トロイ遺跡周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
あれは相当前だが、大阪御堂筋パレードでトルコ軍楽隊の勇ましい姿で行進する様子を観た。びっくりした。頑強な男どもが民族衣装を身に着けてトルコ行進曲を演奏して整然と歩いていた。トルコ旅行は3度目の正直で、今年初めに実現出来た。あこがれていた東西の掛け橋の国トルコ、魅惑のトルコ、親日的な国トルコは出発前からワクワクでした。百年以上も前、トルコ海軍が紀伊半島沖で座礁した事件に係る日本とトルコの友好関係の構築、イランイラク戦争でトルコ航空の日本人救出劇、地震災害での相互の救助活動と話題は尽きない。そんなトルコに行けるのだ。嬉しい気持ちが湧いてくる。

魅惑のトルコ旅行 ①トロイ周辺

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2024/03/21 - 2024/03/28

74位(同エリア256件中)

旅行記グループ トルコ旅行

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43

オータムリーフさん

あれは相当前だが、大阪御堂筋パレードでトルコ軍楽隊の勇ましい姿で行進する様子を観た。びっくりした。頑強な男どもが民族衣装を身に着けてトルコ行進曲を演奏して整然と歩いていた。トルコ旅行は3度目の正直で、今年初めに実現出来た。あこがれていた東西の掛け橋の国トルコ、魅惑のトルコ、親日的な国トルコは出発前からワクワクでした。百年以上も前、トルコ海軍が紀伊半島沖で座礁した事件に係る日本とトルコの友好関係の構築、イランイラク戦争でトルコ航空の日本人救出劇、地震災害での相互の救助活動と話題は尽きない。そんなトルコに行けるのだ。嬉しい気持ちが湧いてくる。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
ホテル
3.5
グルメ
3.0
ショッピング
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス
航空会社
ターキッシュ エアラインズ
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • 2003年10月、御堂筋パレードでオスマントルコ軍楽隊がトルコ行進曲を演奏しながら勇壮に行進していました。2003年は日本におけるトルコ年で、和歌山県串本町大島にあるトルコ軍艦遭難慰霊碑で慰霊行事を行ったので大阪に立ち寄って、パレードに参加したらしい。<br />その遭難事故とは、1890年(明治23年)9月16日トルコ軍艦エルトウ―ル号が日本政府訪問を終ええ帰路に暴風雨に遭い、和歌山県串本町沖合で岩礁に衝突して遭難したのである。その遭難慰霊行事に来たのだった。<br />その関係の資料を読み込み、何時かはその場所に訪問してみたい気持ちが起きて来た。

    2003年10月、御堂筋パレードでオスマントルコ軍楽隊がトルコ行進曲を演奏しながら勇壮に行進していました。2003年は日本におけるトルコ年で、和歌山県串本町大島にあるトルコ軍艦遭難慰霊碑で慰霊行事を行ったので大阪に立ち寄って、パレードに参加したらしい。
    その遭難事故とは、1890年(明治23年)9月16日トルコ軍艦エルトウ―ル号が日本政府訪問を終ええ帰路に暴風雨に遭い、和歌山県串本町沖合で岩礁に衝突して遭難したのである。その遭難慰霊行事に来たのだった。
    その関係の資料を読み込み、何時かはその場所に訪問してみたい気持ちが起きて来た。

  • どうしもこの串本町大島のトルコ海軍遭難場所を訪問してみたかったが、機会は6年後の2009年にそれが実現したのだ。<br />ここがトルコ海軍エルトウ―ルル号が台風で遭難した岩礁です。<br />この事故で特使を含む518名は死亡したが69名は地元民の手厚い救護により一命を取り留めた。このとき、島民は台風により漁が出来なく、自分たちの食べ物も不足する中、非常時のために取ってあった鶏までトルコ人に食べさせ、介護したのである。

    どうしもこの串本町大島のトルコ海軍遭難場所を訪問してみたかったが、機会は6年後の2009年にそれが実現したのだ。
    ここがトルコ海軍エルトウ―ルル号が台風で遭難した岩礁です。
    この事故で特使を含む518名は死亡したが69名は地元民の手厚い救護により一命を取り留めた。このとき、島民は台風により漁が出来なく、自分たちの食べ物も不足する中、非常時のために取ってあった鶏までトルコ人に食べさせ、介護したのである。

