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2024年10月22日(火)午後3時15分頃、開始から約1時間を経過。吉野時代に入る。前述したように南朝を正統としているため、南北朝時代とは呼ばれない。楠公上洛列と中世婦人列の2列。<br /><br />楠公上洛列は1333年に後醍醐天皇が隠岐より還幸された際、兵庫にてこれを迎えた楠木正成一行が、先導して京へ進んだ様子を表わしている。特徴としては、腹巻、胴丸が多く、華麗な甲冑や武具が一目で見られること。右京区の平安講社第九社が奉仕している。<br /><br />中世婦人列は平安時代後半から桃山時代に至る時代の女性列。大原女は室町末期に薪や炭等を頭にのせ京の町へ売りに出ている姿。大原農協婦人会有志の奉仕。桂女は室町頃に桂川の鮎や飴を京の町々に売り歩いたり、婚礼や出産の時に祝詞をとなえる巫女などを業とした女性で、桂・桂東婦人会輪番の奉仕。<br /><br />淀君は浅井長政娘、茶々で秀吉の側室となり秀頼を産む。桃山時代を代表する豪華な衣裳を纏った外出姿。藤原為家の室(阿仏尼)「十六夜日記」の著者で、所領訴訟のため東下りする旅姿。静御前は源義経の愛妾で、女人の舞装束として水干を着けた白拍子姿。これらは京都花街組合連合会輪番の奉仕。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613853024924693&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />次は鎌倉時代で、城南流鏑馬列のみ。1221年に後鳥羽上皇が朝廷の威信回復のために、城南離宮に近畿10余国の武士1700余人を召し集められ、開催した流鏑馬(やぶさめ)を模したもの。流鏑馬は平安朝以来行われた騎射の技で、馬場に3箇所の的を立て、射手が馬を馳せつつ矢つぎばやにこれを射たもの。この列は狩装束の射手武士を中心に構成されている。中京区・下京区の平安講社第四社が奉仕している。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613878044922191&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />終わりが近づき、藤原時代へ。藤原公卿参朝列と平安時代婦人列の2列。<br /><br />藤原公卿参朝列は平安時代でも中期以降の藤原氏が隆盛を誇った時代の文武両様の姿を現したもの。藤原氏全盛期の文武両様の王朝風俗で、参朝する位の高い貴族の文官、武官の夏の正装姿。上京区・中京区の平安講社第三社の奉仕。<br /><br />平安時代婦人列は400年続いた平安時代を彩る多彩な女性風俗の変遷を表したもの。巴御前は木曽義仲の寵愛をうけた武勇のほまれ高い女性で、義仲にしたがって出陣したときの鎧姿。横笛は建礼門院の雑仕女で、滝口の武士斎藤時頼と恋におち、嵯峨へ時頼を訪ねる市女笠に袿の旅姿。<br /><br />常盤御前は源義朝夫人で、義朝亡き後、平清盛に許しを乞うため3児(今若・乙若・牛若)を連れて六波羅へ名乗り出る時の姿。清少納言と紫式部は説明不要でしょう。現在も大河に出演中。清少納言は唐衣に裳を着けた女房装束(十二単)姿で女官の正装。紫式部は小袿衣姿で略装。<br /><br />紀貫之の娘は10世紀半ばの若い未婚女性の平素の姿。小野小町は正倉院御物や神像などから考証した唐風の残る女官の礼服姿。和気清麻呂公の姉の和気広虫は慈悲深くわが国孤児院の起源をなした女性で、唐風を色濃く残した規定外の平服姿。最後の百済王明信は桓武天皇の信頼厚く、尚侍として天皇を陰からささえた女性で、女官の礼服姿。いずれも京都花街組合連合会輪番と京都市地域女性連合会の奉仕。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613904804919515&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />そして時代風俗行列の最後、延暦時代。延暦武官行進列と延暦文官参朝列の2列。<br /><br />延暦武官行進列は801年、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征を終えて平安京に凱旋する様を表している。この時代の考証史料は少なく、行装は正倉院御物や古墳の出土品などによって復元、その後の研究成果をもとに逐次改良が加えられている。左京区・北・上京・中京各区の一部の平安講社第二社の奉仕。<br /><br />延暦文官参朝列は796年、文官が朝賀の儀式のため参朝する様を表している。服装は朝服で、身分によって色が定められており、三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑の袍を着用している。時代祭の全行列が平安神宮に還り着いた時に、代表して三位が大極殿で祭文を奏上する。北区・上京区の平安講社第一社が奉仕。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613927288250600&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />長大な時代風俗行列の後にようやく祭事に携わる神幸列になる。神饌講社列、前列、神幸列、白川女献花列、弓箭組列の5列で構成される。<br /><br />神饌講社列は時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人達で、騎馬に白の礼装の御饌長(みけちょう)・副御饌長および水干(すいかん)姿の講員により組織されている。京都料理組合の奉仕。<br /><br />続いてメインの神幸列の直前を行く前列。御賢木(おんさかき)を先頭に、迦陵頻(かりょうびん)、胡蝶の舞人、さらに雅楽の伶人など優美な衣裳の列で、多数の狩衣装束のお供が従う。左京区の平安講社第七社が奉仕。<br /><br />神幸列はご祭神の乗る御輿である御鳳輦(ごほうれん)を中心とした神幸の本列。先に進む御鳳輦が孝明天皇、後の御鳳輦が桓武天皇で、宮司以下神職が前後に供奉している。この列以外の各列はこの神幸のお供をする行列。この列の方々は本職。<br /><br />白川女献花列は比叡山を源に発する白川の流域に住み、季節の花を売り歩くのを業とする白川女。その歴史は古く、平安時代中頃から御所に花を届けていたとも云われている。伝統的な白川女姿で、神前に献花する花を頭に乗せている。白川女風俗保存会の奉仕。<br /><br />最後の弓箭(きゅうぜん)組列は桓武天皇平安遷都の際、その御列の警護に当ったとも云われる丹波国南桑田郡(現亀岡市)、船井郡(現南丹市)の皆さん。弓箭の技に秀でた人達が多く、明治維新の際には弓箭組を作り山陰鎮撫に当ったとも伝えられており、時代祭創設当初より御祭神の警護役を担っている。亀岡市・南丹市の有志の奉仕。私の古くからの友人も参加していた。<br /><br />3時50分頃、行列開始から1時間半ほどで全行列終了。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613974638245865&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />以上

