2025/04/23 - 2025/05/02
41位(同エリア1113件中)
Noraさん
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古来より様々の民族に支配され、文明の十字路とも呼ばれた地中海の島シチリアは長い間私にとって興味のつきない対象でありました。昨年11月に訪問予定していたものの、予期せぬ家人の発病とその看護、加えて私自身の病のため予定変更せざるをえなくなったのです。その後状況が好転し始め、複雑な法的手続き、医療関係の処理、家事等、何とか青息吐息で片付け、改めて2月も終わりの頃、現在の自分の置かれた状況に無理のない範囲で(1週間)行けるシチリア旅行のプランに変更しチケットを手配しました。気が付いたら雪の降る日がすくなくなってシカゴにもやっと遅い春が近づいていて。。。
斯様な事情で、今回の旅は4月後半出発、5月初め帰国という超コンパクトなものです。
因みにシチリアという名称は、紀元前241年にローマ帝国の属州と言う形で与えられました。これは鉄器時代に島の東部に住んでいたシケル人に由来します。さらに遡ると、古代ギリシャ時代にはその形状からこの島はトリナクリア(ギリシャ語でΤρινακρία「3つの岬を持つ」)という名で呼ばれていたことがわかります。
さて、シチリアはどんな顔を見せてくれるでしょうか?
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空 ユナイテッド航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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まずはこの7日間の徘徊行程を自作マップでビジュアル化。
ブランクの原図は無料地図サイト:https://d-maps.eu/country.php?num_pay=409&lang=jaから拝借、あと線引きや地名をプラスしたもの。 -
*4/24(木)のホテルでの朝食はこの前の旅行記に入れています。
で、朝食後、フルーツを買うため、徒歩で近くのLidlまでいってみました。。
ハム、サラミ、パスタ、チーズ、パンの種類は多いけれど果物や野菜の種類は少なそうです。リンゴでもオールドファッションの赤いデリシャスや黄色のゴールデンデリシャスくらいで、シカゴのスーパーに並ぶピンクレディー、ハニークリスプやガラなどは見当たりません。それと出来立ての温かい総菜を売るホットバーもないので、いきおい冷たい食材に限られてしまいます。
*調べてみるとシチリアでも9~10月に小ぶりで爽やかな甘さのリンゴが収穫されるそうです。でも寒冷な気候を好むリンゴはそのほとんどがイタリア北部から輸送されてシチリアの店頭に並ぶのではないでしょうか? -
とりあえず明日のサンドイッチ用にPanino all’ olio(パニーノアロリオ)とコッパ。チーズは暑さに弱いので省略。そしてバナナとリンゴ。これはシラクサでレストランが見つからなかった時の非常食です。何しろシラクサでは超タイトなスケジュールをこなさないといけないので。。備えあれば患いなしと言いますからね。
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シラクサへはインターバスを使うので、まず下調べにアルキメーデ通りにあるバスターミナルに行きます。いろんな人が書いているのですが外周を壁で囲んであるので一見するとバスターミナルだとはわからない仕掛けになっています。
各バスのターミナルはナンバーごとに行き先が明示され、各バスが発着します。インターバスのシラクサ行は7番です。チケットはオンラインですでに購入しているし、アプリをダウンロードしているので大丈夫でしょう。 -
ターミナルを出たところに2,3台のタクシーが並んでいました。ドオーモまでいくらとたむろしていたオジサンの一人にきくと20ユーロだと。帰りにドオーモからホテルに戻る時に乗ったタクシーのドライバーのオニイサンも同じ料金だったので、メーター付きのタクシーでもフラットレートみたいなものがあるのでしょう。
カターニアの観光スポットを回るには、市内バスもあるのですが、殆ど時間通り来ないようなのでもっぱら徒歩とタクシーを利用しました。 -
窓外に見えるオレンジの街路樹。2年前のアンダルシアの旅でも見たことを思い出しました。
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像の噴水で知られるドオーモ広場に到着。黒溶岩で出来た像の上にオベリスクが乗っているシュールなデザイン。歩き疲れた観光客が思い思いに休んでいます。
