2023/07/06 - 2023/07/23
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willyさん
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5年越しの計画をいよいよ実行に移す時を得た2023年7月。
旅のあれこれ。初日~3日目登山出発まで。
*****
計画を具体的に始めた2018年、しらべると技術的に難易度の低くてストレスのない、現実的に登りにいける6000m峰はたった6つ
エクアドル最高峰のチンボラソ、ペルー最高峰のワスカラン、ネパールのメラピークとアイランドピーク、ラダックのストックカングリとカンヤツェ、だった。
南米は遠い=時間がかかる+費用がかさむ。ネパールは好きじゃないうえに見積は驚くほど高額で却下。
そしてラダック。
ラダック!?
長いこと行きたかったところではないか。しかもストックカングリはアプローチが短いので1週間休むだけで登れる。これしかないでしょう~♪というので5年前に偵察行をおこなった。
さていよいよ、とおもったらコロナ。さらには環境保全のためインド政府により閉山宣言。ちなみに3年といわれたこの閉山はいまだに続いている。
いずれにしてもコロナでどうにもならぬまま年月が過ぎ、その間にパキスタンのミングリクサールという山のツアーも見つけたが、こちらは2年待っても催行にならず。
やっとコロナフリーになったところで、やはり初志貫徹。というか他に選択肢がないのもあり、ストックカングリの替わりにカンヤツェ(少し遠く少し標高が高い)で決行となった。
いよいよチケットを予約したのが1月末。そこから登頂祈願をしたり、ビザを取得したり、装備や観光の手配などやりとりをしながら無事出発の日を迎えた。
その7月6日はダライ・ラマ14世生誕の日。そしてその幼少期に交流を持った数少ない人物であり「7 Years in Tibet」の著者、アイガー北壁を初登したハインリヒ・ハラー生誕の日でもあった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
羽田を10:15ANAで出て、デリーには15時過ぎにはついてしまった。
飛行機はしっぽの青いANA機ではなくて緑。いわゆるサスティナブルな未来というやつ。国内線と国際線で1機ずつなんだそうだ。機体表面がサメ肌だそうだけど見た目わからない。すいててガラガラ。
直行にしたのは、疲労や寝不足は高山病に影響するから。
デリー空港のホリデイ・イン・エクスプレスT3は、国際線で到着した後で向かうにはなかなか難易度が高かった。
国際線到着階からホテルまで、ホテルから国内線出発ロビーまでの行き方は難しく、案内がないと困難だと思った。
2度目5年ぶりのデリーは相変わらず緊張する。インド兵が威張ってるし。 -
翌朝6:45のエア・インデイアでラダックに向かう。
そして待ちに待ったレー到着。空港からはタクシーで宿へ。この日はパーミットを申請しないといけないのと、高所順応の為、到着3日目までは登山にでないようにというインド政府の指導があるというのでレーに宿泊した。
予約時はあまりの高騰ぶりにびっくりしたが、メインバザールに近い1900ルピーの宿に。たくさんありすぎてどれがいいのかさっぱりわからないほど増えている。
Paradise Leh Residencyは中庭がきれいにしつらえてあり、なかなか素敵。スタッフもとても親切だし静かだし!
