1977/11/05 - 1977/11/14
48位(同エリア1909件中)
ほいみさん
いろいろあって、この辺りをアップ。
今になっても、ちょっとマニアックなコースだよね・・・1977年の話です。
- 旅行の満足度
- 4.5
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この写真は以前にアップしたが、アルジェリアの国境で8時間足止めされたって話。
これね・・・今回はこの続きになります。
https://4travel.jp/travelogue/11342199
以前に、むか~しロンドンからカルカッタまで旅した中で、「モロッコ・アルジェリア編」「イラン縦断編」と、先日の「アフガニスタン・パキスタン編」は微妙に繋がっていない。
そこでその空白を埋めるのが今回のアップ分だ。 -
さて、アルジェリア国境の出国で8時間も待たされ、ようやく中立地帯を数百m歩いて、チュニジアの国境事務所に到着。ここが意外と厳しく荷物は全部開けられた。ところが「俺は警官だ・・」という私服のオヤジがやって来て、いろいろ世話を焼いてくれた上に最寄りの町まで送ってくれた。しかもビールでも飲まないか?とレストランに…これって絶対に怪しいんだけどね。そしたら、お前、sonyのラジオ持ってたろ、あれ売ってくれ・・・だと。いやだと言ったら「じゃぁビール代払え」。面白いのが「割り勘!」 しかも、バス停まで案内してくれた。もしかしたら本当に警官だったのかなぁ。
いずれにしてもSONYは狙われるなぁ・・・当時のSONYは世界絶対王者だったからね。まぁ、こんなことがあったからパキスタンの「わいろ出国」でも落ち着いて対処出来たのかも。 -
今回のアップに当たって、その時の国境をグーグルアースで覗いてみた。おお、近代的になってんじゃん! 中立地帯はそのまんまね。
この辺りからチュニス市内、カルタゴの遺跡ほか、この怪しい警察官と一杯やってる写真もあったはずなんだけど行方不明。 -
で、イタリアに渡る方法を旅行会社に行って聞いたら、本土へ飛ぶ飛行機はいくらでもあるらしいが、私としてはシチリア島に渡りたかった…近いし、出来れば飛行機は使いたくない旅の形態だった。
そしたら、「今晩船があるで~…朝にはシチリアのトラパニに着くよ」船は苦手だけど、それに乗った。マルタのバレッタまで飛行機で飛ぶのも安いよ…ってことだった、その場合、バレッタから船でシチリアね。 -
この船で同じ部屋になったチュニジア人。
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シチリ島のトラパニには朝着いた。
ちょっと散歩して、カターニアに向かった。 -
カターニアには同じ年の6月行って、写真の「パン屋のマリアローザ」に、いろいろお世話になったので、ちょっと再会したかった。
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カターニアから「長靴の踵の辺り」に向かった。
エトナ山が噴煙を上げていた。 -
過去にアップした、この時の旅は「ピンク丸」の部分が抜けているので、今回はそこをアップして赤線をつなげようってわけだ。
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ここが何処なのかは分からないが、いずれにしてもイタリアの足の裏辺りだろう。
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バーリからギリシアにフェリーだ就航してることは知ってたので、バーリへ。
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かっわいいね~
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アテネに着いたさ。
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アテネは当時から安売りチケットのお店があったり、コレラの予防注射がタダだったりして、バックパッカーの溜まり場だった。
シンタグマ広場で日本人バックパッカーと記念写真を撮った。
右の3人は、バックパッカーとしてけっこう鍛えられている。左の髭面は一見逞しいが、バックを地面に置いている・・・ヨーロッパしか回ってないんだって。 -
アテネはあくまでもトルコへ行くための中継地。
エーゲ海を船で行きたかった。
フェリーはピレウス港から出港したと思うが、なにも思い出せない・・・ってことは平和だったんだろう
サモス島に行けば、トルコは目の前。
多分、これがサモスの港の写真だと思う。 -
サモス とってものんびりしていて、いい街だったなぁ。
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トルコのクサダシへのフェリーは明後日だったので、翌日は島の山に登ってみた…トルコが見えた。
トルコのクサダシまでは、10-20kmしかない。 -
小さな港から、トルコ往きのフェリーに乗る
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港に行ったら、ちっちゃいフェリーが停まってった。
え~・・・って思ったら、更にちっちゃい左の漁船?がサモス島往きのフェリーなっだって。 -
ベンツが1台乗った。
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イルカが追いかけて来た
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そして、11月12日、私はアジアへ1歩目を記した。
実はこの晩、デモに巻き込まれて殴られ、酷い「アジア初日」となってしまった。 -
エフェソスの遺跡・・
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等を見学しながら
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イスタンブールに向かった。
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イズミール
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ヨーロッパから来ると「人が多い!」
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え~・・ここ何処??
