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2022年8月1日(月)夕方の5時15分頃、恐竜博物館を満喫して福井に戻る。元々はもう30分遅いバスでと計画していたのだが、結構疲れ果ててしまって早目に引き上げることにした。<br /><br />10分余りで勝山駅に到着し(下の写真1)、えちぜん鉄道に乗り換え(下の写真2)。17時49分発の電車で福井に向かう。来た時には気付かなかったが、勝山駅を出ると右手の山に行ってきた恐竜博物館の本館ドームが見える(下の写真3)。<br /><br />1時間足らずで福井駅に到着、西口から中央大通りを歩き、路面電車が走るフェニックス通りを少し北に歩いて、7時過ぎにこの日の宿泊ホテルにチェックイン(下の写真4)し、早速夕食に出掛ける。<br /><br />ホテルの入口があるフェニックス通りの約250m東、4本先の南北に走る通りは、福井市街地の南を流れる足羽川に架かる桜橋から3kmほど北まで続き、桜橋線と呼ばれているが、駅前からの中央大通りの先との交差点から、福井城の堀の北側を東西に走るさくら通りとの交差点までの間、約600mは片町と呼ばれる福井を代表する繁華街。周辺に数多くの飲食店が集中するほか、ホテルや老舗の和菓子屋なども立ち並んでいる。<br /><br />元々は福井城外堀に面した通りだった。その通りの西側のエリアが江戸時代には片原町と呼んでいた。東側が堀で、西側にだけ家や商店などが立ち並ぶ“片側”の町だったのが、その名の由縁。<br /><br />明治に入り、外堀は埋められ、片原町は北片町と南片町に分かれ、その後も様々な名前を経て、1967年に町名としては順化となり、片原町はなくなったが、略称の片町の呼び名は残り、今もその名で呼ばれている。町名の順化についてはこの半年前に福井に来た時に、住所的には大手町3丁目にある順化小学校に触れた時に由来を書いた。<br />https://4travel.jp/travelogue/11826627<br /><br />元々は絹織物が盛んな地域だったが、大正時代に交通網が発達して織物工場が郊外に移転すると、銀行や商社などが並び始め、人の往来が活発化。そこを狙って飲食店や劇場、寄席などが次々と造られ、今のような繁華街が形成された。<br /><br />ただい、面白い店はないかと通りを歩いたのだが、コロナ禍のせいか、ひっそりとしていて夜の繁華街って云う雰囲気はまるでなかった。ちょうど真ん中辺りで見つけたきはちらくはち片町店に入る。<br /><br />全く知らなかったので、偶然だったのだが、福井県で8店舗を展開する地元の居酒屋チェーンだったんだね。ラッキー、そう云うとこ行くの好きなので。1999年に創業した(株)ダイニングが経営しているチェーンで、他にも居酒屋 きはち屋、イタリアン・ベーカリーのピソリーノとポルボロン、焼肉の牛角なども運営してるんだ。<br /><br />日本海に面した町と云うことで、カンパチ、タコ、マグロなので、舟盛りと生つくねを食べながら生ビールにサワー、ハイボールを戴く。生つくねは「きはちらくはちといえば生つくね」と云われるほどの名物料理だそうで、注文して正解やったな。全部で3000円余りでした。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.25886357351007611&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />9時前にはホテルに引き上げて1日目終了、2日目に続く

福井 片町(Katamachi,Fukui,Fukui,Japan)

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2022/08/01 - 2022/08/01

455位(同エリア710件中)

旅行記グループ 福井恐竜博物館・一乗谷

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年8月1日(月)夕方の5時15分頃、恐竜博物館を満喫して福井に戻る。元々はもう30分遅いバスでと計画していたのだが、結構疲れ果ててしまって早目に引き上げることにした。

10分余りで勝山駅に到着し(下の写真1)、えちぜん鉄道に乗り換え(下の写真2)。17時49分発の電車で福井に向かう。来た時には気付かなかったが、勝山駅を出ると右手の山に行ってきた恐竜博物館の本館ドームが見える(下の写真3)。

1時間足らずで福井駅に到着、西口から中央大通りを歩き、路面電車が走るフェニックス通りを少し北に歩いて、7時過ぎにこの日の宿泊ホテルにチェックイン(下の写真4)し、早速夕食に出掛ける。

ホテルの入口があるフェニックス通りの約250m東、4本先の南北に走る通りは、福井市街地の南を流れる足羽川に架かる桜橋から3kmほど北まで続き、桜橋線と呼ばれているが、駅前からの中央大通りの先との交差点から、福井城の堀の北側を東西に走るさくら通りとの交差点までの間、約600mは片町と呼ばれる福井を代表する繁華街。周辺に数多くの飲食店が集中するほか、ホテルや老舗の和菓子屋なども立ち並んでいる。

元々は福井城外堀に面した通りだった。その通りの西側のエリアが江戸時代には片原町と呼んでいた。東側が堀で、西側にだけ家や商店などが立ち並ぶ“片側”の町だったのが、その名の由縁。

明治に入り、外堀は埋められ、片原町は北片町と南片町に分かれ、その後も様々な名前を経て、1967年に町名としては順化となり、片原町はなくなったが、略称の片町の呼び名は残り、今もその名で呼ばれている。町名の順化についてはこの半年前に福井に来た時に、住所的には大手町3丁目にある順化小学校に触れた時に由来を書いた。
https://4travel.jp/travelogue/11826627

元々は絹織物が盛んな地域だったが、大正時代に交通網が発達して織物工場が郊外に移転すると、銀行や商社などが並び始め、人の往来が活発化。そこを狙って飲食店や劇場、寄席などが次々と造られ、今のような繁華街が形成された。

ただい、面白い店はないかと通りを歩いたのだが、コロナ禍のせいか、ひっそりとしていて夜の繁華街って云う雰囲気はまるでなかった。ちょうど真ん中辺りで見つけたきはちらくはち片町店に入る。

全く知らなかったので、偶然だったのだが、福井県で8店舗を展開する地元の居酒屋チェーンだったんだね。ラッキー、そう云うとこ行くの好きなので。1999年に創業した(株)ダイニングが経営しているチェーンで、他にも居酒屋 きはち屋、イタリアン・ベーカリーのピソリーノとポルボロン、焼肉の牛角なども運営してるんだ。

日本海に面した町と云うことで、カンパチ、タコ、マグロなので、舟盛りと生つくねを食べながら生ビールにサワー、ハイボールを戴く。生つくねは「きはちらくはちといえば生つくね」と云われるほどの名物料理だそうで、注文して正解やったな。全部で3000円余りでした。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.25886357351007611&type=1&l=223fe1adec


9時前にはホテルに引き上げて1日目終了、2日目に続く

  • 写真1 勝山駅に到着した恐竜バス

    写真1 勝山駅に到着した恐竜バス

  • 写真2 勝山駅に停車中のえちぜん鉄道の列車

    写真2 勝山駅に停車中のえちぜん鉄道の列車

  • 写真3 えちぜん鉄道の列車から見えた恐竜博物館

    写真3 えちぜん鉄道の列車から見えた恐竜博物館

  • 写真4 福井パレスイン

    写真4 福井パレスイン

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