2024/11/06 - 2024/11/13
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ミズ旅撮る人さん
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国土全体がヒマラヤ山脈であるネパールと、その東側にあるブータン王国。両国に挟まれてインド領シッキム州があります。かつてシッキム王国であった特別な地域です。チベット仏教の影響が濃く、ヒンズーやイスラムのインドとは異なった風土を持っています。
7回目は最終回。ダージリンを出て、グームを通り過ぎ、更に南下してバグドグラでデリー行きの飛行機に乗ります。これが最後の山道ドライブです。5台の乗用車に分乗してヒマラヤ山系の山から下って行きます。道中、また紅茶農園に立ち寄りました。茶摘みの時期ではないので誰もいない茶畑です。現地で販売していたら買ったのになあ。バグドグラのそばまで来ると、それまでの山の中の風景とは一変して、平地に広がる町になりました。ああ、高地の旅が終わったのだと寂しく感じました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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8時にダージリンのエルジンホテルを出発しました。表通りは渋滞しているので、裏道を走っているようです。更に狭くて、すれ違いが難しいような道をぐんぐんと下って行きます。
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朝の光が斜めに差し込んで来ます。ダージリンの町は南北に幹線道路が走っていて、大抵の道がそれに並行し、家々も道沿いに立ち並んでいます。つまり西向きまたは東向きに建つ家が基本なのです。日本なら南向きが優良物件になりますが、ここでは地形が最優先です。山の尾根が南北に走っているので、人々の住む場所も南北に広がっています。
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そもそもこんなに密集して建っていたら、日照権どころの話ではないでしょう。それでも、人々は上の方の階やベランダなどに、植物をたくさん飾っています。
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目の前にこんな看板が現れました。「列車と交差するので注意」ちゃんと蒸気機関車の絵が描かれています。
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ああ、脇道から本道に出ると線路を跨ぐので、注意喚起をしているのですね。相変わらず踏切はありません。代わりに、この交差点には交通警察の詰め所がありました。
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既にダージリン駅は過ぎているので、町の中心部から少し出た所ですが、朝の通勤ラッシュなのでしょうか。
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今、インドは経済発展が急速に進んでいます。当然、車の保有台数も増えて行きます。この先、こうした地形の都市はどうなるのだろうか。余計な心配をしてしまいます。でもきっと、インドはどうにかして行くのです。膨大なマンパワーで、西洋文明が思いもつかない方法で、切り拓いて行くのでしょう。
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彼らのような若者たちが、インドにはたくさんいます。
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トイ・トレインの線路と共に走れるのも、あとどれくらいでしょうか。すっかり観光列車になってしまった蒸気機関車は残念でしたが、ここを走ったんだなあと、感慨深くはあります。
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崩れ落ちて来そうな家々。どうやって、あんな場所に建設したのでしょうね。感服いたします。
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左にあるような階段をひたすら上って、この特異な町の在り方を見て歩けたら良かったです。エルジンホテルのほぼ真上がチョウラースター広場なのですが、思いも掛けない場所から階段を降りるとホテルに戻れました。こうした隠れ階段がきっとあちこちにあったのでしょう。
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ちょうど通学時間なんですね。インドの義務教育課程の就学率はほぼ100%です。人口が多いので、学生の数も半端ではないでしょう。生徒の多い学校では午前と午後に別々に登校するようになっています。
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ウワオ!皇帝ダリアがぎっしり咲いています。意外にインドでよく見掛ける花になっています。
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ストーカーのように、学生の追っかけになってしまいましたが、ここから上がって行くと学校なのでしょう。
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レールが道路を横切っています。これが無いだけでも車の流れはスムーズになるんじゃないかな?
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昨日見掛けたダリ僧院です。隣にあんなにすごい携帯のアンテナがあるとは。小坊主たちがスマホ中毒になりませんように。
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右側の建物が切れて、周囲が見渡せますが、やはり山の上には家がいっぱい。どうやって、そこに家を建てようと決めるのでしょうか。何が良くてそこなのか、聞いてみたい気がします。想像もつかないような返答が帰って来そうで、インドは楽しいです。
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屋根が可愛い家が建っています。左に汽車ポッポの注意看板があります。この先で2回、線路が道路を横切るからかな?
