物倉庫(ゴルファ)や住居として使われてきました。
天然の断熱材: 厚い壁と洞窟のような構造により、砂漠の過酷な暑さの中でも室内は非常に涼しく保たれています。
映画のロケ地: この独特な景観は映画『スター・ウォーズ』のロケ地としても有名で、惑星タトゥイーンの風景として使用されました。 -
でも着いたのはもう真っ暗になってから。電話して見学しようにも、もうダメみたい。せっかくなら見たかった!
※画像に写っている案内板は、リビアのガリヤン地区にある伝統的な地下住宅「オマル・ベル・ハジのトロログダイト」に関するものです。
歴史的な住宅: 1666年に建設され、数世紀にわたって地元の人々に使用されてきました。
文化遺産: 2021年6月29日に世界イスラム教育科学文化機関(ISESCO)の物質遺産リストに登録されました。
翻訳
ハッシュ・アル・ハファール
オマル・ベル・ハジの穴の家は、数世紀にわたって機能してきたガリヤン地域の伝統的な住宅建築モデルを表しており、1666年に掘られました。2021年6月29日、世界イスラム教育科学文化機関(ICESCO)の物質遺産リストに登録されました。
穴居住宅
ガリヤン地域の典型的な地下住宅であるオマル・ベル・ハジの穴居住宅。地元の人々によって数世紀にわたって使用されました。この家は1666年に遡ります。2021年6月29日、世界イスラム教育科学文化機関「ICESCO」の遺産リストに登録されました。 -
※この画像に写っている場所は、チュニジア南部にあるマトマタの穴居住居(洞窟住居)です。
❌ガリアンです、、、
この場所の特徴
ベルベル人の伝統的な住居: 北アフリカの先住民であるベルベル人が、厳しい日差しや急激な気候変化を避けるために造った独特の住居形態です。
構造: 地面に深さ7~8メートルほどの巨大な穴を掘り、その側面(壁面)に寝室、キッチン、リビング、倉庫などの部屋となる小さな横穴をいくつも掘って造られています。中央の大きな穴は、中庭や広場として利用されます。
映画のロケ地: SF映画『スター・ウォーズ』シリーズの撮影地として有名です。特に、主人公ルーク・スカイウォーカーの故郷「タトゥイーン星」の家のシーンなどがここで撮影されました。
観光について
現在も実際にベルベル人が生活している住居があるほか、観光客向けに中を見学させてくれる家や、洞窟住居をそのまま利用したホテル(例:ホテル・シディ・ドリス)として営業している場所もあります。 -
悔しいので写真だけ、、、
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ほら、もう真っ暗なんです。
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トリポリに戻ってきました。今夜のディナーはトルコ料理のレストラン。
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リビアではトルコ料理は一般的なようです。左にいるのはツーリストポリスのバシールさん。3人でご飯、、、。
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※画像には、様々なサラダや小鉢料理が並べられた食卓が写っています。
手前の赤い皿には、刻んだ野菜、オリーブ、ディップ類が含まれる前菜の盛り合わせ(メッゼなど)が見えます。
奥の白いボウルには、紫キャベツを含む新鮮なサラダが用意されています。
背景には白いカップのスープや、食事を楽しむ人々の様子が伺えます。
おそらくトルコ料理やギリシャ料理などの地中海料理店での食事の風景です。 -
で、頼んだのはシシカバブ。、、、途中で停電となり、、、。まだまだ安定した電力供給ではないようです。
※この料理は、トルコ料理の定番であるチキン・シシ(Tavuk Şiş)、またはシシ・タウークと呼ばれる鶏肉の串焼きをメインとしたプレートです。
プレートの内容
この一皿には、典型的なトルコ風の付け合わせが添えられています。
チキン・シシ: 一口大に切った鶏肉をスパイスでマリネし、串に刺して炭火などで香ばしく焼き上げたものです。
バターライス: トルコでは「ピラウ」と呼ばれ、バターやオイルで炒めたお米を炊き上げた、コクのあるご飯が一般的です。
フライドポテト: 多くのケバブプレートに添えられる定番のサイドメニューです。
グリル野菜: 焼きトマトや、細長い緑色のししとう(またはピーマン)のグリルが添えられており、彩りと風味を加えています。
この料理は中東や地中海沿岸地域で広く愛されており、国や地域によって呼び名やスパイスの配合が少しずつ異なりますが、基本的にはジューシーに焼き上げられた鶏肉を楽しむヘルシーでボリュームのある一皿です。 -
