2025/02/01 - 2025/02/05
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Giorgio Bianchiさん
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2025年1月-2月に行った地中海周遊旅行の旅行記です。
2025年1月27日-2月13日の18日間で、地中海に面する北アフリカ諸国(エジプト、リビア、チュニジア)と、マルタ及びイタリア(ローマ)の5か国を巡りました。初の北アフリカ旅行でしたが、予想以上に良い国ですっかりハマったので、次は行ってない内陸部含め再訪したいと感じました。
!!!
※旅行記執筆時点の2026年3月時点では、外務省の海外安全ホームページにて、リビア全土に「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」もしくは「レベル4:退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」の勧告が出ています。リビア渡航をされても責任は負いかねますので、ご自身の責任でお願い致します。リビアは状況の変化が激しい国ですので、必ずご自身で情報収集をするようにしてください。
!!!
リビア滞在は2/1~2/5の4泊5日。行程は以下の通り。
1日目:ミティガ空港到着→サブラータ→スルマン→トリポリ(泊)
2日目:トリポリ→クサール・ハッジ→ジャードゥ
→タルメイサ→ガリヤン→トリポリ(泊)
3日目:トリポリ→ホムス→レプティス・マグナ→トリポリ(泊)
4日目:トリポリ1日観光、トリポリ(泊)
5日目:朝、ミティガ空港よりチュニジアに出発
2011年以前は「ジャマーヒリーヤ体制」と呼ばれる独裁国家ながら、安定した国家として観光業も発達していたリビア。2011年のアラブの春を発端として発生した第一次内戦によるカッザーフィ政権の崩壊。そして、その後2014年から始まった第二次内戦。2020年に内戦は終結し、その後統一政府が発足しましたが、徐々に安定の方向に向かっているものの、未だ混乱が続いています。とはいえ、リビア政府自体も観光業を復活させたいようで、外国人旅行者向けのeVISAが開始され、この状況にも拘わらず外国人旅行者が戻りつつあります。
リビアでの外国人旅行者による旅行は、カッザーフィ政権時代から変わらず、ガイドと観光警察が同行するツアーでなくてはなりません。つまり、自由旅行はカッザーフィ政権時代から出来ない国なのです。それは変わらないようで...
というわけで、旅行会社に依頼してプライベートツアーを企画して貰い、リビア渡航を実現しました。リビアの玄関口となるトリポリ・ミティガ空港は周辺国からのフライトも多く、周遊旅行を組みやすいという点も助かりました。以前投稿したリビア旅行記を一つにまとめ再編集し、残りの旅程も入れて再投稿しています(元々の旅行記は削除済みです)。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩 飛行機
- 旅行の手配内容
- その他
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2025年2月1日(土)
カイロ発のエジプト航空はトリポリ・ミティガ空港に10:07着。
この日、トリポリ近郊は霧?靄がかかっていて景色があまり見えなかったのが残念でした。「謎の国」リビアを旅するにあたり、トリポリ空港は軍用機や軍用車も多く見えましたが、軍民兼用のため撮影は止めておきました。
トリポリ・ミティガ空港は元々使われていたトリポリ国際空港が内戦での被害によって使用出来なくなったため、新たな国際空港として運用されている空港。元々は1923年のイタリア植民地時代に造られた伊空軍の「メッラーア航空基地」でした。空港としては小規模で、こぢんまりとしています。
遅延の影響で結局空港への到着は11時過ぎになってしまいました。
空港では外国人入国の列に並び、入国カードはないけど外国人向けの入国審査には時間が掛かります。地球の歩き方に載っていたパスポートのアラビア語併記は必要ありませんが、入国にはビザが必須なので事前に大使館での領事ビザを申請するか、eVISAを申請します。eVISAの方が楽です。
というわけで無事入国し、ガイドと観光警察の2人と合流。列並んでる時腹痛だったので、早速空港のトイレを利用。空港のトイレもペーパーが無くてシャワーだけだったので、外国人はリビアの洗礼を味わいました。
空港でSIMカードが買える他、国内でも普通に制限なくネット使えます。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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空港を出て早速貸切車に乗ってサブラータ遺跡見学へと向かいます。
向かう道中でお店に寄って飲み物とおやつを購入。到着が遅くなって小腹が減ったのでこれで空腹を紛らわします。ガイドに良い天気で良かったね~と言われましたが、普通に靄ってるけどこれが良い天気なのか...?
んでもって、冬のリビアは意外と寒い!
ハイウェイで見る限りはトリポリと近郊の町では内戦の傷跡は最早感じられず、復興と活気を感じます。警察や軍は多く、たまに検問所がありますが、沿岸エリアでは特にチェックとかはされませんでした。途中のザーウィヤで大渋滞にハマりました。地中海沿岸はどこまでも町が続いている感じで、リビアはこのあたりに人口が集中しているのがわかります。
道中、ガイドと色々話をしましたが、リビアは旧イタリア植民地ですが、イタリア語は通じないようです。ガイドも喋れませんでした。ただ、お年寄りのリビア人と英語で話したりすると、イタリア訛りがあるのかNorthとNordとうっかり言ってしまったりとかがあるようです。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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そんなこんなでリビア1日目の目的地、サブラータに到着!
こちらはチケット売り場ですが、ツアー代金に含まれているので、チケット代は払わず。駐車場近くには出店が出ていますが、地元民向けな感じのモンしか売っておらず、サブラータ遺跡らしい土産はありませんでした。レプティス・マグナはチケット売り場周辺に土産物店が並んでいるので対照的な感じ。あと、一応ちょっとした飯屋もあります。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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遠くにローマ劇場が見えます。
サブラータではベテランおじいちゃんの専属ガイドが付いて案内してくれます。遺跡専門に特化したガイドが案内してくれるのは嬉しい!ユーモアに交えた面白い解説でとってもサブラータ観光が楽しめました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡は世界遺産に登録されています。
なので、入り口には世界遺産のモニュメントが。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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奥に見えるのはサブラータ遺跡に付属するローマ博物館。
別途入場料がいるようですが、訪問時は閉館中でした。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡はトリポリから西に67kmにある都市遺跡。
紀元前12世紀頃からフェニキア人が築いた町。紀元前517年には現在のチュニジアに位置するカルタゴの衛星都市となり、サハラ以南との交易の中継地点として栄えました。カルタゴ滅亡後はローマ支配下となり、周辺は「ローマの穀倉地帯」となり、古代ローマらしい都市になってきました。
このあたりは住居地区。
サブラータが栄えたのはアントニヌス・ピウス帝、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝、ルキウス・ウェルス帝、コンモドゥス帝、セプティミウス・セウェルス帝の5人の皇帝の時代でした。その後は栄光も陰りはじめ、365年には地中海沿岸を襲った大地震を契機に大きく衰退していきました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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やはり砂漠地帯ということもあるためか、遺跡のあちこちに当時のモザイク画が保存状態良く残っています。特に保存状態の良いモザイクは博物館に移送されて保管されているそうですが、野ざらし状態のモザイクも非常に保存状態が良いです。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡、てっきり誰もいない感じかと思っていましたが、地元の人たちの憩いの場というか公園的な感じになってました。地域に愛される世界遺産って良いですよね。外国人旅行者っぽいのは自分一人。とはいえ、ほとんどの人は劇場近くや神殿のほうに集中している感じで、他のエリアは人がほぼおらず独り占め出来る感じです。東洋人は珍しいらしく、リビア人の女の子が日本語で話しかけてくれたりもしました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡の「ベスの塔」。
塔の周辺はサブラータ遺跡で唯一フェニキア時代から手付かずとされている一帯が広がっており、三角形の塔は各面に古代エジプトの神ベス、人々、ヘラクレスが彫られています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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カルドの広場。
カルドとは碁盤の目状に道路を配置したローマの新設植民都市において多く採用された十字に直交する幹線道路のこと。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡のアントニヌス神殿。
マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝と、共同皇帝ルキウス・ウェルス帝に捧げられた神殿で、166年~169年に完成しました。
神殿の上からの眺めも最高です。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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リベル・パテル神殿(ディオニュソス神殿)。
