2025/10/26 - 2025/10/27
10位(同エリア171件中)
旅猫さん
旅の後半は、芸予諸島を旅する。目指すは、大崎下島の御手洗集落と、大崎上島にあるきのえ温泉の『ホテル清風館』である。重伝建の指定を受けている御手洗は、以前から訪れてみたいと思っていた場所で、ようやく足を向けることが出来た。そして、宿泊地に選んだのが、景色が素晴らしいと評判の『清風館』である。船が苦手な私であるが、今回は船を二度利用することとなった。
(2025.12.01 投稿)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 新幹線 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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7時29分発の列車で、呉駅を後にする。列車はのんびりと走り、10分足らずで新広駅に着いた。
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御手洗に向かうバスは、駅の南側にある中国労災病院から出る。跨線橋を渡り、病院の敷地内にあるバス停で待つ。しばらくしてやって来たバスに乗り込んだのは、三人だけであった。
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途中から、乗客は私だけとなった。バスは、芸予の島々を橋で渡りながら走って行く。そして、一時間半ほどで、御手洗港バス停に着いた。
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バスを降りると、目の前には海が広がっている。瀬戸内らしく、海はべた凪である。
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とりあえず、持参の地図を頼りに歩き始める。御手洗は、細い路地が入り組み、訪れる者を迷路へと誘うようだ。
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路地を抜けると、風情のある街並みが続いていた。御手洗は、江戸時代、風待ちの港として栄え、今でも、江戸時代の町屋などが残り、風情のある街並みを残している。そのため、平成六年には、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
豊町御手洗重要伝統的建造物群保存地区 名所・史跡
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民家の玄関脇に、特産の檸檬が売られていた。瀬戸内と言えば、最近は檸檬で名が知れている。ここ大崎下島でも、大長地区などで栽培されているそうだ。
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街並みに沿って少し歩くと、旧柴屋住宅と言う江戸時代の建物があった。見学が可能だったので、入ってみることにした。
旧柴屋住宅 名所・史跡
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この町屋には、文化三年(1806)に、全国測量中の伊能忠敬が宿泊したそうである。中は結構広く、日本家屋らしい落ち着いた佇まいであった。庭にあった蔵には、伊能忠敬に関する資料なども展示されていた。
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柴屋の斜向かいに、大きな屋敷があった。御手洗の初代庄屋を務めた新屋吉左衛門の御屋敷だそうだ。常盤町通りと呼ばれるこの界隈には、江戸時代の町屋が残り、とても風情のある街並みとなっている。
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近くの民家の軒下には、かなり年季の入った乳母車が置かれていた。
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御手洗集落は、重伝建に指定されたため、街はかなり綺麗に整備されているが、指定から三十年ほど経っているためか、それほど気にならない。いかにもと言った感じの町屋を利用した店なども少ないのも良い。
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常盤町通りの突き当りにも古い町屋があった。気付けば、それぞれの町屋に、花が生けてある。
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突き当りを左へ進む。すると、天満神社が現れた。この社の境内には、御手洗の名の由来となった井戸があると言うので、参拝することにする。
御手洗天満神社 寺・神社・教会
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鳥居を潜り参道を進むと、右側に大きな石碑があった。菅公の碑とある。大正六年に社殿を建て替えた際、菅原道真の遺徳を偲んで建立されたものだそうだ。かなり大きなもので、ある意味、戦前らしいものである。
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拝殿で参拝した後、社殿の裏手にある『菅公の井戸』を見学する。菅原道真が大宰府へ左遷される際、この井戸で手を洗ったことから、御手洗と言う名が付いたと云われているそうだ。
