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4年振りの沖縄旅、最終その6です。<br /><br />最終目の予定は、ルネッサンスリゾートのビュッフェで朝食を頂き、10時過ぎにホテルをチェックアウトし空港に向かいますが、18時の出発時刻まで時間があるので、途中のコザ運動公園で2月14日から行われている、我がジャイアンツと奥様の阪神にとって、今年は一寸怖い存在になるだろうな、と予想している広島カープのキャンプを偵察する事にしました。<br /><br />その後は、前回訪問時に楽しみにしていた首里城でしたが、2019年10月31日夜に燃失、焼け跡を見て愕然とした記憶が残っていますが、現在修復が進んでいて、作業の様子を見学できるとの事で、今しか見ることが出来ない状態を確認したいと思います。<br /><br />最後は、以前から気になっていた波上宮に参拝して、瀬長島のカフェで楽しかった旅を振り返りたいなと思っていましたが、レンタカーを返すとギリギリになりそうなので、カフェタイムは次回に持ち越しとなりました。<br /><br />今回も、「冬でも暖かい沖縄」は楽しく、楽園のようでした。<br />また、来れることを願って、帰路に着きます。<br /><br />今回は6部構成となっています。<br />*その1↓<br />https://4travel.jp/travelogue/11894628<br />*その2↓<br />https://4travel.jp/travelogue/11925116<br />*その3↓<br />https://4travel.jp/travelogue/11926035<br />*その4↓<br />https://4travel.jp/travelogue/11925412<br />*その5↓<br />https://4travel.jp/travelogue/11926338

冬でも暖かい沖縄へ Ver.2024(その6) 広島キャンプ、修復途中の首里城、波上げ宮 編

74いいね!

2024/02/12 - 2024/02/15

447位(同エリア7786件中)

旅行記グループ 沖縄2024

2

31

まつじゅん

まつじゅんさん

この旅行記スケジュールを元に

4年振りの沖縄旅、最終その6です。

最終目の予定は、ルネッサンスリゾートのビュッフェで朝食を頂き、10時過ぎにホテルをチェックアウトし空港に向かいますが、18時の出発時刻まで時間があるので、途中のコザ運動公園で2月14日から行われている、我がジャイアンツと奥様の阪神にとって、今年は一寸怖い存在になるだろうな、と予想している広島カープのキャンプを偵察する事にしました。

その後は、前回訪問時に楽しみにしていた首里城でしたが、2019年10月31日夜に燃失、焼け跡を見て愕然とした記憶が残っていますが、現在修復が進んでいて、作業の様子を見学できるとの事で、今しか見ることが出来ない状態を確認したいと思います。

最後は、以前から気になっていた波上宮に参拝して、瀬長島のカフェで楽しかった旅を振り返りたいなと思っていましたが、レンタカーを返すとギリギリになりそうなので、カフェタイムは次回に持ち越しとなりました。

今回も、「冬でも暖かい沖縄」は楽しく、楽園のようでした。
また、来れることを願って、帰路に着きます。

今回は6部構成となっています。
*その1↓
https://4travel.jp/travelogue/11894628
*その2↓
https://4travel.jp/travelogue/11925116
*その3↓
https://4travel.jp/travelogue/11926035
*その4↓
https://4travel.jp/travelogue/11925412
*その5↓
https://4travel.jp/travelogue/11926338

同行者
カップル・夫婦(シニア)
交通手段
レンタカー JALグループ 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
利用旅行会社
JTB
  • 今回のツァーでは、朝食は2つのホテル、3つのレストランを利用することが出来たので、最終日はルネッサンスリゾートの1階 セイルフィッシュカフェでブレックファーストブッフェを頂きました。<br /><br />生搾りジュースや、様々なメニューに加えて、ソーメンチャンプルーや沖縄そば、私の大好きなもずく等の沖縄のソウルフードに、オムレツはオーダーしてその場で作って貰えます。<br />とても美味しかったのですが、齢を重ねた私達にはビュッフェは量が解らなくなり、欲張って食べ過ぎてしまうので、昨日の朝食が一番合っていたのかな、と思います。<br /><br />店内の雰囲気も、殆どの席が半テラスで、明るく開放的な店内からは、目の前に広がる青い海が見えます。<br /><br />朝食後に少し散歩しましたが、気持ち良かったです。

    今回のツァーでは、朝食は2つのホテル、3つのレストランを利用することが出来たので、最終日はルネッサンスリゾートの1階 セイルフィッシュカフェでブレックファーストブッフェを頂きました。

    生搾りジュースや、様々なメニューに加えて、ソーメンチャンプルーや沖縄そば、私の大好きなもずく等の沖縄のソウルフードに、オムレツはオーダーしてその場で作って貰えます。
    とても美味しかったのですが、齢を重ねた私達にはビュッフェは量が解らなくなり、欲張って食べ過ぎてしまうので、昨日の朝食が一番合っていたのかな、と思います。

