2026/02/03 - 2026/02/06
5083位(同エリア5164件中)
chemireさん
- chemireさんTOP
- 旅行記507冊
- クチコミ169件
- Q&A回答0件
- 274,317アクセス
- フォロワー104人
長町を散策。藩政時代はすべて藩士の邸地だった町は、土塀や石畳の小径が続き往時の姿をとどめています。
-
2月5日(木)
10:10
香林坊バス停から徒歩約5分、長町へ。 -
大野庄用水に架かる二の橋辺りから歩き始め、五の橋付近で折り返しました。
※あちこち覗いたり戻ったりしながら撮ったので、写真は道順通りではありません。 -
毎年12月上旬から3月まで、雪から土塀を守るための薦掛けは金沢の冬の風物詩。
-
どこを見ても、素敵な風景。
-
長町研修塾
-
長町研修塾
-
燈籠にも薦。
-
山景園
-
箒を逆さまにしたみたいな様子がお気に入り。
-
武家屋敷の土塀と石垣の説明板を見て観光名所かと思って入ったら、
-
公衆トイレが設けられた所でした。
-
テーマパークみたいと思ってしまうような風景が続きますが、
-
住宅街として人々が暮らしていてます。
-
戸の透かし彫りも素敵。
-
美しい町並みは、いろんな映画やドラマのロケ地にもなっているそうです。
-
大屋家
-
江戸時代の平士級武家屋敷の様式が、ほぼ完全なかたちで残る遺構。
大屋家住宅 名所・史跡
-
敷地内の見学は不可。
建築年代は明らかではないものの江戸後期は下らないそうで、明治末期から大正初期に増築された新建部分と隠居部屋が附属し、土塀と板塀で囲われた敷地内の庭も江戸時代の面影を残しているそうです。 -
瓦も凝っています。
-
道は、L字かT字の突き当たって曲がる見通しの悪い防御構造。平和な現代は、先に何があるか分からなくてワクワクしながら歩いちゃう。
-
鏑木商舗。文化2年(1805)九谷焼最初の商家として金沢で開業。いまは、お洒落なお土産やさんになってます。
九谷焼窯元 鏑木商舗 専門店
-
燈籠の模様は、窯元らしく壺かな。
-
マンホール蓋も景観を損ねないよう石が配われています。
-
二十余家の藩士が居住したそう。
-
こちらは、創業文政5年(1822)。
春日山窯 木米庵 専門店
-
この碑は、移築されたもののようです。
(HPより一部引用・要約させていただきました)
青木木米は京都生まれの陶工。文化3年(1806)加賀藩の招きで来沢。一旦帰京の翌年に本多貞吉を助工に伴い再訪、春日山に初窯を揚げるが、翌年に金沢城二の丸御殿が焼失したため藩窯計画は中断。木米はわずか1年で帰京した。
春日山窯は文政初年(1818)頃まで製陶。この春日山窯が契機となり、後年、陶業が興り九谷再興につながった。 -
明かり取りの窓と、その柵がお洒落。
-
アイスクリーム用のトングみたいな物を持っていたインバウンドが、雪を掬って橋に載せていたので何をしてるんだろうと見てみたら、
-
可愛い2羽が並んでました。
-
これ専用の道具を持ち歩くなんて、観光の楽しみ方が上手だなぁ。
-
大野庄用水。
大野庄用水 名所・史跡
-
犀川を水源として長町を流れる用水で、古くから人々の生活の場で重要な役割を担い、かつては木材の運搬も行われ金沢城築城の際にも大きな役割を果たしたそうです。
-
野村家は内部公開されています。有料。
静かな町並みにここだけ人が多かったのと、時間が足りなくなりそうだったので外観だけ見学。武家屋敷跡野村家 名所・史跡
-
前田家 梅鉢の紋章
-
11:23
石畳や土塀の土台の石は、郊外の戸室山山麓の戸室石。武士の階級によって使われる石が違い、土台の石垣の高さも異なります。 -
角には形を整えた石が配されていたり、
-
色合いの違う石が積まれているのを見つけて、密かに興奮。70分余りの散策は、あっという間に時間が過ぎました。
(散策中に見た高田家跡と足軽資料館の様子は、別の旅行にまとめます)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
金沢(石川) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 2026/02雪の金沢
0
37