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本殿の真下に通路がある。『可能門』と呼ばれ、ここを潜りながら願掛けを行うと、願いがひとつ叶うと云われているそうだ。
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天満神社の斜向かいに、旧金子家住宅がある。御手洗の庄屋を務めた家のひとつで、広島藩の要人を接待するために設けられた茶室などがあるそうだ。幕末には、広島藩と長州藩が密約を交わした場所で、その約定は『御手洗条約』と呼ばれているそうだ。長州藩は論外だが、幕末の広島藩の動きは筋が通っていないので、好きになれない。福山藩とはえらい違いだ。
旧金子家住宅 名所・史跡
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その先に、県指定史跡の若胡子屋跡があるのだが、修繕工事中で観ることは出来なかった。江戸時代の享保年間に建てられたもので、御手洗最大の町屋だそうだ。
若胡子屋跡 名所・史跡
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そこを過ぎると、風情のある街並みとなった。御手洗集落は、町割りが江戸時代のままであり、道も狭い。そのおかげで、車が入って来ないのが嬉しい。子供もお年寄りも安心して歩ける人に優しい町である。
御手洗の町並み 名所・史跡
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天満神社から続く相生通りをさらに進むと、左手に『新光時計店』が現れた。明治時代から150年以上続く時計店である。製造元で修理が出来きなくなった時計でも取り扱うため、国内外から修理依頼が舞い込んで来るそうだ。最近、五代目が店を継いだそうである。
新光時計店 名所・史跡
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その斜向かいに、『御手洗昭和館』と言うものがあった。『駄菓子屋玩具ミュージアム』とある。店先などには、懐かしい看板が下がっている。
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さらに歩くと、『乙女座』と言う洋風の立派な建物が見えて来た。昭和12年(1937)に、当時の御手洗町長が、私財を投じて建てた劇場だそうだ。町民の文化意識の向上のためと言うから素晴らしい。
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そのすぐ隣の建物の二階には、石造りの柵があるバルコニーのようなものが付いている。その柵は、観る角度によってはモアイ像のように見える。
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相生通りは、その先で直角に曲がっていた。曲がってすぐの場所には、木造の洋風建築が立っていた。かつて、越智医院として使われていた大正時代の建築物だそうだ。
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その向かいには、薩摩藩が船宿として使っていた脇屋が残っている。薩摩藩の密貿易の拠点の一つであったそうだ。正直、薩摩藩も好きではない。
薩摩藩船宿跡 脇屋 お土産屋・直売所・特産品
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そのまま道なりに歩くと、海に出た。どんよりと雲が垂れ込む空の下、鉛色の海が横たわっている。海に突き出しているのは、千砂子波止である。
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海沿いに、バス停の方へ一旦戻る。その途中に、竹原屋と言う、やはり薩摩藩の密貿易に手を染めていた商家の跡があった。広島藩も関係していたそうだ。長州藩が御所を襲った蛤御門の変の際、長州寄りの五人の公家が立ち寄ったこともあるそうだ。かつては資料館だったらしいが、今は閉館しているようだ。
御手洗七卿落遺跡 名所・史跡
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その先に、恵美須神社があった。御手洗で最も古い社だそうだ。江戸時代に建てられた本殿と拝殿が、県の重要文化財に指定されている。当時は、この辺りが一番賑やかであったそうだ。
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境内には、『若返りの石』と言うものが祀られていた。この石は、海に何度流しても戻って来ると云われ、若返りの霊験があるそうだ。
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今度は、先程眺めた千砂子波止の方へ歩いてみる。途中に、大東寺と言う寺があった。御手洗にあった二つの寺院が合併したものだそうで、寺名の由来は、大東亜戦争に因んだそうである。境内には、樹齢300年と云う欅の大木があった。
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その先は、かつて船宿などが立ち並んでいた界隈となる。今は、当時の建物を利用した宿や食事処、喫茶などが立ち並ぶ。
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しばらく歩くと、呉で教えてもらった『若長』が見えて来た。まだ開店時間ではないので、後で立ち寄ることにする。