    店内の雰囲気も、殆どの席が半テラスで、明るく開放的な店内からは、目の前に広がる青い海が見えます。

    朝食後に少し散歩しましたが、気持ち良かったです。

    ルネッサンスリゾートオキナワ 宿・ホテル

  • 今年、沖縄本島でキャンプを行っているプロ野球チームは、9チームだそうです。<br />(我がジャイアンツと広島は、昨日宮崎から那覇入りしたというニュースが流れていました。)<br /><br />名護では、日ハムのキャンプ地の横を通りましたし、ホテル近くには楽天やDeNAのキャンプ地もあり、来年は練習試合の始まる頃が楽しそうだな、と思いました。<br /><br />オリックス、ホークス、西武の3球団は、宮崎で行っているそうですが、沖縄の友人曰く、2月の沖縄は結構雨が多いそうで、今年は少なくて良かったね、と言っていました。<br /><br />プロ野球のキャンプは、2月中旬からですがサッカーチームの殆どが、1月から2月中旬頃まで沖縄でキャンプをしているようです。<br /><br />同じホテルに、韓国のプロ野球チーム サムスンが滞在していましたし、海外からも多くのチームが、温かい沖縄でのキャンプを行っているようですね。

    今年、沖縄本島でキャンプを行っているプロ野球チームは、9チームだそうです。
    (我がジャイアンツと広島は、昨日宮崎から那覇入りしたというニュースが流れていました。)

    名護では、日ハムのキャンプ地の横を通りましたし、ホテル近くには楽天やDeNAのキャンプ地もあり、来年は練習試合の始まる頃が楽しそうだな、と思いました。

    オリックス、ホークス、西武の3球団は、宮崎で行っているそうですが、沖縄の友人曰く、2月の沖縄は結構雨が多いそうで、今年は少なくて良かったね、と言っていました。

    プロ野球のキャンプは、2月中旬からですがサッカーチームの殆どが、1月から2月中旬頃まで沖縄でキャンプをしているようです。

    同じホテルに、韓国のプロ野球チーム サムスンが滞在していましたし、海外からも多くのチームが、温かい沖縄でのキャンプを行っているようですね。

    コザ運動公園 公園・植物園

  • 広島の沖縄キャンプは1982年から、昔から沖縄市のコザしんきんスタジアムで行っているようです。<br /><br />こちらの運動公園には、野球場の他にも陸上競技場、体育館、屋内練習場、トレーニングルーム、武道館等があり、充実していますね。<br /><br />阪神のキャンプ地と比べると、人は少ないですが熱心な広島ファンの方々の熱気は凄いです。<br />広島は、結縄では実践重視のようで、沖縄でキャンプをしている他チームとの練習試合が多く組まれているように思います。<br /><br />ブルペンで、九里投手や大瀬良投手等のピッチング練習を見せて貰いましたが、凄いですねぇ。<br />やはり、この投手陣は協力で、今年は阪神を筆頭にジャイアンツ、広島、少し遅れて横浜を加えた4チームが、Aクラス争いをしそうな予感です。

    広島の沖縄キャンプは1982年から、昔から沖縄市のコザしんきんスタジアムで行っているようです。

    こちらの運動公園には、野球場の他にも陸上競技場、体育館、屋内練習場、トレーニングルーム、武道館等があり、充実していますね。

    阪神のキャンプ地と比べると、人は少ないですが熱心な広島ファンの方々の熱気は凄いです。
    広島は、結縄では実践重視のようで、沖縄でキャンプをしている他チームとの練習試合が多く組まれているように思います。

    ブルペンで、九里投手や大瀬良投手等のピッチング練習を見せて貰いましたが、凄いですねぇ。
    やはり、この投手陣は協力で、今年は阪神を筆頭にジャイアンツ、広島、少し遅れて横浜を加えた4チームが、Aクラス争いをしそうな予感です。

  • では、今シーズンの開幕を楽しみにして、首里城公園に向かいます。<br /><br />沖縄の象徴とも言える「守礼の門」は、前回訪問時と変わらぬ佇まいでした。

    では、今シーズンの開幕を楽しみにして、首里城公園に向かいます。

    沖縄の象徴とも言える「守礼の門」は、前回訪問時と変わらぬ佇まいでした。

    守礼の門 名所・史跡

  • 火災は10月31日の夜に発生し、首里城正殿を含む建物8棟が焼損しました。<br />前回訪問したのは2019年11月29日、焼失後1か月も経っていない時でした。<br /><br />首里城公園の大半は規制がかかっていて、内部の様子を窺い知ることは出来なかったですし、焼け跡特有の臭いも凄く、人通りも物凄く少なかったです。<br /><br />今は、人も戻ってきたように思いますし、活気も出てきたように感じます。