『カタネ』と名づけられていたカターニアの町は、紀元前8世紀後半にギリシア植民地として建設された町のひとつでした。ドゥオーモ広場 (カターニア) 広場・公園
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エジプトから運ばれたオベリスクの上には石板と殉教を表すシュロの葉(右)、純潔を表すユリ(左)そしてトップに十字架が乗っています。
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象の噴水の後ろ、ヴィットリオエマニュエーレ通り沿いに見えるのはカターニアの市庁舎(旧ベネディクト会修道院)。建物の窓枠に象の装飾があるので別名「象の宮殿」=エレファンティ宮 palazzo degli elefanti。と呼ばれています。象でコーディネート。
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こちらもドオーモ広場のヴィットリオエマニュエーレ通りにあるのですが、サンタアガタ修道院教会(Chiesa della Badia di Sant'Agata)。カターニアの守護聖人である聖アガタの墓所です。
ズームで見るとクーポラにのぼっている人が数人います。後で登ります。 -
ウゼーダ門(Porta Uzeda)。左下に(大聖堂の隣の建物1階)に「カターニア教区博物館(Museo Diocesano Catania)」があり、ここでローマ時代の浴場跡(Terme Achilliane)見学チケットを販売しています。
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サンタアガタ大聖堂,別称ドオーモ。正式名称はBasilica Cattedrale di Sant'Agata。カターニアの守護聖人である聖アガタに献堂された聖堂。
元々の教会は11世紀の後半にローマ時代のテルマエ(大浴場)の上に建てられていました。(大聖堂の地下にはその遺構があり、見学可能。)
現在の建物は建築家ジローラモ パラッツォット(Girolamo Palazzotto)の手になるもので、1693 年の地震で破壊された大聖堂を 1709 年からバロック様式で再建したものです。 -
入り口。入場は無料。
オープニング時間は7:15am~ 12:30pm および 4:00pm~7:00pm -
黒、黄、緑の色大理石を使ったスターバーストデザインのメダリオン
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三廊式のバロック様式の聖堂でこちらは右側廊中ほど:栄光のキリストの礼拝堂
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主祭壇とアプス。
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アプスのフレスコ画は’聖アガタの戴冠式’。
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聖アガタの礼拝堂(右側廊)
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そしてここには聖アガタの聖遺物が収められた聖室と説明版があります。
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カターニア出身のオペラ作曲家、ヴィンチェンツォ・ベッリーニの墓所。19世紀前半のイタリアオペラを代表する作曲家で、祖父も父も音楽家であり、音楽を学ぶ前に作曲を始めたと言われる驚異的な天才。
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ベッリーニの墓碑銘:「夢遊病の女」のアリアの冒頭部分 が彫られています。
一般的にはベッリーニのもう一つの非常に有名なオペラ、ノルマ(Norma)がよく知られているのでは?この中で歌われる’Casta Diva(清らかな女神よ)は世紀のソプラノ歌手、マリアカラスをして’最も難度の高いアリア’と言わしめたそうで。。ついでになんとノルマと名のつく料理もあって、こちらはパスタ・アッラ・ノルマと呼ばれる揚げナスを使ったカターニアの伝統的なパスタ料理なのだそうです。 -
大聖堂の下にはローマ時代の浴場跡(Terme Achilliane)が残っています。これは地表部分をそのまま遺構として残している部分?