京都 時代祭 時代風俗行列(続)(Jidai Matsuri(cont.),Jingumichi,Okazaki,Kyoto,Japan)

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2024/10/22 - 2024/10/22

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ちふゆ

ちふゆさん

2024年10月22日(火)午後3時15分頃、開始から約1時間を経過。吉野時代に入る。前述したように南朝を正統としているため、南北朝時代とは呼ばれない。楠公上洛列と中世婦人列の2列。

楠公上洛列は1333年に後醍醐天皇が隠岐より還幸された際、兵庫にてこれを迎えた楠木正成一行が、先導して京へ進んだ様子を表わしている。特徴としては、腹巻、胴丸が多く、華麗な甲冑や武具が一目で見られること。右京区の平安講社第九社が奉仕している。

中世婦人列は平安時代後半から桃山時代に至る時代の女性列。大原女は室町末期に薪や炭等を頭にのせ京の町へ売りに出ている姿。大原農協婦人会有志の奉仕。桂女は室町頃に桂川の鮎や飴を京の町々に売り歩いたり、婚礼や出産の時に祝詞をとなえる巫女などを業とした女性で、桂・桂東婦人会輪番の奉仕。

淀君は浅井長政娘、茶々で秀吉の側室となり秀頼を産む。桃山時代を代表する豪華な衣裳を纏った外出姿。藤原為家の室(阿仏尼)「十六夜日記」の著者で、所領訴訟のため東下りする旅姿。静御前は源義経の愛妾で、女人の舞装束として水干を着けた白拍子姿。これらは京都花街組合連合会輪番の奉仕。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613853024924693&type=1&l=223fe1adec

次は鎌倉時代で、城南流鏑馬列のみ。1221年に後鳥羽上皇が朝廷の威信回復のために、城南離宮に近畿10余国の武士1700余人を召し集められ、開催した流鏑馬(やぶさめ)を模したもの。流鏑馬は平安朝以来行われた騎射の技で、馬場に3箇所の的を立て、射手が馬を馳せつつ矢つぎばやにこれを射たもの。この列は狩装束の射手武士を中心に構成されている。中京区・下京区の平安講社第四社が奉仕している。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.27613878044922191&type=1&l=223fe1adec

