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橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓は、1808年(文化5)の二の丸火災後に再建されたものの、明治1881年(明治14)の火災で再び焼失。その後、近年になって整備事業により復元されています。<br /><br />・・・・・・・<br /><br />鼠多門から入り庭園を抜け橋爪門へ向かうルートで進んだけど、現在は金沢城公園の入口として正門のようになっている石川門から入城した方が、藩縄張りや建物の様子が分かりやすいかなと思います。<br />

雪景色の金沢城公園/橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓

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2026/02/03 - 2026/02/06

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旅行記グループ 2026/02雪の金沢

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chemire

chemireさん

橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓は、1808年(文化5)の二の丸火災後に再建されたものの、明治1881年(明治14)の火災で再び焼失。その後、近年になって整備事業により復元されています。

・・・・・・・

鼠多門から入り庭園を抜け橋爪門へ向かうルートで進んだけど、現在は金沢城公園の入口として正門のようになっている石川門から入城した方が、藩縄張りや建物の様子が分かりやすいかなと思います。

  • 2月4日(水)<br />三十間長屋・鉄門を見学後に、

    2月4日(水)
    三十間長屋・鉄門を見学後に、

  • 二の丸に進み、現れたのは二の丸御殿の素屋根。

    二の丸に進み、現れたのは二の丸御殿の素屋根。

  • 二の丸御殿<br />寛永8年(1631)に御殿が建てられて以降、2度の火災による焼失と再建を経て、明治14年(1881)まで存在。

    二の丸御殿
    寛永8年(1631)に御殿が建てられて以降、2度の火災による焼失と再建を経て、明治14年(1881)まで存在。

  • 素屋根の前には、御殿に関するパネルが並んでいます。

    素屋根の前には、御殿に関するパネルが並んでいます。

  • 金沢城の中枢 二の丸御殿<br /><br />−−−−−−−−−−−−<br /><br />以下は、建物内にあった説明パネルの内容を一部転用。<br />利家によって備が始められた金沢城は、当初は標高の高い本丸や東の丸が中心でした。<br />慶長7年(1602)落雷によって、天守が炎上、焼失し利家時代の象徴が失われました。その後、現在に至るまで天守が建されたことはなく、本丸には物見を兼ねた三階槽が建てられましたが、寛永8年(1631)に城下で発生した大火により、本丸街殿をはじめとする城の中枢を焼失。この火災後、城の中心が本丸から二の丸に移されていき、二の丸御殿が創建され、以後、城の中心的役割を担うことになります。<br />宝暦9年(1759)には、城下町が大火に見舞われ焼失。金沢城も本丸・二の丸・三の丸など主要施設を全焼しましたが、翌年には二の丸御殿をはじめとした建物の再建や石垣の修復が始められます。現存する石川門(重要文化財)は、この火災の後、天明8年(1788)に再建されたものです。さらに、文化5年(1808)の二の丸の火災では、再び二の丸御殿や菱櫓などが全焼し再建されています。

    金沢城の中枢 二の丸御殿

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    以下は、建物内にあった説明パネルの内容を一部転用。
    利家によって備が始められた金沢城は、当初は標高の高い本丸や東の丸が中心でした。
    慶長7年(1602)落雷によって、天守が炎上、焼失し利家時代の象徴が失われました。その後、現在に至るまで天守が建されたことはなく、本丸には物見を兼ねた三階槽が建てられましたが、寛永8年(1631)に城下で発生した大火により、本丸街殿をはじめとする城の中枢を焼失。この火災後、城の中心が本丸から二の丸に移されていき、二の丸御殿が創建され、以後、城の中心的役割を担うことになります。
    宝暦9年(1759)には、城下町が大火に見舞われ焼失。金沢城も本丸・二の丸・三の丸など主要施設を全焼しましたが、翌年には二の丸御殿をはじめとした建物の再建や石垣の修復が始められます。現存する石川門(重要文化財)は、この火災の後、天明8年(1788)に再建されたものです。さらに、文化5年(1808)の二の丸の火災では、再び二の丸御殿や菱櫓などが全焼し再建されています。

  • 近年の復元事業により、令和7年(2025)3月に起工式が行われ、1期工事の完了は2033年度中の予定。その後、間をおかずに2期工事に入る見通しだそうですが、完成を見られるのはまだまだ先のこと。

    近年の復元事業により、令和7年(2025)3月に起工式が行われ、1期工事の完了は2033年度中の予定。その後、間をおかずに2期工事に入る見通しだそうですが、完成を見られるのはまだまだ先のこと。

