2025/12/31 - 2026/01/01
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kasekunさん
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昨年に引き続き、今年もチュニジアへ。ただ、昨年はアルジェリアから国境越えて、ミニバスでチュニスに向かい、翌日、イタリア行きのフェリーに乗船しただけなので、実質今回が初めてのチュニジア訪問となる。
入国審査官にパスポート見せたら、、、「昨年も来ましたね!」と笑みが返された、、、。チュニジア好きと思われたのかもしれない。
最終目的地はリビアなんだけど、、。
チュニジア、、、なんか気に入りました。やはり、アラブ諸国って、自分とけっこううまが合うのかもしれません。(自分の見た目は現地の方に近いので、、、今回も何度も現地の方に道を聞かれた。)
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12/31 カイロ03:15ーチュニス05:25 チュニスエア TU814
早朝6時頃チュニス到着。入国審査官にパスポート出したら、昨年もチュニジア来てることがわかったみたいで、笑顔で迎えられる。
で、100ユーロと1万円程両替し、チュニジアディナールゲット!たしか、1ディナールは約55円。
歩き方も持ってなく、事前調査もそれ程していなく、空港から町までどうやって行こうか迷って空港を出ると、、、目の前にバスが、、、。
ドライバーに、「このバス、町に行きますか?」と聞いてみると、、、。チュニジア、なかなかいいじゃん!
バス代1チュニジアディナール(55円)
※調べたら、635番バスのようです。
※AI に尋ねたら、、、
バス
特徴: 635番のバスが市内のTGMチュニスマリン駅近くへ運行しています。
乗り場: 空港ターミナルを出て駐車場を過ぎた先などで、最新情報では徒歩3分ほどで見つかります。 -
8キロ程走ってあっというまにチュニス中心部へ到着!
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目の前は花屋さんがずらーっと!そうそうここ、昨年もたしかに花屋さんが並んでた!
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腹が減ったので、目の前のパン屋さん?で揚げたてのこれを頂く。地元の方もこれ大好きみたい!
※これはスフィンズという伝統的な揚げパン料理と考えられます。
料理の概要
地域: スフィンズは主にリビアやその他の北アフリカ諸国で親しまれている料理です。
特徴: 伝統的な揚げパンで、ふわふわとした弾力のある食感が特徴です。朝食やラマダン期間中の断食明けによく食べられます。
食べ方: 甘い味付け(蜂蜜など)と塩味の味付け(卵やチーズ、ハリッサなど)の両方で提供されることがあります。
調べたらこれ、スフィンズというらしい。、、、覚えておこう! -
エスプレッソも頼んで、、、。
※画像はカフェで提供されているエスプレッソです。エスプレッソはイタリア発祥のコーヒー抽出方法で、以下の特徴があります。
深煎りで微細に挽いたコーヒー豆を、高圧(9~10気圧程度)の熱湯で短時間で抽出します。
通常のドリップコーヒーよりも濃厚な味わいと、表面に浮かぶきめ細かい泡(クレマ)が特徴です。
「急行、急速に」や「特別に、注文ごとに」といったイタリア語が語源とされています。
画像で使用されているグラスは、フランスの強化ガラス製品ブランド「デュラレックス」の「ジゴン」シリーズの可能性があり、カフェやレストランで広く利用されています。 -
さて、早いですが、今夜の予約したホテルへてくてく行きます。ホテルは昨年も泊まったHôtel Ayachi。
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んー、昨年もたしかにここにきた!
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でっかい教会!
※この建物は、チュニジアの首都チュニスにある聖ヴァンサン・ド・ポール大聖堂です。
独立広場の北側に面して建っており、西欧的な街並みに調和しています。
ヨーロッパ的な建築様式にアラビア風の要素が加わった独特なファサード(建物の正面)が特徴です。
ヨーロッパ風の新市街とアラビア風の旧市街(メディナ)を象徴する存在とされています。
カトリックの教会堂です。 -
そうそう昨年もここから入った!
※画像はチュニジアの首都チュニスにある歴史的な門、「バブ・エル・バハル(Bab El Bhar)」、別名「フランス門(Porte de France)」です。この門は「海の門」という意味を持ち、ユネスコ世界遺産に登録されている歴史的なメディナ(旧市街)と、フランス統治時代に築かれた新市街を分ける象徴的な境界線となっています。
歴史: 最初の門は9世紀から10世紀のアグラブ朝時代に建設されましたが、現在の姿は1860年に再建されたものです。
デザイン: 高さ約8メートルの独立した石造りのアーチ型で、上部には銃眼付きの胸壁(パラペット)が備わっています。
役割: 観光客にとってメディナへの主要な入り口となっており、門をくぐると迷路のような旧市街の景色が広がります。 -
そしてここがホテルアヤチ!
※画像に写っているのは、チュニジアの首都チュニスの旧市街(メディナ)にあるオテル・アヤチ(Hôtel Ayachi)です。伝統的な装飾が施された3つ星のイン(小規模な宿)として運営されています。
施設情報
所在地: 3 Rue Sidi Abdelhak, Bayen 1006 Tunis, Tunisia
特徴: チュニジアの伝統的なスタイルを取り入れた建物で、シディ・マレズ・モスクなどの主要な観光スポットまで徒歩数分という便利な立地にあります。
客室: シングル、ダブル、ファミリー向けなど約24~32室があり、一部の部屋にはバルコニーやエアコンが備わっています。
主な設備: 無料Wi-Fi、テラス、共用ラウンジ、フロント24時間対応、荷物預かり。
評価と注意点
バックパッカーなどの予算重視の旅行者に利用されていますが、利用者の評価は分かれています。
ポジティブ: 宿泊料金が非常に安く、立地が良いこと、近くに飲食店が多い点などが評価されています。
ネガティブ: 清潔さ、設備(エアコンやトイレの状態)、接客面において厳しい不満の声が多く寄せられています。
安く寝るだけなら、ここで十分!
あとは、チェックインまで、コンセント買いに行ったり(電源コンセントを持っていくのを忘れて)、おやつ買いに行ったり、、、。この日はホテルでゆっくりしました。夕飯も食わんかった?写真がない!
※自分のクチコミより、、、
「で、7時に無事チュニス到着。前回は陸路でアルジェリアから来て、次の日すぐイタリアに向かったので、ほとんどチュニジアは見ていない。今回は5日間、チュニジアを回る、、、そしてリビアへ、、、。
空港からは空港目の前にチュニス行きのバスがあった!大変便利!タクシーに誘われたけど、断ってよかった。バス代1チュニジアディナール(55円)このバス、町の中心まで行ってくれた。そこから、前回も泊まったホテルアヤチへ20分程てくてく、、、。
まだ、チェックインできないので、この時間で投稿中、、、。今日は休んでちょっとだけ町ぶらぶらの予定、、、。」 -
1/1 元旦です。
この日はカルタゴ、シディブーサイドへ。
まずは朝飯。駅に向かう途中あった小さなレストラン。開店したばかりのお店で、がっつり食おうと(昨夜の夕飯くってない?)、お店に飾られてた写真から、指差し注文!客は自分だけだったけど、、、
うめー!シーフードのエビいりソース?なんていう料理かはしらないけど、これ、ホントにうまかった!元旦からついてる!1000円程、、、 -
フレッシュなオレンジジュースも飲んで、、、。
チュニジアは果物も豊富、、、この旅でビタミンc補給中、、、。 -
てくてくてくてく、カルタゴ行きの列車が出るTunis Marine駅へ、、、。
※この画像は、チュニジアの首都チュニスにあるサン・ヴァンサン・ド・ポール大聖堂と、ハビブ・ブルギバ通り周辺の新市街の様子を捉えたものです。
チュニスは、地中海に面した北アフリカの主要都市です。
この街は、13世紀にイスラム都市として栄えたメディナ(旧市街)と、フランス保護領時代に建設されたヨーロッパ風の新市街の二つの顔を持っています。
大聖堂が位置するハビブ・ブルギバ通りは、パリを思わせる近代的なエリアです。
チュニスは、北アフリカにおける重要な政治・経済の中心地として発展を続けています。
※チュニスマリン駅からのスケジュール
https://www.transtu.tn/uploads/FCK_files/M%C3%A9troTGMEt%C3%A925.jpg
よくわからんけど、、、 -
定番の、、、。
※この写真は、チュニジアの首都チュニスにある独立広場(Place de L'Independance)で、「I Love Tunis」の看板の前で撮られた瞬間を捉えています。
この看板は、チュニスを訪れる観光客に人気の写真スポットです。
独立広場は、チュニスの中心部に位置し、市の主要な通りであるハビブ・ブルギバ通りに面しています。
広場周辺には、歴史的な建物やカフェ、ショップなどが立ち並び、常に賑わっています。
チュニスは、アラブ、アフリカ、地中海ヨーロッパの雰囲気が融合した魅力的な都市です。 -
お天気良くて何より!