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住吉神社の入口の脇に、江戸時代に建てられた石造りの燈籠があった。天保3年(1832)に造られたもので、明治12年頃まで千砂子波止の先端にあったそうである。高潮で倒壊した後、現在の場所に移築復元されたそうだ。
高燈籠 名所・史跡
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住吉神社の参道に架けられた石造りの太鼓橋を渡る。その橋は、明治43年に造られたものである。この社は、千砂子波止の鎮守として、大坂の豪商鴻池により、文政13年(1830)に勧請されたそうだ。玉垣には、埋立作業を手伝った御手洗の四つの茶屋の遊女たちの名も刻まれているそうだ。
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その本殿は、大阪住吉大社の本殿を半分の大きさで、細部までそっくりに造られているそうである。
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住吉神社に参拝した後、千砂子波止を見学する。この波止は、広島藩が防波堤として江戸末期に築いたものだそうだ。
千砂子波止 名所・史跡
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積まれた石の一部には、鶴と亀、徳利が彫られたものがあるそうだ、探してみると、確かにあった。
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波止から戻り、『若長』で休憩する。教えられていたので、注文してから二階へと上がった。二階は座敷となっていて、開かれた窓からは、海と向かいに浮かぶ岡村島が望めた。海風の入る座敷に座り、大長檸檬クリームソーダと自家製のロールケーキをいただいた。
船宿カフェ若長 グルメ・レストラン
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『若長』にも、花が生けてある。どの町屋に生けてある花も同じものであり、生け方も統一されていて、とても風情があった。
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眺めの良い店で休憩した後、再び散策を始める。海辺から一本内陸に入ると、そこにも古風な乳母車があった。しかし、前のものより新しい。お年寄りが、掴まって歩いたり、買い物をしたりするのだろう。
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満舟寺の辺りまで来ると、道端に面白い標識を見つけた。通学路を示す標識だが、手書きで、変に足の長い小学生らしき子供が描かれている。御手洗にかつてあった幼・小・中学校の名残であろう。
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その標識の近くから、海側に向かって路地が続いている。左手に大東寺の塀が続き、欅の大木も見えている。
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満舟寺は、真言宗古儀派の寺院で、現在は観音堂などがひっそりと立つのみであった。境内には、子規をして『過去四国一の俳人』と言わしめた栗田樗堂の墓、芭蕉百回忌の句碑『誰彼塚』、台座が亀の形をしている珍しい『亀趺墓』などがあった。そして、その石垣はまるで城のようである。この島は、かつて水軍の拠点だったようなので、それと関係があるのかもしれない。
満舟寺の石垣 名所・史跡
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満舟寺から少し歩くと、相生通りと常盤町通りが交わる十字路に出た。その角には、空色の洋風建築が立っていた。理容院として使われているようだ。向かいには郵便局があり、赤い丸ポストが街に彩を与えている。
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海沿いのバス停の方へ歩いて行くと、『江戸みなとまち展示館』と言う施設があった。館内二階には、御手洗の歴史に関する資料などが展示されていた。地味な施設だが、古地図や写真が興味深かった。
江戸みなとまち展示館 乙女座 美術館・博物館
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さらに西の方へと歩いて行くと、石段の上に小さな社があった。弁天社とある。由緒書きは色褪せ、読むことは出来なかった。
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風情のある街並みがあった。集落の外れに位置するが、ここも重伝建の範囲に含まれているようだ。
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歩いていると、猫に出会った。睨まれてしまったが、しばらく一緒に居させてもらった。
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その近くに、『直ちゃん』と言う小さな食堂があった。まだお昼を食べていなかったので、そこに入ることにした。焼き魚定食なども惹かれたが、単品の肉うどんを選んだ。丁寧に調理されたうどんは、普通に美味しかった。観光客向けの穴子めしなどを出す店もあったが、やはり地元の人たちが日常に利用する店の方が良い。
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外へ出ると、いつしか青空が広がっていた。
