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念願だった石清水八幡宮に参拝しました。<br />行きはケーブルカーで、帰りは表参道を下っておりました。<br />国宝の荘厳な建物の社殿、男山の雄大な自然の中、古来から皇室や、源氏、足利氏、織田信長や楠木正成、豊臣家、徳川家康との関わりも興味深く、<br />空気の澄んだ中、楽しみました。<br /><br />帰り道は表参道を歩いて降りてきました。<br />途中、かつて「男山48坊」といわれていたそうで、坊の跡があちこちにありました。<br />説明板もとても丁寧に詳しく書かれていて、時代の権力者たちとの結びつきもわかって面白かったです。<br />

京都さんぽ  歴史と自然の神社 石清水八幡宮とその周辺を歩きます♪♪(前)

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2025/09/28 - 2025/09/28

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hijuno

hijunoさん

念願だった石清水八幡宮に参拝しました。
行きはケーブルカーで、帰りは表参道を下っておりました。
国宝の荘厳な建物の社殿、男山の雄大な自然の中、古来から皇室や、源氏、足利氏、織田信長や楠木正成、豊臣家、徳川家康との関わりも興味深く、
空気の澄んだ中、楽しみました。

帰り道は表参道を歩いて降りてきました。
途中、かつて「男山48坊」といわれていたそうで、坊の跡があちこちにありました。
説明板もとても丁寧に詳しく書かれていて、時代の権力者たちとの結びつきもわかって面白かったです。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
同行者
家族旅行
交通手段
私鉄 自家用車 徒歩
  • 京阪電車で、石清水八幡宮駅で下車。<br />そこから、ケーブルカーで山上に向かいます。<br /><br />

    京阪電車で、石清水八幡宮駅で下車。
    そこから、ケーブルカーで山上に向かいます。

  • ケーブルカー内。<br />空いていてよかった~。

    ケーブルカー内。
    空いていてよかった~。

  • ずんずんと山の中を進んでいきます。<br />7分くらいで到着。

    ずんずんと山の中を進んでいきます。
    7分くらいで到着。

  • 男山にあります。

    男山にあります。

  • 鳥たちも生息。

    鳥たちも生息。

  • 山を切り開いた道を歩いて、社殿に向かいます。

    山を切り開いた道を歩いて、社殿に向かいます。

  • 竹林も。<br />八幡の竹は質が高いそうです。

    竹林も。
    八幡の竹は質が高いそうです。

  • 八角堂跡。<br /><br />鎌倉時代に建てられ、阿弥陀如来坐像が安置され、その後豊臣秀頼によって再建されましたが、神仏分離令のために、西車塚古墳の後円部に移築されたそうです。

    八角堂跡。

    鎌倉時代に建てられ、阿弥陀如来坐像が安置され、その後豊臣秀頼によって再建されましたが、神仏分離令のために、西車塚古墳の後円部に移築されたそうです。

  • 大塔もあったそうで、説明がありました。<br /><br />白河法皇の勅願で1111年に建てられた大きなぶっとう。<br />こちらも豊臣秀頼が再建しています。<br /><br />説明によると、和歌山にある日本最大級の大塔と同じような規模だったようです。

    大塔もあったそうで、説明がありました。

    白河法皇の勅願で1111年に建てられた大きなぶっとう。
    こちらも豊臣秀頼が再建しています。

    説明によると、和歌山にある日本最大級の大塔と同じような規模だったようです。

  • このあたりでも走井餅のお店が出ていました。<br /><br />こちらで、早速お土産を買っておきます。<br />江戸時代から続く老舗のお店のお餅。

    このあたりでも走井餅のお店が出ていました。

    こちらで、早速お土産を買っておきます。
    江戸時代から続く老舗のお店のお餅。

  • 小さくて上品なお餅です。<br />お月見のお団子も買いました♪<br />

    イチオシ

    小さくて上品なお餅です。
    お月見のお団子も買いました♪

  • こちらの看板をみて、みたらし団子が食べたくなりました♪

    こちらの看板をみて、みたらし団子が食べたくなりました♪

  • からあげもありましたが、、

    からあげもありましたが、、

  • モチモチの美味しいみたらし団子でした♪♪<br />きな粉もついていました。

    モチモチの美味しいみたらし団子でした♪♪
    きな粉もついていました。

  • 三女神社もありました。<br /><br />祭神は宗像三女神、たぎりひめ、いちきしまひめ、たぎつひめを祀っています。運輸、流通、安全の神といわれています。<br /><br /><br />

