1977/10/21 - 1977/10/28
1位(同エリア1件中)
ほいみさん
アルジェリア・チュニジア国境で8時間待ち。
前出の「秘境パックで行くアルジェリア」の最終回の地図に、大昔、北アフリカを旅した時の経路を記入した地図をアップした。その日記内に昔の旅の写真を挟もうかと思い、昔のフィルム写真を整理してたら、なかなか面白い旅をしてたことを思い出したので、どさくさ独立日記でアップしておこうと思いました。
こちらと一緒に読んで頂ければ分かり易いです。
https://4travel.jp/travelogue/11342176
私は23歳の時にヨーロッパを一通り旅して、モロッコに渡りました。話はそこから始まります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
-
青線が今回2008年の旅行。
赤線がこれからアップする1977年の「思い出旅」 -
1977年、ヨーロッパをざっと旅した後、スペインのアルジェシラスからモロッコへ渡った。
-
上の写真とで、どちらかがヨーロッパ側、どちらかがアフリカ側になるけど、プリントがごっちゃになってしまった分からない。そういうことがあるからデジカメは便利だね。
-
そんな大昔の日記を読むと、へ~・・こんな楽しい旅してたんだ・・と懐かしい。
その日記によれば、10月21日の11時15分、ついにアフリカの大地を踏んだつもりが、そこはコンクリートだったとあった・・・面白いじゃん。
列車を乗り継いで、フェズに着いたのは21時30分。駅前にユースホステルの案内看板があったから、そこに泊まった・・・とある。初めてのアフリカで夜の10時に宿を捜してるんだから、のんきなものだ。 -
当然アフリカは初めてだったが、スペインの隣なんだから、そんなに変わることもないんだろう・・・と思っていたら、びっくり。
あんな狭いジブラタル海峡を渡っただけで、なんだかタイムスリップした感があった。 -
当時はモロッコのガイドブックなんて持ってないから、とりあえずは迷路的バザール有名なフェズへ行ってみよう・・・って、マラケシのことは知らなかったという情報弱者。
スークの入り口。
日記によると、YHからここまで白バイに乗せてもらったとある・・・何やってたんだろ?? 思い出せない。
スークに入ったら、何やら凄まじい熱気で、写真なんて撮ったらトラブルになりそうな雰囲気・・・本当は全然そんなことなかった様だけど。 -
怖くてこんな写真しか撮れなかった。
この時はモロッコはあくまで通過点で、私はアルジェリアからチュニジアを通ってイタリアかギリシアに渡りたかったのだ。
で、アルジェリア国境に近いウジュダの町へ向かった。 -
ウジュダに昼過ぎに着いて散歩してたら、いきなり二人の怪しいヤローに拉致された。英語は通じないが、どうも付いて来いと「お願い」されてる様な気がした。
な~んと連れて行かれたのは道場! しかも何故か、泊まっていたホテルの地下だった…というモロッコマジック!
当時、日本人はみんな空手が出来て、しかもカンフー映画とごっちゃになっていた時代。そんな最強日本人と道場で手合わせしたとなれば、そりゃ素晴らしい宣伝効果だろう。 -
ところが私は高校の体育で2時間柔道を習ったことがあるだけ。
こんな写真を撮られて終了。
この後、二人にご飯をご馳走してもらったが、こんな写真を道場に貼られたかと思うと、恥ずかしくてモロッコには2度と行ってない。道場ならともかく、ホテルに貼られてたらどうすんだ?
ビビった顔がみっともないんで、消しときました。 -
こんな恥ずかしい町、どんどん出たいじゃんね。
で、アルジェリアの国境へ向かう方法をホテルのオヤジに聞いたら、「今はアルジェリアと仲が悪いんで国境行きのバスは走ってないよ」。マドリッドのアルジェリア大使館でビザを取ったのだが、その時何やらそんな噂も聞いたような気がした。
ここで世話好きなスイス人に会った。
「お前日本人でビザ持ってるだろ、全然問題ないよ。俺がいい奴、紹介してやる」 -
お~い、○○。
この日本人を国境まで乗せてやってくれ。
意外な展開で全ては解決。
このサハラ砂漠を横断をして喜望峰まで走るんだという、オランダ夫婦のランドローバーに国境まで乗せて貰うことになった。
奥様、凄い美人なんだよ。
これからサハラ横断に出掛けるっていうのにスカートだし。 -
名前、忘れちゃったな~。
そんなことで、あっさり国境通過・・・といっても国境では3時間以上待たされた。 -
あまり深くは考えてなかったのだが、アルジェリアに入って確かトレムセンという町だったと思うが、彼らはそこからサハラへ南下するので、私はその分岐点で降りた・・・っていうか下ろされた? 何にもない道路っ端だぜ!