    火災は10月31日の夜に発生し、首里城正殿を含む建物8棟が焼損しました。
    前回訪問したのは2019年11月29日、焼失後1か月も経っていない時でした。

    首里城公園の大半は規制がかかっていて、内部の様子を窺い知ることは出来なかったですし、焼け跡特有の臭いも凄く、人通りも物凄く少なかったです。

    今は、人も戻ってきたように思いますし、活気も出てきたように感じます。

  • 園比屋武御嶽石門を横目に、歓会門に到着です。<br />前回は、この先は通行止めとなっていました。<br /><br />首里城の城郭に入る第一の正門で、往時、首里城へ中国皇帝の使者「冊封使」が招かれ、「人々を歓迎する」という意味でこの名が付けられたという事です。

    園比屋武御嶽石門を横目に、歓会門に到着です。
    前回は、この先は通行止めとなっていました。

    首里城の城郭に入る第一の正門で、往時、首里城へ中国皇帝の使者「冊封使」が招かれ、「人々を歓迎する」という意味でこの名が付けられたという事です。

  • 石段を上って行くと瑞泉門に到着です。<br /><br />首里城郭内に入るための第二の門で、名前はすぐ脇にある龍樋に因んで、立派な、めでたい泉という意味のようです。<br /><br />別名は「ひかわ御門」(ひかわうじょう)と呼ばれ、歓会門と違い双璧の門の上に櫓が乗っていて、日本本土の城門でも見ることが出来る様式が使用されています。

    石段を上って行くと瑞泉門に到着です。

    首里城郭内に入るための第二の門で、名前はすぐ脇にある龍樋に因んで、立派な、めでたい泉という意味のようです。

    別名は「ひかわ御門」(ひかわうじょう)と呼ばれ、歓会門と違い双璧の門の上に櫓が乗っていて、日本本土の城門でも見ることが出来る様式が使用されています。

  • 息を切らせながら、さらに上って行くと漏刻門が現れます。<br /><br />首里城郭内に入るための第三の門で、かつて門の櫓に水槽が設置されていて、そこから水が漏れる量で時間を計ったと言われています。<br />係の役人がそれを見て、太鼓を打ち鳴らして聞いた別の役人が首里城内の西のアザナ等でも太鼓を叩き、城内外に時刻を知らせていたそうです。<br /><br />別名は「かご居せ御門」とも呼ばれ、王国時代に籠に乗って首里城に来た高官が、国王に敬意を表し、この門で籠を降りた事が由来のようです。<br /><br />本土の下馬と同じような意味でしょうか。

    息を切らせながら、さらに上って行くと漏刻門が現れます。

    首里城郭内に入るための第三の門で、かつて門の櫓に水槽が設置されていて、そこから水が漏れる量で時間を計ったと言われています。
    係の役人がそれを見て、太鼓を打ち鳴らして聞いた別の役人が首里城内の西のアザナ等でも太鼓を叩き、城内外に時刻を知らせていたそうです。

    別名は「かご居せ御門」とも呼ばれ、王国時代に籠に乗って首里城に来た高官が、国王に敬意を表し、この門で籠を降りた事が由来のようです。

    本土の下馬と同じような意味でしょうか。

  • 奉神門「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭」への最後の門となっています。<br />この先は現在有料区域になり、今は改札所となっていますが、JTB満喫クーポンの提示で入場できました。<br /><br />こちらも、全焼は免れましたが、北側の屋根や外壁が消失し、現在は復元されていますが、元は1562年に石造欄干が完成した、という記録がある事から、創建はそれ以前であり、1754年に中国の制に倣い改修されたようです。<br /><br />建物は明治末期頃に、一旦撤去されましたが1992年に外観が復元されました。<br /><br />別名「君誇御門」といい、向かって左側は「納殿」で薬類・茶・煙草等の出納を取り扱う部屋、右側は「君誇」で城内の儀式のとき等に使われたそうです。<br /><br />中央は国王や中国からの冊封使等、限られた身分の高い人だけが通れる門で、それ以外の役人は両側の門から入城していたようです。

    奉神門「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭」への最後の門となっています。
    この先は現在有料区域になり、今は改札所となっていますが、JTB満喫クーポンの提示で入場できました。

    こちらも、全焼は免れましたが、北側の屋根や外壁が消失し、現在は復元されていますが、元は1562年に石造欄干が完成した、という記録がある事から、創建はそれ以前であり、1754年に中国の制に倣い改修されたようです。