  • 時の明治天皇は日本の軍艦2隻で生存者をトルコまで送り届けた。素晴らしいストーリーである。トルコ国民は、その恩をいつまでも忘れないし、後世に残す為に教科書にも載っているそうです。<br />トルコ軍艦遭難胃慰霊碑のも立ち寄ってみた。誰も居なかったが、素晴らしいい慰霊碑である。ここで遭難事故から節目節目の年に慰霊行事をやるそうです。<br />

    時の明治天皇は日本の軍艦2隻で生存者をトルコまで送り届けた。素晴らしいストーリーである。トルコ国民は、その恩をいつまでも忘れないし、後世に残す為に教科書にも載っているそうです。
    トルコ軍艦遭難胃慰霊碑のも立ち寄ってみた。誰も居なかったが、素晴らしいい慰霊碑である。ここで遭難事故から節目節目の年に慰霊行事をやるそうです。

  • 慰霊碑の傍にはトルコ記念館があり、入館すると遭難事故のいきさつや当時の写真等が展示されている。<br />これをきっかけに、日本とトルコの友好は深まり、1985年のイランイラク戦争の最中、イラクに取り残された日本人をトルコ航空が飛来して救ったのも軍艦遭難の時に日本人がトルコ人を救ったお礼だと云う。百年以上も前のことを覚えていての行動は素晴らしいものが有ります。

    慰霊碑の傍にはトルコ記念館があり、入館すると遭難事故のいきさつや当時の写真等が展示されている。
    これをきっかけに、日本とトルコの友好は深まり、1985年のイランイラク戦争の最中、イラクに取り残された日本人をトルコ航空が飛来して救ったのも軍艦遭難の時に日本人がトルコ人を救ったお礼だと云う。百年以上も前のことを覚えていての行動は素晴らしいものが有ります。

  • 話を本題のトルコ旅行に戻します。羽田を飛び立ったターキッシュエアラインは13時間でイスタンブールの上空に差し掛かった。朝が来たのだ。夜はまだ明けていないので眼下にはイスタンブールの夜景が美しい。夜景の向こう側は黒海だろうか。<br />昨夜は眠れたかどうか良く分からない。

    イチオシ

    話を本題のトルコ旅行に戻します。羽田を飛び立ったターキッシュエアラインは13時間でイスタンブールの上空に差し掛かった。朝が来たのだ。夜はまだ明けていないので眼下にはイスタンブールの夜景が美しい。夜景の向こう側は黒海だろうか。
    昨夜は眠れたかどうか良く分からない。

  • イスタンブール国際空港は最近リニューアルしたばかりで、その広さも兎に角大きい。ヨーロッパのハブ空港的な位置付けで、ここで乗り換えて、ヨーロッパの各地に飛び立つらしい。入国審査を済ませて荷物引き取り場所までは可なり歩かされた。途中の両替所でトルコリラに換金する。

    イスタンブール国際空港は最近リニューアルしたばかりで、その広さも兎に角大きい。ヨーロッパのハブ空港的な位置付けで、ここで乗り換えて、ヨーロッパの各地に飛び立つらしい。入国審査を済ませて荷物引き取り場所までは可なり歩かされた。途中の両替所でトルコリラに換金する。

    アタテュルク国際空港 (IST) 空港

  • さて、これからは320kmの距離をバスで走る、約6時間も掛かるのだ。日本からのロングフライトで疲れ切っているのに大変なバス旅だった。<br /><br />空港到着ロビーから外に出ると、今回のトルコ旅行のガイドさんが待っていた。バスは大型でドライバーは2人態勢である。荷物を積み込むと早速にも空港を後にして出発する。空港は街から離れているらしい。しばらくは丘陵地帯を走る。どこを観ても畑であり。北海道のような景色だ。<br />

