2026/01/02 - 2026/01/02
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kasekunさん
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スースからはバスでイスラム世界の聖地ケルアンへ。メッカ、メディナ、エルサレム、そしてマグレブではケルアンが聖地、、、。意図せずこんな聖地訪問ができるならと、ケルアンに向かった、、、。ホントならケルアンで1泊しようかと思ってたら、ホテル代が高い!仕方がない、日帰りして、今泊まってるホテルにもう1泊、、、。行きはスムーズに行けたのに、帰りは大変だった、、、。
チュニジア、なんだかんだあっても、旅行がしやすい!人々は穏やかだし、フランス語圏でありながら、英語も通じる、、、。食べ物も日本には負けるけど美味しい!さらに物価が高くない!、、、
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ホテルの朝飯!
※チュニジア、スースにあるHotel Ennassim(ホテル・エンナシム)の朝食テーブルです。
このホテルでは、宿泊料金に含まれていることが多いコンチネンタル・ブレックファスト(パン、バター、ジャム、温かい飲み物などの軽い朝食)が提供されています。
テーブルの内容
画像からは、以下のような典型的な朝食メニューが確認できます。
パン・ペストリー: バスケットに入ったバゲットなどのパン、手前の皿にはクロワッサン、さらにチョコレートケーキ(ブラウニー)のようなものも見えます。
飲み物: 白いカップに入ったコーヒー(またはカフェオレ)、金属製のピッチャーに入ったミルク、そして中央には大きなシュガーポットが置かれています。
その他: ジャムやバターの小さなパック、カトラリー(ナイフ)が用意されています。
→この画像でどこのホテルの朝食かわかるってAI、ただものじゃない! -
こんなホテル!
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さて、朝からケルアンに向け出発!ケルアンには鉄道が通っていないので乗り合いタクシー(ルアージュ)で行くしかない!(料金330円程)
※画像は、チュニジアの都市間移動に使用される公共交通機関(ルアージュまたはバス)の乗車券です。
乗車券の詳細情報
券面には以下の主要な情報が記載されています。
運行区間: ケルアン(Kairouan)行きで、ムサケン(Msaken)とガベ(Ghabet)を経由します。
合計金額: 6.200 チュニジア・ディナール(券面中央上部の「TOTALE 6,200」)。
内訳として、運賃 5.900 ディナールと、サービス料(Service "SES")200 ミリムなどが含まれています。
発行日時: 2020年1月2日 08:28。
車両番号: 3354 TU 217(チュニジアの登録番号)。
運行会社: UTICA SOUSSE / STE ETTAJDID DE SERVICES と上部に記載されています。
このチケットは、チュニジアで一般的な乗り合いタクシーである「ルアージュ」や、地域を走る公共バスで発行される典型的な様式です。 -
さて、この乗り合いタクシーでレッツゴー!
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こちらがルアージュの乗り場!Station de bus Grande lignes、、、(ここまではタクシーで、、、)
※画像に写っているのは、エジプトやチュニジアなどの北アフリカ地域で広く利用されている「ルアージュ(Louage)」と呼ばれる乗り合いタクシー(シェアタクシー)のターミナルです。
ルアージュ(Louage)の概要
ルアージュは、決まった路線を走る乗り合いのミニバスや大型ワゴン車を指します。
車両の特徴: トヨタ・ハイエースなどの白いワゴン車が一般的で、車体には特定の色のライン(赤など)が入っていることが多いです。
運行システム: 定められた時刻表はなく、乗客が満員(通常8~9名)になった時点で出発します。
利便性: 一般的なバスよりも速く、タクシーよりも安価なため、都市間の移動手段として非常に信頼され、多用されています。
利用方法: ターミナル(モウイフ / Maw'if)で目的地を告げるか、叫んでいるスタッフを探してチケットを購入し、指定の車両に乗り込みます。
この画像のような大規模な専用ターミナルは、エジプトのカイロやアレキサンドリア、チュニジアのチュニスといった主要都市に点在しています。 -
で、着いてさっそくてくてく、世界遺産ケルアン観光!
※この画像は、チュニジアの歴史的な都市カイルアンにあるモスクの様子です。
世界遺産カイルアン: 670年に創建された北アフリカ最古のイスラム都市であり、街全体が世界遺産に登録されています。
歴史的建造物: 9世紀に再建された大モスクや、美しい外壁で知られるモスクなどがあります。
観光地としての役割: イスラム教の聖地の一つであり、多くの観光客や信者が訪れる場所です。 -
※この画像に写っているのは、チュニジアのケロアンにある「シディ・サハブ霊廟(別名:床屋のモスク)」です。
概要
この建物は、預言者ムハンマドの同志であった聖者アブ・ザマ・エル・ベラウィの霊廟です。彼はムハンマドの専属の「床屋」であったと伝えられており、常にムハンマドのあごひげを3本持ち歩いていたという伝説から「床屋のモスク」とも呼ばれています。
特徴
歴史: 7世紀に建てられた後、17世紀のオスマン帝国時代に現在の形であるモスクやイスラム神学校、巡礼者のための宿などが整備されました。
建築美: 白い漆喰の透かし彫りや、アンダルシア様式の美しいタイルモザイク、天井から床までを覆うアラベスク模様が特徴的な、北アフリカで最も美しい霊廟の一つとされています。
文化: 現代でも、子供の割礼の儀式のために家族が訪れる姿がよく見られます。
ケロアンはイスラム世界において第4の聖地とされており、この霊廟はその重要な観光スポットの一つです。 -
※画像にあるのは、チュニジアのケロアンにあるシディ・サハブ霊廟(別名:床屋のモスク)に関する説明パネルです。この場所は、イスラム教の預言者ムハンマドの仲間(サハーバ)であったアブ・ザマ・アル=バラウィ(Abu Zama'a al-Balawi)を祀る聖域です。
主な特徴と歴史
アブ・ザマ・アル=バラウィ: 預言者ムハンマドの仲間であり、654年に戦闘で亡くなりました。
「床屋のモスク」の由来: 彼は預言者ムハンマドの髭の毛を3本、お守りとして常に身につけていたという伝承があり、その毛と一緒に埋葬されたと信じられていることから、ヨーロッパ人などから「床屋のモスク」と呼ばれるようになりました。
「シディ・サハブ(Sidi Sahbi)」: 地元の人々からは親しみを込めて「私の(預言者の)仲間」を意味する「シディ・サハブ」と呼ばれ、街の守護聖人とみなされています。
建築: 現在の壮麗な建物の多くは17世紀のムラード朝時代に建てられたもので、美しいタイル装飾や彫刻が施されたスタッコ(漆喰)壁が特徴です。
この霊廟はチュニジア人にとって非常に重要な聖地であり、結婚式や割礼の儀式など、人生の節目に多くの人々が訪れます。 -
※画像にある掲示板は、チュニジアの聖都カイルアン(ケロアン)にあるシディ・サハブ霊廟(別名:理髪師のモスク)について説明したものです。
この場所は、預言者ムハンマドの仲間(サハーバ)であったアブ・ザマ・アル・バラウィ(Abou Zomaa Al Balawi)を祀る聖域(ザウイア)です。
主な特徴と背景
「理髪師」の由来: 被葬者であるアル・バラウィが、預言者ムハンマドの顎髭(あごひげ)を3本、お守りとして常に身につけていたという伝説から「理髪師のモスク」と呼ばれています。
建築と装飾: 17世紀のムラード朝時代に大規模な改築が行われました。カイルアンで最も美しい建物の一つとされ、中庭や回廊は色鮮やかなタイル装飾(ゼリージュ)や、緻密なスタッコ(漆喰)細工で飾られています。
構成施設: 複合施設となっており、アル・バラウィの霊廟のほか、マドラサ(宗教学校)、ミナレット(光塔)、宿泊施設などが含まれています。
信仰の場: チュニジアの人々にとって非常に重要な聖地であり、預言者の生誕祭(ムルード)の際には多くの巡礼者が訪れます。また、伝統的に子供の割礼や結婚の契約式が行われる場所でもあります。
現在、イスラム教徒以外も中庭や回廊は見学可能ですが、霊廟(墓所)のある内部の部屋へは立ち入ることができません。 -
※信仰と役割
ケロアンはイスラム教において「第4の聖地」とみなされることもあり、このザウィヤは北アフリカで最も重要な巡礼地の一つです。
現在も信仰の対象となっており、婚約式や割礼の儀式など、地元の宗教的な祝祭の場としても利用されています。 -
※この画像は、チュニジアのケロアンにあるシディ・サハブ霊廟の内部の様子です。
チュニジアの伝統的なスタイルである、複雑なゼリージュ(タイル)装飾が壁面を彩っています。
タイルだけでなく、白い漆喰に施された繊細な彫刻も特徴的です。
ケロアンは、グランドモスクや霊廟で知られる世界文化遺産に登録されている都市です。
チュニジアは国民の大部分がイスラム教徒であり、このような美しい宗教施設が多く存在します。 -
※この画像は、チュニジアのケロアン(カイルアン)にあるシディ・サハブ霊廟(別名:バーバー・モスク)の中庭です。
シディ・サハブ霊廟の概要
