2025/11/10 - 2025/11/11
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マリアンヌさん
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夏に元会社の同期の友達とお会いした折に、軽井沢プチ旅行に行きましょうかということなりました。
ラッキーなことに軽井沢はちょうど紅葉がきれいでした。
アフタヌーンティーを楽しみ、お気に入りのホテルに泊まり、レオノール藤田展を見たり友達と楽しい時間を過ごしました。
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軽井沢に着くと駅前の木々が紅葉していた。
紅葉もドウダンツツジも真っ赤だった。 -
旧軽井沢は平日とはいえ、観光客で賑わっていた。
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西荻窪や吉祥寺にもあるカレー店、SAJILO CAFE 。
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今晩宿泊するホテルのオーナーが経営している。
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そしてお気に入りのカフェ涼の音へ。
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ステンドグラスがきれい。
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比較的早い時間のせいか好きな席へ。
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軽井沢で朝食というだけでなんか贅沢。
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そして旧軽井沢からバスで移動。
三笠ホテルへ。レトロな美しい洋館。 -
今年10月にリニューアルオープンしたとのことでやって来た。
それにしても青い空。 -
HPより。
「三笠ホテルの創業者は、日本郵船や明治製菓の重役を務めた実業家山本直良です。
設計者はイギリスで設計を学んだ岡田時太郎、監督は万平ホテルの初代佐藤万平、棟梁は軽井沢の建築を多く手掛けた小林代造が務めています。」 -
「全て日本人の手による木造純西洋式のホテルとして、明治37年に着工し、翌38年に竣工、明治39年5月に営業を開始しました。」
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美しいロビー。
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いい雰囲気だなぁ。
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高さのある窓が良い感じ。
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窓辺のソファーもレトロに再現されている。
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こちら側は水色のソファー。
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廊下に出てみましょう。
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吹き抜けが大胆な階段。
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1階の客室を覗いてみましょう。
柔らかな日が差す窓辺の籐の椅子。 -
寝室。
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当初は外国人の利用者が多かったものの、次第に乃木希典、澁澤栄一、西園寺公望など日本を代表する政財界人が数多く滞在するようになっていったそう。
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こちらは白いタイルが清潔感を感じさせるトイレ。
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再び廊下へ。
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ポール・ジャクレーのポスター展が開催されていた。
知らなかったのだけど・・・
フランス・パリで生まれたポール・ジャクレー(1896~1960)は、3歳の時に来日し、64歳で亡くなるまで日本で過ごした。江戸の浮世絵を愛し、38歳頃に自ら摺師・彫師と協働し、木版画作品の刊行をスタートしたとのこと。
1944年に軽井沢へ疎開し、これを機にこの地で暮らしはじめ、戦後に駐留アメリカ軍の人々から高い評価を得ていったそう。 -
絵になる階段。
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ベランダには出れなかった。
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三笠ホテル創業者をとりまく人々。
創業者山本直良の父は、岩倉具視の元側近だったのね。
恥ずかしながら縁者の有島武郎と里見惇が兄弟とは知らなかった。そして山本家の子孫に指揮者の山本直純がいたのね。 -
窓の格子がレトロデザイン。
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2階の部屋。
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部屋数は30室だったそう。(万平ホテルは50室)
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宿泊料は
三笠ホテル:1等12円、2等8円、3等5円
万平ホテル:1等8円、2等6円、3等3円
だったそう。 -
シンプルで落ち着く。
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バスの時間調整でカフェに立ち寄ることに。
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窓辺の素敵な席。しかしカメムシが出ますけどという条件付き(笑)
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信濃の桃ジュースをいただいた。
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虫のせいもあり、早々にカフェを出て階下へ。
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友達と一緒だとお喋りで時間調整は、何のその。
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ロビーで少しまったり。
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正面中央にバル ニー付きの車寄せ。