    建物は明治末期頃に、一旦撤去されましたが1992年に外観が復元されました。

    別名「君誇御門」といい、向かって左側は「納殿」で薬類・茶・煙草等の出納を取り扱う部屋、右側は「君誇」で城内の儀式のとき等に使われたそうです。

    中央は国王や中国からの冊封使等、限られた身分の高い人だけが通れる門で、それ以外の役人は両側の門から入城していたようです。

  • 火災の後、政府は2019年12月に「首里城復元に向けた基本的な方針」(首里城復<br />元のための関係閣僚会議決定)により基本的な復元に向けた考え方を示しました。<br /><br />そこには、前回の復元時の設計・工程を踏襲する事を基本に、火災を受けた防火対策の強化、材料調達の状況の変化等の反映の観点を踏まえ、復元工程を定める事とし、復元に向け動き出しました。<br />政治の世界にしては、凄く速い動きだったと思います。<br /><br />こちらは、首里城正殿の復元工事用に全体を覆っている仮設建物に隣接する木材倉庫です。<br />イヌマキやオキナワウラジロガシ、ヒノキ等の木材を加工、乾燥させる保管場所の木材倉庫の他、原寸場、加工場等が設けられています。<br /><br />復元後の正殿と御庭空間のイメージが描かれていました。

    火災の後、政府は2019年12月に「首里城復元に向けた基本的な方針」(首里城復
    元のための関係閣僚会議決定)により基本的な復元に向けた考え方を示しました。

    そこには、前回の復元時の設計・工程を踏襲する事を基本に、火災を受けた防火対策の強化、材料調達の状況の変化等の反映の観点を踏まえ、復元工程を定める事とし、復元に向け動き出しました。
    政治の世界にしては、凄く速い動きだったと思います。

    こちらは、首里城正殿の復元工事用に全体を覆っている仮設建物に隣接する木材倉庫です。
    イヌマキやオキナワウラジロガシ、ヒノキ等の木材を加工、乾燥させる保管場所の木材倉庫の他、原寸場、加工場等が設けられています。

    復元後の正殿と御庭空間のイメージが描かれていました。

  • 正殿の復元場所にある仮設建物には、3層の見学エリアが設けられています。<br />見学通路からは、工事中の様子をガラス越しに見ることが出来ます。<br /><br />原寸場の近くには、首里城正殿の屋根に付けられていた、龍頭棟飾が展示されています。<br />沖縄の焼き物を組み合わせて作られたとの事ですが、展示されているのは火災により、殆ど原型を留めていないがれきの状態です。<br />眼や鱗、口髭等、パーツ毎に集められて展示されていましたが、火災の凄まじさを感じられました。

    正殿の復元場所にある仮設建物には、3層の見学エリアが設けられています。
    見学通路からは、工事中の様子をガラス越しに見ることが出来ます。

    原寸場の近くには、首里城正殿の屋根に付けられていた、龍頭棟飾が展示されています。
    沖縄の焼き物を組み合わせて作られたとの事ですが、展示されているのは火災により、殆ど原型を留めていないがれきの状態です。
    眼や鱗、口髭等、パーツ毎に集められて展示されていましたが、火災の凄まじさを感じられました。

  • 木材の加工技術の紹介コーナーです。<br /><br />復元で使用する木材の実物に触れたり、各フロアには解説パネルがあり、復元工事を体感できるようになっています。

    木材の加工技術の紹介コーナーです。

    復元で使用する木材の実物に触れたり、各フロアには解説パネルがあり、復元工事を体感できるようになっています。

  • 素屋根の加工組み立ても、一般的な家屋をつくる場合は、図面も手元で確認できる程度のスケールですが、首里城では原寸大の図面が描かれています。<br />その場所が原寸場で、日々違う景色を見せてくれるようです。<br /><br />正殿の復元は、2026年度の完成を目指し進められていますが、復元工事のテーマは「見せる復興」との事です。

    素屋根の加工組み立ても、一般的な家屋をつくる場合は、図面も手元で確認できる程度のスケールですが、首里城では原寸大の図面が描かれています。
    その場所が原寸場で、日々違う景色を見せてくれるようです。

    正殿の復元は、2026年度の完成を目指し進められていますが、復元工事のテーマは「見せる復興」との事です。

  • この大屋根の中で、作業が粛々と進められていて、全体を覆っている仮設建物の壁面には、復元される正殿がほぼ原寸大に、細部までリアルに描かれています。<br /><br />2023年9月には、正殿の1本目の柱を建てる「立柱式」が行われました。<br />木材の準備等、木材倉庫棟での建てるための下準備の段階を経て、実際に本殿を建築するための第一歩が踏み出されました。<br />11月には、正殿の柱や梁を組み立てる「建方工事」が進められ、2024年度は木彫刻の取り付けや屋根の瓦葺き、漆を使った塗装工事が開始される予定です。<br /><br />今しか見る事が出来ない復元の光景は、一見の価値がありますね。

    この大屋根の中で、作業が粛々と進められていて、全体を覆っている仮設建物の壁面には、復元される正殿がほぼ原寸大に、細部までリアルに描かれています。

    2023年9月には、正殿の1本目の柱を建てる「立柱式」が行われました。
    木材の準備等、木材倉庫棟での建てるための下準備の段階を経て、実際に本殿を建築するための第一歩が踏み出されました。
    11月には、正殿の柱や梁を組み立てる「建方工事」が進められ、2024年度は木彫刻の取り付けや屋根の瓦葺き、漆を使った塗装工事が開始される予定です。

