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2024年10月22日(火)、京都三大祭りの一つと云われる時代祭の時代風俗行列を有料観覧席に見に行く。昨年、初めて葵祭の路頭の儀の行列に祇園祭の山鉾巡行をそれぞれ有料観覧席で見て、残っていたのはこの時代祭だけだった。<br /><br />有料観覧席、葵祭は京都御苑、祇園祭は御池通に行ったので、時代祭の有料観覧席は京都御苑、御池通と神宮道の3ヶ所に設置されるが、神宮道に行くことにする。<br /><br />昼の1時頃に京阪本線の三条駅に到着(下の写真1)。京阪本線は大阪の淀屋橋から京都の三条までを結ぶ京阪電気鉄道の鉄道路線で、単なる「本線」という路線名ではなく社名略称を冠した「京阪本線」が正式な路線名。<br /><br />1910年(明治43年)に天満橋・五条(現清水五条)間が開業、1915年(大正4年)に三条まで延伸される。淀屋橋までの延伸は戦後の1963年。起終点駅含む40駅、49.3kmを1435mmの標準軌、全線電化複線(天満橋・寝屋川信号所間は複々線)で結ぶ。1987年に七条・三条間が地下化された。<br /><br />1989年に三条から出町柳までの鴨東線が開業し、一体的なダイヤ体系で運行されている。また、2008年に天満橋から中之島までの中之島線も開業し、一部の列車は中之島線との直通運転を行っている。<br /><br />基本的には大阪や京都への通勤・通学路線だが、沿線に京都市内だけでなく多くの観光名所や、ひらかたパークや京都競馬場などがあり、これらへの来訪客輸送を担う観光路線でもある。<br /><br />同じく大阪と京都を結んでいるJR京都線や阪急京都本線は淀川の北側(右岸)を通るのに対し、京阪本線は淀川の南側(左岸)を通っており、それぞれの大阪側・京都側のターミナルも異なるため直接的に競合してない。<br /><br />かつては特急にテレビカーがあることで有名だったが、現在も2階建てのダブルデッカーや有料座席指定のプレミアムカーなど居住性に優れた専用車両を連結する特急が運行されており、京阪特急の愛称で親しまれている。<br /><br />京阪電気鉄道、通称京阪電鉄もしくは京阪電車、略称京阪は日本の大手私鉄の一つで、京阪ホールディングスと、その子会社59社及び関連会社7社から構成されている京阪グループの中核企業。京阪本線も社名の京阪も、京都と大阪を結ぶ鉄道路線であることから来ている。<br /><br />1903年(明治36年)に畿内電気鉄道(株)が創立。1906年(明治39年)に京阪電気鉄道(株)となる。1910年(明治43年)に上述のように天満橋・五条間が開業。戦争中に阪神急行電鉄と合併し、京阪神急行電鉄となるが、戦後の1949年に再び京阪電気鉄道が発足。2016年に発足した京阪ホールディングスの傘下となった。<br /><br />京阪本線・鴨東線・中之島線・交野線・宇治線から成る京阪線と、京津線・石山坂本線から成る大津線、さらに石清水八幡宮参道ケーブルの鋼索線を有し、89駅、営業キロ91.1kmで、大手私鉄16社中12位(ちなみに京阪より少ないのは京急、京王、阪神、相鉄)。<br /><br />三条駅は1915年(大正4年)の京阪本線延伸時に開業。1915年(大正4年)には京津電気軌道(現在の京津線)が三条大橋から三条まで延伸される。戦後になり、京津線の三条大橋駅を京阪本線三条駅と統合する。<br /><br />1987年の京阪本線地下化に伴い、京津線の停留場を京津三条駅に改称し、京阪本線と分断される。その2年後には鴨東線が開業し、京阪本線と京阪鴨東線との相互直通運転が開始され。事実上途中駅となる。<br /><br />1997年には京津線の京津三条・御陵間が廃止され、同時に京津三条駅も廃止。京都市営地下鉄東西線に三条京阪駅が開業し、連絡駅となった。なお、三条京阪は三条通の京阪前から来ており、京阪の三条駅から転じたものではない。<br /><br />現在の駅は待避設備を備えた島式2面4線のホームを持つ地下駅。京都市内の地下区間の七条・出町柳間では最も規模が大きい。