リベル・パテルは古代イタリアの豊穣の神で、ローマではギリシャ神話のディオニュソス(バッカス)と同一視されました。2世紀に造られた後、365年の地震で倒壊し、そのまま再建されずに放置されています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはサブラータのクリア(元老院)。
柱廊玄関の一部であったアーチが残っています。
クリア(元老院)の柱廊玄関アーチ。
列柱には雲母大理石も使われています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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オリーブ圧搾所地区。
ユスティニアヌス帝のバシリカから東側に位置する地区は、オリーブを圧搾してオイルを取り出す施設の遺構が残っている商業地区です。
これなんかはまさにオリーブ用の碾き臼。
巨大な碾き臼で潰されて抽出された油は、水と混ぜ合わせることで上澄みだけを採取する方法で生成されました。現在と同様に、一番搾り、つまりエクストラヴァージンオイルは調理用、二番目はマッサージ用に使われ、最後に取られて残った油はランプとして灯りに使われました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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観光に来ていたリビア人の家族と出会いました。
リビアは結構国内旅行が盛んっぽいです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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浴場の横に併設されたトイレ跡。
北アフリカのローマ遺跡のトイレ跡の中でも特に保存状態が良く、ここに座って写真を撮るのが定番のようです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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海に向いた浴場(テルマエ)跡。
1世紀から2世紀にかけてギリシャ人が作ったという浴場。
かつては内陸から水道を引いて浴場の湯にしていたそうですが、大震災で被害を受けた後は海水を使って浴場の湯にしていたそうです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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イタリア植民地時代に敷設された鉄道跡。
1923年、イタリアの植民地時代にサブラータの発掘調査と修復は開始され、その際に遺跡を覆っていた大量の土砂を運び出すためにトロッコが作られました。それとは別に、イタリア植民地時代にはイタリア領トリポリタニア(後にイタリア領リビア)の首都であったトリポリから、西部のズアーラを結ぶ鉄道が敷設されており、その道中にあるサブラータにも鉄道駅が作られており、イタリア時代はトリポリとサブラータを鉄道で行き来することが可能でした。なお、イタリア時代の鉄道は独立後に解体され、結局今に至るまでリビアでは鉄道路線は存在しません(一部実験的な路線はありますが)。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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モザイク画がサブラータで最も多く残っているのがこのあたり。
素晴らしい保存状態!サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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キリスト教会跡に到着。
4世紀後半に建てられた3廊式のバシリカで、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)がヴァンダル人をサブラータから撃退した後に改築しています。
ここにもモザイクの床が残っていますが、こちらはカラフルですが草が生えているためか保存状態はまずまず。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはサブラータの旧港に面する灯台の跡だそうです。
もう土台しか残っていませんが、巨大な灯台だったのがわかります。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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オケアノスの浴場跡。
温浴室(テピダリウム)には素晴らしいモザイクの床が!サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡のイシス神殿。
古代エジプトのイシス神を祀る神殿で、エジプトのイシス神殿を模したもの。1世紀後半に完成し、イシスは船乗りたちの守護神だったそうです。
更に向こうには円形闘技場があるようですが、ここから700mほどあってちょっと遠いので、そちらには行きませんでした。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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さて、一通りサブラータ遺跡を見たのでローマ劇場へ。
劇場は地元の人たちの憩いの場となっており賑わっています。
サブラータのローマ劇場は何と言っても3層構造の楽屋が特徴的。
劇場の後方部分がここまで保存状態良く残っている場所は中々ありません。幅37m奥行7mの舞台の下にはVIPルームや着替え室など3部屋がありました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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舞台の基部にはレリーフが残っています。
有力者たちの宴のレリーフ。
左側にいるのはセプティミウス・セウェルス帝とカラカラ帝だそうです。
これ以外にも色んなレリーフが良い保存状態で現存しています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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多くの人で賑わっていて活気がありました。
地元の人にとっては公園のような立ち位置なんでしょうか。
観客席の上の方からローマ劇場。
なお、劇場は元々5,000人を収容できたそうですが、現在修復されているのは1,500人分の観客席だそうです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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劇場を外側から。
劇場はコンモドゥス帝の治世から建設が開始され、2世紀中に完成しました。現在復元されている範囲だけでも巨大な建造物であることがわかります。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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たっぷりサブラータ遺跡を観光!
めちゃくちゃ見応えありました!
遺跡のガイドさんとはここで別れて、元のガイドさんと合流。
サブラータを離れて遅めのランチを食べに。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータの町にもレストランがあるようですが、近くのスルマンという町に来ました。
Babel Café & Restaurant カフェ
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ランチはスルマンのBabel Cafe&Restaurantに来ました。
記念すべき初のリビアン・ランチ!
ルズ・ビル・クドラ(ベジタブルライス)にラムのケバブを注文しました。
ベジタブルライスは辛くてスパイシーで美味い!ニンジンやひよこ豆が入った野菜ピラフです。ラム肉のケバブも肉肉しくて美味い!Babel Café & Restaurant カフェ
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こちらはアラビア語でショルバと呼ばれる、リビアのスープ。
リビアやチュニジア、トルコ等オスマン帝国の影響がある国では料理頼むとスープが出てくるのは定番ですね。ひよこ豆のまろやかな味わいに、ピリッと唐辛子が効いて美味い!レモンを絞って食べるのが現地流です。
焼きたてアツアツのパンも美味しい!
ごちそうさまでした。Babel Café & Restaurant カフェ
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食後、すぐ近くのスイーツ店にて、バンバルというリビアの伝統菓子を購入。リビア版アーモンドクッキーという感じです。
一つ食べてみました。しっとりした食感でイケる。
結婚式のときに食べるお菓子だそうで、リビア版コンフェッティみたいな感じでしょうか。コンフェッティより甘くなくて好きかな。
ランチやスイーツを食べてお腹いっぱい。
サブラータ観光も終えたことなので、トリポリのホテルに向かいます。Babel Café & Restaurant カフェ
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沿岸部の道路では工事が多く、出稼ぎのブラックアフリカ人を多く見ました。カッザーフィ政権期の頃から肉体労働は彼らの仕事のようです。
そういった関係で、渋滞時にはブラックアフリカの子どもや女性が水とかを売りに来ます。少しでも家計の足しにしようと頑張っているのでしょう。
夕方のトリポリは特に大渋滞なので、エジプトに負けず劣らずのカオスっぷりでクラクションが凄いです。検問があるというのも理由の一つかな。トリポリ市内で4連泊 by Giorgio Bianchiさんラディソン ブル ホテル トリポリ ホテル
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トリポリのホテルに到着しました。
今回のリビア旅行は全てトリポリを拠点とした日帰り旅行なので、このホテルに4連泊します。料金はツアー代に含まれていますが、通常は1泊145リビアディナール(4,547円)のようです。
ホテルの室内。部屋めっちゃ広い!
カードキーで入るタイプで日本のビジホっぽい。
調べたらカタール資本のホテルっぽくて本店はドーハにあるみたいです。
勿論冷蔵庫やWi-Fi、アメニティもしっかり。バスタブもあり最高!