    さて、これからは320kmの距離をバスで走る、約6時間も掛かるのだ。日本からのロングフライトで疲れ切っているのに大変なバス旅だった。

    空港到着ロビーから外に出ると、今回のトルコ旅行のガイドさんが待っていた。バスは大型でドライバーは2人態勢である。荷物を積み込むと早速にも空港を後にして出発する。空港は街から離れているらしい。しばらくは丘陵地帯を走る。どこを観ても畑であり。北海道のような景色だ。

  • これからダーダネルス海峡を越えてチャナッカレの街を経由してトロイ遺跡そして今夜のホテルのある街はアイワルクまでバスの旅とは云うが長距離のバスの旅は疲れるし、ましてや羽田からイスタンブールまでの長距離フライトがあって疲れはものすごい。でも、バスの中では眠れるので助かる。<br />バスは高速道路を順調に走っている。

    これからダーダネルス海峡を越えてチャナッカレの街を経由してトロイ遺跡そして今夜のホテルのある街はアイワルクまでバスの旅とは云うが長距離のバスの旅は疲れるし、ましてや羽田からイスタンブールまでの長距離フライトがあって疲れはものすごい。でも、バスの中では眠れるので助かる。
    バスは高速道路を順調に走っている。

  • どこかの集落に入ったみたいで、家の数が増えて来た。道路を走る車も多くなってきた。

    どこかの集落に入ったみたいで、家の数が増えて来た。道路を走る車も多くなってきた。

  • 1回目のトイレ休憩場所「FAST FOOD」に到着する。ここではガイドさんお勧めのTEAを頂く。普通の紅茶だった。

    1回目のトイレ休憩場所「FAST FOOD」に到着する。ここではガイドさんお勧めのTEAを頂く。普通の紅茶だった。

  • 一回目の休憩を取り、バスは再び高速道路を南下する。途中の景色はこんな感じで再び北海道を思い出す。

    一回目の休憩を取り、バスは再び高速道路を南下する。途中の景色はこんな感じで再び北海道を思い出す。

  • 高速道路を走っていると、大きなトルコ国旗を観かけるが、どんな意味があるのか分からないが、格好いいです。

    高速道路を走っていると、大きなトルコ国旗を観かけるが、どんな意味があるのか分からないが、格好いいです。

  • この様な道をひた走るのです。

    この様な道をひた走るのです。

  • そして、2回目のトイレ休憩を取る。ここは繊維製品を中心に販売している店であり、トルコの民芸品も扱っているが、トルコに入って1日目の事なので、何をお土産にしたら良いか分からないので観るだけとした。そこそこの値段が付いている。

    そして、2回目のトイレ休憩を取る。ここは繊維製品を中心に販売している店であり、トルコの民芸品も扱っているが、トルコに入って1日目の事なので、何をお土産にしたら良いか分からないので観るだけとした。そこそこの値段が付いている。

  • 左手に海が観えて来た。ダーダネルス海峡らしい。、エーゲ海とマルマラ海をつなぐ海峡で、チャナッカレ海峡とも呼ばれる。

    左手に海が観えて来た。ダーダネルス海峡らしい。、エーゲ海とマルマラ海をつなぐ海峡で、チャナッカレ海峡とも呼ばれる。

  • ダーダネルス海峡を跨ぐチャナッカレ橋を渡る。これはチャナッカレ1915橋は2022年に完成した吊橋である。全長3,563mと世界一の長さを誇るものである。<br />主塔の高さも相当なもので、この主塔のてっぺんに登ってみたい気がする。実は明石海峡大橋の主塔に登った経験があり、その時の下の眺めは素晴らしいものがあった。でも、自分は高所恐怖症なのですが・・・<br />ここをバスで通ったが、景色を観ているとあっと云う間に渡り終えてしまった。もう少しゆっくりと走って欲しかった。<br /><br />

    イチオシ

    地図を見る

    ダーダネルス海峡を跨ぐチャナッカレ橋を渡る。これはチャナッカレ1915橋は2022年に完成した吊橋である。全長3,563mと世界一の長さを誇るものである。
    主塔の高さも相当なもので、この主塔のてっぺんに登ってみたい気がする。実は明石海峡大橋の主塔に登った経験があり、その時の下の眺めは素晴らしいものがあった。でも、自分は高所恐怖症なのですが・・・
    ここをバスで通ったが、景色を観ているとあっと云う間に渡り終えてしまった。もう少しゆっくりと走って欲しかった。

