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今年2025年8月の盆休み週は前半3連休に帰省した後、後半は自宅に戻って静かに過ごすことにしました。<br /><br />季節外れの集中豪雨が九州地方を襲う異常気象の中、関東地方もスッキリしない天気が続きましたが、連日の酷暑のことを考えると、このタイミングで出掛けてみるのもいいですね…<br /><br />普段の旅行では行くことのない埼玉県を目的地に選び、川越市を日帰りで一人旅して来ました。<br /><br />本編は後編の旅行記です。

2025年8月夏の日帰り一人旅~埼玉県川越③:喜多院~

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2025/08/13 - 2025/08/13

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チャムンパス

チャムンパスさん

この旅行記のスケジュール

この旅行記スケジュールを元に

今年2025年8月の盆休み週は前半3連休に帰省した後、後半は自宅に戻って静かに過ごすことにしました。

季節外れの集中豪雨が九州地方を襲う異常気象の中、関東地方もスッキリしない天気が続きましたが、連日の酷暑のことを考えると、このタイミングで出掛けてみるのもいいですね…

普段の旅行では行くことのない埼玉県を目的地に選び、川越市を日帰りで一人旅して来ました。

本編は後編の旅行記です。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
私鉄 徒歩
  • この前編は『2025年8月夏の日帰り一人旅~埼玉県川越②:川越市立博物館~』です。<br />https://4travel.jp/travelogue/12001905<br /><br />8月13日(水)の14時過ぎに川越市立博物館を出発して、初雁城通りを挟んで博物館の向かいにある『初雁公園』に行きました。

    この前編は『2025年8月夏の日帰り一人旅~埼玉県川越②:川越市立博物館~』です。
    https://4travel.jp/travelogue/12001905

    8月13日(水)の14時過ぎに川越市立博物館を出発して、初雁城通りを挟んで博物館の向かいにある『初雁公園』に行きました。

    川越城本丸御殿 名所・史跡

  • 初雁公園はかつて川越城本丸があった場所です。<br /><br />川越城の別名が『初雁城』であることも初めて知りました。<br /><br />ちなみに川越市立博物館と川越市立美術館は旧二の丸跡に建っています。<br /><br />正午の通り雨以降は天気が回復し、夏の猛暑が戻って来ました。<br /><br />博物館で川越の歴史のお勉強がてら、クールダウンしていて良かった~。

    初雁公園はかつて川越城本丸があった場所です。

    川越城の別名が『初雁城』であることも初めて知りました。

    ちなみに川越市立博物館と川越市立美術館は旧二の丸跡に建っています。

    正午の通り雨以降は天気が回復し、夏の猛暑が戻って来ました。

    博物館で川越の歴史のお勉強がてら、クールダウンしていて良かった~。

    川越城本丸御殿 名所・史跡

  • 公園の中に歴史の重みと風格を感じる、いかめしい建物が建っています。<br /><br />これは幕末の1848(嘉永元)年に建築された『本丸御殿』の一部で、現在は玄関と大広間、家老詰所だけが現存しています、<br /><br />全国的に見て幕末以前の城郭の御殿が残っているのは高知城とここだけで、埼玉県の有形文化財に指定されています。<br /><br />今回入館しませんでしたが、入館料は大人100円、高校・大学生50円、中学生以下無料です。

    公園の中に歴史の重みと風格を感じる、いかめしい建物が建っています。

    これは幕末の1848(嘉永元)年に建築された『本丸御殿』の一部で、現在は玄関と大広間、家老詰所だけが現存しています、

    全国的に見て幕末以前の城郭の御殿が残っているのは高知城とここだけで、埼玉県の有形文化財に指定されています。

    今回入館しませんでしたが、入館料は大人100円、高校・大学生50円、中学生以下無料です。

    川越城本丸御殿 名所・史跡

  • 川越城は室町中期の1457(長禄元)年、江戸城築城で有名な太田道灌とその父、太田道真によって築かれました。<br /><br />室町後期の1546(天文15)年には戦国大名の北条氏と、古河公方・扇谷上杉氏・山内上杉氏連合軍との間で、川越城を巡って『河越合戦』が行われました。<br /><br />その後、関東を本拠地にした徳川家康は川越を江戸の防衛拠点として位置付け、信頼する重臣を城主に任命しました。<br /><br />以来、幕末まで親藩や幕閣の要職、老中を務める譜代大名が川越藩主となりましたが、1873(明治6)年の廃城令に前後して、本丸御殿を除く城の取り壊しや建築物の解体、移築が行われました。

