2024/09/25 - 2024/09/25
29位(同エリア648件中)
ローマ人さん
この旅行記のスケジュール
2024/09/25
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9月25日(水)、旅の2日目です。
午前中は、岡山市から瀬戸内海を渡り、観音寺市の琴弾八幡宮、銭形砂絵、観音寺を巡りました。
午後は、丸亀市に移動し丸亀城に登城しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- JR特急 JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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午前中に観音寺市巡りを終えて、午後は丸亀市に移動します。
観音寺駅 駅
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13:07発、特急しおかぜ16号に乗車。
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13:27、丸亀駅に到着。
丸亀駅 駅
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丸亀駅舎です。
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駅前の浜町商店街のアーケードを通って丸亀城に向かいます。
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商店街入口の手前に、警察犬「きな子」の像がありました。
「きな子」は、香川県警の嘱託警察犬として活躍した雌のラブラドルレトリバーで、警察犬の試験に何度も失敗するものの頑張り続ける姿が『ズッコケ見習い警察犬』として多くに共感を呼び、7回目の挑戦で見事、警察犬となった犬です。
実話に基づき「きな子」と訓練士を目指す少女の物語が『きな子~見習い警察犬の物語~』として映画化されました。 -
アーケード商店街は人気がありません。
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丸亀駅から歩いて10分位、目の前に丸亀城が姿を現しました。
標高約66mの亀山に築かれた平山城です。
城の周囲が平地なので、実際の高さよりも天守の位置が高く感じられます。 -
ズームアップ。
石垣の名城として知られるだけに、山麓から山頂まで3重に重ねられた石垣が折り重なって見える姿は圧巻です。 -
天守です。
万治3(1660)年に建設された高さ15m、層塔型3層3階造りの建物で、3階の千鳥破風、2階の唐破風の意匠が目立っています。
北側の城下から見上げた時に大きく見えるように、東西に広く造られているそうです。
江戸時代またはそれ以前に建てられ現在も保存されている12の天守「現存12天守」の1つで、国の重要指定文化財として指定されています。 -
大手門から城内に入ります。
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大手門は南北18m、東西20mの枡形になっていて、左の高麗門が「大手門二の門」で、右の櫓門が「大手門一の門」です。
両門ともに1670年頃に建築された現存の門で国の重要文化財に指定されています。大手一の門 二の門 名所・史跡
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内堀に架かる石橋を渡ります。
内堀(西側)の眺め。 -
内堀(東側)の眺め。
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大手門二の門です。
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門を潜って中へ。
石垣で囲まれた大手門の内枡形です。 -
大手門の枡形から眺める大手門二の門。
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大手門一の門です。
櫓上で時報の太鼓を打っていたことから「太鼓櫓」とも呼ばれているそうです。 -
門を潜ります。
両脇には歴代城主の家紋をあしらった提灯が並べられています。 -
大手門内側は山下曲輪です。
内側から眺める大手門一の門。
写真左側に入口があり、無料で見学できるようですが、当日は臨時休業のようでした。 -
大手門一の門横の石垣に上ることが出来るようになっています。
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石垣の上からの眺め。
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山下曲輪の大手門一の門の後ろ側には広いスペースがあり、天守の姿を眺めることが出来ます。
本丸への順路は写真左側ですが、その前に右側へ。 -
案内図です。
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左右に目隠しの土塀を設けた廊下橋を渡ると・・・。
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御殿跡に薬医門形式の門「玄関先御門」があります。
丸亀藩の藩主の京極氏の表門にあたるそうで、藩主邸の玄関先御門が城内に残っているのは、全国で丸亀城だけだそうです。 -
順路に戻り、「見返り坂」を上ります。
坂の左側にある観光案内所では、丸亀の伝統工芸品「丸亀うちわ」の製造実演、販売を行っています。丸亀城内観光案内所 / うちわ工房「竹」 名所・史跡
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斜度約10度の坂が約150m続くので、上るのに骨が折れます。
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「見返り坂」の終点にあるのが三の丸北石垣です。
石の表面を平たくし接合面の隙間を減らして積み上げる技法「打込み接ぎ(うちこみはぎ)」で造られた高さが20m以上もある高石垣で、石垣の勾配が下部緩く、上に行くほど急になるという「扇の勾配」と呼ばれる美しい勾配になっています。 -
