2025/03/28 - 2025/03/30
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wethurlさん
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ふと導かれるように、あわただしく熊野への旅を思いたつ。春休みシーズンなれど、運よくJALがとれた。ただ、宿が全然ない。あきらめるか迷いつつ、普段使わない大手旅行サイトで、那智勝浦の宿が一つみつかる。南紀白浜空港に夕着、白浜温泉で泊し、翌朝早く桜咲き始めの中辺路へ。滝尻王子をとおり熊野本宮へ。発心門王子からの古道を歩き、本宮大社参拝。大鳥居をくぐり大斎原へ。熊野川を眺めつつ新宮へ、熊野速玉大社をじっくり参拝。歩いてひっそりと渡御前社(御祭神は神武天皇)へ、そのあと神倉神社へ上る。磐座を拝み、勝浦へ向かう。夜の宿は、奇跡的に空きのあった、なぎさや、という湾に面した露天風呂のある温泉宿、あたりだ。翌朝早く、熊野那智大社、青岸渡寺、那智の滝と巡礼し、謎につつまれる熊野三所大神社で、隣接する補陀洛山寺とともに、神仏習合の名残を見る。紀伊半島の海沿いを走り、途中定番の絶景奇岩休憩所に寄り、順調に空港へと戻れた。神々に学び、心身が清められる旅であった。正味1日半ですが、やはり写真は100枚超えてしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス レンタカー JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
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出立前の夕刻、羽田でカードラウンジ入ってみました。
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1時間程度で南紀白浜空港へ、ちいさなレンタカー屋さんから空港を出て、途中の入り組んだ道を10分ほど、住宅街にやっとお宿を見つけました。屋上に露天風呂があり、少し暖かさも感じるようになった三月の夜風を浴びました。
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しゃぶしゃぶやお魚、お野菜がおいしく、食堂では海外からの若者がテキパキ働いており、好感持てました。
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早朝に出立、中辺路の道すがら、滝尻王子のお宮を参拝します
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九十九王子、五体王子の一つ。なかなか深い由緒があるようですが、すべてフォローできていません
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熊野権現の神域への境界ともいわれる。途中、道沿いに桜が咲く。1時間半程度で、熊野本宮大社前のバス停へ。
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熊野川沿いの駐車場に止め、ギリギリで海外の方が多いバスに乗り込み、発心門王子で下車、しばしバス停から舗装道路を歩く。
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すでに周囲の雰囲気は静謐だ。発心とは発菩提心、仏道に入り修行への志を固めることを意味するらしい
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なんと!饒速日がおられる。先の天孫降臨、天火明命、物部の祖、、
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五体王子は、現在、藤代王子・切目王子・稲葉根王子・滝尻王子・発心門王子の5社。
向かい側の森の奥へと続く山道の入口にも古き鳥居あり、結界か? -
さて、初心者向けの古道に出発
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始めは舗装道路で、なんとなく気軽に歩き出すが、途中アップダウンや歩きにくい石畳もあり、決して侮れない。
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冬と春の間、山里に季節が訪れる
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木彫りのお地蔵さま
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こうした景色を、林立というのか?
