シチリア島旅行記(ブログ) 一覧に戻る
古来より様々の民族に支配され、文明の十字路とも呼ばれた地中海の島シチリアは長い間私にとって興味のつきない対象でありました。昨年11月に訪問予定していたものの、予期せぬ家人の発病とその看護、加えて私自身の病のため予定変更せざるをえなくなったのです。その後状況が好転し始め、複雑な法的手続き、医療関係の処理、家事等、何とか青息吐息で片付け、改めて2月も終わりの頃、現在の自分の置かれた状況に無理のない範囲で(1週間)行けるシチリア旅行のプランに変更しチケットを手配しました。気が付いたら雪の降る日がすくなくなってシカゴにもやっと遅い春が近づいていて。。。<br />斯様な事情で、今回の旅は4月後半出発、5月初め帰国という超コンパクトなものです。<br />因みにシチリアという名称は、紀元前241年にローマ帝国の属州と言う形で与えられました。これは鉄器時代に島の東部に住んでいたシケル人に由来します。さらに遡ると、古代ギリシャ時代にはその形状からこの島はトリナクリア(ギリシャ語でΤρινακρ&#943;α「3つの岬を持つ」)という名で呼ばれていたことがわかります。<br />さて、シチリアはどんな顔を見せてくれるでしょうか?

初めてのシチリア、まさにホットな7日間(6日目, 4/28:パレルモ①ノルマン王宮、パラティーナ礼拝堂)

57いいね!

2025/04/23 - 2025/05/02

64位(同エリア1113件中)

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Nora

Noraさん

この旅行記のスケジュール

2025/04/28

この旅行記スケジュールを元に

古来より様々の民族に支配され、文明の十字路とも呼ばれた地中海の島シチリアは長い間私にとって興味のつきない対象でありました。昨年11月に訪問予定していたものの、予期せぬ家人の発病とその看護、加えて私自身の病のため予定変更せざるをえなくなったのです。その後状況が好転し始め、複雑な法的手続き、医療関係の処理、家事等、何とか青息吐息で片付け、改めて2月も終わりの頃、現在の自分の置かれた状況に無理のない範囲で(1週間)行けるシチリア旅行のプランに変更しチケットを手配しました。気が付いたら雪の降る日がすくなくなってシカゴにもやっと遅い春が近づいていて。。。
斯様な事情で、今回の旅は4月後半出発、5月初め帰国という超コンパクトなものです。
因みにシチリアという名称は、紀元前241年にローマ帝国の属州と言う形で与えられました。これは鉄器時代に島の東部に住んでいたシケル人に由来します。さらに遡ると、古代ギリシャ時代にはその形状からこの島はトリナクリア(ギリシャ語でΤρινακρία「3つの岬を持つ」)という名で呼ばれていたことがわかります。
さて、シチリアはどんな顔を見せてくれるでしょうか?

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
交通手段
タクシー 徒歩
航空会社
ルフトハンザドイツ航空 ユナイテッド航空
旅行の手配内容
個別手配
  • パティオでの朝食のテーブル。突然のシャワーで慌ててキャノピーの下にテーブルを移動します。立派なお腹をしたこのヴィラのご主人(サルバトーレ君の父上)が挨拶にきました。材料は殆ど自家製でとくにこのフェンネル(フィノッキオ)とオレンジのサラダ(Insalata di finocchi con arance)が自慢だと。食してみると本当に抜群においしかったです。材料の新鮮さに加えて独特のドレッシングで和えていること。フェンネルとオレンジにそれがうまくなじむ時間を考慮してサーブしているのがよくわかりました。フレンチトーストも甘みをおさえた仕上がりで絶対的Aプラスです。<br />

    パティオでの朝食のテーブル。突然のシャワーで慌ててキャノピーの下にテーブルを移動します。立派なお腹をしたこのヴィラのご主人(サルバトーレ君の父上)が挨拶にきました。材料は殆ど自家製でとくにこのフェンネル(フィノッキオ)とオレンジのサラダ(Insalata di finocchi con arance)が自慢だと。食してみると本当に抜群においしかったです。材料の新鮮さに加えて独特のドレッシングで和えていること。フェンネルとオレンジにそれがうまくなじむ時間を考慮してサーブしているのがよくわかりました。フレンチトーストも甘みをおさえた仕上がりで絶対的Aプラスです。

  • 食事のあと、プールの傍のストレリチアや白黒ワンちゃんに別れを告げ、タクシーを待ちます。昨日見えたコンコルディア神殿は雨に煙ってよく見えませんでした。

    食事のあと、プールの傍のストレリチアや白黒ワンちゃんに別れを告げ、タクシーを待ちます。昨日見えたコンコルディア神殿は雨に煙ってよく見えませんでした。

  • 9:30am少しすぎにサルバトーレ君が手配してくれたタクシーがきました。昨日来た道をもどって駅に向かいます。

    9:30am少しすぎにサルバトーレ君が手配してくれたタクシーがきました。昨日来た道をもどって駅に向かいます。

  • アグリジェント中央駅は端頭式ホームです。出発の10分くらい前に2人のポリスが乗客のチケットを確認していました。万一に備え、iPhoneを出してついでにパスポートを出そうとしたら、何も言わずに乗車口を指さします。自分の席に着席した後、ちょっと考えていました。なぜポリスがチケットを確認するのだろうと。。。で、カターニアのことを思い出しました。もしかして不法移民や無賃乗車に関係あるのかもしれません。

    アグリジェント中央駅は端頭式ホームです。出発の10分くらい前に2人のポリスが乗客のチケットを確認していました。万一に備え、iPhoneを出してついでにパスポートを出そうとしたら、何も言わずに乗車口を指さします。自分の席に着席した後、ちょっと考えていました。なぜポリスがチケットを確認するのだろうと。。。で、カターニアのことを思い出しました。もしかして不法移民や無賃乗車に関係あるのかもしれません。

  • トレニタリアから送付されてきたチケットと行程です。<br />

    トレニタリアから送付されてきたチケットと行程です。

  • アグリジェント中央駅からパレルモ中央駅までシチリアを縦断します。約2時間の旅。

    アグリジェント中央駅からパレルモ中央駅までシチリアを縦断します。約2時間の旅。

  • まだ新しそうな清潔で快適な車両です。車窓からの景色で分かるようにかなり丘陵地帯が続きます。この島は山岳地帯と丘陵地帯が全体の86%を占め、平野部は14%しかありません。こうした地形的特性もシチリアの鉄道の発達が遅れた理由の一つかもしれません。<br />Acquavivaのあたりで車掌のオニイサンがチケット確認にまわってきました。

