2023/02/03 - 2023/02/04
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しにあの旅人さん
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更新日:2023/10/01 「寄り道・広子と龍之介」以下を全面カットしました。
1939年、40年の借りぐらしの堀辰雄です。
基本参考資料は「堀辰雄紀行1」に並べました。引用では僭越ながら敬称を略させていただきます。
引用は前後に★ ★をつけて本文と区別がつくようにしてあります。
投稿日:2023/09/20
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
掘夫妻の二番目の別荘近くの二見橋。
-
二見橋からみると、だいたいこの辺りみたいです。かつての別荘番号638の建物はないし、区画も同じとはいえないので、特定できません。
水車小屋の近くだったそうです。
この水車小屋は今はもうありませんが、現在の「佐藤不二男別荘」の位置だったといわれているそうです。 -
小川に面し、水車小屋らしい位置です。
-
軽井沢町の登録建築物です。
「ハウスNo643
昭和15年(1940年)建築
軽井沢住民(つるや旅館主)佐藤不二男が自ら設計した。
居間は洋室、寝室は和室の和様折衷形式。
地元の小須田照次棟梁が建築。」
とあります。
佐藤不二男は、犀星の手紙などによく登場する当時のつるや主人、現主人の先々代です。フロントを仕切っておられた現主人の息子さんつまり不二男のひい孫さんによると、実は水車小屋の位置はよく分からなくて、つるやの従業員用駐車場ではないかという説もあるそうです。 -
立て看二つには「つるや旅館 従業員用」と書いてあります。
-
いずれにしてもこの小川に面する二番目の別荘638で、堀夫妻は一夏を過ごしました。
1939年(昭和14年)7月9日に入居、10月初旬まで滞在しました。(葛巻義敏あて筑摩書簡358、10月2日付け室生犀星より筑摩来簡108)
★
「小さなコッテエジ」
「僕の好きな森の入口のところに小さな家が見つかったので・・・」
「小さな山小屋」
★
と友達連中に書いています。
ここまで言うからには、小さかったのでしょうね。 -
堀辰雄文学記念館常設展示図録より。
それほど小さいとは見えませんが。
木の十字架
▲▼▲▼▲ -
別荘638から水車の道といわれる小道を5,6分歩くと、右手に軽井沢聖パウロカトリック教会があります。1935年(昭和10年)に完成した建物ですが、できたころから堀が大好きな教会でした。
★いつか君のところで見た瑞西のアルバムにあったのとそっくりなカトリック教会が、水車の道に去年から建っている。いま一番好きだ。★
(葛巻義敏あて筑摩書簡207)
堀辰雄は冬、結婚前、信濃追分から汽車に乗って、何度かこの教会を訪れています。 -
出典:堀辰雄生誕百年
現在は屋根はスレート葺きのようですが、建設当時は藁葺きまたは茅葺きだったようです。堀が見たのはこの教会でした。 -
冬というとちょうどこんな感じでしょうね。
「木の十字架」1940年(昭和15年)という小品があります。(筑摩第3巻)
堀辰雄の作品の分類には、小品、随筆などがありますが、要するに小説つまり創作ではないということで、あまり厳密なものではありません。 -
★屋根などの線という線がそれぞれに鋭い角をなして天を目指している。★
-
★それが一つになっていかにもすっきりした印象を建物全体に与えてゐるのでもあろうか。★
-
♪
-
♪♪
-
アメリカ人建築家アントニン・レーモンドが設計して、日本の宮大工が施工した教会です。木造でゴシックの教会を建てると、こうなるのか。
-
堂守のHさんと話したり、無人の教会に一人座っていたようです。
-
モオリアックの小説の一場面を思い浮かべながら、
-
★いつまでもうつけたやうに教会の木柵にもたれかかってゐるやうなことさえあった。★
(以上「木の十字架」より)
「木の十字架」および「堀辰雄の周辺」巻末の年譜によると、8月末に神保光太郎、津村信夫が、2,3人の学生とともに追分より来ています。「ちいさな山小屋」に泊まってはいないようです。