    三女神社もありました。

    祭神は宗像三女神、たぎりひめ、いちきしまひめ、たぎつひめを祀っています。運輸、流通、安全の神といわれています。


  • 意外なことに、エジソンの記念碑がありました。<br />

    イチオシ

    意外なことに、エジソンの記念碑がありました。

  • 説明によると、エジソンが白熱電球の実用化にむけて、フィラメントを色々とためしていると竹が最適であることを発見、そのなかでも、このあたりの八幡の竹が一番耐久性がありふさわしいことを発見、白熱電球の実用化に至ったとのことで、それを記念して、造られた碑だそうです。<br /><br />意外な結びつき。<br />八幡の竹は昔から高品質だそうです。

    説明によると、エジソンが白熱電球の実用化にむけて、フィラメントを色々とためしていると竹が最適であることを発見、そのなかでも、このあたりの八幡の竹が一番耐久性がありふさわしいことを発見、白熱電球の実用化に至ったとのことで、それを記念して、造られた碑だそうです。

    意外な結びつき。
    八幡の竹は昔から高品質だそうです。

  • オブジェ?

    オブジェ?

  • 八幡市の地図。<br />みどころが沢山♪<br /><br />ほかのところもまわってみたいな。。

    八幡市の地図。
    みどころが沢山♪

    ほかのところもまわってみたいな。。

  • 小塔あとの説明板。<br />ちょっとボロボロになっていて、残念。

    小塔あとの説明板。
    ちょっとボロボロになっていて、残念。

  • 社殿に向かいます。

    社殿に向かいます。

  • 立派な燈籠がずらり。

    立派な燈籠がずらり。

  • 立派な門。東総門から。<br />朱色が綺麗です。

    イチオシ

    立派な門。東総門から。
    朱色が綺麗です。

  • 由緒があります。

    由緒があります。

  • 大きな社殿です。

    イチオシ

    大きな社殿です。

  • 南の門、内側から。<br />美しいです♪

    イチオシ

    南の門、内側から。
    美しいです♪

  • 石清水八幡宮の造りについての説明。<br /><br />説明によると、国内で現存する最大、最古の八幡造りの神社で、豊臣秀頼の修復もあり、その後、主に徳川家光によって修造されてきました。<br /><br /><br />欄間も色とりどりの美しいもので、ユニークな題材 カマキリもあります。<br />左甚五郎の作といわれる猿もいます。<br />伝承ですが、このお猿さん、抜け出して村に行ってはいたずらをしていたそうで、目を釘で打ち付けたそうです。。<br /><br /><br /><br /><br /><br />

    石清水八幡宮の造りについての説明。

    説明によると、国内で現存する最大、最古の八幡造りの神社で、豊臣秀頼の修復もあり、その後、主に徳川家光によって修造されてきました。


    欄間も色とりどりの美しいもので、ユニークな題材 カマキリもあります。
    左甚五郎の作といわれる猿もいます。
    伝承ですが、このお猿さん、抜け出して村に行ってはいたずらをしていたそうで、目を釘で打ち付けたそうです。。





  • きらびやか。。

    きらびやか。。

  • 八幡造りといわれる建物。<br />幣殿、舞殿、楼門、回廊が連なっています。<br />とても厳かな雰囲気でした。

    イチオシ

    八幡造りといわれる建物。
    幣殿、舞殿、楼門、回廊が連なっています。
    とても厳かな雰囲気でした。

  • 回廊も美しいです。<br /><br />豊臣秀吉や秀頼も再建に関わるなどしています。

    イチオシ

    回廊も美しいです。

    豊臣秀吉や秀頼も再建に関わるなどしています。

  • 織田信長が寄進したといわれる金の雨樋があります。<br />こちらは一般には非公開だそうです。<br />外からキョロキョロしましたが、見つけられませんでした。<br /><br /><br />