    川越城は室町中期の1457(長禄元)年、江戸城築城で有名な太田道灌とその父、太田道真によって築かれました。

    室町後期の1546(天文15)年には戦国大名の北条氏と、古河公方・扇谷上杉氏・山内上杉氏連合軍との間で、川越城を巡って『河越合戦』が行われました。

    その後、関東を本拠地にした徳川家康は川越を江戸の防衛拠点として位置付け、信頼する重臣を城主に任命しました。

    以来、幕末まで親藩や幕閣の要職、老中を務める譜代大名が川越藩主となりましたが、1873(明治6)年の廃城令に前後して、本丸御殿を除く城の取り壊しや建築物の解体、移築が行われました。

    川越城本丸御殿 名所・史跡

  • 初雁公園の中を歩いていると、神社が建っていました。

    初雁公園の中を歩いていると、神社が建っていました。

    三芳野神社(お城の天神様) 寺・神社・教会

  • ここはかつて川越城帯曲輪にあった『三芳野神社』で、川越城の鎮守として祀られていたそうです。<br /><br />社殿は日光東照宮と同じ、拝殿と本殿を相の間で繋ぐ『権現造』の建物です。<br /><br />祭神は菅原道真で『お城の天神様』と呼ばれています。

    ここはかつて川越城帯曲輪にあった『三芳野神社』で、川越城の鎮守として祀られていたそうです。

    社殿は日光東照宮と同じ、拝殿と本殿を相の間で繋ぐ『権現造』の建物です。

    祭神は菅原道真で『お城の天神様』と呼ばれています。

    三芳野神社(お城の天神様) 寺・神社・教会

  • 社殿の左右には、『大黒社』(画像左側)と『蛭子(えびす)社』

    社殿の左右には、『大黒社』(画像左側)と『蛭子(えびす)社』

    三芳野神社(お城の天神様) 寺・神社・教会

  • 次の目的地に向かって住宅街の中を歩いていると、こんもりと樹々の茂った小山がありました。

    次の目的地に向かって住宅街の中を歩いていると、こんもりと樹々の茂った小山がありました。

    富士見櫓跡 名所・史跡

  • ここは川越城本丸にあった『富士見櫓』の跡地だそうです。<br /><br />川越城は天守がなかったので、事実上の天守として扱われていた様です。

    ここは川越城本丸にあった『富士見櫓』の跡地だそうです。

    川越城は天守がなかったので、事実上の天守として扱われていた様です。

    富士見櫓跡 名所・史跡

  • てくてく歩いて、喜多院の北参道入口にやって来ました。

    てくてく歩いて、喜多院の北参道入口にやって来ました。

    成田山川越別院 寺・神社・教会

  • 北参道入口の右手には『成田山川越別院』が建っています。<br /><br />車の交通安全の祈願所として、境内は広い駐車場となっています。

    北参道入口の右手には『成田山川越別院』が建っています。

    車の交通安全の祈願所として、境内は広い駐車場となっています。

    成田山川越別院 寺・神社・教会

  • 『喜多院』に到着しました。<br /><br />川越を代表する天台宗の名刹です。

    『喜多院』に到着しました。

    川越を代表する天台宗の名刹です。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 境内に入ると上層円形、下層方形の二層の仏塔が目に入りました。<br /><br />これは法華経に登場する『多宝塔』、埼玉県の有形文化財に指定されています。

    境内に入ると上層円形、下層方形の二層の仏塔が目に入りました。

    これは法華経に登場する『多宝塔』、埼玉県の有形文化財に指定されています。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 手水舎で手を清めてから…

    手水舎で手を清めてから…

    喜多院 寺・神社・教会

  • 本堂に行ってお参りしました。<br /><br />喜多院は平安初期の830(天長7)年、宗祖最澄の弟子の円仁によって創建されました。<br /><br />ご本尊は阿弥陀如来であり、創建当初の寺号は『無量寿寺』と呼ばれていたそうです。<br /><br />その後時代の荒波に呑まれて、寺勢は衰退と復興を繰り返しました。

    本堂に行ってお参りしました。

    喜多院は平安初期の830(天長7)年、宗祖最澄の弟子の円仁によって創建されました。

    ご本尊は阿弥陀如来であり、創建当初の寺号は『無量寿寺』と呼ばれていたそうです。

    その後時代の荒波に呑まれて、寺勢は衰退と復興を繰り返しました。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 本堂に向かって左手に石段があり、その先にお堂が建っている様でしたので、そこに行ってみることにしました。