終わりが近づき、藤原時代へ。藤原公卿参朝列と平安時代婦人列の2列。

藤原公卿参朝列は平安時代でも中期以降の藤原氏が隆盛を誇った時代の文武両様の姿を現したもの。藤原氏全盛期の文武両様の王朝風俗で、参朝する位の高い貴族の文官、武官の夏の正装姿。上京区・中京区の平安講社第三社の奉仕。

平安時代婦人列は400年続いた平安時代を彩る多彩な女性風俗の変遷を表したもの。巴御前は木曽義仲の寵愛をうけた武勇のほまれ高い女性で、義仲にしたがって出陣したときの鎧姿。横笛は建礼門院の雑仕女で、滝口の武士斎藤時頼と恋におち、嵯峨へ時頼を訪ねる市女笠に袿の旅姿。

常盤御前は源義朝夫人で、義朝亡き後、平清盛に許しを乞うため3児(今若・乙若・牛若)を連れて六波羅へ名乗り出る時の姿。清少納言と紫式部は説明不要でしょう。現在も大河に出演中。清少納言は唐衣に裳を着けた女房装束(十二単)姿で女官の正装。紫式部は小袿衣姿で略装。

紀貫之の娘は10世紀半ばの若い未婚女性の平素の姿。小野小町は正倉院御物や神像などから考証した唐風の残る女官の礼服姿。和気清麻呂公の姉の和気広虫は慈悲深くわが国孤児院の起源をなした女性で、唐風を色濃く残した規定外の平服姿。最後の百済王明信は桓武天皇の信頼厚く、尚侍として天皇を陰からささえた女性で、女官の礼服姿。いずれも京都花街組合連合会輪番と京都市地域女性連合会の奉仕。
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そして時代風俗行列の最後、延暦時代。延暦武官行進列と延暦文官参朝列の2列。

延暦武官行進列は801年、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征を終えて平安京に凱旋する様を表している。この時代の考証史料は少なく、行装は正倉院御物や古墳の出土品などによって復元、その後の研究成果をもとに逐次改良が加えられている。左京区・北・上京・中京各区の一部の平安講社第二社の奉仕。

延暦文官参朝列は796年、文官が朝賀の儀式のため参朝する様を表している。服装は朝服で、身分によって色が定められており、三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑の袍を着用している。時代祭の全行列が平安神宮に還り着いた時に、代表して三位が大極殿で祭文を奏上する。北区・上京区の平安講社第一社が奉仕。
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長大な時代風俗行列の後にようやく祭事に携わる神幸列になる。神饌講社列、前列、神幸列、白川女献花列、弓箭組列の5列で構成される。

神饌講社列は時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人達で、騎馬に白の礼装の御饌長(みけちょう)・副御饌長および水干(すいかん)姿の講員により組織されている。京都料理組合の奉仕。

続いてメインの神幸列の直前を行く前列。御賢木(おんさかき)を先頭に、迦陵頻(かりょうびん)、胡蝶の舞人、さらに雅楽の伶人など優美な衣裳の列で、多数の狩衣装束のお供が従う。左京区の平安講社第七社が奉仕。

神幸列はご祭神の乗る御輿である御鳳輦(ごほうれん)を中心とした神幸の本列。先に進む御鳳輦が孝明天皇、後の御鳳輦が桓武天皇で、宮司以下神職が前後に供奉している。この列以外の各列はこの神幸のお供をする行列。この列の方々は本職。

白川女献花列は比叡山を源に発する白川の流域に住み、季節の花を売り歩くのを業とする白川女。その歴史は古く、平安時代中頃から御所に花を届けていたとも云われている。伝統的な白川女姿で、神前に献花する花を頭に乗せている。白川女風俗保存会の奉仕。

最後の弓箭(きゅうぜん)組列は桓武天皇平安遷都の際、その御列の警護に当ったとも云われる丹波国南桑田郡(現亀岡市)、船井郡(現南丹市)の皆さん。弓箭の技に秀でた人達が多く、明治維新の際には弓箭組を作り山陰鎮撫に当ったとも伝えられており、時代祭創設当初より御祭神の警護役を担っている。亀岡市・南丹市の有志の奉仕。私の古くからの友人も参加していた。

3時50分頃、行列開始から1時間半ほどで全行列終了。
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