遺跡見学で結構疲れたので、今日は散策とかせずにホテルでのんびり。トリポリ市内で4連泊 by Giorgio Bianchiさんラディソン ブル ホテル トリポリ ホテル
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夜はホテルで夕食を食べることにしました。
併設のレストランにメニューを伝えたら、何とルームサービス。
部屋まで届けてくれます。すげぇー。
サマック・ミシュウィー(Grilled Fish)
スパイシーな魚のグリルです。香ばしい焼き加減に野菜でさっぱり。
値段は40LYD(1,107円)。
Tuna Salad(ツナサラダ)。
文字通りツナサラダ、ですがツナ多すぎるだろ!超贅沢だなぁ。
ツナというよりマグロ!って感じです。ボリューム凄い。
ツナ、トマト、玉ねぎ、オリーブ。
これで10LYD(276円)。ホテルでこの安さ凄いな。
フライドポテトも同様に10LYD(276円)でした。
リビアの物価はエジプト程ではないですが、かなり安いです。
というわけで、夕食を食べてゆっくりと休みました。
明日は内陸部のナフーサ山地へと向かいます。トリポリ市内で4連泊 by Giorgio Bianchiさんラディソン ブル ホテル トリポリ ホテル
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2025年2月2日(日)
リビア2日目の本日は内陸部のナフーサ山地へと向かいます。
っと、その前にホテルで朝食。7時頃からやってます。
ホンモスや豆の煮込みが美味い!
ホテルには他の客もいますが、見る限りリビア人もしくは周辺諸国のアラブ人という感じの風貌の人ばかりでした。サファリ ホテル ホテル
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トリポリには朝のアザーンが鳴り響きます。
ガイドさんと合流してホテルを出発。出発は9時とのんびり出発です。
朝のうちだとトリポリ市内の道もそんな混んでいません。サファリ ホテル ホテル
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内陸部に向かっていくと、沿岸部よりも軍が多い印象を受けました。
一方で、内陸部の道路は幹線道路でも車の数が多くありません。
道中には果物を売る露店をちょくちょく見かけました。
なお、途中でガイドがイタリア植民地時代の入植者の個人農場跡に残るカトリック教会堂跡について教えてくれましたが、ボーッとしてて写真撮り忘れてしまいました。勿体なかったなぁ。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ナフーサ山地に近づいていくと、段々と荒涼な大地に代わっていきます。
沿岸部とは全く違う雰囲気で、まさに砂漠の国という感じ。
まずは目指すはクサール・ハッジ。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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クサール・ハッジの集落に到着しました。
大体トリポリから1時間半ほどの距離。ジファーラ平原の南端に位置し、ナフーサ山地(ジェベル・ナフーサ)の麓にあるクサール・ハッジ。
集落の中に食料貯蔵庫「カスル」があります。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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こちらがクサール・ハッジのカスル。
まるで要塞のような見た目をしています。
いざ、カスルの中に入っていきます。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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カスルの入り口には昔の道具や書物が展示されています。
ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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カスルの内部はこんな感じになっています。
クサール・ハッジのカスル(食料貯蔵庫)は、数あるリビアの食料貯蔵庫の中でも最も大きく、最も美しいとされています。
まるで要塞のような食料貯蔵庫であるカスルですが、元々は周辺の村々に住む人々が食料を貯蔵するために造った円形倉庫で、この中庭部分は祭りや会議を行う広場としての役割を果たしていました。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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その広場を4層のトランクルームを持つ要塞状の貯蔵庫がグルリと円形上に構築されており、要塞状の見た目なのは食料を外敵から守る、という役割も持っていたためです。軍事的ではない食料のための要塞というわけです。勿論、外敵だけではなく風雨からも守りました。
このカスルはジファーラ平原の平野部に位置し、周辺で採取される石材や日干しレンガを使って積み上げられたものです。カスルの構造材にはオリーブの木が、ドアなどの板材にはヤシの木が使われました。
12世紀半ばに敬虔なムスリムが作ったとされており、114あるトランクルームの数はクルアーンの章の数に合わせたと言われています。カスルの管理人さんが詳しく解説してくれました。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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上の階には穀物や種子などを、最下層の半地下階にはオリーブオイルなどを貯蔵していたそうです。
ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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上層には階段があるので登れますが、手すりとかはないので結構怖くて、結局途中まで登っただけで降りました。高所恐怖症にはキツいです。
というわけで、クサール・ハッジの散策を終えて、次の目的地へ。
周辺には旧集落の跡も残っています。
また、綺麗なトイレもあるので安心しました。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ナフーサ山地に向かいます。
リビア北西部のトリポリタニア地方西部に位置する山脈で、アラビア語ではジェベル・ナフーサと呼ばれています。このナフーサ山地に沿って古来よりベルベル人が住んでおり、リビアのベルベル人は基本的にナフーサ山地に集中しています。荒野が広がっていますが、冬季はまとまった雨が降るそうで、その雨が集まった場所がオアシス都市として発展を遂げました。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ナフーサ山地の峠道。アルジュバーン峠というらしいです。
登ったところで車を止めて外に出ると、まさに絶景!
世界の果てっぽさを感じる道路です。
雄大な景色だー!ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ナフーサ山地のほぼ中央に位置するジャードゥの集落で小休止。
コーラを買ってしばしの休憩。ベルベル人の伝統生活を展示する博物館があるそうですが、閉館中らしいので今回は寄りません。
イタリア植民地時代、このジャードゥの地には強制収容所が設置されていました。第二次世界大戦時の1942年に新たに作られた収容所で、対連合国協力者として考えられたリビア在住のユダヤ人約2,600人が収容され、囚人らは処刑こそされませんでしたが、収容所の衛生環境が悪く、チフスの流行と栄養失調によって連合軍がこの地を制圧するまで562人が死亡しました。
なお、収容所の跡地はイスラエルと敵対したカッザーフィ政権のもとで更地となり、現在は跡形も残っていません。併設されたユダヤ人墓地も破壊されてしまったとのことでした。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ジャードゥ郊外の高台に位置するタルメイサの集落跡へ。
看板には上からベルベル語、アラビア語、英語で書かれています。
「タルメイサ(タルミサ)」はベルベル語読みらしく、アラビア語では「エテルメッセン」と呼ぶようです。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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高台から見た荒野。本当に雄大な景色です。
自分が思い描く世界の果てってまさにこんな感じ。
ここに立って記念撮影するのが定番その①らしいですが...
高所恐怖症の自分には無理でした。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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こちらがタルメイサの旧市街。
ベルベル人の集落遺跡になっています。現在は住人はいないようですが、観光用に開放されており、ベルベル人の伝統的な住居がそのままで残っており、当時の暮らしぶりを想像することが可能です。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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タルメイサにもベルベル人らしい伝統の地下住居が存在します。
夏季は外の地獄のような暑さから逃れることが出来、冬は冷える荒野の風から身を守ることが出来る..という先人たちの知恵を生かした住居でした。
これは周辺で収穫されたオリーブを圧搾して絞り、オリーブオイルを作るためのものなんだそうで。サブラータの遺跡でも見た通り、古くからリビアの大地ではオリーブオイル生産が盛んでした。現在もリビアは高品質なオリーブオイルを生産しています。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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外に出てタルメイサの旧市街を歩きます。
自分以外にも外国人観光客がガイド付きで来ていました。
こちらは集落の時計台跡。
塔の上部にはベルベル人のシンボルマークが見えますね。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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砂漠の集落って感じの写真撮れました。
かつてはこの地も多くの人で賑わっていたのでしょう。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ちゃんとゴミ箱が整備されているあたり観光地なんだなって感じがします。
ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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町の外壁にあるアラビア語。
アラビア語でこんにちはを意味する「マルハバー」らしいです。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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こちらはモスク跡。中は非常に狭いです。
ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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天井はヤシの木で出来ています。
大分古そうな木の天井ですが崩れないのが凄いですね。
この集落は地球の歩き方には載っていないので、観光地化されたのは最近なのかもしれません。それともガダーメス泊にしてナールートやカバウに寄る人が多いからこちらには行かないのかな?