    織田信長が寄進したといわれる金の雨樋があります。
    こちらは一般には非公開だそうです。
    外からキョロキョロしましたが、見つけられませんでした。


  • この黄金の雨樋が観たかったのですが、、残念です。。<br /><br />パンフレットに載っていました。<br />結構、大きなものなんですね~

    この黄金の雨樋が観たかったのですが、、残念です。。

    パンフレットに載っていました。
    結構、大きなものなんですね~

  • あと、観たかったのが、こちらの塀。<br />信長塀です。<br /><br /><br />織田信長が寄進したといわれる塀。<br />瓦と土を重ねて、耐久性や耐火性にすぐれている塀です。<br />

    あと、観たかったのが、こちらの塀。
    信長塀です。


    織田信長が寄進したといわれる塀。
    瓦と土を重ねて、耐久性や耐火性にすぐれている塀です。

  • 説明板。

    説明板。

  • おがたまの樹。<br />ご神木にもなる樹。<br /><br />一円玉に描かれているんですねー

    おがたまの樹。
    ご神木にもなる樹。

    一円玉に描かれているんですねー

  • こちらは鬼門封じです。<br />東北の方角 鬼門を封じるために、石垣が切り取られています。

    こちらは鬼門封じです。
    東北の方角 鬼門を封じるために、石垣が切り取られています。

  • 説明によると、牛の角を持ち、虎の皮を身にまとった鬼が現れる丑寅の方角を封じるためだそうです。

    説明によると、牛の角を持ち、虎の皮を身にまとった鬼が現れる丑寅の方角を封じるためだそうです。

  • そして、ここから、ずらり、摂社と末社が連なっていました。<br /><br />

    そして、ここから、ずらり、摂社と末社が連なっていました。

  • 水若宮社、江戸時代に創建されています。

    水若宮社、江戸時代に創建されています。

  • その奥には気比社。

    その奥には気比社。

  • 若宮社と若宮殿社。<br />こちらは平安時代前期には創建されていたそうです。

    若宮社と若宮殿社。
    こちらは平安時代前期には創建されていたそうです。

  • 龍田社

    龍田社

  • その奥には、北総門。

    その奥には、北総門。

  • 一童社と住吉社が続き、その奥には校倉がありました。

    一童社と住吉社が続き、その奥には校倉がありました。

  • 宝蔵で、江戸時代中期の再建です。

    宝蔵で、江戸時代中期の再建です。

  • 凛とした雰囲気でした。

    凛とした雰囲気でした。

  • 廣田社、生田社、長田社。

    廣田社、生田社、長田社。

  • 江戸時代前期に造られた西惣門。

    江戸時代前期に造られた西惣門。

  • 信長塀が社殿をぐるりと取り囲んでいます。<br /><br />瓦と土を何重にも重ねているので、銃撃などにも耐えられるそうです。<br /><br />

    イチオシ

    信長塀が社殿をぐるりと取り囲んでいます。

    瓦と土を何重にも重ねているので、銃撃などにも耐えられるそうです。

  • 大きなご神木のクスノキがありました。

    イチオシ

    大きなご神木のクスノキがありました。

  • 1334年に楠木正成が必勝祈願のために奉納したと伝わるご神木です。

    1334年に楠木正成が必勝祈願のために奉納したと伝わるご神木です。

  • 神楽殿。<br /><br />

    神楽殿。

  • 境内にエジソン記念碑があります。<br /><br />石清水八幡宮とエジソン?どんな関係なんだろう。。。

    境内にエジソン記念碑があります。

    石清水八幡宮とエジソン?どんな関係なんだろう。。。

  • 説明を読んで納得しました。<br /><br />エジソンは、白熱電球の実用化に向けて、様々なフィラメントを探していたようですが、そのなかで竹が最も適してしるとわかり、様々な竹を試したところ、八幡の竹、この石清水八幡宮の竹が、さらに適していることがわかったそうです。<br /><br /><br />その後、白熱電球は実用化に至ったとのことですけれど、<br />八幡の竹は、昔から高品質な竹だったそうです。<br /><br />そういえば、石清水八幡宮で、竹林を多く見かけました。