場所: イスラム教第4の聖地とされる古都ケロアンに位置しています。
由来: 預言者ムハンマドの同行者(サハーバ)であったアブ・ザマ・エル・ベラウィの霊廟です。彼はムハンマドの髪の毛を常に3本持ち歩いていたという伝説から、「バーバー(床屋)モスク」とも呼ばれています。
特徴: 17世紀に再建された建物は、美しいモザイクタイル、透かし彫りのスタッコ(漆喰)、大理石の柱など、マグリブ地方(北アフリカ)で最も美しいとされる装飾で知られています。
重要性: ケロアンは1988年に世界遺産に登録されており、この霊廟は巡礼地としても非常に重要な場所です。 -
※この画像は、チュニジアのカイルアンにある「シディ・サハブ霊廟」の内部の様子です。
構造: 美しいドーム型の天井と、精巧な石膏彫刻(スタッコ)の壁面が特徴です。
装飾: 下部には美しい幾何学模様や花模様のタイル装飾が見られます。
歴史: 預言者ムハンマドの友人であり、床屋でもあった聖者アブ・ザマ・エル・ベラウィが葬られている場所です。
用途: 現在でも多くの参詣者が訪れる神聖な場所です。 -
※この画像は、チュニジアのカイロワンにあるシディ・サハブ霊廟(別名:床屋のモスク)の中庭の様子です。
この霊廟は、預言者ムハンマドの友人であり、常に預言者の顎ひげの毛を3本持ち歩いていた聖者アブ・ザマ・エル・ベラウィを祀っています。
美しいタイルの装飾と、イスラム建築の優雅なアーチが特徴的な場所です。
カイロワンは街全体がユネスコの世界遺産に登録されており、北アフリカにおける重要なイスラム都市です。
現在も信仰の場として多くの信者が訪れています。 -
※チュニジア、カイルアンにあるこの場所は、シディ・サハブ霊廟(別名:床屋のモスク、ザウィヤ・シディ・サハブ)の内部、具体的にはマドラサ(宗教学校)の中庭または祈祷室です。
概要
この歴史的な複合施設は、預言者ムハンマドの同行者(サハーバ)であったアブ・ザマ・エル・ベラウィを祀っています。彼は預言者の髭を3本常に持ち歩いていたという伝説から、「床屋のモスク」という通称で知られています。
主な特徴
建築スタイル: カイルアンの伝統的な建築様式とアンダルシア様式が融合しており、繊細なスタッコ(浮き彫り)細工、鮮やかなタイル装飾、優雅なアーチが特徴です。
重要性: カイルアンはイスラム教における「第4の聖地」とされており、この霊廟は巡礼者にとって非常に重要な場所です。
用途: 礼拝だけでなく、割礼や婚約などの儀式、宗教教育の場(マドラサ)としても利用されています。 -
※画像に写っている場所は、チュニジアの古都カイルアンにあるシディ・サハブ霊廟(別名「床屋のモスク」)です。
場所の概要
名称: シディ・サハブ霊廟 (Sidi Sahbi Mausoleum)
別名: 床屋のモスク (Mosque of the Barber / Zawiya of Sidi Sahib)
重要性: 預言者ムハンマドの友人であり、常に彼のあごひげを3本持ち歩いていたとされるアブ・ザマ・エル・ベラウィ(シディ・サハブ)が祀られています。
特徴: 内部は美しいモザイクタイルや漆喰装飾で彩られた回廊が特徴で、礼拝堂には鮮やかな赤い絨毯が敷かれています。
観光情報
所在地: チュニジア、カイルアンのメディナ(旧市街)の外側に位置します。
開館時間: 毎日 7:00 ~ 20:00 頃まで開館しています。
注意点: 聖なる場所であるため、訪問の際は控えめな服装(頭や肩、膝を隠すなど)が求められる場合があります。 -
ムスリムに間違われ、、、。
※画像中央に見える格子で囲まれた場所は、聖人の墓(棺)です。ここはチュニジアのイスラム教徒にとって非常に神聖な場所であり、多くの巡礼者が訪れます。 -
※緻密な装飾: 壁面や天井は、チュニジア特有のカラフルなタイル(ゼリージュ)や精巧なスタッコ彫刻で装飾されています。
豪華な照明: 中央には大きなクリスタルシャンデリアが吊り下げられています。
聖なる場所: 預言者ムハンマドの友人の一人であるサハバ(Sahaba)を祀る霊廟であり、重要な巡礼地です。
美しい建築: イスラム建築の傑作とされ、内部の回廊や中庭も非常に美しいことで知られています。 -
今日も快晴!
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※この画像は、チュニジアのケロアンにあるシディ・サハブ霊廟の周辺の様子です。
ケロアンはイスラム世界において、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ「第4の聖地」とされており、この霊廟は北アフリカで最も美しい霊廟の一つと称えられています。 -
※の画像は、チュニジア共和国にある世界遺産都市「ケルアン」の地図を描いたタイル看板です。
ケルアンは北アフリカにおける最初のイスラム都市であり、街全体が世界遺産に登録されています。
「ケルアン」という名前は、アラビア語で「軍事集団」や「キャラバン」を意味しています。
この都市は非常に歴史的に重要な場所であり、信仰の場所として知られています。 -
※この画像は、チュニジアの「遺産保存文化振興庁(Agence de Mise en Valeur du Patrimoine et de Promotion Culturelle)」の建物です。
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残念ながらここは閉まってた!
※この画像に写っている建物は、チュニジアの古都ケロアン(カイルアン)にある「アグラブ朝の貯水池(Aghlabid Basins)」の入り口、またはその管理棟です。
建物の詳細
場所: チュニジアのケロアンに位置しており、この建物は世界遺産「ケロアン」の一部である「アグラブ朝の貯水池」の観光拠点となっています。
役割: 9世紀にアグラブ朝によって建設された大規模な貯水システムを管理するための施設です。
特徴: 建物は伝統的なイスラム建築様式で、上部にはチュニジアの国旗が掲げられています。
観光情報
入場チケット: ここでチケットを購入すると、ケロアンの主要な観光スポット(グランド・モスク、シディ・サハブ霊廟など)を巡ることができる共通券となっていることが一般的です。
見どころ: 建物のすぐ裏手には、かつて街に水を供給していた直径100メートルを超える巨大な円形の貯水池が広がっています。 -
※この画像に写っている建物は、チュニジアのカイルアン(ケロアン)にあるアグラブ朝の貯水池(Aghlabid Basins)の入り口です。
概要
アグラブ朝の貯水池は、9世紀(862年)にアグラブ朝の君主アブー・イブラーヒーム・アフマドによって建設された、中世イスラム世界における高度な土木技術を示す重要な遺構です。
機能: かつては周辺の山から引いた水を貯蔵し、カイルアンの街へ供給するための主要な水利システムでした。
構造: 大小2つの円形の池(貯水槽)で構成されており、大きい方の池は直径約128メートルに及びます。
現在: カイルアンはイスラム教の「第4の聖地」とされ、ユネスコの世界遺産にも登録されています。この建物(画像中央)は観光案内所や展望台としての役割を兼ねており、屋上からは貯水池全体を見渡すことができます。 -
※画像にあるのは、チュニジアのケロアン(カイルアン)にあるモニュメントです。
概要
場所: チュニジア共和国のケロアンに位置しています。
デザイン: 彫刻的な上部構造と、下部の壁面には都市の風景やアラビア文字のような装飾が施されたカラフルなタイル画が特徴です。
周辺環境: このモニュメントは、世界遺産にも登録されているケロアンの街のランドマーク的な存在として知られています。ケロアンは「50のモスクの都市」と呼ばれ、チュニジア人の精神的な拠り所となっている歴史的な都市です。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのケロアン(カイルアン)にある「詩人の壁」(The Mural of Poets)という記念碑的なモニュメントです。
この作品の詳細は以下の通りです。
モニュメントの概要
名称: 詩人の壁(Jidariyat ash-Shu'ara / جدارية الشعراء)
場所: チュニジア、ケロアン
作者: チュニジアの芸術家、フセイン・ミクダディ(Hussein Miqdadi)氏
特徴
デザイン: 壁の上部には、アラビア文字を象った巨大な彫刻が施されています。
装飾: 壁面には、カラフルなタイルや絵画で街の風景や文字が描かれた大規模な壁画(モザイク)が特徴です。
文化的背景: ケロアンはユネスコの世界遺産にも登録されている古都であり、このモニュメントは街の文化的・芸術的象徴の一つとして知られています。 -
てくてくてくてく、、、。
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※画像に写っているのは、チュニジアのケルーアン(Kairouan)にある伝統的なイスラム墓地です。
この場所はケルーアンの大モスク(グランド・モスク)の近くに位置する歴史的な墓地で、砂地に並ぶ独特な形状の白い墓石が特徴です。
イスラム墓地の特徴
埋葬方法: イスラム教徒の埋葬は伝統的に土葬で行われます。
向き: 遺体は聖地メッカ(キブラ)の方角に向けて安置されます。
墓石のデザイン: 王族などの例外を除き、一般的に墓石は質素な作りとなっています。
死生観: イスラムの教えでは、死は終わりではなく次の世界への門出や状態の変化として捉えられています。 -
そして、ここ!
