2026/02/03 - 2026/02/06
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chemireさん
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尾崎神社と尾山神社を参拝。外様大名だった前田家が徳川幕府に配慮を示した歴史が感じられた両社で御朱印をいただきました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩
-
2月4日 旅2日目
朝食後(ご当地の味は加賀野菜ドレッシング。他は、いたって普通のメニュー)、ゆっくりとコーヒーを飲んでからホテルをチェックアウト。
9:55
フロントに荷物を預かってもらい、徒歩での行動を開始しました。 -
旧 堀宗叔町
元禄のころ、堀宗叔という医師が住んでいたのでこの名がついた。堀家は代々藩医をつとめていた。
こういう石標があると、歴史を感じられていいな。 -
10:19
昨夜に歩いているので、迷わずに尾崎神社へ。
夜に訪れた時と雰囲気が違うと感じるのは、照明のせいもあるのかな。朱の塀と雪のコントラストが鮮やか&華やかな印象だったけど、今日は落ち着いて見えます。 -
4代藩主・前田光高が徳川幕府から東照大権現(徳川家康)を祀ることを許され、1643年(寛永20)に建立。日光東照宮の神霊を金沢城内の北の丸に分霊して建立されたことから、金沢城の江戸や北陸の日光と呼ばれたそうです。
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明治維新後、金沢城が陸軍の管轄となったことから、1874年(明治7)尾崎神社と名称を改め、1878年(明治11)に城内から現在の地に移築。
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建立された場所が城内の最も先端で、動物の尾っぽの先にあるように見えたことが神社の名前の由来。
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門を振り返って。
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社殿は、冬の間は雪囲いで守られています。
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生活道路に面している朱色の透塀や、本殿、拝殿、幣殿、中門は重要文化財。
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ユニークな表情の狛犬さんは、
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躯体がどっしりしています。
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本殿と拝殿を分離させた東照宮建築の最初期のものとされ、現存する最古の金沢城関係の建造物。
社殿全体を眺めることができないけれど、雪囲いの姿も素敵です。 -
拝殿の戸には葵紋
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御祭神
東照大権現(徳川家康)・前田利常(加賀藩三代藩主)
天照大神・大國主大神 -
徳川家幕府への忠誠を示すため、随所に葵紋が使われています。
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豊受稲荷社
こちらのキツネは網に守られて鎮座。 -
ご祭神
豊受大御神 -
参拝のあと社務所兼自宅のインターホンを押すと、すぐに女性の声で「御朱印帳はお持ちですか?」と返答がありました。「はい」・「御朱印帳を開いてお待ちください」とやり取り後、出ていらした男性の神職さんに朱印帳をお渡しして御朱印をいただく間に、貼られていた新聞をチェック。3月頃まで雪囲いが行われるようです。
・・・・・・・・
書いてくださった御朱印を神職の方から受け取ると同時に、「これから何処へ行く?」と渋いナレーターのような声(しかもボリューム大きめ)で訊かれてちょっとビックリ。すぐに反応できなくて、まだ決めてないと口籠もっていると、予期していたかのように観光マップを出して詳しく説明してくれました。 -
神職さんからもらったマップを見ながら、教えていただいたルートで観光開始。イメージとしては、尾崎神社から反時計回りに進みながら名所を訪ねて行く感じです。
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甚右衛門坂下の伴天連屋敷跡。金沢城西側と城下をつなぐ坂の下周辺には、伴天連屋数(宣数師の屋敷)が集まっていたと伝わるそう。
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10:57
尾崎神社から300m南にある尾山神社へ。
尾崎神社神職さんのお勧めルートにより、北参道にある鳥居から境内へと進みました。
写真では分かりにくいけど、除雪機から噴き出される雪が面白くてじっと見ちゃった。 -
本殿かと思ったら、社務所や結婚式場の建物のよう。
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蓮で遊ぶ金箔のカエル(2011年寄進)のオブジェ。雪に埋もれて近付けませんでした。
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撮ったものを拡大。母・子カエルだそう。
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前田利家像
背負っているのは母衣。 -
利家は、織田信長に仕え青年時代は赤母衣衆として従軍しました。
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拝殿に参拝者が並んでいたので、先に神苑へ。
古代舞楽の楽器を模した池泉回遊式の美しい庭園だそうですが、雪に埋もれて何がなんだか・・・尾山神社庭園 公園・植物園
