2024/11/02 - 2024/11/03
320位(同エリア991件中)
赤い彗星さん
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こんぴらさんの門前町で讃岐うどんを食べたり、周辺施設で観光しながら寄り道した後、金刀比羅宮の参拝に向かいました。
奥社まで1368段ということで、山形の山寺よりちょっと多いくらいかなと思っていましたが、坂道なども多く結構な距離。雨の中、アウターも脱いでTシャツだけで汗をかきつつ、奥社まで参拝した旅行記です。
- 旅行の満足度
- 4.0
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寄り道から再度参道に戻り、金刀比羅さんに向けて進んで行きます。
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階段前の鳥居付近で門前町エリアが終わり、本格的に登り階段が続きます。
大門に至る道程は、一之坂と呼ばれる急な階段が続きます。 -
鳥居の横に鎮座する備前焼の狛犬。
天保15年(1844)に岡山からの奉納品です。 -
本宮までは、785段の石段を登る必要があります。
まだ始まりなので疲れはありませんが、温帯低気圧の影響で湿度が高く、階段を登っているとすぐに体温が上がって暑く感じました。 -
下界と神域の境となっている大門。
高松松平家初代藩主の松平頼重により、寄進されたものです。 -
かつて朝夕の時刻を知らせるために太鼓が置かれていた鼓楼。
この高台から太鼓を叩いて、どのくらいの距離まで聞くことができたんでしょうね。 -
通称「五人百姓」と呼ばれる5軒の飴屋のみが、金刀比羅宮境内で加美代飴を売る事が許されています。私はそのままスルーしてしまいましたが、テレビで見た時は、硬い飴を小さな木槌で叩いて割ってから、口に入れる方式でした。
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飴屋さんを過ぎると石造の鳥居が建っています。
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とにかく真っ直ぐな約150Mの長い直線の参道が続きます。
ここは桜馬場と呼ばれる桜の名所のようです。 -
真っ直ぐで長い桜馬場も終わりが近づいてきました。
銅製の鳥居の向こうに階段が見えてきました。 -
こんぴら参りと書かれた袋に初穂料と道中の食費を入れて首にかけ、旅人に託されて飼い主の代わりに金刀比羅宮に代参したと云われるこんぴら狗。
伊勢参りでも代参する犬の話が伝わっていますね。
現代のような交通機関がなく、自分の足で向かうしか方法がなかった時代、気軽に旅立つことは出来なかったでしょうね。 -
神馬の月琴号。19歳なのでかなりの高齢ですね。
どこかで葦毛の元競走馬が神馬になっているのを見かけたことがありますが、こちらの月琴号も競走の世界を引退して、穏やかな日々を過ごせているのかもしれません。 -
今治造船により、平成6年(1994)に奉納された巨大スクリュー。
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昭和30年に奉納されたアフリカ象の銅像。
金刀比羅宮の鎮座する山は、「象頭山」という名前なので象さんの像が立っていてもおかしくはないということかな。 -
鳥居の先から、また階段が始まります。少し登ると右手が表書院です。
表書院は、帰りに寄る事にしました。 -
先程は本物の神馬でしたが、木馬舎には微動だにしない神馬像も鎮座していました。ここが丁度500段目。
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ここから旭社まで、また100段以上の登りになります。
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階段途中に鎮座する祓戸社。
名前の通り、穢れを祓うための社です。 -
祓戸社の横に鎮座する火雷社。
火と竈を司る神様が祀られており、火難防止のご利益があります。 -
石段を登り続けて、628段目の場所にある旭社。
弘化2年(1845)に落成され、明治の神仏分離令までは、金堂と呼ばれていた40年かけて造営された社殿です。
建物としては、境内で一番大きいなと思っていたら、四国最大の寺社建築物でした。金刀比羅宮 旭社 寺・神社・教会
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旭社の右手。御本宮への参拝経路に建つ賢木門。
長宗我部元親が献納した門ですが、造営する際に柱を1本逆さに付けてしまったことから、逆木門と名付けられました。
明治時代の改築のタイミングで、読みはそのままで漢字だけ、逆から賢に変更されました。 -
賢木門のすぐ先に鎮座する遥拝所。
遠くからお宮を参拝するための場所です。
