2024/03/21 - 2024/03/28
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オータムリーフさん
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魅惑のトルコ旅行8日間も今日3月27日が最終日である。日本からトルコまでの長いフライトで疲れた体を今度は空港から何時間もバスの旅が続き、到着した日からカラダが疲れ切っていた。それでもその日の観光はしっかりと行ったのは、我ながらびっくりした。
その後は主な観光地を回り、異国情緒を感じながら、イスタンプールに戻り、今度はイスタンプールの主には旧市街地にある観光スポットであるボスポラス海峡クルーズ、ヒッポドローム、トプカプ宮殿、エジプシャンバザール等を見て歩いた旅行記です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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朝目覚めて、ホテルの部屋のカーテンを開けると外はもやっているが、ボスポラス海峡が観えている。
このホテルがあるのはヨーロッパ側の海峡の近くである。
高級ホテルの寝心地は最高で、良い目覚めであった。 -
階下に下りて朝食をとる。レストランではビッフェスタイルの朝食だが、流石、一流のホテルだけあって、メニューは豊富だ。着席すると、直ぐにウエイターがコーヒーか紅茶を持ってきてくれるのも流石だ。
メニューが豊富でも、最近は歳のせいか、余り食べれなくなったので少しにしておいた。 -
ザ・リッツカールトンの入り口です。昨夜到着した時は夜で、暗くなっていたし、電飾で全体が良く見えなかったが、なるほど、こうなっていたのか。
ザ リッツ カールトン イスタンブール ホテル
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イチオシ
このホテルを見上げると高い、このホテルは高層のビルでした。
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これからボスポラス海峡クルーズに出掛けます。バスで12,3分程度でフェリーターミナル「Kabatas」の港に着き結構大きな船に乗り込みます。乗船してから分かったのだが、他のお客は居ません。どうも貸切の船みたいでした。
カバタシュ駅 駅
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クルーズ船はいよいよ出発です。このフェリーターミナルには多くのクルーズ船が停泊や出入りしていました。
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イチオシ
クルーズ船から最初に観た景色はこれです。左の高い建物は、昨夜泊まったザ・リッツ・カールトンホテルで右はドルマバフチェ時計台、古そうですね。そしてその間に挟まれた丸い建物はスポーツスタジアムです。
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ドルマバフチェ宮殿
左手に見えてきた白い大きな宮殿は、ドルマバフチェ宮殿です。第31代オスマン帝国皇帝アブドゥルメジド1世が1843年に建築し、1856年に完成させたものだそうです。
完成してからスルタンは居住地をトプカプ宮殿からドルマバフチェ宮殿に移して、1922年にオスマン帝国崩壊まで王宮として利用していたそうです。
ドルマバフチェ宮殿の正面玄関は海側にあり、クルーズの一番の見どころかも知れません。 -
この辺りはオルタイキョと云う場所で、オルタキョイ・メジディエ・モスクと第一ボスポラス大橋が観えます。これも絵になりますね。観ていて楽しい風景です。
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第一ボスポラス大橋です。1973年建造されたもので、一番最初にできたアジア側とヨーロッパ側をつなぐ長さ1,560mの吊り橋です。
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お城が現れて来ました。ルメリ・ヒサルと云うそうです。オスマン帝国スルタンが東ローマの都コンスタンティノープルを攻略するためのお城でわずか4か月で造らせた要塞です。
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第二ボスポラス大橋です。この橋は1988年に開通した橋です。イスタンブールを征服したオスマン帝国初代スルタンのファーティフ・スルタン・メフメット大橋と命名されました。
クルーズはここが折り返し地点で、クルーズ船の左側に座っていた人は、今度はアジア側の風景を観る事が出来ます。7月15日殉教者の橋 建造物
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ベイレルベイ宮殿だそうです。これもオスマントルコの皇帝が作った宮殿だそうです。
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第一ボスポラス大橋を潜ります。先ほど通った橋です。
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第一ボスポラス大橋です。
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ボスポラス海峡クルーズ船が出発したポートに戻って来ました。クルーズ船からヨーロッパ側の街、そしてアジア側の佇まいを観て楽しい思い出が出来ました。
これら以外の景色も素敵な風景を堪能しました。クルーズ船内でもバーがあって飲み物の提供が有りますが、一人だけコーヒーを頼んだ人が居ました。 -
ボスポラス海峡クルーズはオプションで、参加しない人は午前中はフリータイムでした。従いクルーズ参加者は一旦ホテルに戻り荷物を持ってチェックアウトして、全員で昼食会場に向かう。ここはアジア側の旧市街地の繁華街のレストランです。ケバブ料理を頂きます。
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ケバブレストランの内部はこんな感じです。
