2023/04/21 - 2023/04/24
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かるあみるくさん
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2日目後編の旅行記です。おもろまちのおきみゅーを見学した後はレンタカーを走らせて沖縄本島南部へと向かいました。ここは沖縄戦最後の舞台、首里撤退後両軍入り乱れ、さらに多くの住民を巻き込み、多くの方が自決を強要され亡くなった場所になります。現在では多くの地域は糸満市になりますが、当時は摩文仁村という村だったそうです。ただ村民の半分近くが亡くなり戦後単独での復興が困難な為周辺の村と合併し、その後糸満市と合併をした地域です。車で20分~30分程度で移動できる範囲にものすごい数の慰霊碑が残っている事からもどれだけの戦いで多くの亡くなった方がいらっしゃったのかという事がわかります。今回は具志頭城跡、平和祈念公園、ひめゆりの塔、平和創造の森公園を訪れています。また機会があれば他の慰霊塔も追悼で回りたいと思います。その後は瀬長島で飛行機を見物したり、沖縄名物をイオンで買ったり、国際通りを訪れたりしました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- レンタカー 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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おもろまちから車で約1時間、南部にある八重瀬町にやってきました。八重瀬町も戦地になった地区で病院壕が残っていたり、さきほどおきみゅーで見学してきた港川人が発見されたのもこの地区です。ただ今回は初めての沖縄という事もあり八重瀬町は少し寄るだけで糸満方面へ向かうことにしていました。
南の駅 やえせ 道の駅
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南の駅やえせは比較的新しい施設の様で、南の駅という名ですが道の駅と同じような感じの施設でした。飲食店多めですね。
既に昼は過ぎていたのでここで食事でも良かったのですが、行きたいところが多かったのでここは休憩のみで次に向かいます。南の駅 やえせ 道の駅
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南の駅やえせからすぐのところにはハナンダーと言われる自然橋があります。駐車するスペースがあまりないですがそもそも観光地化していないので人が全然いませんでした。案内板はあり、それによると洞窟が浸食もしくは崩壊し今の形になったそうです。
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普通に橋として渡る事も出来て長さ29メートル、幅10メートル、高さ8メートルと書かれていました。もちろん車は通行できません。
歩いてみましたが普通の地面を歩いている様な安心感がありました。 -
その後はハナンダーから車で数分のところにある具志頭城跡にやってきました。具志頭は「ぐしちゃん」と読むようです。中世に高台に築かれた城郭の様ですが遺構の様なものはありません。観光地というよりは地元の人が訪れる場所の様で家族連れがピクニック?をしていました。
具志頭城跡 名所・史跡
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具志頭城跡は城跡でもあるのですが、ここも摩文仁に隣接する場所で沖縄戦の激戦地。追悼碑が建立されています。こちらは甲斐の塔。山梨県出身で沖縄で戦没された方を追悼している碑です。沖縄戦を戦った第32軍は当然ながら日本全国から集まっており、摩文仁を中心に46都道府県、そして韓国や樺太など当時の日本領など様々な塔が建立されています。
具志頭城跡 名所・史跡
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こちらは魄粋之塔(はくすいのとう)と呼ばれる慰霊碑です。特定の県をさしているわけではない様です。合祀者は10150柱と書かれていたので地元で亡くなられた方の追悼碑でしょうか。
具志頭城跡 名所・史跡
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具志頭城跡からみた太平洋と断崖。沖縄南部はこの様に切り立った崖になっている場所が多くなっているそうです。沖縄戦時に日本軍は、そしてアメリカ軍幹部も米軍はなぜ沖縄南東部に上陸し第二戦線を開かないのか疑問に思っていたそうですが、こういう地形が原因だったのかなとも思います。出来なくはないと思いますが・・・。
この辺りも一面双方からの砲弾の雨が降り注いだのだと思います。具志頭城跡 名所・史跡
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具志頭城跡から車で10分程移動したところに沖縄県営平和祈念公園があります。よく沖縄戦などのニュースで祈念公園と言われる公園がここになります。沖縄戦末期に大勢の犠牲者を出した摩文仁地区にある公園で多くの方々が追悼に訪れる施設です。
沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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敷地内に入ってすぐに目に入ったのは平和祈念堂。塔の様なデザインの建物ですが、中に入る事も出来て中は平和を祈念する像や絵画が展示されている美術館の様になっているそうです。
別途入場料がかかる事や、他にもじっくりと見たい場所が摩文仁にはあるので今回は入りませんでした。平和祈念堂 名所・史跡
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平和祈念公園内に入ってすぐの所に平和祈念資料館があります。2000年に開館した資料館だそうですが、訪れた時は改装工事の為入る事が出来ず。そのこと自体はしっていましたが、口コミなどをみると是非来たい場所なのでいずれ沖縄を再訪して見学に来たいと思っています。
沖縄県平和祈念資料館 美術館・博物館
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平和祈念資料館の反対側、平和祈念堂の隣にはに韓国人慰霊塔公園という一角がありました。他の県の塔などと少し離れたところにあり、また公園内にある公園という形でフェンスで囲まれていたのが少し他の慰霊塔と異なる雰囲気でした。ただ中に入る事が出来るようなので入ってみました。
沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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この韓国人慰霊塔は1975年に大韓民国によってつくられたそうです。沖縄戦でも朝鮮系の方々も亡くなっておりその方々を慰霊するためのものです。1948年以降朝鮮半島は分断されていますが、韓国自体が以北五道も韓国領であるとしているのでおそらく北朝鮮地域出身者で戦没された方々もここで追悼されているものだと思います。
ちなみに台湾の方々も沖縄戦で亡くなられていますが、こちらに関しては2016年にやはり平和祈念公園内に慰霊碑が建立されたそうです。沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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展望台というかデッキというか登って公園内を見渡せる場所がありました。そんなに高いわけではないので公園内程度の範囲と太平洋しか見えないですが、沖縄戦の激戦地だった事を感じさせない平和な場所に見えました。
平和祈念公園の北側はこの様な芝生広場や、写っていないですけどアスレチック遊具もあったりして子連れでも楽しめる公園になっていました。沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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こちらは沖縄工業健児之塔。1945年6月4日に学徒動員で摩文仁の屋敷に沖縄県立工業学校の生徒9人が艦砲射撃の直撃で亡くなったそうです。また沖縄県立工業学校は工業鉄血勤皇隊・工業通信隊として学徒隊が組織され、生徒は97人動員され88人戦死、教師は7人動員され7人戦死されています。この率は沖縄県のすべての学校の中で一番高いそうです。
沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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こちらは平和の丘と呼ばれる広場です。名前はグーグルマップで確認したのでちょっと自信ないですが・・・。毎年6月23日に戦没者追悼式が行われる場所でもあります。
人が少ないととても広く感じます。沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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広場の中心近くには全学徒隊の碑がありました。沖縄戦前には沖縄県には21の師範学校、中等学校がありましたが全てが学徒隊として戦場に動員されました。おおくの犠牲者をだした女子師範学校と沖縄県立第一高等女学校によるひめゆり学徒隊は非常に有名ですが、他の学校も多くの犠牲者を出しております。
沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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平和祈念公園には「平和の礎」として沖縄戦で戦没された方々の名前を軍民、国籍問わず刻銘されています。沖縄県出身者は1931年の満州事変以降、他県や外地出身者、米軍関係者は1944年3月から概ね終戦後1年に亡くなられた方を刻銘しているそうです。現時点で名前がわかり刻銘された方々は24万人を超え多大な犠牲の下今の平和がある事がわかります。
沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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平和の礎の中心地には「平和の火」と呼ばれる炎の灯った祭壇がありました。この日は1995年6月23日に沖縄戦の際に最初に米軍が上陸した座間味村、被爆地の広島、長崎に灯る火を分けて点火したそうです。
1945年6月23日は沖縄において日本軍組織的戦闘の終了の日とされ第32軍司令官の牛島満大将、参謀長の長勇中将などが自決した日になります。ただその後も戦闘が続き島田知事や荒井警察部長は6月26日に戦死したとされ、その後も日本軍による久米島虐殺など悲劇は続きました。沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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平和の火のばしょからは現在閉鎖中の平和祈念資料館が見えました。とても整然としていてそして綺麗に整備・掃除もされていて沖縄県の方々がこの場所をいかに大切に守っているかよくわかりました。
修学旅行生も多い場所でしたが波の音が聞こえる程度で静かで厳粛な雰囲気でした。いつまでもこの平和が守られるようにと本当に強く願います。沖縄県営平和祈念公園 公園・植物園
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次にやってきたのはひめゆりの塔。平和祈念公園の駐車場を出発してから10分程で到着しました。最初に行った具志頭城跡から平和祈念公園までも10分程度でした。この近辺は沖縄戦に関する慰霊碑等が多いですが位置は非常に近いです。それだけ摩文仁の戦いが激戦だったという事の裏返しだと思います。
これは国道を渡ったところからとっていて、左手に見える売店で献花用の花を売っていました。花を手向ける事くらいしかできない事が歯がゆいですが購入し献花しました。ひめゆりの塔 名所・史跡
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門から少し入るとひめゆりの塔の慰霊碑が見えます。本当に国道からすぐの位置です。当時の道路がどこにあったのかわかりませんが、こんなすぐの場所に外科壕の入口があったのかと思いました。
激戦地だった摩文仁には他にも外科壕などがあり、ひめゆりの塔は非常に有名ですが他にも慰霊塔が多く遺されています。ひめゆりの塔 名所・史跡
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ひめゆりの塔の慰霊碑です。ひめゆりの塔は戦後すぐに慰霊の為に積まれた石の塔が元になっており、現在も塔と碑が置かれています。この写真の中学生たちが献花している場所と碑の間に第三外科壕の跡が残っており、中学生たちの場所まで行けば見えます。私も彼らが移動したあとその場で見たのですが写真は撮影できず(禁止ではないです)この写真を載せます。
ひめゆりの塔 名所・史跡
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ひめゆりの塔に隣接してひめゆり平和記念資料館がありました。ひめゆり学徒隊に関してや集団自決、数少ない生存者の証言などが遺されています。
正直なところこの資料館があることは知りませんでした。ただ来たからには中に入ろうと思います。ひめゆり平和祈念資料館 美術館・博物館
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入口横には千羽鶴が置かれていました。
当然ですが中は撮影禁止です。ただ撮影禁止じゃなくても撮影しようと思える展示内容ではないです。
いろいろな事を感じ取る場所でした。修学旅行生はほとんどの子がどんどんと進んで行っていましたが、正直中高生で本当に考えるというのは難しいと思います。自分もその頃だったらどこまで本気で考えたかわからないです。
考える事はそれぞれ違うと思いますし是非その場で皆さんが見てもらいたいと思うので詳細は書きませんが、生存し米軍の捕虜となった後やはり捕虜の子供たちと遊んでいる姿の元ひめゆり学徒隊の女学生の写真がいま中学生の自分の知り合いと似ていて、そんな子たちが戦場で病院壕などで戦闘に巻き込まれ自決したり戦死したと思うと胸が痛みました。ひめゆり平和祈念資料館 美術館・博物館
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ひめゆりの塔の国道の反対側には結構な数のお土産屋がありました。沖縄のグッズも多そうですが、修学旅行生で結構混んでいたのでパスしちゃいました。結構お店の数も多いですがどこも結構人が入っていそうでしたね。
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気付いたらもう15時、朝食をホテルで食べて以降何も食べていない状態でした。またそんなに動いているわけではないですが、平和祈念公園とひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館は非常に集中してみて息が詰まる気持ちになりかなり精神的に疲れてしまいましたのでここで食事にすることにしました。
