2025/02/24 - 2025/02/24
21位(同エリア1649件中)
Siniさん
この旅行記スケジュールを元に
ランチの後は、秦始皇帝陵遺址公園へ。非常に広大な公園で、ここに秦始皇帝陵があります。
入り口から大きな公園内を車で引っ張る電動トレインで。始皇帝陵は単なる山。30年前に行った友人たちの話と変わらない。
面白かったのは鴻門宴遺跡。この漢詩を高校の教科書で習ったという女子大生。その時の先生の解説がとても生き生きしていて忘れられないと。それを聞いてから興味を持って見学できました。
華清池は3000年前から湧き出ている温泉地。歴代の皇帝の離宮があったところで、今は玄宗皇帝と楊貴妃を中心とした観光地。
写真は始皇帝陵遺址公園の出口付近。世界遺産始皇帝陵の石碑。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
-
北方の郷土料理ランチの後、「秦始皇兵馬俑博物館」から1.5kほど離れた秦始皇帝陵のある、「秦始皇帝陵遺址公園」へ。
皇帝に即位した始皇帝はすぐに陵墓の建設にかかったらしい。場所は秦嶺山脈の三大峰のひとつ、「驪山」(りざん)。西安の東約25kにある「驪山」の北麓に穴を掘り始めたと。 -
ここで昨日の函谷関と同じような車が引く電動トレインで公園を移動。あまりに広大で流石に歩いている人は函谷関に比べて少数でした。
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到着してもなんだかなぁ、人が多いなぁ、と言ったところです。
観光客は通常より非常に少ないようですが、半数以上が中国人と見受けられました。兵馬俑坑博物館とここは対で訪問する人が多いでしょうね。 -
イチオシ
以前は兵馬俑坑博物館にあった皇帝が乗った馬車が半地下に作られた青銅馬車博物館に展示されていました。発掘現場に近い所へ移されたようです。
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四頭の馬に引かれた馬車は青銅製で、実物の1/2のサイズということです。
この馬車の主、始皇帝の遺体はまだ発見されていません。この広い公園のどこかに地下宮殿と始皇帝の遺体が眠っているのでしょうか。 -
イチオシ
司馬遷の「史記」によると、陵墓の中には地下宮殿があり、銅を敷き詰めた上に財宝が積まれ、水銀の川が流れていたそうです。
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ここは非常に混雑していたため、馬車に関する展示が主で他はあまり見ることはなく出てきました。
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おそらくは発掘したけれど思ったほどの成果物がすぐには出土しなかったか、あるいは人手不足で発掘に手が届いていないか、、、、そのために大きな公園にして保存しておいて今後発掘しようという事らしいです。
これまでは始皇帝陵だけだったのに、このように青銅馬車博物館が出来たのは、これから本格的に発掘しようとしているからかもしれませんね。 -
四頭立ての馬車以外に小さな展示室があったのだけれど、そこはガイドHさんスルー。よってあまり見るものはなく、地上へ登ってくるとただの公園。
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で、秦始皇帝陵はどこ?と言えば、どうやらあの少しこんもりしたところらしいです。近くへ行ってもただのこんもり。わー、残念!