    本堂に向かって左手に石段があり、その先にお堂が建っている様でしたので、そこに行ってみることにしました。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 石段の先には安土桃山末期から江戸初期にかけて、27代喜多院住職となった天海を祀る『慈眼堂』があります。<br /><br />現在の建物は江戸前期の1645(正保2)年に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。<br /><br />晩年の徳川家康のブレインの一人で、徳川将軍家と太いパイプを持つ天海は、寺号を現在の喜多院に改めて戦国期に衰退した寺の復興に取り掛かりました。<br /><br />お堂の名前は天海の没後に贈られた諡号『慈眼大師』に由来します。

    イチオシ

    石段の先には安土桃山末期から江戸初期にかけて、27代喜多院住職となった天海を祀る『慈眼堂』があります。

    現在の建物は江戸前期の1645(正保2)年に建立されたもので、国の重要文化財に指定されています。

    晩年の徳川家康のブレインの一人で、徳川将軍家と太いパイプを持つ天海は、寺号を現在の喜多院に改めて戦国期に衰退した寺の復興に取り掛かりました。

    お堂の名前は天海の没後に贈られた諡号『慈眼大師』に由来します。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 慈眼堂の裏には喜多院の歴代住職の墓があります。

    慈眼堂の裏には喜多院の歴代住職の墓があります。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 暑さでクールダウンと水分補給がしたくなり、境内の売店で埼玉県深谷市に本社のある『ガリガリ君』で有名な赤城乳業の『ガツン、とみかん』を買って頂きました。<br /><br />売店は『五百羅漢』の入口を兼ねていて、拝観は有料です(今回拝観はしませんでした)

    暑さでクールダウンと水分補給がしたくなり、境内の売店で埼玉県深谷市に本社のある『ガリガリ君』で有名な赤城乳業の『ガツン、とみかん』を買って頂きました。

    売店は『五百羅漢』の入口を兼ねていて、拝観は有料です(今回拝観はしませんでした)

    喜多院 寺・神社・教会

  • 喜多院には初期の江戸城の遺構の建物が残っています。<br /><br />寺務所のある庫裏に向かいました。

    喜多院には初期の江戸城の遺構の建物が残っています。

    寺務所のある庫裏に向かいました。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 喜多院は1638(寛永15)年に発生した川越大火で、現存する山門を除いてほぼ全焼してしまいました。<br /><br />翌年の1639(寛永16)年に、徳川家康の孫で三代将軍の家光の命令で、江戸城の紅葉山御殿の一部を庫裏・客殿・書院として移築しました。<br /><br />家康や家光と親密な天海ゆかりの寺だったからこそ、実現出来たことだったのですね…

    喜多院は1638(寛永15)年に発生した川越大火で、現存する山門を除いてほぼ全焼してしまいました。

    翌年の1639(寛永16)年に、徳川家康の孫で三代将軍の家光の命令で、江戸城の紅葉山御殿の一部を庫裏・客殿・書院として移築しました。

    家康や家光と親密な天海ゆかりの寺だったからこそ、実現出来たことだったのですね…

    喜多院 寺・神社・教会

  • 移築した建物の内、客殿は家光が誕生した部屋、書院は家光の乳母『春日局』が化粧で使っていた部屋と伝えられています。<br /><br />建物は全て国の重要文化財に指定されています。

    移築した建物の内、客殿は家光が誕生した部屋、書院は家光の乳母『春日局』が化粧で使っていた部屋と伝えられています。

    建物は全て国の重要文化財に指定されています。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 重厚感を感じる庫裏の入口から内部に入りました。<br /><br />拝観料は五百羅漢とセットで、高校生以上の大人400円、小中学生は200円です。<br /><br />また、拝観時間は3月から11月23日までは、<br />平日:9時~16時30分、日祝日:9時~16時50分、<br />11月24日から2月末までは、<br />平日:9時~16時、日祝日:9時~16時20分<br />です(受付終了時間は拝観終了時間の30分前です)

    重厚感を感じる庫裏の入口から内部に入りました。

    拝観料は五百羅漢とセットで、高校生以上の大人400円、小中学生は200円です。

    また、拝観時間は3月から11月23日までは、
    平日:9時~16時30分、日祝日:9時~16時50分、
    11月24日から2月末までは、
    平日:9時~16時、日祝日:9時~16時20分
    です(受付終了時間は拝観終了時間の30分前です)

    喜多院 寺・神社・教会

  • 庫裏・客殿・書院の内部は撮影禁止ですので、客殿の縁側から『紅葉山庭園』を撮影しました。<br /><br />紅葉山御殿を移築した時に再現された、江戸初期の大名で作庭家『小堀遠州』流の武家様式の庭です。<br /><br />なお本編旅行記の冒頭の画像は、この庭園の一部です。

