2026/03/20 - 2026/03/20
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スネフェルさん
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武田の赤備え、小幡氏の居城だった国峰城に行きました。
武田の赤備えになったのは武田氏に帰属してからで、それ以前は上杉家に帰属していました。武蔵国の土豪の例にもれず、小幡氏も毀誉褒貶のある経緯をたどっています。
豊臣秀吉の小田原征伐で落城後、親藩の奥平家の支配下にはいってしまったため、徳川家が江戸に入ってからは完全に廃城にされてしまいました。
武田の赤備えとは武田軍の精鋭部隊で、小幡信貞の他、山県昌景と浅利信種からなる千騎で構成されていました。山県昌景は「甲山の猛虎」と二つ名を持つほど有名ですが、小幡はそれに比べると、知名度の点でやや劣るのは否めません。
とはいえ、井伊の赤備えの原点の一つとなったのが小幡氏である事実に違いはありません。
廃城になって既に400年以上。
ヤマビルが多い場所でもあるので、ヤマビルの活動が鈍る気温になってから出かけました。
事前に予想はしていましたが、「山」です。
途中までは軽トラが入ったような轍がありましたが、本丸部分は純粋に山です。獣道っぽい道らしき窪みがあるのみ。
落ち葉が積み重なり、滑りやすい。
倒木が行く手をふさぎます。
本丸の頂部には説明板がひっそりとたたずんでいましたが、その文字は風雪に晒されて擦れ、ほとんど読めませんでした。
「武田の赤備え」は徳川四天王の井伊家まで伝わった伝説的な軍事集団です。
滅亡し、打ち捨てられた城は四百年を経て、自然に帰りつつありました。
「兵どもが夢の跡」とは、このような城跡をいうのでしょうね。
廃城巡りは詩情を誘います。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 1.0
- 交通
- 1.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
先人のレポートによると、国峰城南方からアプローチした、とのことなので、南方に行きました。
-
先人がスタート地点にした14区住民センターに到着
-
周辺には廃屋が広がります。
あの住民センターは現役なんでしょうか? -
砂防用の水路ですが、位置的に国峰城の堀割跡の様な気がします
-
資材置き場の反対側に登り口を見つけました。
ここか? -
と思ったら、墓場で行き止まり。
アプローチラインを見つけることができませんでした。 -
南は無理っぽいので、北側からの侵入を試みる
-
北側からのアプローチに変更したのは正解だった。
城への案内看板が出現。 -
案内板は極めて小さく、分かりにくいです。
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橋の手前で舗装は切れています
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橋の下は溝になっていますが、堀割っぽくみえます
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ここにも廃屋っぽい建物が
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平地の一角に墓場がありました。
この辺に住んでいる(いた)一族の墓でしょう -
竹林があります。
手入れはされているようで美しい竹林です -
少し先の竹林は少し荒れています。
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嫌な看板を見てしまった・・・
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先に進みます。
軽トラは通っているようです -
土留めがあり、この時点で、それほど荒れてる感は感じていませんでした。
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が、直ぐに印象は変化。
倒木だらけで、管理されていない山エリアに。 -
冬枯れだからマシですが、夏だとかなり大変なことになってそう
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最初の二叉路。
どちらも登りっぽく迷います。 -
左を選んでみます
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城跡からどんどん離れたので戻って右を進みます
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単なる谷のように見えますが、恐らく堀切ですね、これは。
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倒木や落葉が多いですが、人の手は一応は入っています
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再び二叉路。
「登り」の左を選びます -
倒木が一層増えます
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城碑が出現!
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どうやら御殿エリアに来たようです
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確かに御殿を作れそうな広さはあります
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Google Mapsとの位置関係は微妙。
GPS表示からはズレている。
電波も入りづらいエリアと関係あるのかな? -
国峰小幡氏追慕の碑はベンチの奥、木に隠れる位置にひっそり佇んでいました
-
先に進みます。
落ち葉が道を覆って滑りやすい -
道になるように土壁がカットされています。
仕切りでしょう。
本丸は近そうです -
山頂に天守があるので向かいます
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倒木が行手を阻む・・・
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道、というより、道っぽい凹んだラインがあるのみ。
落ち葉が足元を不如意にさせます。
滑る! -
山頂まで、まだまだ
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ようやく山頂が見えてきました
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峰から小幡方面がよく見えます
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平たい場所にでました。
武者走りっぽくなっています。
この端に櫓があったのかもしれません -
鳥居が!
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権現様が祀られているようです
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本丸まではまだまだありそう・・・
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再び道なき道に・・・
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昔もこんな道だったんだろうか?
守りやすくても、各郭との伝令は大変だったろうな・・・ -
山頂の本丸に到着。
権現様の社がお出迎え -
本丸。
確かに狭い。
櫓くらいはあったのかな? -
シンプルな城碑
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説明文は風雪にさらされて字が消えかかっています
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こちらははっきりと読める字を保っています
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本丸からの小幡方面の眺め
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次に山城からかなり離れた平野部にある堀跡へ向かいます
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外堀の説明文
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外堀の碑
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外堀部分は今は蓮畑として残っています
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