    ダーダネルス海峡 海岸・海

  • チャナッカレ1915橋を渡り終えて、少し進んでから後ろを振り返っると、その橋が観える。赤い主塔が観えるが、ここから先はアジア領域になるらしい。

    チャナッカレ1915橋を渡り終えて、少し進んでから後ろを振り返っると、その橋が観える。赤い主塔が観えるが、ここから先はアジア領域になるらしい。

  • アジア領域にはいっても、ダーダネルス海峡添いにバスは走る。左側に進むと、エーゲ海に繋がると説明があった。

    アジア領域にはいっても、ダーダネルス海峡添いにバスは走る。左側に進むと、エーゲ海に繋がると説明があった。

  • チャナッカレの街に入りました。ここは紀元前からの戦いの歴史を繰り返した地域であり、観光の見どころも多い場所です。特に有名なのはトロイの遺跡にアクセスるポイントでもあります。

    チャナッカレの街に入りました。ここは紀元前からの戦いの歴史を繰り返した地域であり、観光の見どころも多い場所です。特に有名なのはトロイの遺跡にアクセスるポイントでもあります。

  • あのチャナッカレの街の海沿いにあるホテルに寄ります。今日の昼食はこのホテルで取ります。機内食の朝食からかなり時間が空いていたのでかなり空腹状態です。

    あのチャナッカレの街の海沿いにあるホテルに寄ります。今日の昼食はこのホテルで取ります。機内食の朝食からかなり時間が空いていたのでかなり空腹状態です。

  • 今日はクロダイ料理だそうである。スープに野菜サラダそしてメインデッシュのクロダイが一匹ごろっとお皿に載っているものだが、見た目は美味しそうに感じなかったが、でも、食べてみると、それなりに美味しかった。<br />

    今日はクロダイ料理だそうである。スープに野菜サラダそしてメインデッシュのクロダイが一匹ごろっとお皿に載っているものだが、見た目は美味しそうに感じなかったが、でも、食べてみると、それなりに美味しかった。

  • 昼食後はホテルのエーゲ海の観える砂浜に降りて、しばらく海を眺めていたが、多少寒いし、風が強いのだった。

    イチオシ

    昼食後はホテルのエーゲ海の観える砂浜に降りて、しばらく海を眺めていたが、多少寒いし、風が強いのだった。

  • いよいよ本日のメイン観光地であるトロイの遺跡に到着した。時刻は午後11時20分過ぎである。バスを降りてガイドさんに連れられて入場口に行くと入場券を買うのではなく、ガイドさんのスマホで一人一人入場するのを記録していく。本当は入場券を買ってもらい、その半券を記念に取っておきたかったが、残念です。

    いよいよ本日のメイン観光地であるトロイの遺跡に到着した。時刻は午後11時20分過ぎである。バスを降りてガイドさんに連れられて入場口に行くと入場券を買うのではなく、ガイドさんのスマホで一人一人入場するのを記録していく。本当は入場券を買ってもらい、その半券を記念に取っておきたかったが、残念です。

    トロイの古代遺跡 史跡・遺跡

  • 入場すると、中は広くそしてかなり先にトイレが有り、手前にはSHOPがあるとの事で、ここは遺跡見物が終わってから利用して下さいとの事でした。<br />

    入場すると、中は広くそしてかなり先にトイレが有り、手前にはSHOPがあるとの事で、ここは遺跡見物が終わってから利用して下さいとの事でした。

  • トロイは実際には無かった伝説上の都市と考えられていた。しかし1870年にドイツ人のシュリーマンが発掘調査をして遺跡や財宝を見つけ出したそうです。<br /><br />