で、夜のトリポリ散策に、、、。
※この写真は、リビアの首都トリポリにある殉教者広場(Martyrs' Square)の夜景です。
背景に見える大きな歴史的建造物は、かつての王宮や博物館として知られるレッド・カッスル(アッサライ・アル・ハムラ)の一部です。
殉教者広場について
歴史: イタリア植民地時代に建設され、当時は「イタリア広場」と呼ばれていました。その後、カダフィ政権下では「緑の広場」という名称でしたが、2011年の内戦を経て現在の「殉教者広場」に改名されました。
役割: 市民の待ち合わせ場所や祝祭、集会の中心地として、トリポリで最も重要な公共スペースの一つです。
周囲の環境: 広場は旧市街(メディナ)への入り口に面しており、夜間は多くの家族連れや若者で賑わいます。 -
※この場所は、リビアの首都トリポリにある中心的な広場、殉教者広場(Martyrs' Square)です。
背景に見える歴史的な建造物は赤の城(Assaraya Alhamra / Red Castle)として知られる要塞で、内部にはリビア国立博物館があります。この広場は、かつてはカダフィ政権下で「緑の広場」と呼ばれていましたが、2011年の革命後に現在の名称に変更されました。
殉教者広場と赤の城のポイント
歴史的変遷: イタリア植民地時代には「イタリア広場」、独立後は「独立広場」と呼ばれてきました。
リビア国立博物館: 2011年の内戦以降閉鎖されていましたが、2025年12月に公式に再開されました。先史時代から独立までの約5000年にわたるリビアの歴史的遺産が展示されています。
街のハブ: 広場からは北アフリカ最長級の通りであるオマル・ムフタール通りなどが延びており、市民の集いの場や祝祭の会場として利用されています。 -
※この画像は、リビアの首都トリポリにある殉教者広場(Martyrs' Square、旧称:グリーンスクエア)を捉えたものです。
殉教者広場の特徴
場所: トリポリ旧市街(メディナ)の入り口に位置する広大な広場です。
シンボル: 広場の隣には「赤の城(Red Castle)」と呼ばれる歴史的な要塞(城砦)があります。
市民の憩いの場: 周辺にはカフェや銀行があり、馬車が走ったり、屋台が並んだりと、地元の人々や観光客が集まる場所として知られています。
夜の風景として撮影されたこの画像には、ライトアップされた建物や広場を行き交う人々の様子が映し出されています。 -
※この場所はリビアの首都トリポリにある殉教者広場(Martyrs' Square)です。
殉教者広場と周辺の特徴
この広場はトリポリの中心的な公共スペースであり、背後には歴史的なレッド・キャッスル(Assaraya al-Hamra / Red Castle Museum)が位置しています。
赤いオブジェ: 画像に見える赤い渦巻き模様の構造物は、2025年12月に開催されたリビア国立博物館(レッド・キャッスル内に所在)の再オープンを記念するイベントや展示に関連して設置されたものです。
歴史的背景: この広場はかつて「グリーン・スクエア」と呼ばれていましたが、2011年の革命後に現在の名称に変更されました。
イベント: 地元の人々が集まる場所として親しまれており、リビアのスカウト活動の記念行事など、様々な文化的・祝祭的なイベントが開催されます。 -
だんだん人々が集まってきました。
そういえば、アルジェリアのアルジェでも、イラクのアルビールでも、暑い国は夜が人々の活動時間でした、、、 -
※画像に映っている場所は、リビアの首都トリポリにある殉教者広場(Martyrs' Square)周辺である可能性が非常に高いです。
場所の特徴と詳細
場所の名前: 殉教者広場(Martyrs' Square)、以前はグリーンスクエア(Green Square)とも呼ばれていました。
所在地: リビア、トリポリ。
景観: 画像には、夜の広場を彩るヤシの木や、特徴的な複数のアーチを持つ歴史的な建物が映っています。この広場は旧市街の入り口に位置し、周辺にはカフェ、銀行、地元の政府機関などが立ち並んでいます。
雰囲気: 夜になるとライトアップされ、地元の人々や観光客が集まる公共スペースとして機能しています。 -
ここはリビアの首都トリポリ!平和でした。
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なんか出店見たいのもあるみたい。
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こんなゲームまで、、、平和じゃないですか!