のんびり観光出来て良い感じでした。
タルメイサでの観光を終えて、最後の目的地のガリヤンに向かいます。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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大体ジャードゥから120kmほど東に走り、ナフーサ山地の東端に位置するガリヤンの町にやってきました。ガリヤンは沿岸部のトリポリ、ナフーサ山地のナールート、フェザーンのセブハへの道の分岐点になっている交通の要衝で、イタリア植民地時代にはここまで首都トリポリからの鉄道が走っていました。当時の鉄道時刻表によると、トリポリ・リッカルド駅始発で6:20発、鉄道がガリヤンに到着するのは10:50着だったそうです。
余談ですが、リビアでも龍が如くが人気らしく、ガリヤンで立ち寄ったゲームショップで置いてありました。意外と国際的なんだなぁあのゲーム。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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お腹空いちゃったよ!というわけで、まずはランチです。
また昨日食べたようなケバブが食べたかったので、ガリヤンのAntakia Restaurantでランチを食べることにしました。やっぱ肉料理が一番元気出る!
ミックスサラダ、12LYD(332円)。
相変わらず物価が安いなぁリビアは。
ひよこ豆のペーストであるホンモス、オリーブのサラダ、グリル野菜のサラダ、ポテトサラダに茄子のサラダ!グリル野菜のサラダはグリルした野菜をオリーブオイルでミックスしたやつ。これがスパイシーでンまい!!ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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メインはこちら。ラム・ケバブ、25LYD(692円)。
ジューシーで肉肉しくて美味いラム・ケバブ!写真では分かりづらいですが、こいつが結構デカい!焼きたてパンも香ばしい!裏にはポテトとサラダもついて、グリルした青唐辛子も。下のライスはルーズ・ビーッ・ダジャージというリビアのチキンライスらしく、スパイスが入って香ばしい!
ボリュームが相変わらず凄いです。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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そしてリビアンスープこと、ショルバ。
やっぱこれクセになる美味さですねぇ。毎日飲みたいくらい好き。
ごちそうさまでした!
ランチを終えて、ガリヤンの観光に向かいます。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ナフーサ山地の東端に位置する町、ガリヤン。
この町の特徴は何と言っても陶器!陶器生産の町として有名です。
そんなガリヤンの町は街道沿いに陶器屋さんがズラリ。
名産の陶器製品を扱っています。ところどころ砂が積もっているのも砂漠の国らしいですね。
せっかくなので地元っぽいものを、というわけでリビア人は一家に一台ある?と言われる陶器の湯沸かし器をお土産に買いました。10LYD。
ホントは茶器が欲しかったんですが、セット品しかなくて小売りが無かったのです。そこは残念でした。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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ショッピングを終えていよいよガリヤンのメインスポットへ。
ガリヤンの観光名所といえば、地中深くに彫られた穴居住居(ダモース)です。ガリヤンの町は多くの穴居住居(ダモース)が残っています。
上から見るとこんな感じで...ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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これが結構深い!
落ちたら恐ろしい!
穴居住居の入り口には土産屋もあり、シャツとかオリーブオイルとか売ってました。オリーブオイルはこのあたりの特産らしく、作り立てのものを販売していて思わず購入。これがスッキリして美味しいのです。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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リビアの現在の国旗。カッザーフィ政権期だと緑一色だったと思うと、今の国旗(王政期と同じ)の方がデザイン的にやはり好きですね。
ガリヤンの穴居住居にもリビア人と思われる観光客がいました。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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今回ガリヤンで見学したのはオマール・ベル・ハジ(Omar Bel Haj)の穴居住居。1666年に造られたもので、何世紀にも渡って地元の人々に使われてきました。2021年にイスラーム世界教育科学文化機関(ISESCO)の遺産リストに登録されたそうですが、イスラーム世界のユネスコ的な機関でしょうか?
ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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中に入るとこんな感じ。さっき上から見ていたところです。
ガリヤンの穴居住居は大体深さ8~10mくらいだそうで。
中庭の中央には井戸が掘られていたそうで。
この中心からそれぞれの部屋があり、一つの部屋に1家族が住んでいたそうです。8つの部屋があるので8つの家族が住んでおり、キッチンは2つあったので共同で使われていた、という感じですね。ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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壁につるされた絨毯やティーセットといった生活用品が住んでいた人の生活感を想像させてくれます。それぞれの家族が住んでいた部屋は実際に座ったり、寝転んだりできるので、当時の生活を体験することが可能です。
ベルベル人は夏の暑さと、外敵の来襲を避けるため、このような穴居住居を作り出しました。地面に深い穴を掘り、そこから横穴に部屋を作る、という感じで住居を作っていき、このガリヤンには数多くの穴居住居が残っています。一部の穴居住居はこんな感じで一般公開されています。
当時のベルベル人の生活を体験出来る興味深い施設でした。
ナフーサ山地の観光を終えたので、トリポリに戻ります!ガダーミスの旧市街 旧市街・古い町並み
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トリポリに戻ってきました。
ホテル近くで少し買い物をして休憩。
ガリヤンからトリポリまでは約1時間半ほど。
ガリヤンから帰る際に警察の検問があり、事前に出した許可証を提出しました。観光警察が同行していても結構時間が掛かるので、待ってる間ガイドにフェザーンの観光PVを見せてもらいました。いつかフェザーンに行ってみたいな~!地球の歩き方リビア版見せたら喜んでくれました。
検問が終わったと思ってしばらく行ったら今度は軍の検問も。一度じゃないのかよ!沿岸部では全然検問ないですけど、内陸から戻ると検問多いです。やっぱり内陸の砂漠地帯からテロリストが来るのを警戒してるんでしょうか。結局、1時間くらいで着ける距離が2度の検問で遅くなりました。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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周辺も暗くなってきたので夕食を食べに行きます!
ガイドに魚料理が食べたいと伝え、トリポリの海に近い海鮮料理店に連れて行ってもらう事にしました。トリポリ市内で4連泊 by Giorgio Bianchiさんラディソン ブル ホテル トリポリ ホテル
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夜もトリポリ市街地は大渋滞。
というか、朝早く以外は基本渋滞しています。
市内交通として地下鉄とか作った方が良いんじゃないか...トリポリ市内で4連泊 by Giorgio Bianchiさんラディソン ブル ホテル トリポリ ホテル
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夜は沿岸部の高層ビルがイルミネーションで光っていて、いかにもアラブの産油国って感じでしたが、アラビア半島の国々に比べたら小規模です。
というわけで、沿岸部に面するAl Walema Sea Foodに来ました!
昼だと海が見える絶景レストランですけど、夜来ると見えるのは闇です笑
ビュッフェスタイルの海鮮料理店!
せっかくなので色々食べてみる事にしました。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ビュッフェスタイルの海鮮料理店!
せっかくなので色々食べてみる事にしました。
シーフード・ピラフ!
ムール貝やエビ、イカ、タコといったシーフードが入ったピラフ。
味は意外に普通。そんなに刺さらなかったです。予想通りの味。
ショルバ。昼に食べたものと見た目は変わらないですが、こちらはエビでダシを取っているようで、めっちゃエビのダシが効いて美味い!
スパイシーな味わいと、ひよこ豆のまろやかさ、そしてエビのガツンと強いダシがクセになる美味さです。コイツは一番美味いな。
メインにシーバスの煮込みを選びました。
ふわっふわの身にトマトベースのスパイシーな感じ。
ライスに結構合う味で中々イケました。
というわけでパンも合わせて結構なボリュームの夕食になりました。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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リビアは北アフリカの中で唯一のアルコール完全御法度の国。
なんだかんだで北アフリカの他の国(エジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコ)ではイスラームの国とはいえ完全御法度ではなく、外国人向けの店では飲めたり、そもそもワインやビールを作ってたりするわけですが、リビアではカッザーフィ政権崩壊後も変わらずご法度です(ちなみに植民地時代にはBirra Oeaというビールが作られてました)
そんなわけで、リビアのノンアルコールドリンク業界は発展していて、イタリアのCrodinoのようなビターソーダが大人気。これはリビア産のビターソーダで、ガイドが勧めるので飲んでみたら...美味い!まさにCrodinoのリビア版という感じで、ほろ苦い味わいがクセになりますね。どうやら英国には輸出しているそうなので、日本にも是非輸出してほしいものです。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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うむ、たっぷりディナーも食べてお腹いっぱい!