    今しか見る事が出来ない復元の光景は、一見の価値がありますね。

  • 首里城公園のHPで公開されている、復元工事の状況です。<br />https://oki-park.jp/shurijo/fukkou/<br /><br />世誇殿は、琉球王国時代、未婚の王女の日常の居室で、国王が亡くなると次期国王の即位の儀礼が行われた建物で、2019年に外観復元されています。<br /><br />国王家族と首里城に勤める女性達の、生活エリアであった御内原に建ち、内部は休憩スペースとなっていて4K高画質18面モニターによる首里城ムービーを上映されています。<br /><br />その横に、2020年10月に復興展示室が新設されていて、2019年の火災発生から復興への軌跡が紹介されています。<br /><br />首里城正殿の工事の進捗にあわせ、平成の復元と令和の復元の比較や、防火対策、扁額、色等に加え、木材、瓦、石材、漆等のテーマ別に、解説パネルや実物の素材等が紹介されています。<br /><br />今回の復元は、防火対策の強化はもとより、材料調達状況や変化等が反映されているようです。<br /><br />基本方針は次の通り。<br />① 木材の調達<br /> 往時の首里城に使用されていたと推定されているチャーギ(イヌマキ)及びオキナワウラジロガシの活用が望ましいが、前回復元時と同様にこれらの樹種は稀少材であり、大量の材の調達は困難な状況であるため、首里城正殿の大径材は、前回復元時は樹種の特性等を考慮し、代替材としてタイワンヒノキの無垢材を使用したことなどを踏まえて、今回の復元においてもヒノキ科の無垢材を使用する。<br />具体的な樹種は、調達可能性等を踏まえ、国産ヒノキを中心にしつつ、カナダヒノキ、調達可能であればタイワンヒノキも使用することを含めて、引き続き市場調査を行う。<br />チャーギ及びオキナワウラジロガシについても、引き続き、調達可能かどうかの調査を継続し、使える材があった場合には、可能な限り活用する。<br />② 漆の調達<br />漆については、前回復元時と同様、基本的に中国産漆を使用することとし、首里城の気候や風土にふさわしい漆の品質確保を図るため、城郭内で試し塗りを行うなど、調合方法の検討を行う。<br />③ 沖縄独特の赤瓦の製造・施工<br />関係機関との連携により、沖縄本島産の材料を調達するとともに、沖縄県内に蓄積、承継されている伝統技術の活用を図る。

    首里城公園のHPで公開されている、復元工事の状況です。
    https://oki-park.jp/shurijo/fukkou/

    世誇殿は、琉球王国時代、未婚の王女の日常の居室で、国王が亡くなると次期国王の即位の儀礼が行われた建物で、2019年に外観復元されています。

    国王家族と首里城に勤める女性達の、生活エリアであった御内原に建ち、内部は休憩スペースとなっていて4K高画質18面モニターによる首里城ムービーを上映されています。

    その横に、2020年10月に復興展示室が新設されていて、2019年の火災発生から復興への軌跡が紹介されています。

    首里城正殿の工事の進捗にあわせ、平成の復元と令和の復元の比較や、防火対策、扁額、色等に加え、木材、瓦、石材、漆等のテーマ別に、解説パネルや実物の素材等が紹介されています。

    今回の復元は、防火対策の強化はもとより、材料調達状況や変化等が反映されているようです。

    基本方針は次の通り。
    ① 木材の調達
    往時の首里城に使用されていたと推定されているチャーギ(イヌマキ)及びオキナワウラジロガシの活用が望ましいが、前回復元時と同様にこれらの樹種は稀少材であり、大量の材の調達は困難な状況であるため、首里城正殿の大径材は、前回復元時は樹種の特性等を考慮し、代替材としてタイワンヒノキの無垢材を使用したことなどを踏まえて、今回の復元においてもヒノキ科の無垢材を使用する。
    具体的な樹種は、調達可能性等を踏まえ、国産ヒノキを中心にしつつ、カナダヒノキ、調達可能であればタイワンヒノキも使用することを含めて、引き続き市場調査を行う。
    チャーギ及びオキナワウラジロガシについても、引き続き、調達可能かどうかの調査を継続し、使える材があった場合には、可能な限り活用する。
    ② 漆の調達
    漆については、前回復元時と同様、基本的に中国産漆を使用することとし、首里城の気候や風土にふさわしい漆の品質確保を図るため、城郭内で試し塗りを行うなど、調合方法の検討を行う。
    ③ 沖縄独特の赤瓦の製造・施工
    関係機関との連携により、沖縄本島産の材料を調達するとともに、沖縄県内に蓄積、承継されている伝統技術の活用を図る。