    まだ新しそうな清潔で快適な車両です。車窓からの景色で分かるようにかなり丘陵地帯が続きます。この島は山岳地帯と丘陵地帯が全体の86%を占め、平野部は14%しかありません。こうした地形的特性もシチリアの鉄道の発達が遅れた理由の一つかもしれません。
    Acquavivaのあたりで車掌のオニイサンがチケット確認にまわってきました。

  • パレルモ中央駅に5分ほど遅れて到着です。<br />駅構内には手荷物預かり所、Kibagがありました。<br />右下の画像、壁時計の下にタクシーのサインがあります。でここを真っ直ぐ行くと右手にタクシー乗り場がありました(現場にはタクシー乗り場の表示なし)。

    パレルモ中央駅に5分ほど遅れて到着です。
    駅構内には手荷物預かり所、Kibagがありました。
    右下の画像、壁時計の下にタクシーのサインがあります。でここを真っ直ぐ行くと右手にタクシー乗り場がありました(現場にはタクシー乗り場の表示なし)。

  • よくわからないのでとりあえず降車する人々が多くて空車になったうちの一つ、タクシーのドライバー氏にホテルの住所を告げます。Booking.comで予約したAddimora, Via dello Spezio まで30ユーロです。<br />右の画像は柱廊のルネット(Lunette)部分に描かれたフレスコ画でパレルモの市章である鷲が天使達に支えられた図柄になっています。

    よくわからないのでとりあえず降車する人々が多くて空車になったうちの一つ、タクシーのドライバー氏にホテルの住所を告げます。Booking.comで予約したAddimora, Via dello Spezio まで30ユーロです。
    右の画像は柱廊のルネット(Lunette)部分に描かれたフレスコ画でパレルモの市章である鷲が天使達に支えられた図柄になっています。

  • 一方通行の道が多いので迂回してAddimoreの立地するスペツィオ通り(Via Dello Spezio)に到着です。赤いバスが走っているのがスペツィオ通りで向って左の方向へ10mくらい歩くとやややにぎやかなローマ通り(Via Roma)に出ます。<br />入口はインターホンで受付を呼び出し、教えられた暗証番号をパンチインしてドアがギギィ~と開く(開けゴマ)式です。ところがこれが曲者、なかなか開きません。到着してすぐは担当者の英語が聞き取りにくいのと6桁+Keyマークがわかりにくくてまごつきました。5分もしないうちにやはり宿泊客の女性(偶然にも米国のオハイオ?からの旅行者)がやってきて2人でやっと正しく暗証番号をパンチインしてドアがアンロックされたのですが。。後で出かけるときにそれとなく見るとこの近所のビルはセキュリティーの面から殆ど同様のシステムで施錠/開錠しているようでした。<br />(チェックイン後はwifiのパスワードとこの暗証番号を教えてくれるのでわざわざ受付を呼ばなくとも自力で開錠できますが。。)

    一方通行の道が多いので迂回してAddimoreの立地するスペツィオ通り(Via Dello Spezio)に到着です。赤いバスが走っているのがスペツィオ通りで向って左の方向へ10mくらい歩くとやややにぎやかなローマ通り(Via Roma)に出ます。
    入口はインターホンで受付を呼び出し、教えられた暗証番号をパンチインしてドアがギギィ~と開く(開けゴマ)式です。ところがこれが曲者、なかなか開きません。到着してすぐは担当者の英語が聞き取りにくいのと6桁+Keyマークがわかりにくくてまごつきました。5分もしないうちにやはり宿泊客の女性(偶然にも米国のオハイオ?からの旅行者)がやってきて2人でやっと正しく暗証番号をパンチインしてドアがアンロックされたのですが。。後で出かけるときにそれとなく見るとこの近所のビルはセキュリティーの面から殆ど同様のシステムで施錠/開錠しているようでした。
    (チェックイン後はwifiのパスワードとこの暗証番号を教えてくれるのでわざわざ受付を呼ばなくとも自力で開錠できますが。。)

  • アンティークなエレベーター(数年前、フィレンツェで泊まったホテルもこういうエレベータでした)。下2枚の画像はこのホテルの受付(フロントオフィス?)です。1人の女性がかかってくる電話をとったり、チェックイン手続きをしたりでおまけに右足を怪我していて膝から下をプラスターで固めているので負傷した戦士と話している気分になりました。

    アンティークなエレベーター(数年前、フィレンツェで泊まったホテルもこういうエレベータでした)。下2枚の画像はこのホテルの受付(フロントオフィス?)です。1人の女性がかかってくる電話をとったり、チェックイン手続きをしたりでおまけに右足を怪我していて膝から下をプラスターで固めているので負傷した戦士と話している気分になりました。

  • お部屋のインテリアや備品。ベッドが部屋面積の2/3を占めています。いい点はバスルームにもベッドルームにもスカイライトがあること。壁や床の感じから最近リノベーションしたように見えました。<br />

    お部屋のインテリアや備品。ベッドが部屋面積の2/3を占めています。いい点はバスルームにもベッドルームにもスカイライトがあること。壁や床の感じから最近リノベーションしたように見えました。

  • 簡単に荷物をアンパックしてノルマン王宮見学に向かいます。<br />その前にヴィットリオエマヌエーレ通りにあるトラットリア、Beddaでランチにします。<br />ジェメッリパスタをつかったボンゴレ。+ナスのグリル。パンがとてもおいしかったです。

    簡単に荷物をアンパックしてノルマン王宮見学に向かいます。
    その前にヴィットリオエマヌエーレ通りにあるトラットリア、Beddaでランチにします。
    ジェメッリパスタをつかったボンゴレ。+ナスのグリル。パンがとてもおいしかったです。

  • 途中の風景:<br />左の画像はローマ通り。歩道はコンクリートがはがれ穴があいていたり、ゴミが落ちていたり、水溜りがあって悲惨な光景です。市の予算が不足しているのでしょうか?泥水が顔に掛かったら皮膚病になるかもしれないので気を付けて歩きます。しばらくするとヴィットリオ.エマヌエーレ通りが出てくるのでそこを右折して大聖堂を通り越し議事堂広場目指して進行します。<br />真ん中の画像は到着した議事堂広場のチケット売り場です。右はチケットを購入したノルマン王宮見学者の列。

