2024/04/02 - 2024/04/06
527位(同エリア1150件中)
ST&Gさん
この日は秋田から福島に向け移動。
途中の山形は立ち寄る程度になりましたが、高速からアクセスし易い場所という事で選んだのが米沢でした。
「米沢にすればきっと米沢牛を食べに行こうと言うだろうな」と密かに期待したのですが、到着したお店はビジネスマン達が列を作っているラーメン店でした。
そしてランチの後は上杉謙信ゆかりの地を訪れましたのでその様子をご覧ください。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通手段
- 自家用車
-
米沢~、米沢~、山形の米沢に到着しました。
ここは上杉氏の城下町。
上杉氏ゆかりの地を見に行く前に、お腹を満たしておきましょう。
米沢と言えば、有名な米沢牛。
美味しいステーキが食べられると期待しましたが、連れて行かれたのはラーメン屋さんでした。
よ…よ…よねざわぎゅうが…。
ラーメン好きの頭の中は、牛よりも美味しいラーメン屋さん探しの方が大事だったようです。
これは大誤算!
宮城(仙台)でラーメン、岩手で冷麺、青森でラーメン、弘前でラーメン、唯一秋田だけはラーメン無しでしたが、再び山形でラーメン。
という事で、ランチで訪れたのはTAKAHATA山喜です。山喜 グルメ・レストラン
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私たちが到着した時は、既にビジネスマン達が店の前で待っていました。
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店内にもビジネスマン。
平日のランチ時という事もありますが、ここはビジネスマンに大人気のようです。
私の中では、ビジネスマンが多い店=安くて美味しいというデータがインプットされているので、これは期待できそうですよ。
米沢牛には未練タラタラですが、運転手が毎日長距離ドライブに耐えていますから、私もラーメンに耐えるしかありませんね。
頑張れ、WATASHI! -
この時はまだ数組待っているだけでしたので、名前を書いて外で待機。
ラーメン店は回転が早いので、入店までそれ程時間はかからないでしょう。 -
運ばれてきたSio(並盛)。
チャーシューメンを頼んだ訳ではありませんが、(チャーシューが)4枚も入っていたのはラッキーでした。 -
麺上げは、相変わらず下手…。
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見た目は良く似ていますが、家人が頼んだ日本海藻塩(並)。
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家人の麺上げ。
山喜のラーメンのジャンルは喜多方ラーメンという事になっていますが、ラーメン好きの家人曰くこれは喜多方ではなく一般的な山形ラーメン。
庄内で多く見られるラーメンだと言っていましたが、塩ラーメンは店主の技がはっきり出るそうです。
麺は、手打ちのちぢれ麺。
鶏ガラ系のアッサリとした塩ラーメンで、来店客の層が高めというのも納得です。
そして私は、魚貝系よりもやはり肉系のスープの方が好きだというのがはっきり分かりました。
とっても美味しいラーメン…ご馳走さまでした! -
ランチの後で訪れたのは、米沢城址の松が岬公園。
上杉神社 寺・神社・教会
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桜開花にはまだ少し早かったため、訪れる人も少なくとても静かな公園でしたよ。
今回は北参道から入場。 -
米沢は伊達政宗公の生誕地で、24歳までこの地で暮らしていたとか。
米沢藩初代藩主は上杉景勝公。
その重臣であった直江兼続が、米沢の礎を築いたと言われています。 -
本丸には堀と石垣の一部が残っていますが、今回は上杉謙信公を祀る【上杉神社】の参拝と、【愛】の字の兜を見るのが主な目的。
画像奥(突き当り)の右手に見えるのは、福徳稲荷神社の赤鳥居。 -
その赤鳥居を潜ると福徳稲荷神社や宝物殿に行くことができますが、私たちは少し遠回りして、表参道の方から鳥居を潜ることにしました。
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舞鶴橋の所にある謙信公の軍旗。
毘沙門天を厚く信仰していた謙信でしたので、それに由来する【毘】の旗。
次に紹介する龍の文字とは書体が違うので、その辺りも見比べてみましょう。 -
不動明王を表す【龍/懸り乱れ龍】は、戦の総攻撃の際に突撃の合図として掲げられたもの。
この旗は、越後の龍とも呼ばれていたようです。
桜が咲いていればパーフェクトでしたが、思い通りにはいきませんでした。 -
風格のある人物は、上杉謙信公。
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上杉景勝公と、【愛】の字の兜で有名な直江兼続公。