※この画像は、チュニジアの首都チュニスにあるハビブ・ブルギバ通り(Avenue Habib Bourguiba)の時計塔と噴水が朝日を浴びている瞬間を捉えたものです。 -
で、、、チュニス・マリン駅到着!
※この画像は、チュニジアの首都チュニスにあるチュニス・マリン駅を示しています。
この駅は、チュニスと郊外を結ぶ重要な交通拠点です。
駅舎にはチュニジアの国旗と同じ赤と白の円形デザインが見られます。
駅前には黄色いタクシーが停車しており、活気ある街の様子を伝えています。
駅名の看板はフランス語とアラビア語で併記されています。
が、、、なんとしたことか!切符売り場に行くと、列車は走ってないとのこと!バスで行きなさいだって!
列車たのしみにしてたのに残念!で、仕方ないバスで行こうと乗り込んだら、チケット買ってきて!だって! さっきの売り場に逆戻り、、、。
「チュニス-グレット-マルサ (TGM) は、長さ19 kmの、1,435 mm (4 ft 8 1⁄2 in) 標準軌のライトレールで、首都チュニスとラ・グレットをラ・マルサを経由して結んでいる。
TGMは、チュニジアで最初の鉄道であり、1872年に完成した。1905年以来TGMとして知られている。これは、チュニス地域の交通システムの一部で、Société des transports de Tunis (Transtu) が経営するチュニスのライトレールである。Transtuは、Société du métro léger de Tunis (SMLT、1981年設立) とSociété nationale de transports (SNT、1963年設立) が合併し、2003年に設立された。」ウィキより
→元旦は休みなのかなあ?TGM、乗りたかった! -
同じ所でバスのチケットも売ってるなんて、最初から教えてほしかった!
これがバスチケット!
※チュニジアの首都チュニスの公共交通機関(TRINSTU)の乗車券です。チケット番号や利用案内が記載されています。
発行元: チュニス交通局 (TRINSTU)
チケット番号: N° 254149
利用案内: 降車までチケットを保管するよう記載されています。
カルタゴまで1ディナール! -
自分はCarthage Dermechという所で下車。The Carthage Early Christian Museumにまずは行こうと、、、。でも入れず、、、写真だけぱちり!
※この画像は、チュニジアのカルタゴにあるディドン地区(Quartier Didon)の考古学遺跡を示しています。遺跡の概要
名称: ディドン地区(Quartier Didon、またはDidon archaeological site)。
場所: チュニジアのカルタゴ、イブン・シャバート通り(Rue Ibn Chabâat)に位置しています。
歴史的背景: この遺跡には、紀元前7世紀から紀元後にかけてのポエニ(フェニキア)時代およびローマ時代の遺構が重なり合って残っています。
主な特徴:
古代カルタゴの中心部であったピュルサの丘の近くに位置しています。
発掘調査により、ポエニ時代の住宅や防壁、さらにはその上に築かれたローマ時代のテラス壁などが確認されています。
2014年から2017年にかけて整備され、現在は考古学公園として一般公開されています。
画像に見える説明パネルは、この地区の歴史的変遷や発掘された遺構の詳細を解説しているものです。 -
カルタゴ遺跡到着!観光客がたくさん来てます!
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カルタゴ遺跡!
※この画像は、チュニジアにある古代ローマ時代の遺跡、アントニヌスの大浴場跡です。
この大浴場は、ローマ帝国第15代皇帝アントニヌス・ピウスによって建設されました。
地中海に面したカルタゴ遺跡群の一部であり、1979年にユネスコ世界遺産に登録されています。
現存するのは主に基礎部分や柱の残骸ですが、かつては巨大な公共浴場でした。
広大な敷地からは、当時の建築技術の高さと規模の大きさをうかがい知ることができます。 -
※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にあるカルタゴ遺跡の様子を捉えたものです。この遺跡は、かつて地中海貿易で栄えた古代都市カルタゴの中心地であり、現在ではユネスコの世界遺産に登録されています。
カルタゴは紀元前9世紀にフェニキア人によって建設された植民都市です。
地中海の西部における海上交易を支配し、強大な経済力と軍事力を誇りました。
イタリア半島を統一し勢力を拡大するローマ帝国と対峙し、ポエニ戦争で争いました。
最終的にローマ軍によって徹底的に破壊され、滅亡しました。 -
一服しながら小休止。
※この画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴ遺跡にあるアントニヌスの共同浴場(アントニヌス浴場)の遺跡です。
遺跡の概要
場所: チュニジアの首都チュニスの北東、地中海に面した場所に位置しています。
特徴: 2世紀にローマ皇帝アントニヌス・ピウスによって建設された、当時アフリカ最大級、世界でも有数の規模を誇ったローマ式の公共浴場です。
見どころ: 画像中央に見える高い柱は、かつての大広間を支えていたもので、高さが20メートル以上に達するものもありました。現在は土台部分が主に残っていますが、往時の巨大な建物の構造を体感できる貴重な遺跡として世界遺産に登録されています。
地中海を望む絶好のロケーションにあり、海風を感じながら古代ローマの歴史に触れることができる人気の観光スポットです。 -
※アントニヌス浴場は、ローマ帝国時代に建設された巨大な浴場複合施設の一部でした。
現在、浴場の大部分は廃墟となっていますが、その規模の大きさから当時のローマ文化の壮大さを感じさせます。
遺跡は地中海に面したカルタゴ考古学遺跡群の一部として、ユネスコの世界遺産に登録されています。
残された柱や壁の一部は、当時の建築技術の高さを今に伝えています。 -
ここが大浴場だった、、、んー、なかなか想像できない、、、
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※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にある、古代カルタゴの考古遺跡の一部を捉えたものです。
カルタゴは、紀元前6世紀から後2世紀にかけて栄えたフェニキア人によって建設された古代都市国家です。
地中海の交易で覇権を握り、強大なローマ帝国と対立しました。
ポエニ戦争と呼ばれる3度にわたる戦いの末、徹底的に破壊されました。
その後、ローマ時代のアフリカ属州の首都として再建され、古代における重要な商業帝国の役割を果たしました。 -
※この浴場は、ローマ帝国が築いた浴場の中でもローマのカラカラ浴場やディオクレティアヌス浴場に次ぐ規模を誇り、イタリア半島外のローマ浴場としては最大でした。
7世紀に放棄されるまで使用されていました。
カルタゴ遺跡は、チュニジアにある複数の世界遺産の一つです。