    トロイは実際には無かった伝説上の都市と考えられていた。しかし1870年にドイツ人のシュリーマンが発掘調査をして遺跡や財宝を見つけ出したそうです。

  • トロイ遺跡は、発掘調査の結果では紀元前3000年(青銅器時代)頃からローマ時代の西暦500年ごろまでの9層(9回にも及ぶ破壊と建築の繰り返し)にもなる古代国家都市の遺跡です。<br />これからお見せする遺跡の写真はどの時代のものか自分には理解出来なかったのです。もう少し真面目にガイドさんの説明を聞いておけば良かったと反省していますので、説明と写真は一致していないのが多いのでご了承ください。<br />

    トロイ遺跡は、発掘調査の結果では紀元前3000年(青銅器時代)頃からローマ時代の西暦500年ごろまでの9層(9回にも及ぶ破壊と建築の繰り返し)にもなる古代国家都市の遺跡です。
    これからお見せする遺跡の写真はどの時代のものか自分には理解出来なかったのです。もう少し真面目にガイドさんの説明を聞いておけば良かったと反省していますので、説明と写真は一致していないのが多いのでご了承ください。

  • トロイ遺跡は紀元前3000年前から都市が建設され始め、地震や戦争そして火災などで破壊されて同じ場所に新しい都市が何度も造られたそうです。紀元前3000年から紀元前2500年までには第Ⅰ層と云われ、小さな村が有ったとされ、当時の石積のレンガが残されているそうです。この村は火災によって消失したそうです。日本では縄文時代で稲作が始められた時代だそうです。<br /><br /><br />

    トロイ遺跡は紀元前3000年前から都市が建設され始め、地震や戦争そして火災などで破壊されて同じ場所に新しい都市が何度も造られたそうです。紀元前3000年から紀元前2500年までには第Ⅰ層と云われ、小さな村が有ったとされ、当時の石積のレンガが残されているそうです。この村は火災によって消失したそうです。日本では縄文時代で稲作が始められた時代だそうです。


  • 天幕に覆われて保護されている場所が有りました。説明によれば、ここに有る遺跡は紀元前2500年から紀元前2250年の第Ⅱ層のもので赤いレンガが出土しています。当時の城壁だったものだそうです。この時代は貿易で栄えたが、その貿易も衰退して、最後は火災で焼失したそうです。

    天幕に覆われて保護されている場所が有りました。説明によれば、ここに有る遺跡は紀元前2500年から紀元前2250年の第Ⅱ層のもので赤いレンガが出土しています。当時の城壁だったものだそうです。この時代は貿易で栄えたが、その貿易も衰退して、最後は火災で焼失したそうです。

  • ここも第Ⅱ層時代のもだそうで、上にあった場所へ荷物を運び入れる道路だったと云われていますが、余りにも綺麗なのでそんなに古いものかどうか信じられない気がします。

    ここも第Ⅱ層時代のもだそうで、上にあった場所へ荷物を運び入れる道路だったと云われていますが、余りにも綺麗なのでそんなに古いものかどうか信じられない気がします。

  • 第Ⅲ層は紀元前2250~2100年・第Ⅳ層は紀元前2100~2000年・第Ⅴ層は紀元前2000~1750年と云われているそうだが、実際には記録が少ないために、明確には分かっていないとのこと。わずかに残った痕跡から、第Ⅱ層時代の上に造られた都市だそうです。<br />この写真は第Ⅲ~第Ⅴ層時代の遺跡かどうかは分からないです。見学コースを歩いてみて、これはどの時代のものかはっきり理解できないでいた。と云うよりガイドさんの説明をしっかりと聞いていなかったのです。<br />

    第Ⅲ層は紀元前2250~2100年・第Ⅳ層は紀元前2100~2000年・第Ⅴ層は紀元前2000~1750年と云われているそうだが、実際には記録が少ないために、明確には分かっていないとのこと。わずかに残った痕跡から、第Ⅱ層時代の上に造られた都市だそうです。
    この写真は第Ⅲ~第Ⅴ層時代の遺跡かどうかは分からないです。見学コースを歩いてみて、これはどの時代のものかはっきり理解できないでいた。と云うよりガイドさんの説明をしっかりと聞いていなかったのです。