※この画像は、チュニジアのカイルアンにあるカイルアンの大モスク(ウクバのモスク)です。
7世紀に建設が始まった、北アフリカで最も古く、最も重要なモスクの一つです。
画像に写っている特徴的な四角い塔はミナレット(光塔)です。
このモスクは、イスラム教徒にとって神聖な場所であり、多くの観光客が訪れる歴史的な名所です。 -
※この画像に写っているのは、チュニジアの古都ケロアンにあるグランド・モスク(別名:ウクバのモスク)です。
このモスクは、マグレブ(北アフリカ)で最も古く、アフリカ初のモスクとされています。イスラム教において、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ第4の聖地として非常に重要な存在です。
主な特徴
歴史: 670年頃にウクバ・イブン・ナフィによって創建されました。現在の建物の原型は、9世紀のアグラブ朝期に再建されたものです。
建築: 画像に見える太い四角形の塔はミナレットで、北アフリカやスペインにおけるモスクの原型になったと言われています。
聖地としての価値: ケロアンに7回参拝することは、メッカに1回参拝することに匹敵すると信じられています。
世界遺産: このモスクを含む「古都ケロアン」全体がユネスコの世界遺産に登録されています。 -
※建築的特徴:
中庭: 広大な石畳の中庭があり、周囲を列柱廊が囲んでいます。
礼拝堂: 写真の正面に見えるドームの下が礼拝堂の入り口です。内部には、ローマ時代やビザンチン時代の遺跡から転用された多数の大理石の柱が並んでいます。
ミナレット: 巨大な四角形のミナレット(光塔)があり、街のランドマークとなっています。 -
※建築的特徴:
ミナレット: 画像中央の太い四角形の塔は高さ約35メートルあり、3層構造になっています。
中庭: 広い中庭には大理石が敷き詰められており、周囲は美しいアーチ状の柱廊で囲まれています。
礼拝堂: 内部には立派な絨毯や大きなシャンデリアがありますが、イスラム教徒以外は立ち入りが制限されています。 -
※日時計: 手前には、中庭の時間を計るための伝統的な日時計が設置されています。
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※建築の特徴:
軍事司令官ウクバ・イブン・ナーフィによって建てられ、別名「シディ・ウクバ・モスク」とも呼ばれます。
建設を急いだため、414本もの柱の多くにローマやビザンツ時代の遺跡から流用されたものが使われています。
外観は要塞のように堅牢な造りですが、内部には優雅な回廊と大理石の中庭が広がっています。
※ウクバ・イブン・ナフィ(622年 - 683年
「ウクバとしても知られるイブン・ナフィーは、ウマルの治世以来ラシドゥン・カリフに仕え、その後ムアーウィヤ1世とヤズィード1世の治世中にウマイヤ朝カリフに仕えたアラブの将軍で、現在のリビア、チュニジア、アルジェリア、モロッコを含むマグレブ諸国のイスラム教徒の征服を指揮した。」
「ウクバは、イスラムの征服を安定させるには、マグレブの地にイスラム教徒の拠点、そしてイスラムの征服を継続するための出発点となる都市を建設する必要があることを認識していた。そこで、彼はカイルアンの建設に着手した。言い換えれば、カイルアンの建設は、マグレブにおけるイスラム国家の安定を真に表現したものであり、ウクバの統治によりイフリーキヤ州が始まったが、同州はしばらくの間フスタートの政府に従属していた。カイルアンの建設は、間違いなく健全な政治思想を示している。なぜなら、これはマグレブをカリフ制国家の一部へと変革し、イスラム征服運動の最高目標を達成するのに役立つからである。これがなければ、そこは単なる襲撃と遠征の辺境地域にとどまっていたであろう。」
→ベルベル人にイスラム教を、、、そのためにケルアンを建設したんですね、、、。 -
※この画像は、チュニジアのケルアンにあるウクバのモスク(ケルアンの大モスク)の内部です。
7世紀に建設が始まった北アフリカ最古のモスクの一つです。
美しいアーチ状の列柱と、伝統的な絨毯が敷き詰められた祈祷ホールが特徴です。
この場所はユネスコの世界遺産に登録されているケルアン旧市街の一部です。 -
※建築の特徴
ミナレット: 中庭の北側に、高さ約35mの巨大な3階建てのミナレット(光塔)がそびえ立っています。
中庭: 広大な大理石の中庭が特徴で、周囲を列柱廊が囲んでいます。
再建: 現在の建物の原型は、9世紀のアグラブ朝時代に再建されたものです。
観光情報
アクセス: チュニスから南へ約160kmの場所に位置し、乗り合いタクシー(ルアージュ)などで約2時間から2時間半ほどでアクセス可能です。
入場制限: イスラム教徒以外は礼拝堂内部に入ることはできませんが、開いているドアから中を覗いたり、中庭や外観を見学したりすることは可能です。 -
※建築の特徴
四角いミナレット: アフリカのモスクに特徴的な、高くそびえる四角い尖塔(ミナレット)が立っています。
大理石の中庭: 広大な中庭には大理石が敷き詰められており、雨水を地下の貯水池へ流すために、中央の排水溝に向かってわずかに傾斜しています。
歴史的な柱: 建物に使用されている多くの柱は、カルタゴなどの古代ローマやビザンチンの遺跡から転用されたものです。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのケロアン(カイラワーン)にある大モスク(ウクバ・イブン・ナーフィのモスク)の礼拝堂内部です。
概要
このモスクは、670年に建設された北アフリカ最古のモスクの一つであり、イスラム教においてメッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ「第4の聖地」とされています。
礼拝堂の特徴
森林のような列柱: 礼拝堂内には、ローマ時代の遺跡などから集められたと言われる、異なるデザインの円柱が400本以上並んでいます。
豪華なシャンデリア: 天井からは巨大で華やかなシャンデリアが吊り下げられており、神聖な空間を照らしています。
美しいカーペットと彫刻: 床には赤いカーペットが敷き詰められ、入口には1829年に作られた精巧な木製の彫刻ドアがあります。 -
入れてくれなかった?