現在、円柱や石積みの壁の残骸が広範囲に残されています。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴにあるアントニヌス浴場跡で見つかった、古代ローマ時代の柱頭(ちゅうとう)の彫刻です。
主な特徴
場所: チュニジア、北アフリカにある古代カルタゴ文明の首都、カルタゴの遺跡に位置しています。
年代: この彫刻が残るアントニヌス浴場は、紀元2世紀(西暦145年~162年頃)に皇帝アントニヌス・ピウスの時代に建設されました。
デザイン: 渦巻き状の装飾(ボリュート)とアカンサスの葉をモチーフにした装飾が組み合わされており、これはローマ建築でよく用いられる「コンポジット式(合成式)」あるいは「コリント式」の柱頭の影響を強く受けています。
歴史的背景: 当時、ローマ帝国最大級の浴場の一つであったアントニヌス浴場の一部であり、当時の高度な彫刻技術と建築の豪華さを今に伝えています。 -
※画像は、チュニジアの世界遺産であるカルタゴ遺跡の一部を捉えています。
カルタゴは、かつて地中海貿易で栄えた古代フェニキア人の都市国家でした。
ポエニ戦争で共和政ローマと争い、最終的に滅ぼされました。
現在見られる遺跡の多くは、ローマ帝国時代に再建されたものです。
チュニスの郊外に位置し、多くの観光客が訪れる代表的な観光地です。 -
今は朝だから太陽のある方が東、、、、、
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※カルタゴは、かつて地中海貿易で栄えた古代フェニキア人の都市国家でした。
古代ローマとのポエニ戦争で激しい戦いの舞台となり、最終的にローマ帝国に滅ぼされました。
現在、遺跡はチュニジアの首都チュニス近郊に位置し、ユネスコの世界遺産に登録されています。
画像に見られるような石柱や建物の残骸は、古代ローマ時代の浴場や公共施設の跡と考えられています。 -
※この画像は、チュニジアのカルタゴにある「アントニヌスの共同浴場 (Baths of Antoninus)」の遺構です。
主な特徴と背景
歴史的背景: ローマ帝国第15代皇帝アントニヌス・ピウスの治世下、西暦145年から162年にかけて建設されました。
規模: 当時は北アフリカで最大、ローマ帝国全体でもローマ市内のカラカラ浴場、ディオクレティアヌス浴場に次ぐ、世界で3番目の規模を誇る広大な公共浴場でした。
構造: 現在地上に見えているアーチ型の構造物の多くは、かつての浴場の地下部分(サウナの熱気や排水のための空間)にあたります。地上にはかつて巨大な大理石の柱や華やかな装飾が施された浴場棟が建っていました。 -
※この公衆浴場は、アフリカ属州のカルタゴに造られました。
建物の総面積は35,000平方メートル、長辺の長さは200メートルに達し、属州内では最大規模でした。
ローマ帝国全体でも、ローマにあるカラカラ浴場やディオクレティアヌス浴場に次ぐ第3位の規模を誇りました。
ローマ時代の後も使用されていましたが、7世紀にウマイヤ朝が進出すると放棄されました。 -
※施設: 当時は地中海に面した広大な敷地に、風呂やサウナ、更衣室、プールなどの多様な施設を備えていました。
現在の姿: 現在目にすることができるのは、主に地階(下部構造)の遺構です。画像に見える石柱は当時の規模を想像させるために再建されたもので、高いものは15メートル以上に達します。 -
※チュニジアにある世界遺産、カルタゴの考古遺跡の一部であるアントニヌス浴場(アントニヌス帝の共同浴場)です。
概要
この遺跡は、2世紀(西暦145年~162年頃)にローマ皇帝アントニヌス・ピウスの統治下で完成しました。北アフリカで最大、当時のローマ帝国全体でも最大級の規模を誇った公衆浴場です。
主な特徴
巨大な構造: かつては高さ約40メートル(約8階建てのビルに相当)、長さ200メートルを超える壮大な建物でした。
高度なエンジニアリング: 海沿いの軟弱な地盤に対応するため、通常の地下サービスエリアを地上階に持ち上げるという独自の設計がなされています。現在見ることができるのは、主にその地下(地上1階部分)の構造物です。
主要な部屋: 冷水浴(フリギダリウム)、温水浴(テピダリウム)、熱気浴(カルダリウム)のほか、体育館(パライストラ)や海に面したプールも備えていました。
復元された柱: 遺跡中央に立つ高さ15メートルの柱は、かつてのフリギダリウムの天井を支えていたもので、当時の建物の巨大さを物語っています。
歴史と現在
439年にヴァンダル族によって破壊され、その後はチュニスの街を建設するための石材として転用されました。1979年にユネスコ世界遺産に登録され、現在は美しい地中海を背景にしたチュニジアを代表する観光名所となっています。 -
2人の女性がギター片手にきれいな歌声を、、、。いいですね、、、。自分、ギターは弾けるけど、歌は、、、。気持ちいいでしょうね。うらやましい!
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※この浴場は、130km以上離れたザグアンの山から水道橋を通じて運ばれてきた大量の水を使用していました。5世紀にヴァンダル族によって破壊され、後にその石材はチュニスの街を建設するために再利用されました。
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※この画像は、チュニジアのカルタゴ遺跡にある「アントニヌスの浴場(アントニヌスの共同浴場)」で撮影されたものです。
遺跡の詳細
歴史: ローマ皇帝ハドリアヌスの統治下に建設が始まり、165年頃にアントニヌス・ピウス帝によって完成されました。当時、北アフリカで最大、ローマ帝国内でも3番目の規模を誇る巨大な浴場施設でした。
特徴: 海沿いの湿地帯という立地条件から、通常のローマ浴場とは異なり、サービスエリア(ボイラー室など)を地下ではなく地上階に配置し、その上の2階部分を浴場とする独自の構造が採用されていました。
石柱の碑文: 写真に写っている大きな石柱の断片には、当時の装飾やラテン語の碑文が刻まれています。これらは、かつての建物の壮麗さを今に伝える貴重な遺構です。 -
しつこいですが、、、
※画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴにあるアントニヌス浴場(またはアントニヌスの大浴場)の遺跡です。
主な特徴と歴史
この遺跡は、古代ローマ帝国時代に建設された公共浴場跡で、当時のカルタゴの繁栄を象徴する重要な建造物です。
規模: アフリカ大陸で最大、ローマ帝国全体でも3大浴場の一つに数えられるほどの巨大な施設でした。最盛期には高さ約30メートル(約8階建てのビルに相当)に達する建物が広がっていました。
構造: 当時は3階建ての豪華な建物で、冷浴場(フリギダリウム)、温浴場(テピダリウム)、熱浴場(カルダリウム)のほか、海水プールやジム、庭園も備わっていました。
建設: 145年から162年頃、ローマ皇帝アントニヌス・ピウスの統治下に完成しました。