  • 第6層の年代は紀元前1750~紀元前1300年頃で、この頃は人口が大幅に増えた時代だそうです。堅牢な城塞があったと云われています。この都市も大きな地震で崩壊したと考えられています。<br />

    イチオシ

    第6層の年代は紀元前1750~紀元前1300年頃で、この頃は人口が大幅に増えた時代だそうです。堅牢な城塞があったと云われています。この都市も大きな地震で崩壊したと考えられています。

  • 地震から復興した都市がこの第7層である紀元前1300~紀元前950年頃の時代です。この時代の大きな出来事としてトロイア戦争が有ったそうです。<br />戦争で滅んでしまったトロイはその後、破壊を免れて再建されました。都市はきくなり繁栄をしましたが、紀元前950年ごろに起こった火災によって、街のほとんどが焼失してしまいました。<br />

    地震から復興した都市がこの第7層である紀元前1300~紀元前950年頃の時代です。この時代の大きな出来事としてトロイア戦争が有ったそうです。
    戦争で滅んでしまったトロイはその後、破壊を免れて再建されました。都市はきくなり繁栄をしましたが、紀元前950年ごろに起こった火災によって、街のほとんどが焼失してしまいました。

  • トロイの木馬<br />これがトロイの木馬?冗談でしょう!<br />現在修復中と云うより再建中で骨組みだけのトロイの木馬です。このトロイの木馬はトロイ遺跡に入場すると直ぐに目につきますが、写真で見る大きな木馬は現在は有りません。楽しみにしていたのですが、非常に残念です。

    トロイの木馬
    これがトロイの木馬?冗談でしょう!
    現在修復中と云うより再建中で骨組みだけのトロイの木馬です。このトロイの木馬はトロイ遺跡に入場すると直ぐに目につきますが、写真で見る大きな木馬は現在は有りません。楽しみにしていたのですが、非常に残念です。

  • トロイア戦争とは、紀元前12世紀頃ごろに起こった戦いで、古代ギリシャ王国連合が、トルコのトロイア王国に攻め込んだ戦争のことです。<br />理由は単純でギリシャのスパルタ王の奥さんヘレネーをトロイア王子が連れ去ったことが原因で堅牢な城壁を持つトロイア王国に攻め入ったが10年間の長きにわたり、崩せなかったがトロイの木馬にギリシャ兵を忍ばせて内側から崩してギリシャ軍が勝利したものです。<br />これは映画化されているが、この映画をトロイ遺跡を訪問する前に観ておけば、トロイ遺跡の理解が深まるらしいが、自分はトルコ旅行から帰ってから観たので、別の意味で感慨深かった。<br />この写真はガイドさんに依ると向こう側が海だったが、長年によって海が後退したと云う。トロイ戦争の映画ではお城の直ぐそばが海だったので、かなり後退したと思われる。<br /><br />

    トロイア戦争とは、紀元前12世紀頃ごろに起こった戦いで、古代ギリシャ王国連合が、トルコのトロイア王国に攻め込んだ戦争のことです。
    理由は単純でギリシャのスパルタ王の奥さんヘレネーをトロイア王子が連れ去ったことが原因で堅牢な城壁を持つトロイア王国に攻め入ったが10年間の長きにわたり、崩せなかったがトロイの木馬にギリシャ兵を忍ばせて内側から崩してギリシャ軍が勝利したものです。
    これは映画化されているが、この映画をトロイ遺跡を訪問する前に観ておけば、トロイ遺跡の理解が深まるらしいが、自分はトルコ旅行から帰ってから観たので、別の意味で感慨深かった。
    この写真はガイドさんに依ると向こう側が海だったが、長年によって海が後退したと云う。トロイ戦争の映画ではお城の直ぐそばが海だったので、かなり後退したと思われる。

  • 第8層:紀元前950~85年<br />第Ⅶ層の都市の火災後、しばらくは放置されていたが、しかし、ギリシャから来た人々によって都市が作られました。ギリシャ式の都市として作り変えられました。<br /><br />ギリシャ風の劇場や神殿が作られ、アレキサンダー大王もこのトロイに寄ったと云われています。<br /><br />