    途中の風景:
    左の画像はローマ通り。歩道はコンクリートがはがれ穴があいていたり、ゴミが落ちていたり、水溜りがあって悲惨な光景です。市の予算が不足しているのでしょうか?泥水が顔に掛かったら皮膚病になるかもしれないので気を付けて歩きます。しばらくするとヴィットリオ.エマヌエーレ通りが出てくるのでそこを右折して大聖堂を通り越し議事堂広場目指して進行します。
    真ん中の画像は到着した議事堂広場のチケット売り場です。右はチケットを購入したノルマン王宮見学者の列。

    ノルマン王宮 城・宮殿

  • ノルマン王宮チケット、13.50ユーロ+モンタルト・ホールズ公爵(特別展)3.50ユーロ。(特別展)のチケットは選択制ではなく強制購入的なものです。<br />入口の職員らしき方が見学者の濡れた傘を一人一人、プラスティックのバッグにいれてくれました。<br />

    ノルマン王宮チケット、13.50ユーロ+モンタルト・ホールズ公爵(特別展)3.50ユーロ。(特別展)のチケットは選択制ではなく強制購入的なものです。
    入口の職員らしき方が見学者の濡れた傘を一人一人、プラスティックのバッグにいれてくれました。

  • ノルマン宮殿(Palazzo dei Normanni)は、ヨーロッパ最古の王宮と言われています。もともとは古代カルタゴの城砦から始まり、9世紀のアラブ支配時代に要塞へと改築されました。

    ノルマン宮殿(Palazzo dei Normanni)は、ヨーロッパ最古の王宮と言われています。もともとは古代カルタゴの城砦から始まり、9世紀のアラブ支配時代に要塞へと改築されました。

  • 11世紀、ノルマン人がシチリア島を支配下に置くと、アラブの要塞を豪華な王宮へと変貌させていきます。そして12世紀、シチリア王国を建国したノルマン王ルッジェーロ2世によって、アラブ+ビザンツ+ノルマン様式がフュージョンした不思議で壮麗な宮殿(パラティーナ礼拝堂を含む)へと仕上げられました。

    11世紀、ノルマン人がシチリア島を支配下に置くと、アラブの要塞を豪華な王宮へと変貌させていきます。そして12世紀、シチリア王国を建国したノルマン王ルッジェーロ2世によって、アラブ+ビザンツ+ノルマン様式がフュージョンした不思議で壮麗な宮殿(パラティーナ礼拝堂を含む)へと仕上げられました。

  • マクエダの回廊(Cloister of the Maqueda)。中庭を囲む美しい3層のサラセンアーチが特徴です。

    マクエダの回廊(Cloister of the Maqueda)。中庭を囲む美しい3層のサラセンアーチが特徴です。

  • 2階に上がりました。パラティーナ礼拝堂の入り口と入場者の列。礼拝堂はさほど大きくないので(長さ32m、幅12.4m)一度に入る入場者数を制限しています。この部分のモザイクは19世紀の古いモザイクを修理代替したものです。<br />

    2階に上がりました。パラティーナ礼拝堂の入り口と入場者の列。礼拝堂はさほど大きくないので(長さ32m、幅12.4m)一度に入る入場者数を制限しています。この部分のモザイクは19世紀の古いモザイクを修理代替したものです。

  • 中庭の回廊の四隅のットップにはシチリアのノルマン王の紋章があります。

    中庭の回廊の四隅のットップにはシチリアのノルマン王の紋章があります。

  • 礼拝堂は3廊式になっています。<br />中央身廊(西壁):「玉座のキリスト」。左右に使徒聖ペトロと聖パウロを従えています。12世紀。その上には、大天使ミカエルとガブリエルが描かれています。<br />ノルマン王ルッジェーロ2世は、パラティーナ礼拝堂、特に聖域のクーポラとドラムに、最高のモザイク(アヤソフィアのモザイクに匹敵する)を作成するため、ビザンチンのモザイク職人を招きました。

    礼拝堂は3廊式になっています。
    中央身廊(西壁):「玉座のキリスト」。左右に使徒聖ペトロと聖パウロを従えています。12世紀。その上には、大天使ミカエルとガブリエルが描かれています。
    ノルマン王ルッジェーロ2世は、パラティーナ礼拝堂、特に聖域のクーポラとドラムに、最高のモザイク(アヤソフィアのモザイクに匹敵する)を作成するため、ビザンチンのモザイク職人を招きました。

    パラティーナ礼拝堂 城・宮殿

  • その下に見えるのは玉座台。<br />礼拝堂で王室の儀式を主宰し、客を迎えるための空間でルッジェーロ2世とその後継者であるウィリアム1世、ウィリアム2世によって使用されました。<br />ーーそれにしても、この黄金で埋め尽くされた空間には圧倒されます。狭い空間に黄金のテッセラが反射しあって眩しいのです。同じビザンチンモザイクでもアヤソフィアのそれとは違います。で、調べてみました。<br />アヤソフィア:古典的なビザンチン技法(薄い金箔を透明なガラスの上層と着色ガラスの台座の間に溶着し、多色ガラスや石のテッセラを用いて像や影を作り出しました。)<br />パラテイーナ礼拝堂:ビザンチンの職人たちは、より豊かな色彩効果、反射効果を生み出すため、革新的な技術を導入(ガラスと金箔の技法に加え、テッセラに銀や宝石を加えるなど、素材の種類を増加)しました。<br />だからなのですね。。個人的な意見ですが、あまりに反射しすぎるのです。

    その下に見えるのは玉座台。
    礼拝堂で王室の儀式を主宰し、客を迎えるための空間でルッジェーロ2世とその後継者であるウィリアム1世、ウィリアム2世によって使用されました。
    ーーそれにしても、この黄金で埋め尽くされた空間には圧倒されます。狭い空間に黄金のテッセラが反射しあって眩しいのです。同じビザンチンモザイクでもアヤソフィアのそれとは違います。で、調べてみました。
    アヤソフィア:古典的なビザンチン技法(薄い金箔を透明なガラスの上層と着色ガラスの台座の間に溶着し、多色ガラスや石のテッセラを用いて像や影を作り出しました。)
    パラテイーナ礼拝堂:ビザンチンの職人たちは、より豊かな色彩効果、反射効果を生み出すため、革新的な技術を導入(ガラスと金箔の技法に加え、テッセラに銀や宝石を加えるなど、素材の種類を増加)しました。
    だからなのですね。。個人的な意見ですが、あまりに反射しすぎるのです。

