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2022年10月13日(木)午後の3時半過ぎ、芝ヶ原古墳から南西に500mほど歩いて、久世神社に到着。久世神社は創祀された年代は明らかではないが、日本武尊(やまとたける)を祭神としている。旧久世村の産土神で若王社、白鳥の宮とも呼ばれた。1868年(明治元年)に久世神社となる。<br /><br />創建伝承では、日本武尊は死後一羽の白鳥となり、この地、鷺坂に飛来して留まった。以来、この地に祀られたのが久世神社の始まりと云う。日本武尊の妃の山代之玖玖麻毛理比売(やましろのくくまもりひめ)はこの地の古代豪族、栗隈県主(あがたぬし)の出自とされる。その伝承に因み、後世、栗隈氏が当社を勧請したとも云う。<br /><br />この地には元々、奈良時代前期の創建で8世紀中頃に伽藍が整備され、11世紀前半に廃絶したと考えられている久世(くせ)寺があった。平安時代の多量の瓦や鉄釘が発掘され、奈良時代末期の金銅製誕生釈迦仏立像などの重要な遺物も多数発掘されている。<br /><br />主要な建物跡が良好に保存され、四面庇の特異な構造の建物跡だったことも確認されている。古代久世郡衙と推定される遺跡もあり、南山城地域の古代寺院を考える上での重要な遺跡で、2007年に国の史跡に指定された。<br /><br />塔を東、金堂を西に置く法起寺式の伽藍配置を取り、東西約120m、南北約135mと推定されている。現在の久世神社は寺跡の南東側を占めており、西側と北東部は久世小学校まで深い森になっている。北東部にあった講堂も含めて土壇としてよく保存されているが、神社の表参道から見た限りでは具体的な形跡は分からなかった。<br /><br />神社はJR奈良線の西側を走る奈良街道からJR線を越えて東に表参道が伸び、北に曲がって南向きの石鳥居に達する。石鳥居の手前左手に社務所(通常無人)があり、石鳥居の左手に手水舎が置かれている。鳥居の奥は石の玉垣に囲まれた一段高い神域になっている。<br /><br />神域に上がると正面に本殿。朱塗りの一間社流造で、屋根は檜皮葺。正面拝所の格子戸の上に、唐草模様の透彫が極彩色仕上げされている。瑞垣は同じく丹塗りで、正面には連子窓、側面には二重斜格子窓がはめ込まれている。華やかな外観が特徴で、室町時代中期に建築されたものと推定されており、国の重文に指定されている。<br /><br />本殿の右手には龍王社と稲荷社の末社二社が勧請されている。龍王社の祭神は級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長津媛命(しなつひめのみこと)で、奈良の龍田神社からの勧請らしい。稲荷社の祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)。いずれも小さい社だが、このような形式の末社によくある見世棚造ではなく銅葺一間社流造で、階が設けられた正式な社。<br /><br />神社の東側の坂道が最初に白鳥が飛来した鷺坂と見なされているようで、神域の南東角の下に久世鷺坂舊(旧)跡の碑が建っており、柿本朝臣人麻呂之歌集に収蔵されている「山背の久世の鷺坂神代より 春は萌りつつ秋は散りけり」の歌碑も並んでいる。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.26893020427007960&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />JRの城陽駅から有名スイーツを買いに行くが、続く

京都 城陽 久世神社(Kuze-jinja Shrine,Joyo,Kyoto,Japan)

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2022/10/13 - 2022/10/13

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旅行記グループ 城陽20221013

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年10月13日(木)午後の3時半過ぎ、芝ヶ原古墳から南西に500mほど歩いて、久世神社に到着。久世神社は創祀された年代は明らかではないが、日本武尊(やまとたける)を祭神としている。旧久世村の産土神で若王社、白鳥の宮とも呼ばれた。1868年(明治元年)に久世神社となる。

創建伝承では、日本武尊は死後一羽の白鳥となり、この地、鷺坂に飛来して留まった。以来、この地に祀られたのが久世神社の始まりと云う。日本武尊の妃の山代之玖玖麻毛理比売(やましろのくくまもりひめ)はこの地の古代豪族、栗隈県主(あがたぬし)の出自とされる。その伝承に因み、後世、栗隈氏が当社を勧請したとも云う。

この地には元々、奈良時代前期の創建で8世紀中頃に伽藍が整備され、11世紀前半に廃絶したと考えられている久世(くせ)寺があった。平安時代の多量の瓦や鉄釘が発掘され、奈良時代末期の金銅製誕生釈迦仏立像などの重要な遺物も多数発掘されている。

主要な建物跡が良好に保存され、四面庇の特異な構造の建物跡だったことも確認されている。古代久世郡衙と推定される遺跡もあり、南山城地域の古代寺院を考える上での重要な遺跡で、2007年に国の史跡に指定された。

塔を東、金堂を西に置く法起寺式の伽藍配置を取り、東西約120m、南北約135mと推定されている。現在の久世神社は寺跡の南東側を占めており、西側と北東部は久世小学校まで深い森になっている。北東部にあった講堂も含めて土壇としてよく保存されているが、神社の表参道から見た限りでは具体的な形跡は分からなかった。

神社はJR奈良線の西側を走る奈良街道からJR線を越えて東に表参道が伸び、北に曲がって南向きの石鳥居に達する。石鳥居の手前左手に社務所(通常無人)があり、石鳥居の左手に手水舎が置かれている。鳥居の奥は石の玉垣に囲まれた一段高い神域になっている。

神域に上がると正面に本殿。朱塗りの一間社流造で、屋根は檜皮葺。正面拝所の格子戸の上に、唐草模様の透彫が極彩色仕上げされている。瑞垣は同じく丹塗りで、正面には連子窓、側面には二重斜格子窓がはめ込まれている。華やかな外観が特徴で、室町時代中期に建築されたものと推定されており、国の重文に指定されている。

本殿の右手には龍王社と稲荷社の末社二社が勧請されている。龍王社の祭神は級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長津媛命(しなつひめのみこと)で、奈良の龍田神社からの勧請らしい。稲荷社の祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)。いずれも小さい社だが、このような形式の末社によくある見世棚造ではなく銅葺一間社流造で、階が設けられた正式な社。

神社の東側の坂道が最初に白鳥が飛来した鷺坂と見なされているようで、神域の南東角の下に久世鷺坂舊(旧)跡の碑が建っており、柿本朝臣人麻呂之歌集に収蔵されている「山背の久世の鷺坂神代より 春は萌りつつ秋は散りけり」の歌碑も並んでいる。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.26893020427007960&type=1&l=223fe1adec


JRの城陽駅から有名スイーツを買いに行くが、続く

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