    イチオシ

    庫裏・客殿・書院の内部は撮影禁止ですので、客殿の縁側から『紅葉山庭園』を撮影しました。

    紅葉山御殿を移築した時に再現された、江戸初期の大名で作庭家『小堀遠州』流の武家様式の庭です。

    なお本編旅行記の冒頭の画像は、この庭園の一部です。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 庫裏と本堂を繋ぐ渡り廊下です。<br /><br />これも国の重要文化財に指定されています。

    庫裏と本堂を繋ぐ渡り廊下です。

    これも国の重要文化財に指定されています。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 渡り廊下から見た境内の風景です。<br /><br />画像右側は本堂。

    渡り廊下から見た境内の風景です。

    画像右側は本堂。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 左手を眺めると多宝塔が見えました。

    左手を眺めると多宝塔が見えました。

    喜多院 寺・神社・教会

  • 喜多院を出て境内の南側に隣接する『仙波(せんば)東照宮』に行きました。

    喜多院を出て境内の南側に隣接する『仙波(せんば)東照宮』に行きました。

    仙波東照宮 寺・神社・教会

  • 仙波東照宮は1617(元和3)年に祭神の徳川家康の柩が久能山から日光に改葬された際に、天海が喜多院で法要を営んだことがキッカケで、1633(寛永10)年に創建されました。<br /><br />久能山・日光と並んで『日本三大東照宮』の一つとされているそうです。

    イチオシ

    仙波東照宮は1617(元和3)年に祭神の徳川家康の柩が久能山から日光に改葬された際に、天海が喜多院で法要を営んだことがキッカケで、1633(寛永10)年に創建されました。

    久能山・日光と並んで『日本三大東照宮』の一つとされているそうです。

    仙波東照宮 寺・神社・教会

  • 現在の拝殿と幣殿は創建から5年経った1638年の大火で焼失した後、家光の命で当時の川越藩主、堀田正盛が1640(寛永17)年に喜多院と併せて再建したものです。<br /><br />社殿の周りには歴代の川越藩主が奉納した石灯篭が建ち並んでいます。

    現在の拝殿と幣殿は創建から5年経った1638年の大火で焼失した後、家光の命で当時の川越藩主、堀田正盛が1640(寛永17)年に喜多院と併せて再建したものです。

    社殿の周りには歴代の川越藩主が奉納した石灯篭が建ち並んでいます。

    仙波東照宮 寺・神社・教会

  • 仙波東照宮で参詣を済ませて、東側の随身門から境内の外に出ました。<br /><br />この門や灯篭、鳥居を含めて東照宮の全ての建物が、国の重要文化財に指定されています。

    仙波東照宮で参詣を済ませて、東側の随身門から境内の外に出ました。

    この門や灯篭、鳥居を含めて東照宮の全ての建物が、国の重要文化財に指定されています。

    仙波東照宮 寺・神社・教会

  • これで川越観光は終わりです。<br /><br />途中西小仙波町の『素戔嗚尊の山車』庫の横を通って、徒歩で街の中心部に向かいました。

    これで川越観光は終わりです。

    途中西小仙波町の『素戔嗚尊の山車』庫の横を通って、徒歩で街の中心部に向かいました。

  • 西武鉄道の本川越駅にやって来ました。

    西武鉄道の本川越駅にやって来ました。

    本川越駅

  • 帰りも川越市駅または川越駅から東武東上線を利用することも考えましたが、東武線同様普段利用することのない西武線に乗車することにしました。

    帰りも川越市駅または川越駅から東武東上線を利用することも考えましたが、東武線同様普段利用することのない西武線に乗車することにしました。

    本川越駅

  • 本川越駅から西武新宿線に乗車して所沢駅で乗り換え、所沢駅から西武池袋線で練馬駅、…と電車を乗り継いで家路に就きました。<br /><br />なお、当日の総歩数は約20,000歩でした。<br /><br />これにて今回の旅の旅行記はおしまいです。<br /><br />本編旅行記を最後までご覧いただき、ありがとうございます。<br /><br />また、初編の旅行記からご覧いただいている方には、最後までお付き合いいただき、篤く御礼申し上げます。

    本川越駅から西武新宿線に乗車して所沢駅で乗り換え、所沢駅から西武池袋線で練馬駅、…と電車を乗り継いで家路に就きました。

    なお、当日の総歩数は約20,000歩でした。

    これにて今回の旅の旅行記はおしまいです。

    本編旅行記を最後までご覧いただき、ありがとうございます。

    また、初編の旅行記からご覧いただいている方には、最後までお付き合いいただき、篤く御礼申し上げます。

    本川越駅

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