この像は、固い絆で結ばれた2人が町づくりについて語り合っているところを表現したもの。 -
「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」
【意味】
強い意志を持って取り組めば必ず実現できるが、行動しなければ何事も実現できない。
実現できないのは、人が成し遂げる意志をもって取り組まないからだ。 -
皆さんもこの名言を聞いた事があると思いますが、それを詠んだのが米沢藩第9代藩主の上杉鷹山公。
困窮した米沢藩の財政を立て直した人物として知られています。 -
一際目立つ巨大な人形。
【愛】の兜の持ち主は、直江兼続公。
上杉景勝公とは兄弟のように育ち、兼続の能力の高さは秀吉から米沢30万石を与えられるほどだったと言われています。
上杉神社に来たからには、この兜を見て帰らねば…。 -
上杉景勝が米沢藩の初代藩主なら、時の重臣だった直江兼続は米沢の礎を築いたとされる人物。
この上杉神社は、米沢城の本丸跡に建てられたものです。
画像は一の鳥居。 -
手水舎で身を清めたら、いよいよ参拝。
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二の鳥居。
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そして本殿。
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大正時代に起こった米沢の大火で本殿を含む殆どの建物が消失しましたが、米沢市出身の建築家 伊藤忠太氏の設計で再建されました。
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建築界で初めて文化勲章を受章した伊藤氏は、他にも平安神宮や築地本願寺、靖国神社などを手掛けていますよ。
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御祭神は、戦国武将の上杉謙信公。
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開運招福・諸願成就・商売繁盛・学業成就…。
スピリチュアルな世界が好きな人たちの間では米沢のパワースポットとも言われていますが、神社独特の神聖な領域に入ったというのは理解できても、パワーという感覚は良く分からないので、いつもと同じように参拝を済ませました。 -
こちらは家紋。
上杉家と言えば【竹に雀紋】。
瑞鳳殿の旅行記でも紹介しましたが、仙台藩伊達家の家紋は上杉家から贈られたもので、伊達家の竹に雀紋はまたの名を【仙台笹紋】と言います。
右が上杉家の家紋で、左が伊達家の家紋。
伊達家の家紋は左右非対称でしたが、上杉家の家紋も左右非対称。
良かったら見比べてくださいね。 -
この鳥居を潜ると、福徳稲荷神社奥の院と右に市杵嶋姫弁天大神の弁天堂。
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そのすぐ横にあるのが福徳稲荷神社。
御祭神は宇迦之御魂神。
五穀豊穣の神様かと思ったら、千客万来・満願成就・福徳円満などいろいろな旗が掲げられていました。 -
福徳稲荷神社の入り口に咲いていた満開のコウバイ。
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可愛らしい黄色い花は、ミズキ科のサンシュユ。
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謙信公祠堂跡。
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米沢城ゆかりの武将たち。
伊達政宗公も上杉景勝公も兜姿でしたから、直江兼続公も兜姿にして欲しかったかも…。 -
南参道を歩いて行くと、末社の春日神社。
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菱門橋は、藩主が暮らしていた本丸御殿の南出入口にあたる橋(太鼓橋)。
取り締まりが厳しく「秘し門」と呼ばれ、それが菱門の由来です。 -
最後は、上杉家に伝わる宝物を見にいきましょう。
稽照殿(宝物殿)。
こちらも伊東忠太氏が設計したものですが、鉄筋コンクリートで建てられた重層切妻造りの建物で、国の登録文化財に指定されています。
残念ながら中は撮影禁止のため宝物などを紹介することは出来ませんが、この日は【愛】の字の兜もなく、また展示されている日本刀の刃身が雲っていたのも残念でした。 -
今回は【サラッと米沢観光】となりましたが、東北の旅も福島を残すだけとなりました。
東北の旅の備忘録もあと少し。
頑張りますよー!
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