1977/12/16 - 1977/12/28
2位(同エリア83件中)
ほいみさん
1977年12月16日 パキスタンのラホールからインドとの国境のワガに向かった。
さぁ、今日からインドだぞ~・・・パキスタンが意外な居心地の良さだったので、ここはビシッと気を引き締めて「インドは軽くかわして行こう!」 って、当時の日記に書いてあった。正月は日本だぜ!
私の旅行記別アクセス数では何時も上位にある、これの続きです。
https://4travel.jp/travelogue/11709234
- 旅行の満足度
- 5.0
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アムリサトルのゴールデンテンプル
この辺りは前回の旅日記と多少ダブるけど、インド旅の始まりということで、よろしく。
国境自体はなんの問題も無く2時間ほどで通過、列車はアムリサトルに着いた。当時のガイドブックは「ロンリープラネット」があったらしいが、私は英語が読めなかったので持ってない。バルソロミューの西アジアの地図と、トーマスクックの時刻表の切り抜き(アジアだけだと20ページも無かった)が頼り。
後は旅の途中で仕入れたクチコミ!
そのクチコミによると、アムリサトルではゴールデンテンプルが有名とのこと。
当たり前だが、当時は現地に着いてみなければ何も分からない。
アムリサトルには夜着いたので、駅前の適当なホテルに泊まったように思う。駅前のレストランは、現地人メニューと外国人メニューが分かれていて、同じものが2倍くらいで提供されていた。危うくひっ掛かりそうになったが一緒に居たフランス人(だったかな?)が騒いだので、私も気が付いた。
そしたら現地人メニューを持って来た・・・ってところで「油断ならぬインド」を感じた。我々を騙そうとしたことを恥ずかしいと思ってないことに驚いた。 -
当時のクチコミっていうのは、バックパッカーが溜まる安レストランや安ホテルで自然に収集することになる。面白いのが当時のヨーロッパ→カルカッタ間の陸路はある程度限定されていたので、ヨーロッパに向かうヤツと、私の様にヨーロッパからインドに向かうヤツの体験談や情報が、上手い具合に交換されるんだよね。代表的なポイントが、アテネ・イスタンブール・テヘラン・カブール・ペシャワール・ニューデリー辺りだった。
ただね~・・・当時のバックパッカー同士の話って大げさで、3倍以上盛ってあるから真には受けない方が良かったけど、駅前安ホテル情報なんかは有難かったね。ビザや闇両替の情報も。 -
当時の日記帳、こんなのが貴重な情報だった。
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日本を出て半年以上が経っていて、いいヤツと悪いヤツの区別が何となくつく様になっていた。
良さそうなリキシャマン(リキシャワラー)
翌日の午後は19時のデリー行に乗るために、ヤツにいろいろ案内して貰いながら駅に向かった。インド初の鉄道になったそのデリー往きは夜行で、シートは木製でクッションは無い。私が寝袋を広げて隣のあんちゃんにも座らせてやると、何やら凄く感謝されちゃって、お茶やらお菓子を奢ってくれた。
汚れた手を私の寝袋で拭くのが気になったが・・・これがインドなんだろうなぁ、と自然に受け入れた。 -
デリーには3泊して、それなりに観光もした。
もちろんバンコックは重要な拠点だったが、陸路旅を気取ると基本的にはインドからも日本からも陸路ではバンコックには行けなかったので、当時は「日本からだとカルカッタ発 アテネ」、「ヨーロッパからだとカルカッタ」がゴールという感覚だった。
だから私も12月にインドに入国したら、そのまま北インドをカルカッタまで移動して航空券を購入、バンコック経由で帰国すれば「正月は日本だ~・・!」って思ってたわけ。
現実はそう上手くは行かない、どこに落とし穴があるか分かんないぜ~ -
ホワイトタイガー…普通のトラの方がカッコいい!
ところで、この時に使っていたのは安いコンパクトカメラだったんだけど、途中で激しくぶつけてしまいレンズがグラグラ、ファインダーも良く見えないという悲惨な状況。狙ったところと違うところが写ってしまうので、こんな写真ばかり。
4トラにアップするに当たって、スキャンした後トリミングしてますが、どうにもならないモノもありました。 -
何処?