...っと言いたいところですが、行きたいお店がまだありまして。
地球の歩き方に載ってる「ファトヒ(Fathi)」というフラッペのお店の話をガイドにしたら、どうやら現地でも超有名店らしく、デザートに頂こうと思って食後に連れて行ってもらいました!トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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正式名称はカフェ・ハジ・ファトヒ(Cafe Haj Fathi)みたいです。
地球の歩き方に載っていた小さな初代店舗は老朽化になったため、すぐ近くの場所に新規店舗で最近リニューアルしたそうで!1970年創業の老舗なので、丁度2025年で55周年ということもあり、55周年祝いの飾りつけでお店が彩られていました。
お店の人はめっちゃ親切!綺麗な内装です。
それに地元民のお客さんから一緒に写真撮ってくれと言われ、謎のモテモテ状態。東洋人はリビアに行くと無条件でモテモテになるようです。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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というわけで、ファトヒ名物のミックス・フラッペ!
地球の歩き方にはフラッペとありますが、これはフラッペというよりスムージーとかシェイクの類ですね。バナナ、デーツ、アーモンド、ナッツ類を混ぜた超~濃厚なスムージー!どろりとしたのど越しに、まろやかな甘さで美味い!コイツぁクセになりますよ。トリポリに来たら絶対おすすめ!トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ファトヒのもう一つの名物、ブリオッシュ!
焼きたてのサクサククロワッサンの中に、た~っぷりとヘーゼルナッツチョコソースが入ってます!甘くて美味~い!カリカリッとしたヘーゼルナッツがたまらない!スムージーとブリオッシュを合わせて朝食に食べる人が多いとのことですが、夜でも大人気なので面白い限りです。
いんや~!大満足の2日目でした。
たっぷりナフーサ山地の観光に、グルメ!
15年前に発行されたガイドブックに載ってる店もまだあった、というのは嬉しい限りです。地球の歩き方リビア編改訂版、出ないかなぁ。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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2025年2月3日(月)
トリポリのホテルを9時に出発してレプティス・マグナに向かいます。
レプティス・マグナに向かう前に、手前にあるホムスの町で休憩。
トリポリから東へ約120km。10時40分に到着です。
ホムスにあるテラス席もあるオシャレなカフェ、Siphium Cafeでカフェタイム!イチゴのフレッシュジュースを注文。
イチゴ果汁100パーセントの生絞りジュース、美味い!レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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休憩を終えてレプティス・マグナへ。
ホムスの町から3kmしかないのですぐに着きます。
ツアー代にチケットは含まれているので中に入ります。
レプティス・マグナのエントランスには、ATMの機械も置いてありました(外国発行のカードは使えないと思いますが)。土産屋も立ち並んでおり、サブラータ遺跡よりも観光客にスポットを置いた場所のように感じます。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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入り口にあるのは世界遺産の石碑。
レプティス・マグナも世界遺産に登録されています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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おおっ、セプティミウス・セウェルス門が見えてきました!
観光客は完全に皆無というわけではなく、リビア人かアラブ人と思われる観光客の姿はちらほらと見かけます。それでもサブラータ遺跡に比べると(平日というのもあると思いますが)人が少ないので嬉しいですね。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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近くで見ると、で、でかい!
レプティス・マグナ遺跡に入って最初に待ち受けるのが、こちらのセプティミウス・セウェルス門。遺跡のシンボルともいえるこの門は、故郷に凱旋するセプティミウス・セウェルス帝を称えて、203年に造られました。
石灰岩の表面に大理石を張った四面門で、内側のドーム型の天井にはローマン・コンクリートが使われています。ローマらしい鷲の彫刻や、セプティミウス・セウェルス帝や、息子で後に皇帝となるカラカラ帝の彫刻が彫られていて良いですね~!惚れ惚れする美しさです!レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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レプティス・マグナはサブラータやオエア(現在のトリポリ)と共に「トリポリス(三つの都市)」と呼ばれたフェニキア人の植民都市が起源。レプティス出身でローマ皇帝となったセプティミウス・セウェルス帝の時代に、大規模な都市開発が行われ、帝都ローマに匹敵するほどの巨大都市に変貌しました。そういった歴史があるため、世界最大級のローマ遺跡かつ、素晴らしいほどの保存状態、そして数々の巨大建築が残る壮大な遺跡となっています。
レプティス・マグナは元々はサブラータ同様にカルタゴの衛星都市でしたが、カルタゴがポエニ戦争で敗れてローマに滅ぼされると、次はローマの同盟国であるヌミディア王国の支配下に。しかし、ヌミディア王国とローマの関係が悪化すると、レプティスはローマ側に付くことを選択し、その功績により自治権を獲得。しかし、ローマ内戦ではポンペイウス派に付いたために、カエサル派の勝利後は自治権を剥奪され、重税を課されました。
オリーブの一大産地だったレプティスはその重税にも耐え、アウグストゥス帝やトラヤヌス帝の治世に様々な建築が作られ、そしてセプティミウス・セウェルス帝の時代に黄金期を迎えます。しかし、365年の大地震で壊滅的な被害を被った後、交易も衰退。更には5世紀半ばにはヴァンダル人の侵入によって都市は破壊。後に東ローマ皇帝のユスティニアヌス帝が都市の再建に着手しますが、栄光を取り戻すことは出来ずに砂に埋もれていきました。
17世紀、フランスや英国がこの地を発掘し、掘り出した大理石を略奪するなど荒らされた後、20世紀に入って伊土戦争に勝利したイタリアがオスマン帝国からリビアを獲得すると、レプティス・マグナに考古学調査団を派遣。サブラータ遺跡と共に発掘調査が勧められ、それは特に古代ローマの栄光をプロパガンダに利用したムッソリーニ率いるファシスト政権によって熱心に行われました。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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ハドリアヌス浴場の前にある運動場跡(パラエスタ)。
ローマの共同浴場(テルマエ・ロマエ)には通常、このような運動場が付属することが多いらしく、ハドリアヌス浴場にも北側に運動場が併設されています。列柱がまばらに立つ場所はかつての陸上トラック。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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レプティス・マグナのハドリアヌス大浴場。
ローマ時代の浴場跡(テルマエ)遺跡で、ここまで原型を留めているのは、世界でもローマのトラヤヌス大浴場と、このハドリアヌス大浴場とされています。
ハドリアヌス大浴場の正面に位置するナタティオ(プール)。
137年に開業したこの公衆浴場は南北を軸にした左右対称の建物となっており、浴場のエントランスホールを兼ねたナタティオ(プール)は屋外にありました。かつてプールだった場所には綺麗な水が溜まっていましたが、これは雨によるものなんでしょうか?
