三原旅行記(ブログ) 一覧に戻る
野球観戦の前に、県内を巡ってます。<br />三原城の内堀を巡ったシニア夫婦は、西の城下町をプラプラ。<br />古い街並みが残る西国街道を歩き、宗光寺から大島神社、妙正寺と巡りました。<br />古民家の和カフェで休息したシニア夫婦は、三原駅構内から入れる三原城の天守跡へ。<br />生憎の雨でしたが、JRの駅校内からしか入れない三原城天守跡へ。<br />面白い構図です。<br />その後は駅までランチを済ませ、駅南側の舟入櫓跡へ。<br />今はすっかり街の中ですが、昔は海の中だった所です。<br />最後に三原城の本丸中門跡を訪れました。

横浜DeNAベイスターズの応援で広島へ。④三原の街をプラプラ。宗光寺~大島神社~妙法寺~和カフェ~天守跡~舟入跡

41いいね!

2025/07/13 - 2025/07/16

83位(同エリア338件中)

nichi

nichiさん

この旅行記のスケジュール

2025/07/14

  • 約10分

  • 約5分

  • 3分

  • 約10分

  • 約5分

  • 約5分

  • 約5分

  • 約5分

  • 約5分

  • 2分

この旅行記スケジュールを元に

野球観戦の前に、県内を巡ってます。
三原城の内堀を巡ったシニア夫婦は、西の城下町をプラプラ。
古い街並みが残る西国街道を歩き、宗光寺から大島神社、妙正寺と巡りました。
古民家の和カフェで休息したシニア夫婦は、三原駅構内から入れる三原城の天守跡へ。
生憎の雨でしたが、JRの駅校内からしか入れない三原城天守跡へ。
面白い構図です。
その後は駅までランチを済ませ、駅南側の舟入櫓跡へ。
今はすっかり街の中ですが、昔は海の中だった所です。
最後に三原城の本丸中門跡を訪れました。

  • 城下町「みはら」散策マップを頂いたので、これを見ながら歩いてみたいと思います。

    城下町「みはら」散策マップを頂いたので、これを見ながら歩いてみたいと思います。

  • 三原城の内堀の周りをぐるっと回ってきたシニア夫婦は、西国街道沿いに西町にやってきました。

    三原城の内堀の周りをぐるっと回ってきたシニア夫婦は、西国街道沿いに西町にやってきました。

  • ここには少しだけ古き良き街並みが残っています。

    ここには少しだけ古き良き街並みが残っています。

  • ここは、お医者さんだったのですね。

    ここは、お医者さんだったのですね。

  • 風情がある西国街道沿いを西に歩きます。

    風情がある西国街道沿いを西に歩きます。

  • 途中右に曲がって宗光寺の参道に入りました。

    途中右に曲がって宗光寺の参道に入りました。

  • ココが宗光寺です。

    ココが宗光寺です。

  • 城壁の参道を進みます。

    城壁の参道を進みます。

  • 大きな山門が見えてきました。

    大きな山門が見えてきました。

  • この山門、小早川家代々の居城であった新高山城の城門をここに移築した可能性がある門だそうです。<br /><br />新高山城(にいたかやまじょう)は、ココから少し川沿いの山の中にあった、小早川家のお城です。

    この山門、小早川家代々の居城であった新高山城の城門をここに移築した可能性がある門だそうです。

    新高山城(にいたかやまじょう)は、ココから少し川沿いの山の中にあった、小早川家のお城です。

  • 山の斜面にあって、三原の街が見えますね。

    山の斜面にあって、三原の街が見えますね。

  • 山門から振り返ります。

    山門から振り返ります。

  • 藤の花が咲いてますね。<br />綺麗です。

    藤の花が咲いてますね。
    綺麗です。

  • 本堂が見えてきました。

    本堂が見えてきました。

  • 宗光寺は、小早川隆景が親の毛利元就夫婦を弔うために建てたお寺です。

    宗光寺は、小早川隆景が親の毛利元就夫婦を弔うために建てたお寺です。

  • 鐘楼です。<br />江戸後期の天保3年(1833年)の創建です。

    鐘楼です。
    江戸後期の天保3年(1833年)の創建です。

  • 鐘楼です。<br />三原の街を見渡す所に建っています。<br />朝6時に、そして大みそかに除夜の鐘が三原の街に響くのですね。<br />この高台だと、街中に聞こえるのだろうな~~