現状: 現在見ることができるのは主に地下部分(使用人や機械室があった場所)のみですが、復元された高さ15メートルの柱が当時の巨大さを物語っています。
世界遺産: 「カルタゴの考古遺跡」の一部として、ユネスコ世界遺産に登録されています。
→でも、、、リビアで見た遺跡には負けるなあ、、、 -
※規模と構造: 建設当時は2階建て以上の高さがあり、温浴風呂、水風呂(フリギダリウム)、サウナ、プール、更衣室、さらには談話室やジム(パライストラ)など100を超える部屋がありました。
絶景のロケーション: 地中海に面した場所に位置しており、当時の入浴客は海を背景にした絶景を楽しんでいました。
高度なエンジニアリング: 軟弱な地盤に対応するために巨大な土台が築かれ、サービスエリアが1階(現在は地下のように見える部分)に配置されるという、他のローマ浴場にはないユニークな構造をしています。水は約60km離れた山から巨大な導水橋(カルタゴの導水橋)を通って運ばれていました。
破壊と再利用: 439年にヴァンダル族によって破壊された後、中世にはチュニスの街を建設するための石材として大理石などが持ち出されたため、現在は主に1階の基礎部分のみが残っています。
写真の中央付近に立つ高い石柱は、かつてのフリギダリウム(冷浴室)の巨大なアーチを支えていた柱の1本を復元したもので、当時の建物の巨大さを物語っています。
→絶景を楽しんでいた、、、日本の露天風呂に通じるものがありますね。 -
浴場跡ばかりではもったいないので、周辺も散策、、、。
※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にあるカルタゴ遺跡の一部、ポエニ時代のネクロポリス(共同墓地)を示しています。
カルタゴは紀元前9世紀にフェニキア人によって建設された植民都市です。
古代地中海の覇権をかけて、ローマとポエニ戦争を繰り広げた大国でした。
このネクロポリスは、古代カルタゴの埋葬習慣や文化を研究するための重要な遺跡です。
現在、カルタゴ遺跡全体はユネスコの世界遺産に登録されています。
⭐ネクロポリス(Necropolis)は、ギリシャ語で「死者の街」を意味し、古代の巨大な墓地や墓所群を指す言葉です。エジプトのサッカラ遺跡などの古代文明の墳墓集団のほか、現代の郊外の大規模な共同墓地を指す場合もあります。元来は、都市の近くに設けられた埋葬スペースです。 -
お墓、、、。
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※現在の状態: かつて巨大なヴォールト天井を支えていた柱の基礎や、地下の配管設備、貯水池などの遺構が残されています。画像に見えるのは、その一部である列柱の跡です。
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ここは、墓地だったか?奥にある穴が、、、。
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※この画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴにあるデルメシュのプニック墓地(Nécropole punique de Dermech)です。
デルメシュのプニック墓地について
この遺跡は、カルタゴのアントニヌス浴場公園の中心部に位置しています。
歴史: フェニキア人(プニック)の時代のネクロポリス(死者の街)で、当時のカルタゴの中心部からは離れた場所に造られました。
特徴:
数メートルの深さがある井戸の底に造られた墓や、大きな石で造られた平行六面体の埋葬室など、さまざまな形態の墓が見られます。
遺体は棺に納められたり、地面に掘られた穴の中に置かれたりして埋葬されていました。 -
※特徴: 地面に並ぶ石柱の台座や低い壁の跡は、かつての壮大な建築物の基礎部分を示しています。画像に見える石柱の列は、かつての回廊や部屋の配置を物語っています。
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※周辺遺跡: カルタゴ遺跡群には、他にもビュルサの丘やトフェ(聖域)など見どころが多く、共通チケットで回ることができます。
→共通チケット、、、そうだったんだ!後で入った博物館にも入場料払っちゃいました、、、。失敗! -
さて、カルタゴ遺跡のメインは見終わり、博物館へ、、、。
※この入り口の上部にはチュニジアの国旗が掲げられ、看板には「SITE DES THERMES D'ANTONIN(アントニヌスの共同浴場跡)」という名称が記載されています。 -
で、てくてくてくてく1.5キロ離れた所にあるビュルサの丘へ、、、、。
※この画像は、チュニジアのカルタゴにあるサン・ルイ教会(旧カルタゴ司教座聖堂)の瞬間を捉えたものです。
この聖堂は、1800年代にフランス国王ルイ9世に捧げるためにフランスによってビュルサの丘の頂上に建てられました。
東西65メートル、南北30メートルのラテン十字を象った三廊式の聖堂です。
1956年にチュニジアが独立したことを機にカトリック教会としては使用されなくなり、1993年からは「アクロポリウム」と呼ばれる文化施設として利用されています。
ファサードはマルタ島産の石材を用いた薔薇窓があり、両側に四角柱形の鐘塔が二基建っています。 -
※翻訳
ビュルサの丘
(カルタゴ遺跡の)ビュルサの丘
(以下、説明文の要約)
この場所はユネスコの世界遺産の一部である。カルタゴの歴史とローマによる破壊、その後のローマ植民地としての再建について触れられている。様々な時代の遺跡、特にローマ時代の住居跡や公共浴場、初期キリスト教時代のバシリカなどが見どころとして挙げられている。 -
遺跡はカルタゴ周辺に広がっている、、、
※この画像は、チュニジアの古代都市カルタゴの遺跡周辺の観光地図です。この地図には、主要な遺跡や訪問ルートが示されています。
カルタゴは、かつて地中海貿易で栄えたフェニキア人の国家の中心都市でした。
現在のチュニジア共和国の首都チュニスの北東、地中海に面した地域に位置しています。
この一帯は世界遺産「カルタゴ遺跡」として知られており、ローマ時代の公共浴場跡や円形軍港跡など、様々な見どころがあります。
地図には、徒歩や自転車での移動ルートも提案されています。 -
※この画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴ遺跡にあるビュルサの丘と、その頂上に建つサン・ルイ大聖堂(アクロポリウム)です。
主な場所の詳細
ビュルサの丘 (Byrsa Hill): 古代カルタゴの城塞が築かれていた中心地です。紀元前146年にローマ軍によって徹底的に破壊されましたが、現在はローマ人街の遺跡やカルタゴ時代の住居跡などが残っています。
サン・ルイ大聖堂 (Saint Louis Cathedral): ビュルサの丘の頂上に建つ、フランスによって建てられた旧カトリック教会です。現在は「アクロポリウム」とも呼ばれ、文化イベントやコンサートの会場として利用されています。
カルタゴ国立博物館: 大聖堂のすぐ隣に位置し、ポエニ時代やローマ時代の貴重な出土品が展示されています。 -
カルタゴ!