堀辰雄は彼らと共にミサに出席しています。
多恵子が一緒だったとは書いてありませんが、おそらく一緒です。多恵子はクリスチャンです。キリスト教については彼女のほうが詳しい。
三番目の別荘
▲▼▲▼▲▼
1940年(昭和15年)は、6月2日より6月11日まで、執筆のため信濃追分油屋に滞在。杉並成宗の実家で留守を守る多恵子に手紙を12通出していますが、全部用事のはがきです。3年前の9通のラブレターとはえらい違いです。まあ、女房に恋文を書くヤツはおりません。(筑摩書簡384-398など)
このころ「姨捨」を書いていたのですが、6月6日のはがきでは、
★気持ちよく仕事の中にはひれたから安心しなさい。いままでは悪戦苦闘だった。お前が傍にでもゐたら、とっくに降参してゐたろう。★(同389)
女房が傍にいたら、遊んじゃって仕事にならないという意味らしい。ハイハイ、仲のおよろしいことで。
一度杉並の自宅に帰り、7月12日軽井沢658の別荘に入りました。(佐藤恒子あてはがき同400)
9月いっぱい滞在。(矢倉年あてはがき同405) -
つるやを基準にしてこのあたりです。
-
片山広子の別荘が、細い小径を挟んでお向かいでした。
-
この小径の奥、
-
だいたいこのあたりの左が別荘658、右が片山弘子別荘651だったようです。658は今は空き地のようでした。
この別荘は1931年(昭和6年)に広子が購入し、1955年(昭和30年)売却しました。2012年(平成24年)までは外見はそのままだったそうですが、現在はわかりません。(「片山廣子全歌集」秋谷美保子編・年譜P357/2012年/現代短歌社)
1993年に広子の娘総子の辰雄宛書簡3通が公開されました。
「片山廣子・達吉・總子の堀辰雄宛書簡」1993年(平成5年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/showabungaku/26/0/26_110/_pdf/-char/ja
深田久弥によると、総子は昭和5年ごろの堀辰雄の恋人だったそうです。(筑摩別巻2「思い出の一時期」P234)
堀の紹介で大手文芸誌に短編小説を発表しておりました。
それでラブレターが出てくるのではないかと期待していたのですが、時候の挨拶みたいなのが3通だけ。 -
川村湊「物語の娘」(講談社/2005年)表紙です。片山宗瑛をテーマにした数少ない本の一つです。
宗瑛(そうえい)は総子のペンネーム。(1907-1982)
宗瑛つまり総子の堀辰雄との関係、短編小説3作を発掘して掲載しています。
総子の著作権フリーを確認できる写真は見つけられませんでした。
この髪型は1921年(大正10年)ごろに大流行した「耳隠し」です。
ポーラ化粧品のHPによれば、コテを使って髪にウエーブをつけるという「マルセル・ウエーブ」の髪で耳をおおう。
★旧来の「直毛の長い黒髪こそ美しい」という固定概念から、「髪型は自由に楽しむもの」という考え方に一歩進んだ、価値観の変化でもありました。★
https://www.cosmetic-culture.po-holdings.co.jp/culture/nihongami/24.html
総子は1907年(明治40年)生まれ、堀辰雄が別荘に呼ばれた1931年(昭和6年)では24才です。ちょうど表紙写真のころでしょうか。
流行に敏感な若い女、これは白い白馬みたいで意味をなしませんが、とにかく当時最先端の美的センスと才能のもちぬしだった。
背の高い人だったようです。矢野綾子も加藤多恵も大柄でした。ホリタツ(若き堀辰雄のあだ名)の好みですね。
書簡番号18。軽井沢651より絵はがき。1931年(昭和6年)8月15日付、總子→本所新小梅の辰雄
原文はなぜか、昔の電報みたいに全文カタカナです。句点は一字あけ、読点はありません。( )内、読点は筆者補填です。
★アソビニイラッシャイ ムロ(室生犀星)センセイハ、ニワ(庭)ツクリニムチュウデス コトシハ、ニホンジン(日本人)ガ、スクナイヤウデス ウチノベッドハ、タイソウギイギイヒマス サヨナラ 宗瑛★