宗像大社の沖津宮の遥拝所が印象に残っていますが、金刀比羅宮の遥拝所は伊勢神宮の方角を向いているようです。 -
頂上付近が霞んでいますが、本宮拝殿に至る最後の石段です。
急な石段ではありますが、ここを登りきると目の前に本宮拝殿が現れます。 -
最後の石段を登り切った場所に立っている百度石。
土台にされている亀さんは、そっぽを向いています。
お百度参りする際にこの百度石と拝殿の間を往復することになります。
数を数えられるように札もぶら下がっています。 -
765段の階段を登りきると御本宮の拝殿が現れます。
重要文化財の御本宮は、海抜251Mの場所に鎮座しています。
社殿の創建年は分かっていないそうですが、長保3年(1001)に一條天皇の命により藤原實秋が改築したのが最古の記録だそうです。その後も幾度かの改築が行われ、現在の社殿は、明治11年(1878)に改築されたものです。金刀比羅宮 寺・神社・教会
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御本宮の斜め前に建つ神楽殿。
叩くのを躊躇してしまうような煌びやかな太鼓が置かれています。 -
御本宮と御別宮の間を繋ぐ高床式の長い回廊「南渡殿」。
御本宮の屋根の葺き替えなどを行う際に、御神体を仮宮である御別宮に移すための通路です。 -
御本宮から、回廊を経た場所に鎮座する重要文化財の御別宮。
御神体が御本宮から一時的に遷座するための仮殿です。 -
本来なら讃岐平野を見渡せるはずの展望台からの風景。
雲海を見に来たということにしておくか。。。 -
奥社への入口辺りの参道。
断続的に雨が降り続ける曇天の中、ここだけ晴れていて一筋の陽光が。 -
奥社への参道途中に鎮座する常盤神社。
武雷尊(たけいかづちのみこと)と誉田和氣尊(ほんだわけのみこと)が御祭神として祀られています。武雷尊は、武勇や勝利の神。誉田和氣尊は応神天皇のことで、八幡様として祀られているということで、二柱とも武運や勝利の神様ですね。金刀比羅宮 常磐神社 寺・神社・教会
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奥社まで445段の場所に鎮座している白峰神社。
御祭神は崇徳天皇。相殿には、御母の待賢門院、山の神・大山祇神(おおやまつみのかみ)の二柱が祀られています。
保元の乱の首謀者として讃岐に流された崇徳上皇は、金刀比羅宮にも参籠したそうで白峰の郷で崩御されたことから、白峰神社として祀られています。
日本最恐の怨霊としても名を挙げられる崇徳上皇ですが、菅原道真も同様、権力を独占したい権力者が、あからさまに相手を貶めて失脚させた負い目が、色々な不幸を全て祟りだと思い込んでしまった部分も強いのではと思います。金刀比羅宮 白峯神社 寺・神社・教会
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学問の神様・菅原道真を祀る菅原神社。
国司の役職の一つ讃岐守でもあった菅原道真は、香川に縁のある偉人なんですね。金刀比羅宮 菅原神社 寺・神社・教会
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奥社までは、1,368段の階段を登ると聞いていたので、ひたすら登りが続くのかと思っていましたが、平坦な部分や登り坂なども含まれていて、思ったよりも距離があります。奥社に至る最後のつづら折りの坂や階段が結構しんどかったです。
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11月とは思えないくらいの大汗をかきながら、やっと奥社に到着。
奥社は通称で正式名称は厳魂神社に参拝します。
御祭神は厳魂彦命(いづたまひこのみこと)こと、戦国時代の戦乱で荒れ果てた金比羅宮を再興した、金毘羅大権現別当金光院主の金剛坊宥盛大人が祀られています。
宥盛には、「死して永く当山を守護せん」と言い残し、天狗となり姿を消したという伝説が残されています。奥社の授与所では、この伝説に因んだ天狗のお守りを授かることが出来、私も奥社参拝の記念も兼ねて授かってきました。天狗伝説の残る金比羅宮奥社 by 赤い彗星さん金刀比羅宮 厳魂神社 (奥社) 寺・神社・教会
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帰りの展望台からの風景。先程は靄でしかなかった風景も、少し靄が晴れて街並みを見る事が出来るようになっていました。
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御本宮拝殿の鎮座する敷地から、下り階段を見た風景。
行きの登りも大変ですが、下りもまた長い道のりです。 -
旭社の軒先にマルキン醤油さんからの奉納品が、きれいに積み上げられていました。業務用のベニヤ缶ですね。ベニヤ缶も子供の頃は、よく見かけていた気がするけど、今は普段の生活で見かけることが全くなくなりました。
食料品店の裏や町工場的なものが近くにないと、なかなか目にすることがないように思います。 -