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バスの時間までまだあるので、常盤町通りにもう一度入る。すると、朝は開店まであった『潮待ち館』が開いていた。中を覗いてみると、奥に喫茶があったので、そこで時間を潰すことにした。
潮待ち館 グルメ・レストラン
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頼んだのは、みかんジュースと大長レモンチーズケーキ。ケーキは少々小さかったが、味は悪くはなかった。
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14時6分発のバスの乗り、御手洗を離れる。そして、5分ほどで小長港に着いた。ここから大崎上島の明石港へと向かう。船は、瀬戸内の航路で良く見られるものである。
小長港 乗り物
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14時半に出航。瀬戸内は波がほとんど無いので、船が苦手な私でも大丈夫である。海を渡る風はやや冷たいが、瀬戸内の景色を眺めながらの船旅は気持ち良い。
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僅か15分ほどで、明石港に接岸した。船を降り、待合所へ向かったが、頼んでいた宿の送迎車の姿が無い。しばらく待ったが来ないので、宿に連絡を入れると、何と忘れていたと言う。こんなことは初めてであった。
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宿に着くと、宿の方が恐縮している。通されたのは、海を望む12畳の和室である。少々お高い部屋であったが、せっかくなので、海が見える部屋にしたのだ。
きのえ温泉 ホテル清風館 宿・ホテル
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しかし、窓ガラスに鉄線が入っていたのは残念であった。それでも、眺めは素晴らしい。やはり、海が見える部屋にしてよかった。
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とりあえず、宿のすぐ近くにある中ノ鼻灯台を観に行くことにした。そこは、12年前、『海の上の診療所』と言うドラマを観ていた時、作中に登場し、とても印象に残っていた灯台である。いつか訪れてみたいと思っていたが、ようやく来ることが出来た。小さくて白い灯台と青空、そして広がる瀬戸内の景色が素晴らしい。
ドラマの舞台となった美しい灯台 by 旅猫さん中ノ鼻灯台 名所・史跡
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宿へ戻り、温泉に浸かる。内湯は大したことは無かったが、露天風呂からの眺めは抜群であった。広がる瀬戸内の景色は、見事である。景色を堪能した後、しばらく部屋で寛ぐ。そして、夕食となった。お造りの代わりに出て来たのは、何と黒毛和牛の石焼きであった。
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合い肴は、南瓜の茶碗蒸し。これがなかなか美味しかった。
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あまり好きではないのだが、鮑の踊焼きもある。焼かれながら悶える姿が嫌なのだが、仕方が無い。
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台の物は、広島県産ハーブ鶏の陶板焼き。この宿の料理は、変に飾ったものが無いので好印象だ。ただ、これはと言ったものが無いとも言える。
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ご飯は、縮緬ひじきの釜飯。止め椀は、瀬戸内産真蛸の摘みれである。ひじきご飯は、なかなか美味しかった。
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水菓子は、檸檬ジュレがかかったレアチーズケーキ。これは酸味が効いていて、悪くなかった。この宿の料理は、これまで食べた中では、中の中と言ったところか。
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部屋に戻る前、ちょうど夕暮れ時であったので、宿のデッキに出てみる。まさに、ちょうど夕陽が落ちる時で、美しい夕景を観ることが出来た。
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目の前には、多島美が広がる。やはり瀬戸内の景色は素晴らしい。
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翌朝、朝風呂を使った後、朝食である。残念ながら、この宿でもバイキングであった。区分けされた容器を見ていると、あまり食欲がわかない。焼き魚に、ご飯と味噌汁、海苔と漬物でもあれば満足なのだが。
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窓の外には、瀬戸内の景色が見えている。
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帰り際、露天風呂を撮影させていただく。浴室内での撮影は禁止されているのだが、9時から10時までの間に限り、許可を得れば撮影することが出来るのだ。掃除中なので、許可なく入ることは出来ない。
