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2022年8月2日(火)朝の9時前、恐竜が壁から湧き出している(下の写真1と2)福井駅に戻り、初めてのJRの九頭竜線に乗車する。九頭竜線は愛称で、正式には越美北線。福井駅と岐阜県の高山本線美濃太田駅を結ぶ越美線の一部として建設された。<br /><br />1960年に福井と越前花堂の間の貨物駅である南福井から勝原間が開業、1972年に九頭竜湖まで延伸され、全線開通した。計画では岐阜県側の越美南線と接続される予定だったが、実現することはなかった。以前は九頭竜湖駅と越美南線の美濃白鳥駅との間にバスが走っていたが、2002年に廃止された。なお、越美南線は1986年に長良川鉄道に移管されている。<br /><br />越前花堂・九頭竜湖の起終点駅含む22駅、全長52.5kmで、全線非電化で単線。ただし、運行形態としては全列車福井駅まで乗り入れている。この時点で全てJRだったが、2024年に北陸本線がハピラインふくいに移管されたため、現在はハピラインふくいとの相互乗り入れとなっている。<br /><br />この日も18きっぷ利用。福井発9時8分発の列車に乗車(下の写真3)し、約1時間半掛けて九頭竜湖駅へ向かう。越前花堂で北陸本線(現ハピラインふくい)と分岐して福井平野を東南に進むが、越前花堂の九頭竜線のホームは北陸本線のホームの東側に離れて位置している。これは九頭竜線の実際の分岐は貨物駅の南福井駅構内で、すでに分岐しているってこと。元々こちらの駅の開業が先で(1960年)、隣を走ってた北陸本線に後(1968年)からホームを増設した経緯がある。<br /><br />10分ほど田んぼの中を走っていくと足羽川の左岸(南側)に出て、ここから越前中央山地の間を足羽川に沿って遡って行く。9時40分過ぎに美山駅を出ると南から流れてきている足羽川と別れて、支流の羽生川沿いにさらに東に進む。<br /><br />10時前に越前中央山地を抜けて大野盆地に抜ける。ここから大野市に入る。越前の小京都として知られる市街地や天空の城の一つの越前大野城で有名。<br /><br />面積約870平方kmは福井県内の17市町の中で最大の広さを持ち、県面積のおよそ5分の1を占める。北側がこの前日に行った勝山市で、西がやって来た福井市、その南が池田町、南と東は岐阜県と接す。北西部は石川県とも接している。日本有数の豪雪地帯であり、特別豪雪地帯に指定されている。<br /><br />人口は3万人弱で、こちらは17市町中6番目に多い。1990年には4万1千人おり、減少が続いているのは多くの市町村と同じ。観光地として知られているが、公共共通機関でのアクセスに難があり、宿泊施設も少ないため県内の他の観光地に比べ集客が伸び悩んでいる。<br /><br />戦国時代の1575年に織田信長より越前一向一揆を平定した金森長近が、1576年に大野城を築き、その東麓に城下町を造り始めたのが現在の大野市街地の起こり。その後秀吉により織田信雄の子の秀雄が城主を任され大野宰相と称されたが、関ヶ原の戦いで西軍に与し、戦後に改易された。<br /><br />江戸時代になり、1624年に越前松平家が入封して大野藩が成立。その後、1682年に土井利房が4万石で入り、幕末・廃藩置県まで譜代大名の土井家が8代約190年続いた。明治維新後の1871年(明治4年)の廃藩置県に伴い廃藩となり、大野県が設置。4ヶ月後に福井県に編入された。<br /><br />大野の名は国郡里制度が整う以前の古代のオオノクニから来ているが、その由来には諸説ある。現在の大野盆地辺りの漠然とした広い地域を表わした言葉とか、大沼郷(おおぬごう)と云う地域から広がり大沼が変化したとか、この辺りに住んでいた大野族から来たとか。<br /><br />1889年(明治22年)の町村制の施行により大野町が発足。1954年(昭和29年)に周辺の1町6村と合併して大野市となる。以後、1970年に西谷村を、2005年に和泉村を編入して現在の市の区域となった。<br /><br />地球物理学者として有名な竹内均(20年生れ、04年没)は旧制大野中学校(現大野高校)から金沢の四高、東京帝大に進む。あのねのねの清水国明(50年生れ)はその後輩で京産大に進む。その姉の橋本真由美(49年生れ)も大野高校卒で、パートタイムからブックオフの社長まで上り詰めた(2007年退任)。<br /><br />大野盆地に抜けた列車は越前大野城の北側から東側を南に回り込み、越前大野駅を過ぎると再び東に進む。越前大野城は2014年の夏に家族と永平寺に行った時に寄った。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.739147602821933&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br />大野盆地を横切ると今度は路線愛称ゆかりの九頭竜川沿いを遡る。