だがしかし、夜中はオートバイの爆音と犬の喧嘩で深夜までうるさかった。でもこれはレー市内はどこもあまり変わらないかもしれない。 -
朝9時だったのにチェックインさせてくれたのはとてもありがたかった。
荷物をおいて、まずはパーミットの申請にいく。現在、ラダックに入域する人すべてパーミットが必要となっている。
夕方できあがるのでそれまで街歩きをする。王宮にいったり、果物を買って食べたりランチをしたり。杏が出回っていて、小粒ながらおいしい。500gで200ルピー。ランチは二人で850ルピーくらい。チョーメン(焼きそばみたいなもの)を頼んだら山盛りてんこもりで食べきれない。 -
メインバザールは広くなってていねいに石畳で舗装され、真ん中にベンチや休憩スポットが設置されてとても綺麗だ。
もっとずっと前からレーを知っているひとは私なんかよりずっと驚くんだろう。 -
裏町はまだまだ建設中の家が多く、発展の勢いはとどまらぬよう。
そして人々も各方面から稼ぎにきていて、前はいなかった物乞いさんもいた。なんでも飛行機にのって出稼ぎにくるんだそうだ。
一度は後ろから罵声を浴びせられて残念な気持ちになった。発展するのは良いことだろうけれど、善きレーがいやな街にならなければいいなあと思う。 -
路上の露天商は変わらず賑わっていてその風景はうれしかった
お母さんたちはせっせと幅10cmほどの極太ニットのわっかを編んでいる。なにかと思ったらどうやら耳をおおうヘッドバンド?のようだった。これが意外と売れてるみたい。 -
宿が近いのはとてもよくて、ちょっと歩いては戻ってトイレとか荷物を置くとかしながら、午後は王宮にいった。
同行の隊員はインドもラダックもチベット文化も初めての為、とにかく見たいという。標高700m程度のデリーから一気に3500mのレーなので、慎重に順応。今回はちょっとでもつまづくと大事な目的が果たせないので。 -
到着日はお天気がよくて、ラダックらしい群青の空を満喫。
こうでなくちゃ。 -
街もどんどん拡大しているようで、水もこないエリア(給水車で配水)でも構わず人々は家を持ちたがるという。
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9階建ての王宮は建てられた当時は世界でも有数の高層建築物だったそうだ。
ポタラ宮はこの王宮をモデルにしたという話も。
「放棄されたあとは王族はストック村の王宮に移り住まれ、今でも末裔の方がお住まいで、近隣の人が年貢を納める」は5年前に聞いた話。今はどうなんだろう。 -
王宮のさらに上のナムギャルツェモゴンパ。
ここに行くのにミスコースして、スリリングな崖登りをしてしまった。
こんなところで落ちたらえらいこっちゃ。 -
目標はあのあたりにあるのかなあ、と山を眺める。
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水やジュースを買い込もうとスーパーに入ると、すごい種類のスパイスに目を引かれる。
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ちょっとずつ違う写真なんですが
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個人的にツボなので・・
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しつこくてすみません
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そして無事パーミットを手にして、うるさい夜を過ごした翌日は1日下ラダック方面へゴンパ巡り。
9時に予約のドライバーさんにピックアップされてまずはリゾン・ゴンパに向かう。
ここは前回いっていないのと、日本人のカメラマンが住み込んで写真を撮ったことで知られているというので興味をそそられて。ラダックいち戒律の厳しいゲルク派の僧院だそうだ。 -
静かな僧院だった。ツーリストも誰もいない。
内部写真を以前の旅行記では拝見できるが、この時は撮影禁止となっていた。
時の重みを感じさせる重厚な建物の中には、極彩色の仏様や壁画であふれていて、迫力ある祈りの空間だった。
ドライバーさんも一緒に入って、熱心にお参りする。五体投地である。
残念ながら今回はどこもお勤めに巻き込まれる経験はできなかった。 -
このあたりから空模様が怪しくなってきた。
そしてわたしの腹模様も怪しくなってきた。 -
遠景。空がくすむと美しさ半減で残念だ。
この僧院は低層建築が横に広がる形。 -
次に訪れたのは今回一番遠いラマユルゴンパ。ここも僧院だ。
しかし、すでに私のお腹は急降下しきった。ここは拝観料が必要だけれども、受付で「トイレどこですか」と聞くなり駆け込む。
そして人生初、インド式洗浄デビューしてしまった。
こちらも撮影は禁止につき内部写真はありません。
とりあえずなんとか収まったけれども、そわそわしてしまってせっかく来たのにじっくり見られなかったのが残念。写真もこれしかなかったくらい余裕がなかったらしい。 -
ラマユルから戻り路。途中でドライバーさんが車を止めてくれる。
ビューポイントのムーンランド(moon land)である。
ラダックの荒野の中でも特異な景観だった。