青銅馬車博物館から道路を挟んで見えます。
墳丘は76m。登れないので周囲を回るだけらしいですが、それもなく、ここからは電動トレインで出口へ。 -
さて、出口へ戻ってきました。観光バスが待っていてくれるので毎回入口と出口は違うところへ出てきます。
兵馬俑とここ、年間の見物客は延べ900万人!1日平均入場者数は3.5万人です。今日は多分1万人以下と思います。始皇帝陵とその近くから発掘された青銅馬車博物館だけでしたので局部的に混雑してましたが、この広い公園のどこかに地下宮殿が眠っているかもしれないと思うとまだまだ楽しみですね。 -
ぼーっとバスに乗っていて着いたのはこちら。
郊外の田舎な感じ。周りに普通の民家のある細い道から少し登ったところです。西安の郊外。住所は始皇帝陵のあるところと同じ。かつては咸陽の郊外で鴻門村。鴻門宴遺跡 史跡・遺跡
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鴻門宴遺跡入り口。
鴻門宴。はぁ?なんでしょ?となっていたところ、女子大生が、高校の古典Bで習ったところでここへ来たかった!と。
以下は入ってすぐの石碑に刻まれていた一部。
沛公(はいこう)、旦日(たんじつ)百余騎(ひゃくよき)を従へ(したがえ)、来たり(きたり)て項王(こうおう)に見えん(まみえん)とし、鴻門(こうもん)に至り(いたり)、 謝(しゃ)して曰はく(いわく)「臣(しん)将軍(しょうぐん)と力(ちから)を戮せて(あわせて)秦(しん)を攻む(せむ)。(wiki より) -
紀元前206年、項羽と劉邦が咸陽郊外で会見した際、項羽が劉邦を暗殺しようとした宴。
そこから「鴻門宴」(鴻門の会)とは客を招待して計略を巡らせ政治的取り引きを図る招宴、という故事になったようです。
別の解説では、
鴻門之会:
項羽が劉邦を討伐するため、鴻門で宴会を開くが、劉邦を殺害する計画が実行されず、項羽が劉邦を逃がしてしまったという話です。この話は、一度は敵対関係にあった人物同士が、状況によって協力関係を築くことの難しさを物語っています。 -
イチオシ
項王の部下である范増(はん ぞう)は、今、この機会に沛公を殺すように項王に目配せをするが、項王は応じなかった。 そこで、范増は項荘(こうそう)を呼び、剣の舞にかこつけて沛公を殺すように命じ、項荘は剣舞を実行する(wikiより)
ちょうどその剣の舞の場面が再現されていました。 -
他にも出土品らしきものが展示されていました。
結果は、項羽の側の裏切りで事前に知らされていた劉邦は途中トイレへ立ち、そこから逃走し、項羽は劉邦を逃してしまいます。
そのトイレの跡もありましたが、今はただの草原にトタンのようなものが被せてありました。本当に遺構があるか怪しかったです。 -
鴻門宴遺跡はあまり人気とは思えない観光地のようですが(駐車場は狭く、そこへ至る道も細い)女子大生の言葉のお陰でとても興味深く見物することができました。(途中で聞いたので写真少なめ)
新しい石壁や建物、見晴らしの良い所に四阿などをすぐ隣に作ったりしていて、時代が混在してしまっているのは少し残念でした。 -
幹線道路の車窓からはなんということのない景色。
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車窓から。
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到着したのは華清池です。
始皇帝陵のある「驪山」からほど遠くないこのあたり、風光明媚で気候が良いとのこと。
更に3000年前に「驪山」が爆発して温泉が湧き出ていたので、歴代の皇帝も行楽の地としていたと。華清池(驪山温泉) 温泉
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道の両脇にはこんなお店が。2月末なのに果物が豊富です!しかも見たことない果物がある。
そういえば楊貴妃(719~756年)は果物が好物で特にライチが好みだったとか。 -
華清池の入り口。
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その入り口の反対側に写真スポット。
ここは唐の第6代皇帝、玄宗(李隆基、685~762年)と楊貴妃の逸話のあるところ。 -
入ってすぐにある池が華清池ですね。
夜にはライトアップされてショーが行われるそうですが、非常に人気がありチケットは入手困難だそうです。最前席のシートは非常に高額だそうです。なんのショーかって?それはもちろん楊貴妃と玄宗皇帝の悲恋物語でしょうか。悲恋物語と言うのはどうかと思いますが。 -
その池後方にはロープウェイが見えます。
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「驪山」の標高は1302m。
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楊貴妃の像。
ガイドHさん曰く、楊貴妃は身長160cm、69kgとふくよかだったそうです。 -
温泉がハスの花の型から出ていました。
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こちらは料理人達のお風呂。
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ここはもう少し高貴な方たちのお風呂。
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うーん、うまく想像できないですが、お風呂はそれぞれ独立していて、当然ながら高貴な方が入るお風呂と料理人他が入る風呂は別々で、上から湯を流すと言うようなことはなく、独立していたそうです。
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皇帝のお風呂だったかな。
玄宗(56歳)がその王子の妃、楊玉環(22歳)の美しさに魅せられ、息子と別れさせて貴妃としたのは740年のこと。以後玄宗が楊貴妃に溺れ政治をないがしろにし、756年安史の乱の最中に玄宗と楊貴妃は四川省へ亡命しようとします。その途中、追従の兵士たちの要求を拒めず玄宗の命によって楊貴妃は絞殺されます。 -