  • ムカルナス天井:イスラム建築独特の3次元装飾です。<br />グラナダのアルハンブラ宮殿の二姉妹の間とアベンセラヘの間で見た見事なムカルナス装飾を思い出しました。<br />

    ムカルナス天井:イスラム建築独特の3次元装飾です。
    グラナダのアルハンブラ宮殿の二姉妹の間とアベンセラヘの間で見た見事なムカルナス装飾を思い出しました。

  • ムカルナス天井を拡大してみると。。。??<br />左の丸部分:アラブ風のヘッドドレスを身に着けた女性二人に囲まれたネコちゃん(ライオン?)<br />右の丸部分:二人の聖人をバックに威厳あるノルマン風の王様。<br />イスラームで禁忌の動物や人物の絵画が躍り出ていてこれまたユニークです。<br /><br />

    ムカルナス天井を拡大してみると。。。??
    左の丸部分:アラブ風のヘッドドレスを身に着けた女性二人に囲まれたネコちゃん(ライオン?)
    右の丸部分:二人の聖人をバックに威厳あるノルマン風の王様。
    イスラームで禁忌の動物や人物の絵画が躍り出ていてこれまたユニークです。

  • なんと!!! アプス (後陣、Apse)のモザイクは修復中でした。目の前にあるのは天井から吊り下げられたキャンバス(?)に描かれた&#39;全能のキリスト’($#%*)。ガッカリ度高めです。<br />*この画像は修復中の代替品ですが、オリジナルのこの部分のモザイクはビザンチン職人によって作成されたとみられています。その他の部分に見られるモザイクは必ずしもそうではありません。完成度の低いものもありそれらはローカルの職人の手によって仕上げられたと記されています。<br />参考までに修復中の情報サイトです。ーーー<br />https://www.finestresullarte.info/en/ancient-art/palermo-start-of-the-restoration-of-the-mosaics-of-the-palatine-chapel<br />パレルモ、パラティーナ礼拝堂のモザイク修復開始<br /> Redazione 著、2024年12月17日公開<br />パレルモ市文化遺産管理局は、王宮内にあるパラティーナ礼拝堂のモザイクの保存修復作業を開始しました。ノルマン様式の至宝であるこの礼拝堂の輝きを取り戻すため、1年間の作業期間が設けられます。ーーー<br />ということで残念ながら本物を見ることはできませんでした。

    なんと!!! アプス (後陣、Apse)のモザイクは修復中でした。目の前にあるのは天井から吊り下げられたキャンバス(?)に描かれた'全能のキリスト’($#%*)。ガッカリ度高めです。
    *この画像は修復中の代替品ですが、オリジナルのこの部分のモザイクはビザンチン職人によって作成されたとみられています。その他の部分に見られるモザイクは必ずしもそうではありません。完成度の低いものもありそれらはローカルの職人の手によって仕上げられたと記されています。
    参考までに修復中の情報サイトです。ーーー
    https://www.finestresullarte.info/en/ancient-art/palermo-start-of-the-restoration-of-the-mosaics-of-the-palatine-chapel
    パレルモ、パラティーナ礼拝堂のモザイク修復開始
    Redazione 著、2024年12月17日公開
    パレルモ市文化遺産管理局は、王宮内にあるパラティーナ礼拝堂のモザイクの保存修復作業を開始しました。ノルマン様式の至宝であるこの礼拝堂の輝きを取り戻すため、1年間の作業期間が設けられます。ーーー
    ということで残念ながら本物を見ることはできませんでした。

  • 側廊部:聖パウロとペテロの生涯(パウロの回心=The Conversion of St. Paul)のモザイク。<br />このパネルは、使徒行伝9章1節から9節に記されている、サウル(のちのパウロ)のダマスカスへの旅路における出来事を描いたものです。<br /><br />左側は説教壇(pulpit)

    側廊部:聖パウロとペテロの生涯(パウロの回心=The Conversion of St. Paul)のモザイク。
    このパネルは、使徒行伝9章1節から9節に記されている、サウル(のちのパウロ)のダマスカスへの旅路における出来事を描いたものです。

    左側は説教壇(pulpit)

  • 側廊部:窓の右側は聖パウロの(ダマスカスでの)洗礼です。巨大なワインカップでお風呂に入っているような絵ですが、、、12世紀。

    側廊部:窓の右側は聖パウロの(ダマスカスでの)洗礼です。巨大なワインカップでお風呂に入っているような絵ですが、、、12世紀。

  • 側廊部:「使徒言行録」の9章の記述です。<br />左側は回心前のパウロがキリスト教徒を迫害していたことが描かれています(彼は熱心なユダヤ教徒で新興宗教のキリスト教を邪宗扱いしていました)。<br />右側:ダマスカスでユダヤ教徒から命を狙われた回心後のパウロが、窓から籠で城壁づたいに降ろされて逃れたエピソードを描いています。

    側廊部:「使徒言行録」の9章の記述です。
    左側は回心前のパウロがキリスト教徒を迫害していたことが描かれています(彼は熱心なユダヤ教徒で新興宗教のキリスト教を邪宗扱いしていました)。
    右側:ダマスカスでユダヤ教徒から命を狙われた回心後のパウロが、窓から籠で城壁づたいに降ろされて逃れたエピソードを描いています。

  • 窓の左側:ペテロとパウロがローマで出会う。<br />聖書の中でペテロとパウロがローマで直接出会ったことを具体的に記述した箇所はありませんが、彼らがローマにいた時期に、パウロはローマで捕らえられて投獄されていました。その状況下でも教会と福音を教え続けたことが使徒言行録28章3に記されています。彼らが直接会っていなくても、共通の場所(ローマ)にいた可能性を象徴的に描いています。<br />*ペテロがユダヤ人の信徒に強い影響力を持ち、パウロが異邦人への伝道者として活躍したことで、初期キリスト教はユダヤ教の枠を超え、広大な地域に広がりました。彼らのローマでの出会いは、異なる背景を持つリーダーが一致団結して、キリスト教の発展に貢献していく様子を示しています。<br />窓の右側:次の場面は、ネロ皇帝とその側近の前で、シモン・マギウス(サマリア人。もと聖者ヨハネの弟子、魔術師?)がペトロと術を競い合い論争するシーンを描いています。