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1980 年、三笠ホテルが軽井沢町の所有となり、国の重要文化財に指定され、1983年から一般公開されるようになった。
しかし経年による劣化・破損のため、耐震補強を含む修理が行われ、この秋オープンになったそう。 -
バスで軽井沢駅へ戻り、コインロッカーに預けた荷物を出して、町内循環バスで移動、何と100円。
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ニュータウン入口で降車。
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すすきは光に透け、ここでも紅葉が赤い。
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ブラッセリーナカガワ。以前夕食を食べたっけ。
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ルゼ・ヴィラへ。
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残念ながらお隣のレイクガーデンは冬季閉園。
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でも紅葉してるね。
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アフタヌーンティーの予約をして来ました。
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英国風クラシックなロビー。
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一度、アフタヌーンティーをして宿泊したことがあるけど、今回は別のホテルへ宿泊です。
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平日だからか予約は私たちのみ。
写真撮らせて頂きました。 -
奥のコーナー。
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窓から外の席を。
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すっかりクリスマス。暖炉には薪が燃えていた。
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暖炉前の中央のお席。
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下のお皿は
プリオッシュサンド、 季節のキッシュ 、季節のスープ 、自家製ピクルス 、グラタンドフィノア。
真ん中は、自家製スコーンとクロテッドクリーム、ヴァン•ボムを添えて(薔薇に似せたアップル)
上のお皿は
ムース ショコラ、X'masアシシングッキー、サントノーレピスタチオ、 シュトーレン、マカロンルージュ。
1人8,000円。 -
紅葉はローズティー。
遅めの朝食からあまり時間が経っていなかったので、食べきれるかなと。
でも友達も私もお腹パンパンと言いつつ完食(((^^;) -
お洒落なサロンで優雅なお茶を楽しんだ。
とここで、ホテルの方にクマ情報を聞いてみたら、やはり軽井沢は出没してるそうで周辺で目撃されてはいないものの、わからないとのこと。 -
近道の林の道はいい雰囲気なのだけど茂みもあるし、クマが不安なので舗装路を行くことにした。
レイクガーデンのレマン湖に映る紅葉。 -
この辺りもきれい。
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秋薔薇が終わりで残念だと思ったけど、まさかこれほど紅葉しているとは思わなかった。
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ここHOTELとあるけど個人宅のよう。
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HOTEL CORINTHEに到着。
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イチオシ
私好みのホテルに友達が付き合って下さった。
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ウェルカムドルチェ&ティー。
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レセプション。
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好きなシャンデリア。
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お庭を少し覗いて。
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お部屋に案内頂く。どんなお部屋かな。
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螺旋階段が美しい。
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SUITE ROOM 203
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落ち着くお部屋。
私たち二人ともテニスが趣味のひとつ、それもあってお喋りが尽きることがありません(^_-)☆ -
こちらにもスペース。お部屋ごとにフレグランスが違う。
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ベッドルーム。
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お風呂は猫足。
ベランダから。 -
カウチやチェアが沢山あって寛いだ。
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少し暗くなって来たので写真を撮りに。
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この柱が素敵。
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クマが怖いのでササッと中へ(笑)
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灯りが付いたロビーがいい雰囲気。
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6客室の小さなホテル。
どうやら宿泊客は私たちだけみたい。 -
シャンデリアやシーリングメダリオンがいいね。
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夕食はカレーを予約していた。お部屋に運んで下さった。
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そして翌朝、今日もお天気が良いみたい。