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フォトストップです。ダージリンの町が見える最後のポイントです。
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そして、カンチェンジュンガが顔を見せてくれました。国境にある山なので、あの向こうはネパールです。
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楽しませてくれて、どうもありがとう。さようなら。
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カラフルで、単一的ではない建物がいっぱいで、とても楽しかったです。
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高低差があるから、尚更、屋上が庭なんですね。上から見るのも楽しいです。
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家々と肩を並べて見る。どんな暮らしがあるのだろう。
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大きく弧を描く道の上に、何やらいっぱい物が見えます。更には、「I love Darjiling」の文字看板があります。
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バタシアループです。道路のあんな上にあるなんて。
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バタシアループの下の道路は観光客目当ての店がいっぱい。
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ループの中は公園になっていて、ここで入場料を払います。
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バタシアループの線路は二重になっています。これが外の線路で、上の公園の中で再度ループで高度を上げます。
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先程の入口よりも高い場所にある別の入口です。ここも料金所が待っています。10歳以上の子供はみんなチケットが必要で、一律50ルピーです。
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バタシアループがこんな街中にあるなんて、思ってもみませんでした。ダージリン・ヒマラヤ鉄道の乗客だけがひと時を過ごせる特別な場所なのかと思っていたら、なんと市民の公園だったなんて。結婚式の記念写真を撮っているカップルまでいたものね。
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ループを回り切ったトイ・トレインは、しばらくは道路から離れて左の木立の中を走ります。
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そして、このちょっと前に左に並行して来て、道路に降ります。
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グーム僧院Ghoom Monastery (Samten Choeling)。参拝客が多いのか、露店がすごい。
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また、線路を跨ぎます。ここでは当たり前の風景です。因みに、2号車の向こうに見えるピンクの物体は綿菓子で、白い方はポン菓子です。
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インドの商店は、大抵がこんな風な小さな店で、たくさんの商品を吊り下げていたり、請求すると足元から出してくれたりします。バングラデシュでガイドさんが言っていました。一人親方のやり方しか知らないから個人の小さな店ばかりなのだと。インドもそこから抜け出して行けるでしょうか。
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エマヌエル教会(Emmanuel Church)。グーム駅を通り過ぎて、この先は初めて通る道です。
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イチオシ
ふと、このままレールの上を進んで行けるような気がしました。小さなカーブの向こうに空しか見えないので、行ってみたいと思ってしまいました。
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この線路は、どこまで一緒なのでしょう。トイ・トレインは、ダージリン~ニュー・ジャルパイグリ間を走ります。ニュー・ジャルパイグリ駅は私達が目指しているバグドグラ空港のすぐ東にあるシリグリの町の南にあります。
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Rigzen Sherap Choiling僧院への階段。僧たちが荷物を運び上げています。どこまで上るのでしょうか。きっと日常茶飯事なのでしょう。これも修行のうち?