ナタティオの横を通って正面から大浴場に入っていきます。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはハドリアヌス大浴場のフリギダリウム(冷浴室)。
非常に広い空間です。フリギダリウムの左右には小ぶりなプールが付属しています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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テピダリウム(中温浴室)の浴槽。
ここは"Legend of the Lost"という映画でソフィア・ローレンが座った場所だとガイドが教えてくれました。が、見たことない映画なのでピンと来ません。ソフィア・ローレンは知っていますが、流石に1957年の映画は知らないな...レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはスダトリウム(熱気浴室)。
つまりは古代ローマ時代のサウナです。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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最も奥にあるこの部屋はカリダリウム(高温浴室)。
かつてはこのアーチにはガラス窓がはめ込まれていました。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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そしてこちらは浴場に併設するトイレ跡。
サブラータ遺跡のものとは違って保存状態は良くないので座れません。
こちらは便座の位置を設計した際に、実際に造ろうとしたら「隣の人に近過ぎね?」となり、位置をズラした跡だそうです。ユニーク。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらの建造物はニンファエウム。
ニンファエウムは大きな噴水を持つニンフ(精霊)の神殿で、セプティミウス・セウェルス帝の治世に造られたもの。二層式の噴水は花崗岩や雲母大理石の列柱で飾られており、半分ほどが倒壊しているものの美しさは健在。
ニンファエウムは曲がった通りに合わせて両翼にアーチが配置されています。噴水の格子部分も美しい作りです。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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アーチを越えると「列柱大通り」と呼ばれる通りに。
この両側にはかつては商店のアーケードが軒を連ねていたとされますが、今は瓦礫が散らばる街路になっています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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列柱大通りに面するビザンティン教会。
ユスティニアヌス帝がレプティスの再建事業を指揮した際に造られました。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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セプティミウス・セウェルスのフォーラムは、セプティミウス・セウェルス帝がオールド・フォーラムに代わる新たな町の中心地として建設したもの。大理石が敷かれた広場は長さ100m、幅60mと中々に広大な空間です。今は殆どが瓦礫となってしまっています。
レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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フォーラムの東側のアーチは保存状態が良いです。
アーチの間にはギリシャ神話に出てくる妖怪メデューサや、海の妖精の顔が彫り込まれています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはセプティミウス・セウェルスのバシリカ。
フォーラムの北東にあるローマ都市の常として裁判や公的な会議、集会に使われたバシリカ。このバシリカも巨大で、長さ92m、幅40m。セプティミウス・セウェルス帝の治世に建設が開始され、完成したのは息子のカラカラ帝の治世である216年。
セプティミウス・セウェルスのバシリカの大理石の彫刻は非常に緻密で、ブドウやアーカンサスの葉の中にレプティス・マグナの守護神であるリベル・パテル神とバッカス神、更にはヘラクレスのふたつの大業の場面が彫られています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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東ローマ帝国(ビザンツ帝国)時代の復興事業で作られた洗礼盤。
レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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列柱が倒れている脇の道。
ここもソフィア・ローレンの映画で出てきた場所だそうです。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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このあたりがオールド・フォーラム。
紀元前7世紀に入植が始まった、レプティス・マグナでも最も古い地区。
広場の北側には神殿の跡が。このあたりにはイタリア支配期にこの遺跡発掘が行われた際、土砂を運ぶために敷設されたトロッコの廃線跡も残っています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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オールド・フォーラムの先を行くと、美しい地中海が!
浜辺に降りてみました。
ゴミも落ちてなくて非常に美しい海岸!
夏季になると周辺のホムスのビーチは人気海水浴場になるそうです。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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海岸には17世紀にヨーロッパ人が大理石の柱を略奪して船に乗せようとした際、重すぎて乗せられなかったために放置していった柱が残されています。
レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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それからというものの、この柱はこの地を訪れた人が自らの名と年号を刻む場所になってしまったようです。これはイタリア植民地時代にイタリア人入植者が刻んだもの。年代的にイタリアが伊土戦争に勝利し、リビアを獲得した少し後である1923年に彫られたようですね。
レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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カルドの中ほどにある市場跡。
円形の構造物はキオスクらしいです。
市場入り口の柱にはフェニキア人の船が彫られています。
入植初期に造られた市場ですが、現在残っているものはセプティミウス・セウェルス帝の治世で改築されたものだとか。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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レプティス・マグナのローマ劇場。
ローマの豪商ハンニバル・ルフスの寄付によって、紀元1年ごろに造られた劇場。その後アントニウス・ピウス帝が改築し、アフリカで2番目に大きなローマ劇場になりました。素晴らしい保存状態で、観客席上部から見る景色は絶景です。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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奥に見えるのがティベリウス門で、紀元35~36年ごろに造られた門。全く装飾がされておらず、レプティス・マグナにある門で最も古いとされます。
手前のトラヤヌス門は109年に造られたもので、レプティス・マグナの土産物屋にもミニチュアが売っていたので土産に買いました。
というわけで一旦レプティス・マグナの観光終了!
エントランスに戻ってきて土産屋でお土産購入。
驚いたのが、国内の混乱で観光客は激減している中で、土産屋はしっかりと営業している上に、ちゃんとお土産あるのが凄いです。別に国内混乱していなくてもお土産全然売ってない国もあるのに。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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ランチを食べるために一旦ホムスの町に戻ってきました。
流石に腹減ったのでお肉料理食べたい!ということで...
美味しそうに店頭でチキンを焼いていたこちらのお店に。
Restaurant Almaequlaというレストランです。
地元民向けのお店なのか、完全にアラビア語オンリー。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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クスクス・チキンが来ました!
27LYD(835円)。リビアではお初のクスクスです!
ひよこ豆たっぷり、ピリ辛トマトソースのクスクス。
ん~!スパイシーで美味い!ニンジン玉ねぎたっぷり。
じっくりとグリルした鶏肉は外はパリッと、中はふわっとジューシー。
うっっっっま!!!!コイツは最高ですぜ。
リビアで食ったメシで一番お気に入りだったのここです。
ミニサラダ?も付きました。今回はショルバ(スープ)はなし。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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オトモは勿論ビター・ソーダ。
やっぱスカッとこの味がたまりません。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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ホムスを出発して観光再開。
メインの遺跡とは離れた場所にある円形闘技場へ。
56年ごろに造られた巨大な円形闘技場。客席は1万6千人もの観客を収容することが出来、剣闘士と猛獣の死闘に市民らは熱狂しました。
なお、高さは20m以上あり、落ちたら死にそうなほど高いです。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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観客席を下に降りていきます。
階段が急なので結構怖い。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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下まで降りてきました。
下層には入り口が9つありますが、猛獣との試合ではどこから猛獣が飛び出すかわからないようになっていたそうです。円形闘技場からは通路を通じて戦車競技場跡とつながっています。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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戦車競技場跡は縦100m、横450mと巨大なトラックですが、約2万5000人の観客が入れたという座席は崩落が激しく保存状態は良くありません。
レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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レプティス・マグナの最後は旧港へ。
かつてはこの場所が海岸線で、入港した船はここに係留されていました。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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おお、美しい地中海。
旧港の端っこから、船乗りたちの目標となった灯台跡が見えます。
ぼちぼちレプティス・マグナ観光を終えて、トリポリに帰ります。レプティス・マグナの古代遺跡 史跡・遺跡
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トリポリに戻ってきたのでぶらり町歩き。
行きたい店があったので、行ってみます。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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こちらのお店!
去年出来たばかりのNocciola Gelatoというジェラテリア。
どの味にするか悩んでいたら、気になった味をいくつも味見させてくれました!ジェラテリアの人めっちゃ親切です!そんで...どれ食っても美味い!トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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美味しかったピスタチオとマンゴーの2種をチョイス!
しかも仕上げにヘーゼルナッツチョコをたっぷりとかけてくれて!
めっっっちゃ濃厚~!うんま~!
リビアのジェラートのレヴェルめっちゃ高過ぎます。同じ旧イタリア植民地のエリトリアでもジェラート食べましたが、正直比べ物になりません。こちらはもうイタリア本国の某ジェラテリアよりも美味いくらい。世界で戦えるレヴェルの美味さですよコイツぁ!