※礼拝堂の内部は、信者以外は入り口から覗くのみで、立ち入りは制限されている場合があります。 -
※構造: 画像に写っている四角い塔はミナレット(礼拝時刻を告げるための塔)です。
礼拝するのは、、、
※イスラム教では、1日5回(夜明け前、昼、午後、日没、夜)、太陽の位置に合わせて礼拝(サラート)を行います。時間は固定ではなく、日の出・日没の時刻に基づき毎日変動します。おおよそ「夜明け前」「正午すぎ」「午後3~4時頃」「日没直後」「夜」の5回です。
1日5回の礼拝時間と名称
・ファジュル(夜明け前): 夜明けから日の出まで
・ズフル(正午): 正午すぎから午後
・アスル(午後): 影が伸びる午後3時頃から
・マグリブ(日没): 日没直後
・イシャー(夜): 就寝前
特徴: 礼拝の時間は「その時間帯」を指し、厳密な固定時刻ではなく、アザーン(呼びかけ)などを合図に行います。
場所: メッカの方向に向かって、心身を清めてから行われます。
影響: 太陽の動きに依存するため、場所や季節によって時間は毎日変わります。
※マグレブ諸国、、、アラビア語で「日が沈む場所」「西方」を意味するのがマグレブ(マグリブ)、メッカから西の方の国々を指す。 -
※建物は要塞のような外壁に囲まれており、内部の礼拝所にはローマ時代の遺跡から流用された大理石の柱が多く使われています。
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※画像に写っているのは、チュニジアのケロアンにあるウクバ・モスク(グランド・モスク)にある、彫刻が施された古い木製のドアです。
伝統的なアラブ様式: この木製の扉は、伝統的なアラブ・オリエンタル様式のデザインが特徴です。
装飾: 扉には金属製のスタッズ(鋲)が打ち付けられており、重厚な造りになっています。周囲の石造りの壁には、植物をモチーフにした細かな彫刻が施されています。
歴史的背景: ウクバのモスクは、北アフリカで最も重要なイスラム建築の一つであり、ユネスコの世界遺産にも登録されている歴史的な場所です。
このような伝統的な木製扉は、カタールなどの他のアラブ諸国でも見られ、大きな扉は家族用、小さな扉は来客用といった、プライバシーを保護するための建築的な工夫が凝らされていることもあります。 -
※カイロワンの大モスク:歴史的解説
起源と歴史
建立: 西暦670年(イスラム暦50年)、アラブの将軍ウクバ・イブン・ナーフィによるカイロワンの街の創設とともに、北アフリカ(マグリブ地方)で最初の礼拝所として建立されました。
再建: 現在の建物の原型は、9世紀(西暦817年~838年)にアグラブ朝の支配者ズィヤアダトゥッラー1世によって、古いモスクの跡地に再建されたものです。
モデルとしての役割: このモスクは、その後のマグリブやアンダルシア地方のモスク建築のモデルとなりました。
建築的特徴
敷地面積: 9,000平方メートルを超える広大な敷地を占めています。
ミナレット: 北側に位置する四角いミナレット(光塔)は高さ32メートルで、3層構造になっており、世界で最も古いミナレットの一つに数えられます。
中庭(サーン): 大理石で舗装された広い中庭があり、周囲を回廊が囲んでいます。
外壁: 厚さ1.9メートルの重厚な石壁で囲まれており、要塞のような外観を呈しています。
宗教的・文化的重要度
聖地: カイロワンはイスラム教の聖都の一つであり、このモスクはマッカ(メッカ)、マディーナ(メディナ)、エルサレムに次ぐ、イスラム教第4の聖地とみなされることもあります。
学問の中心: 中世において、モスクはイスラム思想や世俗科学を教える教育の中心地でもあり、その役割は当時の中世ヨーロッパにおけるパリ大学にも比肩すると言われました。
世界遺産: 現在、このモスクを含むカイロワンの街はユネスコの世界遺産に登録されています。 -
※この画像は、チュニジアにある歴史的な建物、カイラワーンの大モスクの構造を示した平面図です。
「HISTORIC STAGES(歴史的段階)」というタイトルの通り、モスクが時代を経てどのように拡張・改築されてきたかが示されています。
図面には、オリジナルの8世紀の構造から、その後の世紀に行われた追加部分が色分けや記号で区別されています。
中心にある大きな四角い空間は、モスクの中庭(サーン)を表しています。 -
※この画像は、チュニジアの世界遺産都市ケロアンにある「ウクバ・イブン・ナーフィ・モスク(大モスク)」の建築的な詳細を解説する案内板です。
ケロアンはイスラム教の第4の聖地として知られています。
案内板には、モスク内部の礼拝室(La Salle de Prière)の写真や、彫刻、タイルなどの細かい装飾要素が紹介されています。
建築的に重要な特徴や、歴史的な情報が提供されています。 -
大モスク見学後は、メディナへ、、、。
⭐「メディナ」のもう一つの意味(北アフリカ):
モロッコやチュニジアなど、北アフリカのアラブ都市における「旧市街」を指す言葉。石壁に囲まれ、迷路のような細い道にスーク(市場)が並ぶエリア。
※この画像は、チュニジアにある世界遺産都市、ケロアン(カイルアン)の旧市街の様子です。
世界遺産の街: ケロアンは北アフリカにおけるイスラム発祥の地であり、イスラム教の重要な聖地として知られています。
歴史ある景観: 7世紀に建設されたこの都市のメディナ(旧市街)は、白壁の建物が並ぶ歴史的な場所です。
スーク(市場): 入り組んだ路地にはスークが広がり、地元の生活や伝統的なバザールが点在しています。
観光地: 迷路のような路地裏や、爽やかな色使いの建物が観光客を魅了しています。 -
※この画像に写っている建築要素は「マシュラビア」と呼ばれる、中東や北アフリカの伝統的な住宅に見られる木製の格子窓です。
機能: 外からは中が見えにくく、中からは外が見えるプライバシー保護の機能があります。
環境: 格子状の木工細工が直射日光を遮りつつ、風を通して室内の温度を下げる自然なエアコンの役割を果たします。
デザイン: 木片を組み合わせて複雑な幾何学模様が作られており、芸術的な装飾としても機能します。
歴史: 古くからの伝統的な建築技術であり、歴史的な街並みを象徴する要素です。 -
※この画像は、チュニジアのカイルアンにあるメディナ(旧市街)の路地です。
カイルアンは北アフリカにおけるイスラム教の聖地として知られています。
迷路のように入り組んだ路地と、白い壁に青い装飾が特徴的です。
旧市街全体が世界遺産に登録されています。
メディナ内には伝統的な市場(バザール)や歴史的な建造物が点在しています。 -
※画像に写っている建物は、チュニジアの古都ケロアン(カイラワン)のメディナ(旧市街)にあるEl Fell Mosque(エル・フェル・モスク)です。
建物の詳細と特徴
場所: チュニジア、ケロアンのメディナ内。ケロアンは、メッカ、メディナ、エルサレムに次ぐイスラム教第4の聖地として知られています。
建築スタイル: 白い外壁と四角いミナレット(光塔)が特徴的な、チュニジアの伝統的なイスラム建築様式です。
周辺環境: 建物はメディナの細い路地に面しており、典型的な古都の風景の一部となっています。
歴史的背景
ケロアンは7世紀後半にアラブ人によって建設された都市で、北アフリカにおけるイスラム発祥の地でもあります。1988年には「聖都ケロアン」としてユネスコの世界遺産に登録されました。 -
※画像は、チュニジアにあるケロアン(カイルアン)のメディナ(旧市街)の街並みです。
ケロアンのメディナについて
歴史的背景: 670年頃に建設が始まった北アフリカにおけるアラブの第一拠点であり、中世にはムスリムの中心地として栄えました。
特徴: 城壁に囲まれた迷路のような路地が特徴で、白壁に青い扉や窓枠が映える独特の景観が広がっています。 -
※この画像は、チュニジア共和国のケロアンにある世界遺産の旧市街「メディナ」の風景です。
歴史ある景観: 7世紀に建設が始まった北アフリカにおけるイスラム発祥の地であり、聖地の一つとして知られています。
特徴的な街並み: 白い壁と、格子窓などの青い装飾が特徴的な、入り組んだ路地が続いています。 -
※提供された画像は、チュニジアの聖都ケロアン(カイルアン)にあるメディナ(旧市街)の路地を写したものです。
概要
ケロアンのメディナは、街全体が世界遺産に登録されており、白く塗られた壁と青い装飾が特徴的な、中世の雰囲気を色濃く残す迷路のような路地が続いています。
主な特徴
建築スタイル: 画像に見られるような、白い外壁に美しい格子(マシュラビーヤ)が施された窓や、独特の彫刻がなされた木の扉を持つ建物が建ち並んでいます。
歴史的背景: ケロアンは670年頃に建設が始まり、マグレブ地方におけるイスラム教の重要な聖地の一つとなりました。
観光: グランド・モスクや「3つの扉のモスク」など、多くの歴史的建造物がメディナ内に点在しており、散策が観光の目玉となっています。 -
※この画像は、チュニジアのケルアンにあるシディ・ブ・マフルーフ・モスクです。
このモスクは、聖都ケルアンのメディナ(旧市街)に位置しています。
伝統的なイスラム建築様式で、美しいドームが特徴です。
ケルアン自体が世界遺産に登録されており、北アフリカにおける重要なイスラム信仰の拠点の一つです。 -
※この写真は、チュニジアの歴史的な都市、ケルアン(Kairouan)の街並みです。
ケルアンは、北アフリカにおけるイスラム教発祥の地であり、世界遺産にも登録されている「聖都」です。
写真に見られる建物は、メディナ(旧市街)周辺の典型的なイスラム建築スタイルです。
この都市は、イスラム教の重要な聖地として、メッカ、メディナ、エルサレムに次いで4番目に重要視されています。
街全体が歴史的価値を持ち、多くのモスクや古い建物が残されています。 -
しつこいですが、、、
「ケロアンのグランド・モスク(シディ・オクバ・モスク)」です。
※観光情報
場所: チュニジアの首都チュニスから南に約160km(車で約3時間)の場所に位置しています。
見どころ: 白大理石が敷き詰められた広大な中庭や、ローマやビザンチンの遺跡から転用された美しい柱が並ぶ礼拝堂などがあります。 -
※この画像に写っている大砲は、チュニジアのケロアン(Kairouan)にある、メディナ(旧市街)周辺の広場で見ることができます。
場所と周辺情報
都市: チュニジア共和国のケロアン。
詳細な場所: メディナの城壁に近いオム・エルムミニン・アイシャ通り(Rue Oum Elmouminin Aicha)付近の広場に展示されています。
周辺の景観: 広場には複数の大砲が設置されており、周囲には低い石造りのプランターやヤシの木が配置されています。 -
マップスミーに表示に出ていた博物館、、、。ただの絨毯屋さんでした。絨毯はトルコで買ってしまったので、もういい、、、
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※画像に写っているのは、チュニジアのカイラワンにあるウクバのモスク(カイラワンの大モスク)の外壁の一部、バブ・ラッラ・リハナ(Bab Lalla Rihana)です。
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てくてくてくてく、、、
※ケルアンは670年頃に建設され、アラビア語で「キャンプ」や「キャラバン」を意味する言葉に由来しています。 -
※この画像は、モロッコのエッサウィラという都市の風景です。 ❌❌❌
チュニジアのケルアンのメディナですが、、、、 -
ケルアン(Kairouan)にある歴史的な邸宅、ダール・アール・ムラビト(Dar Al Mourabit)に入りました。
※画像に描かれているのは、イスラム教における預言者の家系図(シュジャラ・アン・ナサブ)です。この図は、人類の祖とされるアダム(アダムとハワー)から始まり、アブラハム(イブラーヒーム)を経て、最終的に預言者ムハンマドへと続く神聖な系譜を視覚化したものです。
家系図の主な構成
起源: 系図の根幹には、最初の人類であるアダムが位置しています。
主要な分岐: 系図は複数の重要な預言者の系統に分かれています。特にアブラハム(イブラーヒーム)からの分岐は重要で、彼の息子であるイサク(イスハーク)とイシュマエル(イスマイール)の系統が描かれています。
預言者たちのつながり: モーセ(ムーサー)、ダビデ(ダーウード)、ソロモン(スライマーン)、イエス(イーサー)など、旧約・新約聖書にも登場する預言者たちがイスラム教の文脈で配置されています。
終着点: 系図の多くは、最終的な預言者とされるムハンマド(およびその部族であるクライシュ族)で結ばれています。
文化的・宗教的背景
このような家系図は、イスラム圏において預言者たちの歴史的・霊的なつながりを確認するための教育的な資料として広く用いられています。画像の下部に見えるアラビア語のテキスト(「شجرة نسب آل المرابط」など)は、特定の家系や部族(この場合は「ムラービト家」の可能性)の系譜を示していることもあります。 -
※写真の人物は、フサイン朝(1705年 - 1957年)時代に、現在のチュニジアにあるケロアン(Kairouan)の総督(Qaid)を務めたシ・エル・ハディ・ベン・アリ・ムラベ・アル・ガリアーニ(Si El Hadi Ben Ali Mourabet Al Ghariani, 1887年 - 1939年)であると考えられます。
この人物は、ケロアンの伝統的な家系であるアル・ガリアーニ家の一員です。
人物の詳細:
名前: シ・エル・ハディ・ベン・アリ・ムラベ・アル・ガリアーニ
生没年: 1887年 - 1939年
役職: フサイン朝時代のケロアンの総督(Qaid) -
誰?