    第8層:紀元前950~85年
    第Ⅶ層の都市の火災後、しばらくは放置されていたが、しかし、ギリシャから来た人々によって都市が作られました。ギリシャ式の都市として作り変えられました。

    ギリシャ風の劇場や神殿が作られ、アレキサンダー大王もこのトロイに寄ったと云われています。

  • 第9層:紀元前85~西暦500年<br />繁栄したいたトロイもその後に破壊されてしまったが、しかしローマ帝国の支配の元、街はすぐに再建された。<br />しかし西暦500年に連続して地震が発生し建物が崩壊し、トロイは廃墟と化して、5世紀には忘れ去られた都市となってしまいました。<br />

    イチオシ

    第9層:紀元前85~西暦500年
    繁栄したいたトロイもその後に破壊されてしまったが、しかしローマ帝国の支配の元、街はすぐに再建された。
    しかし西暦500年に連続して地震が発生し建物が崩壊し、トロイは廃墟と化して、5世紀には忘れ去られた都市となってしまいました。

  • このようにあまり大きくはなかったが、紀元前3000年頃からの遺跡は長年に亘って建設と破壊が繰り返されて、一時は忘れ去られた古代都市遺跡を発掘作業は継続されている。<br />多少の復元された遺跡はあるものの、行ってみて、見学して観た後の感想としては、ちょっとがっかりした事も否めない。トロイの木馬も無かったことや説明看板も少なかったこともあるが、これから行かれる人は、十分に知識を持ったうえで訪問されることをお勧めします。

    このようにあまり大きくはなかったが、紀元前3000年頃からの遺跡は長年に亘って建設と破壊が繰り返されて、一時は忘れ去られた古代都市遺跡を発掘作業は継続されている。
    多少の復元された遺跡はあるものの、行ってみて、見学して観た後の感想としては、ちょっとがっかりした事も否めない。トロイの木馬も無かったことや説明看板も少なかったこともあるが、これから行かれる人は、十分に知識を持ったうえで訪問されることをお勧めします。

  • さて、トロイの遺跡を後にした我々は、本日のお宿があるアイワルクへ向かう。バスはエーゲ海傍を通り約150km進むとアイワルクの街に入った。

    さて、トロイの遺跡を後にした我々は、本日のお宿があるアイワルクへ向かう。バスはエーゲ海傍を通り約150km進むとアイワルクの街に入った。

  • そんなアイワルクの街は静かであった。走っている車も少ない。

    そんなアイワルクの街は静かであった。走っている車も少ない。

    アイワルク 旧市街・古い町並み

  • ホテルに入る<br />どんなホテルかな⇒HALIC(ハリッチ) PARK HOTEL<br />

    ホテルに入る
    どんなホテルかな⇒HALIC(ハリッチ) PARK HOTEL

  • 普通のホテルだが、部屋に入ると少しは広めだが、2つのスーツケースを広げるとスペースが一杯になってしまう。清潔なほてるではある。そして、ここにはスリッパが有った。<br /><br />

    普通のホテルだが、部屋に入ると少しは広めだが、2つのスーツケースを広げるとスペースが一杯になってしまう。清潔なほてるではある。そして、ここにはスリッパが有った。

  • 部屋から外をみるとエーゲ海が望める。中々雰囲気が良い。

    部屋から外をみるとエーゲ海が望める。中々雰囲気が良い。

  • 19:00頃にロビーに集合して夕食会場に行く。今日は我々だけの宿泊であり、ひっそりとして静かな雰囲気であっる。食事も普通であり、余り美味しいとは感じなかった。<br /><br />明日は6時45分の出発なので、今夜は疲れているし、早々と就寝した。<br /><br />魅惑のトルコ旅行 ②エフェンス遺跡へに続く<br />

    19:00頃にロビーに集合して夕食会場に行く。今日は我々だけの宿泊であり、ひっそりとして静かな雰囲気であっる。食事も普通であり、余り美味しいとは感じなかった。

    明日は6時45分の出発なので、今夜は疲れているし、早々と就寝した。

    魅惑のトルコ旅行 ②エフェンス遺跡へに続く

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