  • お城に舞う雪を見たいと思って天気予報をチェックしたけれど、曇りが続くよう。ここでも、観光客のわがままは却下されました。

    お城に舞う雪を見たいと思って天気予報をチェックしたけれど、曇りが続くよう。ここでも、観光客のわがままは却下されました。

  • 橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓<br />1808年(文化5)の二の丸火災後に再建されたものの、1881年(明治14)の火災で再び焼失。<br />近年の整備事業により、平成13年(2001)に復元された菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓・橋爪門を増築する形で、平成27年(2015)に二の門が復元されました。明治以降に建てられた木造城郭建築物としては全国最大規模だそう。

    橋爪門続櫓・五十間長屋・菱櫓
    1808年(文化5)の二の丸火災後に再建されたものの、1881年(明治14)の火災で再び焼失。
    近年の整備事業により、平成13年(2001)に復元された菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓・橋爪門を増築する形で、平成27年(2015)に二の門が復元されました。明治以降に建てられた木造城郭建築物としては全国最大規模だそう。

  • 13:08<br />五十間長屋に設けられた受付から入城<br />大人320円(兼六園共通500円)<br />3層3階の菱櫓と橋爪門続櫓が、2層2階の五十間長屋で繋がれています。

    13:08
    五十間長屋に設けられた受付から入城
    大人320円(兼六園共通500円)
    3層3階の菱櫓と橋爪門続櫓が、2層2階の五十間長屋で繋がれています。

  • 金沢城の歴史などのパネルや展示物を見ながら、反時計回りの一方通行で進みました。

    金沢城の歴史などのパネルや展示物を見ながら、反時計回りの一方通行で進みました。

  • 橋爪門続櫓<br />二ノ丸大手の橋爪門枡形を見張る物見櫓。三の丸から橋爪橋を渡り、橋爪門を通って二の丸へ向かう人々を監視するための櫓。<br /><br />橋爪門続櫓と橋爪門ニの門は、実際に内部は繋がっていないため、二の門櫓へは番所からの急勾配の階段で出入りしたようです。今回の復元により、利活用や防災・避難のために新たに開口部が設けられ階段で2階へ。

    橋爪門続櫓
    二ノ丸大手の橋爪門枡形を見張る物見櫓。三の丸から橋爪橋を渡り、橋爪門を通って二の丸へ向かう人々を監視するための櫓。

    橋爪門続櫓と橋爪門ニの門は、実際に内部は繋がっていないため、二の門櫓へは番所からの急勾配の階段で出入りしたようです。今回の復元により、利活用や防災・避難のために新たに開口部が設けられ階段で2階へ。

  • 石落とし。どこのお城に行っても、必ず覗いてしまう。

    石落とし。どこのお城に行っても、必ず覗いてしまう。

  • お堀の様子や景色をチェック。

    お堀の様子や景色をチェック。

  • でも、方向音痴なので、説明板がないとどこを見ているのかよく分かっていません。

    でも、方向音痴なので、説明板がないとどこを見ているのかよく分かっていません。

  • 五十間長屋<br />武器庫だったので五十間長屋の中は基本的には何もなく、説明パネルや展示品が並ぶ廊下を歩いている感じ。<br />リーフレットによれば、菱櫓と橋爪門続櫓を含めた長さは約97mで、橋爪門の二の門を含めると約113mもあります。

    五十間長屋
    武器庫だったので五十間長屋の中は基本的には何もなく、説明パネルや展示品が並ぶ廊下を歩いている感じ。
    リーフレットによれば、菱櫓と橋爪門続櫓を含めた長さは約97mで、橋爪門の二の門を含めると約113mもあります。

  • クギやボルトで留めるのではなく、仕口や継ぎ手、ほぞ・ほぞ穴と呼ばれる凹凸を造って組み合わせ、 木で作ったクサビを打って外れない仕組み。

    クギやボルトで留めるのではなく、仕口や継ぎ手、ほぞ・ほぞ穴と呼ばれる凹凸を造って組み合わせ、 木で作ったクサビを打って外れない仕組み。

  • 五十間長屋と菱櫓の模型。<br /><br />五十間長屋は天井板が貼られていないため、大きな松の木の梁などの木組みが観察しやすいです。

    五十間長屋と菱櫓の模型。

    五十間長屋は天井板が貼られていないため、大きな松の木の梁などの木組みが観察しやすいです。

  • 菱櫓<br />3階建て・高さ約17m。大手と搦手を見張る物見櫓。

    菱櫓
    3階建て・高さ約17m。大手と搦手を見張る物見櫓。

  • 建物の平面は菱形で、柱も菱形。この部屋の通し柱を始め、使われているおよそ100本の柱も菱形で、これらの建築には大変な技術を要するそうです。<br />と書いては見たものの、建物内にいると柱は別として床や天井が菱形をしているのか分かりにくかった。