  • 井戸伏貯水遺構は、井戸ではなく、天水を溜める施設だったようです。<br /><br />内側には枝分かれしたトンネル状の空洞が広がっていて、内側には漆喰が塗られているそうです。

    井戸伏貯水遺構は、井戸ではなく、天水を溜める施設だったようです。

    内側には枝分かれしたトンネル状の空洞が広がっていて、内側には漆喰が塗られているそうです。

  • 東のアザナから、復元工事エリアをみると、大屋根の大きさが際立っていますね。<br /><br />この大屋根、仮設建物が撤去され、正殿が全容を表した景色を見たいな、と思います。<br /><br />建築を生業としてきた私、高校生の頃に東大寺大仏殿の修復を見学しましたが、今でも現場を見るのは大好きです。<br />奥様はどうか分かりませんが、建築巡りに付き合ってもらえて嬉しいです。

    東のアザナから、復元工事エリアをみると、大屋根の大きさが際立っていますね。

    この大屋根、仮設建物が撤去され、正殿が全容を表した景色を見たいな、と思います。

    建築を生業としてきた私、高校生の頃に東大寺大仏殿の修復を見学しましたが、今でも現場を見るのは大好きです。
    奥様はどうか分かりませんが、建築巡りに付き合ってもらえて嬉しいです。

  • 首里城の東側は、神聖なエリアの1つで、国王が死去した後に安置される「寝廟殿」があったそうです。<br />また標高140mの位置にある物見台「東のアザナ」は、正殿裏・御内原一帯を展望することができる場所で、天候によっては久高島も望むことができるという場所です。<br /><br />ホント綺麗に見渡せますね。

    首里城の東側は、神聖なエリアの1つで、国王が死去した後に安置される「寝廟殿」があったそうです。
    また標高140mの位置にある物見台「東のアザナ」は、正殿裏・御内原一帯を展望することができる場所で、天候によっては久高島も望むことができるという場所です。

    ホント綺麗に見渡せますね。

  • 歓会門や久慶門から長い石畳の坂道が続き、淑順門へ直接通じるばしょにある右掖門です。<br /><br />創建は15世紀頃と伝えられており、別名「寄内御門」と呼ばれ、往時は久慶門から右掖門をくぐり、淑順門を通って御内原へと入る通用門でした。

    歓会門や久慶門から長い石畳の坂道が続き、淑順門へ直接通じるばしょにある右掖門です。

    創建は15世紀頃と伝えられており、別名「寄内御門」と呼ばれ、往時は久慶門から右掖門をくぐり、淑順門を通って御内原へと入る通用門でした。

  • 首里城の正門は歓会門ですが、「喜び誇る」の意から、ほこり御門という別名のある久慶門です。<br /><br />こちらは通用門として使用されてきた門で、主に女性が出入りしていたようです。<br /><br />琉球王国の国王が、寺院への参詣時や、浦添以北の地方へ行幸する時等にも使用されていました。<br /><br />創建は尚真王代時代の1477~1526年頃といわれていて、この門は1983年に復元されたもので、現在は首里城の出口専用となっています。<br /><br />念願であった首里城を一周でき、これからも続く復元工事の完成を楽しみに、また来たいと思います。

    首里城の正門は歓会門ですが、「喜び誇る」の意から、ほこり御門という別名のある久慶門です。

    こちらは通用門として使用されてきた門で、主に女性が出入りしていたようです。

    琉球王国の国王が、寺院への参詣時や、浦添以北の地方へ行幸する時等にも使用されていました。

    創建は尚真王代時代の1477~1526年頃といわれていて、この門は1983年に復元されたもので、現在は首里城の出口専用となっています。

    念願であった首里城を一周でき、これからも続く復元工事の完成を楽しみに、また来たいと思います。

  • 首里城を出て、少しだけ首里金城町石畳道を見てきました。<br /><br />前回も来たのですが、こちらの石畳は凄く風情と歴史を感じる道で、何度でも訪れたい場所です。<br /><br />沖縄戦の砲撃等で、真珠道の大半は破壊され、コンクリート舗装の道となっていましたが、1983年に歴史的地区環境整備事業によって再び石畳に整備されたようです。<br /><br />現存する238mの区間が、沖縄県指定文化財であり、1987年に日本の道100選に選定されています。<br /><br />行政上の道路の路線名は那覇市道金城2号、別名シマシービラと呼ばれているようです。

    首里城を出て、少しだけ首里金城町石畳道を見てきました。

    前回も来たのですが、こちらの石畳は凄く風情と歴史を感じる道で、何度でも訪れたい場所です。

    沖縄戦の砲撃等で、真珠道の大半は破壊され、コンクリート舗装の道となっていましたが、1983年に歴史的地区環境整備事業によって再び石畳に整備されたようです。

    現存する238mの区間が、沖縄県指定文化財であり、1987年に日本の道100選に選定されています。

    行政上の道路の路線名は那覇市道金城2号、別名シマシービラと呼ばれているようです。

  • 少しお腹も減ってきたので、首里城公園のインフォメーションセンターで、情報展示と休憩施設である首里杜館にある、レストラン首里杜でランチタイムです。<br /><br />