招待状です。
多恵子作成の年譜(堀辰雄の周辺P237)および堀辰雄没後50年特別企画展図録の年譜によれば、1931年(昭和6年)8月中旬より滞軽、片山広子の招きで別荘に滞在、となっています。
これに対応します。広子からの招待状はありませんが、辰雄の新小梅の実家には電話がありました。電話だと痕跡は残りません。
ベッドは古いので、寝られなくても覚悟してね、ということらしい。
それでも辰雄はひょいひょい行きました。仲良しです。
掘の友人、大野俊一(ドイツ文学者、1903-1980)によれば、大野、掘、神西清はよく片山の軽井沢の別荘、大森の屋敷を無遠慮に訪れたそうです。彼らの仲間の一人が広子の長男、達吉(筆名吉村鉄太郎、文芸評論家、1900-1945) -
家を写さないように、とくに表札が入らないようにするのはたいへんなのです。
このあたりを3人はほっつき歩いた、と思ってください。
★私たちの母の年齢の婦人で、私たちの話を理解して下さるひとは、ほかにいなかった。★
(「神西清と堀辰雄」筑摩別巻2P275)
片山広子は歌人として、アイルランド文学の翻訳家として有名。
堀たちは4人とも外国語、外国文学に詳しく、後世に名を残した俊英でした。
なにやらフランスの小説に出てきそうな、貴婦人のサロンみたいな雰囲気です。
★私たちの(大森の屋敷を)よく伺った頃は、広子夫人と達吉兄妹が、私たちの考えうるかぎり最も高雅な生活をしておられた。掘は私たちのうちでこの人々と最も親しく、彼の教養の或る部分はこの一家に負うものであった。★(「神西清と堀辰雄」筑摩別巻2P275)
一書に曰く、
やっぱり、片山夫人はサロンを主催してたのです。
調べたら、出版社のスポンサーだったりしました。
ところで、最も高雅な生活って、どんなのだろう。
贅沢とは言っていません。そこがポイント。
高雅な生活?
怠惰な生活なら、よく知ってますが。
By妻
多恵子は、松村みね子の翻訳でイエイツの作品などを読み、龍之介が「才力の上にも格闘出来る女に遭遇した」と書いている女性が松村みね子つまり片山広子であると、結婚後知ったそうです。(堀辰雄の周辺・片山広子P224)
この年の夏はお隣ですから、親しく行き来しました。
★その翌々年借りた家は丁度片山さんの別荘の向かいだった。片山さんも気軽に来て下さったが、私たちも花豆の花が咲いている棚ごしにあちらの様子を見、お暇そうだとお訪ねした。★
(堀辰雄の周辺・片山広子P225)
堀は1938年(昭和13年)多恵子と結婚後、このころまでに「風立ちぬ」決定稿、「幼年時代」「かげろふの日記」などを発表。年中行事だった喀血もなく、明らかに多恵子のサポートが功を奏しております。
かつて室犀星が、
★堀辰雄という姫こほろぎも、毎年ホテルで若い羽をすりあわせて、小さい歌をつくる稽古をしていた。★
(「泥雀の歌」1942年/昭和17年、この件あとで詳しく)
と評した、つるや時代の若い作家は、後世に残る仕事をしておりました。
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この旅行記へのコメント (6)
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- kummingさん 2023/10/05 09:03:04
- 予定読者にカウントされてますか?
- しにあさん、おはようございます♪
いえ、おはやい、どころか、pedaru師匠のコメントの日付が2週間前(°_°) 遅れに遅れて参上しましてm(._.)m一応、私も予定読書の1人にカウントされていますよね?
今朝、自分のブログを更新する時に、「更新されたトラベラーさんの旅行記」の欄で見つけました。ん?「仮暮らしの堀辰雄 下」、上は読んだ記憶がありましたが、これは「下」、という事でやっと気づくm(._.)m
冒頭に「~全面カット」の告知あり、どゆこと?怒涛の文字数を覚悟して 読み進み、あらあら意外、短かった(笑)コメント欄と冒頭の一文から推測するに、元はこの倍?の文字数だったらしい。カットされた内容は推測できませんが、たぶん二部作に分割されたので、次回作で読めるのですね?