隅角部の石垣は算木積みと呼ばれる積み方で、直方体の大きな石を角石(すみいし)に用い、大面(面積が大きい面)と小面を交互に組み合わせ、小面の角石の横には角脇石を配することで、高く強固な石垣になっているそうです。
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逆方向からの眺め。
長く延びる石垣です。 -
三の丸大手口です。
ここから、坂は更に急勾配になります。 -
坂の左側にある立派な石垣は、三の丸東の丑寅櫓跡の石垣と櫓に延びる土塁の土留めに造られた腰巻石垣です。
石垣の色が白い部分は、発掘調査に基づき修復・復元されたものだそうです。 -
三の丸に到着。
三の丸は高さ50m前後の平地で、本丸、二の丸を鉢巻状に取り囲む曲輪です。 -
丑寅櫓跡に続く土塁です。
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下には、先ほど上ってきた坂道が見えます。
坂道を挟んだ向こう側には二の丸の石垣が見えます。
姿は見えませんが、その上に本丸があります。 -
丑寅櫓跡です。
周囲を遮るものがないので瀬戸内海まで見渡せます。 -
丑寅櫓跡からの眺め。
北東方向に瀬戸大橋が見えます。 -
北西方向には造船所が見えます。
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三の丸南東隅にある月見櫓跡です。
月見をするのに絶好な場所だったことから、この名があるそうです。 -
月見櫓跡からは、讃岐富士と呼ばれる飯野山の美しい姿を見ることが出来ます。
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二の丸大手虎口です。
ここを上ると最短で本丸に行くことが出来ますが・・・。 -
あえて右側の三の丸曲輪の道を進みます。
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二の丸番頭櫓跡の石垣です。
この石垣も高くて立派です。 -
先ほどいた丑寅櫓跡が見えます。
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三の丸曲輪を巡ります。
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三の丸からの二の丸の石垣の眺め。
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三の丸の石垣。
見返り坂の上辺りです。 -
天守が見えてきました。
手前左側の石垣は長崎櫓跡です。 -
城の西側のこの部分は本丸の石垣です。
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ズームアップ。
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鯱をズームアップ。
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雑草が茂っていますが、三の丸から二の丸へと続く「二の丸搦手(裏側)」の石段を上ります。
左側の石垣には、かつて櫓門があったのでしょうね。 -
石段を上り、一段高くなっている長崎櫓跡からの天守の眺め。
天守の北側東寄りに「石落とし」が設けられているのがわかります。
石落としは、その名の通り外の敵に対して石を落とすことで敵を撃退する仕掛けですが、鉄砲を使用することもでき、様々な攻撃方法が可能だったようです。 -
長崎櫓跡から三の丸を見下ろすと、こんな感じです。
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三の丸戌亥櫓跡です。
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長崎櫓跡からの二の丸東方向の眺め。
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本丸の石垣を右側に見ながら、二の丸を時計回りに廻ります。
二の丸には桜の木が多く植えられているので、桜の季節には一層見ごたえがあるのではないでしょうか。 -
二の丸です。
通路の赤色の欄干のようなものには「二の丸橋」の表示がありました。
平らな場所ですが、何故「橋」なのでしょうか? -
本丸への入口になっている京極坂を上ります。
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天守が姿を現しました。
少々小ぶりですが。丸亀城 名所・史跡
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本丸から、上ってきた京極坂と二の丸を見下ろします。
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本丸です。
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本丸東側です。
写真左側に京極坂が見えます。 -
本丸南東隅にある宗門櫓跡です。
かつて本丸には、天守とは別に4つの隅櫓が建ち、それらが天守を含めて渡櫓と土塀でつながっていたそうです。 -
宗門櫓跡からの眺め。
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宗門櫓跡からの天守の眺め。
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南西方向の眺め。
石垣修復工事をしています。 -
南西隅の多門櫓跡。
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西方向の眺め。
写真右側に丸亀市立資料館が見えます。 -
北西隅の姫櫓跡。
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姫櫓跡からの眺め。
写真の中央部にあるのは玄関先御門です。 -
姫櫓跡からの天守の眺め。
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天守の西側の壁面に装飾がなく、出入口部分が殺風景なのは、かつて渡櫓が接続していたからだそうです。