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更に、ここ何処?
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ベルガモンに寄った覚えがあるけど・・・ここ??
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トロイの遺跡には絶対に行きたかった。
しかし、当時は交通の便が悪くて・・ -
国道から遺跡までの公共交通機関は皆無。
村で「どうしたものか・・」と相談したら・・ -
俺が連れてってやるよ・・・だって。
帰りはどうしっけかなぁ?? -
で、トロイの遺跡に来た。
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つまんないで~・・・って噂はあったが
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なるほど。
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まぁ、シュリーマンの話や
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トロイのヘレン・・
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トロイの木馬を知ってれば「トロイ、来たぜ~!」って、自分だけで盛り上がることは出来る!
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遺跡から見たトルコ
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写真に撮ったってことは、素晴らしい夕焼けだったんだろうね
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イスタンブールに着いたぜ~・・・まだ「飛んでイスタンブール」は存在してなかった。
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地下貯水池だっけ?
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ガラタ橋
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イスタンブールはまじめに観光したはずなのに写真が無いなぁ。
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で、何時かもアップしたけど、イスタンブールをイランに向かって出発するバックパッカー
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私はバスでアナトリア高原を横断
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カッパドキア
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カッパドキアは分かり易かったが・・
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どう見学すれば良いのか分からなかった
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エルズルムは超寒くって、めげたさ。
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この時代から、トルコは縦横無尽にバス路線があって、物価が安い分、ヨーロッパの旅より楽だった・・・ご飯も美味しいし。
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イラン国境まじかのドウバヤジットからの、アララット山。
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イラン国境。
ここから、下記に繋がります。
https://4travel.jp/travelogue/11585206
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この旅行記へのコメント (12)
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- くろねこだりゅんさん 2021/09/10 17:30:59
- バックパッカー♪
- 深夜特急に魅せられて皆さん日本から出ていきましたね(笑)
私の知り合いも何人かこの時期に旅してますけど、ほいみ様ルートはいなかったので画期的ルートですよ~
そうそう、地面にカバン置いちゃだめ!
ヨーロッパでもイタリアあたりはかなり置き引き多かったと思うのですけどこの方は大丈夫だったのかな?こういう行動でバックパッカー歴が出るんですね~知りませんでした。
にしてもあのアテネの写真、わたし2年位前に同じ場所にたぶん行っていると思われるのですけど周りの景色が全然ちがいます。やはり古代遺跡でも見え方が違いますね。
トルコ、良いですね☆
アナトリア地方に行きたいのですけど中々良いツアーを見つけられず、現在に至ります。
sony…今はリンゴに取って代わられた感があります 寂しい限り
- ほいみさん からの返信 2021/09/10 20:19:48
- RE: バックパッカー♪
- そうなんですよね〜・・私はいまだにレストランで食事するときも、バッグは膝の上です。今思うと、この時代に二hンでバッカパッカーって単語があったのかなぁ。世間様からは貧乏旅行者って言われていたような・・・私は経済的な旅行者って呼んでましたが。
沢木幸太郎も同じ頃の旅人だったと思うんですが、深夜特急が発刊されたのは80年代だったと思います。どっちかというと我々世代は五木寛之の「青年は荒野を目指す」がバイブルだったのかな。
トルコは旅が面白いです、この後1990年頃にも行きましたが更に30年が過ぎちゃったんですね。なんてったって、トルコがユーロに入るのか〜…ってどうよみたいな。
日本にいる時はSONYを意識してなかったのに、この頃は凄かったです。カシオの時計付き電卓も未来兵器でした。
ほいみ
-
- チーママ散歩さん 2021/09/10 12:48:45
- おじゃまします~♪
- ほいみさん~こんにちは。
今日は先週と変わってものすごい暑いですね。
このまま秋へ行くのかと思っていましたが。
また車中泊の暑い温度になってしまいましたね。笑
俺は警察だ! っていきなり怪しい登場人物ですね。
でもほいみさん一緒に行っちゃうんですね。
どれだけ胆が据わっている青年だったのでしょうか。笑
そのころのほいみさんは、空手とか柔道とか何かやっていたんですか?
バックパッカーとして世界中を歩くのってその時代流行っていたのでしょうけれど。
怖い思いしなかったですか? 囲まれたり囲んだり。一人で?
親切を疑ってしまうさみしい世の中ですが。
やっぱりお国によっては仕方ないのですね。
私は絶対に足を踏み入れることはないだろうエリアですが。
やっぱりソニー欲しさだったんですね。
中国で親切にしてくれたおじさんが最後にお金だしてと言われ、妹と逃げた思い出があります。でも今思えばそれくらいケチらないでやってあげても大した額じゃないのに。
なんでもお金出せと言われると怖い人と決めつけるけど。
食べていくために必要なお仕事だったんでしょうね。
タイなどでも必ずいますよね。子供連れの人が道路に座って・・・。
私はどうすることが一番いい対応なのかと心痛むのですが。
気になるのはパン屋のマリアローザさん♪
若かりし頃。
異国の地の女性に思いを寄せるなんてこともあったのかな~?