改札・コンコースは地下1階、ホームは地下2階にある。改札口は北改札と中央改札の2か所。地下1階の改札内には京菓子などの土産店、イスとテーブルが置かれた飲食物の自動販売機コーナーがある。<br /><br />三条通の北側に上がるとすでに時代祭の行列を無料で観覧しようとする人が既にけっこう多い(下の写真2)。特に欧米系の外国人が多いのが目につく。行列が三条大橋に差し掛かるのは1時40分頃なので、まだ30分以上あるんだけどね。<br /><br />三条京阪の交差点から三条通を少し東に行ったところにある篠田屋でお昼にする。1904年(明治37年)創業のいぶし銀食堂。現在は四代目夫妻がお母様と3人で運営されてるらしい。篠田屋の名は、店を開いた初代(四代目の曾祖父)の出身が愛知県の篠田村(現あま市)と云うことから名付けられた。<br /><br />入口は狭いけど、中にはテーブル席が10個くらいある。でも。相席はお断りだそうなので、結構回転は悪い。私らも5分くらい待った。2人でこの店の名物の2枚看板、中華そばと皿盛を戴いた。中華そばは文字通りの中華そば。スープは鶏ガラ出汁で、あっさりめの醤油味。麺は細めのストレート麺。創業当時から変わらぬ味だそうだ。<br /><br />皿盛はカツカレーなんだけど、掛かっているのはカレーうどん用の餡かけ出汁で青ネギと牛肉入り。カツはラードで揚げてあるので、薄めなれど食べ出がある。さほど辛くはない。皿盛と云う名は、元々は丼だったそうだが、丼だとなかなか冷めずに、短い昼休みに食べるには皿に盛ったほうが早く冷えていいと云われて、皿に盛るようにしたことからの命名。なかなかうまかったわ。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27532738569702806&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />1時半頃、食事を終えて神宮道に向かう。まずは三条通を東へ。鴨川に架かる三条大橋が東海道の終点で、三条通が東海道の西端で、琵琶湖疏水の蹴上発電所がある辺りから西に向かって京の代表的な出入口の京の七口の一つで粟田口と呼ばれた。<br /><br />この辺りは京都市東山区。東山区、京都市については以前に書いた。<br />東山区<br />https://4travel.jp/travelogue/11814857<br />京都市<br />https://4travel.jp/travelogue/11832454<br /><br />東大路通を過ぎ、200mほどで白川を渡るが、その手前で北に向かう白川筋に入る。少し上がって突き当りを東に折れるとすぐに白川沿いの道に繋がる。気持ちのいい道(下の写真3)。途中で東山区から左京区に入る。左京区については、また改めて。<br /><br />1時45分頃、目的地の平安神宮大鳥居(下の写真4)横の有料観覧席に到着。この大鳥居がある南北の通りが神宮道。平安神宮の入口である應天門に通じる道。1928年(昭和3年)に應天門通から改称された。<br /><br />1895年(明治28年)の平安神宮創建に併せて整備された道で、元々は青蓮院の四脚門付近から三条通と仁王門通の間ぐらいまでしかない道で、粟田門前通と呼ばれていた。明治に入って、南側は知恩院前まで延長された。平安神宮創建により應天門通となり、應天門前から知恩院までとなり、神宮道に改称後に円山公園の北側入口まで延長された。<br /><br />なお、慶流橋から北側は、現在は平安神宮神苑内にある天王塚陵墓参考地があったため、旧粟田門前通の南北の軸より西にずれている。ついでに慶流橋は平安神宮創建に併せて開通。現在の橋は1963年に車輌通行に対応して木橋からPC橋に架け替えられたもの。<br /><br />神宮道の有料観覧席は大鳥居から北側の両サイドに設置されている(表紙の写真)。自分では指定できなかったが、我々の席は西側の一番大鳥居よりのブロックだった。<br /><br /><br />ここで時代祭の時代風俗行列を観覧するが、続く