    窓の左側:ペテロとパウロがローマで出会う。
    聖書の中でペテロとパウロがローマで直接出会ったことを具体的に記述した箇所はありませんが、彼らがローマにいた時期に、パウロはローマで捕らえられて投獄されていました。その状況下でも教会と福音を教え続けたことが使徒言行録28章3に記されています。彼らが直接会っていなくても、共通の場所(ローマ)にいた可能性を象徴的に描いています。
    *ペテロがユダヤ人の信徒に強い影響力を持ち、パウロが異邦人への伝道者として活躍したことで、初期キリスト教はユダヤ教の枠を超え、広大な地域に広がりました。彼らのローマでの出会いは、異なる背景を持つリーダーが一致団結して、キリスト教の発展に貢献していく様子を示しています。
    窓の右側:次の場面は、ネロ皇帝とその側近の前で、シモン・マギウス(サマリア人。もと聖者ヨハネの弟子、魔術師?)がペトロと術を競い合い論争するシーンを描いています。

  • 上段に旧約聖書の物語、創世記やアダムとイヴの創造。下段:聖パウロとペテロの生涯。

    上段に旧約聖書の物語、創世記やアダムとイヴの創造。下段:聖パウロとペテロの生涯。

  • 全く空間がないようにびっしりとモザイクで埋め尽くされています。<br />

    全く空間がないようにびっしりとモザイクで埋め尽くされています。

  • 小通路の天井。

    小通路の天井。

  • コスマティ様式(Cosmati Style)の床モザイク、12世紀。<br />*コスマティ家はローマの一族で、主に教会の床などに使われる装飾的な幾何学模様のモザイクエキスパートとして知られています。4世代にわたり7人の人物が、この独特のモザイク細工のみでなく建築および彫刻の専門家として名を残しています。彼らの作品は単に「コスマティ」と呼ばれることもあります。特徴は色とりどりの小さな三角形や長方形の石やガラスモザイクを石の母型にセットしたり、石の表面に施したりして精巧に象嵌するカットワーク技法です。<br />*上段真ん中は’楽園のヤシーThe Palm for Paradise&#39; と呼ばれる作品です。

    コスマティ様式(Cosmati Style)の床モザイク、12世紀。
    *コスマティ家はローマの一族で、主に教会の床などに使われる装飾的な幾何学模様のモザイクエキスパートとして知られています。4世代にわたり7人の人物が、この独特のモザイク細工のみでなく建築および彫刻の専門家として名を残しています。彼らの作品は単に「コスマティ」と呼ばれることもあります。特徴は色とりどりの小さな三角形や長方形の石やガラスモザイクを石の母型にセットしたり、石の表面に施したりして精巧に象嵌するカットワーク技法です。
    *上段真ん中は’楽園のヤシーThe Palm for Paradise' と呼ばれる作品です。

  • 大理石の聖水盆<br />コスマティ様式の装飾が施されています。

    大理石の聖水盆
    コスマティ様式の装飾が施されています。

  • 拝廊(Nartece or Narthex)の天井はいたって簡素でシンプルです。堅牢な石づくりのボールト部分はアラブ風です。<br />

    拝廊(Nartece or Narthex)の天井はいたって簡素でシンプルです。堅牢な石づくりのボールト部分はアラブ風です。

  • 階段で3階に上がります。3階部分にはかつての王のプライベートスペース=王の居室(Royal Apartments)があります。フランス皇帝となったナポレオンによって1806年にナポリを追われたフェルディナンド1世は王妃マリア・カロリーナと共にイギリス海軍の庇護の許でシチリアに亡命する身となります。彼らの住まいとなった3階部分の王の居室(Royal Apartments)はこの時代に大々的な修復、改修が行われました。機能的な権力の座と王族の快適な住居に相応しく改造する必要があったからです。なのでこれらの部分は比較的新しい内装(新古典主義)になっています。<br />王の居室(Royal Apartments)部に含まれる部屋は今見てきたパラティーナ礼拝堂に加え<br />1.ヘラクレスの間<br />2.総督の間<br />3.ポンペイの部屋 <br />4.中国の間<br />5.  風のホール<br />6.ルッジェ―ロの間 =ルッジェ―ロ・ホール<br />等があります。<br />参考:https://www.ars.sicilia.it/scopri-il-palazzo-realeー>この複合施設の位置関係その他がよくわかります。また中ほどのIl Palazzo Reale Guarda il videoをクリックするとヴァーチャルな体験ができます。<br />*royal apartments and the Palatine Chapel

    階段で3階に上がります。3階部分にはかつての王のプライベートスペース=王の居室(Royal Apartments)があります。フランス皇帝となったナポレオンによって1806年にナポリを追われたフェルディナンド1世は王妃マリア・カロリーナと共にイギリス海軍の庇護の許でシチリアに亡命する身となります。彼らの住まいとなった3階部分の王の居室(Royal Apartments)はこの時代に大々的な修復、改修が行われました。機能的な権力の座と王族の快適な住居に相応しく改造する必要があったからです。なのでこれらの部分は比較的新しい内装(新古典主義)になっています。
    王の居室(Royal Apartments)部に含まれる部屋は今見てきたパラティーナ礼拝堂に加え
    1.ヘラクレスの間
    2.総督の間
    3.ポンペイの部屋
    4.中国の間
    5. 風のホール
    6.ルッジェ―ロの間 =ルッジェ―ロ・ホール
    等があります。
    参考:https://www.ars.sicilia.it/scopri-il-palazzo-realeー>この複合施設の位置関係その他がよくわかります。また中ほどのIl Palazzo Reale Guarda il videoをクリックするとヴァーチャルな体験ができます。
    *royal apartments and the Palatine Chapel

  • 1.現在、シチリア州議会場として利用されているヘラクレスの間(19世紀)The Hall of Heracles (Sala d&#39;Ercole)です。議会の開催日である火、水、木は3階は一般の見学は出来ません。<br />因みにシチリアの最初の議会は1130年、つまりノルマン人がアラブ人を征服した時に発足しており、ヨーロッパ最古の議会のひとつと言われています。<br />発足当時は貴族部会と聖職者部会のみがあり、後から国王直轄地の部会が加わって三部会になりました。最大の審議事項は税にあたる上納金の決定とその負担の割当でした。