    説明を読んで納得しました。

    エジソンは、白熱電球の実用化に向けて、様々なフィラメントを探していたようですが、そのなかで竹が最も適してしるとわかり、様々な竹を試したところ、八幡の竹、この石清水八幡宮の竹が、さらに適していることがわかったそうです。


    その後、白熱電球は実用化に至ったとのことですけれど、
    八幡の竹は、昔から高品質な竹だったそうです。

    そういえば、石清水八幡宮で、竹林を多く見かけました。

  • 近くにオブジェもあって、

    近くにオブジェもあって、

  • 観光案内。<br />八幡、ほかにもめぐってみたいなぁ~

    観光案内。
    八幡、ほかにもめぐってみたいなぁ~

  • 説明板、読みにくいですけれど、<br />小塔の跡。<br />

    説明板、読みにくいですけれど、
    小塔の跡。

  • このあたり、社務所などがあります。

    このあたり、社務所などがあります。

  • ここからは、石灯籠がずらり。

    ここからは、石灯籠がずらり。

  • 古い石灯籠もあって、三の鳥居へ向かいます。

    古い石灯籠もあって、三の鳥居へ向かいます。

  • 三之鳥居。

    三之鳥居。

  • 近くに石庭がありました。

    近くに石庭がありました。

  • 説明板によると、重森三玲氏による石庭。<br />台風によって倒壊した、江戸時代に建てられた三の鳥居の石材を用いて造られた作庭です。

    説明板によると、重森三玲氏による石庭。
    台風によって倒壊した、江戸時代に建てられた三の鳥居の石材を用いて造られた作庭です。

  • 帰りは、表参道を通って、石段を降りていきます。

    帰りは、表参道を通って、石段を降りていきます。

  • 脇には竹林。<br />下から登っての参拝の方も多かったです。

    脇には竹林。
    下から登っての参拝の方も多かったです。

  • 沢山の坊があったようですが、神仏分離により、なくなっています。<br />このあたり、かつては、愛染堂という建物があったようです。<br /><br />権力者たち、藤原道長も三の鳥居近くに仏塔を建てるなどしていたようです。

    沢山の坊があったようですが、神仏分離により、なくなっています。
    このあたり、かつては、愛染堂という建物があったようです。

    権力者たち、藤原道長も三の鳥居近くに仏塔を建てるなどしていたようです。

  • こちらも、坊の跡。<br /><br />徳川家康が祈願したこと、孝明天皇が攘夷を祈願したところとして知られているそうです。

    こちらも、坊の跡。

    徳川家康が祈願したこと、孝明天皇が攘夷を祈願したところとして知られているそうです。

  • 石段脇には多くの坊の跡の説明が詳しくありました。<br /><br />石段などが残っています。

    石段脇には多くの坊の跡の説明が詳しくありました。

    石段などが残っています。

  • 男山四十八坊とよばれるほど、沢山の坊があったそうで、神仏分離令がある以前は、このあたり、とてもにぎわっていたと思われます。<br /><br />

    男山四十八坊とよばれるほど、沢山の坊があったそうで、神仏分離令がある以前は、このあたり、とてもにぎわっていたと思われます。

  • ぐんぐん石段を下っていきます。<br /><br />困ったことに、蚊にさされまくりました。(-_-;)<br />虫スプレーは必須でした。<br /><br />

    ぐんぐん石段を下っていきます。

    困ったことに、蚊にさされまくりました。(-_-;)
    虫スプレーは必須でした。

  • こちらにも坊の跡。<br />橘本坊跡です。

    こちらにも坊の跡。
    橘本坊跡です。

  • 説明板によると、こちらは、足利氏の祈願所であったところで、足利氏は、もともと、石清水八幡宮で元服し、「八幡太郎」と呼ばれた源義家の孫 義康を祖とし、足利義満の母の良子も八幡宮寺の長官をしていた「善法寺家」の出身で、石清水八幡宮と深いつながりがあったそうです。<br /><br />足利将軍は石清水八幡宮に何度も参拝していたとありました。<br /><br />こちらの坊は火事で、義家の産衣や甲冑などが焼けてしまったそうです。