    鐘楼です。
    三原の街を見渡す所に建っています。
    朝6時に、そして大みそかに除夜の鐘が三原の街に響くのですね。
    この高台だと、街中に聞こえるのだろうな~~

  • 宗光寺を出て、隣りの大島神社に向かう途中にあった道のマンホールです。<br />「みはら やっさおどり」ですね。

    宗光寺を出て、隣りの大島神社に向かう途中にあった道のマンホールです。
    「みはら やっさおどり」ですね。

  • 宗光寺から徒歩5分。<br />大島神社 連立鳥居に到着しました。

    宗光寺から徒歩5分。
    大島神社 連立鳥居に到着しました。

  • ココから鳥居の下を通ってみましょう。

    ココから鳥居の下を通ってみましょう。

  • インバウンドの方が好きそうな、フォトジェニックな所ですね。

    インバウンドの方が好きそうな、フォトジェニックな所ですね。

  • テレビ朝日に「ナニコレ珍百景」に登録された??<br />

    テレビ朝日に「ナニコレ珍百景」に登録された??

  • 朝と夕方の一定時間だけ、このような市松模様が階段に浮かび上がるのですね。<br />鬼滅の刃か~~~

    朝と夕方の一定時間だけ、このような市松模様が階段に浮かび上がるのですね。
    鬼滅の刃か~~~

  • 随分、上がってきました。

    随分、上がってきました。

  • 振り返ります。

    振り返ります。

  • 三原の街を見下ろします。

    三原の街を見下ろします。

  • 遠くに三原の海が見えます。<br />私たちが泊まったホテルも・・・

    遠くに三原の海が見えます。
    私たちが泊まったホテルも・・・

  • 案内図がありました。<br />先ほど訪れた宗光寺。<br />ココが大島神社。<br />これからお隣の妙正寺に行ってみましょう。

    案内図がありました。
    先ほど訪れた宗光寺。
    ココが大島神社。
    これからお隣の妙正寺に行ってみましょう。

  • ココから見える景色ですが・・・

    ココから見える景色ですが・・・

  • 案内板を見て、見えるものの確認します。

    案内板を見て、見えるものの確認します。

  • 連なっている鳥居。<br />見応えありますね~

    連なっている鳥居。
    見応えありますね~

  • お参り~

    お参り~

  • この大島神社の由来です。<br />戦国時代、三原城は大島、小島を繋いで築城されましたが、大島神社はその大島に祀られていた稲荷神と、城の守護神であった厳島神を合祀して、築城後に現在地に遷座されたと伝わっているのですね。

    この大島神社の由来です。
    戦国時代、三原城は大島、小島を繋いで築城されましたが、大島神社はその大島に祀られていた稲荷神と、城の守護神であった厳島神を合祀して、築城後に現在地に遷座されたと伝わっているのですね。

  • 小早川家、浅野家、福島家<br />三原城にかかわる3つの武家です。

    小早川家、浅野家、福島家
    三原城にかかわる3つの武家です。

  • そして徒歩3分で妙正寺へ。<br />山門が見えます。

    そして徒歩3分で妙正寺へ。
    山門が見えます。

  • この妙法寺は、三原浅野家の菩提寺です。

    この妙法寺は、三原浅野家の菩提寺です。

  • 小早川~福島~浅野と続いた三原城の城主の家です。<br />江戸時代のほとんどを浅野家が城主を務め、明治維新を迎えています。

    小早川~福島~浅野と続いた三原城の城主の家です。
    江戸時代のほとんどを浅野家が城主を務め、明治維新を迎えています。

  • 江戸初期である、享保年間に建てられた建物の多くが残っている妙正寺です。<br />奥に本堂が見えてきました。

    江戸初期である、享保年間に建てられた建物の多くが残っている妙正寺です。
    奥に本堂が見えてきました。

  • 立派な本堂ですね~

    立派な本堂ですね~

  • 徳川吉宗の時代の享保年間の建物です。

    徳川吉宗の時代の享保年間の建物です。

  • 厳かな雰囲気ですね。

    厳かな雰囲気ですね。

  • 円窓が綺麗ですね。

    円窓が綺麗ですね。

  • 銅鐘です。

    銅鐘です。

  • 小早川隆景の家来であった、井上春忠が三原の鋳物師に造らせた銅鐘です。

    小早川隆景の家来であった、井上春忠が三原の鋳物師に造らせた銅鐘です。

  • この大屋根は、庫裏ですね。<br />切妻の立派な大庫裏です!