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レッドフォートだっけ?
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何処だ?
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食事は毎回こんなところだが、インドカレーにはいきなり馴染んでしまった。
日本と比べればタダみたいな値段だったが、バックパッカーの情けなさで「安い物食べなきゃいかん」みたいな強迫観念があった。 -
路上の魚屋…って日本人の感覚だと「お前は既に腐ってる」・・・炎天下で氷も無いからね。
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これって何処?
散らかった当時のプリントをスキャンしてるので、いろいろ間違いがあります。 -
いきなりインド青年に「うちに来ないか?」と誘われる。
誘われて断ったことはない。 -
お前、顔に悪いヤツってかいてあるじゃん。
ところが大して悪いヤツじゃなくって、
「俺がさぁ、畑耕してたらこんなものが出て来た」
と仏像を見せてくれた。 -
これ何やってるかと思うと、飴を作ってるんだよね~
道端で延ばして畳んで、延ばして畳んで、インドの味が浸み込みそう! -
タージマハルとジャイプールへ行った
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実はこの旅に出るまで、っていうかロンドンを出発してカブールで情報を仕入れるまで、タージマハルって知らなかった。
私の「タージマハル愛」
https://4travel.jp/travelogue/11624853 -
タージマハルに旅行に来ていたインド青年たちと、レストランで盛り上がった。
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そろそろ長かった旅も終盤になった。
何か記念に一生残るものをと思い・・・ -
螺鈿細工が美しい白大理石の皿を買った。
当時200円の宿に泊まって、3食200円以下で過ごしていたのに、2万円近い大金を投じた。 -
ここ何処だ?
今でも同じだと思うが、インドを旅すると最初の内は、騙されボラレれ、本当に人間不信になる。私も同じだった。
この頃にはすっかり人間不信(インド人不信)になってしまっていた。
時々送る両親への絵葉書に「こんな国は一度絶滅させてから、新たに普通の国を建国させたらどうか」などと書いた覚えがあるくらい、イライラが募っていた。ただ不思議だったのは、インドに入って細かくは騙されたものの、何かを盗まれたり、詐欺にはあっていなかった。 -
ここ何処だ?
それよりも何に刺されるのか、毎日体中が痒い。特に膝から下は赤い点々がたくさん出来て、血が滲む。これがインド名物、南京虫の襲来か? Bedbugって言うくらいで寝具に住み着いてるらしい。
南京虫に関しては「インド名物」だったので噂を聞いてたし、信頼性のない対処法も知っていたが、それはとにかく寝袋にクルマって寝る。その寝袋は時々炎天下で干し、バタバタ叩く…という日本人が得意なヤツだ。幸い涼しい時期だったので寝袋にくるまることが可能だったが、それでも毎日被害にあっていた。1度刺されると1週間は痒いので、常に何か所は痒いことになる。
あれはノミだ! って力説するバックパッカーもいた。 -
1977年12月27日 カジュラホに着いた。
タージマハルの後に、なぜ南下したのかは覚えてないが、後で思い返せばこれが人生の分かれ道だった。 -
観光ゾウじゃないよね?
で、インド不信最高潮で滞在したカジュラホ、全然意識はしてなかったがクリスマスイブだったらしい。安食堂で何時もの様にカレーを食べてたら、そこのオヤジが「今晩、教会でクリスマスを祝うから来ないか?」と誘ってきた。「ば~か、そんなのに騙されるかよ」そもそも、こんなヒンドゥーのお寺で出来た様な村に教会があるのか? と思ったら、レストランの数軒隣の民家の屋根に十字架が。 -
日本語ではしばしば”男女混合像”と表現され、性行為を表す像がいくつもいくつも掘られている…という説明が一般的な、カジュラホ寺院群。
そんなもの見学しながら
夜になってホテルで考えた、退屈だからその教会とやらに行ってみるか。白人で一杯だったらヤダな・・・教会での過ごし方なんて知らないし。そもそも何かの詐欺の可能性は高い。 -
10畳くらいの狭い部屋に、痩せたインド人がぎっしりいて、祭司の?の話を聞いている。と、さっきの食堂のオヤジが私に手招きするので「もう逃げられない」
30分くらいいろいろ儀式?があって、その間も私は疑心悪鬼で落ち着かない。最後にチャイとビスケットが配られた。それを食べて解散。旅行者は私だけだった。 -
教会の外に出ると、みんな闇に消えて行く。この時代のインドの田舎町は、ところどころに裸電球が点いてるくらいで、真っ暗だった。食堂のオヤジがホテルまで送ってくれて、最後に「メリークリスマス」だって。なんで私だけが呼ばれたのか?