※この画像に写っている製品は、屋外に設置されたアーケードゲーム機(ルーレットゲーム)です。
機能: 中央のホイールを回して遊ぶタイプのゲーム機です。
特徴: 上部にライトアップ機能付きの大型ディスプレイがあり、夜間でも目立ちます。
設置場所: 公共の広場や歩行者専用道路などに設置されることが多い製品です。 -
※この画像は、リビアの首都トリポリにある重要な歴史的建造物「アッ・サラーイ・ル・ハムラ城(Red Castle of Tripoli)」です。
歴史: 紀元前2世紀のローマ時代の公衆浴場跡に、644年にアラブ人が要塞を築いたのが始まりとされています。
名前の由来: 16世紀に聖ヨハネ騎士団によって城壁が赤く塗られたことから「赤い城」と呼ばれています。
現在の役割: 城内の一部は「アッ・サラーイ・ル・ハムラ博物館(ジャマヒリーヤ博物館)」として一般公開されています。
ロケーション: 市の中心部にある殉教者広場に隣接しており、周辺にはレストランやショップが多くあります。 -
※この画像は、リビアの首都であるトリポリの街並みです。
リビアの北西部に位置する、地中海に面した港町です。
歴史と文化が融合した都市で、古代ローマの遺跡やトリポリ城などが有名です。
リビアの政治と経済の中心地として発展しています。
この写真は、夜のトリポリの美しい景色をとらえたものです。 -
※画像に写っている場所は、リビアの首都トリポリにある、有名な歴史的建造物赤壁城(アッ=サラーヤ・アル=ハムラー / Red Castle)と、その前に広がる殉教者広場(Martyrs' Square)です。
この場所に関する主な特徴は以下の通りです:
赤壁城(Tripoli Citadel): ローマ時代にまで遡る非常に古い歴史を持つ城塞で、トリポリの旧市街の入り口に位置しています。現在はリビア ジャマヒリヤ博物館(トリポリ博物館)として、古代から現代に至るまでのリビアの貴重な遺産が展示されています。
殉教者広場(Martyrs' Square): かつてはグリーンスクエア(Green Square)と呼ばれていた、市民が集う広場です。夜間にはライトアップされ、多くの人々が散策や交流を楽しむ場所となっています。
周辺環境: 地中海に面した港町の一部であり、近くには旧市街(メディナ)の入り口や、伝統的な市場(スーク)、カフェなどが立ち並んでいます。 -
※この画像は、リビアの首都トリポリにある「アッ・サラーイ・ル・ハムラ城(通称:赤い城)」です。
起源: 7世紀半ばにアラブ人によって築かれた要塞に起源を持ちます。
名前の由来: 16世紀の聖ヨハネ騎士団による増築時に壁が赤く塗られたことから「赤い城」と呼ばれています。
現在の用途: 城の一部は「レッド・キャッスル博物館」として一般公開されており、古代ローマ時代のモザイクや展示物を見ることができます。
場所: トリポリの旧市街の中心に位置し、観光スポットとなっています。 -
ほら、たくさんの人が集まってる!ゴーカートもありますよ!
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※この画像に写っている特徴的な赤い渦巻き状のデザインを施した構造体は、リビアの首都トリポリにある殉教者広場(Martyrs' Square)に設置されたインスタレーション(またはモニュメント)の一部であると考えられます。
この場所に関する主な情報は以下の通りです。
場所: リビア、トリポリの殉教者広場。
用途・イベント: この構造体は、夜間にライトアップされるなど、街の装飾やイベントの一環として使用されている様子が報告されています。
デザイン: 赤い金属製のような素材で、同心円状のパターンが施された背の高いパネルが特徴です。 -
地元のご家族が楽しそうにお散歩してたので、許可もらって写真を1枚パチリ!