    この大屋根は、庫裏ですね。
    切妻の立派な大庫裏です!

  • 三原の街を見下ろします。

    三原の街を見下ろします。

  • 妙正寺から西国街道に下りてきました。<br />古い町並みが残る街並みです。

    妙正寺から西国街道に下りてきました。
    古い町並みが残る街並みです。

  • ここの和カフェに入ってみましょう。

    ここの和カフェに入ってみましょう。

  • 「お米とお魚 mihola」さんです。<br />お邪魔しまーす。

    「お米とお魚 mihola」さんです。
    お邪魔しまーす。

  • ちょっとおしゃれな外観。

    ちょっとおしゃれな外観。

  • 店内は奥から半分ほど、地元のマダムの方々。

    店内は奥から半分ほど、地元のマダムの方々。

  • 中も、古民家をリノベーションしたカフェですね。

    中も、古民家をリノベーションしたカフェですね。

  • 築100年の古民家だそうです。

    築100年の古民家だそうです。

  • 私は、<br /><br />アメリカンコーヒー<br />本日のケーキ<br />バスク抹茶チーズケーキ<br /><br />をオーダーしました。

    私は、

    アメリカンコーヒー
    本日のケーキ
    バスク抹茶チーズケーキ

    をオーダーしました。

  • 相方は、<br /><br />アイスコーヒー<br />と、本日のケーキ<br />バスク抹茶チーズケーキ<br /><br />ご馳走様でした。<br /><br />お店を出たら雨降ってました。

    相方は、

    アイスコーヒー
    と、本日のケーキ
    バスク抹茶チーズケーキ

    ご馳走様でした。

    お店を出たら雨降ってました。

  • 三原駅に戻ってきました。<br />新幹線の高架の下に三原城の石垣。<br />面白い景色ですね。

    三原駅に戻ってきました。
    新幹線の高架の下に三原城の石垣。
    面白い景色ですね。

  • 三原城の天守台に上がるには、新幹線の構内から上がるしか方法がありません。

    三原城の天守台に上がるには、新幹線の構内から上がるしか方法がありません。

  • 江戸時代の三原城の図です。<br />海に面してます。<br />堀が入り組んでいますね。

    江戸時代の三原城の図です。
    海に面してます。
    堀が入り組んでいますね。

  • 新幹線の駅構内から北側に出てこの階段を登ります。<br />左に見えているのは新幹線ホームです。

    新幹線の駅構内から北側に出てこの階段を登ります。
    左に見えているのは新幹線ホームです。

  • 登ると、緑の広い広場がありました。<br />ココが三原城の天守跡です。

    登ると、緑の広い広場がありました。
    ココが三原城の天守跡です。

  • 奥に進んで行きます。

    奥に進んで行きます。

  • 「小早川氏城跡」の案内。<br />「三原城城跡」の案内ではありませんね。<br />拘りを感じます。<br /><br />毛利元就の三男であった小早川隆景は、次男の吉川元春と共に中国地方を統一し、瀬戸内海の水軍を掌握していました。<br />三原湾に浮かぶ小島をつなげた三原城。<br />舟入もあった城郭兼軍港だったのですね。

    「小早川氏城跡」の案内。
    「三原城城跡」の案内ではありませんね。
    拘りを感じます。

    毛利元就の三男であった小早川隆景は、次男の吉川元春と共に中国地方を統一し、瀬戸内海の水軍を掌握していました。
    三原湾に浮かぶ小島をつなげた三原城。
    舟入もあった城郭兼軍港だったのですね。