前日光さんも視力の衰え、との事、実は私もこの夏以来、急激な視力の衰えを感じています。テニスをする時、リターン→ボレー、相手のサービスを返してそのまま前に出て、返って来るボールを直に(地面に落とさず)打ち返す、のですが、その第一ボレーが上手くいかない!多分に脚力の衰え、のせいでもあるのですが、どうやら右眼の視力が落ちている⁉︎ 膜がかかったみたいにぼんやり見えるので、コレが白内障なのか?まだ眼科にも行かず、ですが。加えて、飛蚊症もで発症し、9月は首、肩、背中がガチガチに凝ってしまい、持病の腰痛&脚の痺れも復活(TT)ここんとこリハビリに励んだ1カ月でした。
まだ一度読んだだけでコメントしています、遅れに遅れて汗焦(ーー;) 芸術家のサロン的な集いって、そこで繰り広げられた人間関係に興味惹かれます。カミュ、サルトル、ヴォーボワール、らが集っていた時代とか、昔ハマって文春的興味本位で色々読み漁ったり、文芸サロン、画家サロン、気になり出したらキリがない、沼落ちですよね。
本ブログに無関係なコメントばかりですが、近況報告を兼ねて、という事でm(._.)m
さて、毎度、行けるかどうか分からないけど、いつか行きたい、妄想旅、の旅程で予約しているホテルたち、その中の一件から魅惑の提案を頂きました♪
カステルフロレンテイーナ、近く(と言っても車必須の距離)、のホテルに問い合わせたら、心惹かれるお返事が^o^ これって、絶対、いらしゃ~い♪ 呼ばれているとしか思えない⁉︎
- しにあの旅人さん からの返信 2023/10/05 10:28:41
- Re: 予定読者にカウントされてますか?
- Castel Filorentinoにいらっしゃるのですか。
堀辰雄なんかどっか行っちゃって、こっちに目が釘付け。
Castel Florentinoの近くのホテルってどこだろう。あの近くでまともなホテルがあるのはTorremaggioreですか。Luceraは遠いし。
是非是非是非、いらしてください。
その時には一つお願いがあります。お線香を持っていって、西の端の宮殿あとであげてください。私たちの分も1本づつよろしく。FD2は宗教に寛容だったので、仏式でも喜ぶはず。写真いっぱいアップしてください。
PuellaApuliaeaさんのコメントによれば、むかしお線香をあげた方がいらっしゃるようですが、その後途絶えているはず。
当然貴重な予定読者のお一人です。全面カットにはいろいろありまして、別途メールでお知らせします。
kummingさんも視力の衰えですか。まず最初に白内障を疑った方がいいですよ。ある程度のトシになったらしかたないみたいです。
-
- 前日光さん 2023/09/23 16:45:51
- 虚弱体質の男性って、体格の良い女性が好みなのでしょうか?
- しにあさん&by妻さん、こんにちは。
もう涼しい季節など日本列島には訪れないのだ!"(-""-)"と絶望的な気分になっていたら、なんと季節は巡るものなんですね!
迫りくる秋の気配に押し出されるように、夏が去っていったのでしょうか?
いやいや、私にはまだまだ信じられませんが。
来週また、あのにっくき猛暑が戻ってくるような強迫観念に取りつかれております。
さて、片山広子と龍之介ですか!
龍様が10歳以上も年上の人に惹かれていたのですか?
片山広子さんかぁ。。。
われわれ庶民とは、全く異なる世界の人ですね。
確かに美人ですが、こういう、どちらかというとエキゾティックと言っていいような顔立ちが、龍様の好みだったんですかねぇ。
できればもっと楚々とした日本美人であってほしかったというのが、私の希望ですが。
なんだかねぇ、彼女にまつわるすべての部分が(嫉妬が多分に混じっていますが)、気に入らないなぁ。。なんて心が狭いので思ってしまいます。
生活に困らない高等遊民。
遠くから眺めている分には悪くないのですが、「龍之介の最後の恋人」とか言われてしまうと、そんなぁと、龍様大好きな私としては嫉妬に駆られてしまいます。
片山広子も、水戸部アサイも、朔太郎の妹も、長谷川やす子も、この時代に話題になった女性って、みんな日本人離れした顔立ちの人が多いですね!