九頭竜川は大野市と岐阜県との県境にある油坂峠付近から九頭竜ダムを経て北西に流れ、福井平野を横切って坂井市で日本海に注ぐ全長116kmの福井県のシンボルとも云える川。長さでは全国42位、流域面積では全国20位。<br /><br />その名の謂れは明らかではないが、黒龍(くつれう)川あるいは崩(くずれ)川が転じたものと云う可能性が高い。黒龍川は平安時代の889年に平泉寺の白山権現が衆徒の前に示現され、その尊像を川に浮かばせたところ一身九頭の竜が現れ、尊像を頂くように流れに下って、黒龍大明神の対岸に着かれたと云う故事からと云う説と越前の崩山(どこ?)に国土を守るための四神の一つの黒龍大明神が置かれたことからと云う説がある。崩川は有史以来氾濫を繰り返したことから。<br /><br />古代には福井平野は大きな湖で、洪水のたびに水害が起きていた。河口を広くして湖の水を海に出易くしたのは、私が住んでる京田辺市に後に筒城宮を置いた継体天皇で、九頭竜川治水の先駆者と云われる。知らんかった・・・ まあ、京田辺市育ちじゃないしね。<br /><br />明治以降、様々な河川改修が行われたが、電源需要の増加に伴い電源開発が行われた。この関係で開通したのが現在のえちぜん鉄道。1968年には高さ128mのロックフィルダムである九頭竜ダムが完成し、ダム湖である九頭竜湖が生まれる。九頭竜ダムは1982年に会社の同期たちとの旅行で行ったわ(下の写真4)。<br /><br />柿ヶ島の手前で第一九頭竜川橋梁(東海道本線大井川橋梁上り線を移設したアメリカン・ブリッジ(American Bridge)社製の単線曲弦プラットトラス(Pratt Truss)橋)を渡り、九頭竜川右岸に出るとすぐ上流にあるのが富田堰堤。手前の越前富田駅と下唯野駅の間にあった北陸電力富田発電所(1958年使用開始)の取水堰堤らしい。対岸の堰堤下には魚道が見える。<br /><br />柿ケ島トンネルから第二九頭龍川橋梁を渡り、西勝原トンネルを抜けると勝原駅。上述のようにここまでが1960年に開通した範囲で、この先の開通は1972年。この間の土木技術の進歩により長大トンネルの掘削が可能となり、ここから終点の九頭竜湖駅までは2つのトンネル(5251mの荒島トンネルと1915mの下山トンネル)と1つの橋梁(第三九頭龍川橋梁)でほぼ直線状に抜ける。<br /><br />10時45分頃、定刻10時42分に少し遅れて九頭竜湖駅到着。1972年の越美北線延伸に伴い開業。当時は越美南線北濃駅までが結ばれ中間駅になる予定だったが、実現しなかった。福井和泉リゾートが窓口業務を受託する簡易委託駅だが、2030年度までに無人駅化される方針。無料で到着証明書を発行してもらえたので、1枚戴いた。<br /><br />車止めに向かって右側に単式ホーム1面1線を有する地上駅で、引上線と保守車両用横取線がある。南側に1987年にブロック塀造の初代駅舎から改築されたログハウス風の駅舎がある。<br /><br />福井県最東端の駅であり旧和泉村の代表駅で、越美北線開通前のバス停名は越前朝日だったが、開業時に観光目的も兼ねて変更された。ただし、上記で触れた九頭竜湖を堰き止めている九頭竜ダムまでは5km以上あり、公共交通機関は走ってない。<br /><br />和泉村は2005年に大野市に編入されて廃止された村。1956年に下穴馬村と上穴馬村が合併して発足。駅がある朝日地区は村役場や小中学校がある村の中心地だった。前述した橋本真由美・清水国明姉弟はここの小中学校の卒業生。<br /><br />折返し列車の発車まで10分ほどしかないので、急いで駅近辺を散策する。引上線と保守車両用横取線の先を回り込んで駅舎の反対側へ。駅の少し手前の北側に蒸気機関車8620形28651号機が置かれている。<br /><br />1919年(大正8年)に製造されたもので、広島、大阪、名古屋、長野で使われ、最後に越美北線が無煙化された1973年まで働いていた。稼働54年5ヶ月で、走行キロは約地球71周分に当たる282万キロ。<br /><br />1968年にはお召し列車を牽引して走った。国体を記念した植樹祭に伴うもので、同形の88635号機が先頭本務機でこの機関車は重連次位機だった。お召機としての名残か、煙室扉上部の手すり、フロントデッキのつかみ棒や解放テコは、現役時代の最後まで磨き出されていた。保存機となった今も、厚塗りの塗装となってはいるが、ドレスアップした当時の雰囲気が残っている。<br /><br />その奥には穴馬民俗館・笛資料館・和泉村郷土資料館があったが、時間がないので行ってない。穴馬民俗館は約300年前に建てられた農家で民具などを展示、笛資料館は源義平の若葉の笛のレプリカを初めとした笛を展示、和泉村郷土資料館は恐竜の化石などの自然科学展示と土器などを展示しているが、もしかしたら閉館してるかも。<br />https://www.facebook.com/media/set/?set=a.25913172961659383&amp;type=1&amp;l=223fe1adec<br /><br /><br />九頭竜湖駅10時56分発の列車で九頭竜線を戻るが、続く