温泉水分析表。
ガイドHさんが「中国4大美人」のことを数回言うので気になりましたが、楊貴妃以外は知らなかったです。
○西施(せいし)春秋時代の越王にいたという美人。
○王昭君(おうしょうくん)後漢時代、匈奴との婚姻関係を結ぶために都に送られた美人。
○貂蝉(ちょうせん)後漢時代、董卓の妾。 -
こちらは湯が張ってありました。
玄宗は農民生活を安定させたので産業も発展し、長安は非常に繁栄しました。しかし晩年は楊貴妃の女色に溺れ政治を怠り、宮廷は乱れ、安史の乱の後、ついには衰退への道を辿る。 -
それにしてもここは中国人に人気の観光地のようでたくさん見物客がいました。
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かつて楊貴妃の使ったお風呂がこちららしいです。
一説によると楊貴妃は汗かきでワキガだったので温泉を好んだとか。 -
夕食会場へ到着。今夜は秦の宮廷料理。非常に大きな建物の立派なレストラン。
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ウェルカムしてくれた若い女性。
ここには秦時代の服があり、料理の待ち時間にそれを着て食事をしたり、写真撮影でき、特に女性客に人気でした。 -
秦時代の料理の鍋を模しているのか?
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女将登場!
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歓迎のご挨拶をしてくれました。
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ここではメニューがあり、順番に料理が運ばれてきました。
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秦の宮廷料理はほとんどが飾り付けが凝っていたり、
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見た目と素材が違ったりしますが、
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あまり熱々な感じがないです。
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このチキンの唐揚げ見たいのが1番美味しかったかも。
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あとは私にはイマイチでした。
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豆のスープ。
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なんと言うことはないパサパサのデザート。
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お茶など販売しているようでした。
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最後に大唐不夜城へ。大雁塔近くの通りがホコテンになり、とにかく人が多いです。ここは自由行動で1時間くらい。
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歩き始めは何があるのかと周りをキョロキョロ。
北京の王府井(ワンフーチン)やモスクワのアルバート通りをLEDで盛大に飾り立てている感じです。 -
大きな建物のどこもかしこもが明るい。
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大きな通りの真ん中にドーンと彫像や、
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色によって異なる音が出るメロディボードなど大人も子供も遊ぶコーナー等々あります。
ちょっと遊んでみると面白いけれど飽きます。 -
さらに奥へ行くと若者が多い。
10代くらいに見える子たちも大勢いたので後でガイドHさんに夜遅くまで遊んでいるのね、と聞いてみると、受験勉強を頑張りやっと大学に受かると、大学では勉強せずにデートと遊びに専念するのだそうです。あら、どこかの国の若者と同じ。 -
噴水ショーへ行く着くかなり手前で戻ってきました。大雁塔広場にはアジア最大規模の噴水ショーがあったようなのですが、遠すぎて疲れてしまって。
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ギラギラのイルミネーションばかりですが、西安の不夜城は中国では人気No. 1らしいです。
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さてバスへ戻ります。
同じ建物の食べ物屋さんが通りの両端に並んでいます。販売しているモノは異なっても同じ建屋ばかりなので、風情がないですね。 -
唐風のレンタル服を着て歩いている若いカップルが多かったです。
女の子のグループだとメイクもバッチリしていたりします。みんなひと時、楊貴妃になったつもりかな。私たちにも(女性3人で歩いてました)客引きの女性が頻繁に声をかけてきますが、外国人と知ってか、すぐに離れていきます。 -
大雁塔のある大慈恩寺から南に下る大通りを挟んで造られた巨大な商業エリア。バスの運転手さん、不夜城がよく見える通りを行ってくれました。
なんとなくこの眩い通りは、西安の人にとっては誇りなんだなぁ、という感じがしました。 -
暗闇にイルミネーションで輝くまさしく不夜城。建物が大きくて、それが電飾で飾られている、、、うーん、お腹は満たされて、お土産屋さんが並んでいるわけでもなく、ただ歩いていても長い通りなので疲れて。大きければ良いと言うモノではないような気がしました。レンタル衣装で楊貴妃になったつもりで歩けばまた違ったのかもしれませんね。
つづく
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