ジェラートで意外とお腹いっぱいになったので、この日はホテルに帰って適当に軽めのルームサービス頼んで終わりにしました。遺跡歩きでちょっと疲れたのかベッドに入ったら即睡眠で良く寝れました。
次の日は首都トリポリ一日観光です。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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2025年2月4日(火)
4泊5日のリビア旅行はこの日が事実上の最終日(翌朝にチュニジアに向かうため)。そのため、この日は首都トリポリをたっぷり一日観光することにしました。他の旧イタリア植民地の国と同様、トリポリも多くのイタリア建築に彩られていますが、老朽化のため訪問時はどこもかしこも一斉修復工事中で見れない場所が多かったのが残念!再訪したいですね。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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まず向かうのはトリポリのメインスポット、レッドキャッスル。
アラビア語ではアッサラーヤ・アル・ハムラ城という名前で、本来よく見る写真が撮れる側が工事中で行けなかったので市街地側からパシャリ。
カッザーフィ政権期は政府機関があるため博物館部分しか立ち入れませんでしたが、現在は城塞の部分も入ることが出来るようになっています。内戦後の数少ない利点(?)の一つと言えるかもしれません。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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レッドキャッスル内は多くのリビア人客でいっぱいでした。
外国人観光客は自分一人くらい?こちらはオスマン帝国時代に造られた噴水。アラビア語を知らない職人が作ったため、彫られたアラビア語はところどころ間違いがあるんだとか。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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カッザーフィ政権期にはレッドキャッスルの博物館はジャマーヒリーヤ博物館、すなわち体制の名前が付けられていました。私が訪問した2025年2月時点では博物館はリニューアル中でしたが、旅行記執筆中の2026年3月現在は博物館が長年の閉館期間を経てようやく再オープンしたそうです。
ただ、閉館時でも城塞内にはちょっとした展示物があって屋外博物館のようになっていました。ローマ関係のものは勿論、これみたいに第一次世界大戦時のドイツ軍兵器もありました。ちなみにトイレもあるので助かります。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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レッドキャッスルから見える改修工事中の殉教者広場。
イタリア植民地時代に造られた広場で、植民地時代は「イタリア広場(Piazza Italia)」と呼ばれていました。第二次世界大戦を経て英仏の占領下からリビアがサヌーシー朝の王国として独立を果たすと、1951年-1969年までは「独立広場」と改称。続いて、カッザーフィ政権期には体制の色を象徴とする「緑の広場」と名前が変わり、2011年の第一次内戦時に反政府軍に制圧された後、現在の殉教者広場に名前が変わりました。現在は改修も終わってるようです。この広場が見えるテラスからムッソリーニやカッザーフィが演説したとか何とか。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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644年にアラブ人が要塞を建設し、16世紀にはトリポリを支配した聖ヨハネ騎士団(現在ではマルタ騎士団の名前で知られる)が城壁を赤く塗ったことから、レッドキャッスルの名前の由来となりました。アラビア語名のアル・ハムラ城も、レッドキャッスルという意味。日本語では「赤城」。
1551年にオスマン帝国がこの地を支配すると統治者の城となり、イタリア植民地時代には植民地当局の政庁として使われました。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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トリポリ市内に戻り町歩きを再開。
ここらは金属鉄器を作る工房の通りで、トンカントンカン金属を叩いて加工する音が鳴り響きます。カフェ寄ったり、スーパー寄ったりぶらぶらと。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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カフェでエスプレッソを一杯。
リビアのエスプレッソはどこも美味しいんですが、イタリアやエリトリアと違って紙コップで飲むのが主流?らしく、カフェで買って歩きながら飲んでる人も多く見かけます。コンビニでコーヒー買って歩きながら飲む感覚なのかな。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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トリポリの町は結構猫ちゃん多いです。
エジプトの猫ちゃんに比べて大分健康的な子たちが多い。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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古代よりトリポリのシンボルとなっている、マルクス・アウレリウス凱旋門。
紀元163年に造られたローマ帝国時代の凱旋門で、古代ローマ時代の都市「オエア」の貴重な遺構。五賢帝の一人、マルクス・アウレリウス帝の名前が付きますが、共同皇帝であったルキウス・ウェルス帝が対パルティア戦の勝利を記念して建設したものです。
保存状態の良い遺跡は他にはトリポリ市内には見当たりません。トリポリに限った話ではないですが、古代都市があった地にその後も都市としての歴史が続くと、古い遺構はその後の建築に再活用されたりして殆ど残らないのが通例です。サブラータやレプティスの遺跡が残ったのは、その後忘れ去られて砂に埋もれていったため。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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旧フランス領事館。
1630年のオスマン帝国時代に造られた歴史的建築の一つ。オスマン帝国時代の1640年から、イタリアが第二次世界大戦でフランスに宣戦布告した1940年までの300年もの間、フランスの領事部が置かれていたという建物。中庭のタイルや、内部のステンドグラスが美しい場所で、特に光の具合でステンドグラスからの光が非常に綺麗でした。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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Eskender Art Houseという名前の美術館。
17世紀の建築で、中はリノベされて綺麗な現代美術館になってました。
内戦で大きく傷付いたリビアですが、こういう文化活動の場もちゃんとあって感動。やはり実際に来ないと現実はわからないですね。展示物の中では特に地元の人たちの生活のワンシーンをリアルに描いた絵画が印象に残りました。学芸員さんが丁寧に説明してくれるので楽しかったです。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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トリポリ旧市街の書店。
中々に味がある書店で、イタリア植民地時代のリビアについて書かれた本もあって思わず手に取りました。とはいえ、アラビア語なので全く読めないので買いませんでしたが....やっぱり買っておけば良かったかな。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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世界によくある「アイラブ○○」のアラビア語版。
トリポリにもあるんですねぇ。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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こちらは旧ローマ銀行。
オスマン帝国時代末期の1907年に造られたイタリアのローマ銀行の建築。
イタリア植民地になった後、バルボ総督の下で第二次世界大戦直前の1938年には自然史博物館として再利用され、リビア独立後の1952年には労働組合本部として使われていたとのこと。この辺の旧市街にはオスマン帝国時代の牢獄や、カトリックの教会堂等、様々な歴史建築が集中しています。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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トリポリの猫ちゃんは自由を謳歌していました。
トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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トリポリ旧市街の骨董品店にて。
カッザーフィ大佐のグッズは勿論、王政期のグッズやイタリア植民地時代のムッソリーニグッズまで揃えていて博物館並みでした。他にも外国人観光客が来ていて、外国人観光客にとっての定番スポット?という感じ。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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壁に埋め込まれたローマの柱。
こうやってオエア時代の建築が建材として再利用されました。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ユスフ・カラマンリー邸。
オスマン帝国時代にトリポリタニアの属領を支配したカラマンリー朝の統治者、ユスフ・カラマンリーの邸宅。18世紀後半に建設されたトルコ様式の建築で、現在はトリポリ歴史展示館として博物館になっていました。
ドイツ人観光客にも遭遇し、外国人観光客の定番スポットです。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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日差しが強い!
トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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アル・ナーカ・モスク(ジャーミィ・アル・ナーカ)。
10世紀に建てられたファーティマ朝のモスクで、トリポリに残るモスクで最も古いモスクと伝えられるモスク。1510年にスペイン軍の侵攻で破壊され、その後オスマン帝国がトリポリを奪還した後、1610年に古い建材を活用してこれを再建し、現在の形になりました。柱にはローマ時代のものが使われており、これもオエア時代の名残って感じの建築ですね。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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トリポリのスーク。
北アフリカ諸国では色んな都市のスークに行きましたが、断トツで活気が無かったのがトリポリのスーク。外国人だから何も買わないと思われていたのか、全く商売っ気も無く客引きもありませんでした。良いのか悪いのか...トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ガリヤンの陶器はトリポリでも結構売ってます。
わざわざ現地で買わなくても良いかも?トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ランチはMarahib Restaurant & Kitchenというお店に来ました。
メニューはスマホでQR読むシステム。予想以上に現代的!