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今日のメニューはケバブであるが、殆ど食べ終わってから撮った写真であり料理が映っていない。スミマセン。
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イチオシ
昼食が終わってから、次はヒッポドロームの見物です。何か、覚えていますが、昨日、ブルーモスクを観に行った時に通った道でした。
ここヒッポドロームは、昔は競馬場であった場所で、戦車レース等が行われていたところ、現在は市民の憩いの場所です。
この広場に、古代エジプトから運ばせたオベリスクはしっかりと建っていました。これが当時の皇帝の命令とは言え、わざわざエジプトから運ばせたものらしいです。ヒッポドローム 史跡・遺跡
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これは青銅製のモニュメントだが、先っぽが折れて無くなっています。ここには3匹の蛇が巻き付いていたと云われていますが、これもギリシャのアポロ神殿から運ばせたものらしいです。穴の中にあるように見えますが、穴の底は昔の地面の高さだったとの事でした。
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ヒッポドロームの周りにはこのようにお土産屋さんが沢山並んでいます。
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さて、次は本日のメインであるトプカプ宮殿の観光です。
トプカプ宮殿は歴代のオスマントルコ皇帝の居城です。ここはアヤソフィアのすぐそばに有ります。そこには皇帝の門と云われる堅牢な城壁があり、宮殿に行くには、そこの門を潜って進みます。 -
トプカプ宮殿の1番目の門である皇帝の門をくぐってすぐ左側にある教会です。赤い色が目立ちました。入場料が別途必要らしく、ガイドさんに云わせると、中には観るべきものが無いとのこと。
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「帝王の門」をくぐると、前述の教会があり、そして広々とした「第一の中庭」と呼ばれる空間があります。ここには昔から今も一般の人々が自由に出入りできると説明が有りました。確かに、皇帝の門を潜る時には何のチェックも有りませんでした。
第一の中庭は、今は木々に葉っぱは何もなく、ちょっと寒々として景色だが春や夏はさぞかし美しい中庭なのでしょうね。 -
第一の中庭の内側から観る城壁、簡単に飛び越えられそうな壁ですが、自由に出入りできる中庭なので、問題無いのでしょうが。
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さて、いよいよトプカプ宮殿に入るためには、ここでチケットを購入する必要が有ります。我々はツアーなので、ガイドさんがあらかじめ入手してあったので問題なかったのですが、個人旅行だと、いちいち並んで入場券を買う必要があるのですが、でも、旅の醍醐味は自分でお金を支払い、苦労して入手して半券を記念に持ち帰るのが良いのですがね。
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イチオシ
入場券を買って、「第一の庭」の奥にある「挨拶の門」が宮廷の入り口で、昔は許可された人しか入る事が出来ない門です。今は、博物館となっていて、ここが博物館の入場口となっています。
トプカプ宮殿 城・宮殿
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挨拶の門、博物館の入城門ですが、意外と狭い幅です。
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第二の庭園
「挨拶の門」の内側は「第二の庭園」と呼ばれています。許可を受けた人だけが入れますが、この場所には色々な樹木が植えられています。美しい庭園です。 -
挨拶の門の天井をみると、豪華な装飾を観る事ができます。
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ここも第二の庭園の一部です。
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挨拶の門を潜って第二の庭園前に、トプカプ宮殿の模型が有りました。ガイドさんに依ってこの模型を使っての説明が有りました。これからこの内部の見学です。
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宮廷の右端には厨房があります。ここには最大で1200人もの調理師が住んでいたと説明が有りました。しかし、疑問を感じたのはここで調理したものをかなり離れたハーレムに近い皇帝の間などに届けると時間が掛かり、料理が冷めてしまうのではと思うが・・・
ハーレムの近くに別の料理場が有ったのでしょうかね。 -
最初はハレムの見学です。ここは別料金だそうですが、我々はスルーで入れました。
ハレムは、宮廷の女性たちの居住場所。ハレムの建物は、黒人宦官、女性たち、スルタンの母、スルタン、皇太子そしてスルタンがお気に召した女たちが住んでいました。 -
入口から入ると、黒人の人形が出迎えてくれます。これは王宮に仕えていた宦官です。この部屋が宦官が暮らしていた場所だそうです。宦官は主としてアフリカから連れてこられて去勢された上、働いていたそうです。
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更に奥に進みます。
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イチオシ
ハーレムの内部は一般公開されています。絨毯が敷き詰められて、周囲の壁は青を基調としたタイルが埋め込まれています。
確かに、オスマントルコ外伝の映画を観ていると、この様な部屋での様子が何時も画面に出てきます。 -
ここもハーレムの奥の部屋で、皇帝やその家族が団らんしている様子も映画で観る事が出来ました。
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その部屋の天井をみあげると、ステンドグラスがはめ込まれた窓が光を部屋に取り入れていました。