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ゆっくり歩くと、道沿いに、気づくところあり
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こうしたモニュメント、いくつか出会う
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だんだん古道らしくなってきました。
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古道の雰囲気、伝わるでしょうか
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果無山脈、真ん中は三里富士
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伏拝王子跡、ちょっとした休憩所になっている
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ファイルサイズがなぜか大きすぎて、いくつか肝心な写真がアップできず、残念ですがワープしました
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林立の中に引き込まれる
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ようやっと展望場所にたどり着いた
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大鳥居をアップでつかむ
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なかなかに絶景なり
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祓殿王子跡まで到着した
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旅の汚れを祓い清めるための潔斎をして、本宮の神前へ参拝する覚悟を新たにする所
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桜咲く。以下、熊野本宮大社のホームページご由緒を参照して記載します。
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天火明命は、熊野の地を治めた熊野国造家の祖神。天火明命の息子である高倉下は神武東征に際し、熊野で神武天皇に天剣「布都御魂」 を献じて迎えた。
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時を併せて高御産巣日神は天より八咫烏を遣わし、神武天皇を大和の橿原まで導いた。
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崇神天皇の御代、大斎原の櫟の巨木に、三体の月が降臨した。天火明命の孫、熊野連は、これを不思議に思い「天高くにあるはずの月が、どうしてこのような低いところに降りてこられたのですか」と尋ねた。
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すると真ん中にある月が「我は證誠大権現(家都美御子大神=素戔嗚尊)であり、両側の月は両所権現(熊野夫須美大神・速玉之男大神)である。社殿を創って齋き祀れ」とお答えになった。
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この神勅により、熊野本宮大社の社殿が大斎原に創建。
なお、神門内のお写真は参拝記念の目的のみ許されており、ブログ等での発信は慎みます。よって以下、別のお写真で、コメントのみ続けます。 -
明治二十二年の大水害により中・下社が倒壊、現在地に上四杜のみお祀りした。他八社は石祠として旧社地大斎原(おおゆのはら)にお祀されている。
写真は古道歩き始め -
熊野本宮大社は古代より熊野巫大神の鎮座されるお宮で、「熊野坐神社」と号した。平安朝以後は仏化により「熊野権現」と称し、神々に仏名を配した。
写真は古道の橋 -
主祭神は、熊野三山の他二社とは異なる家都美御子大神で、昔は熊野坐大神「熊野にいらっしゃる神」と呼ばれた。第三殿 証誠殿:家都御子大神(阿弥陀如来)
写真は境内の木々 -
第二殿 中御前:速玉之男神(薬師如来)=伊弉諾
写真は八咫ポスト -
第一殿 西御前:熊野牟須美大神、事解之男神(千手観音)=伊弉冉
写真は正門のおことば -
第四殿 若 宮:天照大神(十一面観音)
写真は参道の階段 -
満山社 結ひの神(八百萬の神)
写真は世界遺産のモニュメント -
本宮大社は上・中・下社の三社から成るため、熊野三所権現と呼ばれた。
写真はお手水 -
また、十二殿に御祭神が鎮座ますことから、熊野十二社権現とも仰がれた。
階段を下ります -
こうして、熊野本宮大社の鳥居にもどってきました
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ありがとうございました
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ここから大斎原へむかいます
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巨大な鳥居があらわれます。桜との対比で、その壮大さが推し量れます
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旧社地大斎原、左側に中四社下四社を、右側に境内摂末社の御神霊をお祀り
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ゆっくりと世界遺産を歩む
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中四社(第五殿~第八殿)は、
天忍穂耳尊:瓊瓊杵尊の父
瓊瓊杵尊:神武天皇の曾祖父
彦火火出見尊:火折尊、火遠理命、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の子
鸕鶿草葺不合尊:神武天皇の父 -
下四社(第九殿~第十二殿)
軻遇突智(かぐつち):火産霊もしくは火神
埴山比売命(はにやまひめのかみ):土の神
弥都波能売神(みづはのめのかみ):農耕にまつわる神
稚産霊神(わくむすひのかみ):伊邪那岐命の子、和久産巣日神 -
石祠の写真掲載は遠慮しました。心を込めて参拝させていただきました。
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伊邪那美命の荒御魂がお祀りされている産田社をお詣りし、川岸の駐車場に戻りましす。朝8時前に白浜を出て、本宮前で9時台のバスに10分乗り、2時間半ほど古道を歩き、参拝して13時ころになりました。
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熊野川ほとりの道の駅で休憩、きつねうどんいただき、南高梅を買う
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九里峡は川の古道、しばし走ると、新宮へ
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街中から左に曲がり、熊野速玉大社へ、駐車場が大変混んでいました
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熊野の神々は、神代の頃、まず初めに神倉山のゴトビキ岩に降臨され、その後、景行天皇五十八年、現在の速玉大社地に真新しい宮を造営してお遷りになり、「新宮」と号した
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はじめに熊野速玉大神(主祭神)と熊野夫須美大神にお詣りしました。
拝殿では神事をされておられるようでした。 -
家津美御子大神、国常立尊をお祀り
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高倉下命、神武天皇に霊剣布都御魂をもたらした別名天香山命(饒速日の子)
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平安時代初期には現在のように十二の神殿が完成。