※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にあるカルタゴ遺跡のビュルサの丘からの眺めを捉えたものです。 -
※場所: チュニジアの首都チュニス郊外にある、ユネスコ世界遺産「カルタゴ遺跡」内のビュルサの丘の頂上に位置しています。
歴史: 19世紀末、フランス統治時代に建設されたローマ・カトリックの教会です。1270年の第8回十字軍の際にこの地で没したフランス王ルイ9世(聖王ルイ)を記念して建てられました。
建築スタイル: ムーア・ビザンチン様式の壮麗な外観が特徴で、現在は礼拝の場としては使われておらず、コンサートやイベントが開催される文化施設「アクロポリウム」として利用されています。
大聖堂のすぐそばには、古代カルタゴの居住区跡やカルタゴ国立博物館もあり、歴史的な見どころが集まっています。
「⭐ルイ9世(Louis IX, 1214年4月25日 - 1270年8月25日)は、フランス王国カペー朝第9代の国王(在位:1226年 - 1270年)。内政に力を入れ長期の平和を保ったため、彼の治世の間、フランス王国は繁栄した。国内外を問わず、争いを収めるよう努力したためヨーロッパの調停者と呼ばれ、高潔で敬虔な人格から理想のキリスト教王と評価されている。ただ、宗教的情熱から2回の十字軍を行ったが、莫大な費用を費やし、自身も捕虜となるなど散々な負け戦を喫し、失敗に終わった挙句、陣没した。」
「晩年になると健康の不調で先が長くないと感じ、崩御する前に再び十字軍(第8回十字軍)を起こす事を望んだ。1270年に出発し、イスラム圏であったチュニジアを攻撃したが、飲用水が劣悪だったことや熱さにより病気がはびこり、ルイ9世も同地のチュニスでペストに罹患し、陣中で病没した。最期の言葉は「イェルサレム」だったという。」 -
※この画像は、チュニジアの首都チュニス郊外にある世界遺産カルタゴ遺跡の中心地、「ビュルサの丘」からの眺めです。
ビュルサの丘の概要
歴史的背景: 紀元前9世紀にフェニキア人の女王エリッサによって建設された古代カルタゴの拠点です。ポエニ戦争で一度破壊されましたが、後にローマ帝国によって再建されました。
遺跡の現状: 現在、丘の上にはカルタゴ時代の住居跡や、ローマ時代の遺構が残っています。また、丘の頂上にはカルタゴ博物館や、フランス国王ルイ9世を祀ったサン・ルイ教会(アクロポリウム)が建っています。
眺望: 画像のように、眼下に広がるカルタゴの市街地や地中海の美しい景色を一望できる絶景スポットとして知られています。 -
カルタゴで有名な人物と言えば、、、ハンニバル!
名前は聞いたことはあるが、カルタゴに行くまで何をした人なのか全く知らなかった。
「ハンニバル、、、(紀元前247年 - 紀元前183年/紀元前182年)は、カルタゴの名将。」ウィキより
※ローマ史上最強の敵は、第二次ポエニ戦争でローマを何度も打ち破り、滅亡寸前まで追い込んだカルタゴの将軍ハンニバル・バルカです。彼は「カンネーの戦い」でローマ軍を壊滅させ、その戦術は後世の軍事史家からも高く評価され、ローマ人にとって「恐るべき怪物」として語り継がれました。
ハンニバルが最強たる理由
驚異的な軍事才能:少数精鋭の兵力で大軍のローマ軍を打ち破り、「カンネーの戦い」での包囲殲滅戦は、軍事史上最大の戦術的勝利の一つとされています。
アルプス越え:象を率いてアルプスを越えるという常識破りの行軍でイタリア半島に侵入し、ローマに未曾有の危機をもたらしました。
ローマ人への影響:ローマ人自身が彼を「偉大な敵」「畏敬すべき相手」として認め、その名は語り継がれました。後世のローマの歴史家たちは、彼を人間味のない恐ろしい将軍として描きつつも、その能力を高く評価しています。
ただし、カルタゴは3度のローマとの戦いの後、ローマ軍により破壊された。
「第一次ポエニ戦争(紀元前264~241年)→ローマ軍の勝利!
戦争は主に地中海のシチリア島とその周辺海域、そして北アフリカで繰り広げられました。双方に甚大な損失を被った後、カルタゴは敗北し、ローマはカルタゴから領土を獲得しました。」
「第二次ポエニ戦争(紀元前218年~201年)→ハンニバルが活躍し、ローマは危機的状況を迎えるが、最終的にはローマ軍の勝利!
戦争の最後の戦闘は、スキピオとハンニバルの軍隊の間で紀元前202年にザマで行われ、ハンニバルの敗北に終わり、カルタゴは和平を申し入れた。ローマによって命じられた和平条約により、カルタゴは海外領土のすべてとアフリカの領土の一部を剥奪された。賠償金として銀1万タラントが50年間にわたって支払われることになった。」
そして「第三次ポエニ戦争(紀元前149年 - 146年)→紀元前146年初頭、ローマ軍は最後の攻撃を開始し、6日間にわたり組織的にカルタゴ市を破壊し、住民を殺害した。最終日になってようやく5万人の捕虜が捕らえられ、奴隷として売られた。征服されたカルタゴの領土はローマのアフリカ属州となり、ウティカが首都となった。」 -
※ローマの影響: 現在見られる遺構の多くは、カルタゴを滅ぼしたローマ帝国がその上に築いた街の跡です。
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あれ?!今調べたら、カルタゴ円形劇場、見忘れたみたい!失敗!
※この場所はビュルサの丘と呼ばれ、古代都市国家カルタゴが繁栄した中心地でした。画像に見える石造りの遺構は、かつての居住区の跡です。 -
※この画像は、チュニジアのカルタゴ遺跡にある「ビュルサの丘とポエニ時代の住居跡」を捉えたものと考えられます。
この場所は、かつて地中海を支配したフェニキア人によるカルタゴ市の中心地でした。画像に見える石造りの構造物は、紀元前146年の第3次ポエニ戦争でローマによって破壊された当時の住居の遺構です。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴにあるビュルサの丘(カルタゴ国立博物館の敷地内)に置かれた、フランス王ルイ9世(聖王ルイ)のセノタフ(空墓・記念碑)です。
この像と歴史について
ルイ9世とカルタゴ: 第8回十字軍(1270年)を率いていたルイ9世は、チュニスを攻めている最中に、このカルタゴの地で病死(疫病、おそらくペストまたは赤痢)しました。
セノタフの役割: この石像は横たわるルイ9世の姿(ジザン)を模したもので、彼が亡くなった場所を記念して設置されています。
場所: かつてカルタゴの中心だったビュルサの丘にあり、現在はカルタゴ国立博物館の庭園で見ることができます。
聖ルイ大聖堂: 近くには、彼の死を悼んで19世紀後半に建てられた「聖ルイ大聖堂(サン・ルイ大聖堂)」も立っています。
→そうでしたか!調べてやっとわかりました。 -
残念ながら、本日カルタゴ博物館は休館してました。それなのに、入場料、先の浴場跡地と2度も払っちゃいました、、、失敗!間抜けな自分です、、、
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※古代カルタゴの中心地であり、フェニキア人によって建設されました。
紀元前6世紀から紀元後2世紀にかけて栄えた広大な考古学的遺跡です。
現在は博物館が建てられており、周囲からは古代の住居跡が発掘されています。
ローマ帝国と地中海の覇権をかけてポエニ戦争を繰り広げた歴史的な場所です。 -
※の上からは、遠景に現代のカルタゴ博物館や聖ルイ大聖堂のドームが見えます。
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※この建物は、チュニジアのカルタゴにあるサン・ルイ教会(旧カルタゴ司教座聖堂)の内部です。
現在、「アクロポリウム」として知られる文化センターとして利用されています。
聖堂内部はアーケードと大ドームを備えた構造です。
天井はハンガリー、オランダ、ロシアから輸入された木材で作られており、アレッポとヴェネツィアの職人によるアラベスク彫刻で装飾されています。
174本の大理石の柱が天井を支え、柱頭には金箔が施されています。 -
※この画像は、チュニジアのカルタゴにある歴史的なカトリック教会、サン・ルイ大聖堂(別名:カルタゴのアクロポリウム)の内部です。
この建物は19世紀後半、フランスのルイ9世(聖王ルイ)が十字軍の最中にこの地で亡くなったことを記念して、ビュルサの丘の上に建設されました。
主な特徴
建築様式: ビザンチン、ゴシック、ムーア様式を融合させた独特のスタイルが特徴です。
内部装飾: 174本の大理石の柱が黄金の柱頭で支えられており、天井にはアラベスク模様が刻まれた美しい木製天井が広がっています。
光の演出: 合計284枚のステンドグラスがあり、内部に青や緑、黄色の幻想的な光を投げかけています。
現在の用途: 1956年のチュニジア独立後は教会としての役割を終え、1993年からは「アクロポリウム」と改称されました。現在は文化施設として、コンサートやイベントの会場として利用されています。
この大聖堂はユネスコ世界遺産の一部であるカルタゴ遺跡内に位置しており、丘の上からは美しい地中海を一望することができます。 -
さて、カルタゴの町からシディ・ブ・サイドまで近いので、てくてく行きます、、、。
4キロ、徒歩で55分。 -
途中にはローマ遺跡が点在しています。
※画像に写っているのは、チュニジアの首都チュニス近郊にあるカルタゴ(Carthage)の考古遺跡です。
カルタゴ遺跡の概要
この場所はかつて古代地中海の強国カルタゴの首都であり、現在はユネスコの世界遺産に登録されています。画像に見える高い石柱は、ローマ時代に再建された神殿や公共施設の遺構の一部です。
歴史的背景: 紀元前9世紀にフェニキア人によって建設され、後にローマ帝国によって破壊・再建されました。
主な遺構: 画像のような石柱が並ぶエリアのほか、アントニヌスの浴場、円形劇場、ポエニ時代の住居跡などが点在しています。
特徴: 地中海を望む美しい丘陵地に位置し、古代の歴史と自然が調和した景観が特徴です。 -
遺跡の名前?