運よく、直ぐにトラックに拾われた。
「どこまで行くんだ?」
「え~・・・と、鉄道駅」と答えるしかなかった。
トレムセンにも駅はあるが反対方向なので、もっと東のオランまで乗せてやるという有難いお言葉。オランは私が持っていた貧弱な地図にも載っている大きな町だ。今晩はそこで泊まろう。 -
で、暗くなってオランの駅で下ろしてもらった。時刻表を確認すると夜遅いアルジェ行きの列車がある様だ。待合室で考えていたら、ハドゥジという青年が声を掛けて来た。
「おいら、夜行でアルジェに帰る。お前もこの列車でアルジェに行くのか」
そう聞かれて、夜行アルジェ行き決定。待ち時間が長かったので、こんな写真も撮ってあったのは良い思い出。 -
こういう場合、たいてい「俺の家に来ないか」ってことになる。
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ハドゥジの家は旧市街の高台にあって、なかなか良い眺め。
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パン屋さんをやっている。
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近所を案内して貰った。
泊まっていくか? と聞かれて大いに嬉しかったが、あの時の私はどうかしていた。もしかしたら、ランドローバー夫婦のサハラの話を聞いて、サハラをひと目、見たかったこともあったのだが、ハドゥジに「サハラ砂漠を見られるところを教えてくれ」と頼んだ。
するとトゥグルト行のバスに乗って、更にエルエドという町に行くといいと言って、夕飯を自宅でご馳走してくれた後、私をバスターミナルまで送ってくれてた。 -
夜通し走ったバスは、明け方「トゥグルト」の町に着いた。直ぐに「エルエド」行のバスは見つかった。
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途中の車窓にはサハラ砂漠が広がり、感動した。
エルエドに着いたら、直ぐにチュニジア行のバスを確認、週3便しかなく、明後日のチケットを買っておいた。 -
エルエドの中心街。
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エルエドは中心街の100m四方に商店や銀行があって、その裏はこんな感じの砂漠の町。
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思っていたよりは大きな町だったが、町外れまで15分も歩くと、そこにはサハラ砂漠が広がっていた。
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おお~・・仕事してるラクダ!
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映画の看板。
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国境行のバスの都合で、エルエドには2泊することになった。
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翌日は1日ヒマだが、見るものは砂漠しかない。
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これがサハラか~・・・と無理やり感動する。
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観光地ということでもないらしく、ラクダに乗らないか?とかいう声も掛からない。
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旅の途中で日本人から頂いた、缶詰やみそ汁を食べてみる。ヨーロッパではキャンピングガスを持って旅してた。貧乏旅行だったので、スーパーで肉買って焼いて食べると安くて美味かった。
小さなフライパンは持っていたが、ヤカンはないのでアルミの水筒でお湯を沸かしていた。
ここにも肉屋はあったが、羊がそのまま吊るされていて、どうやって買えばいいのか分からなかった。 -
羊の肉と毛皮を一緒に売ってるのが合理的?
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一応記念写真・・・なんてったって「サハラ砂漠」だで~
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正直、砂ばかりの景色はつまらない・・・とこの時は思った。
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頑張って砂丘に登って町の様子を撮った。
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砂利道ならぬ砂道。
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チュニジア国境行のバス。
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国境までは割と近かった…2-3時間?忘れてしまった。
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ところが審査にやたら時間が掛かる。
日陰で待機。
このバス以外に公共交通機関がないので、全員の審査が済まないと先に進めない。 -
はるか向こうがチュニジア。
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な~んと待つこと8時間!
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も~・・みんなヤになっちゃうよね。
この二人は国境の職員・・・仕事やれ~! -
朝イチ、エルエドを出たのに、もう日が暮れる。
暗くなってから解放され手、チュニジア側の国境事務所まで歩いた。まぁその後もいろいろあったのだが、そんな旅日記も何時かどさくさでアップしたい。
やべ~・・話はどんどん遡ってしまう。
年寄りのしつこい昔話って言われない様に、ほどほどにしとこ。
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この旅行記へのコメント (12)
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- チーママ散歩さん 2021/11/29 07:49:05
- もっと演技してくださいよ~
- おはようございます。
流し撮りをしようと参考写真をもとめて立ち止まった旅行記がこちら。
もっと面白い写真を発見してツボにはまり一人大笑いしておりました。
なんでもっと演技力ないのかしら?(笑)
せっかく日本人と手合わせしたぜって写真を撮りたいのに。
黒帯までつけているんだから。
腕組みでもしていたら様になったのに。笑
撮るのは慣れているけれど、撮られるのはなれていない師匠。
顔は見えないけれどキョロキョロしていたのでしょうね。
エキストラのご褒美にお食事まで頂いたのにね。
その時の状況を想像するだけで面白い。
2時間の経験だけで道場破りに行った日本人青年。
この写真探しにサハラ砂漠へ行きたいと思うくらい♡
せっかくのあのサハラ砂漠。
砂紋が綺麗とか国境審査が大変だとか、流し撮りの写真を忘れて
私の笑のつぼがここにありました。
- ほいみさん からの返信 2021/11/30 09:10:19
- Re: もっと演技してくださいよ~
- 昨日は一日掛けて遊んでしました。
奴らのカメラで撮られたのは、無理やり3人で方組まされたりしたんだけど、なんとかこの場を乗り切らなくては~・・・でやっと解放されるかと思ったら、ご飯タイムだからね。
ウジュダは国境の街だから、アルジェリアに陸路で向かう意外には用がないので訪れる日本人は、まず居ないのが幸いです。砂漠は女性の方がハマるのは真実の様だから、むやみに近寄るのは危険です。
流し撮りの写真は、ラオス編・ビルマ編辺りに多いです。
ほいみ
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- くろねこだりゅんさん 2018/03/30 17:33:36
- すご~い!