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入口で入場料を支払い、中に入ります。
入場料は、大人400円、中学生以下無料。
開館時間は、9:00~16:30(受付16:00)。
御城印はこちらで購入できます。 -
1階です。
床を見ると、敷かれている床板の幅が異なっています。
幅が広いものが江戸時代のもので、幅が狭いものが昭和の解体修理の際に取り替えたものだそうです。 -
北側の壁に開けられた四角形や三角形の穴は、鉄砲で天守内側から外部にいる敵を攻撃するために設けられた狭間(さま)です。
通常は雨水や風、鳥などの侵入を防ぐために引き戸により蓋ができるようになっています。
内側に向かって穴が広くなっているのは、鉄砲の角度を変えやすくして、敵の動きに対応しやすくするためだそうです。
狭間が北側にあるのは、天守の北側に三の丸から二の丸に上がる搦手門があり、その防御を意識していたと考えられているのだそうです。 -
北側東寄りの一部が外に張り出している場所が「石落とし」です。
床板を外すと細長い穴が開いています。 -
2階への階段です。
かなり急です。 -
階段を上ります。
歴史を感じさせる手摺です。 -
2階です。
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太鼓壁です。
床面から190㎝の高さにある貫(水平方向の木材)まで、壁が盛り上がるように漆喰が厚く塗られています。
太鼓壁は、鉄砲の弾丸が貫通しないように内側と外側にそれぞれ別の土壁があり、その間が空間になっている構造が太鼓に似ていることから、その名で呼ばれるようになったそうです。
壁の空間には、小石や瓦を詰めて防御力を高めています。 -
燧梁(ひうちばり)です。
天守の4隅には、2つの壁の角に「隅柱(すみばしら)」、隅柱の両隣の壁に1本ずつある「添柱(そえばしら)」の3本の柱が建てられています。
この添柱を繋ぐように水平にかけられた短い梁(赤丸で囲った部分)です。
燧梁は地震時などに生じる水平方向の歪み防止に有効で、更に内側の柱(写真左側)、隅柱と共に隅方向へ斜めに伸びる太い梁を受けることで、上からかかる重さを分散することが出来るそうです。
特に重さがかかる1階もこの構造になっています。 -
大砲(おおづつ)狭間です。
北側の壁に2か所、東西の壁に1か所ずつ床に近い高さに設けられています。
天守の狭い階段や内部スペースを考慮すれば、大砲というよりも抱えて使用することが困難な大型の鉄砲を床に置いて使用することを想定したものと考えられているそうです。
この狭間は蓋がされ漆喰で塗り固められているため、天守の外側から見てもどこにあるのかわからない「隠し狭間」となっています。
非常時には、漆喰を打ち抜いて使用する仕組みになっているようです。
3階にも北側と南側の壁に2か所ずつ設けられています。 -
大砲狭間の上の武者窓からの眺め。
北方向です。
目の前に見えるのは長崎櫓跡です。 -
東方向の眺め。
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南方向の眺め。
本丸の宗門櫓跡。 -
西方向の眺め。
姫櫓跡。 -
3階への階段です。
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最上階の3階です。
かなり狭くなりました。 -
太い梁が組まれた屋根です。
梁や柱に添えられているのは、昭和の解体修理内容が刻まれた銘板(左側の赤丸で囲った部分)や、修理に使用した定規など、昭和の解体修理の際に交換した木材に修理した年号を刻印するために使われた焼印が納められた道具箱(右側の赤丸で囲った部分)です。 -
北側の武者窓です。
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武者窓からの眺め。
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登城記念証の台紙にスタンプを押しました。
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二の丸に下りてきました。
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二の丸は広場になっていて、その中央に「二の丸井戸」があります。
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二の丸井戸。
この井戸は日本一深い井戸といわれていて、水深は30m以上あるそうです。 -
覗いても底が見えません。
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番頭櫓跡です。
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二の丸大手虎口から三の丸へ下ります。
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二の丸大手虎口です。
通路がS字型にカーブしています。 -
振り返っての眺め。
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二の丸大手虎口正面です。
かつては櫓門があったそうです。 -
三の丸に下りてきました。
二の丸辰巳櫓の石垣です。
帰りは、往路とは道を変えて搦手口からにします。 -
延寿閣別館があります。
麻布にあった丸亀藩京極家の江戸藩邸の一部を昭和8(1933)年に移築したもので、内部は大名家の生活が偲ばれるように昔のまま保存されているそうです。 -
延寿閣別館の前に建っている勤王碑です。
江戸時代末期から明治の初めにかけて活躍した郷土の勤王志士、土肥大作、村岡宗四郎が大正8(1919)年に贈位されたのを記念して大正12(1923)年に建立されました。 -
二の丸五番櫓の石垣です。
これより先の三の丸は工事中のため立入禁止です。 -
三の丸南側にある搦手口です。
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三の丸南側の石垣です。
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三の丸搦手口は、山崎家が城主の時代までは丸亀城の大手だった場所だそうです。