※この画像には、アラビア語と英語でいくつかの単語が書かれた金属製の看板が写っています。
نورهان (Nourhan)
ONES
F. SCYPHAX -
※画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴ遺跡にある「列柱の建物」(Edifice des colonnes)と呼ばれる遺構、または「ガルギリウスの浴場」の柱です。
詳細情報
場所: チュニジア、カルタゴの考古学遺跡。
遺構の特徴: この場所には、細身の大理石の柱が並んでおり、かつては公共の建物や浴場の一部であったと考えられています。
歴史的背景: カルタゴは古代地中海で最大級の国家の首都であり、フェニキア人によって築かれた後、ローマ帝国によって再建されました。 -
カルタゴは、こんなのがあちこちに点在してるようです。
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シディ・ブ・サイドへはまっすぐ、、、。暑くもなく、心地よい散策です。
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モスク、、、
※画像に写っている建物は、チュニジアのカルタゴにあるマリク・イブン・アナス・モスク(別名:エル・アビディン・モスク)です。
概要
名称: マリク・イブン・アナス・モスク (Malik ibn Anas Mosque) / エル・アビディン・モスク (El Abidine Mosque)
場所: チュニジア、チュニス県、カルタゴ
特徴: 印象的な高いミナレット(塔)とドーム、そして多くのアーチが並ぶ回廊を備えた近代的な建築様式が特徴です。
このモスクは、セビリアのタワー(ヒラルダの塔)を彷彿とさせるような美しいデザインで知られており、観光客からも高い評価を得ています。 -
※2003年にオープンしました。
チュニジアの建築様式と現代的なデザインが融合しています。
白い大理石で造られており、非常に印象的な外観を持っています。 -
あそこがシディ・ブ・サイド!
※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊に位置する絵のように美しい街、シディ・ブ・サイドです。
街全体が白と青のコントラストで統一されており、「青と白の街」として知られています。
地中海に面した丘の上にあり、美しい景色が広がっています。
観光地として非常に人気が高く、多くの旅行者を魅了しています。
公用語はアラビア語ですが、フランス語も広く使われています。 -
またまた遺跡、、、
※画像に写っているのは、チュニジアのカルタゴ遺跡にあるダムス・エル・カリタ・バジリカ (Basilique de Damous El Karita) の遺跡です。
この場所に関する主な情報は以下の通りです:
遺跡の概要: アフリカ最大級のキリスト教建築物の一つであったと考えられている巨大なバジリカの遺構です。
特徴: 多数の円柱の基部や断片が整然と並んでおり、かつての壮大な規模をうかがい知ることができます。
歴史的背景: 5世紀から6世紀にかけて建設・使用されたキリスト教の聖堂で、巡礼の中心地でもありました。 -
※ダムス・エル・カリタ・バシリカの概要
この遺跡は、古代末期からビザンツ帝国時代にかけてのキリスト教の複合施設跡です。かつては北アフリカ最大級のキリスト教建築物の一つであり、巡礼の拠点でもありました。
規模と構造: 最盛期には長さ65メートル、幅45メートルに及び、9つ(後に11)の身廊を備えた巨大な教会でした。現在は、草原の中に多くの柱の破片が点在しており、かつての壮大なスケールを垣間見ることができます。
主な遺構: 2つの教会、殉教者記念堂(マルティリウム)、地下墓地(ヒュポゲウム)、そして「円形モニュメント」と呼ばれる謎めいた地下のロトンダ(円形建築物)で構成されていました。
歴史的背景: 3世紀頃にはすでにカルタゴのキリスト教徒コミュニティの豊かさを象徴する場所となっており、聖人の崇拝や宗教的な祭典が行われていました。 -
反対側に来たらこんな看板が、、、地元の方々がいたので入ったんだけど、、、、すみません、、、。
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ホントなら、この線路通って行ったのに、、、。
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てくてくてくてく、、、。
※この背が高く細長い常緑樹はイタリアイトスギ(学名:Cupressus sempervirens)です。
「イタリアンサイプレス」や「ホソイトスギ」とも呼ばれ、地中海沿岸の景観を象徴する樹木として知られています。
特徴と背景
外観: 非常に細長い柱のような形(円柱形)が特徴で、高さは15~35メートルに達しますが、幅は数メートル程度にしか広がりません。
用途: その独特な形状から、庭園のアクセントや並木道、境界線の目隠しとして世界中で植栽されています。
性質: 乾燥に強く、日当たりの良い場所を好みます。非常に長寿な樹木としても知られ、樹齢1,000年を超える個体も報告されています。
歴史・文化: 古代ギリシャ・ローマ時代から観賞用として親しまれてきました。また、死と再生の象徴として、ヨーロッパやイスラム圏の墓地によく植えられる伝統があります。
この木はゴッホの絵画「星月夜」などに描かれていることでも有名です。 -
歩いてる人はあまりいません、、、
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てくてく歩いてたら、、、駅発見!
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ホントなら、この駅でここに降りたっていたはずなんだけど、、、。
※画像に写っているのは、チュニジアの郊外電車、通称TGM(Tunis-Goulette-Marsa)のシディ・ブ・サイド(Sidi Bou Saïd)駅の入り口付近です。
場所と施設の特徴
駅名: シディ・ブ・サイド駅。
路線の特徴: TGMは、首都チュニスの中心部にあるチュニス・マリン駅から、北東の郊外にある高級住宅街ラ・マルサ駅までを結ぶ約18.7kmの路線です。
景観: 建物は、この地域の伝統的なスタイルである「白と青」の配色で統一されており、地中海の強い日差しに映える美しい外観が特徴です。
利便性: 観光客に非常に人気の高い「世界で最も美しい村」の一つとも称されるシディ・ブ・サイドへの主要なアクセス手段となっており、日中は頻繁に運行されています。 -
さあ、シディ・ブ・サイドの町の中心部が見えてました。
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ここ登って岬まで行きます。
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観光客も増えてきました。
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えっこらえっこら、、、。
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青と白の世界です。
※この画像は、チュニジアで最も美しい街の一つと言われるシディ・ブ・サイドの街並みを捉えた瞬間です。
街は、地中海を望むチュニスの北東約20キロに位置しています。
白い壁と鮮やかな青いドアや窓枠のコントラストが特徴的な景観です。
この独特な色彩は「チュニジアンブルー」と呼ばれ、多くの観光客を魅了しています。
アラブとアンダルシアの建築様式が融合した歴史的な街並みが広がっています。 -
「シディ・ブ・サイド (フランス語: Sidi Bou Said; )は、チュニジアの自治体。首都チュニスの北東約20 kmにある観光地である。人口は5,409人(2004年)」
「シディ・ブ・サイドの住宅は、アラブ建築、アンダルシア建築の組み合わされたもので、鮮やかな白い壁に青い扉が特徴である。曲がりくねった小路が行き当たりばったりに散らばっている。1915年に指定されてから、シディ・ブ・サイドは〈白と青の小さな楽園〉(petit paradis blanc et bleu)の異名がつけられた。」ウィキより -
写真は写さなかったが、もう観光客で溢れんばかり、、、。
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やっと、Cap Carthageに到着!