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四柱の神々にお詣りいたします
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公式サイトの境内図を見ると、奥には上三殿と八社殿がおられます
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奥御前三神殿を隙間から参拝。天之御中主神がお祀りされているという説がありますが。
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これだけの神様がおられるとは
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新宮神社です
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なお、拝殿の奥には速玉宮、結宮があります
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御神木「梛」。樹齢千年のナギの大樹は熊野権現の象徴として信奉篤く、古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとされた
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熊野比丘尼が全国を巡り熊野信仰を説いて歩いたという『熊野観心十界曼荼羅』
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神宝館の前にて
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手力男神社と八咫烏神社をお詣りし、小さな橋を渡れば、境内の外に出る。
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速玉大社を出て右方向、しばし静かな住宅地を歩くと、細い路地が山際に導く。渡御前社が、静かにお迎えくださる。
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「千穂ヶ峰」山麓の東裾に鎮座、神武東征時の頓宮跡として伝わり、ゴトビキ岩登頂の拠点となった頓宮がこちらであるらしい。速玉大社末社だげ、明治4年に一旦合祀されたが昭和に再建されたとある。桜と石積が美しかった。
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いよいよ神倉神社に近づく
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末社の猿田彦神社の右手に小さな滝がある。神聖な雰囲気が漂う。
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左手に自然石の段と鳥居。ご祭神は高倉下命と天照大神とある。
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日本書紀には、神武天皇が神倉に登拝されたことが記されている
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イチオシ
高さ大きさが不均一な石積み、見た感じ以上に、一歩の道筋や動きが試される。きつい、人生のようだ。
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神倉山に初め社殿はなく、自然を畏怖し崇める自然信仰の中心であった。ここから弥生時代中期の銅鐸の破片も発見されているという。
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天ノ磐盾という峻崖の上、五百数十段の仰ぎ見るような自然石段を登りつめた所に、御神体のゴトビキ岩がある。
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正面に岩座と社殿、その右側にも大きな岩山や岸壁がいくつも連なっており、しめ縄が張られ、信仰の場、磐座であることが示唆される。
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結界が張られたような縄が見えるだろうか?ズームして、お詣りする。
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新宮と太平洋が一望できるところに出た
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逆を振り返ると、このようなご神体がそびえる
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イチオシ
とにかく厳かな崇高さというか、圧倒される。
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石段を上がり、間近で、お詣りさせていただきました。
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ふと左を見渡せば、、さらに遠くが一望できました。
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下り、かなりきつかった、、、
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今日のお宿に入りました。お部屋から、湾が見渡せます。
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館内から外へ出て、湾の左手に、露天があります
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お風呂を出て、部屋に戻る途中、お宿を映します。
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食事は畳大広間にテープルがずらーっと教室みたい。お客はここで順番に、って感じ。でも独りは気楽で早々テキパキいただいて、お魚が見える内風呂に入ったりして、泉質も気分も良好。9時早寝し明日に備えます。
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那智の滝方面に上る。朝はやく、道は順調で、早々に青岸渡寺の駐車場に入ります。ただ、オリエンテーションがつかめません、、。出たところでとりあえず一枚
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谷に桜が咲いています。日曜なのに、まだ人もまばらです。
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左に3重の塔が見えます。その奥が那智の滝です。
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本来はこちらの参道と階段を上がってくるのですね。
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自然信仰を原点に神道へと展開した熊野信仰は、六世紀仏教伝来以降、早くから神仏習合が進み、「熊野権現信仰」が全国に広まった。
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「権現」とは、神が権り(仮り)に姿を仏に変え、衆生を救うために現れるという意味で、過去・現在・未来を救済する霊場を意味する
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酒樽がたくさんあります
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神日本磐余彦命の一行は、丹敷浦(那智の浜)に上陸したという。
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一行が光り輝く山を見つけ、目指し進んで行ったところ、那智御瀧を探りあてられ、その御瀧を大己貴神が現れたる御神体としてお祀りしたという。
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その後、熊野の神々が光ヶ峯に降臨され、御瀧本にお祀りした