    1.現在、シチリア州議会場として利用されているヘラクレスの間(19世紀)The Hall of Heracles (Sala d'Ercole)です。議会の開催日である火、水、木は3階は一般の見学は出来ません。
    因みにシチリアの最初の議会は1130年、つまりノルマン人がアラブ人を征服した時に発足しており、ヨーロッパ最古の議会のひとつと言われています。
    発足当時は貴族部会と聖職者部会のみがあり、後から国王直轄地の部会が加わって三部会になりました。最大の審議事項は税にあたる上納金の決定とその負担の割当でした。

  • この部屋の隅っこの方に’アトラスのために地球を運ぶヘラクレス’がいました。<br />また天井と壁はジュゼッペ・ベラスコ(Giuseppe Velasco)の手によるヘラクレスの生涯を描いたフレスコ画で装飾されています。様式は19世紀新古典主義です。

    この部屋の隅っこの方に’アトラスのために地球を運ぶヘラクレス’がいました。
    また天井と壁はジュゼッペ・ベラスコ(Giuseppe Velasco)の手によるヘラクレスの生涯を描いたフレスコ画で装飾されています。様式は19世紀新古典主義です。

  • サラ・デルコレ、ジュゼッペ・ベラスコによるヘラクレスの神格化(Apotheosis of Hercules by Giuseppe Velasco).

    サラ・デルコレ、ジュゼッペ・ベラスコによるヘラクレスの神格化(Apotheosis of Hercules by Giuseppe Velasco).

  • 2. 総督の間、The Hall of the Viceroys (Sala dei Viceré) 別名「副王の間」。<br />歴代のシチリア総督、副王の肖像画が21枚並んでいます。。<br />シチリア島は古代ローマの時代から様々な権力によって統治され、その最高責任者は「総督」(ローマ時代)や「副王」(スペイン領やオーストリア領時代)と呼ばれました。これらの役職は、君主の代理人として領地を統治し、徴税(脱税?)などの権限を持っていました。

    2. 総督の間、The Hall of the Viceroys (Sala dei Viceré) 別名「副王の間」。
    歴代のシチリア総督、副王の肖像画が21枚並んでいます。。
    シチリア島は古代ローマの時代から様々な権力によって統治され、その最高責任者は「総督」(ローマ時代)や「副王」(スペイン領やオーストリア領時代)と呼ばれました。これらの役職は、君主の代理人として領地を統治し、徴税(脱税?)などの権限を持っていました。

  • 19世紀シャンデリア(ムラノグラス)。

    19世紀シャンデリア(ムラノグラス)。

  • 3.ポンペイの部屋 Pompeian Room(Sala Pompeiana)、=王妃の私的居室。<br />この部屋は1830年から1835年頃にマリア・カロリーナのためにジュゼッペ・パターニア(Giuseppe Patania)が装飾を手掛けたものです。全体のスタイルは新古典様式で,フレスコ画の部分は当時の流行であったポンペイやヘルクラネウム(Heracleum)で発見された古代ローマのフレスコに着想を得たデザイン(ポンペイスタイル)になっています。

    3.ポンペイの部屋 Pompeian Room(Sala Pompeiana)、=王妃の私的居室。
    この部屋は1830年から1835年頃にマリア・カロリーナのためにジュゼッペ・パターニア(Giuseppe Patania)が装飾を手掛けたものです。全体のスタイルは新古典様式で,フレスコ画の部分は当時の流行であったポンペイやヘルクラネウム(Heracleum)で発見された古代ローマのフレスコに着想を得たデザイン(ポンペイスタイル)になっています。

  • 古代の色彩を思わせるブルーグリーンの背景に、神話の場面とそれらの登場人物が柔らかで優美なタッチで描かれています。

    古代の色彩を思わせるブルーグリーンの背景に、神話の場面とそれらの登場人物が柔らかで優美なタッチで描かれています。

  • マリア・カロリーナのポートレートが壁にかかげてありました。<br />*マリア・カロリーナは、かの有名なマリア・テレジアの十女でナポレオンにナポリ王国を追放された夫フェルディナンドと共にパレルモに居を移しました(彼はシチリア国王でもありましたが宮殿はナポリにありました)。また、彼女はフランス革命でギロチンの露と消えたマリー・アントワネットの姉になります。 

    マリア・カロリーナのポートレートが壁にかかげてありました。
    *マリア・カロリーナは、かの有名なマリア・テレジアの十女でナポレオンにナポリ王国を追放された夫フェルディナンドと共にパレルモに居を移しました(彼はシチリア国王でもありましたが宮殿はナポリにありました)。また、彼女はフランス革命でギロチンの露と消えたマリー・アントワネットの姉になります。 

  • *19世紀初頭のポンペイとヘルクラネウムで発見された古代ローマのフレスコは当時流行の新古典様式にマッチした題材でした。<br />https://www.worldhistory.org/collection/228/20-frescoes-from-pompeii/12/#gallery_wrapper

    *19世紀初頭のポンペイとヘルクラネウムで発見された古代ローマのフレスコは当時流行の新古典様式にマッチした題材でした。
    https://www.worldhistory.org/collection/228/20-frescoes-from-pompeii/12/#gallery_wrapper

  • 風になびく衣の柔らかい表現が見事です。

    風になびく衣の柔らかい表現が見事です。

  • ふわりとした雲や風を含んだ布のタッチに独特の筆の冴えがあります。

    ふわりとした雲や風を含んだ布のタッチに独特の筆の冴えがあります。

  • 家具調度品。右のチェストの表面はMother of Pearl や貴石を使ったインレイ(象嵌細工)で装飾されています。左のテーブル上の花瓶はオールドマイセンのようです。

    家具調度品。右のチェストの表面はMother of Pearl や貴石を使ったインレイ(象嵌細工)で装飾されています。左のテーブル上の花瓶はオールドマイセンのようです。