私はこの貴重なクリスマスイブを、教会の中で他人を疑いながら過ごしてしまった。 -
朝になってバスターミナルに行ったら、死んだ親犬を子犬が舐めていた。
子どもたちはそれをずっと見ていた。 -
バスの時間までその辺を散歩しながら、ちょっと南のサトナ行のバスを待った。
これ以上南下しちゃったら、年内に日本に帰れないぞ~
古い思い出故、間違いもあると思います。
帰国まで一気に書き上げたかったのですが、暫く楽していたのでここで力尽きました。また忘れた頃に最終回をアップします。
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この旅行記へのコメント (14)
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- ムロろ~んさん 2025/02/09 21:02:33
- まさに旅人!
- こんばんは、ムロろ~んです。
インドをあっちこっ旅された旅行記を拝見しました(^_-)-☆。
って、絶対ツアーだったら行かない所じゃん(◎_◎;)(笑)。
J●Bとか日●旅行とかいったツアーを組んでご一行の旅なんてはてはてご縁ないとか(´艸`*)。
今年は自分の人生でちょっと安定してきている状況なので、そろそろ本格的な「旅」を再始動しようかと思ってます。
って、夏にヨーロッパ、ポーランドとオランダ。これは手配済です。
後は行くだけです♪
そして秋ごろに南アフリカへ行ければと計画中です。
って、インドもしかりだと思いますが、旅って色んな事が起こるよなぁって思います。
この旅でも色々と起こってるようで(◎_◎;)。
まさに旅人だなぁと。
そんなに嫌な思いをしても、どうしても旅を止められない!
その理由ってあるんでしょうね(´艸`*)?
そんな私もやっぱり旅は止められません。
でも、ほいみさんのような旅なんて…、スイマセン無理です(;´Д`)(笑)。
ムロろ~ん
- ほいみさん からの返信 2025/02/09 22:02:38
- RE: まさに旅人!
- 今晩は・・・コメントありがとうございます。
いやいや、今はグループツアーじゃないと家族が心配するので、一人旅はもう出来ないかも。当時は欧米や日本の若者が同じ様な旅をしてたので、今より楽だったかもしれません。
インドはこの後も何回かひとり旅をしましたが、インドの仕組みというか正確?を理解すれば、どこの国よりも快適かも。なぜって、インド人は旅行が好きだから、インド中何処へ行っても、駅前には安ホテルとレストランがあるし、田舎のインド人は「必要以上に」親切です。
他に趣味が無いのに自由時間が多い(リタイア10年)旅行ぐらいしかすることがないのが本音だったりして。なのに円安で参っちゃいます。今思うと、コロナ前の海外旅行は安かった! もっとしとけば良かった!!
ほいみ
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- くろねこだりゅんさん 2025/02/04 14:00:06
- 悪いところと良いところと…
- 混在しているから沼ってしまうのかもしれませんね
良いところだけだと不思議と記憶に残らないとシニアになった現在思うところ(笑)
乙女時代の私が過ごした会社もインドが流行中でした
香港から行く例のコースです
それも途中で音信不通になるのが「カッコイイ!」でしたけど
みんな日本に帰ってきてるから笑い話で済んでいたのですけどね
宿で200円→今では5000円位換算だとして50万円の白大理石のお皿
バックパッカーでその後亀のように背中にしょって帰られたのか気になりました
- ほいみさん からの返信 2025/02/04 14:48:22
- RE: 悪いところと良いところと…
- コメント、ありがとうございます。
私はせっかち?な性格なので、インドまでは1泊2日・2泊3日で忙しく旅をしてたのですが、ここらから足をとられる様になりました・・・恐るべし「インド沼」
そうなんですよね~・・・国際電話がとんでもない値段だったので、10日に1枚ハガキを出すのが生存報告。
50万円?の皿を買った数日後、こりゃそう簡単には日本に帰れない心情?になり船便で送りました。こういう時インドは便利で、郵便局の前には小包屋みたいなのがいて有料で丁寧に包装してくれました。もちろん私より先に日本に着いてました…その後もドラマチックなんですよ、皿!