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※右の肖像画に描かれている人物は、リビアの王族であるムハンマド・アッ=リダー・アッ=サヌーシー(Mohammed El Senussi、1891年 - 1955年)であると考えられます。
人物について
出自: 彼はリビア国王イドリース1世の弟であり、サヌーシー教団の第2代指導者ムハンマド・アル=マフディー・アッ=サヌーシーの次男です。
地位: 1951年にリビア連合王国が成立した後、兄である国王によって王太子に指名されました。
生涯: ジャグブーブのオアシスで生まれ、リビアの政治や宗教において重要な役割を果たしましたが、1955年に亡くなりました。
画像の背景
この画像は、チュニジアにある歴史的な邸宅、Dar El Mrabet(ダル・エル・ムラベ)の内部で撮影されたものと考えられます。サヌーシー家などの重要な歴史的人物や王族の肖像画が飾られているのが特徴です。 -
※画像は、チュニジアの伝統的な住居に見られる「kouss hajjam」(または「farch hajaama」)と呼ばれる寝室のスタイル、あるいはそれに着想を得た装飾です。
特徴と背景
伝統的な形式: このデザインは、9世紀にまで遡るファーティマ朝の遺産とされています。
構造: 壁面に組み込まれたアーチ状の窪み(アルコーブ)にベッドが配置され、豪華な刺繍を施したカーテンやタイル、鏡で装飾されているのが特徴です。
場所: チュニジアのカイロワンなどの歴史的な都市にある伝統的な邸宅(ダール、Dar)によく見られるスタイルです。
画像に写っている特定の場所は、その豪華な装飾から、チュニジアの歴史的な邸宅や宮殿(例えば、チュニスのクサール・サイード宮殿の寝室など)に関連するものである可能性が高いです。 -
※画像は、チュニジアのケルアン(Kairouan)にある歴史的な邸宅、ダール・アール・ムラビト(Dar Al Mourabit)の内部を映したものです。
概要
この邸宅は現在、博物館として公開されています。室内には、伝統的なタイルの壁、豪華なシャンデリア、金色のカーテン、そしてアンティークの家具が配置されており、地域の歴史や文化を伝える空間となっています。
展示内容
肖像画: 壁には歴史的な人物の肖像画が飾られています。
調度品: 室内には、精巧な彫刻が施されたチェストや鏡、写真立てなどのアンティーク家具が並んでいます。
装飾: 特徴的な青と白の幾何学模様のタイルや、豪華な装飾が施されたシャンデリアが、19世紀から20世紀初頭にかけての貴族的な雰囲気を演出しています。
この博物館は、チュニジアの伝統的な住居様式や当時の生活様式を体験できる貴重な場所として、観光客にも人気があります。 -
※この画像は、1705年から1957年まで存在したフサイン朝チュニジアの統治者たち(ベイ)を描いたポスターです。
画像には、チュニジアを統治した歴代のベイ(Tunis Bey)たちの肖像画が描かれています。
彼らはオスマン帝国の支配下で高い自治権を持っていました。
ポスターの下部にはフランス語で「Les Beys de Tunis 1705-1957」と記載されています。
⭐フサイン朝( Beylicat de Tunis、オスマン語: Beyliğ-i Tunus)は、1705年にムラード朝が滅亡した後に成立したチュニジアの王朝。
①アル・フサイン1世イブン・アリ(1705年 - 1735年)
②アブ・ル・ハサン・アリ1世(1735年 - 1756年)
③ムハンマド1世アル・ラシード(1756年 - 1759年)
④アリ2世・イブン・フセイン(1759年 - 1782年)
⑤ハンムダ・イブン・アリ(1782年 - 1814年)
⑥ウスマーン・イブン・アリ(1814年)
⑦マフムード・イブン・ムハンマド(1814年 - 1824年)
⑧アル・フサイン2世・イブン・マフムード(1824年 - 1835年)
⑨ムスタファ・イブン・マフムード(1835年 - 1837年)
⑩アフマド1世イブン・ムスタファ(1837年 - 1855年)
⑪ムハンマド2世イブン・アル・フサイン(1855年 - 1859年)
⑫ムハンマド3世アッサーディーク(1859年 - 1882年)
※ 1881年4月、フランス領アルジェリアとの国境でベイの支配下にあったクロミール族の襲撃を伴う事件が発生。これがフランス遠征軍の派遣の最終的な口実となり、エル・ケフが占領され、5月1日にフランス軍がビゼルトに上陸した。フランス軍は5月11日にチュニスを占領した。そのためベイは5月12日にバルド条約に調印せざるを得なくなり、チュニジアはフランス保護領となった。
⑬アリ3世イブン・アル・フサイン(1882年 - 1902年)
⑭ムハンマド4世アル・ハーディー(1902年 - 1906年)
⑮ムハンマド5世アン・ナシル (1906年 - 1922年)
⑯ムハンマド6世アル・ハビブ(1922年 - 1929年)
⑰アフマド2世(1929年 - 1942年)
⑱ムハンマド7世アル・ムンシフ(1942年 - 1943年)
⑲ムハンマド8世(モハメド・エル・アミン・ベイ) (1943年 - 1957年)
※チュニジアにおけるフランスの保護領は1956年3月20日に正式に終了した。同日、チュニジア王国が建国され、ベイはチュニジア国王に即位した。しかし、彼の治世は短命に終わった。
1957年7月25日、制憲議会は挙手により王政を廃止し、共和国を宣言し、ブルギバを大統領に任命する投票を行った。
→チュニジア共和国
○フセイン2世・デ・チュニジア(1962年9月30日 – 1969年4月22日)
○ムスタファ 2 世(1969 – 1974)
○ムハンマド9世・アル・タイブ (1974 –1989)
○スライマン1世(1989年 - 1992年)
○アッラー 1世 (1992 – 2001)
○シャズリ 1世 (2001 – 2004)
○ムヒ ウッディン 1世)(2004 – 2006)
○ムハンマド10世(2006年 - 2013年)
○ムハンマド 11 世 アル ハビブ (2013 -2023)
○ラシッド・ナサール・ベイ王子(2023 - 2025)
フサイン朝は、1705年にムラード朝が滅亡した後に成立したチュニジアの王朝。名目上は、ムハンマド・アリー朝と同じくオスマン帝国領内の世襲制が認められた君侯国(ベイリク)の一つに過ぎず、君主号もベイ(君侯)であった。
1881年にフランスの保護領となり、以後、フランス総督がチュニジアにおける内政と外交の全権を持っていたが、名目上の統治者としてフサイン朝の君主がおり、フサイン朝はフランス統治下においても存続していた。1956年にフランスから独立する際、チュニジア王国として君侯国から王国に昇格した。 -
※画像に写っている場所は、チュニジアのケロアンにある歴史的邸宅、ダール・エル・ムラベット (Dar El Mrabet) です。
ダール・エル・ムラベットの概要
場所: チュニジア、ケロアンのバブ・ジェディド地区に位置しています。
特徴: 豪華で細部までこだわった内装が施された、歴史的な邸宅兼博物館です。
用途: 博物館として公開されているほか、ゲストハウスや特別なイベント会場(お茶会や食事など)としても利用されています。
スタイル: ケロアンの伝統的な建築と、洗練されたチュニジアの装飾が融合しています。 -
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※名称: ダル・エル・ムラベト(Dar El Mrabet / Dar Al-Rabit)
場所: チュニジア、ケルアンのシディ・アビド(Sidi Abid)地区に位置しています。
特徴: 伝統的な古い邸宅を博物館として公開しており、現地の歴史的な住居の様子を伝える施設です。
看板にはアラビア語で「ダル・エル・ムラベト(دار المرابط)」、フランス語で「Maison Musée」、英語で「Ancient House Museum」と表記されており、この場所が文化遺産としての古い民家であることを示しています。 -
シディ・アビド・アル・ガリアーニ霊廟
