2022/10/13 - 2022/10/13
743位(同エリア848件中)
ちふゆさん
2022年10月13日(木)午後、この日の散歩は城陽市寺田にある遺跡へ歩く。城陽市と寺田に付いては以前書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11627986
https://4travel.jp/travelogue/11854418
午後の3時前、JR城陽駅の北東約1kmにある正道官衙遺跡に到着。標高40mから50mの南向きの台地上にある、古墳時代(5世紀)の小形の古墳と、6世紀後半から7世紀にかけての集落跡、7世紀以降の整然と配置された大型掘立柱建物群による官衙遺構等が重なり合う複合遺跡。
官衙(かんが)とは古代の政庁である国衙(こくが)や郡衙(ぐんが)跡を指し、1973年の大規模な発掘調査で奈良時代の山城国久世郡の衙中心部分と推定される掘立柱建物群跡が見つかった。なお、正道(しょうどう)は地名。
1965年に台地西端の池畔で瓦片や土器片が見つかり、古代寺院があったと推定され、当初は地名をとって正道廃寺跡と名付けられた。しかし、前述のように郡衙跡であることが判明し、1974年に正道遺跡と改名され、城陽市では初めての国の史跡に指定され、翌年史跡地全体の約10,850平方mが公有化された。
西側には、飛鳥時代の掘立柱建物群が見つかっており、奈良時代の郡衙に先立つ建物群と考えられている。また東側には、寺(正道廃寺)の存在も推定されている。
発掘調査後には埋め戻されて長い間広場になっていたが、1989年に文化庁の指導を得てこの遺跡を含む城陽市内全5か所の史跡整備構想が策定された。1992年に整備が完了し、史跡公園として遺構の一部が復元され、芝生や万葉植物を配した広場も造られた。
復原されているのは公園中央北側の庁屋に庁屋柵、その裏側の副屋と、南側の南門と左右の築地塀。向屋、正倉、東屋は復元されていない。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.26846796124963724&type=1&l=223fe1adec
芝ヶ原古墳へ向かうが、続く
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城陽20221013
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