登りは賢木門を通りますが、帰路は旭社横の参詣路を下ってきます。
旭社の正面に当たる場所には、屋根付きの回廊にベンチが設けられているので、登りでも下りでも一休み出来る場所として貴重かもしれません。 -
帰りに表書院に立ち寄ります。
入館料がお得になる表書院、高橋由一館、宝物館の3館共通チケットが販売されています。 -
表書院の名物は、円山応挙の障壁画。門前には、遊虎図のレプリカが飾られています。円山応挙が描いた複数の障壁画が京都から運ばれ、表書院の襖を彩っています。
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金刀比羅宮の儀式や参拝客応接用の客殿として、萬治年間(1658‐1660)に建てられたと伝わる表書院。円山応挙の障壁画と共に表書院も重要文化財に指定されています。建物内部は撮影禁止です。
重要文化財表書院 名所・史跡
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江戸時代に作庭された表書院の池泉回遊式庭園。
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金刀比羅宮のさざれ石。
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3館共通チケットで高橋由一館に入場します。内部は撮影禁止。
金刀比羅さんと高橋由一にどのような所縁がと思いましたが、明治時代の宮司:琴陵宥常が購入した油絵が、27点現存するそうです。高橋由一館 美術館・博物館
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3館共通チケット最後の訪問先宝物館に入場します。内部は撮影禁止。
明治38年(1905)年に立てられた建物ということで内部の展示含めて、かなり年季を感じる宝物館です。館内には金刀比羅宮が所有する仏像や絵画、奉納品など、多くのものが展示されていました。金刀比羅宮宝物館 美術館・博物館
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先刻登ってきた階段を下って、駅方面に戻ります。
この辺りが一番開けていて、遠くの街の様子を眺める事が出来る場所ですね。
生憎の天気なので遠くは霞んでしまっていますが。 -
大正11年(1922)に建てられたJR琴平駅の駅舎。
行きは琴電を使いましたが、帰りはJRに乗って丸亀経由で高松に向かいます。琴電琴平駅とJR琴平駅は、見える範囲の距離に建っています。
琴電琴平駅前の目の前の道路を、左手に突き当りまで進むとJR琴平駅に到着します。JR 琴平駅 駅
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JR琴平駅は、四国鉄道発祥の地ということで、駅前に記念碑が立てられていました。多度津~琴平間を結んだ讃岐鉄道が、四国初の鉄道だったそうです。
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駅のホームにも金陵の酒樽。
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ホームに列車が入線してきました。
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旅行記グループ
香川訪問
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香川訪問2024①(金刀比羅宮参りの前に周辺の観光スポットに寄り道:琴平町・金毘羅大芝居、金陵の郷他)
2024/11/01~
琴平・金刀比羅宮周辺
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香川訪問2024③(悪天候の中の寺院・城郭巡り:善通寺市・善通寺、丸亀市・丸亀城)
2024/11/01~
丸亀・宇多津・多度津
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香川訪問2024④(源平の古戦場は、現代も栄枯盛衰を感じさせる土地だった:高松市・屋島、四国村ミウゼアム)
2024/11/01~
高松
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香川訪問2024⑤(帰りの飛行機まで高松市内を散策:高松市内・高松城玉藻公園、栗林公園他)
2024/11/01~
高松
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香川訪問2024②(雨の中、汗をかきつつ奥社まで金比羅宮参り:琴平町・金刀比羅宮)
2024/11/02~
琴平・金刀比羅宮周辺
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