  • 4. 中国の間, Chinese Room(Sala Cinese)ーシノワズリ様式<br />Chinoiserie style(シノワズリ様式)は、フランス語の「中国趣味」に由来する言葉で、ヨーロッパで流行した中国や東アジア風の装飾芸術様式です。中国の芸術や文化をヨーロッパ的に再解釈・混合したスタイルで、花鳥風月や中国の日常生活が描かれた壁紙、景徳鎮や伊万里焼のような陶磁器、家具などに多く見られ、特に18世紀にロココ様式と融合して人気を博しました。<br />壁の片方には、裕福そうな男女が彼方の庭(?)を眺めるバルコニーがだまし絵(Trompe-l&#39;œil)的タッチで描かれています。

    4. 中国の間, Chinese Room(Sala Cinese)ーシノワズリ様式
    Chinoiserie style(シノワズリ様式)は、フランス語の「中国趣味」に由来する言葉で、ヨーロッパで流行した中国や東アジア風の装飾芸術様式です。中国の芸術や文化をヨーロッパ的に再解釈・混合したスタイルで、花鳥風月や中国の日常生活が描かれた壁紙、景徳鎮や伊万里焼のような陶磁器、家具などに多く見られ、特に18世紀にロココ様式と融合して人気を博しました。
    壁の片方には、裕福そうな男女が彼方の庭(?)を眺めるバルコニーがだまし絵(Trompe-l'œil)的タッチで描かれています。

  • ヨーロッパ各国が設立した東インド会社を通じて、中国や日本の珍しい品物(陶磁器や壁紙など)が大量に輸入されたことが背景にあります。

    ヨーロッパ各国が設立した東インド会社を通じて、中国や日本の珍しい品物(陶磁器や壁紙など)が大量に輸入されたことが背景にあります。

  • 当時、まだ見ぬ異国への関心が高まっており、アジアの芸術やデザインに触発されたスタイルがヨーロッパの生活様式に溶け込みました。中国、日本、韓国各々の歴史や文化の違いを知る我々日本人から見ればとんでもなく陳腐に見えるアレンジメントもありますが。。。。。<br />

    当時、まだ見ぬ異国への関心が高まっており、アジアの芸術やデザインに触発されたスタイルがヨーロッパの生活様式に溶け込みました。中国、日本、韓国各々の歴史や文化の違いを知る我々日本人から見ればとんでもなく陳腐に見えるアレンジメントもありますが。。。。。

  • 5. 風のホール, Hall of Winds(Sala dei Venti )<br />ジョハリアの塔(Torre Gioaria or Joharia=Tower of Winds)内にはこの風のホールとルッジェーロのホールがあります。<br />名前の通り風を通す目的で作られた空間でこの塔から入ってきた空気を冷やすための水槽が下にあったようです。いわば空気と水による中世のエアコンシステムだったと言えそうです。

    5. 風のホール, Hall of Winds(Sala dei Venti )
    ジョハリアの塔(Torre Gioaria or Joharia=Tower of Winds)内にはこの風のホールとルッジェーロのホールがあります。
    名前の通り風を通す目的で作られた空間でこの塔から入ってきた空気を冷やすための水槽が下にあったようです。いわば空気と水による中世のエアコンシステムだったと言えそうです。

  • 塔の部分は、風を取り入れるのが目的であったため高い天井になっています。木製の天井部分に、風の方角と名前を記す「Rosa dei Venti(Compass Rose)=18世紀の追加部分 」が描かれていることから部屋の名前が付いたそうです。天井のトップ部分の模様や窓の一番下の精巧なモザイクが見事です。<br />(ノルマン時代にはこの風の間はルッジェ―ロ・ホールのアトリウム兼控えの間として機能していました。)

    塔の部分は、風を取り入れるのが目的であったため高い天井になっています。木製の天井部分に、風の方角と名前を記す「Rosa dei Venti(Compass Rose)=18世紀の追加部分 」が描かれていることから部屋の名前が付いたそうです。天井のトップ部分の模様や窓の一番下の精巧なモザイクが見事です。
    (ノルマン時代にはこの風の間はルッジェ―ロ・ホールのアトリウム兼控えの間として機能していました。)

  • 天井のRosa dei Venti(Compass Rose)の部分を拡大しました。 &#39;風のホール&#39;はこの宮殿の中で筆者が最も興味をそそられた部分です。

    天井のRosa dei Venti(Compass Rose)の部分を拡大しました。 '風のホール'はこの宮殿の中で筆者が最も興味をそそられた部分です。

  • 6. ルッジェ―ロ・ホール,Ruggero Hall(Sala di Ruggero)#1<br />”ルッジェ―ロの間” 、”王家の居室(君主のプライベートルーム)” の中でノルマン時代の装飾が残っているのはこの部屋だけだそうです。<br />11世紀に、ルッジェロ1世(シチリア伯)がまずここに居を構え、後にその子、ルッジェロ2世(初代ノルマン王)が王宮として使用するために装飾と拡張を命じました。(パラティーナ礼拝堂の側廊と同時期に実施されたと思われます)。当時はアラブ人が設立した絹織物工房ティラズも置かれていたようです。<br />で、父にあたるシチリア伯ルッジェロ・ディ・アルタヴィッラに敬意を表しルッジェロ・ホールと名付けたそうです。<br />ここもまた恐ろしいほどのキンキラ趣味ですね。

    6. ルッジェ―ロ・ホール,Ruggero Hall(Sala di Ruggero)#1
    ”ルッジェ―ロの間” 、”王家の居室(君主のプライベートルーム)” の中でノルマン時代の装飾が残っているのはこの部屋だけだそうです。
    11世紀に、ルッジェロ1世(シチリア伯)がまずここに居を構え、後にその子、ルッジェロ2世(初代ノルマン王)が王宮として使用するために装飾と拡張を命じました。(パラティーナ礼拝堂の側廊と同時期に実施されたと思われます)。当時はアラブ人が設立した絹織物工房ティラズも置かれていたようです。
    で、父にあたるシチリア伯ルッジェロ・ディ・アルタヴィッラに敬意を表しルッジェロ・ホールと名付けたそうです。
    ここもまた恐ろしいほどのキンキラ趣味ですね。

  • ルッジェ―ロ・ホール,Ruggero Hall(Sala di Ruggero)#2<br />植物や動物をミラーイメージとして対にする表現が目を引きますが、調べるとこの手法自体はビザンチンの図像学に由来するものとのことです。

    ルッジェ―ロ・ホール,Ruggero Hall(Sala di Ruggero)#2
    植物や動物をミラーイメージとして対にする表現が目を引きますが、調べるとこの手法自体はビザンチンの図像学に由来するものとのことです。