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仁徳天皇5年に山の中腹へ改めて社殿を設け、熊野の神々・御瀧の神様をお遷し申し上げたのが熊野那智大社の始まりという
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御神事をされていました
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八咫烏の咫(あた)は寸や尺といった長さを表す単位、八百万が「たくさん」を意味するのと同様、八咫は「大きい」を意味。
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礼殿左手の御縣彦社(みあがたひこしゃ)にてお祀りされる
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正面五殿には各一柱、左の一殿を八社殿と称し八柱の神々をお祀り。正面右から四殿目が主祭熊野夫須美大神。
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右から第一殿 瀧宮 (大己貴神)、第二殿 証誠殿 (家都御子大神)、第三殿 中御前 (御子速玉大神)、第四殿 西御前 (熊野夫須美大神)、第五殿 若宮 (天照大神)、第六殿 八社殿 (天神地祗)、とのこと。ご本殿には、入れませんでした。
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護摩木を焚いて、祈願させていただいたのです
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樟霊社(しょうれいしゃ)は樹齢850年と推定され樹高は27メートル幹回り約8.5メートルある御神木、幹が空洞化している
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中をくぐることでお詣りできるようだが、私は外で参拝
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生命の木よ
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お隣の青岸渡寺、多くの人々の思いが積み重なったような独特の雰囲気があります
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きれいな、清浄水
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駐車場に戻る途中、小高いところに、大黒天
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衆生の想いが、風にたなびく
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もう一度道を少し下り、滝付近のお土産屋さんの駐車場に再度入る。
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全山に48瀧の瀧があるとされ、その中でもとりわけ落差が大きいものが那智御瀧。一の瀧とも称し、高さ133m、銚子口の幅13m、瀧壺の深さは10m、落下する水量は毎秒1トン程とも!
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御瀧そのものをこの地に大己貴神が現れた御神体としてお祀りする飛瀧神社、直接、那智御瀧を拝礼する
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滝までの歩みも、趣がある
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しっかりと根を生やすことの大切さ
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那智の大滝、日本の三名瀑のひとつ
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触れるとご利益があるそうな
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神武天皇は、この大滝を、大穴牟遅神(大国主命)のご神体と仰がれた。後に飛瀧権現と称し、今日では飛瀧(ひろう)神社、「お瀧」とよばれる。
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確かに、神々しい
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宇多上皇をはじめとして、百以上の御幸があり、花山法皇の千日山籠り、役行者の滝業など、修験場の道場となった。
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縄が張られている向こう側を拝む
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さて、那智勝浦に戻り、補陀洛山寺で神仏習合の名残を感じよう。
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那智山青岸渡寺別院である補陀洛山寺。仁徳天皇の世にインドから熊野の海岸に漂着した裸形上人によって開山されたと伝わる古刹。
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平安から江戸時代にかけて、観音浄土である補陀洛山に向かうため、浜の宮(那智の浜)から小舟で海の向こうへ旅立った。
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『熊野年代記』によると、19人の僧が補陀洛山に往生しようと渡海を試みたと記録されており、これを「補陀洛渡海」と言う。
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隣には熊野三所大神社(くまのさんしょおおみわやしろ)
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浜の宮王子(かつて目の前が那智の浜)、「渚の宮」ともよばれる。
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熊野三山に詣でる巡礼者は、ここで潮垢離をし、身を清めてから那智山へ向かったという。
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夫須美大神・家津美御子大神・速玉大神の三神を主祭神
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大きな楠がある
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こちらにも、神武天皇頓休跡がある
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境内には振分石と呼ばれる石柱が残されている。地域で身近に大切にされている様子が感じらるお宮であった。
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しばし車を走らせ、道の駅で小休止しました
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橋杭岩という名勝地です
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年度末の日曜で、気候もよく、大変にぎわっています
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南紀白浜空港に12時過ぎ、無事にレンタカーも返却、こじんまりとしたお土産屋さんと食堂で過ごし、13時半ころの便で帰路につきました。
旅行時期からしばらくたっていますが、写真とともに振り返ると、あたらめて清らかな気持ちになります。
日本の各地では、神話や歴史とともに、すばらしい自然、信仰、生活が紡ぎ続けられているのだと感じました。
次の旅は、いつ、どこに?
ではまたお逢いしましょう
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