ほいみ
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- gontaraさん 2025/02/03 18:57:05
- 旅メモ
- って、無くなっちゃったけど、ほいみさんは結構まめに記録しながら旅をなさってたんですね。
良い奴と悪いやつの区別がつくようになったって?これ大事ですね。
全て疑って旅してるとつまんないし、騙されるのも嫌だし。
インドの食堂は人を騙しても良心の呵責を感じない。
そうかも知れない。
まぁ、騙してると言う意識は無いんだろうけど。
この当時のインドは今より強烈だったんだろうな。
ほいみさんの旅遍歴、流石です。
gontara@スリナム
イミグレでパスポート取られちゃって、今から返してもらいに行ってきます。
- ほいみさん からの返信 2025/02/03 22:34:56
- RE: 旅メモ
- 今晩は・・・って、そちらは朝かな? ただで返してくれるといいですね。
今はSNSとかあるから、何となく記録が残っていくけど、当時は写真も高いから余り撮らないし、日記は貴重な財産?思い出?ですね。全然覚えてないことが書かれていて驚きます・・・あんな刺激的な毎日だったのに!
他の方のヨーロッパ日記なんかを読んでると、今やインドよりヨーロッパの方が旅人にとっては治安が悪いんじゃないのかなぁ? 私がヨーロッパでバックパッカーのマネごとしてた時は、公園とか駅前では野宿で来たし。ヒッチハイクなんて当たり前にしてたし。
悪いヤツの区別が何となく出来る?様になったのか、騙されても気が付かないのか? 余り人を疑うことがないので面白い体験が出来てるのかもしれません。そのうちに変なのに引っ掛かるかもしれないけど。
ほいみ
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- yamayuri2001さん 2025/02/03 10:16:50
- インド・・・
- ほいみさん、こんにちは。
爆笑しながら読んだ旅行記ですが、読み終わって、
ちょっと深い気持ちになりました。
人って何なんだろう?
そして、善人悪人の判断は、
国によって違うんじゃないかと思ったんです。
海外旅行の先々でインド人に会うことも多く、
私はインド人に対しては、不信感と懐疑的な見方でしかありませんけれど、
インドに行ってみると、
インド人特有の考え方が解るので、
なぜインド人がそういう行動をしているのか、
少し分かるのかもしれませんね。
クリスマスの教会での不思議な出来事。
それだけ、ほいみさんが魅力的な青年だったんじゃないですか?
大金を投じて買ったインドのお皿は、
その後どうなっているのかな?と、興味あります。
yamayuri2001
- ほいみさん からの返信 2025/02/03 13:45:59
- RE: インド・・・
- yamayuri2001様 コメントありがとうございます。
ほんと、インドって不思議な国です。そもそも広いですね~
北はラダックから南はケララまで、氷河からサンゴ礁まで取り揃えてます・・・みたいな。世界遺産も多いけど「なんで世界遺産じゃないの?」もたくさん。よく世界一の富豪も貧乏人もインドにいるとか言われてるし。
観光客は「悪いインド人」に遭遇する機会が多いですが、田舎になると「おせっかいなくらい親切なインド人」に助けられます。この旅行の後にも何回かインドには行きましたが、いろんな意味で何時も楽しかったです。他の国で「インド人みたいな」ヤツが多かったらイヤだけど、インドにインド人がいなかったら魅力半減かも。
それにしても、生まれ変わるなら「インドは絶対にやだな!」
あのお皿、実は・・・あ、次回に書こう!