他の北アフリカ諸国でも滅多にないのにそういうの...
ベルベル人伝統料理!というのがあったのですが、残念ながら品切れ。
何頼むか悩みましたが、メニューにマカロニの文字を発見。代わりにどんなもんかとリビア流に改造されたイタリアンを食べることにしました。
ラムマカロニ、40ディナール。
ドカンとラム肉の塊が乗ったマカロニ。意外にアルデンテ。
脂の乗ったラムの肉塊はゴロリと入ってホロホロ柔らか。
玉ねぎとひよこ豆が入ったスパイシーなトマトソース仕立て。
最初は悪くないですが、味は単調で飽きます。ぶっちゃけ微妙。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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サイドメニューで頼んだサラダとポテトのが美味かったな。
こちらのポテト、ひき肉をポテトで挟んだはさみ揚げです。
自宅でも再現できそう。カレーコロッケみたいな味付いてて美味い。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ランチ後は第二次世界大戦戦没者墓地へ。
第二次世界大戦時の連合軍戦没者墓地で、現在も綺麗に整備されています。連合軍側で戦った英連邦軍やギリシャ軍の兵士たちがこの地で眠っています。第二次世界大戦においてイタリア植民地だったリビアは北アフリカ戦線の激戦地となりました。主に激しい戦闘の舞台なったのは東部リビアのキレナイカ、ベンガジやトブルクの名が知られています。伊領リビアの首都であったトリポリは第二次世界大戦終盤となった1943年1月に戦場となり、その後陥落しました。イタリア軍墓地も隣接していますが、こちらは関係者以外入ることが出来ずに見学不可。残念。一方でこちらの連合軍墓地は旅行者でも見学することが出来ます。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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イタリア植民地時代のマンホール。
同じく旧イタリア植民地であったエリトリアの首都アスマラにもイタリア時代のマンホールが残っていましたが、こちらにもイタリア時代のマンホールが残っていました。一方のイタリア本土でもファシスト時代の古いマンホールが残っているので、歴史好きな人はマンホール探しも楽しめます。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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沿岸部にやってきました。
トリポリ沿岸部は釣りをする人たちで賑わいます。奥に見えるのが潤沢なオイルマネーを使って作られた高層ビル群。まさに現代リビアを象徴とする建築群で、現在も様々なエリアで高層ビルが建設されています。歴史的建築に目が行きがちなリビアですが、こういうのを見ると「あぁ、そういえばリビアって産油国だったんだな」というのを思い出します。勿論、中東諸国とかに比べればその華やかさは大分控えめではありますが。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ガッレリーア・デ・ボーノ。
「クァドルンヴィリ(四人官)」と呼ばれたファシスト党終身最高幹部の一人、エミーリオ・デ・ボーノ将軍の名前を冠したガッレリア。
イタリア植民地時代の1931年に造られたガッレリアで、ミラノやナポリのガッレリアを思わせるガラス屋根のドームが特徴的...だったんですが、ガッツリ修復工事中で中に入れず。訪問目的の一つだったために残念。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ガッレリーア・デ・アウローラ。
こちらもイタリア植民地時代に造られたガッレリアで、1930年建造。
老朽化が進んでいますが、こっちは修復工事してなくて入れました。
内部はカフェになっていてリビアおじ達がサッカー観戦してます。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ジャマル・アブドゥル・ナーセル・モスク。
元々はイタリア植民地時代に造られたトリポリ大聖堂で、1923年着工・1928年完成のネオロマネスク様式のカトリック教会堂だった建築。設計者はサッフォ・パンテーリ。カッザーフィ政権期の1970年、元の構造を残しつつも大胆にモスクに改造され、現在の姿に。鐘楼はミナレットに。元の構造を残しつつも上手~く改造した「リビア式魔改造」の例だなぁという感じ。
とまぁこんな感じで修復工事中の建築が多かったですが楽しめました!
ホテルに一旦戻って夕食の時間までごろごろと休憩。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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リビア最後の食事はやっぱ海鮮料理が良いな!ということで、ガイドさんに地元っぽいローカルレストランに行きたいと伝えて連れてってもらいました。店名も完全にアラビア語、店内もアラビア語!読めない!最高!
トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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こういうドローカルな店で食うメシが一番美味いんすよね。
リビアで一番ポピュラーな魚はオラータ(鯛)らしいので、そちらをグリルで注文しました。注文スタイルはエジプトと同じ感じ?トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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ふわふわホクホク、味付けもシンプルな塩のオラータのグリル。
こういうの良いんだよ、じゃなくてこういうのが良いんだよ!
美味い!脂乗ってて最高!付け合わせで頼んだサラダも最高。
安定のビターソーダと一緒に頂いてデリシャス。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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リビア最後の夜という事でお世話になったガイドさんとお話し。
是非次に来たときは博物館開いたときに来てほしい!トリポリの博物館はめちゃくちゃ広いんだ!あと、セイリーンの遺跡やベンガジ、ウバリ湖畔群とか他の場所も是非行ってほしい...!と話してくれました。トリポリタニアの一部しか行ってない広大なリビア。それだけしか行かなくてもめちゃくちゃ楽しかった!また再訪して色々行きたいなぁと感じました。トリポリ国際空港 (TIP) 空港
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2025年2月5日(水)
楽しかった4泊5日のリビア旅行もこれにて終了。
4泊お世話になったトリポリのホテルを朝6時に出発して、トリポリ・ミティガ空港へ。出発案内は小さな空港ながら意外に便あるんですね。外国人観光客は殆どいないので、利用者は地元民と石油関係者のみという感じ。国内線は国内の油田併設の飛行場行きのも多く、産油国らしいなぁとしみじみ。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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航空券をチェックインして荷物を預け、ガイドさんと別れて出国手続きへ。出国カードとかは意外にも無し。入国が厳しかったのに対して、一方で出国はスムーズ。外国人用の出国審査がありますが、入国に比べて長くなくて、特段何も聞かれずに出国スタンプ押されました。一安心。
流れとしては空港のチェックインカウンターに入るための荷物検査→チェックインと荷物機内預け→出国審査、スタンプ押される→荷物検査(靴も脱ぐ)→チケットを見せて再びスタンプを押されるが今度はチケットに押される→ラウンジで出国を待つ、という感じ。セキュリティもしっかり。
ミティガ空港はこぢんまりとしており、出国審査後にも売店やカフェ、免税店は一応ありますが、大した規模ではありません。ちなみにWi-Fiは空港内に確認出来ませんでした。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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リビアの新興航空会社、リビアン・ウィングスで隣国チュニジアへ。
リビアの航空会社はアフリキーヤ航空やリビア航空など色々ありますが、手配した旅行会社曰く、リビアの航空会社ではこのリビアン・ウィングスが最も信頼出来るとのことでこちらにしました。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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定刻通り8:10の出発!
窓の外にトリポリの町を眺めながら、さらばリビア~!
チュニス行きは意外にも満席で混んでました。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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リビアン・ウィングスは機内誌もちゃんとありました。
リビアの国民的英雄オマル・ムクタールの紹介も!映画『砂漠のライオン』の主人公としても有名で、リビア・ディナールの肖像もこの人。
リビア国内の観光案内とかも載っていて、見応え抜群の機内誌でした。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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短いフライトだけど機内食も出ました。ここ時間だから朝食。
隣の人がいらんからってヨーグルトもう一つ貰いました。
パンが2種類。普通のバターロールと焼きたてクロワッサン。
バターとイチゴジャム。ヨーグルトとオレンジジュース。
朝食としては満足。続きはチュニジア旅行記にて。リビアの玄関口となっているこぢんまりとした空港 by Giorgio Bianchiさんミチガ空港 (MJI) 空港
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