    説明板によると、こちらは、足利氏の祈願所であったところで、足利氏は、もともと、石清水八幡宮で元服し、「八幡太郎」と呼ばれた源義家の孫 義康を祖とし、足利義満の母の良子も八幡宮寺の長官をしていた「善法寺家」の出身で、石清水八幡宮と深いつながりがあったそうです。

    足利将軍は石清水八幡宮に何度も参拝していたとありました。

    こちらの坊は火事で、義家の産衣や甲冑などが焼けてしまったそうです。

  • 山の中の道、アスファルトに整備されていて、歩きやすいです。

    山の中の道、アスファルトに整備されていて、歩きやすいです。

  • 降りていた道からちょっと、それて、祓谷道という道がありました。<br />こちらも石段があります。<br /><br />ここは、以前、祓谷社があり、夏越や年越えの祓がここで行われていたそうです。<br /><br />小さな谷川があって、古来より、お参りする人々がここで、水に影を映して清めていたそうで、名前が「影清塚」と呼ばれていました。<br /><br />この上をのぼっていくと、あの松花堂弁当の松花堂昭乗の坊 泉坊があり、書院のそばに松花堂という茶室があったそうです。<br />茶室の跡は保存されているそうで、観たかった、、、<br /><br />松花堂昭乗は高僧でもあり、茶や書道、画にも優れた人物で、小堀遠州とも交流がありました。<br /><br />松花堂弁当がどのようにしてできたのか、、、食いしん坊の私はちょっと<br />調べましたら、<br />松花堂昭乗は農家の種入れの入れものをもとに、器の真ん中に十字を入れ、画の道具を入れていたらしいですが、その後、昭和になって、松花堂の茶室で茶懐石を出す際に、この十字の入れものに盛ったのが始まりだそうです。<br />知りませんでした。。。。<br /><br /><br /><br />

    降りていた道からちょっと、それて、祓谷道という道がありました。
    こちらも石段があります。

    ここは、以前、祓谷社があり、夏越や年越えの祓がここで行われていたそうです。

    小さな谷川があって、古来より、お参りする人々がここで、水に影を映して清めていたそうで、名前が「影清塚」と呼ばれていました。

    この上をのぼっていくと、あの松花堂弁当の松花堂昭乗の坊 泉坊があり、書院のそばに松花堂という茶室があったそうです。
    茶室の跡は保存されているそうで、観たかった、、、

    松花堂昭乗は高僧でもあり、茶や書道、画にも優れた人物で、小堀遠州とも交流がありました。

    松花堂弁当がどのようにしてできたのか、、、食いしん坊の私はちょっと
    調べましたら、
    松花堂昭乗は農家の種入れの入れものをもとに、器の真ん中に十字を入れ、画の道具を入れていたらしいですが、その後、昭和になって、松花堂の茶室で茶懐石を出す際に、この十字の入れものに盛ったのが始まりだそうです。
    知りませんでした。。。。



  • このそばにあった、駒返し橋の碑。<br /><br />ここからは坂道が急になり、馬が引き返したことから、そう呼ばれるようになったそうです。

    このそばにあった、駒返し橋の碑。

    ここからは坂道が急になり、馬が引き返したことから、そう呼ばれるようになったそうです。

  • 橋はこちらかな?<br />水は流れていませんでした。

    橋はこちらかな?
    水は流れていませんでした。

  • このあたりも澄んだ空気で気持ち良いです。<br /><br />

    このあたりも澄んだ空気で気持ち良いです。

  • 大扉稲荷社です。<br />創建は1829年。<br />こちらの稲荷社で祈願し、富くじに当たった人々によって寄進されたといいます。<br /><br />宝くじ、、あたるかな。。。縁がありません。。。<br /><br />