※この画像は、夜間に屋外の広場にいる家族の様子を示しています。
背景に見える国旗から、リビアで撮影された写真である可能性が高いです。
男性が伝統的な衣装であるカフタン(タウブ)を着用しています。
周囲にはヤシの木や現代的な建築構造物が見えます。 -
※この画像は、リビアの首都トリポリにある殉教者広場(Martyrs' Square)を写したものです。
ランドマークの詳細
画像に見える主な特徴は以下の通りです:
高い柱のモニュメント: 広場には背の高い柱があり、その頂上には騎馬像が設置されています。かつてイタリア植民地時代には「イタリア広場」、カダフィ政権下では「緑の広場」と呼ばれていました。
赤い波状の構造物: 画像の右側に見える赤い網目状の構造物は、2025年12月に再オープンしたリビア国立博物館(別名:赤の城、Assaraya Alhamra)の周辺にある現代的なアートインスタレーション、または博物館の再建プロジェクトに関連する展示の一部です。このエリアは近年、歴史的遺産の修復と現代的な都市再生が組み合わさった場所として注目されています。
リビア国立博物館: 背後(または隣接する位置)には、リビアの歴史を先史時代から現代まで紹介する主要なランドマークである「赤の城(Red Castle)」があります。
この広場は、リビアの政治的・文化的な中心地として知られています。 -
※この画像は、リビアの首都トリポリにあるアッ・サラーイ・ル・ハムラ城(赤い城)の夜景です。
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記念に1枚撮ってもらいました!
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ゴーカートで遊ぶ子供たち、、、平和です!
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たぶん日本の人たちは、リビアで撮った写真とは思わないでしょうね。
レベル4の危険地帯ですから、、、 -
※この場所は、リビアの首都トリポリにあるレッド・キャッスル(赤の城)国立博物館の正面広場です。
背後に見える特徴的な赤い同心円模様のタワーは、2025年12月12日に行われた博物館のリニューアルオープンに合わせて設置された現代的なモニュメントです。
施設の概要と特徴
場所: トリポリ中心部の歴史的な城塞「レッド・キャッスル(サラヤ・アル・ハムラ)」内に位置しています。
歴史的背景: 博物館は長期間の閉鎖を経て、2025年末に公式に再開されました。式典にはリビアの首相も出席し、国の文化復興の象徴として祝われました。
展示内容: 館内には、古代リビアの歴史を伝える貴重な彫像や遺物が展示されています。
夜間の景観: 写真のように、夜間はタワーや周辺がライトアップされ、現代アートと歴史的建造物が融合した独特の雰囲気を持つ公共スペースとなっています。 -
こんな乗り物め、、、。
※この画像の中央に写っている乗り物は、映画に登場する「バットポッド」に似たトライク(三輪自動車)です。
日本、特に千葉県では、バットマンのコスチュームを着てこのようなトライクを運転する「チバットマン」として知られる人物が有名です。この乗り物に関する詳細は以下の通りです。
乗り物の特徴と法規制
車両区分: このような三輪の乗り物は「トライク」と呼ばれ、日本の法律上は普通自動車とみなされます。
免許: 普通自動車免許で運転が可能です。
ヘルメット: 普通自動車扱いのため、公道での走行時にヘルメットを着用する法的義務はありません。
デザイン: 映画『ダークナイト』シリーズに登場するバットマンのバイク「バットポッド」をモデルにした特注品や、高いクオリティで自作されたものが見られます。
夜間の広場に多くのバイクや人々が集まっている様子は、ライダー同士が交流する「ナイトライダーミーティング」のようなイベントの場面である可能性が高いです。 -
貸し出して商売してるのかな?
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リビアの国旗が翻ってます!
※この画像は、リビアの首都トリポリにある「殉教者広場(Martyrs' Square)」の夜の様子です。
リビアの国旗が掲げられています。
広場にはライトアップされたモニュメントや、ペデストリアンゾーン(歩行者空間)が整備されています。
かつてのカダフィ政権時代には「緑の広場」と呼ばれていましたが、2011年の革命以降に現在の名称に変更されました。
この周辺には、博物館になっている「赤い城(Red Castle)」などのランドマークがあります。 -
夜のトリポリ!きれいです!
そうそう、たしかここで、バシールさんとバドゥルさんに日本の東京の写真(先日訪れた皇居)を見せたんだっけ!
「ゴミがおちてない!きれいだ!」、、、日本を気に入ってくれました。ただ、日本のエンペラー(天皇陛下)は知らなかった。けっこう外国の方、日本の皇室知らないんですよね。戦争に敗れて廃止されたと思っている、、、。 -
ライトアップが美しい!
※この画像に写っているのは、リビアの首都トリポリにある「アッ・サラーイ・ル・ハムラ城(通称:レッド・キャッスル)」です。
この城の内部には、リビア国内で最大規模の「ジャマヒリーヤ博物館」があります。
古代フェニキア、ローマ、ギリシャ時代の文化財や、石油に関する展示が行われています。
ライトアップされた夜の城の様子です。 -
改めて、、カダフィ時代の国旗ではない、今の国旗!
※この画像は、北アフリカに位置するリビア国の国旗です。
現在の国旗: 2011年に採用されたもので、赤・黒・緑の横三色旗の中央に白い三日月と星が配されています。
各色の意味: 黒はキレナイカ地方、赤はフェザーン地方、緑はトリポリタニア地方を象徴しています。
象徴: 赤は剣と力、黒は闘争、緑は草原とイスラム教、そして白の三日月と星はイスラム教の象徴です。
歴史: 1951年から1969年の王政期に使用されていたデザインが復活したものです。 -
※翻訳
広場。
この記念碑は、この国の平和を記録するために建てられました。私たちの愛する人々が独立のために戦った功績を称えます。彼らは真の平和のために戦い、殉教しました。 -
※この画像に写っている場所は、リビアの首都トリポリにある殉教者広場(旧称:緑の広場)と、そこに隣接する赤壁城(アッ=サライ・アル=ハムラ、Red Castle)です。
この場所の主な特徴
殉教者広場 (Martyrs' Square): トリポリの中心部に位置する広大な公共広場で、市民の憩いの場やイベント会場として利用されています。夜間にはライトアップされ、多くの人々が集まります。
赤壁城 (Red Castle / Assaraya al-Hamra): 広場に面して建つ歴史的な城塞で、その中にはリビア国立博物館(ジャマヒリーヤ博物館)が入っています。この城はトリポリを象徴する歴史的建造物の一つです。
現在の様子: 2025年末には、14年間の閉鎖を経て国立博物館が再オープンしたことが報告されています。画像では、城壁がカラフルな光でライトアップされており、広場ではクワッドバイク(四輪バギー)に乗る人々など、賑やかな夜の風景が見て取れます。 -
ここで、お馬さんにも乗れるみたい!
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※この画像は、リビアの首都トリポリ(Tripoli)にある旧市街(メディナ)周辺の風景である可能性があります。
画像に見られる特徴的な要素(ヤシの木、石造りの城壁、街灯、噴水のような構造物)は、トリポリの主要な観光スポットである殉教者広場(Martyrs' Square)やサラ・アル・ハムラ(赤い城塞)付近の景観と一致します。
主な特徴と周辺スポット
ヤシの木と城壁: トリポリの旧市街周辺には、歴史的な城壁とヤシの木が並ぶエリアが多く見られます。
ライトアップ: 夜間には建物や樹木が赤やオレンジなどの色でライトアップされ、幻想的な雰囲気になります。
歴史的背景: このエリアはローマ時代の遺跡やオスマン帝国時代の建物が混在しており、世界遺産にも登録されている歴史的に重要な場所です。 -
なんか、あまりに想像してなかったトリポリの風景に、ついつい写真を撮ってしまいます!
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馬車にも乗れるみたい!
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子供たちもお馬さんをなでなで、、、
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平和がいいね!思うに、カダフィ時代もリビアは平和だったはず(日本人も地球の歩き方リビア編が出版されるほど、たくさん観光客が訪れていた)、、、。それが、時代に流されカダフィ大佐を殺害。それからリビアは大混乱となってしまった。
(自分が思うところ)
そうそう、ありきたりですが、バドゥルさんにカダフィ大佐について聞いてみました。
「リビアの人はカダフィ大佐のこと、どう思ってるの?」
たぶんバドゥルさんが子供だった時だから、記憶にないとは思うけど、、、。
「悪い人だったと言う人もいる。いや、いい人だったと言う人もいる、、、」そう答えてくれました。どう後世評価されるかはまだまだ先のようです。たしかに、日本も同じだ、、、。 -
姉妹2人で、ブッブー!かわいいね!
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※この画像は、男性が飼っているガゼル(Gazella bennettii)の様子です。
動物: ガゼル(Gazella bennettii)
状況: 男性がガゼルの世話をしている、または一緒にいる場面です。 -
※この画像は、街中の公共スペースでガゼルが飼われている、あるいは展示されている様子を撮影したものです。
動物: ガゼルはウシ科の哺乳類で、細い角と速い走りが特徴です。
環境: 画像のガゼルは、人工的な芝生マットの上に繋がれているように見えます。
状況: 人々が座っている椅子の近くに動物がいることから、何らかの動物とのふれあい展示や撮影スポットの可能性があります。 -
現在、22時20分!
※画像に写っている建物は、リビアのトリポリにあるジュムフーリヤ銀行(Jumhouria Bank)の本店です。
ジュムフーリヤ銀行はリビアの主要な銀行の一つであり、国内に多くの支店ネットワークを持っています。
この建物は、独自の建築スタイルと時計塔が特徴的です。
銀行は企業向けバンキングやグローバルな取引などの金融サービスを提供しています。 -
夜の散歩も終わり、ホテルに戻ります!車で戻ってもいいんですが、歩いて帰りたい!とのリクエストに、バシールさん、付き合ってくれました。
※名称の変遷
この広場はリビアの歴史を反映し、時代とともに名称が変わってきました。
イタリア植民地時代: ピアッツァ・イタリア(イタリア広場)
王政時代: 独立広場
カダフィ政権時代: 緑の広場
2011年革命後: 殉教者広場 -
まだ、いくつかお店も開いているようです。
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夜のトリポリ、、、危険なにおいは全くしない、、、。
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でっかい高級車もありますね。
※この画像は、夜の街並みに停まるトヨタのピックアップトラック、タンドラを示しています。
車両: 画像に映っているのはトヨタのフルサイズピックアップトラック、タンドラです。
特徴: 全長が約6mに達する非常に大きなボディサイズが特徴です。
販売: 日本国内では正規販売されておらず、主にアメリカで販売されており、輸入業者を通じて購入されることが多い車両です。
背景: 街路灯や夜の街並みが確認でき、都市部の道路沿いでの様子です。 -
リビアにも教会あるんですね!
※この画像は、リビアのトリポリにあるマドンナ・デッラ・グアルディア教会(Church of Madonna della Guardia)を夜間に撮影したものです。
この教会は、トリポリにおけるカトリックの歴史的な拠点の1つです。
夜間にはライトアップされ、その特徴的な建築が美しく浮かび上がります。
周辺は住宅や他の建物に囲まれており、地元のランドマークとなっています。
リビアの首都トリポリの文化的な多様性を表す建築物です。 -
※※マドンナ・チェッラ教会について
リビアはイスラム教徒が大多数を占める国ですが、この教会はトリポリにおけるキリスト教やカトリック信仰の象徴的な建物の一つとなっています。
歴史的背景: リビアはかつてイタリアの植民地(1911年~1945年)であった歴史があり、その影響でトリポリにはイタリア風の建築物やキリスト教関連の施設が点在しています。
建築の特徴: 正面にある大きな円窓(バラ窓)や、赤みを帯びたレンガ調のファサードが特徴的な建築様式です。
場所: トリポリの旧市街(メディナ)周辺に位置しており、街の歴史的・文化的な景観の一部となっています。
リビアは2011年の政変以降、政治的に不安定な時期が続いていますが、こうした歴史的建造物は街の多様な文化遺産を今に伝えています。 -
※この写真は、リビアの首都トリポリにある、かつてイタリア人街として知られたエリアの「12月24日通り(旧称:9月1日通り)」で撮影されたものです。
場所の詳細
都市: リビア、トリポリ
通り名: 12月24日通り(24th of December Street)
この名前はリビアの独立記念日にちなんでいます。
特徴: 白いコロニアル様式の建築物が立ち並ぶ、ヨーロッパ風の美しい街並みが特徴です。 -
公園もちゃんと整備されてますね!
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街灯も、、、。レベル4のハイチみたいに真っ暗なのかな?と思ってましたが、違いました!
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バシールさん、こんなおやじに付き合ってくれてありがとう!
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で、ホテルに着きました。最後はリビア1番のメイン、レプティス・マグナ観光です。、、、
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