  • ルッジェロ・ホール(Ruggero Hall)#3<br />パレルモは豊かな水源と肥沃な大地を誇る「楽園」と言われていていました。なので当時の様子を描くモザイクは、椰子の木やオレンジの木など豊かな緑、鳥、動物など自然のモチーフがたくさん出てきます。

    ルッジェロ・ホール(Ruggero Hall)#3
    パレルモは豊かな水源と肥沃な大地を誇る「楽園」と言われていていました。なので当時の様子を描くモザイクは、椰子の木やオレンジの木など豊かな緑、鳥、動物など自然のモチーフがたくさん出てきます。

  • ノルマン王宮 3階 さる女王(?)のための礼拝堂<br />新古典様式の小さな礼拝堂がルッジェーロホールの後ろにありました。

    ノルマン王宮 3階 さる女王(?)のための礼拝堂
    新古典様式の小さな礼拝堂がルッジェーロホールの後ろにありました。

  • ピサの塔(Torre Pisana)#1<br />説明文と背景。<br />*ノルマン様式の宮殿は、通路でつながれた4つの塔が特徴でした。<br />これらの塔のうち2つ(ギリシャの塔とキリンビの塔)はスペイン総督統治下の改修工事(16世紀初頭)で撤去されましたが、先のジョハリアの塔とこのピサまたはピサーナの塔の2塔は今も残っています。

    ピサの塔(Torre Pisana)#1
    説明文と背景。
    *ノルマン様式の宮殿は、通路でつながれた4つの塔が特徴でした。
    これらの塔のうち2つ(ギリシャの塔とキリンビの塔)はスペイン総督統治下の改修工事(16世紀初頭)で撤去されましたが、先のジョハリアの塔とこのピサまたはピサーナの塔の2塔は今も残っています。

  • ピサの塔(Torre Pisana)<br />この塔はおそらくルッジェーロ2世の治世に建てられたもので、ピサの職人を雇って建設させたため、この名前がつけられたようです。<br />参考:https://corvinus.nl/2024/01/31/palermo-palazzo-dei-normanni-2/

    ピサの塔(Torre Pisana)
    この塔はおそらくルッジェーロ2世の治世に建てられたもので、ピサの職人を雇って建設させたため、この名前がつけられたようです。
    参考:https://corvinus.nl/2024/01/31/palermo-palazzo-dei-normanni-2/

  • ブックストア#1

    ブックストア#1

  • ブックストア#2<br />あまり購買欲をそそるものはありません。

    ブックストア#2
    あまり購買欲をそそるものはありません。

  • ノルマン王宮をでてヴィットリオエマヌエーレ通りを下っていくと10分くらいで大聖堂です。ここは明日の訪問予定なので、まずは通りに並ぶトラットリアで遅めのランチ/早目の夕食にします。パラティーナ礼拝堂の黄金光線で目が疲れました。ブルスケッタ、パスタ、レモンソーダ。

    ノルマン王宮をでてヴィットリオエマヌエーレ通りを下っていくと10分くらいで大聖堂です。ここは明日の訪問予定なので、まずは通りに並ぶトラットリアで遅めのランチ/早目の夕食にします。パラティーナ礼拝堂の黄金光線で目が疲れました。ブルスケッタ、パスタ、レモンソーダ。

  • クァットロ・カンティ(Quattro Canti)-スペインバロック様式。<br />1608年から1620年の間にスペイン総督の命令で都市計画の一環として策定されました。一番下の噴水には春夏秋冬を象徴する彫刻が建っています。2階の壁龕には、シチリア島を統治した4人のスペイン人統治者(	Charles V、Philip II、Philip III、Philip IV)の彫像がそれぞれの建物に置かれています。<br /><br />SWコーナー(春)。このコーナーだけは翌日、晴天下で撮ったものです。

    クァットロ・カンティ(Quattro Canti)-スペインバロック様式。
    1608年から1620年の間にスペイン総督の命令で都市計画の一環として策定されました。一番下の噴水には春夏秋冬を象徴する彫刻が建っています。2階の壁龕には、シチリア島を統治した4人のスペイン人統治者( Charles V、Philip II、Philip III、Philip IV)の彫像がそれぞれの建物に置かれています。

    SWコーナー(春)。このコーナーだけは翌日、晴天下で撮ったものです。

    クアットロ カンティ 文化・芸術・歴史

  • クァットロ・カンティ(Quattro Canti)、NWコーナー(夏)。

    クァットロ・カンティ(Quattro Canti)、NWコーナー(夏)。

  • クァットロ・カンティ(Quattro Canti)、NEコーナー(秋)。

    クァットロ・カンティ(Quattro Canti)、NEコーナー(秋)。

  • クァットロ・カンティ(Quattro Canti)、SEコーナー(冬)。

    クァットロ・カンティ(Quattro Canti)、SEコーナー(冬)。

  • ヴィットリオエマヌエーレ通りにはお土産物屋さん、小さいトラットリア、カフェなど沢山あります。そのうちの一つ、清潔でこじんまりしたお店においしそうなパイやドルチェがならんでいました。店名はI Cucci。

    ヴィットリオエマヌエーレ通りにはお土産物屋さん、小さいトラットリア、カフェなど沢山あります。そのうちの一つ、清潔でこじんまりしたお店においしそうなパイやドルチェがならんでいました。店名はI Cucci。

  • パレルモ名物のベッカフィコ(Beccafico=stuffed sardines)、ナスのキーシュっぽいのやら、それぞれ、少しづつ買うとちゃんとパーチメントペーパーをひいて、ボックスに入れてくれました。ペーパーナプキンやナイフ、フォークをつけて可愛いトーテバッグにいれて出来上がり!!ホテルのダイニングルームの後ろのキッチンにマイクロウェーブもあったし。今夜の夕食にしましょう。

    パレルモ名物のベッカフィコ(Beccafico=stuffed sardines)、ナスのキーシュっぽいのやら、それぞれ、少しづつ買うとちゃんとパーチメントペーパーをひいて、ボックスに入れてくれました。ペーパーナプキンやナイフ、フォークをつけて可愛いトーテバッグにいれて出来上がり!!ホテルのダイニングルームの後ろのキッチンにマイクロウェーブもあったし。今夜の夕食にしましょう。

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