    建物の平面は菱形で、柱も菱形。この部屋の通し柱を始め、使われているおよそ100本の柱も菱形で、これらの建築には大変な技術を要するそうです。
    と書いては見たものの、建物内にいると柱は別として床や天井が菱形をしているのか分かりにくかった。

  • 菱櫓の東面には河北門。

    菱櫓の東面には河北門。

  • 河北門を望み、1階に下りて建物外へ。

    河北門を望み、1階に下りて建物外へ。

  • 14:10<br />五十間長屋を出て、二の丸御殿の素屋根を見ながら雁木坂を下ります。<br /><br />このあたりには、橋爪門続櫓に接する雁木坂と呼ばれる石段がありました。橋爪門二の門を抜けると御番所と石垣台に仕切られた広場があり、そこから右手の雁木坂を登ると、石畳、そして二の丸御殿の玄関へ至ります。<br />と説明板に書かれていますが、私は逆ルートを辿っているので、二の丸御殿側から坂を下って橋爪門へ。

    14:10
    五十間長屋を出て、二の丸御殿の素屋根を見ながら雁木坂を下ります。

    このあたりには、橋爪門続櫓に接する雁木坂と呼ばれる石段がありました。橋爪門二の門を抜けると御番所と石垣台に仕切られた広場があり、そこから右手の雁木坂を登ると、石畳、そして二の丸御殿の玄関へ至ります。
    と説明板に書かれていますが、私は逆ルートを辿っているので、二の丸御殿側から坂を下って橋爪門へ。

  • 橋爪門<br />寛永8年(1631)の大火後に整備された二の丸の正門。

    橋爪門
    寛永8年(1631)の大火後に整備された二の丸の正門。

  • 石川門・河北門とともに三御門と呼ばれ、通行に際しては三御門の内で最も厳しい制限がかけられていたそうです。

    石川門・河北門とともに三御門と呼ばれ、通行に際しては三御門の内で最も厳しい制限がかけられていたそうです。

  • 二の門の内側には番所と石垣台で仕切られた広場が設けられ、ニつの枡形を連結したような構成は河北門や石川門では見られないもの。

    二の門の内側には番所と石垣台で仕切られた広場が設けられ、ニつの枡形を連結したような構成は河北門や石川門では見られないもの。

  • 敷石は、二の丸御殿と同じ敷き方の四半敷き。正方形の石を縁に対し45度になるよう斜めに敷いたもので、戸室石が使われ格式の高い門であったことを示しています。

    敷石は、二の丸御殿と同じ敷き方の四半敷き。正方形の石を縁に対し45度になるよう斜めに敷いたもので、戸室石が使われ格式の高い門であったことを示しています。

  • 番所<br />二の門櫓(2階)への出入りは、番所内に設けた急勾配の階段から出入りしたと考えられているそう。

    番所
    二の門櫓(2階)への出入りは、番所内に設けた急勾配の階段から出入りしたと考えられているそう。

  • 二の門をくぐり振り返って。

    二の門をくぐり振り返って。

  • 枡形。<br />橋爪門は、高麗門形式の一の門、石垣と二重塀で囲まれ枡形、続櫓に接する櫓門形式の二の門からなり、枡形は城内最大の規模。整備にあたり、江戸時代には枡形内に存在しなかった園路が設けられています。

    枡形。
    橋爪門は、高麗門形式の一の門、石垣と二重塀で囲まれ枡形、続櫓に接する櫓門形式の二の門からなり、枡形は城内最大の規模。整備にあたり、江戸時代には枡形内に存在しなかった園路が設けられています。

  • 広い枡形全体を、スマホで収めるのは難しい。後方が二の門で、左側には一の門。

    広い枡形全体を、スマホで収めるのは難しい。後方が二の門で、左側には一の門。

  • 一の門を出て橋爪橋を渡ります。

    一の門を出て橋爪橋を渡ります。

  • 橋爪橋を渡り振り返って見た橋爪門(橋爪門一の門)と橋爪門続櫓。

    橋爪橋を渡り振り返って見た橋爪門(橋爪門一の門)と橋爪門続櫓。

  • 橋爪門続櫓<br />3重3階・高さ14.69m。文化5年(1808)の二の丸火災で焼失した後、文化6年(1809)に再建された姿を平成13年(2001)に復元。

    橋爪門続櫓
    3重3階・高さ14.69m。文化5年(1808)の二の丸火災で焼失した後、文化6年(1809)に再建された姿を平成13年(2001)に復元。

  • ここまで来て、やっと橋爪門が五十間長屋と繋がっている様子が分かりました。

    ここまで来て、やっと橋爪門が五十間長屋と繋がっている様子が分かりました。

  • 14:19<br />右端に見えているのは石川門。<br />この後、石川門・河北門・兼六園の見学へ。

    14:19
    右端に見えているのは石川門。
    この後、石川門・河北門・兼六園の見学へ。

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