もっとレストハウス的なお店ばかりかなと思ったらなかなかお洒落なお店がひめゆりの塔から国道を挟んで反対側にあったので入って見る事にします。History グルメ・レストラン
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メニューはこんな感じです。台湾ラーメン系統が主ですが創作メニューも結構あって選ぶのが楽しかったと同時に悩みましたね。
これ、どれも美味しそうですよねHistory グルメ・レストラン
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悩みましたがカルボナーラまぜそばを注文しました。なかなかないメニューだと思いますが、カルボナーラでもありまぜそばでもありとても美味しかったです。パスタがそんなに好きじゃないですがカルボナーラは大好きなのでとても気に入ったメニューでした。
History グルメ・レストラン
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駐車場に戻り次の目的地に向かいます。ひめゆりの塔の近くにはレストハウス的なものも多く、修学旅行生が多く来ることもあり沖縄土産や食堂になっています。
この辺りは摩文仁の激戦地だった事もあり、有名な慰霊碑になっているのは先ほど訪れた平和祈念公園とこのひめゆりの塔ですが、近い範囲に多くの慰霊碑が点在しています。現在では森や畑になっている場所も多く、戦争の痕跡はあまりありませんが80年ほど前にこの地で多くの人が亡くなった戦いがあった事を慰霊碑は教えてくれます。レストショップ琉球の館 グルメ・レストラン
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ひめゆり会館の1階は食堂と売店でした。食堂は修学旅行生がたくさんいましたね。バスが多く停められる駐車場もありましたしちょうどいい場所なんでしょうね。
かりゆしウェアや沖縄風のアクセサリーが結構多く売っていました。かりゆしウェアはともかくアクセサリーは姪が好きそうなのがあったので結構悩みましたがシュシュを購入しました。レストショップ琉球の館 グルメ・レストラン
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次にやってきたのは1998年に開園した平和創造の森公園。ひめゆりの塔や平和祈念公園から近いところにある公園で、1993年に行われた全国植樹祭会場跡地に作られた公園です。摩文仁の丘の南側にありこのあたりも海に近いものの丘陵地になっていて見晴らしの良い公園でした。
平和創造の森公園 公園・植物園
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こんな感じでなかなか広く、子供が走り回るには良さげな公園ですが国道331号から少し離れた場所にある事やあまり知名度が無い事もあって長閑でした。というか20分ほどうろうろしていましたが、木陰にシートをしいて座っていた子連れ家族以外誰も見る事なく海の音が聞こえるだけでしたね。
非常に暑い一日で海が近い事もあって湿度もありましたけど風が強く気持ちが良かったです。平和創造の森公園 公園・植物園
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平和創造の森公園の中心部(上の2枚の写真を撮影した当たり)からはかなり離れたところにはいくつかの都道府県の慰霊塔があります。こちらは北霊碑、名前の通り、そして見ての通り北海道出身者の慰霊碑になります。
北海道出身者は沖縄県出身者に次いで沖縄戦で亡くなられています。沖縄戦と南方戦線で亡くなられた方を追悼されているそうです。北霊碑 名所・史跡
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摩文仁を離れその後は糸満市から豊見城方面へと車を走らせて行きました。沖縄の道路というと渋滞のイメージがとても強いですがスムーズに流れバイパスも整備されて走りやすかったです。
道の駅という事でちょっと寄ってみたんですが、市場みたいな感じだった糸満の道の駅です。一応道路情報のスポットもあったみたいですね。その場では気づきませんでしたが・・・。ファーマーズ・マーケットいとまん うまんちゅ市場 お土産屋・直売所・特産品
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やってきたのは豊見城市の瀬長島。那覇空港の南側に位置する島で東シナ海に沈む太陽や那覇空港に着陸する機体、そして夜は星空が見られるなかなかの人気スポットです。駐車場の台数があまりないので停められるか心配でしたが、たまたま停める事が出来ました。ここはサンセット広場という広場で那覇空港に着陸する機体が見られます。