「このザウィヤの建設は14世紀後半に始まり、ケルアン出身の著名な 法学者アル・ジャディディによって着工されました。彼はヒジュラ暦786年頃(西暦1384年)にメッカ巡礼中に亡くなりました。彼の事業は弟子のアブ・サミール・アビド・アル・ガリアニによって継承され、彼は20年間この霊廟を教導の場として用いました。1402年に亡くなった後、彼は現在彼の名を冠した建物に埋葬されました。その後、この廟は主に17世紀 に何度か改築・改修されました。」ウィキより
※この画像は、チュニジアのケロアンにあるシディ・アビド・アル・ガリアーニ霊廟(Sidi Abid Al Ghariani Mausoleum)の内部です。
この場所は、17世紀に建てられたイスラム教の聖者の霊廟であり、美しい内装で知られています。
画像に写っているのは、聖者の墓を囲む精巧な木製の格子構造物(ザリハ)です。
壁や床には、チュニジア伝統の幾何学模様が施されたタイル(ゼリージュ)が敷き詰められています。
この施設は霊廟としてだけでなく、過去にはマドラサ(宗教学校)としても機能していました。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのケロアンにあるシディ・アビド・エル・ガリアーニの霊廟(Sidi Abid El Ghariani Mausoleum)の内部です。
この建物は14世紀に建てられ、イスラム建築の傑作として知られています。特に、複雑な幾何学模様や彫刻が施された木製の天井が大きな特徴です。
建物の特徴
場所: チュニジア、ケロアン。
装飾: 木製の天井には、精密な幾何学模様やアラベスク装飾が施されており、イスラム建築特有の美学を反映しています。
歴史的背景: シディ・アビド・エル・ガリアーニ(1402年没)という聖人に捧げられた場所で、現在はザウィヤ(イスラム教の修道場兼霊廟)として保存されています。 -
※この画像に写っている場所は、チュニジアのケロアン(カイルーアン)にあるシディ・アビド・アル・ガリアーニ廟(Sidi Abid el Ghariani Mausoleum)です。
場所の概要
名称: シディ・アビド・アル・ガリアーニ廟(ザウィアとも呼ばれる)
所在地: チュニジア、ケロアンのメディナ(旧市街)
特徴:
美しい中庭: 白と黒の縞模様のアーチ(ムーア様式)が特徴的な中庭があり、タイル張りの床や精巧な装飾が施されています。
歴史的背景: 14世紀に高名な法学者であったアル・ジャディディ(Al-Jadidi)によって設立され、彼の弟子であるシディ・アビド・アル・ガリアーニにちなんで名付けられました。かつてはマドラサ(イスラム教育機関)としても機能していました。
ケロアンはイスラム教の第4の聖地として知られており、この廟はその中でも代表的な歴史的建造物の一つです。 -
※ご提示いただいた画像に写っているのは、チュニジアのケロアンにあるシディ・アビド・エル・ガリアーニ霊廟(Mausoleum of Sidi Abid el Ghariani)の入口部分です。
この歴史的建造物について、以下の特徴が挙げられます。
施設の概要
名称: シディ・アビド・エル・ガリアーニ霊廟(またはザウィヤ)。
所在地: チュニジア、ケロアン。
歴史: 14世紀にケロアンの法学者アル・ガリアーニの主導で「ザウィヤ」(スーフィーの修行場)として創設されました。1402年に彼が亡くなった後、この建物に埋葬され、現在の名称で呼ばれるようになりました。
建築的特徴
装飾: 白と黒の石を交互に配した幾何学的な装飾(アブラク様式)が特徴的です。画像にも、入口上部にこの独特なパターンが見て取れます。
内部: 内部には美しいミフラーブ(礼拝の方向を示す壁の窪み)があり、大理石や彫刻で豪華に装飾されています。
役割: ケロアンにおいて最も美しい霊廟の一つとされており、教育施設としての歴史も持っています。 -
ケルアンのメディナ、、、。
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お腹すいたのでランチ!ここはレストランKeftaji Khairi、、、。
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せっかくなのでチュニジア伝統料理を、、、。
※画像に写っている料理は、チュニジアの伝統的な料理であるタスティラ(Tastira)、あるいはそれに非常に近いカフテジ(Kafteji)と思われます。これらは刻んだ野菜と卵を和えた料理で、多くの場合、フライドポテトやソーセージ(メルゲーズ)が添えられます。
料理の特徴
具材: ピーマンや唐辛子、トマト、カボチャなどの野菜を細かく刻んで揚げ、そこに目玉焼きを加えてさらに刻みながら混ぜ合わせます。
付け合わせ: 写真のようにフライドポテトが一緒に盛られることが一般的です。また、上に乗っている赤い肉は、チュニジアでよく食べられる羊肉のソーセージ「メルゲーズ」の可能性があります。
場所: 背景にあるメニューに「RESTAURANT M」とあり、チュニジアなどの北アフリカ地域のレストランで提供されているスタイルの食事です。
→そうそう、食事後、サービス?でお菓子を2つ程いただきました。調べたら、、、
※ケルアン名物のお菓子、、、
チュニジアの宗教都市ケルアン(ケロアン)の名物お菓子といえば、圧倒的に有名なのが「マクロード(Makroudh / Maqroud)」です。
ケルアン名物:マクロード (Makroudh)
特徴: セモリナ粉の生地にデーツ(ナツメヤシ)のペーストを詰め、ひし形に切って揚げ(または焼き)、ハチミツやシロップに浸した甘いお菓子です。
歴史: ケルアンはマクロードの発祥の地として知られ、何世代にもわたって技術が受け継がれています。
購入: 市内には多くの専門店(Makroudh Omrani, Makroudh Nizar, Makroudh Zitounaなど)があり、観光客に人気のお土産です。
バリエーション: デーツ(なつめやし)の他に、アーモンドを詰めたものや、オーブンで焼いたタイプもあります。
その他のケルアンの伝統菓子
グライバ (Ghrayba): ヒヨコ豆の粉、またはアーモンド粉などを使った、ほろほろとした食感のクッキー。
カク・アンバル (Kâk anbar): アンバー(龍涎香)の香りが特徴の、お祝い事でよく食べられる伝統的な焼き菓子。
ケルアンを訪れた際は、ぜひできたての温かいマクロードを味わってみてください。 -
さて、ケルアン観光は終了!スースに戻ります、、、あれ?なが~い行列が、、、何?
※画像に写っている建物は、チュニジアのケロアンにある乗り合いタクシー(ルアージュ)の拠点であるStation Louage(ルアージュ・ステーション)です。
ルアージュはチュニジアで一般的な中長距離移動手段で、特定の行き先ごとに車両が分かれており、満員になり次第出発するシステムです。
施設の詳細
名称: Station Louage Kairouan
所在地: チュニジア、ケロアン県(Gouvernorat de Kairouan)
用途: 都市間を結ぶ乗り合いタクシーのターミナル施設。
この場所からは、首都チュニスやスースなどの主要都市へ向かうルアージュが頻繁に運行されています。 -
自分もこの列に並びます、、、なかなか進まんけど、なんかあった?
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2時間くらい長ーい行列に並んで、ようやくスース行きチケットゲット!なぜ、こんなに時間がかかるのか、今もってわかりません。
※アラビア語の翻訳
上部レシート:
チケット番号: 3/777
日付: 02/01/26
時間: 15:32:27
車両: 1178 ツニス 192
運賃: 5.900
旅客サービス手数料: 0.300
請求金額: 6.200 ※約350円
目的地: スース
下部レシート:
運転手用控え
目的地: スース
日付: 02/01/26
時間: 15:32:27
出発地: カイラワン
車両: 1178 ツニス 192
運賃: 5.000 -
はー、疲れちゃった、、、チュニジアの謎ですわ!