ちょうどお昼になったのでこの先でランチ。
わたしは卵スープしかたべられないが、隊員はうまそうにモモやらマサラを食べる。うらめしい。 -
そのあとはアルチゴンパへ。
ここは前回も訪れてとても感動したので、ぜひ隊員にも見てもらいたくチョイス。
他でみないほどのツーリストにあふれていて、パーキングもごった返している。
バッグなど預かり所が受付のところにできていた。カメラは置いていかされます。
そして拝観料をお支払して中へ。前回よりもじっくり、壁画や仏様を堪能できた。
本当に素晴らしいと思う。
でもやっぱり、高野山の仏様と同じ印を結んでいらっしゃる仏様がわからなかった。ここで一生懸命、すべての厄災から守ってくださるという、千手観音にお守りくださいと祈念したのが後々よかったのかな。 -
雨なので写真もいい加減。‥といいわけ連呼。
やはり一人でないと自分の好きなように時間を使えないというところはある。 -
ここまで結構詰め込んでいるので、ドライバーさんは一生懸命急いでくれる。
飛ばしに飛ばす上にグイグイ追い抜きをかけるので、ひやひやし通し。相変わらずラダックの人の運転はアグレッシブだ。クラクションも鳴らしまくるし。
帰り道でタクシーが乗用車と正面衝突して警察が来ている場面に遭遇した時はちょっと表情を引き締めてくれた・・・と思いたい。
もう時間は4時を回ろうというところ、最後の予定のサスポルはどうするかい、いくかい?と聞かれた。私はパスでもよかったのだが、隊員は欲張っていくという。どこにあるのかわからないままとりあえず登る。 -
雨の中足元が崩れるドロドロの崖路をたどって、なんとかかんとかこれかな?というのを見つけたけれども、実はメインは他にあったことが後から判明。
それを知らず「いかなくてもよかったかな」と思ったけど、見るべきを見ていなかったという残念なお話であった。雨降ってたしドライバーさん待たせて急いでたし・・・また行きます。 -
あとは一路NEO LADAKHへ。途中著名なザンスカール川とインダス川の合流点にまた来た。
やっぱり今回もターコイズブルーじゃない。それはいつ?ときいたら5月ごろかなあ、とドライバーさん。・・・( ..)φメモメモ -
そうして夕方5時過ぎ。NEO LADAKHに到着。
ひさしぶり~~~と再会を喜び合う。
ここまで紆余曲折、苦節5年であった。
お子さんたちも大きくなって、おばあちゃん的に目を細める。
(写真は関係のない風景です) -
猫も代替わりしてキジトラはいなくなり、後を引き継ぐ2匹が。
こちらは今亡き愛猫そっくりのサンちゃん。 -
ところが到着時すでに停電中。楽しくはずむお話のなか、夕食のモモを包むお手伝いをしながらも、ぽとぽとと雨漏りが始まった。
受け皿をつぎつぎと設置していくもどうにもたまらなくなり、ダイニングでは食事ができないので1階のパン工房でヘッドライトで食事となった。
これは違う日の夕食ですが、こんな感じのラダック伝統料理がとてもおいしい。これはスキュというお料理です。 -
そして夜通し激しく降り続く雨と雨漏り。濡れない場所を求めての一夜。
もともと乾燥したラダックの家は、屋根は柳の小枝を幾重にも積み重ねた間に草を詰めたもので平らである。雨に対応した造りではない。それがここ10年、温暖化の影響かモンスーンがヒマラヤを越えてくるようになり、大雨が降るようになったのでこういうことに・・。
大変な一夜あけての朝ごはん。大忙しの為簡単とは言われるが、全粒粉のサワードウでご主人ワンボさんが焼いたパンは酵母も天然オリジナルだそうだ。これをいただくのも楽しみにしていたから感激。もちろん庭のあんずで作られたジャムも最高においしい。チーズはヤク。 -
この雨はちょっとイワクがある。
翌日ダライ・ラマ14世がいらっしゃるそうなのだ。
ダライ・ラマがいらっしゃると雨が降るという。浄化の雨が・・
ちょっと浄化しすぎでは・・・ -
フウロも大きくて立派。
ストック村はレーよりさらに高い3700m。
夏野菜は温室でないと育たないのだそうだ。
少し前に蒔かれた蕎麦の芽がちょうどでてきていた。
私たちが帰った後はマスタードの花がそこらじゅうを真っ黄色にしている写真を送ってもらった。それをみたら戻りたくてたまらなくなった。 -
翌日も1日雨および停電も絶賛続行中。
降りやまない予報なので、本来この日に登山出発であったが、予定を延ばして停滞。皆さんは雨対策に大わらわだが、我等は暇なので裏山に登ったり散歩をしたり。
そしていよいよ翌日。やっと電気も途切れなくなった。
出発の朝は100%自家製のそば粉のガレットに摘みたてのサラダを堪能する。 -
するとスタッフが到着して、山のような荷物を積み込むのを興奮しながら見守る。
初めての経験がこれから始まるのだ~。
おや、トイレ用ロールペーパーが大量に。インド式じゃないらしい
よかった(^^)
食料も何しろ7日分7人分。
山ではエアマットと思っていたら、しっかりしたマットレスも1人1つ積んでくれている。こりゃ想像以上に大名登山だ。
こうして登山開始となった。
この日まだ降りやまぬ小雨の中、ダライ・ラマ14世の法話集会が開かれて、スタッフの皆さんは道中熱心に動画のライブ配信を見ていた。
※馬のシロは次回登場予定です^^
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