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朝食は、珍しい地産のキノコのスープにフレンチトースト。
美味しかった。 -
さあandiamo!
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まさに燃える秋。
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バスで軽井沢駅へ。そして安東美術館へ。
「開館3周年記念企画 ランス美術館コレクション 藤田嗣治からレオナール・フジタへ 祈りへの道」を見たくてやって来た。 -
館内にはクリスマスツリー。
ネットでチケット購入済み(200円安い)なので、すぐ入館して階段を上がるとステンドグラスがお出迎え。 -
ひとつでなく3作品を画角に入れれば撮影可能でした。
藤田嗣治(1886-1968)は、第二次世界大戦中、戦争画を描いたことで日本の画壇から非難され、1949年日本を離れ、ニューヨーク経由で再びパリへと戻って行った。
そうしたなか、藤田は1910年代に取り組んだ宗教画へと再び関心を寄せていき、繰り返し描いた少女像には宗教的なシンボルが描き込まれ、母と子を題材とした作品から聖母子像へと昇華した。
1959年には、藤田は君代とともにランス大聖堂でカトリックの洗礼を受け、敬愛するレオナルド・ダ・ヴィンチにちなんで洗礼名は、「レオナール・フジタ」。藤田は洗礼の日付とともにその名を記した《聖母子》をランス大聖堂へ献納した。 -
上の中央。「パリの少女」
下の右「バラと少女」、左「若い娘とバラ」
キャプションより。
「10年ぶりにバリへと戻ったフジタがモチーフに選んだのは少女だった。子どもがいなかったフジタは「1番愛したい子ども」を想像で描いた。
フジタが描く少女たちにはどこか神聖さが漂っている。
それは、子どもが無垢な存在というだけでなく、頭をチャペル・キャッブやベールで覆い、赤色、青色、緑色、黄色(金色)といったキリスト教的象徴性を带びた色彩の着衣をまとっているからだろう。
バラと少女は、やや大人びた表情の少女とパラをモチーフとした作品。赤色と青色の衣装を身にまとい、両手を胸の前で交差させる少女、そしてベールで頭を覆いバラを手にする少女も、やがて聖母マリアへと姿を変える兆しが感じられる。
キリスト教においてバラはマリアを表す宗教的なシンボリズムである。とくに赤いバラは殉教の血を意味し、やがておとずれるイエスの受難を迎える聖母の悲嘆を表している。」 -
ランス平和の聖母礼拝堂をパネル写真で体感。
<フジタとランス>キャプションより
「洗礼式の代父ルネ・ラルーは礼拝堂建設のために奔走したー 人である。彼らはともに青年のような活力と情熱をもって、ひとつの日標に向かって邁進した。ラルーは、マム社にほど近い土地を個人的に購入して便宜をはかっただけにとどまらず、建設費用の一切を引き受けると申し出た。また建築家をはじめ、ランス の有能な職人たちは、その技量を惜しみなく提供し、礼拝堂の建設という画家の最後の夢を支えたのである。画家レオノールフジタとして生きた最晩年を、ともに生き支えた街ランス。この地にひつそりと佇む「ランス平和の聖母礼拝堂」にはフジタ の魂が今も息づいている。」 -
入口扉側の壁をすべて使った迫力のある絵は「キリストの磔刑」
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上:壁に《聖母子》が描かれた礼拝堂御内部の祭壇
下:フジタ夫妻のお墓
一般公開されているようで、行ってみたくなった。 -
飾られた意匠の写真。
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扉には様々な聖人が描かれている。
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シャペルの聖具室へと通じる扉の写真の拡大。
右上→右下
ルネ・ダンジュー、荒野の聖ヨハネ、聖ヒエロニムス、聖バシレイオス。
左上→左下
マリアのエリザベト訪問、モーゼ、黄道十二宮、預言者エリヤ。 -
上:受胎告知のスケッチ。
下:シャペルの聖具室へと通じる扉のスケッチ《四聖獣に囲まれた神と神秘の子羊》のためのドローイング。
左から聖ヨハネ(鷲)、聖ルカ(牛)、聖マルコ(ライオン)、聖マタイ(天使)。
受胎告知は素敵だし、四聖獣は、力強い筆致だね。 -
「乳白色の下地」の裸婦。キャプションより。
「藤田が裸婦を描くことに着手したのは、1920年前後のこと。藤田によれば、渡仏して8年間、裸婦を描くことはせず、そのための準備に 専念したという。というのも、裸婦を描くには人体という自然をいかに解积するかが重要で、画家の知識が熟す必要があると考えていたためだ。最終的に藤田は女性の皮膚に着目、その柔らかさや滑らかさ を描き出すことに心血を注いだ。」 -
5人の妻がいたが、実子はいなかったそう。
“私の数多い子どもの絵の小児は皆私の創作で、モデルを写生したものではない。(中抜粋)
私一人だけの子どもだ。私には子供がない。私の画の子どもが私の息子なり娘なりで一番愛したい子どもだ”
(1966年頃、藤田から夏堀昇氏への書簡より) -
軽井沢安東美術館は、日本のみならず世界でも初めての藤田嗣治の作品だけを展示する個人美術館とのこと。初来訪でしたがとてもきれいな美術館でした。
サロン ル ダミエ。イベントなどが行われるよう。 -
旧軽井沢方面へのメインストリートでなく、美術館前の裏道の街路樹が美しかった。
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雲場池へ。
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まだ紅葉が残っていて良かった。
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観光客で賑わっていた。
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時間がなくて寄れなかったけど六本辻のカフェ。
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バスで星野温泉トンボの湯へ。
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この辺りも紅葉がきれい。赤色が眩しい。
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ハルレニテラス散策。
ちょこっとお土産を買ったり・・・ -
平日のせいかいつもより行列が少なかったので、川上庵へ。
二八蕎麦のせいろ、美味しかった。 -
別のカフェが満席で、このショップの片隅のカフェ席へ。
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ココア、泡状のミルクにアイスみたいなバーのココアを自分で混ぜます。美味しかった(*^^*)
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私好みのプランのプチ旅行、お天気にも恵まれたけど、お付き合いいただいたSさん、ありがとうございました(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾
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