    大扉稲荷社です。
    創建は1829年。
    こちらの稲荷社で祈願し、富くじに当たった人々によって寄進されたといいます。

    宝くじ、、あたるかな。。。縁がありません。。。

  • 左の、さきほどの石段の道、松花堂跡も気になりますが、先を急ぎ、まっすぐ降りていきました。

    左の、さきほどの石段の道、松花堂跡も気になりますが、先を急ぎ、まっすぐ降りていきました。

  • 山道を切り開いて整備していくのも、苦労があったでしょう~<br />

    山道を切り開いて整備していくのも、苦労があったでしょう~

  • 随分、下の方におりてきました。

    随分、下の方におりてきました。

  • それにしても、蚊が多い・・・・<br />夏よりも多く感じます。

    それにしても、蚊が多い・・・・
    夏よりも多く感じます。

  • 麓の民家が見えてきました。

    麓の民家が見えてきました。

  • 下馬の碑。<br /><br />表参道を通って、石清水八幡宮の麓に降りてきました。<br />これから、近くの頓宮やその周辺に立ち寄ります。<br /><br /><br />長くなりましたので、次回に続きます。<br /><br />最後までお読みいただいて、ありがとうございます^^

    下馬の碑。

    表参道を通って、石清水八幡宮の麓に降りてきました。
    これから、近くの頓宮やその周辺に立ち寄ります。


    長くなりましたので、次回に続きます。

    最後までお読みいただいて、ありがとうございます^^

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この旅行記へのコメント (2)

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  • sukecoさん 2025/09/30 11:25:02
    石清水八幡宮♪
    hijunoさん、こんにちは~

    やっと夏が終わったと実感できる今日この頃♪
    hijunoさんも蚊にやられましたかー(笑)
    ほんの数分、窓を開けっぱなしにしただけで蚊が入り、戦っております(*´∀`)アハハ

    石清水八幡宮、様々な武将たちと関りがあって、とても歴史のある建物なのですね。
    立派で美しい~。
    とくに朱色が映えて、回廊もお見事!!
    信長が寄進した黄金の雨樋、実際に観られなくて残念。。。
    大きさなど、実感したかったですよねー
    信長塀にも、興味津々。
    とても頑丈そうです!!
    エジソンの記念碑には驚きですね。
    まさか、繋がりがあるとは(*^▽^*)
    八幡の竹が白熱電球の実用化に適していたとは、勉強になりました♪

    散策前にみたらし団子、元気チャージして散策がより楽しく(*´艸`*)ウフフ
    続きも楽しみです♪

     sukeco

    hijuno

    hijunoさん からの返信 2025/10/01 04:36:52
    にくき蚊です。。。(-_-;)
    sukecoさん

    おはようございます。
    いつもお便りをありがとうございます^^

    そうですね、やっと、夏が終わりそう。
    長かったですよね~もう、これからは、夏と冬だけの二択になってしまうのでしょうか。。四季がなくなるのかな~なんだか寂しいです。

    蚊もびっくりです!
    sukecoさんも、やられましたか!こんな時期に、強力な蚊がいるんですね~
    私は石清水八幡宮の山の中の参道を歩いていて、これでもか、、ってさされてしまいました。こんなおばあさんの血なんて、美味しくないのに、、、(-_-;)
    一緒にいた夫や孫はなぜかセーフで、謎でした。
    虫除けスプレーを忘れてしまったのでした、、
    それにしても、いまだに痒く、やぶ蚊だったのでしょうか~(-_-;)

    石清水八幡宮、、ずっと、行きたい場所でした。
    時の権力者たちが、強い信仰を持っていたことにも、改めて知りましたが、
    そうそう、織田信長が奉納したといわれる黄金の雨樋、観たかったです。
    信長も強い信仰があったのですね~
    信長塀も寄進していますが、社殿をぐるりと取り囲んだ信長塀は圧巻でした。
    歴史を感じる神社です。

    建物も、朱色の華やかさのなかに、どことなく上品で、厳かな雰囲気があって
    素敵でした。
    エジソンも、不思議でしたが、説明を読んで、なるほど。
    石清水八幡宮のあちこちにも竹林がありました。ここの八幡の竹は特に高品質らしいです。竹って、面白い性質があるんですね~
    エジソンと竹のつながり、初めてしりました。

    石清水八幡宮、男山という山にあるんですけれど、自然がとにかく豊で、空気が澄んでいました。これからは、紅葉の季節で、それも観てみたいとおもいました。

    いよいよ10月になりました。
    それでも、日中はまだ30度なんて、ちょっと信じられませんけれど、朝夕は大分
    ひんやりとしてきました。
    季節の変わり目、体調を崩されないようにしてくださいね。


    hijuno



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