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そのため、石垣を巧みに配置し・・・。
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城内で最も堅固に造られています。
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坂も急です。
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三の丸の石垣を見上げます。
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三の丸搦手口。
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自然石をそのまま積み上げる技法「野面積み(のづらづみ)」の石垣。
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三の丸搦手口。
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三の丸搦手口。
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栃ノ木御門跡。
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三の丸搦手口。
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確かに、かつて大手口であった名残りを感じさせられます。
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山下曲輪まで下りてきました。
城の南側に位置する搦手門跡です。 -
城外からの眺め。
手前の橋が「ときわ橋」で、橋を渡った所にある石垣が搦手門があった場所です。
山崎家から城主を引き継いだ京極家が城の北側に移す前までは、この場所に大手門があったのだそうです。 -
ときわ橋からの内堀東側の眺め。
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山下曲輪を時計回りに大手門に向かっていると、三の丸坤(ひつじさる)櫓石垣と帯曲輪南西隅石垣崩落の復旧工事が行われていました。
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石垣復旧PR館です。
石垣が崩れた当時の状況や、復旧状況などの情報を発信する施設です。
屋上は展望デッキになっており、復旧工事の様子が一望できます。
開館日:年中無休
開館時間:9:00~16:30丸亀城石垣崩落復旧整備事業PR館 名所・史跡
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復旧工事の概要などを紹介したパネル、石工の道具、出土品などを展示しています。
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平成30(2018)年7月7日、帯曲輪南西部南面が崩落。
崩落前と崩落後。 -
石垣崩壊の経緯。
同年10月8日、帯曲輪南西隅石垣が崩落し、更に翌10月9日に三の丸坤櫓石垣が崩落。 -
石工道具の展示。
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出土品の展示。
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出土品の展示。
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マンホールの蓋のデザイン展示もありました。
ニッカリ青江?
「ニッカリ青江」は、刀を擬人化したブラウザゲーム「刀剣乱舞」に「にっかり青江」として登場したことで名前が知られましたが、鎌倉時代の備中青江派によって造られた刀で、丸亀京極家が家宝とした刃長60.5㎝の脇差です。
名前の由来は「にっかり笑う女の幽霊を切り捨て、翌朝確認したら石塔が真っ二つになっていた」という言い伝えによるものだそうです。
丸亀市のゆるキャラ「骨付奉行じゅうじゅう」が「ニッカリ青江」を握っています。 -
復旧のために解体した石垣の石に識別番号を付けて保管しています。
それにしても大変な数です。 -
これは石垣の隅角部に積む角石で、解体した石の中で一番大きいそうです。
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刻印石があります。
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ズームアップ。
〇が3つ三角形に配置された文様と「角」の字が刻印されています。
〇が3つの文様は、石切り場で採掘していたグループのマーク、「角」は角石を表しているそうです。 -
「玄関先御門」(裏側)まで戻ってきました。
これで丸亀城は終了です。 -
御城印をいただきました。
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丸亀駅まで戻ってきました。
丸亀駅前に趣のある建物がありました。
猪熊源一郎現代美術館です。
展示替えの為、休館中でした。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館 美術館・博物館
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JR丸亀駅改札口です。
丸亀駅 駅
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17:05発、快速サンポート南風リレー号高松行に乗車。
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17:32、JR高松駅に到着。
今日宿泊するホテルに向かいます。
最後までご覧いただきありがとうございました。高松駅 駅
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