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???スースに戻ってきた、、、。宿までてくてくてくてく、、、。
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途中にあった遺跡 たぶんRoman House of Masks。
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※画像に写っている建物は、チュニジアのスースにあるカスパ(Kasbah)と呼ばれる要塞の城壁です。
概要
スースのメディナ(旧市街)の南西に位置するこの要塞は、859年に建設されました。この場所はメディナの中でも最も高い位置にあり、防衛の拠点として機能していました。現在はスース考古学博物館として利用されており、ローマ時代の見事なモザイク画などが展示されています。
特徴
歴史的背景: 9世紀にアグラブ朝によって建てられ、それ以前のビザンツ帝国の砦の跡地に建設されました。
世界遺産: 要塞を含むスースのメディナは、ユネスコの世界遺産に登録されています。
カスパの塔: 要塞の一角には、かつて見張り塔や灯台として使われていたカスパの塔(カルフ・アル・ファター)が立っています。 -
ケルアンのルアージュに長時間を取られ、スースに戻ってきたのは夕方。ここは外観のみ、見学、、、。
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※この画像は、チュニジアのスースにあるスース考古学博物館の入り口です。
世界遺産の一部: この博物館は、ユネスコの世界遺産に登録されている「スースの旧市街(メディナ)」内に位置しています。
貴重なコレクション: チュニジアではバルド博物館に次ぐ規模を誇り、特にローマ時代の美しいモザイク画のコレクションで非常に有名です。
カスバ内のロケーション: 博物館はかつての要塞(カスバ)の建物を利用しており、歴史的な雰囲気の中で展示を楽しむことができます。 -
※この画像は、チュニジアのスース(Sousse)にある世界遺産「スース旧市街」の要塞、リバト(Ribat)です。
目的: かつてはスースの港と町を防衛するための要塞として築かれました。
見どころ: 高さ38メートルの塔があり、そこからは世界遺産の町並みや地中海を一望することができます。
隣接する博物館: 画像の左側に見える建物はスース考古学博物館であり、世界的に有名なモザイク画のコレクションを所蔵しています。 -
※画像は、チュニジアのスースにある世界遺産「スースのメディナ」の記念碑です。
世界遺産: この記念碑は、1988年12月にスースのメディナがUNESCOの世界遺産に登録されたことを記念して建てられました。
場所: チュニジア共和国の第3の都市、スースに位置しています。
特徴: 記念碑には「世界遺産 (World Heritage)」のエンブレムが記されています。 -
※この画像は、チュニジアの歴史ある港湾都市、スースのモザイク看板です。
スースはチュニジアの地中海沿岸に位置する第3の都市です。
紀元前11世紀から交易所として栄えた歴史を持つ都市です。
街全体が人気の観光スポットとなっています。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのスース(Sousse)にあるメディナ(旧市街)の城壁と、バブ・エル・ガルビ(Bab El-Gharbi)と呼ばれる門です。
バブ・エル・ガルビ(西門)の概要
場所: チュニジアの港町スースにある世界遺産「スースのメディナ」を囲む城壁の一部です。
特徴: 19世紀半ば、アフマド・ベイ(Ahmed Bey)の統治下で建設されました。この門はメディナの西側に位置しており、その名前はアラビア語で「西の門」を意味します。
建築: 城壁は重厚な石造りで、門の上部にはマチコレーション(出し狭間)などの防御的な特徴が見られます。このエリアは保存状態が良く、現在も当時の面影を残しています。
スースのメディナには他にもバブ・エル・ジェディド(Bab El Jedid)やバブ・エル・フィンガ(Bab el Finga)といった歴史的な門がいくつか存在しています。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのスース(Sousse)にあるメディナ(旧市街)を囲む城壁と、その門の一つである「バブ・エル・フィンガ(Bab El Finga)」です。
主な特徴と背景
世界遺産: この城壁に囲まれたスースの旧市街全体が、ユネスコの世界遺産に登録されています。
歴史: スースは紀元前7世紀にフェニキア人によって築かれた古い歴史を持つ街です。現在のメディナは、主に9世紀のアグラブ朝時代に形成されました。
保存状態: 城壁は修復を経て、現在でもメディナの外周をほぼ完全に取り囲む形で残っています。
バブ・エル・フィンガ: 画像に写っている大きなアーチ型の門は、メディナへの入り口の一つである「バブ・エル・フィンガ」と呼ばれています。
この周辺には、他にも軍事的な拠点であった要塞「リバト(Ribat)」や「カスバ(Kasbah)」などの歴史的建造物が点在しています。 -
※リバトは8世紀に建設された要塞で、スースのメディナとともにユネスコの世界遺産に登録されています。
かつてはイスラム教の戦士たちが駐屯する防衛拠点であり、宗教的な教育の場でもありました。
壁の最上部には監視塔があり、そこから地中海を一望することができます。
現在の画像では、修復された歴史的な石壁が夕暮れ時に美しくライトアップされています。 -
※主な特徴と見どころ
城壁と要塞: メディナは堅牢な城壁に囲まれており、画像に見える塔のような建物は、外敵を監視・防御するために建てられた要塞の一部です。
リバト: 近くには「リバト」と呼ばれる、要塞と礼拝の場を兼ねたメディナ最古の建物があります。その高さ38メートルの塔からは、街や港を一望できます。
サヘルの真珠: スースはその美しさから「サヘルの真珠」と称えられ、ヨーロッパからのビーチリゾート地としても非常に人気があります。
メディナの迷路: 城壁の内側には入り組んだ路地が広がり、アラブ風のモスクや賑やかなスーク(市場)を楽しむことができます。 -
※画像に写っているのは、チュニジアの港町スースにある「スースのリバト(Ribat of Sousse)」という要塞建築です。
歴史と概要
建造時期: 8世紀から9世紀(アッバース朝~アグラブ朝時代)にかけて建造された、スースの旧市街(メディナ)で最も古い建物の一つです。
役割: イスラム教の「リバト」とは、海岸線を守るための軍事的な要塞であると同時に、ムスリムの修行の場(修道院)でもありました。
世界遺産: スースのリバトを含む「スースの旧市街」全体が、1988年にユネスコの世界遺産に登録されています。
特徴
監視塔: 画像の中央奥に見える高い塔は、もともと見張り台(監視塔)として使われていました。高さは約38メートルあり、内部の螺旋階段(74段)を登って上からスースの街並みや地中海を一望することができます。
建築スタイル: 堅牢な石造りの城壁に囲まれており、初期イスラム軍事建築の典型的なスタイルを今に伝えています。
現在は観光スポットとして一般に開放されており、駅からメディナに入ってすぐの場所に位置しています。 -
※この画像は、チュニジアのスース(Sousse)にあるメディナ(旧市街)の壁に飾られた、古代ローマ時代のモザイク画のレプリカです。
モザイク画の詳細
主題: ローマ神話の海の神ネプチューン(ギリシャ神話のポセイドン)の勝利を描いています。
描写: ネプチューンが、2頭のヒッポカンポス(上半身が馬、下半身が魚の海馬)に引かれた戦車に乗っている姿が描かれています。
場所: オリジナルのモザイク画は、スース考古学博物館に所蔵されている「ネプチューンの勝利」として知られる有名な作品です。
背景情報
スースは古代ローマ時代に「ハドルメトゥム(Hadrumetum)」と呼ばれ、モザイク制作の重要な中心地の一つでした。画像のようなモザイクは、当時の裕福な市民の邸宅の床などを飾っていたものです。 -
※画像に写っている建物は、チュニジアの都市スース(Sousse)にある歴史的な建造物で、「シディ・ヤヒヤの霊廟(Mausolée Sidi Yahia)」、あるいは単に「マラブー(聖者廟)」として知られています。
この建物に関する主な情報は以下の通りです:
建物の特徴と歴史
名称と用途: シディ・ヤヒヤ(Sidi Yahia)という聖者を祀る霊廟です。かつては「姉妹の学校(École des Sœurs)」として知られ、フランス植民地時代にはカトリックの修道女によって運営される女子教育機関として使用されていた時期もありました。
外観: 白い外壁に幾何学的なタイル装飾、アーチ型の窓、そして屋上を縁取る特徴的な銃眼(凹凸のある装飾)が施された、典型的なアラブ・イスラム建築の様式を持っています。
立地: スースの中心部、世界遺産にも登録されているメディナ(旧市街)の入り口付近(ファルハト・ハシェド広場周辺)に位置しています。 -
いい雰囲気!