福井 九頭竜線(JR Kuzuryu Line,Fukui,Japan)

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2022/08/02 - 2022/08/02

59位(同エリア67件中)

旅行記グループ 福井恐竜博物館・一乗谷

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4

ちふゆ

ちふゆさん

2022年8月2日(火)朝の9時前、恐竜が壁から湧き出している(下の写真1と2)福井駅に戻り、初めてのJRの九頭竜線に乗車する。九頭竜線は愛称で、正式には越美北線。福井駅と岐阜県の高山本線美濃太田駅を結ぶ越美線の一部として建設された。

1960年に福井と越前花堂の間の貨物駅である南福井から勝原間が開業、1972年に九頭竜湖まで延伸され、全線開通した。計画では岐阜県側の越美南線と接続される予定だったが、実現することはなかった。以前は九頭竜湖駅と越美南線の美濃白鳥駅との間にバスが走っていたが、2002年に廃止された。なお、越美南線は1986年に長良川鉄道に移管されている。

越前花堂・九頭竜湖の起終点駅含む22駅、全長52.5kmで、全線非電化で単線。ただし、運行形態としては全列車福井駅まで乗り入れている。この時点で全てJRだったが、2024年に北陸本線がハピラインふくいに移管されたため、現在はハピラインふくいとの相互乗り入れとなっている。

この日も18きっぷ利用。福井発9時8分発の列車に乗車(下の写真3)し、約1時間半掛けて九頭竜湖駅へ向かう。越前花堂で北陸本線(現ハピラインふくい)と分岐して福井平野を東南に進むが、越前花堂の九頭竜線のホームは北陸本線のホームの東側に離れて位置している。これは九頭竜線の実際の分岐は貨物駅の南福井駅構内で、すでに分岐しているってこと。元々こちらの駅の開業が先で(1960年)、隣を走ってた北陸本線に後(1968年)からホームを増設した経緯がある。

10分ほど田んぼの中を走っていくと足羽川の左岸(南側)に出て、ここから越前中央山地の間を足羽川に沿って遡って行く。9時40分過ぎに美山駅を出ると南から流れてきている足羽川と別れて、支流の羽生川沿いにさらに東に進む。

