2024/10/28 - 2024/10/28
272位(同エリア845件中)
スネフェルさん
- スネフェルさんTOP
- 旅行記192冊
- クチコミ45件
- Q&A回答0件
- 217,078アクセス
- フォロワー97人
第二次大戦の敗戦時、帝国海軍の艦艇は全滅した訳ではなく、残存していた艦艇は存在する。
その残存していた旧帝国海軍の艦艇は様々な最後を遂げた。
標的艦にされて無惨な最後を遂げた艦もあれば、賠償艦として連合国に引き渡された艦もある。
そして少ないながら「天寿」を全うした艦もある。
今回訪れた「こじま公園」は、天寿を全うした最後の旧帝国海軍艦艇終焉の地である。艦艇の形として残っていたのは1998年。竣工が1945年なので、戦後50年以上、その姿を残していたことになる。
最後の旧帝国海軍艦艇の終焉時の名前は「こじま」
この公園は、艦艇の最後の名前、「こじま」に由来する。
ちなみに、誕生時の名前は「志賀」で鵜来型海防艦の21番艦である。あの戦艦大和の沖縄特攻作戦時の「先遣艦」であった。
終戦時は対馬に所在し、占領軍進駐時は佐世保に所在。
その後は復員庁所属の掃海艦を経て米陸軍連絡船、気象台の定点観測船、巡視船、海保大学校練習船などの任務に従事し、最後はここ、千葉にて日本唯一にの「海洋公民館」となった。
「水上に浮かぶ舟形」の公民館であったが、公民館として建築基準法と消防法に合致しないため、閉館・解体処分となり、この地で終焉を迎えた。
「志賀(こじま)」の痕跡は解体後の跡地に建てられた高洲スポーツセンターに残るので、そこを訪問した。
スポーツセンター入口脇に展示室がある。
舵輪や羅針盤、在りし日の写真などが展示されていた。
二面図が展示されていたが、艦尾がかなりスリム。
大戦中の艦艇は艦尾が太い尻ぼてなのだが、本艦の形状は大戦中の艦艇の中では独特であることを知ることができた。
プラモデルになるような艦艇ではないかもしれないが、貴重な情報を後世に伝えていってほしいものだと強く感じた。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
最寄駅は京葉線・稲毛海岸駅
-
かつて「志賀」が鎮座していた高州スポーツセンターに到着
-
展示コーナーは入り口入ってすぐ
-
スポーツセンター内の「こじま」展示コーナー
-
志賀→こじま→解体への軌跡
-
新興住宅地ですが、ありし日の「志賀(こじま)」を忘れまい、との動きはあるようです
-
「こじまプロジェクト」というらしいですが、千葉市は支援するのでしょうか・・・
-
ありし日の写真
-
解体後の舳先だけは那須にあるようです
-
舵も同様に那須に。
一部だけあるって、なんかかえっていたたまれないですね -
海洋公民館時代の説明文
-
「志賀」の二面図。
終戦のドサクサで破棄されてなかったのは幸い。
艦中央から艦尾にかけての形状があまり見ない形になっており、この時代の艦艇にしては艦尾がスリム。 -
操舵室の写真。
艦橋だけでも残して欲しかった。 -
舵の文字が日本語ってのは時代を感じます
-
この速度計もいい感じだなぁ・・・
-
面舵、取舵がわかりやすい
-
伝声管。
大戦中は標準なれど、時代を感じます -
操舵室のイメージで配置してるようです
-
羅針盤。
戦後に改修されたのでしょうか?
意外と立派な外観 -
速度がわかりやすい。
機関室からの表示計のようです -
高州スポーツセンター外観。
ここに「志賀」がありました -
バス停の名前からも「こじま」は消えています
-
通りの名前だけには残ってます
-
新興住宅地ゆえ、歴史の風化も早いのでしょうね・・・
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
観光スポット(関東甲信越)
-
前の旅行記
五百対弐萬!関ヶ原で三成敗北の遠因となった「のぼうの城」続百名城No.118 忍城(4/100)
2024/05/30~
行田・羽生・加須
-
次の旅行記
人間の良心とは何か?~鬼畜と人間を分けるモノ・永勝寺~飯盛女の墓
2025/04/23~
藤沢・江ノ島
-
日本一のモグラ駅:バンカーバスターでも破れない地下70mの土合駅
2014/09/07~
谷川温泉・湯桧曽温泉
-
所沢・航空記念公園・貴重!97式戦闘機!
2016/05/17~
所沢
-
大谷資料館~幻想的な地下宮殿
2018/10/23~
宇都宮
-
ラピュタの城?いえいえ、藪塚石切場跡です
2020/01/13~
桐生
-
日本のカッパドキアの吉見百穴~戦争遺産もある古代人の墓所
2020/11/22~
東松山
-
手が届く距離で特急が高速通過する日本一危険な歩道~渋川市道3号~通過時は汽笛を鳴らされる
2021/08/29~
渋川
-
国内唯一の陸上三県境 川が県境ってのはよくあるけど、用水路が県境とは!
2021/09/23~
栃木・壬生・都賀
-
戦争遺産~長野原防空監視哨(聴音壕) ~電探ではなく、こんなモノでB29を迎撃していたとは・・・
2022/06/25~
嬬恋・北軽井沢
-
五百対弐萬!関ヶ原で三成敗北の遠因となった「のぼうの城」続百名城No.118 忍城(4/100)
2024/05/30~
行田・羽生・加須
-
大和特攻の露払いをした旧帝国海軍最後の艦艇、終焉の地
2024/10/28~
幕張
-
人間の良心とは何か?~鬼畜と人間を分けるモノ・永勝寺~飯盛女の墓
2025/04/23~
藤沢・江ノ島
-
碓氷峠散歩~茶屋本陣・碓氷関・人間の証明の霧積温泉
2025/04/29~
安中・妙義
-
魔境グンマーにおける最狂の魔境:アダルト保育園(削除されない程度の写真のみを掲載・・・)
2025/07/13~
富岡・甘楽
-
薩長土が日本を盗むために命を奪われた日本海軍近代化の父・小栗上野介ゆかりの地訪問記
2025/07/21~
高崎
旅行記グループをもっと見る
この旅行記へのコメント (1)
-
- 横浜臨海公園さん 2024/11/01 07:01:19
- 海防艦志賀
- スネフェルさま、おはようございます。
旅行記を興味深く拝見させて頂きました。
海防艦志賀ですが、私事ながら実は小生の父は大東亜戦争末期に帝國大学入学と同時に海軍短期現役将校として軽巡洋艦矢矧に通信先任将校と乗艦を命ぜられ、志賀艦にも連絡で数回訪れたことがあったそうです。
ご存じの通り矢矧は大和に随伴し坊津沖で撃沈され、父は駆逐艦に発見されるまで約5時間立ち泳ぎをしながら助かりました。
解体が決定された報道を耳にし、父が大変残念がっていたのを覚えております。
その父も今年100歳を迎えました。
横浜臨海公園
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 観光スポット(関東甲信越)
1
24