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サンセット広場から見たRW36LにアプローチするJALのA350-900、JA01XJ。大型機なら気軽に撮影できる場所ですが完全に逆光。まあ角度的に当たり前ですので明日また来ようかなあとか思いました。
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瀬長島は小さい島ですがリゾートして開発されていてホテルやお洒落なお店なども多いです。島中央の高台の北側はウミカジテラスとして人気のスポットになっていて飲食店なども多く気軽に入れる雰囲気でした。
そして空港方面の高台なのでここからも飛行機が見えそうです。 -
ウミカジテラスに登ってくると空港ターミナルや空自基地が遠くに見えました。第二滑走路が出来るまではこちら側ですべて離着陸していたので午後に綺麗に撮影出来ていたのだと思います。
航空機マニアの様な人もいましたが、日曜日午後という事もあって景色を眺めている人も多かったです。瀬長島ウミカジテラス ショッピングモール
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めちゃくちゃ望遠が必要ですがRW36R側は順光なので綺麗に撮影できます。ちょうどJTAのB737-800特別塗装が離陸していくところだったので綺麗に撮影できました。ちなみにNIKONP1000で撮影しているので実際はかなり遠いです。
瀬長島ウミカジテラス ショッピングモール
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ウミカジテラスからはかなり遠くのRW36Rが撮影できますが、遠方ですし撮影しにくいので撮影は切り上げてホテルに戻る事にします。また明日の午前に来ることが出来れば順光で撮影できるかな。瀬長島の西側には子宝岩という岩があります。
昔からここにあった岩ですが、沖縄戦で破壊されてしまい2015年に地元の方の証言をもとに瀬長島の岩を使い復元されたものだそうです。 -
子宝岩は石を投げて上の穴に石が入れば男の子が、下の穴に入れば女の子を授かるという伝説があるそうです。ちなみに上の写真とこの写真を見ていただくとわかりますが、結構高い位置に穴があるので割とコントロールが難しそう、というか普通に難度高いはずです。てかこの日は終始人が周りにいたので一歩間違うと結構まずい事に・・・。
ちなみに石はそこら辺のものを投げればよいようです。 -
瀬長島を出て車を走らせてイオン南風原店にやってきました。まあイオンでなくても良かったんですが、沖縄には独自の飲料がありそれをお土産として持って帰りたかったんですよね。ペットボトルと父親と弟宛にお土産としてオリオンビールを買って帰りました。ちなみに個人的に沖縄で売っているバヤリースは大好きでしたので私自身にはバヤリースをお土産にしました(笑。
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一旦ホテルに戻ったあと車を置いてゆいレールで国際通りへと出かけてみます。繁華街は好きではないですが、せっかく沖縄に来たので行ってみようと思ってました。
ホテルは国際通りまで歩いていける距離なのですが、そのルートで行くと国際通りの真ん中あたりに出てしますのでゆいレールで旭橋駅まで行って端から端まで歩いてみようと思います。
ちょうど美栄橋駅で反対方面行列車が来てピカチュウの塗装でした。美栄橋駅 駅
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正直国際通りに行くのだけだったら県庁前で降りた方が近いのですが、旭橋駅までやってきたのはこれを見たかったからです。旧沖縄県営鉄道那覇駅跡で見つかったターンテーブル跡が保存されていて見る事が出来るのです。
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沖縄戦で大破したものの割と煉瓦は綺麗に遺っていました。沖縄戦後埋められ長く遺構は残っていないと思っていたものが再開発の際に発掘されたそうです。その後このようにいつでも見る事が出来る様に保存されていました。
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現役時代の名は駅を再現した模型が置かれていました。那覇から糸満、嘉手納、与那原を結び活躍していましたが沖縄戦直前に運行停止。その後戦争で破壊され復旧される事なく廃線となってしまいました。沖縄県では以降鉄道がありませんでしたが2003年8月にゆいレールが復活。ただゆいレールはモノレールなので鉄軌道の列車は現在日本で唯一走行していない県になっています。
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国際通りに向かう途中であったのは電動キックボードのシェアサイクル?サイクルでいいのかわかりませんがシェアがありました。これって原付免許で乗れる様な話を聞いた事がありますが、ちょっと運転するには怖いなあ。運転できると観光しやすいんでしょうけど・・・。
ちなみに国際通りにもハローサイクルのシェアサイクルがありました。 -