10時前に越前中央山地を抜けて大野盆地に抜ける。ここから大野市に入る。越前の小京都として知られる市街地や天空の城の一つの越前大野城で有名。

面積約870平方kmは福井県内の17市町の中で最大の広さを持ち、県面積のおよそ5分の1を占める。北側がこの前日に行った勝山市で、西がやって来た福井市、その南が池田町、南と東は岐阜県と接す。北西部は石川県とも接している。日本有数の豪雪地帯であり、特別豪雪地帯に指定されている。

人口は3万人弱で、こちらは17市町中6番目に多い。1990年には4万1千人おり、減少が続いているのは多くの市町村と同じ。観光地として知られているが、公共共通機関でのアクセスに難があり、宿泊施設も少ないため県内の他の観光地に比べ集客が伸び悩んでいる。

戦国時代の1575年に織田信長より越前一向一揆を平定した金森長近が、1576年に大野城を築き、その東麓に城下町を造り始めたのが現在の大野市街地の起こり。その後秀吉により織田信雄の子の秀雄が城主を任され大野宰相と称されたが、関ヶ原の戦いで西軍に与し、戦後に改易された。

江戸時代になり、1624年に越前松平家が入封して大野藩が成立。その後、1682年に土井利房が4万石で入り、幕末・廃藩置県まで譜代大名の土井家が8代約190年続いた。明治維新後の1871年(明治4年)の廃藩置県に伴い廃藩となり、大野県が設置。4ヶ月後に福井県に編入された。

大野の名は国郡里制度が整う以前の古代のオオノクニから来ているが、その由来には諸説ある。現在の大野盆地辺りの漠然とした広い地域を表わした言葉とか、大沼郷(おおぬごう)と云う地域から広がり大沼が変化したとか、この辺りに住んでいた大野族から来たとか。

1889年(明治22年)の町村制の施行により大野町が発足。1954年(昭和29年)に周辺の1町6村と合併して大野市となる。以後、1970年に西谷村を、2005年に和泉村を編入して現在の市の区域となった。

地球物理学者として有名な竹内均(20年生れ、04年没)は旧制大野中学校(現大野高校)から金沢の四高、東京帝大に進む。あのねのねの清水国明(50年生れ)はその後輩で京産大に進む。その姉の橋本真由美(49年生れ)も大野高校卒で、パートタイムからブックオフの社長まで上り詰めた(2007年退任)。

大野盆地に抜けた列車は越前大野城の北側から東側を南に回り込み、越前大野駅を過ぎると再び東に進む。越前大野城は2014年の夏に家族と永平寺に行った時に寄った。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.739147602821933&type=1&l=223fe1adec

大野盆地を横切ると今度は路線愛称ゆかりの九頭竜川沿いを遡る。九頭竜川は大野市と岐阜県との県境にある油坂峠付近から九頭竜ダムを経て北西に流れ、福井平野を横切って坂井市で日本海に注ぐ全長116kmの福井県のシンボルとも云える川。長さでは全国42位、流域面積では全国20位。

その名の謂れは明らかではないが、黒龍(くつれう)川あるいは崩(くずれ)川が転じたものと云う可能性が高い。黒龍川は平安時代の889年に平泉寺の白山権現が衆徒の前に示現され、その尊像を川に浮かばせたところ一身九頭の竜が現れ、尊像を頂くように流れに下って、黒龍大明神の対岸に着かれたと云う故事からと云う説と越前の崩山(どこ?)に国土を守るための四神の一つの黒龍大明神が置かれたことからと云う説がある。崩川は有史以来氾濫を繰り返したことから。

古代には福井平野は大きな湖で、洪水のたびに水害が起きていた。河口を広くして湖の水を海に出易くしたのは、私が住んでる京田辺市に後に筒城宮を置いた継体天皇で、九頭竜川治水の先駆者と云われる。知らんかった・・・ まあ、京田辺市育ちじゃないしね。

明治以降、様々な河川改修が行われたが、電源需要の増加に伴い電源開発が行われた。この関係で開通したのが現在のえちぜん鉄道。1968年には高さ128mのロックフィルダムである九頭竜ダムが完成し、ダム湖である九頭竜湖が生まれる。九頭竜ダムは1982年に会社の同期たちとの旅行で行ったわ(下の写真4)。