京都 岡崎 神宮道へ(To Jingumichi,Okazaki,Kyoto,Kyoto,Japan)

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2024/10/22 - 2024/10/22

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旅行記グループ 時代祭

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ちふゆ

ちふゆさん

2024年10月22日(火)、京都三大祭りの一つと云われる時代祭の時代風俗行列を有料観覧席に見に行く。昨年、初めて葵祭の路頭の儀の行列に祇園祭の山鉾巡行をそれぞれ有料観覧席で見て、残っていたのはこの時代祭だけだった。

有料観覧席、葵祭は京都御苑、祇園祭は御池通に行ったので、時代祭の有料観覧席は京都御苑、御池通と神宮道の3ヶ所に設置されるが、神宮道に行くことにする。

昼の1時頃に京阪本線の三条駅に到着(下の写真1)。京阪本線は大阪の淀屋橋から京都の三条までを結ぶ京阪電気鉄道の鉄道路線で、単なる「本線」という路線名ではなく社名略称を冠した「京阪本線」が正式な路線名。

1910年(明治43年)に天満橋・五条(現清水五条)間が開業、1915年(大正4年)に三条まで延伸される。淀屋橋までの延伸は戦後の1963年。起終点駅含む40駅、49.3kmを1435mmの標準軌、全線電化複線(天満橋・寝屋川信号所間は複々線)で結ぶ。1987年に七条・三条間が地下化された。

1989年に三条から出町柳までの鴨東線が開業し、一体的なダイヤ体系で運行されている。また、2008年に天満橋から中之島までの中之島線も開業し、一部の列車は中之島線との直通運転を行っている。

基本的には大阪や京都への通勤・通学路線だが、沿線に京都市内だけでなく多くの観光名所や、ひらかたパークや京都競馬場などがあり、これらへの来訪客輸送を担う観光路線でもある。

同じく大阪と京都を結んでいるJR京都線や阪急京都本線は淀川の北側(右岸)を通るのに対し、京阪本線は淀川の南側(左岸)を通っており、それぞれの大阪側・京都側のターミナルも異なるため直接的に競合してない。

かつては特急にテレビカーがあることで有名だったが、現在も2階建てのダブルデッカーや有料座席指定のプレミアムカーなど居住性に優れた専用車両を連結する特急が運行されており、京阪特急の愛称で親しまれている。

京阪電気鉄道、通称京阪電鉄もしくは京阪電車、略称京阪は日本の大手私鉄の一つで、京阪ホールディングスと、その子会社59社及び関連会社7社から構成されている京阪グループの中核企業。京阪本線も社名の京阪も、京都と大阪を結ぶ鉄道路線であることから来ている。

1903年(明治36年)に畿内電気鉄道(株)が創立。1906年(明治39年)に京阪電気鉄道(株)となる。1910年(明治43年)に上述のように天満橋・五条間が開業。戦争中に阪神急行電鉄と合併し、京阪神急行電鉄となるが、戦後の1949年に再び京阪電気鉄道が発足。2016年に発足した京阪ホールディングスの傘下となった。

京阪本線・鴨東線・中之島線・交野線・宇治線から成る京阪線と、京津線・石山坂本線から成る大津線、さらに石清水八幡宮参道ケーブルの鋼索線を有し、89駅、営業キロ91.1kmで、大手私鉄16社中12位(ちなみに京阪より少ないのは京急、京王、阪神、相鉄)。

三条駅は1915年(大正4年)の京阪本線延伸時に開業。1915年(大正4年)には京津電気軌道(現在の京津線)が三条大橋から三条まで延伸される。戦後になり、京津線の三条大橋駅を京阪本線三条駅と統合する。

1987年の京阪本線地下化に伴い、京津線の停留場を京津三条駅に改称し、京阪本線と分断される。その2年後には鴨東線が開業し、京阪本線と京阪鴨東線との相互直通運転が開始され。事実上途中駅となる。

1997年には京津線の京津三条・御陵間が廃止され、同時に京津三条駅も廃止。京都市営地下鉄東西線に三条京阪駅が開業し、連絡駅となった。なお、三条京阪は三条通の京阪前から来ており、京阪の三条駅から転じたものではない。