国際通りの正式な入り口はわからないのですが、道を進んで行くと少し雰囲気が変わる場所がありその道の両サイドにシーサーの石像とこくさいどおりの銘板がありました。ここから先は繁華街という感じで雰囲気がかわりました。
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国際通りの中は活気がとてもありました。まだ中国からの観光客が入国していない状態でしたし、この時点ではコロナ5類の直前なので入国もままならない時期だったのもあるのですが、外国人観光客が多かったです。日本人はあまり多くなかったかなあ。
このシーサー写真のせいか小さく見えている気もしますが、人より大きいものでした。おきなわ屋 本店 お土産屋・直売所・特産品
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韓国グッズを売っているお店がありました。規模はともかきゅ他にも何店舗かは見ています。私は韓国語は読める程度、簡単な会話程度は出来ますが、K-POPとか韓流スターとかは全然わからないのでよくわからないんですが、これは日本人向けなのか、韓国人向けなのか・・・。
既に韓国人観光客も増えてきた時期ですがわざわざ日本に来てまで買うのかそれがすごい謎でした。 -
飲食店も多い繁華街ですがそれよりもショッピングセンターとしての機能がある通りの様に思えました。もうそこら中に雑貨の売っているお店がありなかなか楽しそうです。まだ海外との自由な往来が完全に解禁されたわけではなく、中国人の入国は難しかった時期ですが、今はもっと混んでいるでしょうね。ドン・キホーテは日常生活でよく行きますが、海外からの観光客にも大人気だそうですね。
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時間もあまりないので足早に歩いていますが、国際通りの本通りから左右に分岐する形で小径の様な路地がありそこも繁華街としてにぎわっている様でした。
一人旅ですしそもそも繁華街が好きじゃない、というか酒は飲めない人間なのでこんなところに来ることもそうないですが、好きな人からすると楽しいでしょうね。市場本通り 市場・商店街
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変わったお店も多いですね。日本初ののびる石鹸だそうです。姪へのお土産を探したりしていたのでこんなお店にも入っていたのだと思います。結局普通の沖縄土産にしましたが・・・。
あとは美ら海水族館のアンテナショップなんかもあって楽しめました。 -
あまり繁華街は好きではないのですが、異国情緒あふれる空間でなかなか面白く買い物はせずともウロウロとしていました。そんな事をしていたら国際通りを通り過ぎおもろまち駅まで歩いてきちゃいました。よく考えると今朝来たところに戻ってきたわけですね。
おもろまち駅 駅
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ゆいレールで美栄橋駅まで戻ってきました。こちらは美栄橋駅にあった自動販売機。多くの外国人観光客が訪れる駅だけあって自販機のメニューが英語・韓国語・中国語?で記載されていました。
美栄橋駅 駅
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さんぴん茶はジャスミン茶とほぼ一緒とか違うとかいろいろと言われますが、英語と韓国語では「ジャスミン茶」という表記になっていました。中国語では茉莉花茶となっていますがこれがどんな意味だかわからないです(´・ω・`)。
美栄橋駅 駅
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夕食は国際通り付近でとも思っていましたが結局いいなと思ったお店がなく、ホテル近くの赤まるという担々麺がメインのお店に行きました。初日に前を通った時からすごく気になっていたお店です。沖縄名物というわけではないですが雰囲気の良いお店でした。
赤まる グルメ・レストラン
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担々麺と生卵を注文しました。卵とじ担々麺はメニューにあると頼むことが多いですけど生卵は初めてかな。店内に担々麺と合う、みたいな事が書かれていましたし50円のトッピングだったので頼んじゃいました。
結構合いますね。ゴマ担々麺だったって事もありますけどすごくマイルドな感じで担々麺とあって美味しかったです。でもこれ以降生卵トッピングのお店って出くわしてないかなあ。また機会があれば食べたいですね。赤まる グルメ・レストラン
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そしてホテル横のファミリーマートで昨日に続いてブルーシールアイスを購入して帰ってきました。やっぱりこれを食べると沖縄という気がしますね。
あっという間に感じた2日目も終わりいよいよ明日は羽田へ戻る日になります。ホテルルートイン那覇泊港 宿・ホテル
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