柿ヶ島の手前で第一九頭竜川橋梁(東海道本線大井川橋梁上り線を移設したアメリカン・ブリッジ(American Bridge)社製の単線曲弦プラットトラス(Pratt Truss)橋)を渡り、九頭竜川右岸に出るとすぐ上流にあるのが富田堰堤。手前の越前富田駅と下唯野駅の間にあった北陸電力富田発電所(1958年使用開始)の取水堰堤らしい。対岸の堰堤下には魚道が見える。

柿ケ島トンネルから第二九頭龍川橋梁を渡り、西勝原トンネルを抜けると勝原駅。上述のようにここまでが1960年に開通した範囲で、この先の開通は1972年。この間の土木技術の進歩により長大トンネルの掘削が可能となり、ここから終点の九頭竜湖駅までは2つのトンネル(5251mの荒島トンネルと1915mの下山トンネル)と1つの橋梁(第三九頭龍川橋梁)でほぼ直線状に抜ける。

10時45分頃、定刻10時42分に少し遅れて九頭竜湖駅到着。1972年の越美北線延伸に伴い開業。当時は越美南線北濃駅までが結ばれ中間駅になる予定だったが、実現しなかった。福井和泉リゾートが窓口業務を受託する簡易委託駅だが、2030年度までに無人駅化される方針。無料で到着証明書を発行してもらえたので、1枚戴いた。

車止めに向かって右側に単式ホーム1面1線を有する地上駅で、引上線と保守車両用横取線がある。南側に1987年にブロック塀造の初代駅舎から改築されたログハウス風の駅舎がある。

福井県最東端の駅であり旧和泉村の代表駅で、越美北線開通前のバス停名は越前朝日だったが、開業時に観光目的も兼ねて変更された。ただし、上記で触れた九頭竜湖を堰き止めている九頭竜ダムまでは5km以上あり、公共交通機関は走ってない。

和泉村は2005年に大野市に編入されて廃止された村。1956年に下穴馬村と上穴馬村が合併して発足。駅がある朝日地区は村役場や小中学校がある村の中心地だった。前述した橋本真由美・清水国明姉弟はここの小中学校の卒業生。

折返し列車の発車まで10分ほどしかないので、急いで駅近辺を散策する。引上線と保守車両用横取線の先を回り込んで駅舎の反対側へ。駅の少し手前の北側に蒸気機関車8620形28651号機が置かれている。

1919年(大正8年)に製造されたもので、広島、大阪、名古屋、長野で使われ、最後に越美北線が無煙化された1973年まで働いていた。稼働54年5ヶ月で、走行キロは約地球71周分に当たる282万キロ。

1968年にはお召し列車を牽引して走った。国体を記念した植樹祭に伴うもので、同形の88635号機が先頭本務機でこの機関車は重連次位機だった。お召機としての名残か、煙室扉上部の手すり、フロントデッキのつかみ棒や解放テコは、現役時代の最後まで磨き出されていた。保存機となった今も、厚塗りの塗装となってはいるが、ドレスアップした当時の雰囲気が残っている。

その奥には穴馬民俗館・笛資料館・和泉村郷土資料館があったが、時間がないので行ってない。穴馬民俗館は約300年前に建てられた農家で民具などを展示、笛資料館は源義平の若葉の笛のレプリカを初めとした笛を展示、和泉村郷土資料館は恐竜の化石などの自然科学展示と土器などを展示しているが、もしかしたら閉館してるかも。
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.25913172961659383&type=1&l=223fe1adec


九頭竜湖駅10時56分発の列車で九頭竜線を戻るが、続く

  • 写真1 福井駅西口 フクイラプトル・フクイサウルス トリックアート

    写真1 福井駅西口 フクイラプトル・フクイサウルス トリックアート

  • 写真2 福井駅西口 トリケラトプス トリックアート

    写真2 福井駅西口 トリケラトプス トリックアート

  • 写真3 福井駅に停車中の九頭竜線列車

    写真3 福井駅に停車中の九頭竜線列車

  • 写真4 九頭竜ダム

    写真4 九頭竜ダム

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