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温泉自体に魅力は無いのだが、景色が素晴らしい。開放的で、瀬戸内の景色が存分に堪能できる。この宿を予約したのは、この露天風呂からの景色が目当てであったのだ。天気も良く、満足であった。
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予約していた9時20分の送迎バスに乗る。一番最初に乗り込んだのだが、その後、次から次へと乗って来て、結局ほぼ満席であった。しかも、乗って来たのはすべて女性であった。
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25分ほど揺られ、大崎上島の北側にある垂水港に着いた。そこからは、また船旅である。9時55分発の船に乗り、本土にある竹原港を目指す。
垂水港 名所・史跡
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船は、ゆっくりと瀬戸内を進んで行く。少々風が強く、結構肌寒い。ほとんどの人が船内にいたが、数人、甲板からの景色を楽しんでいる。
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時より、他の島へと向かう船とすれ違う。瀬戸内には、人の住む島が多くあるので、行き交う船も、とても多い。
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そして、25分ほどで竹原港に着いた。このような船旅であれば、また乗りたいものである。
たけはら海の駅(竹原港) 名所・史跡
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竹原港からは、懐かしい竹原の街並みでも歩いてみようと思っていたのだが、今回はこのまま帰ることにした。ちょうど、広島駅へ向かう高速バスがあったので、利用することにする。バスは、10時33分に出発。乗り合わせた客は、そこそこ多い。
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広島市内で渋滞に巻き込まれ、15分ほど遅れて12時ごろに着いた。駅へ向かい、窓口で指定券の変更をする。12時18分の『のぞみ24号』が取れたので、すぐにホームへと向かい、売店で駅弁を購入して乗り込んだ。乗車してすぐ、その駅弁『焼き鳥弁当』を食す。もも肉と胸肉、皮とつくねが入っていた。福山と瀬戸内を巡った今回の旅。ようやく訪れることが出来た御手洗は、風情のある静かな町であった。いつかまた、瀬戸内の島を旅してみたいものである。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ポテのお散歩さん 2025/12/02 02:10:59
- 瀬戸内の旅
- 旅猫さん こんばんは。
御手洗の街、いいですね~。
まだ こんな街並みが残っているのですね。
こういった家屋に、自分と同年齢か
これからは自分より若い方が住まれると思うと
とても不思議に感じます。
よく、外観は変えずに 内装だけ現代のキッチンやバスにする家はあるのですが
この街では道が細いので、内装のリフォームも難しいと思います。
限られたサイズでしかリフォーム出来ないかも。
京都の町は蛤御門の変の時に、ほとんどの家屋が焼失しているので、
古い街並みが残っていると思われていますが、
実は江戸時代の町屋は数少ないです。
こういった町の方が 本当の意味での古い町屋が残っていると言えます。
御手洗の地図も、昔と大きく変わらないでしょうね。
若長のカフェは、二階からの眺めがいいですね。
同じ海も、瀬戸内の景色は他とは違って見えます。
海の向こうに島々が見えるからかも知れません。
特に夕暮れは島のシルエットが浮かんで綺麗です。
インバウンドに悩まされる事も無く、良い旅が出来ましたね(*^-^*)
ポテ
- 旅猫さん からの返信 2025/12/02 08:38:10
- RE: 瀬戸内の旅
- ポテさん、おはようございます。
いつもありがとうございます。
御手洗の街、なかなかよかったです。
重伝建に指定されているので、そこそこ綺麗に整備されていますが、よくある観光地化された街とは違い、人が暮らしている街の暖かみがありました。
明治以降の西洋化や空襲、流行の再開発も無く、瀬戸内の島の片隅で、江戸時代からあまり変わらず残されたと言った感じです。
資料館にあった古地図からも、町割りなど、ほとんどそのままです。
なので、人が通るのがやっとな路地などが多く、目抜き通りも車が来ません。
安心して歩ける人に優しい街でした。
多くの地方の街と同様に、過疎化は進んでいて、今住んでいる世代以降は、空き家がお店などになって行く可能性があります。
また、外国人に購入されてしまう建物も増えています。
京都は、幕末にかなり焼失しているのですよね。
その後に再建された街並みが、戦災に遭わなかったことで、ある程度古い町並みとして残っていたと言うところでしょう。
『若長』は、聞いていた通り、二階の座敷からの眺めは良かったです。
変に内装を今風にしてなく、畳敷きのままで、当時の視線のまま海を眺めることが出来るのも良かったです。
宿からの眺めも良かったですが、夕陽に浮かぶ瀬戸内の島々が美しかったです。
べた凪の船旅も気持ちよかった。
御手洗には、まだ外国人はあまり来ていないようですね。
欧米系のバックパッカーの若い女性が一人だけでした。
旅猫
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