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ローマ時代の浴場跡(Terme Achilliane)の表示版。大聖堂の地下になるので入場するにはウゼーダ門(Porta Uzeda)の左下にあるカターニア教区博物館(Museo Diocesano Catania)でチケットを購入しなければなりません。’次回の入場は2時だよ’と柵にもたれて入口の番をしていた暇そうな管理人(?)が教えてくれました。
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ローマ時代の浴場跡(Terme Achilliane)のインフォーメーションボード。
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ウゼーダ門(Porta Uzeda)の左下にあるミュージアム(カターニア教区博物館)の1Fにあるインフォメーションセンター。無料の観光スポットの地図の提供や、観光名所のチケット販売もしています。
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ローマ時代の浴場跡(Terme Achilliane)のチケットを買い、2時まで時間があるのでまずこのビルの屋上にのぼって大聖堂周辺の下界を見下ろすことにします。気が遠くなるほど遅いエレベーター。
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屋上からの眺め。
サンタアガタ大聖堂のクーポラや後で登るサンタアガタ修道院教会のクーポラが見えます。左下の画像にはドオーモ広場に立つ象のオベリスクやPalazzo del Seminario dei Chierici(聖職者神学校の宮殿?)。この建物の左奥がウゼーダ門(Porta Uzeda)です。 -
180度方向を変えるとこのアーキ・デッラ・マリーナ(Archi della Marina)が見えます。S字型のカーブの先にはカターニア港があり、はるか彼方にイオニア海が 。。。
左と右下:S字型にカーブしたアーキ・デッラ・マリーナ。
右上はウゼーダ門の外に見えるアーキ・デッラ・マリーナでやや近距離で構造が確認できます(屋上からおり、ウゼーダ門の外で撮った画像)。
もともとこの陸橋あるいはアーチはカターニア-シラクーサ鉄道線を支えるために建設されたものでフランスのエンジニアであるエンリコ・ペティが設計しました。火山岩(暗色)と石灰岩(明色)の独特な組み合わせで機能美を感じさせるデザインになっています。カターニア港からスタートしたアーキ・デッラ・マリーナはウゼーダ門の近くで終点となります。 -
一旦、下界に降りて次の目的地、グレコローマン劇場とオデオンに向かます。大聖堂を後にして、ヴィットリオ・エマヌエーレ通り(Via Vittorio Enamnuele)を西に200mくらい進んだ所に目立たぬように右側に入り口があります。
ギリシャ人はBC8世紀頃からこの地に植民地を作り始め、その統治は600年ほど続きました。このグレコローマン劇場では高い水準のギリシャ建築の遺構を目にすることができます。尤も、ローマ時代に大幅な変更が加えられてはいるようですが 。。。 -
入口と見学を終えた人々。
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入場料は6ユーロ、これはそのチケット。
この古代ギリシャ劇場は古代都市のアクロポリスであるモンテヴェルジーネ丘の斜面に立地していました。この周辺には先史時代の集落の痕跡が残っており、隣接するクロチフェリ通りにあるデメテルとコーレの聖域と関連していたと考えられています。
参考:https://parchiarcheologici.regione.sicilia.it/parco-archeologico-di-catania/ -
説明パネル。当初の収容人数は7000人、観客席は溶岩を固めて作られており、柱や貴賓席には大理石が使われていました。
紀元前5世紀にギリシャ人によって建設されたこのテアトロ・グレコ・ロマーノ(ギリシャ・ローマ劇場)は、その後2世紀にローマ人によって大幅に拡張・改修されました。時を経て、劇場はその後の建設工事や1693年の地震などの自然災害に埋もれてしまい、18世紀の発掘調査によってやっとその遺構が明らかになりました。20世紀、特に1959年には、さらなる発掘調査が行われ、劇場の上に建てられていた建物が撤去され、より完全な構造が明らかになり、古代の劇場の姿をこうしてみることが出来るようになったのです。 -
観客席の下になる通路を渡って劇場の中に入場します。
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発掘されたアーキトレーブの一部や彫像が無造作に床に置かれています。
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アーチ部分、多分ambulatory(周歩廊)の一部 。崩壊しつつある下部構造をコンクリートブロックで補強してあります。
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発掘によって露出した17世紀の住宅建築の下部構造。表面は新しい石材やレンガで覆われています。
