2024/01/06 - 2024/01/07
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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ペルニ船5回目の航海は,スラウェシ島のマカッサルからマルク(モルッカ)諸島のアンボンへ向かう。およそ1100kmを超える行程で,これまででもっとも長い。予定では1月6日0100に出航し,翌7日1900に到着する。
乗船するのは,ペルニ船ンガプルNggapulu号。船名は,ニューギニア島の最高峰かつインドネシアの最高峰であるカルステンツ・ピラミッドPuncak Jaya(標高4884m)の付属峰で,標高4862mのンガプル峰からとられている。この峰はかつて長らく最高峰だったが,氷河が消失したせいで順位が入れ替わったという経緯があるらしい。
ンガプル号は,前回乗船したランベルLambelu号と同クラスの1万4000総トンを超える大型客船である。
予約はクパン(ティモール島)のペルニ社支店で済ませてあり,一応エコノミーのベッドは確保されている。運賃は509kIDR。
(1kIDR=約10円)
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
アンボンまでの乗船券は確保済みだが,その先がまだである。
アンボンの次はどこへ向かうか。3つ考えられる。ひとつは,バンダ諸島。そして,パプア北岸方面。3つ目として,北マルク(テルナテなど)。
バンダ諸島には行きたいと思っているのだが,アクセス方法が確定できないでいる。事前に調べた限りでは,
1)アンボン郊外のトゥレフTulehuという桟橋とバンダネイラの間で運航されているスピードボート
2)ペルニ船
3)アンボン=バンダネイラ間の小型飛行機
という3つの選択肢が浮かんでいるのだが,ペルニ船以外については現在運行されているのかどうかよく分からないままだ。そのため,バンダ諸島訪問に要する日数が予想できず,すなわちその後の旅程も組めず,したがって先々のペルニ船航路の予約もできない。
アンボンの次はパプア北岸を目指すというのはどうだろうか。ビザの残存があと30日ちょっとという制約を考えると,情報が少なく先が読めないパプアにまず行ってしまって,余裕をもってアンボンなりテルナテまで戻ってきて,残りの期間で北マルクやバンダ諸島を回るという作戦は悪くない。
3つ目の北マルク行きは,ペルニ船の乗継ぎがよくなかった。アンボンからテルナテへ行くペルニ船は,私がアンボンに到着してからほとんど時間をおかずに出航するスケジュールになっている。これはちょっときつい。アンボンの宿でシャワーを浴びて洗濯物を乾かして,それから次の航海に臨みたい。
そのうち,アンボンに到着して4日後に,アンボンからソロンSorong(南西パプア州)へ向かうペルニ船があることが判明した。
これがいい。これにしよう。
さっそくペルニ社マカッサル支店へ向かう。支店は宿から徒歩圏内だ。
(座標:-5.140702360886345, 119.41429060676968)
昼食を食べた足で行ったのだが,13時までは昼休みだという。番号札をもらって待つが,扱いは悪くなく親切だ。
やがて窓口に呼び出されて乗船券の購入方をお願いするが,すでに目当てのアンボン-ソロンの乗船券は満席だという。あちゃー,今朝確認したときはたしか空きがあったのに。
このとき,旅行記「ペルニ船の旅5000kmその1」で説明した「無座」(満席の船に無理やり乗り込む)の乗船券の予約のルールを教えてもらった。アンボン-ソロンの船に「無座」でも乗りたければアンボン支店へ行って売ってもらえ,マカッサル支店ではできないと。
納得して,先の乗船券の予約はアンボンまで持ち越すことにした。 -
アンボンへ向かうペルニ船ンガプル号は,冒頭で述べたように夜中の1時出航だ。
宿からタクシーで行けばそんなに時間はかからないので,前日の23時にタクシーを予約しておいた。
運転手の事前の説明によると,マカッサルのペルニ船の桟橋へタクシーで行く場合は,桟橋の入場料として20kIDRを課金されるらしい。本当かどうかは知らないが,高い金額ではないので,タクシーの運賃20kIDRに上乗せして40kIDRを支払った。(1kIDR=約10円)
そうやってタクシーから下車したペルニ船の桟橋。今までの航海のときとはまったく様子が違っていた。
とにかくものすごい人,人,人。荷物,荷物,荷物。大混雑だ。さすがは人流と物流の要衝マカッサル。
予約確認書と乗船券を引き換える窓口が4つくらいあるのだが,その前に長蛇の列が並んでいる。
ものすごく焦った。こんな状態で,2時間後に出航する船に乗ることができるのか。こんな行列を見るは,このペルニ船の旅が始まって以来初めてのことである。
来るのが遅かったか。前回のペルニ船が意外に空いていたので,油断したかも知れない。 -
長い行列は遅々として進まない。行列に並ばず周辺で待っている家族らの数を見れば,並んでる人びとそれぞれが「5人分」とか「10人分」の乗船券の交換をするために並んでいるのだろうから,列が進まないのは当然のことである。
やがて出航時刻の0100を過ぎた。まだ順番は回ってこない。乗船客に対するアナウンスのようなものも全然ない。さっきまで泊まっていた宿へ戻って「朝までいさせてくれ」と交渉することばかり考えていた。
ところがそのあと,窓口の順番が回ってきて予約確認書を差し出すと,何も言われることなく乗船券が発券された。ということは,船はまだ出航していないのだ。
券面を見ると,出航時間は0300に変更されている。いつの間にか出航は2時間遅らされたようだ。 -
バックパックを担いで,乗船口への通路を歩く。マカッサルの桟橋は広いので,発券窓口がある建物から乗船口のある待合室までそこそこ歩く。
-
待合室は広く椅子もたくさんあるのだが,すでにそれを上回る乗船客が待機していて,床の陣どり合戦が始まっている。
このあとも,さらに待合室の乗船客は増えていく。さっき発券窓口に並んでいたとき,あれだけの乗船客がつめかけているのは,運悪く複数のペルニ船の出航が同じ時間帯に重なったりしたんだろうと思っていたが,どうやらそんな感じではない。さっき窓口に並んでいた乗船客が,どんどんとこの待合室に流れ込んできて,彼らはすべてペルニ船ンガプル号の乗船客のようだ。
このときは折りたたみ椅子を持っていて非常に助かった。 -
やがて向こうの通路から,鉄砲水のように人の流れが押し寄せ,待合室を横切っていく。
人の流れは途切れる気配がない。みんな大小の荷物を抱えている。
これはどうやらンガプル号の下船客のようだ。同船は遅延して今到着したらしい。これで出航時刻が0300に変更された理由は判明したが,出発前にウェブサイトをチェックしたときには遅延に気がつかなかった。
下船客の鉄砲水はまだ収まらない。すでに2時半を回っている。券面に記載されている0300出航は,まず無理なのではないか。 -
やがて鉄砲水がやむと,それが来た通路の上流へ向かって乗船客が列をなし始めた。
待合室では,ポーターが顧客の荷物を担ぎ始める。 -
ポーターが荷物を担いで姿を消し,再び現れて別の荷物を担いでまた姿を消す。
その間,乗船客の列はまったく進まない。
たぶんポーターの作業を優先させているのだろう。こういうところは一定の規律を感じる。
他の港で見たような,下船客の流れに逆らってポーターたちが我先に乗船していくような無秩序さはないようだ。
やがて,乗客の列がゆっくりと進み始める。私も,折りたたみ椅子を閉じてバックパックを担ぐ。 -
前に述べたように,ンガプル号はペルニ船の中でも大型客船である。
かなりの数の乗船客を収容できると思うのだが,インドネシア国民の需要はそれを上回るようで,この航路でもかなりの数の無座乗船券が売り捌かれたようだ。 -
階段の踊り場,廊下,甲板など,
-
あらゆる空きスペースに人が寝転がっている。
-
自分の乗船券に記載されているベッド番号を探す。番号は見つかったが,いつものとおり,他の乗船客が占拠している。今回は人ではなく,誰かの荷物がベッドの上に積んである。
船室の様子を観察する。さいわい,今回の船室も一応空調が利いている。それなら甲板より船室にいるほうがよい。
そこで,近くの乗船客たちに私の乗船券を見せ,「私のベッドはここだよね?」と権利を主張する。みんな「そうだ」と頷いてくれるが,荷物はどけてくれない。どうやら,この荷物はこの人たち(あるいは同グループの人)のものではなく,持ち主はこの場にいないようだ。
そこで,ベッドの上の荷物を少し移動させて,自分の荷物の一部を置き,ベッドに腰かけてのんびりと待つ。まずはこうして,おだやかに権利を主張しておく。
そのうち,誰かから荷物の持ち主に状況が伝わったようで,ひとりの女が荷物を動かしに来た。困ったような表情を向けてくるが,困っているのはこっちだ。
女は3分の2くらいの荷物をどこかへ動かしたが,まだいくつか残っている。私は空いたスペースに自分のバックパックを置き,ワイヤーロックでベッドの脚に結んだ。
ンガプル号が出航したのは,結局0430頃だった。出航の様子を見たりしている間に,私のベッドに残されていた女の荷物は全部撤去されていた。 -
出航して,まだまどろみもしないうちに,朝の給食が始まった。
乗船券を持ってパントリー(配給所)の場所を探しに行く。これだけたくさんの乗船客だから,思ったとおり,弁当箱を受け取るまで非常に長い列を並ばなければならなかった。
長い列は,もちろんパントリーに連なる廊下だけでは収まらず,いくつもの船室を横断して伸びている。そのため,列に並んでいる間の大方の時間は,よその船室内に立っていることになる。
このときに気付いたのだが,その船室(エコノミー)には空調が利いていないのである。今回の旅の1~3回目の航海のときと同じく,ムンムンとした熱気が船室にこもっている。電池式の小さな扇風機で風に当たっている乗客の姿もある。
これはどういうことだろう。
現在,ペルニ船のエコノミーには,「空調あり」「空調なし」といったクラス分け・運賃格差はないはずだ(過去にはそういうクラス分けがあったという情報は見たことがあるが)。ペルニ社のウェブサイトで見ていても,エコノミーなら運賃は一律である。ウェブサイトには載らないが,たとえ「無座」でも同一運賃であることは第1回の航海で経験した。
しかし現実に,ペルニ船のエコノミーの船室には,空調の利いている船室と利いていない船室がある。同一運賃なら,空調の利いている船室がいいに決まっている。
知りたいのは,「空調あり」のエコノミーの乗船券を確保するにはどうすればいいのかということだ。
そういえば,ペルニ社のウェブサイトを見ていると,エコノミーの中に「EKONOMI EKS KABIN KLS 1 / A」「EKONOMI EKS KABIN KLS 2 / B」「KELAS EKONOMI / E」といったカテゴリー分けがあるので不思議に思っていた。これらはすべて同一運賃である。もしかしたらこのあたりに糸口があるのだろうか?
それでも分からないのは,私は今回の旅で,「無座」で乗船した1回目の航海を除き,他はすべて「KELAS EKONOMI / E」の乗船券を買ったはずだ。それなのに,2回目と3回目は空調なし,4回目と5回目(この航海)は空調ありの船室にアサインされている。これはどうしてなのか。謎だ。 -
船倉は満杯なのか,さまざまな資材が廊下にはみ出している。
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給食を入れる弁当箱は,そのまま”Bento Tray”というようだ。
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パントリーからあふれ出た大量の玉子。
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食事のあと,船内を歩き回る。甲板に出てみる。
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甲板は工事なのか,あちこちの板が引っ剥がされている。
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後部甲板の売店の前にはイートインスペースのようなものがあり,乗船客でにぎわっている。
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昼の給食はこんなの。鶏肉,テンペゴレン,ナス。おさいが3種類あるのは珍しい。これまでは2種類だったことが多い。
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午後も甲板から海を眺めたりして過ごす。遠くに陸地と島が見える。
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時折,他の船舶と行き交ったりする。
これはDLU(PT.Dharma Lautan Utama)という会社のフェリーのようだ。会社のHPを見ると,手広く航路を持っていることが分かる。
ペルニ船と違って自動車の航送も行っているようで,日本の宇高連絡船やさんふらわあの売却先になっているようだ。 -
夜の給食を食べて,
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陽が完全に落ちた頃,ブトゥンButon島のバウバウBaubauに入港する。
ここでもかなりの数の乗降客があったが,慌ただしく出航していった。遅れを取り戻そうとしているのかもしれない。 -
翌日も,丸一日航海である。
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することは何もないが,海が穏やかで天気が良いのはありがたかった。
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船室の近くのベッドにいたインドネシア人の乗船客たちはとても気さくで,持参している菓子やゆで玉子を分けてくれたり,給食を食べているときには自家製のサンバルをすすめてくれたりした。
彼らも暇を持て余しているので,こちらの持ち物に興味を示し,「そのヨガマットを私にくれ」とか厚かましいことを言ってくる。 -
この日の朝の給食。ビーフンゴレン,玉子焼き,ナシクニンにサンバルアスリのパケットつき。
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昼の給食。塩魚,何かの揚げ物,金時豆とニンジンの入ったマカロニ,米飯。トレイの左下は自分で持参したケチャップアシン(淡口醬油)を注いでいる。
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夜の給食。昼の給食とまったく同じ献立であった。こういうことは今回の旅で初めて。
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やがて陽が落ちていく。アンボン到着までもう少しかかる。
ここで,腕時計の時刻を1時間進めておく。
マカッサルのあるスラウェシ島とアンボンの間で,インドネシア中部標準時(WITA)から東部標準時(WIT)に変わるのだ。インドネシア東部標準時は日本と同じUTC+9なので,日本との時差はない。
考えてみれば,これまで世界中あちこち回ってきたが,UTC+9の海外に滞在した経験はほとんどなく,今回が初めてになるかも知れない。 -
そのあと,暗闇のバンダ海を数時間進むと,かなたに灯火の列が見えてきた。
-
22時頃,アンボンのペルニ船桟橋(Dermaga Kapal PELNI)に到着した。ンガプル号から,ものすごい数の下船客が吐き出されていく。
(座標:-3.6951436686329777, 128.1755157358671) -
桟橋は,迎えの人や車が詰めかけて大混乱に陥っている。
宿まで歩いて行けない距離というわけではなかったが,やはりペルニ船の旅のあとは消耗していて,タクシーを拾う。
しかし,タクシーに荷物を積み込んで,そのタクシーが桟橋を出るまで,渋滞のせいで長い時間がかかってしまった。初歩的なミス。徒歩でなんとか桟橋を出て,それからタクシーを拾うべきだった。
(つづく)
「マカッサル逍遥」
https://4travel.jp/travelogue/11911782
「アンボン逍遥・市場編」
https://4travel.jp/travelogue/11912723
「アンボン逍遥・食堂編」
https://4travel.jp/travelogue/11913044
「アンボン逍遥・カフェ編」
https://4travel.jp/travelogue/11913060
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