- この頃ってとてもフィルム高くありませんでしたか?
海外では特に!(円安だったから?)
現像代もとてもかかって、シャッター押すのを考えて撮っていた時代だったかと…
あとで現像して写っていなかったりでガッカリも(笑)
今では簡単に撮影した写真を確認、撮り直しが出来る良い時代になりました。
その分、映した写真には思い入れが出来ますね~砂漠の風紋がとても綺麗です。
北アフリカの今の状況を考えると、とても良い時代に旅行されたと思います。
時間の流れが穏やか♪
カダフィ大佐の次男が何やら表舞台に出そうな~どうなるでしょうか(^_^.)
- ほいみさん からの返信 2018/03/30 20:25:14
- RE: すご?い!
- そうそう、36枚撮りフィルムが500円、現像と同時プリントが1200円くらいだったでしょうか。1日5枚以内が原則でした。だからでデジカメになって弾けちゃいました。小学生の頃、幾らでも撮れるカメラを発明したらノーベル賞とか言われたけど、誰かノーベル賞貰ったのかなぁ。
この時代、ラオスやカンボジアは秘境中の秘境。ウズベキスタンやトルクメニスタンなんて学術調査じゃなきゃいけない国でした。僅か40年ですけど旅行面からみても激動の20世紀末だったんですね。
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- 鯨の味噌汁さん 2018/03/28 03:57:08
- 髪型が昭和ですねー
- こんばんは。
深夜に読みふけってしまいました。
ワシも行きたかったなー、北アフリカ…もう80年代に入ってたけど、スペインから踏み出す勇気がなかったです。
あと、ユーレイルユースパスが使えるところを夜行で移動して宿泊費を浮かせてた気がします。
勇気を踏み出せば、こんな風景があったんですね。
あの頃の若者は、七三に分けて、なおかつ長め。みんな野口五郎、西城秀樹の髪型でしたよねぇ。
ドルはもう変動相場制でしたよね。
- ほいみさん からの返信 2018/03/28 09:01:52
- RE: 髪型が昭和ですねー
- 深夜というか、明け方のコメントありがとうございます。
この頃、ドルは305円だったかな・・・の固定相場で3000ドルまでしか両替出来ませんでした・・・ってそんなに金持ってませんでしたが。パスポート取るのに渡航に必要な費用を持っている証明が必要で、貯金通帳持って県庁に行きました。
私もユーレールパスを使っていたので、列普通の座席で車内3連泊とかしました。若いって凄いですよね。毎日ものすごく楽しかったです。あの感覚って、今になってどんなところを旅行したって得られないです。
ほんと、あの頃って世界中でウザったい髪形でした。っていうか今になって、あの頃の毛を欲しいぞ!
羨ましがらせるわけではないのですが、確かにジブラタルを超えると何もかもが、ダイナミックに変わりました。今思うと、金も十分にはなく、英語もダメ、ガイドブックもないのによく頑張ったと。寝袋とキャンピングガスがあれば、どこでも行けるって思ってましたからね。
なのに〜・・・最近はパックツアーの広告ばかり見てる!
-
- 猫大好きさん 2018/03/27 10:29:07
- 青年は荒野を目指した~
- カッコイイですね
ほいみさんは翼を持っていたんですね
自分の若い頃は、何していたのだろうか?と考えてしまいました
「深夜特急」等の本は読んでも
自分は行けない、よそ事だった。。。
今頃、旅に目覚めてしまっても
体力に制限があって情けなくて
でも、おばさん(まもなく おばぁ?)も頑張る!
出来うる限りの放浪します
明後日から安室ちゃんライブ(香港)行ってきます!!!