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かつての劇場の壁の上に建てられた住宅/アパート。
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溶岩を古代ローマのコンクリート(モルタル?)で固めた構造が見えます。古代ローマのコンクリートは現代のものより耐久性が高いと言われます。
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暗い地下トンネルを散策。紀元前500年頃に建設された部分。アーチ部分は新しく見えるので近年修復された部分かもしれません。
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この劇場は約7000人の観客を収容できるように設計されていました。洗練された意匠で、舞台は大理石の柱で装飾されていたようです。後にこの舞台にはニッチ(窪み)が増築され視覚的な工夫によって、より奥行きのある舞台設定が可能になりました。
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直径約22メートルのオーケストラ席、および火山岩の階段で区切られた21段の観客席からなる大ホールだったようです。
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さらには、アメナノ川の水を引き込み、水景に生命を吹き込んだり、舞台装置の歯車を動かしたりといった事も行われていました。斯様に、当時の人々の目を楽しませる工夫が織り込まれた画期的な劇場であったといわれます。
参考:https://www.visitsicily.info/en/attrazione/catania-antique-theater/
しかし幾度もの溶岩噴火や地震の影響で地盤が陥没し、現在では建物の下部、特にオーケストラ席は、街の地下を流れるアメナーノ川の水に浸かってしまっています。そのため、ほかの古代劇場のように現代音楽の公演に利用することはできなくなっています。 -
地下トンネルへの階段。
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オデオンへの道に通じるアーチ部分は色、質感共に他の部分と違うので入口のインフォーメーションボードでみた近年の修復箇所の一つと思われます。
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隣接するオデオンへの道順。
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オデオン -収容人数1500人だったとか。
ローマ時代の2世紀に建てられ、半円形で、劇場よりも高い位置にあります。ここは詩や音楽のコンクール、ダンスそしてメイン劇場で上演されるショーのリハーサルにも使用されました。 -
オデオンの天井部分。レンガと溶岩石で造られ、印象的で色彩豊かな構造になっていまあす。下部構造のグレーの壁面は後の時代にコンクリートブロックで補強したものでしょう。
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ブルーカ パレス(Bruca Palace)。 ヴィットリオ・エマヌエーレ通りにあるスカンマッカ. デッラ. ブルーカ家の所有していた宮殿。ネプチューンを描いた新古典主義の噴水のあるこの広い中庭が特徴で現在はB&Bになっています。これを撮ったのは偶然で、歩道を歩いていたら、突然横の巨大な木製ドアが開いてメルセデスがはいっていったので慌ててシャッターを押しました。
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カターニア大学、シチリアで最古の大学。それと大学広場の前に立つジュゼッペ・ジョエニ・ダンジョの記念碑(Monumento a Giuseppe Gioeni d’Angio。)
パラッツォ マッツァ(Palazzo Mazza)はコーベルとマスクで支えられたバルコニーで知られるていますが, ここにだってそれがあります。 -
エトナ通り。
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続いて古代ローマ円形闘技場(Anfiteatro romano)に向かいます。エトネア通り(Via Etnea)の道路の東側に位置し、ステシコロ広場(Piazza Stesicoro)から劇場の一部が見渡せるようになっています。
ややっ!!まずい。私のiPhone にlow batteryの表示が出ています。じつは昨晩100%チャージして出たにも拘わらず、朝からナビゲーターを使いっぱなしで写真も同時に撮っていたのでiPhoneが酷使に耐え切れずlow battery表示になってしまったようです。これからホテルに帰るまではiPhoneの使用を抑え、ひたすらキャノンの1眼レフとズームでいくことにします。 -
数年前の旅行記やネット情報ではこの闘技場は入場無料と書いてありますが近年、状況が変ったようです。入場料は4ユーロ。ステシコロ広場(Piazza Stesicoro)から劇場の一部をざっと見るのは無料、しかし、中に入ってしつこくみようと思うと4ユーロ、これが正解のようです。