現在の駅は待避設備を備えた島式2面4線のホームを持つ地下駅。京都市内の地下区間の七条・出町柳間では最も規模が大きい。改札・コンコースは地下1階、ホームは地下2階にある。改札口は北改札と中央改札の2か所。地下1階の改札内には京菓子などの土産店、イスとテーブルが置かれた飲食物の自動販売機コーナーがある。

三条通の北側に上がるとすでに時代祭の行列を無料で観覧しようとする人が既にけっこう多い(下の写真2)。特に欧米系の外国人が多いのが目につく。行列が三条大橋に差し掛かるのは1時40分頃なので、まだ30分以上あるんだけどね。

三条京阪の交差点から三条通を少し東に行ったところにある篠田屋でお昼にする。1904年(明治37年)創業のいぶし銀食堂。現在は四代目夫妻がお母様と3人で運営されてるらしい。篠田屋の名は、店を開いた初代(四代目の曾祖父)の出身が愛知県の篠田村(現あま市)と云うことから名付けられた。

入口は狭いけど、中にはテーブル席が10個くらいある。でも。相席はお断りだそうなので、結構回転は悪い。私らも5分くらい待った。2人でこの店の名物の2枚看板、中華そばと皿盛を戴いた。中華そばは文字通りの中華そば。スープは鶏ガラ出汁で、あっさりめの醤油味。麺は細めのストレート麺。創業当時から変わらぬ味だそうだ。

皿盛はカツカレーなんだけど、掛かっているのはカレーうどん用の餡かけ出汁で青ネギと牛肉入り。カツはラードで揚げてあるので、薄めなれど食べ出がある。さほど辛くはない。皿盛と云う名は、元々は丼だったそうだが、丼だとなかなか冷めずに、短い昼休みに食べるには皿に盛ったほうが早く冷えていいと云われて、皿に盛るようにしたことからの命名。なかなかうまかったわ。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27532738569702806&type=1&l=223fe1adec

1時半頃、食事を終えて神宮道に向かう。まずは三条通を東へ。鴨川に架かる三条大橋が東海道の終点で、三条通が東海道の西端で、琵琶湖疏水の蹴上発電所がある辺りから西に向かって京の代表的な出入口の京の七口の一つで粟田口と呼ばれた。

この辺りは京都市東山区。東山区、京都市については以前に書いた。
東山区
https://4travel.jp/travelogue/11814857
京都市
https://4travel.jp/travelogue/11832454

東大路通を過ぎ、200mほどで白川を渡るが、その手前で北に向かう白川筋に入る。少し上がって突き当りを東に折れるとすぐに白川沿いの道に繋がる。気持ちのいい道(下の写真3)。途中で東山区から左京区に入る。左京区については、また改めて。

1時45分頃、目的地の平安神宮大鳥居(下の写真4)横の有料観覧席に到着。この大鳥居がある南北の通りが神宮道。平安神宮の入口である應天門に通じる道。1928年(昭和3年)に應天門通から改称された。

1895年(明治28年)の平安神宮創建に併せて整備された道で、元々は青蓮院の四脚門付近から三条通と仁王門通の間ぐらいまでしかない道で、粟田門前通と呼ばれていた。明治に入って、南側は知恩院前まで延長された。平安神宮創建により應天門通となり、應天門前から知恩院までとなり、神宮道に改称後に円山公園の北側入口まで延長された。

なお、慶流橋から北側は、現在は平安神宮神苑内にある天王塚陵墓参考地があったため、旧粟田門前通の南北の軸より西にずれている。ついでに慶流橋は平安神宮創建に併せて開通。現在の橋は1963年に車輌通行に対応して木橋からPC橋に架け替えられたもの。

神宮道の有料観覧席は大鳥居から北側の両サイドに設置されている(表紙の写真)。自分では指定できなかったが、我々の席は西側の一番大鳥居よりのブロックだった。


ここで時代祭の時代風俗行列を観覧するが、続く

  • 写真1 京阪本線三条駅

    写真1 京阪本線三条駅

  • 写真2 三条京阪交差点東

    写真2 三条京阪交差点東

  • 写真3 白川筋

    写真3 白川筋

  • 写真4 平安神宮大鳥居

    写真4 平安神宮大鳥居

  • 写真5 有料観覧席チケット

    写真5 有料観覧席チケット

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