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薄氷に覆われた池は、それはそれで風情があるけど、橋が雪に埋もれて庭園には入れないようになっていました。
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まだ拝殿の行列が続いていたので境内を巡ります。
玉垣は珍しいレンガ造りで、剣梅鉢の御紋透かしがお洒落。レンガを使用したのは、金沢ではここが最初だそうです。 -
前田家の家紋は加賀梅鉢(剣梅鉢)。
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金谷神社
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二代藩主前田利長公をはじめ、三代から十七代までの藩主・当主と正室が祀られています。
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さし石
旧藩主前田家よりの拝領石。番待ち石とも呼ばれ昔から若衆達が持ち上げて力や技を競ったことに因み、この石に触ると健康になると言われています。雪を踏みしめながら近付いて、すべての石に触れ健康を願いました。 -
足が長くて、
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スレンダーな狛犬さん。
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尾山神社
1873年(明治6)創建尾山神社 寺・神社・教会
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江戸時代の前田家は幕府から謀反の疑いを掛けられないよう金沢城内の神社には家康を祀り、藩祖である利家は浅野川の先にある宇多須神社に祀っていました。
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明治となり徳川家に気を遣う必要がなくなったことと、政府の意向で前田家が東京に移住したことから、御殿のあったこの場所に利家の御霊を移したそうです。
参拝後に御朱印をいただきました。 -
個性的な神門は、神社創建から2年後の1875年(明治8)に完成。2年のタイムラグがあり奇抜なデザインになったのは、創建当初に参拝者が全く来なかったため、いわゆる人寄せパンダで造られたそうです。
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当時の金沢では、利家は尾張の人だからと関心がなかった方も多かったようで、そのため参拝者を集めようと斬新な外観となったのだとか。以前訪れたときには気にしなかったけど、経緯を知ると面白いです。
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第三層は四面五彩のギヤマン張りで、もとは御神灯が点灯され遠く日本海を航行する船の目標にもなりました。避雷針は日本最古のもの。
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境内側から門をくぐります。
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アーチがお洒落。
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見事な装飾を、立ち止まって鑑賞。
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凝った欄間をいくつも見学したことがあるけど、
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底面の部分まで装飾があるのを見たのは、たぶん初めて。
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扉に施された彫刻や、
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柱の木目まで美しい。
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門をくぐり抜け、振り返って階段側から見た神門と社殿。多くの方は北参道からではなく、香林坊・国道側に面したこちらから境内に入るのかな。
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神門の説明板
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第一層の戸室石は色違いで交互に積み上げられ、とにかく美意識の高い造り。
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神門で折り返し、しっかりと除雪された参道を戻ります。
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全面ガラス張りの授与所前にあった前田利家の兜像。
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長槍の使い手で、身長180cm超えの大男。金色の兜姿の利家は傾奇者と称されましたが、加賀百万石と呼ばれる広大な加賀藩の礎を築いています。
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東神門
旧金沢城二の丸の唐門。1963年(昭和38)移築。金沢城はたびたび火災にあいましたが、この門が難を逃れたのは、唐門の二匹の竜が水を呼んだためと言い伝えがあるそうです(って、後で知ったので境内側からしか撮らなかった…)。 -
金谷出丸跡
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11:40
尾崎神社の神職さんに教えていただいた通り、金谷出丸跡から鼠多門橋へと向かいました。
(金沢城公園の見学の様子は、次の旅行記へ)
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