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別の角度からこの部屋をみるとこんな感じです。ただただ感嘆するのみです。
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一旦中庭に出て、上を観ると小窓が付いた部屋が沢山有りました。ここがハーレムの女性たちが暮らしていた部屋だそうです。
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その小窓からは着飾った女性たちの人形が観えます。こんな感じだったのですね。皇帝がうらやましいです。
その他に、ハーレムのお風呂場やトイレなども観る事が出来ました。 -
第三の庭に出ます。ここの庭も手入れが行き届き、美しい中庭でした。
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次は宝物館の見学です。ここは長蛇の列が出来ていましたが、少しの時間並んでいると、やがて入館出来ました。基本的に、内部は写真撮影禁止ですが皆さんお構いなしにシャッターを押していました。中に、係の人が居るのですが、写真を撮っていても何も言いませんでした。
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イチオシ
内緒で宝物を沢山撮りましたが、公式には禁止となっていたので、ここではお見せ出来ません。是非とも、皆さん現地に行って観て下さいね。
宝物館の見学ルートを歩いていると、外に出る事が出来る。そこからのボスポラス海峡が素晴らしい眺望です。 -
宝物館の見学もザっとですが終わった。しかし、未だ、時間があるので、謁見の間も見学出来ました。
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イチオシ
そこから外に出ると幸福の門にでます。皇帝に謁見する場合は、この門を通り行ったそうです。
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幸福の門です。ここには自由に出入りが出来て、この前は先ほど紹介した第二の庭園になります。
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トプカプ宮殿を後にして、これから最後の観光はエジプシャンバザールです。徒歩で行きますが、途中、商店街を通って行きますが、この様な街散策は大変面白い。
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街の道路の真ん中に大きなターフのようなものがあって、そこで皆さん食事したりコーヒーを楽しんでいるのです。自分達もこのような場所でお茶をしながら道行く人を眺めながら時間を過ごすのも憧れます。
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街の通りの上にはエルドアン現大統領の顔写真があります。そう云えばトルコでは選挙の真っ最中で有りました。いたる所に候補者のポスターやのぼりが立っていました。
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ひときわ美しいモスクが現れました。これはイエニ・ジャーミーと云う大きなモスクでした。この真ん前にエジプシャン・バザールが有ります。
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向こうの長細い建物がエジプシャン・バザールです。
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エジプシャンバザールの内部です。このアーケードの両側にはびっしりとお店が並び、お土産屋が沢山有りました。目移りがします。トルコ旅行のお土産を買うには、ここが最後の場所です。
エジプシャンバザール 市場
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エジプシャン・バザール広場には何故かオスマントルコの兵隊さんが守っていました。
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さて、買い物も無事終了して、再度集合、皆でカラダ橋を渡って、イスタンプールのヨーロッパ側に行きます。最後の夕食会場です。
カラダ橋には地下道を通り、交通量の多い車道を潜り、再度、地上に上がってカラダ橋前の広場に出ます。 -
カラダ橋の袂には、広場があって多くの屋台が出ています。どうも、焼きサバを食べさせるところです。盛んに食べて行けと声が掛かります。
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カラダ橋は2階構造になっていて、上が車道で、したが多くのレストランがひしめき合い、人々が歩いて散策する道にもなっています。
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この人が通行する場所でも多くの人が釣りをしています。そんなに釣れるのでしょうかね。
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ここがトルコ旅行最後の晩の夕食会場です。
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金角湾に架るカラダ橋を眺めながらの夕食会でした。周囲は暗くなりつつあり。カラダ橋の灯りが、そしてモスクのライトアップが素晴らしく、トルコ旅行最後の良い思い出に残る観光でした。
これで魅惑のトルコ旅行①~⑥の旅行記は終わります。三度目にして、やっと実現したトルコの観光は想像以上に感動しました。
これでトルコ旅行記を終わりにします。お読みいただき、誠に有難うございました。
完Mado Karaköy 地元の料理
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ザ リッツ カールトン イスタンブール
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