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これは2世紀頃に建設されたとみられるローマ時代の円形闘技場跡です。サイズは125x105mでアリーナの周囲に観客席が円形に配置されていました。イタリアに現存するローマ時代の円形闘技場の中でも、コロッセオとヴェローナのそれに続いて3番目に大きいと言われます。ここでも古代ローマの剣闘士(グラデイエーター)が猛獣との戦闘(死闘)を見せ物として披露していたのですね。考古学者の分析によれば、32段の観客席があり約15000人の観客を収容できたと。。。
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地底に埋没していたこの闘技場が発見されたのは全くの偶然で、1904年、下水道工事中にこの遺構が発見されました。その後、大々的に発掘作業が始められましたが発掘されている部分は残念ながら全体のほんの一部で、多くは未だに地底に眠っているのです(すべて発掘して白日の下に照らすとすれば遺構の上に建つ現在の歴史地区を破壊しなければならない)。
すでに発掘されている地下最深部の下にも巨大な深いトンネルが広がっており、このカターニアの円形闘技場は、シチリアに残っている円形闘技場の中でも構造的に最も複雑で、かつ最大級のものとされています。 -
この闘技場を特徴づけているのは巨大な石造アーチ、円形のアリーナ、そして地下通路です。それらのいづれもがローマ時代の建築、工学技術の水準の高さを垣間みせてくれます。
とりわけ、古代ローマで橋などに使われる連続アーチを重ねる技法、「架構」の方法をこれらの闘技場に応用したことで地面に土台を重ねて平地に自由に観客席を設けることが出来るようになったのは特筆すべきことでしょう。 -
古代の円形闘技場では、大勢の観客やイベントに対応するために、しばしば大規模な物流システムが必要でした。なのでこうした闘技場には地下通路を設け、機材や物資、さらには食料の保管に使っていた可能性があります。またこの地下通路を経由して動物、剣闘士、小道具などを観客に見られずに競技場内に移動させられるという利点もありました。
(注)側面の壁を補強しているのはローマ時代の石材ではなく後年、発掘後に加えられたコンクリ―トブロックです。 -
この通路は外壁の一部から直接地下通路に繋がる構造になっています。物流や人の移動に使われたものかも?
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さて見学を終えて、ヴィットリオ・エマヌエーレ通りを大聖堂に向かって戻ってきました。さっき古代ローマ円形闘技場への行道を親切に教えてくれたおじさんアーティストのお店でストップオーバーしてお礼を言います。ついでに彼の作品、レモンのコースターを購入。たった1個なのにリサイクル紙で丁寧に包んでバーラップの紐でしっかり結んでくれました。先に書いたようにiPhoneがlow batteryになってしまったので使用を控え、アナログ的に地元の人に聞きながら何とか闘技場にたどり着いたという訳で。。。そのとき、彼が救いの天使(?)のようにお店をほったらかして助けてくれたのでした。
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大聖堂にもどり、アキリア浴場の探検。
3世紀から5世紀にかけて建設された非常に大規模な温泉施設の遺構がこの大聖堂の地下にあります。
さっきの管理人にチケット(3ユーロ)をみせ、大聖堂正面右側の階段を降りた先にあるトンネル状の入口からもぐっていきます。気分はモグラ!
現在見学できるのは、4本の柱で支えられ、十字形のヴォールトで覆われたこの部屋と周辺施設のみです。 -
180度回り込んで撮った画像。フリギダリウム(冷水浴室)であったと書いてあるサイトもありますが詳細は不明です。
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壁や天井は、ブドウの枝をあしらった漆喰で装飾されていますが、これらは18世紀に復元されたものです。意匠は浴場の神バッカスへの捧げ物を示唆しており、「バッカスの浴場」と呼ばれた所以ですね。
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この樽型ヴォールトの廊下を通って浴場にアクセスします。
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アメナノ川の水が流れこむ水路。
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ろ過装置。
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水輸送システム(アメナノ川から取水)
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地上に出てアメナノの噴水へ:
街の地下を流れる河川にちなんで名付けられたこの噴水は貝殻の形をした大きな白大理石(カッラーラ大理石)の台座の上に水が流れ出るコーニュコピアを持った若者=アメナノ神(古代ギリシャの川の神)が立つ構図になっています。像の両側には2体のトリトンが跪き、彼らもまたカタツムリ状の壺から水を注いでアメナノ神の負荷の低減に貢献しようとしているようで。。。こうして3者の協力によって台座の両側から水が滝のように流れ出し、地下河川アメナノへと流れ込むようになっているのですね。