    少しお腹も減ってきたので、首里城公園のインフォメーションセンターで、情報展示と休憩施設である首里杜館にある、レストラン首里杜でランチタイムです。

  • 私はソーキそば、奥様は島豆腐チャンプルー定食を発注。<br /><br />ソーキそばって、ラーメンと日本蕎麦の良いとこ取りのような料理で、私大好きです。<br />沖縄料理って、彩り欠けるというような意見を聞きますが、健康に良い食材と、優しい味付けで、一度食べると好きになりますね。

    私はソーキそば、奥様は島豆腐チャンプルー定食を発注。

    ソーキそばって、ラーメンと日本蕎麦の良いとこ取りのような料理で、私大好きです。
    沖縄料理って、彩り欠けるというような意見を聞きますが、健康に良い食材と、優しい味付けで、一度食べると好きになりますね。

  • 首里城を出たのは14時を過ぎていました。<br /><br />ジャイアンツが明日からキャンプを行う、セルラースタジアムの横を通り、以前来た時に横を通り気になっていた波上宮に向かいます。<br /><br />二の鳥居前まで登っていくという、駐車場の案内に少し戸惑いましたが、無事到着です。<br />車を降りると目の前が石鳥居です。

    首里城を出たのは14時を過ぎていました。

    ジャイアンツが明日からキャンプを行う、セルラースタジアムの横を通り、以前来た時に横を通り気になっていた波上宮に向かいます。

    二の鳥居前まで登っていくという、駐車場の案内に少し戸惑いましたが、無事到着です。
    車を降りると目の前が石鳥居です。

    波上宮 寺・神社・教会

  • 那覇港を望む高台の上にあり、「なんみんさん」「ナンミン」として地元の人々から親しまれている神社です。<br /><br />琉球八社の一つで、創始年は不詳ですが、近代社格制度では官幣小社、神社本庁の別表神社です。<br />全国一の宮会より琉球国新一の宮に認定されています。<br />

    那覇港を望む高台の上にあり、「なんみんさん」「ナンミン」として地元の人々から親しまれている神社です。

    琉球八社の一つで、創始年は不詳ですが、近代社格制度では官幣小社、神社本庁の別表神社です。
    全国一の宮会より琉球国新一の宮に認定されています。

  • 主祭神は伊弉冊尊で、左神座に速玉男尊、右神座に事解男尊が祀られています。<br /><br />「日本の神々 -神社と聖地- 13 南西諸島」では、主祭神からも熊野信仰の系列に連なっています。<br /><br />また、琉球王国の総鎮守であると述べられていて、沖縄総鎮守として信仰されています。<br /><br />ただ、この神社には、今まで参拝した神社とは少し違った雰囲気を感じました。<br />それは、遙か昔の人々が洋々たる海の彼方、海神の国(ニライカナイ)の神々に対し、日々風雨順和にして豊漁と豊穣に恵まれた平穏な生活を祈り、霊応の地、祈りの聖地の一つが、この波の上の崖端であり、ここを聖地、拝所として日々の祈りを捧げた聖地という、琉球の風土に溶け込んだ風を感じます。

    主祭神は伊弉冊尊で、左神座に速玉男尊、右神座に事解男尊が祀られています。

    「日本の神々 -神社と聖地- 13 南西諸島」では、主祭神からも熊野信仰の系列に連なっています。

    また、琉球王国の総鎮守であると述べられていて、沖縄総鎮守として信仰されています。

    ただ、この神社には、今まで参拝した神社とは少し違った雰囲気を感じました。
    それは、遙か昔の人々が洋々たる海の彼方、海神の国(ニライカナイ)の神々に対し、日々風雨順和にして豊漁と豊穣に恵まれた平穏な生活を祈り、霊応の地、祈りの聖地の一つが、この波の上の崖端であり、ここを聖地、拝所として日々の祈りを捧げた聖地という、琉球の風土に溶け込んだ風を感じます。

  • 境内仮宮として、世持神社(左)、浮島神社(右)があります。<br /><br />浮島神社は、尚金福王の代に島だった那覇と首里を結ぶ「長虹堤」の建設を始めるも幾度となく頓挫、1451年に天照大神を日本本土から招き、祈願したところ完成した事から、那覇若狭町に天照大神を祀った長寿宮が創建され、後に浮島神社と呼ばれ、1988年に波上宮内仮宮に遷座したそうです。