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ようやっと建物がまばらになって来ました。ずっと線路に沿って走っていますが、トイ・トレインは現れません。もう一度走っている姿を見たいなあ。
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屋上やベランダに、無数の旗がたなびいています。チベット仏教の信者なのでしょうか。左側の一番手前のお宅のベランダは菊の鉢がずらっと並んでいます。
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こうやって車に揺られながら車窓を眺めていると、よくかかる音楽があります。歌詞はすべて「オンマニペメフム オンマニペメフム」です。これは仏さまにあげるお経の一種で、絶妙なメロディーが付いています。長い道中、これを聞きながら走りました。ラダックでも車内でかかっていました。しっかり動画で撮ってあります。この旅行記を書きながら、時折聞いています。不思議な曲です。
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どんなに狭くてカーブだらけであろうが、交通手段がこれしかないので、バスが都市を結んでいます。バスの背後になにやらすごいお寺が見えます。Sandup Targeling Sherpa僧院です。ソナダ(Sonada)の町の北の郊外にあります。
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青空にチベット仏教の経典が書かれているタルチョが張られています。仏教徒が多いのでしょうか。
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お肉屋さん。マトン・鳥・魚・卵を扱っているようです。鶏肉がこんな風に並んでいるのは、ちょっとショックです。そう言いながらも、鳥のラインダンス?などと考えてしまいました。
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菊を売っています。インドで菊というイメージは無いのですが、結構ベランダや屋上などで見掛けます。
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この町はダージリンよりも、生活を身近に感じられます。
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植物がいっぱい。菊とマリーゴールドはよく見ます。それにゼラニウムと
シャコバサボテンです。ポインセチアの真っ赤な花も咲いています。 -
女学生が道を渡ろうとしています。青い制服に三つ編みが定番のようですが、真っ白なリボンでおしゃれをしています。
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Sonada駅です。
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駅を出ると線路はすぐに右側に渡ります。
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ふらりふらりと左右に移動する線路。踏切なんて作っていられませんね。
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インドは野菜が豊富です。見るだけでベジタリアンな気分。
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今回の表紙は、Sonadaの町です。2方向からの道が交わる場所なので、かなり広い活気ある町です。
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食器屋さん。売り子の女性は、頭の上から額に掛けて赤いラインを引いています。既婚女性の印です、
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この横には聖母マリアの祠もありました。ダージリンにはイギリスの影響でキリスト教徒もいるそうです。ここは教会ではなく墓地です。
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平屋と2階建ての家。インドでは珍しい家です。
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道路の方が線路を横切っています。ずっと線路沿いを走っているのに、トイ・トレインは全く現れません。
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お見事なガーデンです。
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おや?「SINGELL TEA GARDEN」という看板がありました。ここに紅茶農園があるようです。
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「ダージリン・ヒマラヤ鉄道(DHR)1881年設立」
「チャーチ・ゲートはかつて、この道路沿いに住宅が建てられたDHR職員の停車場でした。頂上にはエリシア・ブレイスがありました。1880年から1896年までは、クルセオン駅がセント・アルフォンソ・スクールの外にありました。」 -
St. Paul the Apostle’s 教会です。
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昨日乗車したトイ・トレインの「JOY RIDE」の看板。中央はバタシアループ。まさかあの下に道路が囲むように走っているとは思いませんでした。
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あれ?なんとなく風景が変わって来た?
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頭の上にお茶畑が広がっています。
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ダージリン周辺の斜面には紅茶畑が広がっています。標高2,134mのダージリンは霧が多いことが紅茶栽培に適しているそうです。ダージリンの人口の半分以上は紅茶関係の仕事に従事しているそうです。
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でもここはダージリンより南下したと同時に標高も下がっている気がします。
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うほほほ・・・あれでこすらないんだから、恐れ入ります。
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1841年、ダージリン地区長官を務めていたキャンベル博士が自宅に茶樹の苗を植えたところ、栽培に成功。そこから茶園が開かれていき、今では87もの茶園でダージリンティーが生産されています。年間の生産量は約12,000トンで、その約80%が国外に輸出されています。我が家の引き出しにもあります。