本当はトリトンの後ろ姿、魚類のしっぽ化している彼らの下半身を見たかったのですが後ろに回り込めませんでした。 -
この噴水の後ろの階段を下りたところにあるラ・ペスケリア (魚市場)はもう閉店。
レストラン街の空をカバーするカラフルな傘たちもなんだかボロボロ、ヨレヨレ気味で。。。
ネットでチェックしていたAntica^*と言うレストランももう閉まっていて夜の仕込み等をやっているのでしょう。遅い昼食をと思ったのですが、残念、あまりチョイスがありません。 -
結局、まだ開店中で親切なおにいさんカメリエーレ(?)が立ち働いていたSciroccoで蛸のアンティパストと魚のクスクスで遅い昼食にします。新鮮でおいしく、かつリーゾナブルな値段でした。
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さていよいよ、今日の終盤を飾るサンタアガタ修道院教会(Chiesa della Badia di Sant'Agata)。
18世紀初頭の再建に携わった主要人物の一人は、ローマで学んだ建築家ジョヴァン二・バッティスタ・ヴァッカリーニでした。カターニア元老院から「市営建築委員兼工事監督官」の称号を授けられたヴァッカリーニは、ドゥオーモ広場(大聖堂広場)に偉大なる足跡を残しています。大聖堂と市庁舎(ファサード)、そして象の噴水は、まさに彼の代表的作品であり、広場に隣接するこのサンタ・アガタ修道院教会も彼の創造的才能の結晶と評価されています。 -
ベネディクト会修道女たちの資金援助によって行われ再建工事は、1735年から1767年にかけて実施されました。内部構造はギリシャ十字型で、祭壇部分は両側の二つの礼拝堂よりも高くなっています。
左下画像:ドーム部分。右下画像:クリスタルのシャンデリア。
*ギリシャ十字:縦と横の長さが等しく、それぞれが中央で直交する。特に正教会で多用されるが、西方教会(カトリック教会・聖公会・プロテスタント)においても ラテン十字と並び広く用いられている。 -
主祭壇の聖アガタ像。
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各礼拝堂:聖アガタ像とキリストの磔刑像。
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クーポラに登るチケット、7ユーロとあります。一度に登れる人数を制限しているようで、あと15分位待ってほしいと言われたのでおとなしく待っていたのだが結局30分以上待たされて。。。
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クーポラへの道。
エレベーターを降りたところと続いての階段部分。信号で上り/下りの交通整理をしています。リスボンのベレンの塔でもこうやってました。 -
眼前にあらわれた大聖堂のクーポラと鐘楼。
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エトナ山。この日は4月24日ですが、約40日後の6月2日、エトナ山は2014年以来11年ぶりといわれる大噴火を起こしました。山頂にいた40人のツアー客は無事避難したそうですけど。
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エトナ山とカターニアの市街。中央左のドームはサン ミケーレ アルカンジェロ アイ ミノリティ ローマ カトリック教区教会(San Michele Arcangelo ai Minoriti Roman Catholic parish church)。
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鐘楼。
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大聖堂のクーポラと鐘楼。大分陽が傾いてきました。
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ドオーモ広場を鳥瞰。
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下りのシグナル。
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Bar Bifour:アイスクリーム、スィーツ、ジュース等が売りのお店。
ブラッドオレンジジュースとCassata Siciliana(カッサータシチリアーナ)で一休み。このカッサータ、聖アガタに因むカターニアの名物スウィーツで、見かけは非常に可愛いのに殺人的に甘いのです。2,3口試してもう胃の中まで甘くなってしまって結局パス。糖尿病の人には不向き。 -
ドオーモ広場横、ヴィットリオエマニュエーレ通りのタクシー乗り場からタクシーでホテルに帰ります。’今日もよく歩いたね’と両足を労って。
初めてのシチリア、まさにホットな7日間(3日目, 4/25:ずっとシラク―サ)に続く。(準備中)
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