うふふふ♪
- ほいみさん からの返信 2021/09/10 16:09:28
- RE: おじゃまします?♪
- 今日は隣町まで散歩に行こうと思ってたら、30℃近くなって、カンカン照りだったので中止してゴロゴロしてます。
当たり前だけど、空手も柔道も出来ません。
怖い思いはたくさんしますよ。でも私が旅した中で、この時代には何処の国も基本的な教育?は出来ていた様で、いきなり暴力的なひったくりに遭ったのはペルーだけでした。つまり、みんな他人のモノを盗っちゃいかない、とか暴力はいけない…とかいうことは分かっていたみたいです。で、けっこう危ないのが学校に行ってない子供なんですよ。そうそう、トルコに上陸した日に、ホテルの前でデモに巻き込まれちゃって殴られましたが、たぶん何かの誤解かと・・・何も盗られなかったし。
一緒にメシ食おうぜ〜・・・とか、俺っちに遊びに来いや〜・・・なんて誘われると、もれなく着いて行ってしまうのですが、痛い目にあったことは無いかな〜。ヨーロッパでは泊めてもらったことも何回かありますよ。もちろん、見るからに「悪いヤツじゃん」って断ることもあります。その辺は常識的に判断してます。
何かして貰ったらチップは上げます。貰ってくれて方がこっちも楽だし。
貧乏な国、特にインドでは乞食が多いです。私はけっこう小銭を与えます。貰った乞食はご飯が食べれるし、私は「たった数十円」で「今日は良いことした・・」って、一日気分が良いです・・・お賽銭の10倍は意義があります。インドでは、おいらが恵んで貰ってやったから、お前は良いことが出来た・・・って理屈もある様です。そんなことを理解出来たのは、インドを何か月も旅した後でしたが。インドでは乞食に小銭を与えるために、道端に両替屋さんが居たりします。1000円を両替すると、98枚の10円玉になります。手数料2%ってことですね。それで98回「良いこと」が出来ます。
乞食対策は、ちーままさんが思っている通りでいいんです。お菓子や果物を持ってたら、それを与えても良いし、本当に可哀そうだと思ったら手を握って渡してもいいです。ただし、たくさんの乞食がまとまっているところでは危険なので、黙って通過した方が安全です。いずれも自己背金でお願いします。
異国の女性は「日本語が出来ない」ので面倒臭いですよ・・・まぁ、ぼちぼち登場するかも。
英語が出来たら楽しいんだろうなぁ〜・・・って思ったこともありましたが、絶対、人生を誤ったと思います。
ほいみ
-
- olive kenjiさん 2021/09/09 08:26:10
- パン屋のマリアローザ
- 空白の旅行区間があったのだ。
地図を見ながら、やはりアルジェリアからトルコへ行く最短距離はこうなるのかと眺めていました。ほぼ横一直線ですね。でも変わったコースだ。
あの当時ネットも時刻表も無かった時代だから、よくチェニジアからシシリーへの航路を見つけたもんです。カルタゴ軍団のシシリー攻略と同じ戦法かな。
アテネからトルコ行きの船もよく見つけました。めんどくさ。
SONY狙いの図々しいおっさんには参りました。商談不成立ならば割り勘か。ハハハ
ところで、よく分からないのが、カターニアのパン屋のマリアローザに会いに行くって、これ何?6月にもシシリーに行ってたの?それ書きなさいよ。
カッパドキアは行ったことないけど、確かに着いたものの、どこを見学すればいいのか分からない。その気持ちよくわかる。だってその名勝カッパドキアに立っているのにね。まーほいみさんのことだから、写真の左に見える山にでもちょっくら行ってみるかだろうな~
まだまだ空白区間が結構残っていそうなので、ぼちぼち書いて下さいね。
- ほいみさん からの返信 2021/09/09 11:09:10
- Re: パン屋のマリアローザ
- 交通機関は街を散歩してるときに、適当な旅行会社?に聞きます。向こうももしかしたら切符が売れるかも…と、たいてい親切に教えてくれます。実際、そこで買っちゃうこともあるし。アテネからエーゲ海の島々にはフェリーが出てるのですが、その今からトルコに渡るには「ロードス島」か「レスボス島」経由が主流でした。単純に最短距離を捜したら「サモス島」が一番近かった。
割り勘警官の写真、ずっとあったんだけどなぁ・・・旅の話をすると何時も登場してました。モスクワ→ブルガリア→ギリシア・・・と旅を始めたのですが、シチリア島のカターニアで宿を探してるときに「私の伯母がペンションやってます」って案内してくれました。で、11月に再訪した時にパンを買いました・・・っていうだけのよくある話です。覚えていてくれましたよ。