  • 雨降る中、相方は天守を歩いてますので、私も行くことに。。。

    雨降る中、相方は天守を歩いてますので、私も行くことに。。。

  • こんな緑の中ですが、新幹線三原駅の北側に隣接する三原城の天守台です。

    こんな緑の中ですが、新幹線三原駅の北側に隣接する三原城の天守台です。

  • 内堀の奥に見えるのが新幹線の三原駅ホームです。

    内堀の奥に見えるのが新幹線の三原駅ホームです。

  • 雨が酷いので、三原駅に戻ります。

    雨が酷いので、三原駅に戻ります。

  • JR三原駅の切符売り場です。<br />東は倉敷から岡山。<br />西は広島から宮島。<br />みんなつながってます。

    JR三原駅の切符売り場です。
    東は倉敷から岡山。
    西は広島から宮島。
    みんなつながってます。

  • こちらは新幹線の改札です。<br />西は博多行。<br />東は新大阪行が見えます。

    こちらは新幹線の改札です。
    西は博多行。
    東は新大阪行が見えます。

  • 三原やっさ祭り。<br />開催まであと25日の表記。<br />三原の皆さん。心待ちにしていらっしゃるのですね。<br /><br />毎年8月に開催されますが、今年は気象警報発令によって12月に延期されたようです。<br />残念。。。<br />12月は無事に開催されますように。。。。

    三原やっさ祭り。
    開催まであと25日の表記。
    三原の皆さん。心待ちにしていらっしゃるのですね。

    毎年8月に開催されますが、今年は気象警報発令によって12月に延期されたようです。
    残念。。。
    12月は無事に開催されますように。。。。

  • 三原駅には、このような大きな大きなレリーフがありました。<br />享和2年(1802年)に、旧広島藩士が描いた三原の画の複製です。<br />左に妙正寺、中央に三原城、瀬戸内の島々が描かれています。

    三原駅には、このような大きな大きなレリーフがありました。
    享和2年(1802年)に、旧広島藩士が描いた三原の画の複製です。
    左に妙正寺、中央に三原城、瀬戸内の島々が描かれています。