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もう観光客でいっぱい!
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旅の友、マンゴージュース!
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※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にあるシディ・ブ・サイドという美しい街の風景です。
シディ・ブ・サイドは「白と青の小さな楽園」とも呼ばれ、白い壁とチュニジアンブルーのコントラストが特徴的な人気の観光地です。
画像には、地中海に面したマリーナ(港)と、沖合の景色を眺める多くの人々が写っています。
この街並みは、世界初の景観保護令によって管理されてきた歴史があります。
地中海を望む絶好のロケーションにあり、カフェのテラスから景色を楽しむ観光客も多いです。 -
さて、戻ります。今日はスースまで列車で行きますから。
※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にある「シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)」という街の風景です。
街の特徴
チュニジアンブルーと白のコントラスト: 「世界一美しい街」の一つとも称され、石灰で真っ白に塗られた壁と、「チュニジアンブルー」と呼ばれる鮮やかな青色のドアや窓枠の対比が非常に美しいのが特徴です。
独特のドア装飾: 画像に見える青いドアには、黒い鋲(びょう)で描かれた幾何学模様が施されています。これらは「チュニジアン・ドア」と呼ばれ、家ごとに異なるデザインが見られます。
文化的な背景: アラブ文化において、青色は幸運の象徴とされています。また、街の景観を守るために、建物の色を白と青に統一することが法律で義務付けられています。
観光のポイント
街歩き: 坂道や石畳の路地が続き、地中海を見下ろす絶景を楽しめます。
名物: 松の実が入ったミントティーや、揚げドーナツ(バンバローニ)が有名です。 -
※この画像に写っているのは、チュニジアの首都チュニス近郊にあるシディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)という街の風景です。
シディ・ブ・サイドの特徴
この街は「チュニジアで一番美しい街」の一つとして知られ、以下のような特徴があります。
チュニジアンブルーと白のコントラスト: すべての建物の壁が白く塗られ、扉や窓枠、格子が鮮やかな青(チュニジアンブルー)で統一されています。これは1915年に出された景観保護の政令によって守られています。
建築様式: 画像に見られるようなアーチ型の入り口や、装飾の施された鉄格子の窓(マシュラビーヤ)など、アラブ・アンダルシア様式の美しい建築が立ち並んでいます。
観光地としての魅力: 地中海を見下ろす断崖の上に位置しており、そのフォトジェニックな街並みから、観光客やアーティストに非常に人気があります。
画像には、伝統的な装飾が施された石造りの門や、青い格子窓のある白い建物の間を歩く観光客の姿が収められています。 -
※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にある美しい町、シディ・ブ・サイドで撮影されたものです。
この町は、地中海を見下ろす断崖の上に位置し、「チュニジアン・ブルー」と呼ばれる鮮やかな青色の扉や窓枠と、まぶしいほどに白い壁のコントラストが特徴的な世界的に有名な観光地です。
シディ・ブ・サイドの主な特徴と背景
歴史と色彩の由来: この青と白の街並みは、1920年代にこの地に邸宅を建てたフランス人の画家・音楽学者、ロドルフ・デルランジェ男爵が提案したと言われています。1915年には街並み保存区域に指定され、今日までこの景観が守られています。
人気のスポット:
カフェ・デ・ナット (Café des Nattes): 歴史あるカフェで、ミントティーを楽しみながら絶景を眺めることができます。
ダル・エル・アンナビ (Dar el-Annabi): 18世紀の邸宅を利用した博物館で、伝統的な生活様式を知ることができます。
エンネジュマ・エッザフラ宮殿: デルランジェ男爵の旧邸宅で、現在はアラブ地中海音楽センターとして公開されています。
名物グルメ: バンバルーニという、揚げたてに砂糖をまぶしたチュニジア風のドーナツが人気です。
この町の細い路地を散策したり、地中海を一望できるカフェでゆっくり過ごしたりするのが、観光の定番となっています。
→色々見処があるようですが、こう人が多いと、、、オーバーツーリズム? -
ほら、人人人です、、、
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※この画像は、チュニジアの首都チュニス近郊にある美しい町、シディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)の風景です。
この町は、白壁に「チュニジアン・ブルー」と呼ばれる鮮やかな青色の扉や窓枠が映える、地中海沿岸でも有数の景勝地として知られています。画像に写っているメインストリートの「アビブ・タメール通り(Rue Habib Thameur)」周辺には、多くの土産物店やカフェが並んでいます。
シディ・ブ・サイドの主な特徴と見どころ
伝統的な工芸品: ショップでは、色鮮やかな陶磁器(皿やボウル)、手織りのカーペット、伝統的な靴「シリア(バブーシュ)」、革製品などが売られています。
名物グルメ: 揚げパンに砂糖をまぶした「バンバローニ(Bambalooni)」は、この町の名物として非常に人気があります。
絶景カフェ: 階段状のテラスから地中海を一望できる「カフェ・デ・デリス(Café des Délices)」や、世界最古のカフェの一つと言われる「カフェ・デ・ナット(Café des Nattes)」が有名です。
文化施設: 豪商の邸宅を公開した「ダル・エル・アナビ博物館(Museum Dar el-Annabi)」では、当時の裕福な家庭の暮らしぶりを見学できます。
この町は、かつて画家のロドルフ・デルランジェ男爵がこの青と白の配色を推奨したことで、現在の美しい景観が守られるようになりました。
→バンバローニ、、知らなかった! -
モロッコのシャウエンもこんな感じなのかな?
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帰りはこのバスで、、、。みんなと同じように切符買えずに後方から乗ったけど、いいのかなあ?
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誰もお金払わず降りて行った、、、?不思議?
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無賃乗車?エジプトでは車掌さんが料金徴収に来てたけど、、、、???
まあ、いーか! -
さて、てくてくTunis Stationへ、、、。(奥の建物!)
※画像に写っている場所は、チュニジアの首都チュニスにある、路面電車(ライトレール)「チュニス・メトロ」の駅周辺です。
場所の特定
駅の特徴: 背景に見える「緑色の屋根」と「白いフェンス」は、チュニス・メトロの典型的な駅の構造です。
看板の文字: 背景の白い建物にあるアラビア語の看板には「مترو(メトロ)」と書かれており、これが公共交通機関の施設であることを示しています。
交通インフラ: 道路上には路面電車のための架線柱と電線が確認でき、チュニスの都市景観と一致します。
チュニス・メトロ(Métro léger de Tunis)について
この交通網は、チュニスの主要な公共交通手段の一つです。
路線網: 1985年に運行を開始し、現在は6つの主要路線が市内中心部で交差しています。
特徴: 地下を走る地下鉄ではなく、主に地上を走るライトレール(路面電車)システムです。
周辺施設: 画像の近くには、主要な鉄道駅である「チュニス駅(Gare de Tunis)」や、歴史的な街並みが残るメディナ(旧市街)があります。 -
スースまでの列車チケット!約600円。
※画像は、チュニジア国鉄(SNCFT)の列車チケットです。
このチケットには、チュニジアの首都チュニスからリゾート地スースへ向かう列車の詳細が記されています。主な情報の見方は以下の通りです。
チケットの詳細
区間: チュニス (TUNIS) 発、スース (SOUSSE) 行き
券種: 片道切符 (ALLER SIMPLE)
出発日時: 2026年1月1日 17:20
座席クラス: 1等車 (Classe 1)
料金: 10.900 チュニジア・ディナール (DT)
有効期限: 2026年1月1日 (Valable le)
列車番号・座席: 「5/87 DC」と記載されていますが、チュニジアの列車では1等車であっても座席が指定されていない(自由席)ことが多く、空いている席に座るのが一般的です。 -
チュニジアの列車内!初チュニジア列車!案外きれい!
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※この画像に写っているのは、チュニジア国家鉄道(SNCFT)が運行している急行列車です。
概要
運営: チュニジア国家鉄道(SNCFT)
車両の特徴: 青色の車体に白い斜めのライン、そして鮮やかなオレンジ色のドアが特徴的です。車体には等級を示す「2」(2等車)などの数字が記されています。
運行路線: 首都チュニスとスース、カセリーヌ、ガベスなどの主要都市を結ぶ幹線で主に使用されています。
この列車はチュニジア国内の長距離移動における主要な交通手段の一つとして親しまれています。
⭐17時20分 – 19時43分
チュニジア鉄道
2時間23分•直行 -
車窓、、、
-
チュニスからスースへの列車は、、、
7時35分発、15時45分発、17時20分発、21時15分発の1日4本走っているようです。
※チュニジア国鉄のスケジュールは、、
https://www.sncft.com.tn/walrymtu/2025/08/l5-tunis-metlaoui-hiver-2025-et-2026-2_page-0001-min-scaled.jpg -
※画像に写っているのは、チュニジア鉄道(SNCFT)が運行するディーゼル車です。
車両と運行の詳細
運営: チュニジア国鉄(Société Nationale des Chemins de Fer Tunisiens, SNCFT)。
特徴: 鮮やかな青色の車体が特徴で、画像には「2」という数字が見えることから、2等車(2nd class)であることがわかります。
主な路線: チュニジア国内の主要都市を結んでおり、特にチュニスとスースの間などで運行されています。
利用の注意: 1等車と2等車があり、1等車は2等車の約2割増しの料金です。無賃乗車や、乗車後に切符を購入しようとすると違反になり、倍額の支払いを求められることがあるため注意が必要です。
チュニジアの鉄道は、美しい海岸線を持つ都市スースなどの観光地へのアクセスにも利用されています。 -
スース駅に到着!
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※画像に写っているのは、チュニジアのスースにある主要な鉄道駅、スース駅(Gare de Sousse)、またはスース・ボヤジャー(Sousse Voyageurs)です。
この駅について、主な情報をまとめました。
駅の概要と役割
主要ターミナル: 首都チュニスや南部の都市スファックス、ガベスなど、チュニジア各地を結ぶ長距離列車の主要な発着点です。
立地: スースの中心部に位置しており、メディナ(旧市街)やタクシー乗り場からもほど近い便利な場所にあります。
鉄道運行: チュニジア国鉄(SNCFT)によって運営されています。
列車とサービスの利便性
チュニス行き: チュニス・ヴィル駅(Gare de Tunis)へは、1日に約4~5便の列車が運行されています。所要時間は約2時間20分~25分程度です。
運賃: 片道料金の目安は、1等車で約10.3ディナール、2等車で約7.6ディナール(約3~4ドル相当)と非常に手頃です。
施設: 車内にはエアコンが完備されている列車もあり、長距離の移動も比較的快適に行えます。
利用時のポイント
チケット購入: 切符は駅の窓口で当日、または最大3日前から購入可能です。
もう一つの駅: スースにはもう一つ、近郊列車「メトロ・デュ・サヘル」が発着する「スース・バブ・ジェディド駅」があります。空港やモナスティル方面へ向かう場合は、そちらの駅を利用します。 -
今夜のホテルはブッキングコムで予約したHôtel Ennassim!残念ながらマップスミーには出てなかったので人に尋ねて到着!
※画像に写っている建物は、チュニジアのスース(Sousse)にあるHôtel Ennassim(ホテル・エンナシム)です。
施設情報
立地: チュニジアのスースに位置し、Bou Jaafarビーチから徒歩約5分の場所にあります。
設備: バルコニー、エアコン、専用バスルーム、薄型テレビ、冷蔵庫、無料Wi-Fiなどが各客室に完備されています。
共用サービス: バー、非禁煙ルーム、24時間対応のフロントデスク、朝食サービス(コンチネンタルなど)が提供されています。
周辺環境: モナスティル・ハビブ・ブルギバ国際空港から約14km(8.7マイル)の距離にあり、観光に便利な立地です。
また、建物の1階部分には「KAZEM TRAVEL GROUP」という看板を掲げた旅行代理店が入居しています。
長くなったので、ここまで、、、。
自分のクチコミより、、、
「ホテルを9時頃出て、朝飯を、、、。昨日の夜は疲れて食べる気にならず、、、で、朝は腹も空いてたのでがっつり系で、、、。うまいもの食べたいなあと、途中にあった店に、、、。美味しそうな写真が壁にあったので、それ指差して注文!、、、大正解!シーフードうまかった!でかい海老が4本もある!これで18ディナール(1000円)なら素晴らしい!
で、今日はカルタゴ観光!電車でと思ってマリン駅に行ったのに、列車は走ってなかった。元旦だからお休み?で、駅前からバスに乗っていざカルタゴへ。(1ディナールで切符購入)
まずはカルタゴのローマ遺跡へ、、、。12ディナール!でも、アルジェリアの素晴らしい遺跡を見た自分にはたいしたことはなく、こんなもんかという感じ。ここに大勢の観光客が押し寄せてる。もちろん日本人のツアー客も、、、。次にてくてく向かったのはカルタゴミュージアム。ここにも大勢観光客が来てたが、今日は残念ながらミュージアムは休館。元旦は休みなのか?それでも12ディナールの入場料、、、。
で、そこから、3キロ程てくてくてくてくして、白の町シディブーサイードへ。途中にあるローマ遺跡を見ながら、、、。
シディブーサイードはすごい混雑!地元の方にも人気があるみたい。岬まで歩いたんだが、もう雑踏の中を、、、。モン・サン=ミシェルなみの混雑、、、。で、帰りはバスで戻りました。(結局、料金払わず、、、誰も払わず、、、不思議?)
チュニスに戻り、てくてく駅へ。17時頃発のスース行きに乗るため、、、。無事まにあって、切符購入!11ディナール!(600円くらい)
で、20時頃、スースに到着!これでチュニジアの列車にも乗り鉄完了!
今夜の宿はブッキングコムで元旦セールが出ていたHôtel Ennassim!1泊個室3000円程!朝飯つきなんでお得でした。ゆっくり寝られそう!
明日は世界遺産スースを周り、そしてバスで聖地ケロアンへ行ってきます、、、」
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