※画像は、チュニジアの都市スース(Sousse)にあるシディ・ヤヒヤ公園(Jardin Sidi Yahia)を映したものです。
場所と特徴
名称: シディ・ヤヒヤ公園(Jardin Sidi Yahia / Jardin Public Sidi Yahia)
所在地: チュニジア、スース。メディナ(旧市街)の入り口付近、バブ・ブハル(Bab Bhar)エリアに位置しています。
特徴:
石畳の広場に、美しく整えられた並木や大きなヤシの木が配置されています。
観光客や地元の人々が集まる憩いの場として親しまれており、夜にはライトアップされた光景が見られます。
近くには「ホテル・パリ(Hotel Paris Sousse)」などの宿泊施設や、歴史的なメディナがあります。 -
※画像は、北アフリカに位置するチュニジアの首都、チュニスの夕暮れ時の様子を捉えたものです。
チュニジアは地中海に面しており、ヨーロッパ風の近代的な新市街と、歴史的な旧市街(メディナ)が共存する国です。
画像に写っている旗はチュニジアの国旗です。
この地域は地中海性気候で、観光地として人気があります。
アラビア語が公用語ですが、フランス語も広く使用されています。 -
※主な特徴と見どころ
歴史的背景: スースは紀元前7世紀にフェニキア人によって造られた歴史ある街です。現在の旧市街は、7世紀にイスラム・ウマイヤ朝に征服された後に築き上げられました。
城壁と要塞: メディナは高さのある強固な城壁に守られており、9世紀のアグラブ朝時代に建てられたものが良好な状態で残っています。
主要スポット:
リバト(要塞): 8世紀に建設された最古の要塞で、見張り塔からはスースの街を一望できます。
グランド・モスク: 9世紀に建てられたイスラム教の礼拝堂で、リバトのすぐ隣に位置しています。
街の雰囲気: 「サヘルの真珠」と称される美しい港町で、旧市街の中には伝統的なマーケット(スーク)や商店が立ち並び、異国情緒あふれる風景が広がっています。 -
※画像は、バルドー国立博物館(バルド国立博物館)に所蔵されている、古代ローマの詩人ウェルギリウスを描いた有名なモザイク画です。 (これはスースの街中にあるレプリカ)
作品の詳細
主題: 二人の女神(ミューズ)の間に座るウェルギリウスの肖像。
内容: 中央に座っているのが詩人ウェルギリウスで、膝の上には彼の代表作『アエネーイス』の一節が記された巻物を持っています。
女神たち: 左側には叙事詩の女神カリオペ(歴史の女神クレイオーとする説もあります)、右側には悲劇の女神メルポメネが描かれています。
歴史的価値: 紀元前1世紀に活躍した古代文学史上最も重要な詩人の一人、ウェルギリウスの現存する最古の肖像画の一つとして極めて高く評価されています。 -
※画像に写っているのは、チュニジアのスースにある世界遺産のメディナ(旧市街)の一部である、スースのグランド・モスクです。
スースのグランド・モスク(Great Mosque of Sousse)
この建物はアグラブ朝時代の851年に建設されました。最大の特徴は、一般的なモスクのような装飾的なミナレット(光塔)を持たず、代わりに銃眼を備えた厚い壁で囲まれている点です。
要塞としての機能: 沿岸防衛システムの一部として建設されたため、宗教施設でありながら、敵の侵攻から街を守る要塞としての役割も兼ね備えていました。
特徴的な塔: 画像中央に見える丸いドーム状の屋根を持つ塔は、ミナレットではなく見張り塔としての機能を持っていました。
立地: 通常のモスクはメディナの中心に位置することが多いですが、このモスクは港や武器庫に近い場所に配置されています。
斜め向かいには、さらに古い8世紀建設の要塞修道院「リバト」があり、これら一帯がスースの象徴的な風景となっています。 -
※8世紀に築かれた要塞兼修道院で、現存するスース最古の建造物です。
敵の侵攻を防ぐ前線基地や、街を守る要塞として機能していました。
内部には、高さ約35mの監視塔があり、そこからの景色は絶景として知られています。
スースの旧市街(メディナ)の一部として、世界遺産に登録されています。 -
今日のディナー!
※提供された画像には、白いボウルに入った濃い赤褐色のスープ、揚げた春巻きのようなものとサラダが盛られた三分割の皿、そしてバスケットに入ったパンの盛り合わせが写っています。
この料理の組み合わせ、特にスープの見た目とパン、春巻きのようなサイドメニューから、モロッコの伝統的なスープであるハリラ(Harira)のセットである可能性が高いと考えられます。
料理の特徴
ハリラ: トマトをベースに、レンズ豆やひよこ豆、細かく砕いたパスタ、そして数種類のスパイス(シナモン、ジンジャー、ターメリックなど)を煮込んで作る栄養豊富なスープです。
サイドメニュー: 画像の右側にある三分割の皿には、揚げた春巻きのような「ブリワット」や、新鮮な野菜のサラダが見て取れます。これらは北アフリカや地中海料理でよく見られるサイドディッシュです。
パン: 左上のバスケットには、スープと一緒に食べるためのカットされたバゲットやパンが用意されています。
この食事は、モロッコなどの北アフリカ料理を提供するレストランでの一場面であると推測されます。 -
本日のオススメのタジン鍋にするか、パスタと焼き魚にするか迷ったあげく、これに!ただ、いまいちだった。隣で食べてるタジン鍋が美味しそうだった。失敗!
-
ここは Restaurant du Peuple でした。
https://www.hotelparis-sousse.com/restaurant-du-peuple
※画像は、チュニジアのスースにあるRestaurant du Peupleというレストランの外観です。
このレストランはスースの旧市街(メディナ)の中心部に位置しており、家族経営で本格的なチュニジア料理を提供していることで知られています。
施設情報
場所: チュニジア、スース、メディナの歴史地区内。
主なメニュー: タコ料理(タコのパスタなど)、カムーニア(肉の煮込み料理)、クスクスなどの伝統的なチュニジア料理。
特徴:
エキゾチックで装飾的なアーチ型の入り口が特徴です。
店内は清潔で居心地が良く、アットホームな雰囲気で地元の人や観光客に人気があります。
営業時間は毎日12:00から20:00までとなっています。 -
なんだか素敵!
※画像に写っている建物は、チュニジアのスースにあるサン・フェリックス教会(Église Saint-Félix de Sousse)です。
サン・フェリックス教会の概要
場所: チュニジアの港町スース(Sousse)に位置しています。
宗教: カトリック教会です。
建築: ネオ・ゴシック様式の尖塔が特徴的で、スースの近代的な街並みの中に立つ歴史的な建造物です。
この教会は、スースの中央駅の近くにあり、地元の人々や観光客にとって馴染みのあるランドマークとなっています。
以上、この日は、スース旧市街 - (1988年、文化遺産)とケルアン - (1988年、文化遺産)を観光しました。
⭐自分のクチコミより、、、
「備忘録です!滞在先はスース、、、。
1月2日、この日はイスラム社会の聖地、ケルアンに、、、。これで図らずも、メッカ、メディナ、エルサレム、そしてケルアンと4大聖地に訪れたこととなった。
計画では午前に世界遺産ケルアン見て、午後は世界遺産スースを見る、、、だったのだが、、、
朝、ホテルの朝食を頂き、タクシーにてバスターミナルへ。タクシーに、ケルアンに行きたい、バスターミナルまでお願い!と連れてってもらった所はミニバス乗り場だった。(マップスミーではlwajと出るバスターミナル)ここまでタクシー運賃3.1チュニジアディナール。チュニジアはタクシーメーター制なので、安心!
で、すぐにケルアン行きのミニバスで出発!運賃たしか6.2チュニジアディナール。本当はケルアンで1泊しようと思ってたんだが、ケルアンのホテルが高過ぎたので、スースから日帰り観光、、、泊まったホテルが年始サービスとかで個室朝食つきで3000円だったので、急遽2連泊に、、、。でてくてく観光観光!ここまでは順調だった。、、、
だいたい見たところでランチを食って、昼2時頃ミニバス乗り場に戻ったら、チケット売場が長蛇の列!???
チュニジアの不思議?チケットさばくのに何でこんなに時間がかかるの?なんと2時間立ちっぱなし!?やっと窓口にたどり着けたものの、係の人はチケット売ってくれない。しばらく沈黙が続く。そして5分後、おもむろに売ってくれた。、、、不思議としか言いようがない。乗り合いバスで満席になるまで出発しないのはよくあるけど、チケット買うだけなのに、こんなに待たされたのは初めて。チュニジアの方々、よくじっと待っていられるものだ。謎です。誰か知ってたら何でなのか教えて欲しいものだ。
というわけで、スースに戻ったのは夕方5時。スースも回ろうとの計画はあえなく失敗に終わった、、、。
この日の夕食はレストランにて、、、タジン鍋にする?それとも、、、。迷ったあげく、選んだのはパスタと焼き魚セット、、、失敗しました。パスタ、期待外れのブニョブニョパスタ、、、教訓、アフリカのパスタはブニョブニョパスタ!ガーナでもパスタは茹で過ぎ!」
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