シフォンの調子は戻りましたか?
気になって~
- ほいみさん からの返信 2018/03/27 11:05:19
- RE: 青年は荒野を目指した?
- アムラー様
若い時は怖いもの無し…って本当だったみたいです。
24・25日は東京で、その頃知り合った旅仲間との飲み会がありました。そんな話もアップする予定です・・・面白いで〜。
私の時代は五木寛之の「青年は荒野を目指す」でした。私も主人公のまねをして、片道切符で横浜港から「バイカル号」で出発したんですよ。
シフォンは21日に倒れて、3日後には小康状態に回復して、今は朝晩5分くらいの散歩はします。食い意地だけは旺盛ですが、さすがに量は減ってます。しばらくは大丈夫そうですが、これから暑くなるので心配です。
ほいみ
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- gontaraさん 2018/03/27 09:50:47
- カッコいいなぁ~
- やっぱり ほいみさん昔から放浪癖が有ったんだ!
若い頃には物質主義で車「命」の生活してたんで、旅行なんて形の残らない物に金を使うってことが考えられなかった。
で、こういう若い時にしかできない無茶な旅をしてこられたほいみさんがメッチャ羨ましく思えます。
言葉が話せないからと諦めてる自分が情けなくもあり・・・
- ほいみさん からの返信 2018/03/27 10:57:28
- RE: カッコいいなぁ?
- あの時代って、クルマに金をつぎ込むか、そうじゃないかに分かれてましたね。
私はオヤジのクルマと仕事のトラックで十分に満足していたので、旅につぎ込むことが出来ました。それが良かったかどうかは別問題として。
私は今でも英語が苦手です。学生時代は赤点すれすれ。その後は旅に出る度に「英語を勉強しなくっちゃ」って決心するのに、帰国したら全然だめ。今でも本棚には、その頃買った、中学生の英語2・3があります。
旅をしてるだけでは英語は上達しない・・・の典型を行ってます。っていうか、仕事辞めてひきこもったら、最近、日本語も怪しい。
-
- アルカロイド ダリルさん 2018/03/27 07:08:46
- こんにちわ~
シフォンちゃんの体調はいかがですか?
やっぱ、、ほいみさんは、サハラに行っていたんですね~? 筋金入りのバックパッカーじゃないですか? ボンベで肉焼いて~は、いいアイディアです! 旅って栄養をキチンと取るのが、けっこう難しいですもん! ダリルは屋台飯の美味しい所で、マッサージが安い国しか行かないモンよ~~の、ぐうたらトラベラーです!
築10年経ったら、あちこち壊れてきて、ガス台がオシャカになったけど、めんどくさいからレンジ生活をしてました! (15万とのコトなので、タイに2~3ヶ月行けちゃうよね~~)って、換算しちゃった! 肉が焼けないから、煮込みばっかりの冬でした!
震災の時買い込んだボンベがあるのを思い出し、昨夜は久しぶりに肉を焼き、ワインを空けて堪能! あーーっ! うんみゃい! 肉って美味しい!カチョガバロの チーズも焦げ目を付けて焼いて、極上の夜でした! キャンプっぽいので、なんか不自由が楽しいです! 壊れたのが食洗機なら、即、修理するンだけど、、! 笑!
昔の外国の旅行記は、貴重な(日本人の宝)ですよ~~! どんどんアップしてくださいね? 若い頃の ほいみさんは、、、ダリルの鉄友の、とのっち先生と似てらっしゃるのでビックリ!
ダリル
- ほいみさん からの返信 2018/03/27 10:49:47
- RE: こんにちわ?
- オヤジの後を継ぐ仕事だったので、大学卒業後、修行と称してバックパッカーやってました。何を得たのかは分かりませんが、あれで「変わり者」になったことは確かです。でも「変わり者にしか出来ない仕事」だったので幸いでした。
ヨーロッパは、YHや列車泊・公園泊・駅泊・よそ様泊などケチ旅行に徹していたので、スーパーで買う肉は最強でした。公園で肉焼いたりして、よく捕まらなかったものです。
還暦過ぎたら(私のことです)肉は必要です。野菜じゃ体は作られません。ほどほどにがんがん行きましょう! 魚も人一倍食べてますが・・・って、ただの食いしん坊?
今回古い日記をアップして思ったんだけど、昔の旅って、どこへ行ったかは覚えていても細かいことは思い出しもしなかったってこと。フィルム時代だから写真はあまり残ってないんだけど、学生に続きだったからアナログ日記はけっこう書いて残ってる。読み返してみたら、記憶にないことが多い。デジカメになって詳細に記録がの頃って素晴らしい・・・かどうかは40年してみないと分からないけど。
シフォンは小康状態です。
ほいみ
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