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紅茶畑は道路の下に広がっています。
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DHRの看板を見た後、国道から逸れると如実に道路幅が狭くなりました。
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こんな風にごちゃごちゃ建物が建っている方が、インドらしいです。傾斜が緩くなって来ました。
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「マカイバリ・ティー・エステート」6つの尾根に展開する大きな紅茶農園です。マカイバリジャパンのHPには「マカイバリ茶園は1840年代からイギリス人により創業された、ダージリン地方で長い歴史を持つ茶園の一つです。1856年、商業目的としてダージリンで最初に紅茶農園を始めたイギリス人・サムラー大尉によって始められたマカイバリ茶園は、1857年にG.C.バナジー氏に営業権が譲渡され、同年に製茶工場設立、1859年にはマカイバリ茶園(Makaibari Tea Estates)の名が正式登録されました。以後、現4代目茶園主スワラージ・クマール・バナジー氏(通称ラジャ)に至るまで、バナジー家が茶園の人々と一緒に生活し、茶園経営を行っています。」と書かれています。
「マカイバリ茶園は4つの山にまたがり、7つの村からなっています。
680人のコミュニティー(茶園主は従業員と呼ばず、コミュニティーと呼びます)と、その家族1,700人が茶園の敷地内で暮らしています。茶園には政府系の小学校が2つあり、茶園の子どもたちはその小学校に通っています。」 -
マカイバリ農園を形成する町には、2階建ての個人住宅が多いようで、暮らし向きがいいようです。立ち話をしている人のそばに積まれたレンガは、増築用の建築資材です。
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農園の中の寺院です。
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日本のお茶畑のような畝がないと、締まりがない気がします。
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木立の中にヒンズー寺院がありました。
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狭い山道をずんずん走って、ふいにお茶畑の中に入りました。
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お茶畑で一旦フォトストップです。既に茶摘み時期が終了しているので、茫々とした感じになっています。
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インドの三大紅茶の1つアッサムティーもイギリスの植物研究家によって発見され栽培が始められました。こちらはアッサム地方に自生していたもので、ダージリンの中国種とは別の系統です。高低差のある山腹で作られるダージリンティーとは異なり、標高が低く降水量の多い大平原で栽培されています。こくが強いためミルクティーに向いており、インドではチャイとして国内で多くが消費されています。ここの茶葉は、ダージリンではなく、アッサムティーなのです。
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お茶の花・・ではなく、一緒に生えていた植物です。
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なんだか一番底まで降りて来た感じです。
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よく見るインドの町と同じ風景になって来ました。
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ダッドヒア(Dudhia)という町からは、平地になります。
普通の町が広がっています。高地の旅は終わってしまいました。 -
グーム付近から空港の傍のシリグリの町まで流れるバラソン(Balason)川です。
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きっとこれらの家の隣も裏も山ではなく、崖でもないでしょう。地に足が付いているという安心感。なんだか異世界のような気がします。
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あれ?またお茶畑です。
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ここでは、農民たちが作業をしています。
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鶏が闊歩して、犬が路上で昼寝をしています。インドでは当たり前の光景ですが、高地では見なかったような気がします。道が狭いので寝そべることが出来なかったのかもしれません。
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黄色いキングサリに似た花が大きな木に咲いています。高地では赤いポインセチアでした。
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バグドクラの街中に入りました。頭の上には高架道路。広い道路にぎっしり走っている車やオートリキシャ。降りて来ちゃった。そう思うと涙が出そうでした。
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さとうきび屋さん。そう言えば、自転車もなかったか。
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この先すぐにバグドグラ空港です。14:25発のデリー行きに乗り、デリーで23:55発の成田行きに乗り継ぎます。エアインディアは、当時は成田発着でしたが、現在では羽田発着になっています。殆どのモニターが使用不可能なまま、半年後も治っていませんでした。読書灯もつかず、不便だらけのエアインディア。それでも、日本に帰って来ました。やれやれ。お付き合いいただきありがとうございました。
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今回の旅行は、イギリスの避暑地ダージリンとトイ・トレインの蒸気機関車乗車を目当てに参加しました。ヘリテージホテルに宿泊と言う売り文句にも惹かれました。行ってみて、随分期待とは違いました。ダージリンは全然イギリスの雰囲気が残っておらず、行動が不自由な高低差の激しい町でした。予想よりもずっと紅茶屋さんが少なかったのにも驚きました。蒸気機関車は乗ってしまうと雄姿を見られないのがウィークポイントでした。街中を走る姿も見られる筈だったのに、一度も見られなかったのが残念です。ヘリテージホテルは、こんなもんなんだなというレベル。期待にはそぐわなかったけれど、高地の斜面に広がる町の姿はとても感銘を受けました。風景が良かった。そういう旅でした。
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