40年以上前の旅。
日記も少しは付けていたんだけど「字が汚くて読めね~じゃんか・・」みたいな。写真も「変にデジタル化」したら一部のデータがどっかに行っちゃうし、脳みそは半ボケだし、アップには手こずってます。
ほいみ
- olive kenjiさん からの返信 2021/09/09 17:23:09
- Re: パン屋のマリアローザ
- よくある話らしいですけど、こういう再会話って好きなんだな~
という事は、アフリカへ上陸する前にヨーロッパをプラプラしていたんだ。
旅行記履歴を見ても、そのような形跡は全く出て来ないし、どうなってんだろうと思いました。かろうじて見つけたのがベルリン旅行記かな。
何故、アップしないのか不思議だったのですが、私が思いつくには・・
アフリカからインドまで続く体験から比較すると、欧州は安易な平和過ぎる事ばかりで、書くに値しないのだろうと思う。
でも経験談に刺激が無くとも、ほいみさんから溢れ出るユーモア感覚と文才で我らを楽しませてくれると思いますよ。
海外冒険旅行のネタも切れ始めていると思いますので、伊丹十三ばりにヨーロッパ退屈日記でも書いてくんしゃいませ。
- ほいみさん からの返信 2021/09/09 20:07:40
- RE: Re: パン屋のマリアローザ
- >あ〜・・・! ヨーロッパ退屈日記は学生の時に読んで、今でも「女たちよ」と共に持ってます。あの本ですっかり伊丹十三のファンになりました・・・「マルサの女」でびっくりした!
この時ヨーロッパは、冷戦時代の東ヨーロッパを含め、ひと通り旅しましたが写真も少ないし、通り一遍であまり面白くないかも。イギリスもひと回りしたんですよ。
ユーラシア旅は、アフガニスタン・パキスタンからインドに入ってからが長かったんです。それもアップしなきゃならないし。確かにヨーロッパをひと通り旅した後のアジアだったので、あの刺激がより新鮮で思い出深くなったのかも。
ほいみの「ヨーロッパ退屈日記」、時々挟んでアップします。
ほいみ
-
- gontaraさん 2021/09/09 06:04:14
- カラー写真
- 凄い海外旅行ですね。
大学生? 卒業したて?
その頃に旅行に行こうと思い立つと、こんな旅程で行けたんですね。素晴らしい! ちゃんと写真が残って居るのも凄いなぁ。
その頃僕はクルマ命!で物の残らないもにお金を使う考えには至らなかったんだろうなぁー
飛んでイスタンブールは翌年ぐらいのヒット曲かな?
僕は、飛んでイスタンブールが懐メロになってから行きました。
GONTARA
- ほいみさん からの返信 2021/09/09 08:05:41
- RE: カラー写真
- 家の仕事を継ぐ予定だったので、大学卒業後、1年間の修行に出ました・・・当時、ユーラシア横断旅は「ごく一部の若者」の憧れでした。情報が少ないから大げさな噂が飛び交っていて、実際に行ってみると「な〜んだ」ってことも多かったです。
どんなクルマに乗ってたんですか?
セリカLBに極太タイア・・・でもアルミは買えないから鉄チンとか。
私が学生時代はオイルショックと排ガス規制で、酷い時代でした…って同じような年齢ですよね。
最近、学生時代のギターを出してきて「飛んでイスタンブール」や「異邦人」を孫に聞かせてます。
ほいみ
- gontaraさん からの返信 2021/09/09 11:37:38
- RE: RE: カラー写真
ほいみさんの旅行に憧れを抱いているのですが、こんな時代からの素地が有ったんですね。
この年代に旅をすれば自ずと人と関わりますね。
車は、フェアレディーZの前身のフェアレディーSR311ってオープンカーでした。
日本GPの残像でも無いけど、レースカーもスペアカーとして持ってたし、エンジンも複数台温めていました。
スリックタイヤもそう言えば鉄チン履いてましたね。
GONTARA
- ほいみさん からの返信 2021/09/09 13:38:30
- RE: RE: RE: カラー写真
- SR311ですか!
そりゃ予想の上を行ってました。
>レースカーもスペアカーとして持ってたし、エンジンも複数台温めていました。
そりゃ、世界3周分は掛かりましたね。
私は兄のお下がりに乗っていたので、クルマには投資しなかったかな。現役中は仕事クルマが多かったし。
確かにこの時代は、旅人同士が会えば情報交換みたいな…でも大げさな情報が多かった。
ほいみ
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