ほいみ
- 唐辛子婆さん からの返信 2025/02/03 14:57:32
- Re: インド・・・
- ほいみさん、yamayuriさん
乱入おゆるしをば。
で、そのお皿はどうなったんでせう?
それから「ボる人は悪い人」というとらえ方は定価で物が買える国で暮らしている人のとらえ方ではないかと思いますね。
定価で買える人は、喧嘩しなくても買えるのでエネルギーと時間が大幅に節約できる。そのかわり法外な低価格で買うということはできない。根切り交渉という戦争を仲買人に任せているからでせう?
インドとか定価の無い国では根切交渉が個人ベースなので、日々、物の相場を知り値切り倒すエネルギーと時間がある人が勝つ。金持ちやぼ~ッとしてる人からは沢山いただき、貧乏な人やしっかり者にはあまり吹っ掛けても無駄なのでふっかけない。
と書いたからと言って私がインドで暮らしたいか?旅行したいか?ときかれたら喜んで!とは言えませんね^^。もう交渉のエネルギーはとっくに失せているので。
インドもエジプトもトルコも訪れたいけど、市場にはガイド付きで行って眺めるだけにしたいです。
それにしても70年代の旅行記は味がありますね。
唐辛子婆
- ほいみさん からの返信 2025/02/03 17:09:36
- RE: Re: インド・・・
- 唐辛子婆さん、コメントありがとうございます。
お皿のその後なんですが、もったいなくて今は言えません。次回の「インド沼の続き」をお待ち下さい。
実際には定価があってない様な国がほとんどかな~…って感はあります。最近はインドやネパールでも正札?を貼ったお店も多いですが、かえって不思議な感じがしたりして。スーパーやコンビニも増えたので、そのうちに「普通?」になるかも。
昔はボラれると頭に来たんだけど、「まぁ、地元民と同じ値段で買えるわけないよね~」などと太っ腹になったり、最近は訪問国の物価高騰と円安のせいで、太っ腹というわけにも行きませんね…ダイエット?
インド沼から47-48年経つわけですが、もう誰かが連れて行ってくれないと出掛ける気にならない・・・というよりは、旅行計画書をちゃんと提出しないと予算が出ません。確かにね~・・・変な国で変なことになったら、家族も面倒臭いだろうし、ヤフーニュースに出ちゃうし。
ほいみ
-
- pedaruさん 2025/02/03 07:33:41
- インドと言う国
- ほいみさん おはようございます。
何度も笑わせていただきました。寝袋で手をふく青年、これも傑作です。
私の息子も一人でインドに行きました、昔のことですが。
未だにインド人の悪口を言っています。
事実は小説よりも奇なり、というのはインド旅を差しているようですね。
大変楽しい旅行記をありがとうございました。
pedaru
- ほいみさん からの返信 2025/02/03 08:29:31
- RE: インドと言う国
- >pedaruさん、お早うございます。
昔のインド日記を読んで頂きありがとうございます。この後スリランカとネパールを含めて旅が続きます。簡単にアップしちゃおうかと思ってましたが、写真をスキャンしたり、当時の日記を読んでいたら、大掃除と同じでなかなか作業が進まず、半端になっちゃいましたがとりあえず途中まででアップしました。
インドを旅すると、インドが好きになっちゃう方と拒絶しちゃう方と、極端に分かれちゃうみたいです。私はこの後、5-6回インドひとり旅をしたので、もしかしたら「インド大好き人間」になってしまったのかもしれません・・・自覚はありませんが。
インドも北、真ん中、南では全然違くって、濃いインドは真ん中です。2009年と2014年にインドでも、ず~っと北の方を旅しましたが、ほんと平和な日々でした。ああいう旅をまたしたいです。
ほいみ
-
- 熟年ドラゴンさん 2025/02/02 21:25:32
- さり気なく「北斗の拳」
- つい、「座布団一枚」とつぶやきました。
- ほいみさん からの返信 2025/02/02 21:38:08
- Re: さり気なく「北斗の拳」
- 前々回の、宇宙戦艦ヤマトも良かったでしょ!
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