    境内仮宮として、世持神社(左)、浮島神社(右)があります。

    浮島神社は、尚金福王の代に島だった那覇と首里を結ぶ「長虹堤」の建設を始めるも幾度となく頓挫、1451年に天照大神を日本本土から招き、祈願したところ完成した事から、那覇若狭町に天照大神を祀った長寿宮が創建され、後に浮島神社と呼ばれ、1988年に波上宮内仮宮に遷座したそうです。

  • 霊応の地、祈りの聖地の一つが、この波の上の崖端であり、ここを聖地、拝所として日々の祈りを捧げられていました。<br /><br />波上宮の御鎮座伝説には、海浜で不思議な「ものを言う石」を崎山の里主なる者がいて、この石は光を放つ霊石で大切にし、石に祈って豊漁を得ることが出来た事が始まりとの記載があるようです。<br /><br />今は、高速道路やバイパスが目の前を通り、大きく様変わりしていますが、この地は大切にして欲しいですね。

    霊応の地、祈りの聖地の一つが、この波の上の崖端であり、ここを聖地、拝所として日々の祈りを捧げられていました。

    波上宮の御鎮座伝説には、海浜で不思議な「ものを言う石」を崎山の里主なる者がいて、この石は光を放つ霊石で大切にし、石に祈って豊漁を得ることが出来た事が始まりとの記載があるようです。

    今は、高速道路やバイパスが目の前を通り、大きく様変わりしていますが、この地は大切にして欲しいですね。

  • 気が付くと16時になろうとしています。<br />沖縄の滞在もあと少し、レンタカー会社の近くに瀬長島があるので、カフェタイムにしようかと思いましたが、空港までの道が混雑しており、レンタカー会社からの送迎時間を考えると、無理はしないでレンタカーを返却し、少し早いですが空港に向かう事にしました。<br /><br />空港は様々な場所で改修工事中、お土産を見てラウンジで少し休み、最後にブルーシーズアイスを食べ、那覇空港18時発 JAL2088便で帰路につきます。

    気が付くと16時になろうとしています。
    沖縄の滞在もあと少し、レンタカー会社の近くに瀬長島があるので、カフェタイムにしようかと思いましたが、空港までの道が混雑しており、レンタカー会社からの送迎時間を考えると、無理はしないでレンタカーを返却し、少し早いですが空港に向かう事にしました。

    空港は様々な場所で改修工事中、お土産を見てラウンジで少し休み、最後にブルーシーズアイスを食べ、那覇空港18時発 JAL2088便で帰路につきます。

    那覇空港 空港

  • 定刻より少し遅れ、大阪痛む空港に到着です。<br /><br />上空から見る大阪の夜景・・・・、ほんの4日程なのに、遠い国から帰ってきたような不思議な感覚です。<br /><br />友人へのお土産の泡盛と、首里城で購入した、ぽっちゃりシーザーのエコバックです。

    定刻より少し遅れ、大阪痛む空港に到着です。

    上空から見る大阪の夜景・・・・、ほんの4日程なのに、遠い国から帰ってきたような不思議な感覚です。

    友人へのお土産の泡盛と、首里城で購入した、ぽっちゃりシーザーのエコバックです。

    大阪国際空港 (伊丹空港) 空港

  • またん めんそ~れ。<br /><br />良い言葉ですね。<br />絶対、また行きます。<br /><br />今回これまで。

    またん めんそ~れ。

    良い言葉ですね。
    絶対、また行きます。

    今回これまで。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • claritinさん 2024/10/03 15:56:01
    沖縄
    まつじゅんさん、こんにちは。
    掲示板ではご無沙汰しております。
    沖縄旅行記、楽しく読ませていただきました。
    嘉手納基地の隣の駅は今は博物館のようになっているのですね。
    私が行ったのが2023年の3月だったからちょうど工事中だったのかな。
    息子と行ったので社会勉強させたかったです。
    北部は自然が豊富で素晴らしいですね。
    私も美ら海水族館の付近までなので、次回ゆっくり最北端まで行ってみたいなと思っています。
    まずは12月の那覇マラソンですが、後泊2泊するので今からどこに行こうか楽しみです。
    久しぶりに石畳の道も歩きたくなりました。

    まつじゅん

    まつじゅんさん からの返信 2024/10/04 00:17:07
    Re: 沖縄
    claritinさん

    いつも私の拙い備忘録へのご訪問&コメントありがとうございます。
    どうしても北部って遠いなぁという事と、見る所が少ないという感覚があるからでしょうか、あまり賑わっていません。
    故に穴場ともいえますが、やんばるの森は多くの人に見て欲しいです。
    私達も沖縄に行きだしたのは12月の那覇マラソンの頃でしたが、今回の2月は温かいので、本当に体が楽で来年もこの頃を狙っていきたいなと思います。
    首里城の修復も大分進んでいます。
    是非、復活の過程を見る機会も少ないと思いますので、面白かったです。

    matujyunn

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