  • 江戸の三原はこんな感じだったのですね。

    江戸の三原はこんな感じだったのですね。

  • 駅前のこのお食事処でランチにしましょう。

    駅前のこのお食事処でランチにしましょう。

  • 何にしようかな~

    何にしようかな~

  • 喜多扇というお寿司屋さんです。

    喜多扇というお寿司屋さんです。

  • 私は<br />サービスAランチ。<br />1350円<br />

    私は
    サービスAランチ。
    1350円

  • 相方は、<br />海鮮ちらし寿司。<br />1700円<br /><br />ご馳走様でした。

    相方は、
    海鮮ちらし寿司。
    1700円

    ご馳走様でした。

  • 今度は駅南側の海側へ。<br />ココが舟入櫓跡の入口なんですね。<br />子供の英会話教室の横です。

    今度は駅南側の海側へ。
    ココが舟入櫓跡の入口なんですね。
    子供の英会話教室の横です。

  • まっすぐ進むと街中に池が現れました。

    まっすぐ進むと街中に池が現れました。

  • これが舟入の跡なんですね。

    これが舟入の跡なんですね。

  • 横に小路があります。<br />この先に舟入櫓の跡があるようです。

    横に小路があります。
    この先に舟入櫓の跡があるようです。

  • 左に池(舟入)を見ながら進みます。

    左に池(舟入)を見ながら進みます。

  • 細い道を進むと、

    細い道を進むと、

  • 門をくぐり、

    門をくぐり、

  • 振り返ると舟入の池が見えます。<br />瀬戸内海を行き来する多くの船が停泊していたのでしょうね。

    振り返ると舟入の池が見えます。
    瀬戸内海を行き来する多くの船が停泊していたのでしょうね。

  • この小さな広場に、舟入櫓があったのですね。<br />街中の石垣の上ですが、木々があって眺望は開けていません。

    この小さな広場に、舟入櫓があったのですね。
    街中の石垣の上ですが、木々があって眺望は開けていません。

  • 舟入櫓の説明書きです。<br />今は埋め立てが進んですっかり景色が変わったのでしょうが、昔は海に囲まれた櫓だったようです。

    舟入櫓の説明書きです。
    今は埋め立てが進んですっかり景色が変わったのでしょうが、昔は海に囲まれた櫓だったようです。

  • 瀬戸内海から直接城内に入ることができた公船が停泊していたそうです。

    瀬戸内海から直接城内に入ることができた公船が停泊していたそうです。

  • 小さな舟しか入れないけど、公船はそんなに大きくはなかったのでしょうね。

    小さな舟しか入れないけど、公船はそんなに大きくはなかったのでしょうね。

  • 江戸時代の海城だったころの三原城。<br />赤丸が舟入櫓があった所です。

    江戸時代の海城だったころの三原城。
    赤丸が舟入櫓があった所です。

  • 今の地図と赤丸が舟入櫓跡です。<br />すっかり埋めたてが進んで、海が遠くなりましたね。

    今の地図と赤丸が舟入櫓跡です。
    すっかり埋めたてが進んで、海が遠くなりましたね。

  • グルっと回って街中を歩くと、石垣が見えます。<br />ココが舟入櫓です。<br />先ほどはこの上にいたのですね。

    グルっと回って街中を歩くと、石垣が見えます。
    ココが舟入櫓です。
    先ほどはこの上にいたのですね。

  • 舟入櫓の石垣の外の角側にやってきました。<br />以前は海だった所です。

    舟入櫓の石垣の外の角側にやってきました。
    以前は海だった所です。

  • よくこの石垣が残っていました。

    よくこの石垣が残っていました。

  • 明治時代に撮られた三原の写真です。<br />右の赤丸の所が、今いる舟入櫓の石垣の外側です。

    明治時代に撮られた三原の写真です。
    右の赤丸の所が、今いる舟入櫓の石垣の外側です。

  • 舟入櫓に上った時はよくわかりませんでしたが、下から見上げるとよくわかりますね。<br />この上に櫓が建っていたのですね。<br />二重櫓だったそうです。

    舟入櫓に上った時はよくわかりませんでしたが、下から見上げるとよくわかりますね。
    この上に櫓が建っていたのですね。
    二重櫓だったそうです。

  • この手書きの案内板が味があっていいな~

    この手書きの案内板が味があっていいな~

  • 素晴らしい石垣ですね。

    素晴らしい石垣ですね。

  • そこにあったこの像は?<br />聖トマス小崎?<br /><br />長崎に行った際に読んだ、26聖人のうちの一人、14歳の聖トマスです。<br />秀吉のキリシタン弾圧で、京都から長崎に護送される際、伊勢にいる母に宛てた別れの手紙を書いていたのですね。

    そこにあったこの像は?
    聖トマス小崎?

    長崎に行った際に読んだ、26聖人のうちの一人、14歳の聖トマスです。
    秀吉のキリシタン弾圧で、京都から長崎に護送される際、伊勢にいる母に宛てた別れの手紙を書いていたのですね。

  • 街中にふつ~にこんな石垣があるのが日常なんですね。<br />面白い。

    街中にふつ~にこんな石垣があるのが日常なんですね。
    面白い。

  • 周りの水がお堀っぽく見えますが、そうではなく、今いる所を含め海だった所です。

    周りの水がお堀っぽく見えますが、そうではなく、今いる所を含め海だった所です。

  • 舟入櫓が合った石垣の横を進みます。

    舟入櫓が合った石垣の横を進みます。

  • 立派な石垣ですね。<br />右に陸地部分が元は海だったとは、今は想像もできませんね。

    立派な石垣ですね。
    右に陸地部分が元は海だったとは、今は想像もできませんね。

  • 少し歩いて、三原市総合保健福祉センターの前にやってきました。

    少し歩いて、三原市総合保健福祉センターの前にやってきました。

  • ココにも三原城の堀が残っています。

    ココにも三原城の堀が残っています。

  • ココには三原城の本丸中門がありました。

    ココには三原城の本丸中門がありました。

  • 三原市総合保健福祉センターは城内にあることになります。

    三原市総合保健福祉センターは城内にあることになります。

  • 昔の図を拝見します。<br />本丸中門は真ん中あたりで、その右に三原市総合保健福祉センターあることになります。

    昔の図を拝見します。
    本丸中門は真ん中あたりで、その右に三原市総合保健福祉センターあることになります。

  • ここに本丸中門があったのですね。<br /><br />さあホテルに戻って荷物を受け取り、三原港に行きましょう。<br /><br />つづく

    ここに本丸中門があったのですね。

    さあホテルに戻って荷物を受け取り、三原港に行きましょう。

    つづく

41いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP