2023/12/26 - 2023/12/31
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タヌキを連れた布袋(ほてい)さん
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「チモールとオーストラリアの間は,約500キロから800キロ。その海を高速魚雷艇や潜水艦,あるいは飛行機でわたり侵入してくるスパイは後を絶たなかったが,その中にピリス中尉がいた。
彼はポルトガルの国境警備隊長であり,バウカウ地区の隊長,行政官だった。日本軍侵入時にはオーストラリアへ逃れたのだが,その後舞いもどってきたという噂が広がっていた。彼こそが東チモール東部の抗日ゲリラの総指揮官だといわれた。なんといっても東チモールを知り尽した人物である上に,住民に怖れ慕われている。討伐隊が駆けつけた頃には,跡かたなく姿を消していた。まさに英雄的存在である。
そのピリス中尉が,バウカウ近くに姿を見せたという情報が入った。バウカウには彼の家があり,現地妻もいた。自分の”領地”だけに安心感があったのだろう。
だが情報は住民の密告からだった。
それが東チモール中地区防衛隊本部のあるオスに伝わったのは,1943年9月27日である。ちょうどそこには,前田主計中尉と富木機関長がいた。富木はすぐにオス南方のビケケにいる星野中尉に連絡をとり,チモール兵を連れてくるようにいった。一方,バウカウ守備隊である山隈中隊長のオートバイ部隊も出動した。歩兵団長深堀遊亀少将もバウカウまでやってきた。
討伐隊の指揮は山隈中隊長がとり,星野中尉の率いるチモール人部隊とともに,エイエイオーの歓声とともに出発した。
一行は,密告してきたカイワダ村へ入った。歩哨の位置などは村長が探知していたので,各隊が展開して包囲した。
敵と最初に遭遇したのは,海岸線から向かった竹中軍曹の分隊だった。重機と軽機を同時に一斉射撃させ,突撃する。
お互い撃ち合ったが,敵も包囲されていることを知って,弾を撃ち尽した後投降してきた。
逮捕者はピリス中尉他,オーストラリア軍人のエルウッド軍曹,そしてチモール人2人と女マリノの5名。押収したのが無線機1台に自動小銃2挺,拳銃1挺だった。」
「このピリス一党の逮捕は,単なる討伐で終わらなかった。押収品に無電機と暗号書があったことが,大作戦を思いつかせたのだ。
最初に思いついたのは星野中尉だった。
ピリスたちが捕まったことを,連合軍は知る術はない。ならばこのまま彼らになりすませて偽の情報を打電し続けようというのである。逆無電作戦だった。
幸い,訊問の結果,通信記録メモは逮捕地のヤシの葉の下に隠されているのが発見されている。また他の討伐隊の手に入れた暗号書や乱数表もあり,あらかた解読に成功していた。いわゆる二重転置暗号で,ある小説本を元に字数に合わせて2回転置する方法だった。
この進言は取り入れられ,深堀歩兵団長下の情報担当才木中尉を隊長に,通信手の上田軍曹,通訳の中島伍長や神本兵長(アメリカ2世)など,全部で14名の逆無線隊が結成された。
この隊で重要なのは捕虜のエルウッド軍曹だった。ピリス中尉の部隊――コブラ機関と名づけられていた――の通信担当は彼だった。彼は,メルボルンのケインズ諜報学校で速成教育を受け通信技術を身につけたのだが,それだけに技能的には低かった。彼と同じ程度の技能と癖を持って打たないとばれる恐れがあるのだ。打電にも指紋のように個人差がある上,様々な確認事項があって,それを把握していないと偽装するのはむずかしい。
最初の打電は,エルウッド軍曹自身に打たせることにして,コードを分けてレシーバーでモニターした。
電文は『バウカウ附近に潜入するも,敵数名によるパトロールが激しくて報告が遅れる。マナットよりトラックで二十数名の日本兵がバウカウに向かう』
ピリス逮捕から10日過ぎた10月8日がその日である。
内容は真偽とりまぜてある。まったくでたらめの情報ではいつかばれてしまうからだ。
発信は成功した。すぐ返信を受け,何の疑いも抱いていない様子がうかがえた。
その後,慣れるにしたがって,上田伍長がエルウッド軍曹の癖を真似ながら打ち出した。彼は元郵便局の通信手だけに上手すぎ,左手でキイを打っていた。
こうして逆無線工作班はスタートしたのである。
オーストラリア側の反応は,まったく怪しんでいる雰囲気はなかった。エルウッド軍曹も,時とともに反抗する様子も薄れ,むしろメンバーと仲良くなって過ごしていた。食事も皆と同じであり,あまり捕虜と思わせない待遇だったという。またいつも同じ場所(ディリ司令部)から発信していることを怪しみだしたので,車両が用意され,どんどん移動――マナット,ロレイヤ川上流,チバル等々――しつつ交信を続けた。
さらに補給さえ受けた。
食料等の補給を”コブラ機関”にするため,オーストラリアから飛行機によって物資を投下させたのである。」
「来たのはボーイングB24だった。4発の大型爆撃機だけに,100メートルを切る低空飛行をすると風が起こり草がなびいた。
懐中電灯でK信号をモールス信号で送った。目の前を通過する瞬間,3つの物体が投下される。1個の重量は150キロから200キロあった。
中身は米やオートミール,缶詰,医薬品,電池,宣撫用衣類,兵器の他,雑誌やポルトガル通貨,キャメルやラッキーストライクなどの煙草まであった。
投下飛行機はB24の他,雷撃機やP38戦闘機各1日ずつ飛来した。
この補給は,日本軍には豪州給与とかキャンベル給与,あるいはマッカーサー給与と呼ばれた。そして終戦まで休みなく十数回続けられたのである。」
田中淳夫『チモール 知られざる虐殺の島(増補版)』(彩流社1999)より
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 2.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 2.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 船 タクシー 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ペルニ船から下船したあと,もう明け方近くにホテルにチェックインし,先に述べた南京虫(トコジラミ)騒動のせいでほとんど眠れないまま朝を迎えた(旅行記「ペルニ船の旅5000kmその3」参照)。
何も予定がなければ,ゆっくり部屋で休息して体力・気力を回復したいところだが,そうもいかない。
ここクパンでは,イミグレ(入国管理局)へ赴いて,「(e-VOA)ビザ延長」というタスクを果たさなればならないのである。
ビザ延長という手続は,下手を打つと数週間待たされたりすることもある。いの一番に申請を終えておかなければ安心できない。
ところで,ここで強調しておくが,これを書いている2024年6月現在,インドネシアのe-VOA(オンラインによるアライバルビザの事前申請・滞在30日間)の延長手続(+30日間)は,オンラインで行うことが可能と言われている。
上記のe-VOAは現在,ジャカルタかデンパサールの空港からインドネシアへ入国する場合に有効である。
だから,e-VOAを取得してジャカルタかデンパサールの空港経由でインドネシアだけを31日以上60日以下旅する人は,e-VOAを申請する際にアカウントを開設しておけば,ビザの延長はオンラインで可能なようだ。現地のイミグレ(入国管理局)へ出向いて手続をする必要はない。
以上のことを前提に,ここではクパンでビザの延長をしなければならない人への情報提供として,ビザ延長のことも書く。ビザの取扱いはダイナミックに変化するものだが,現在,インドネシアの観光ビザの延長は,場合によってはオンラインで行うことが可能である。
さて,宿泊したホテルには朝食ブッフェが付いていた。そこにあった画像↑の飲みものは,水の中にキュウリのスライスなどが浮いているものだったが,これはインドネシアの食文化由来のものか,それともいわゆる「デトックス水」というやつか。とにかく,全然美味くないことは確かだ。 -
徹夜の身体にエネルギーをぶち込むため,集めてきた朝食は炭水化物だらけである。これではペルニ船の給食と変わらんなあ。
インドネシアを旅する間は,基本的に炭水化物が過剰となる。味つけが濃いか辛いおさいで米飯その他の炭水化物をたっぷり食べるのがネシアめしの基本だ。 -
ホテルからクパンのイミグレ(入国管理局)まではそんなに遠くないようだったので,歩いて行った。
途中にヒンドゥー寺院がある。バリ島の寺院と同じく,壁に銭貨のレリーフがあった。寛永通宝の逆さ向きである。
バリ島のヒンドゥー寺院で,同じような中国銭のレリーフを見たことがある人は多いと思う。バリ島のヒンドゥー教において,伝統的な銭貨は,富と成功の霊力を持つ特別な存在として認識されている。
長崎貿易における流通通貨(の一部)として,寛永通宝は東南アジアで広く取引されたと考えられている。それゆえ現在でも,ティモール島のなにげないヒンドゥー寺院にこういうレリーフがあるのだろう。 -
イミグレには難なくたどり着いた。
しかし,雰囲気に違和感がある。静かなのだ。よく見ると門が閉まっている。
今日は12月26日火曜日。25日はクリスマスで公休日だということは分かっていたが,26日の今日も閉まっている。振替休日とかだろうか? また明日来てみるしかない。すごすごと引き返す。 -
帰途は,アンコタか何かを利用して戻ってみたい。イミグレから大通り(Jl.Terusan Timor Raya)に出て,ホテルの方向に歩きながら,アンコタなどの公共交通機関が通りがかるのを待つ。
しかし,全然来ない。普通なら,炎天下を進行方向にとぼとぼ歩いている人間を見つけたら,通りがかったアンコタの運転手はクラクションをバンバンと鳴らして乗せようとする。
ところがここクパンでは,全然お呼びがかからない。やはりクリスマス休暇の影響で走っているアンコタの数が極端に少ないのであろうか。
数日後になって何となく分かってきたのだが,クリスマス休暇の影響ということはさておき,クパンの街というのは,緑が多くて非常にだだっ広いのである。そして,商業施設などが集中する繁華街のようなエリアが他の街のようには存在せず,分散しているのだ。 -
クパンの街のおおまかなイメージはこの地図のような感じ。昨夜到着した「フェリー港」からマップ右端の「空港」まで約20km離れているから,このマップの縮尺はかなり大きいことがお分かりだろう。かようにクパンの街はだだっ広いのだ。
そういう街だと,やはりアンコタはダイヤが薄くなってしまう(ちなみに,クパンには公共乗合バスのようなものは存在しない)。アンコタを利用するためには,地元民が知っている「アンコタが走っている路線」の道路脇に佇んで,のんびりとアンコタの到来を待つしかない。そもそもアンコタが走っていない道路がたくさんあるので,そういうところでアンコタを待っていても時間の無駄だ。
そういうのが面倒くさければ,オジェッkを頼ることになるのだが(なお,クパンにはベントール(オートバイの輪タク=フィリピンでいうトライシクル)やバジャイ(=タイでいうトゥクトゥク)は存在しない),クパンの街がだだっ広いだけに運賃がかさんでしまう。
要するに,クパンという街は,公共交通機関で移動するには結構不便なのである。 -
アンコタに乗れないまま炎天下の大通りを歩いていると,露店が出ているのが見えた。
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豚肉一頭を解体して売る露店肉屋であった。通りがかりの人がどんどんと買っていく。評判の店なのかもしれない。クパンではあまりイスラム教を感じない。
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大通り沿いには,クリスマスの飾り物が据えつけられている。
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ここにも。道沿いにたくさんある。地域の団体などが,それぞれに飾り物を出して賑やかしている感じだ。
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さて,南京虫が出るホテルは引き払って,別の安宿へ移る。「Cozy Stay Kupang」という宿で,築浅で真新しく,AC付き,Wifi申し分なし。南京虫その他の虫は出ず。クパンでは最終日を除いて,ずっとここに滞在した。
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翌日,オジェッkに乗って再びイミグレへ。はたして,この日は開庁していた。やれやれ。
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事務所に入ると受付のカウンターがあり,そこにいる職員にアライバルビザの延長を申請したい旨を(あらかじめ練習しておいた)インドネシア語で告げた。クパンのイミグレの職員は大変親切で,英語を交えて申請方法を教えてくれた。
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申請に必要なものは,
1)イミグレがくれた画像↑の申請書1部
2)パスポートの顔写真がある頁の見開きコピー1部
3)パスポートのアライバルビザがある頁の見開きコピー1部
4)出国航空券をプリントアウトしたもの1部
そして, -
5)イミグレがくれた画像↑のクパン入管局長宛の上申書1部
であった。
全部の書類が調うと,赤色の大きな書類フォルダの表書き(氏名など)をさせられ,申請書類一式とパスポートが受理される。なお,パスポートの預かり証や申請書の受理証のようなものは交付されない。
受理されたら,イミグレからビザ延長手続の費用(500kIDR)を支払うための納付書が交付される。次は,この納付書を市中の銀行へ持って行って支払いをしなければならない。
クパンのイミグレの近くに大きな銀行はないと思う。私の場合は,宿の近くにあったNTT銀行の支店で支払いをした。すぐにできた。
銀行で支払い済みの証書をもらったら,翌営業日,再びイミグレに出頭して,指紋採取と写真撮影を行う。
機器の故障などがなくそれらが無事に終わると,運がよければその翌営業日に「手続が完了したから,イミグレにパスポートを取りに来い」とインドネシア語で電話連絡が入る。私の場合は,幸いにも最短で手続が完了したが(申請日を含めて3営業日目に完了),実際に何日かかるのかは窓口の職員にもよく分からないようだった。 -
念のため,クパンのイミグレは土日祝が閉庁で,午前11時すぎから午後1時頃まで昼休みとなる。
イミグレのすぐ向かいにコピー屋がある。 -
ここもイミグレのすぐ近くにある商店で,コピーなどを取ってくれる。イミグレの向かいのコピー屋が閉まっている場合はこちらへ。
「UD Amanekat」
(座標:-10.163186891984315, 123.6492613899133) -
さて,ビザ延長にけりが付いたので,クパンの美味いものでも探索しよう。
この店はバッソ(肉団子)の専門店だが,なかなかの人気店のようで目をつけていた。
看板も何も出ていないので分かりにくい(工事中?)。
「Bakso Ria」
(座標:-10.159035000201092, 123.63211946597981) -
メニューと価格はこのようになっている。
まず店内で席を確保して,それから帳場へ行って注文をして支払い。
(1kIDR=約10円) -
これは「Bakso Telur」(27kIDR)。煮抜き玉子が丸ごと入った大きな肉団子がひとつと,普通の肉団子が数個入っている。
メニューからは判然としないが,麺も入っていて,ミーMie(玉子麵)と春雨の2種類がちゃんぽんになっている。クリアなスープに,薬味としてバワンゴレン(揚げ玉ねぎ)などが浮かんでいる。
(1kIDR=約10円) -
これは「Mie Ayam Bakso Biasa」。さっきの「Bakso Telur」と比較すると,こちらには煮込んだ鶏肉が入っているので,その煮汁でスープに色と味がついている。また,湯通しした青菜がのっている。底に2種類の麺が入っているのは同じ。
(1kIDR=約10円) -
これは「トゥトゥランtetelan(またはキキルkikil)」(15kIDR)と呼ばれるスープ。
インドネシア語でカルビのことをイガigaというが,そういう骨付きの部位から中落ちの肉を剥(す)いた後,残ったくず肉と骨を煮て作ったスープがトゥトゥランである。沖縄の骨汁に似る。
地元民に人気の店ではこういう渋い料理が美味しいような気がして,無理に注文してしまった。
(1kIDR=約10円) -
さらに調子に乗って「チェケルceker」(10kIDR)も注文。いわゆる鶏の「もみじ(鶏足)」である。甘辛く煮いてある。
タイでは何度も食べたが,ここティモール島でも同じような味付けに仕上がっている。
(1kIDR=約10円) -
料理が出揃ったときには「こんなに食べれるんか?」とやや不安になったが,味が良いので次々と完食し,スープもしっかり頂いてしまった。
-
何となく,クパンという街には美味しいものが多そうな予感がする。
後編は,市場巡りから始めよう。
(つづく)
「ペルニ船の旅5000km その3:エンデ(フロレス島)からクパン」
https://4travel.jp/travel
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この旅行記へのコメント (2)
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- タヌキを連れた布袋(ほてい)さん 2024/07/27 05:21:42
- ビザ情報ありがとうございます
- コメントを頂きありがとうございます。
e-VOA適用の空港が拡大されているという情報,ありがとうございます。「オンラインでポチ」で60日間滞在可能になったのなら,ずいぶんよくなりました。大歓迎です。ぜひ日本人の長期旅行者に広く知って頂きたい情報です。
-
- toshibaa45さん 2024/07/26 09:20:47
- クパン…憧れます
- 旅行記投稿お疲れさまです。
ペルニでクパンへ…旅のダイナミックさが感じられ、とても憧れます。
e-VOAの件ですが、私が2024年1月にインドネシアを訪れた際に事前取得しました。ネット情報ではジャカルタとデンパサールからの入国のみとなっていますが、現在は他の主要空港でも可能のようです(在日インドネシア大使館で確認しました)。実際にジョクジャカルタ入国でもOKでした。そしてオンラインで延長手続きできました(どこにいてもポチで済みます)。
現地のイミグレオフィスに出向くのも旅の楽しみの1つと言えると思いますが、時には困難な場合もあるかもしれません。次回の旅の参考にしていただけると幸いです。
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