西洋への憧れとコンプレックスが、この当時の文人の女性の好みに影響していたのでは?と思ってしまいます。
その点、高村千恵子はいい! ザ・日本女性という感じがして違和感がありません。
あ、柳原白蓮も和風美人ですよね?
そして多恵子夫人も、日本的でいいですね!
このところ、急速に視力が落ちてきていて、ひょっとしたら「白内障」?という心配があります。
そこにこの恐るべき長文のブログ、参りましたよ!
なんとか読みましたが、二部に分けるとかしていただけたら、目に優しい旅行記なのですが( ̄▽ ̄;)
でもこんな資料を最近入手されたのですねぇ。
やっぱり旅行記よりも、学術論文を書かれた方がよろしいかと( *´艸`)
興味深い旅行記、ありがとうございました<m(__)m>
前日光
- しにあの旅人さん からの返信 2023/09/24 12:26:50
- Re: 虚弱体質の男性って、体格の良い女性が好みなのでしょうか?
- 自分でも長いと思いました。2万字はあるのではないかな。
たしか厩戸皇子でものすごく文字が多いのをやって、反省しようと思った記憶あり。2度目の反省です。
千葉県立図書館に1回に10冊もリクエストできるようになったのと、国会図書館のデジタルコレクションで、資料集めが簡単になりました。それで図にのったというわけです。
県立図書館のHPで本があることを確認して、それを印刷して市立図書館にリクエストします。すると1ヶ月かかるという取り寄せが、最短4日くらいで着きます。司書さんは、本を探す手間が省けるので、優先的にやってくれるみたい。
書きながら、龍様ファンの前日光さんはカッとくるだろうな思っていました。できるものなら、片山広子に「私の龍様に何をするのですか」と文句を言いに行くだろうな、などと。
堀多恵子は辰雄生前はヒッチャカメッチャカだったようです。おしゃれする暇ないですよね。没後は、着物が似合うエレガントな人だったらしい。バス停に立っていると人が振り向くというようなことを、犀星が書いていた記憶あり。
和風ということですよね。
白内障は自分ではわからないので、お医者に診てもらった方がいいですよ。
私は10年くらい前に両目手術しました。術後、視界がパッと明るくなって驚きました。
-
- pedaruさん 2023/09/21 06:57:54
- 思い切った構成の旅行記
- しにあの旅人さん おはようございます。
堀辰雄が住んだという別荘を探したり、辺りを散策する画面は、よくあるパターンで
誰もがついて行く内容ですが、後半の文字だけが延々と続くのは、おそらく読み進めるにしたがって、ぱらぱらと読者は脱落していくに違いありません。
私も途中で止めるのは、悔しいし、もったいないので、完読しました、それというのも
>高雅な生活?
怠惰な生活なら、よく知ってますが。
とか、片山広子の写真が少ない、写真を撮られるのが好きでなかった、もったいなーい、 私も同感ですが、こんなセリフを挟むので、最後までたどり着けるのですね。
旅行記としては画期的な構成の、万人受けしない種類です(笑)。
特に間違いなく喜んでいるのは前日光さんでしょう、えーと、他はしりません(笑)。
pedaru
- しにあの旅人さん からの返信 2023/09/21 10:06:57
- Re: 思い切った構成の旅行記
- 完読ありがとうございます。まあ、多いとは思っていませんが、予定読者の一人pedaruさんに読んでいただいて、しめしめ。出だし好調です。
万人受けしないのは百も承知ですが、たまにはこういうのもいいのではないかと。最近ものごとが甘くやわらくなっております。そこで硬く辛いものも体にいいのではないか。
プロの評論家もまだ気が付いていない資料をみっけちゃいまして、大喜び。最初は手紙2本の紹介だけと思っていたのですが、スケベ根性で延々と続けました。
引っ越してきた大網白里市の図書館がすぐ近くです。図書館の蔵書は大したことありませんが、県立図書館へのリクエストが簡単になりました。さすが県立だとたいていの本はあります。
しかも1回に10冊までOK。確かkummingさんの久留米市も10冊です。町だと2冊で市は10冊、文化的差別だなあ。
というわけ簡単に本が手に入るので、ブログが文字だらけになっています。
これがまた楽しくて。
しかしこれではならじと、少しは4トラらしい観光的味わいも加えようと、努力しているところです。
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